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マジシャン ザ ルイズ 3章 (58)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (58)うつろう虚無魔導師

「ふぅ……」
 黒い肌をした男が吐息を吐く、己の無事を確認して安堵したのだ。
 フェイズシフトを伴う次元移動。数々の領域を渡り歩いた彼をして未知の体験。彼はそのような挑戦を乗り越えたところだった。

 〝元〟プレインズウォーカー・テフェリー。
 次元の裂け目を修復するために灯を失い、久遠の闇との繋がりを断ち切られたプレインズウォーカー。
 かつて自由に次元を渡り歩いた力は失われ、以前なら易々と行えた空間転移も、機械の助け無しには行えない。
 それが今のテフェリーだった。

「……この、世界は」
 テフェリーが周囲を見渡す。
 そこに広がっていたのは恐ろしく荒廃した光景。
 大地はひび割れ乾ききり、空は炎のように赤く染まって雲一つない。弱々しく空気をかき混ぜる程度の風がふく度、細かな砂の粒子が舞って散った。
 周囲には生物はおろか、植物すら見あたらない。
 そんな荒野が前後四方、見渡す限りに広がっている。
 既に荒れ果てた『ドミナリア』を目にしているテフェリーですら顔をしかめるほどの、死と絶望に彩られた世界がそこにはあった。

「……ドミナリアの影合わせで、このようなプレーンが存在していたとは」
 彼がそう言ったのは、十分ほども歩き回ったあとだった。
 しばらく周囲を観察してみてわかったことと言えば、この世界の原因がマナにあるということであった。
 マナの枯渇。それこそがこの世界の荒廃の原因だ。
 そしてまた、それはドミナリアが滅びに瀕している原因と同じであった。
 赤青緑白黒、五色のマナ。それは世界の生命力そのものだ。
 それが失われれば、人も、動物も、植物も、生きてはいけない。
 マナの喪失は世界の消滅を意味する。
 だが、世界もまた生命だ。それがこのように死にかけるなど、よほどのことがなければ有り得ない。
 一体、何がこの世界で起こったのだろうか?

「知りたいか?」

 そのような声が投げかけられたのは、テフェリーが疑問を浮かべたそのときであった。
 風が巻き起こる。
 黄色く細かい粒子となった砂を巻き上げて、つむじ風が起こる。
 砂の粒が目を、鼻を、顔を襲う。堪らずテフェリーは右手で顔を庇った。
 するとどうだろう。
 テフェリーが顔を守った途端に風は治まり、そのあとには一人の人間が立っていた。

「テフェリー。ようやく君がこの世界に来てくれた。私はずっとこのときを待っていた」
 そう言った男は、テフェリーのよく知る人物であった。
 いや、知らないはずがない。己の姿を知らぬわけがない。
 テフェリーの前に姿を現したのは、褐色の肌をした禿頭の宮廷魔術師。すなわち、テフェリー自身の姿を模した何者かであった。

 その姿を見たテフェリーは、手にした杖を地面と水平に持ち上げて突きつけ、威嚇するような低い声で言った。
「何者だ」
 だが一方で、テフェリーの直感は自分と同じ姿をしたこの男が、一体何者であるのかを薄々感じ取っていた。
「私の名はブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。君よりほんの少しだけ長生きをしているプレインズウォーカーだ」
 案の定。元プレインズウォーカーの直感は正しかった。
 答えを聞いて、テフェリーは杖を降ろした。
 相手がプレインズウォーカーであるならば、ただの人間である自分が、今更杖を構えたところで何ができるわけでもない。
 無駄なことはしない。それよりも、彼の言うことをもう少しよく聞いてみることにしたのだ。
「プレインズウォーカー・ブリミル。なぜあなたはこんなところにいる。なぜ私の姿をしている」
 プレインズウォーカーとは長くを生きる存在。その性質は、年を経た者であればあるほどに気まぐれだ。
 だが目の前のプレインズウォーカーは、著しく機嫌を損ねなければ、すぐに殺されると言うこともあるまい。テフェリーにそう思わせる何かがあった。
「魔術師テフェリー。君の質問に答えよう。最初の質問には、かつてこの世界に人間がいた頃の呼び名、『ハルケギニア』という名でもって答えよう。そして次の質問だが、私は少し長らく生き過ぎた。元来自分への執着が乏しい気性もあったのだろう、今となっては自分が元々どんな姿をしていたかも思い出せない。だから私は、他者と接触する際には、その者の姿を借りることにしている。これが一番楽なのだ」
――なるほど、筋は通っている。
 元々プレインズウォーカーにとって姿など、何の意味もないものなのだ。
 プレインズウォーカーであれば、どう猛なドラゴンであろうと、雄々しき巨人であろうと、好きな姿を取ることができる。
 テフェリーやウルザのように人間であった頃の姿を取るものも多いが、自身の姿を自在に変えて過ごすものも少なくない。
 質問のうち一つには納得した。
 では、とテフェリーはもう一つの答えについて踏み込んだ。
「この世界に何があった? 先ほどあなたは人間がいたと言っていた。ならばこの世界は最初からこうだったわけではないのだろう。では一体何があって、この世界は滅びを迎えたのだ」

