あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鋼の使い魔-45


 ルイズがアニマ術の訓練をギュスターヴと始めて、はや一週間……八日が過ぎようとしていた。

 その間、ルイズは放課後になれば人気のない場所に行って術の訓練で卒倒し、次の日をベッドで凄し、そしてまた次の日の放課後訓練に励むという毎日を送っていた。それでも六日目にもなると疲労困憊になりすれど倒れなくなり、徐々にだがルイズ自身にも、アニマのコントロールを理解できるようになっていた。

 訓練を始めて一週間目の昼。その日はタルブの村からシエスタが帰ってくる日だった。
「まだ寝てたほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫よ。ちょっと顔を出すだけ。面識がない子じゃないんだし、あの子の親族には色々と世話になったんだから」
 ギュスターヴの横を歩くルイズは疲労が溜っているのか血色が余りよくない。それでもルイズは気丈に足を運び、使用人の宿舎前まで歩いていく。

 魔法学院の広大な敷地の中にある使用人宿舎は、洗濯小屋のすぐ傍に建っている。質素な木造二階建て集合住宅風の建物が、あまり修繕もされずに巡る城壁の片隅に建っているのは、どこかうら寂れた印象を見る者に与えた。
 そもそも、この魔法学院は国境線の変更で無用となった砦を改築して作ったもので、砦時代に作られた設備の一部は未だそのまま使用されており、使用人宿舎などもその一つである。堅固な城壁の中でメイジ……貴族が生活しているのを思えば、その対比にも何か、身分の差というものを思えなくもない。
 裏門にあたる出口の所に立つと、道の先からこちらにやってくる者が見える。眼を凝らして見れば、特徴的な若草色の髪を認めることが出来た。
「シエスタ~ッ!」
 大きく声を張ると、遠い人影はえっちらおっちら揺れながら手を振って答えた。
「シエスタで間違いなさそうだな」
「そうね。……それにしてもあの子、なんか様子が変じゃない?」
 徐々に近づいてくるシエスタの姿が、ルイズには車か何かに乗せられているようにゆらゆらとして見えるのである。
 それにギュスターヴは頬を掻きながら答えた。
「ああ、それは俺がちょっと頼み事をしててだな……」
「またぁ?あんた最近そういうの多いわよ。私に内緒でこそこそ、一体なにしてるのよ」
 不満気な声を上げるルイズの視界の遠く、シエスタの姿がよく見えるようになってきていた。


 シエスタは驢馬に曳かせた荷馬車で門前までやってくると、手早く綱を引いて停車した。
「ギュスターヴさん、それにミス・ヴァリエール。どうしてここに?」
「出迎えをするとルイズが言うのでな」
 茶化すように言われたルイズは跋の悪そうな風情で眼を逸らした。
「ふ、ふん。使用人風情が車に乗ってやってくるなんて、分不相応もいいところじゃない。出迎えに来て損しちゃったわ」
「ぅ、そ、それはその、ギュスターヴさんにこれを持ってくるように頼まれたからで……」
 言ってシエスタは御者台から飛び降り、荷台を覆っていた布を引っぺがして中身を晒した。そこには帰省の時に持っていたシエスタ個人の荷物の他に、ボロボロになった布の引っかかった木板と、鉄棒のこんがらがったガラクタが載せてあった。その残骸を見て、ルイズは記憶の端に思い出すものがあった。
「ミスタ・コルベールの作っていた……なんだっけ」
「『飛翔機』だ。タルブの山にぶつけたまま置いて来てしまったからな。シエスタに頼んで持ってきてもらったんだ」
「ふぅん。こんなの持って帰ってくるなんて大変だったでしょ」
「そ、そんな。荷馬車と驢馬を借りる為のお金まで包んでありましたし……」
 もじもじとシエスタは外着で悶えていた。その腰にはロベルト老人から授けられた立派な杖が挿してあり、シエスタにあわせて杖頭が揺れている。
「何あんた、平民の癖に杖なんて持ち歩いてるの?」
「あっ!あの、これは、とっても大事なもので……」
「ふぅん……」
 困った顔でシエスタが詰め寄るルイズから逃げようとするのを、ギュスターヴ苦く笑って見守っていたのだが、ふと、思いついてルイズを引き止めた。
「ルイズ、『アニマを見る目』でその杖を見てみろ」
「えぇ?ち、ちょっと待って……」
 急に引き止められてルイズは一歩下がると、シエスタの持つ杖にきゅっと眼を凝らした。

 一週間の訓練で、ルイズにはアニマに対する適応力が着実に身についていた。『アニマを見る目』は、物に宿っているアニマを視覚的に認識することである。
 『水のルビー』が仄光る。ルイズの眼では、シエスタの杖が不思議なオーラを持って映った。
「……なんか、変な感じ。ファイアブランドに似てるようで似てないような」
「その杖もファイアブランドと同じ『クヴェル』だとロベルト老人は話していた。もっとも、宿している性質は恐らく違うのだろうが……」
「へぇ……」
 さっきとは打って変わった、興味津々の表情でルイズに覗かれて、シエスタはかなり居たたまれない。外着のみっともない姿で貴族の子女にじろじろと見られているのであるから。
「あ、あのぅ……着替えてきていいですか……?」
 泣きの混じった声で細く、シエスタが言った。



 『ギーシュの秘密』



 金床を叩く甲高い音が、コルベール研究塔の傍で響いていた。
 炉(いろり)に赤熱した鉄棒が刺し込まれ、鞴で吹き込まれる空気で炉の中から熱風が吹き上がる。
 ギュスターヴは鉄棒を引き抜き、また金床の上で熱せられた鉄棒を叩いた。額には珠の汗が浮かんでいた。

 ルイズをシエスタに任せ、ギュスターヴは『飛翔機』の残骸を曳いてコルベールを訪ねた。
 エッグに魅せられたルイズによって体内のアニマを奪われてから半月以上が過ぎていたが、未だ体力は全快とは言えないものだった。
 それでも彼の研究意欲は尽きないのか、ベッドの上でも熱心に筆を走らせては、奇怪な図形や数式を書き連ねている。授業の準備をする時間が省ける分研究が出来ると嘯き、オールド・オスマンに嘆かれたという話だ。
 今日訪ねた時も、ベッドの上に傾斜した台が設置され、その上に貼られた大きな紙を相手に熱心に線を引いているところだった。
「ミスタ・ギュスターヴ。剣の作製は進んでおりますかな」
 ひと段落着いた頃に顔を出すと、コルベールはそう聞いた。
「まずまず、でしょうか。本当なら地金を買えればいいんですがね……職工ギルドは免状をくれませんでしたから、今は古い剣を打ち直して作るのが精一杯ですよ」
 トリステインを始めとした、都市における貴重な資源……例えば、武具を作るのに適した素材の取引には、特別の免状が要る。ギュスターヴはそれを手に入れることが出来なかったのだ。
 理由は簡単で、ギュスターヴはトリステインの如何なる工房とも、師弟関係がないからである。これに限らず、職業組合(ギルド)というのは外部から入ってくるものに対して保守的になるものだ。百貨店が比較的成功しているのは、元々商売をしていたジェシカを表に立てているからである。
(ま、仕方があるまい。まだアンリエッタにギルドを解散させるほどの手腕はないだろうしな……)
 汗を拭い、傍にあった水差しから一杯頂戴しながら、ギュスターヴはそう思った。
「……時にコルベール師、今は何の研究を……?」
「ああ、これですかな。シュヴルーズ先生から製図板をお譲り頂いたので、新しい飛翔機の設計をしようと思いましてな」
 と言ってコルベールが見せてくれたのは、前回の飛翔機とはかなり変わった形をしていた。むしろ現行の風石船に近い形をしているようにも見える。
「綿精火薬に風石の粉末を混ぜ、もっと高い推進効果を得られるようにしたいと思います。船体はちょっとしたボートを流用してですな……」
 と、コルベールは朗々と次なる構想を語りはじめたのであった。