 テフェリーの質問に、ブリミルは無言のままに右腕をゆっくり上へと持ち上げた。
 己の頭上を指さしたブリミルに、テフェリーもつられて空を見上げた。
 するとどうだろう。次の瞬間、雲もないのに恐るべき眩さと轟音を伴って、雷光が迸った。
 それを目にして耳にして、テフェリーは確かに感じ取った。
 既にプレインズウォーカーの灯を失い、感じ取れるわけがないはずなのに、彼は確かに感じ取った。
 ブリミルが指さした上空、そこに巨大な次元の裂け目が広がっている!

「そうだ。あれは君たちがドミナリアで修復したいくつかの裂け目と同じものだ。あの裂け目が、この世界からマナを流出させ、『ハルケギニア』を死に至らしめた。そしてドミナリアの修復を阻む、最後にして最大の元凶でもある」

 見上げて話すブリミルの言葉。それを聞きながらテフェリーは、別のことに戦慄を覚えていた。
「……大き過ぎる」
 それは、裂け目の規模についてである。
 テフェリーが一瞬知覚した次元の裂け目。それは以前に彼が、代償を支払って修復したシヴの裂け目よりも更に大きかった。
 あるいはカーンが修復したトレイリアの大裂け目にほど近い大きさかも知れない。
 そしてそのことは、一つの嫌な結論をテフェリーに突きつけた。
『この裂け目は、果たして修復できるのだろうか』
 時間の経過と共に拡大していったというトレイリアの大裂け目。それを修復するためにプレインズウォーカー・カーンは、三百年の時間を遡る旅を行い、インベイジョンの時間にて、裂け目が決定的となるバリンの『抹消』呪文が完成する直前にそれを修復した。
 だが、そのカーンももうこの世界に存在しない。彼は遡った時間の先で、焦った様子で何事かを言い残して消えたと、ヴェンセールからは聞かされている。
 時間を移動することが可能である唯一の物質、『銀』。その銀で作られたゴーレムであるカーン無しには、このような大きさの裂け目は修復できないかも知れない。