 休暇は今日までだというのに、律儀にシエスタはメイド服に着替えてルイズの相手をしていた。ルイズはルイズで、食堂付のテラスに出てデザートを愉しんでいた。
「最近術の練習ばっかりしてたから、こんな日があってもいいわよねぇ……」
 まったりと午後の陽にビスケットを頬張るルイズだった。
「術って、アニマっていうのを使うっていうやつですかぁ?」
 暢気なシエスタの質問にルイズは少し逡巡しながらだが、ギュスターヴから聞きかじった、アニマと術の関係を話して聞かせた。
(まぁ、シエスタはギュスターヴの故郷と関係があるらしいし、別に問題はないわよね)
 聞いたシエスタは感心しきりだった。
「はぁ、アニマってそういうものだったんですね」
 一人納得しながらも、シエスタの手は止まらずカートの上で飲み物の準備をしていた。
「ん……」
 ルイズはその時、何気なくシエスタを『アニマを見る目』で見た。最近、ルイズは人が発するアニマが千差万別の光を持つことを発見したのだ。シエスタの体が持つアニマの波長は、他の人のそれよりも複雑な彩りを帯びていて、ぼんやりと眺めていて飽きないものだった。
 キュルケを視た時には『滲むような橙』、タバサは『蒼と緑に黒が混じり』、ギーシュは弱弱しいながら『赤銅色に青鉄が指し』ている、というのが、ルイズの眼で見た友人達のアニマの評価だった。
 ギュスターヴを視た時には、虚空を見たように何も見えなかったのが印象に残っている。(もっとも、これは本人も認めている)
「ミス?何か……?」
「ぇ?な、なんでもないわよ。ほら、飲み物をよこしなさい」
 変に見られていて不思議に思いながらも、シエスタは湯注しからカップへと液体を注いで渡す。そしてルイズは跋が悪かったのか液体がなんなのか確認せずに口に運んでしまった。
「ッ?!?!にっがいっ!な、な、なんなのよこれぇっ!」
 口に入れた瞬間、舌に広がる痺れるような苦味にルイズは震え上がった。
「ちょっとシエスタ!なんなのよこれは?!苦くて飲めたものじゃないわ!」
「ぇ、その、今街で流行ってる、“コーヒー”っていう飲み物です。ジェシカがお土産に持たせてくれて……」
「う゛~悪いけど私には合わないわ。いつもの薬湯(ハーヴティ)にして」
 カップを下がらせてルイズはぼんやりとテラスから女子生徒寮を眺め始めていた。



 その時、キュルケは部屋で実家から持ってきていた小説を読み返していた。最近はタバサも外出したきりで帰ってこないし、ギュスターヴとルイズも忙しそうだしと、あまり面白いこともない。何人かいるボーイフレンドも、最近はあまりかまってくれない。どうやら、ギーシュを見て身の危険を感じているらしい。
(失礼ね。私はモンモランシーみたいに枯れるまで絞ったりしないわ)
 そう心の中で思いながら、遠巻きに見る男達にあえて甘い視線を送ったりもしても、やっぱり退屈で、仕方なく部屋に戻って、置いてあった本を読み返してみるのであった。
 因みに今拡げているのは、ツェルプストー家のお抱え作家の一人が書いていた『名も知らない都市で』というタイトル。著者名はかすれているが、フィリップ・クラフトと書かれている。
(タバサに見せたら喜ぶかしら。『フルートクの呼び声』とか『銀色の鍵の扉』なんて、あの子好みかも)
 そう考えて本に走らせていた視線に、急に影が差すことに気づいた。外からバサバサと風を巻く音も聞こえた。
(タバサ、帰ってきたのね)
 そう思ったキュルケはぽんと本を放り投げ、すぐさま上の階にあるタバサの部屋へ走った。
 タバサの部屋をいつもの通り開錠【アンロック】でこじ開けると、ちょうどタバサは鞄を窓から引き込んでいるところだった。
「おっかえりー♪タバサ。今回は結構長い外出だったわね」
 タバサは答えず、鞄の中身を整理し始めた。鞄の中身といっても、本とわずかな下履きが慎ましく収まっている程度の代物である。
「ねぇ聞いてよタバサ。ルイズったら最近、ミスタ・ギュスと一緒に人目に隠れてずうっとアニマの術っていうのを訓練してるのよ。もう、からかう相手が居なくって暇で暇でしょうがなかったんだからぁ~」
「そう」
 たった一言、タバサは答えた。キュルケの性分は知っている、あれで結構寂しがりなのだ。
「貴方もギュスから剣を習ってたし、私も何か教えてもらおうかしら?あの逞しい体で手取り足取り腰取りのマンツーマンで……♪」
 それを聞きながら、タバサはベッドに腰を下ろし肩に吊るしていた剣を膝に乗せ、鞘から刃を引き抜く。
 抜かれた刃は、先端三分の一ほどがものの見事に欠け落ちてしまっていた。
「あらぁ。折れちゃったのね。結構いい値段したんでしょう?これ」
「110エキューだった」
 抜かれた剣を手に持って、タバサは刃筋をためつすがめつする。
「……まぁまぁの値段ねぇ。買いなおすの?」
「彼に聞いてみる」
「あ、私も行く~」
 振り返らずにタバサは部屋を出て行くので、キュルケも急いでその後を追った。


 炉端で火の調整をしていたギュスターヴは、欠け折れたタバサの剣の断面を見て、次に刃筋の歪みを調べた。
「修繕できる範囲の損傷だな。……その代わり、刃渡りは短くなるし、強度的にも落ちる」
「買い直した方がいい?」
「思い入れがなければな」
 真剣に聞いているタバサとは対照的に、キュルケは煌々と燃える炉の火を見つめていた。
「ミスタはここで剣を打っているのね」
「まぁ、半分趣味みたいなものだけどな……」
 どこか曖昧にギュスターヴは答えた。趣味同然ながら、そこには確固とした理由があるからだ。
 タルブの村を訪ねた時、ロベルト老人より渡された、二つに折れた自らの剣を修復する事だ。老人曰く、グスタフと名乗った友人が振るっていたのだという。
「少し時間が掛かるが、俺が打ち直してもいい」
「……いい。買い換える」
「じゃあ、今度私とショッピングね「でも」……って、なによ?」
「……暫く、貯えが足りない。他の事で色々使ったから」
 つまり今のタバサには剣を買うほどのお金の用意がないのだという。
「実家に無心すればいいじゃない?」
「……それはできない」
「どうして?」
 問い詰められるタバサは、ふたりから視線を外すようにして、けれどもいつもと変わらない口調で答えた。
「……家族に、迷惑はかけられない」
「ふぅん……。じゃあどうするの?」
「少し考える。相談に乗ってくれてありがとう」
 それだけ言うと、タバサはそそくさと自室に戻っていった。