「……この世界には同じような次元の裂け目があと二つ存在する。それらのうち一つは、ここのものより更に大きい」
「不可能だ」
 ブリミルの言葉を聞いて、思わずそんな言葉がテフェリーの口から衝いて出ていた。
「これだけの規模の裂け目を二つ以上修復するのは、私程度の力では到底力不足だ。そしてあなたは私を待っていたと言っていた。つまりあなた自身にもこの裂け目はどうにもできないということだ。ならば我々が力を合わせたところで、この裂け目を修復するのは不可能だ」
 物怖じせず口にされたテフェリーの言葉は、嘘偽りのない真実だった。
 何よりも、彼にはこの裂け目が修復できない。
 裂け目の修復には、一つにつき一人のプレインズウォーカーが必要である。裂け目を修復するためには、最低一人のプレインズウォーカーがその〝灯〟を燃やし尽くす必要があるのだ。
 燃やし尽くしたプレインズウォーカーは、多くの場合死に至る。灯を失っただけで、ただの人間となって生き延びたテフェリーは、むしろこの場合は例外だ。
 つまり、三つの裂け目を修復するためには、最低三人のプレインズウォーカーの犠牲が必要なのだ。
 だが、この場にいるプレインズウォーカーはブリミルだけ。絶対的に数が足りない。
「私の力だけではこの問題は解決できない。一端ドミナリアに戻って、協力してくれるプレインズウォーカーを探し出し連れてこよう」
 テフェリーはそう申し出た。
 協力してくれるプレインズウォーカーを見つけ出すのは困難だが、それしか方法がなかった。
 しかしその提案に、ブリミルは目を伏せて言った。
「それは不可能だ、魔術師テフェリー。この世界には私の封印魔法が施されている。それによってこのプレーンは、プレインズウォーカーからは容易に知覚されず、また渡り来ることもできないようになっている。この世界にたどり着けるのは、君のような、かつてプレインズウォーカーであった人間だけだ」
 静かに語ったブリミルの言葉、その中の一つの単語に反応してテフェリーは口を開いた。
「封印魔法? フェロッズの?」
 気付いたときにはそう聞いていた。
 フェロッズの封印魔法。かつて思慮深き偉大なるプレインズウォーカーであったフェロッズが、彼の守護するホームランド『ウルグローサ』にかけた世界規模の封印魔法である。
 プレインズウォーカーの目からその存在を覆い隠し、他次元との繋がる門を塞ぎ、内外からの渡界・召喚を防ぎ、そして何より『ウルグローサ』の荒廃原因であった次元の裂け目を塞いでかの世界に繁栄をもたらした守護結界。それがフェロッズの封印であったはずだ。
 だが、封印魔法は数百年前にフェロッズが死んで以来その効力を徐々に失い、彼の愛したプレーン『ウルグローサ』は、今は荒廃に任せて荒れ果てていると聞く。
 確か三百年前、ウルザがナインタイタンズを集める際に立ち寄り、テイザーに助力を求めたのも『ウルグローサ』だったはずだ。

「いいや。オリジナルは同じものだが、私の封印魔法は彼のものとは別の呪文だ。けれども、外からの脅威に対する備え、という点においては変わりがない」
「だったら話は簡単だ。あなたが封印を解いて、他のプレインズウォーカーを招き寄せればいい」
「それも不可能なのだ。私の封印魔法はフェロッズ卿のものとは違い、私の力に依存していない。……そして私の力は衰えた。今となっては封印魔法を解除することもできない」
 その言葉を聞いて、テフェリーは口に手をやってしばし考え込んだ。
 この場でこのブリミルを名乗るプレインズウォーカーが、嘘をつく理由が見あたらない。それだけで信用には足らないが、話す限り彼は理性的だ。邪悪の気配もない。
 狂気に捕らわれやすいプレインズウォーカーとしては、非常に安定した部類に入るだろう。
「……しかしあなたは、先ほど私のことを待っていたと言った。ならば何か打開策があるはずだ」
 確信があるわけではないが、何となくそう思ったことを口にしてみた。
 するとそれを聞いたブリミルが、ああ、と頷いた。
「そうだ。魔術師テフェリー。君ならばこの世界を救える。きっと君ならばウルザを止めることができるだろう」
 ――ウルザ。
 こんなときに最も聞きたくない名前が出てきた。
 それを聞いたテフェリーは、考えるより先に即座に否定の言葉を投げかけていた。
「有り得ない。ウルザは死んだ。三百年前、彼はヨーグモスの侵略作戦の最終局面において、レガシーの力を引き出すため、ジェラードと共に自らを生贄に捧げて死んだはずだ」
 出てきた言葉は、思った以上に早口になっていた。
 ウルザは確かに死んだはずだ。死の瞬間に居合わせたわけではないが、そう伝え聞いている。
 何より、ウルザの〝灯〟を受け継ぐ形で、カーンはプレインズウォーカーになったのだ。生きているはずがない。

 勢い乗り出して更に否定を重ねようとしたテフェリーを、同じ姿をしたブリミルが片手を上げて制した。
「その通りだ。君が知っているウルザは死んだ」
「ならば、先ほどの言葉は?。ウルザは死んでいるというのに、ウルザを止めるとは意味がわからない」
「私が君に止めて欲しいと思っているのは、君の知っているウルザとは別のウルザなのだ」
「……別のウルザ?」
「そうだ」

 そういうと、ブリミルはテフェリーを中心にして、円を描くようにして歩きはじめた。
「次元の混乱によって繋がった平行世界、そこに開いた次元の裂け目が、この世界に開いた三つの裂け目の正体だ。その世界でのウルザの行いが、こちらのドミニアに滅びを与える原因になっている。君はそれを取り除いてもらいたい」
 平行世界。
 それについてはテフェリーも心当たりがあった。