 シエスタを連れたルイズは広場の一角にあるベンチに座り、広場のそこここで屯する学生を眺めていた。
「あの子は白、あっちの子は濃い灰色に青が指してるわ」
「はぁ」
 ルイズが生徒達のアニマを視て、シエスタがそれに相槌を打つ。その繰り返しだが、ルイズは何気なく、こうして人と会話できるのが少し嬉しかった。
「う~ん……」
 それにしても、と、ルイズは人の……いや、万物の持つアニマの輝き、その彩の多様さに感嘆するばかりだった。草木はより若々しく萌え、岩壁の硬質感が冷え伝わり、水の揺れる波が七色に映った。
 もし、こんな世界が当たり前のように見えていて、そんな人が当たり前の場所があって、その中にそれが見えない、理解できない人が居たら、と思うと、アニマの術が使えない人の苦労が、ほんの少しかもしれないけど、理解できるような気がする。
 ルイズはそんな風に考えていた。
 それと同時に、これを共感できる人間が身近に居ないのが、ルイズには少し寂しかった。
(こんな風に考えてると、ギュスターヴに嫌われるかもしれないけど……)
 そこまで考えて、
(……な、なんで私があいつに嫌われるかもなんて思んなきゃいけないのよ?!)
 ぼんやりしてたかと思うと、いきなりかーっと頭を掻き毟って悶えるので、隣のシエスタは驚いていた。
「わ?!な、なんですか……?」
「あ、いや、なんでもないのよ。……ところであんたはさっきから何をしてるのよ」
 ルイズの拙い話し相手をしながら、シエスタの手元では忙しなく糸と棒が行き来している。
「編み物ですけど」
「んなの見りゃわかるわよ。何編んでるの?」
「冬に使う内着です。春に前のものを解して、糸を足して、夏と秋を過ぎる間に、次の冬に使うものを編むんです」
 これから夏になるという季節に不似合いな毛糸玉を器用に転がしながら、シエスタの手元は糸を繰って編みあがっていく。
「ふぅん……」
 しなやかに動くシエスタの指先を見ていて、ルイズはふと、あることが脳裏に閃いた。
「ねぇあんた、刺繍とかもできる?」
「ぇ?で、出来ますけど……」
「そう。なら、後で話があるんだけど」
 なんでしょうか、とシエスタが聞こうとした時に、ベンチの端に勢いよく人がもたれかかり、ベンチの敷石と背もたれが大きく軋み鳴った。
「っっっはぁ~……」
 振り返ったシエスタとルイズの眼に、一瞬枯れ木の人形を錯覚させるほど生気の薄くなったギーシュが見えた。



「…………あ、ルイズ、それにシエスタ。元気だったかい?」
「いやいやいやいや……」
 人の心配より自分を労れよ、とルイズもシエスタも心の奥底で返した。
「…………」
*1
 突如訪れた陰鬱な空気は健全な二人にはかなり辛い。
「太陽ってさ……」
 ぼそりとギーシュが話す。
「……何よ」
「あんなに黄色いものなんだね……」
 シエスタはそれを聞いて、故郷にいた病がちなおじいさんを思い浮かべてからかき消した。
 ルイズはどうしようかと思ってベンチの端にシエスタを引き寄せ、頭を突き合わせた。
(み、ミスタ・グラモンはなぜ、あんなに、その、衰弱してるんですか……?)
(な、なんだか最近、モンモランシーの部屋によく通ってるのは聞いてるけど)
(えぇ?!そ、それじゃミスタ・グラモンはきっと、ミス・モンモランシと……)
 密やかながらシエスタの口から、白昼に全く似つかわしくない想像がでろでろと漏れだし、ルイズは「ちょ!」と一瞬叫び声を上げかけ、紅潮してシエスタの口を押さえた。
(や、ちょっと?!そ、そんな、あ、あのね?平民の田舎娘のあんたには分からないかもしれないけど、貴族の子女たるもの、み、みだりには、は、はは、肌を殿方に晒したりはししし、し、しないものよ?!)
 嘗てギュスターヴに着替えを手伝わせようとした過去はどこへと消えたのだろうか、と知る者にとっては首傾げる発言であった。
「ふぅ、いい天気だなぁ……」
 囁きあう二人のことなどまるで気にも留めず、ぼんやりと枯れたギーシュはつぶやいた。
(……いっそのこと、ミスタ・グラモン本人に聞いてみるのはどうでしょう?)
(い、嫌よ。あんな陰気なギーシュに話しかけたら、こっちまであんなふうになりそうじゃない。あんたが聞きなさいよ)
(え!いえいえ、そんな、使用人如きで貴族の若様に話しかけるなんて、とてもとても)
(あんた私のことなんだと思ってるわけ?)
 このようにしてルイズとシエスタが囁きあい、頭を突き合わせている中に、ふと、のそりと湿った陰が入り込んできた。
「んん?」
 その湿った陰は滑った光沢を放ちながら粘着質な破裂音を鳴らした。
「ひぃ!お、おっきな蛙?!」
 “それ”と認めた瞬間、反射的にルイズは飛び上がり、ベンチから転げ落ち、ばたばたとベンチの背に隠れてうずくまった。シエスタは“それ”よりもそんな驚き上がったルイズに驚いてしまったのであるが。

 二人の傍には、両手でやっと掬えるほどに大きな蛙が座っていたのである。粘液に湿った表皮は鮮やか過ぎるほどの黄色で、所々にインクを落としたような黒い斑点が認められ、飛び出た両目は血を塗ったような緋色だった。
 蛙はびくつくルイズとシエスタを無視して、ベンチの置かれた芝生の上をひたり、ひたりと不恰好に歩いた。そしてベンチの端に座り込むギーシュの足元で止まり、蛙独特の破裂するような鳴き声を上げた。
「ん?…………あぁ、ロビンじゃないか」
 よいしょ、とギーシュは慣れた手つきでロビンと呼んだ蛙を救い上げてベンチに乗せた。
「あ、あんた、その蛙と知り合いなの?」
「知り合いも何も、ロビンはモンモランシーの使い魔だよ。普段は水槽か厩舎の水飲み場にいるんだけど」
 サイズにも寄るが、学生、或いは教師達の連れる使い魔の中には流れる水を絶えず必要とする場合もあるため、あらかじめ用意された水槽か、厩舎にある水飲み場に繋がる生簀で過すようにされている。どちらも歯車仕掛けで新鮮な水を吹き込めるような仕組みになっている。
 ロビンは一度、ぐっと喉を膨らませてから、大きな口を開け、げろりと何かを吐き出した。
「わ、何か吐いた!」
 遠巻きに見るルイズが逐一に驚き震えている。吐き出したものは指一本ほどの太さのある硝子の筒だった。コルクでしっかりと栓がされ、よく見るとその中に丸められた紙が入っているようだ。
「モンモランシーからの手紙かな……?ありがとう、ロビン」
 受け取りを認めてロビンは人鳴きすると、べたりと芝生に飛び降りてずるずると何処かへ歩いていった。
「ふむ……」
 早速手紙を広げたギーシュは内容を見るなり、力強く立ち上がった。
「ふふふ……」
 熱が抜けるような笑みを浮かべ、ギーシュは手紙を手に広場から出て行ってしまった。

「なんだったんでしょうか……?」
「さぁ……」
 取り残された格好の二人は、どこか穴の開いた気分になっていた。遠くには通廊を歩く生徒達や、木陰でうたた寝する生徒が見えるが、二人のいるベンチの周りだけ、切り取ったような静寂であった。
「何の手紙だったんでしょう?」
「……大方、モンモランシーから部屋に誘うような事、書いてあったんじゃないの」
「……何、してるんでしょう」
「さ、さぁ……」
 嫌な汗を浮かべたルイズを尻目に、シエスタは編み物をする手を止めて立ち上がった。
「見に行きましょう!凄く気になります!」
「えー?!他人の私生活を覗きたいなんてあんたも結構下世話な事考えるわね」
「でもミス・ヴァリエールだって気になるでしょう?どうしてミスタ・グラモンはあんなにやつれていて、足繁くミス・モンモランシのところに通っていて、しかも嬉しそうなのか、すっごく気になりませんか!?」
 ぐっ、と拳を固めたシエスタにはルイズにとってとても抗いがたく見えた。
「そ、そりゃあ、気にはなるわよ」
「じゃあ、見に行きましょうよ。さ、ミス」
 使用人風情に押し切られた自分が少し、いや、かなり情けないのではないか、とルイズは少し思ってしまった。
(はぁ~、疲れ気味なのかしら……)



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