 次元の混乱/Planar Chaos。似て非なる違う歴史を歩んだ世界。
 次元の裂け目は様々な場所に繋がっている。
 それは過去であり、未来であり、そして平行世界である。
 繋がった先が、ウルザの生きている平行世界であることも十分に考えられた。

「だが、ここまで大きくなってしまった裂け目は修復できない。そして、そんな裂け目が二つ以上あるのであれば、向こうの世界のカーン一人でどうにかなるようなものではない。いいや、そもそもウルザが生きているならば、カーンはプレインズウォーカーではないはずだ。プレインズウォーカーでなければ、裂け目の修復は行えない!」
 最後の方は悲嘆するような声色になってしまったテフェリーの言葉。
 それとは対照的に、ブリミルは落ち着いた様子でこう言った。

「その点は安心して欲しい。私に残された最後の力で、君を過去の平行世界へと送り込む。そこで君は他のプレインズウォーカーたちの助力を得て、まだ広がりきっていない次元の裂け目を修復するのだ」
「馬鹿な」
 ブリミルの言葉を耳にしたテフェリーが頭を振った。
「そんなことは不可能だ。あのウルザでさえ、人間やプレインズウォーカーが時間を超越する方法はついに見つけられなかった。時間を移動できる物質は〝銀〟だけだ。時間移動が可能なのは、銀の体を持つゴーレム・カーンだけだ」
 馬鹿馬鹿しい、と。
 空間と時間のエキスパートであり、ウルザの秘蔵っ子にしてトレイリアの寵児であり、何より大惨事を引き起こしたあの『ウルザの時間実験』の被害者でもあるテフェリーは断言した。
 だがその言葉に、今度はブリミルが先ほどのテフェリーとうり二つの動作で頭を振った。
「いいや、可能だ。私の力なら、私の虚無魔法ならば」
「虚無魔法?」
 オウム返しにテフェリーが聞いた。
 聞き覚えのない言葉だ。
 虚空魔法ならばテフェリーも知っている。だが、目の前の男は確かに虚無魔法と発音した。
「その通り。ウルザよりも、フェロッズよりも古い古い時代の秘儀だ。その力を使えば、君を過去へ送り出すことも、平行世界に送り届けることも可能だ」
 ブリミルの言葉にテフェリーは驚いた。
 古の秘儀。現代伝わっているものよりも、遙かに高度で強大な力を持った魔法の存在を、テフェリーも伝え聞いてはいた。しかしそんなものはただの噂に過ぎないと思っていたのだ。

 そのブリミルの言葉を最後に、数分間沈黙の時間が過ぎた。
 テフェリーは熟考に熟考を重ねた末、観念したようにブリミルに告げた。
「……わかった、ここはあなたを信じよう、プレインズウォーカー・ブリミル。それで、準備にはどれくらいかかる?」
「今すぐにでも。君たちが『ドミナリア』の裂け目を修復したことで、こちらの裂け目が不安定になっている。多次元宇宙はいつ崩壊するかわからない状態だ。速ければ速いほど良い」
「ならばすぐに送ってもらって構わない。元よりジョイラの制止を振り切ってきた身だ」
 その返答にブリミルは満足そうに頷いた。
「君は一度、自分自身を犠牲にして次元の裂け目を閉じている。君以上の適任はいない。それに、君はあのウルザの後継者だ。ウルザを止められるとしたら、君しかいない」
 そう前置きして、気の早いプレインズウォーカーは呪文を唱えはじめた。
 テフェリーの耳に届いたそれは、氷河時代に使われていたというルーンの調べに似ていた。あるいは、かのアイスエイジの魔術師たちがそれを真似したのかも知れない。
 ブリミルが呪文を唱えはじめてすぐ、驚くべき短さで呪文が完成した。
 それは時間を渡るという大魔法の割に、あまり短い詠唱。集められたマナも多くはない。
 だが、その呪文はテフェリーがこれまで見てきたものの中で、群を抜いて複雑であり、非常に高度に編み込まれた芸術的な魔法だった。
『準備は良いかな?』
 突然頭の中に、ブリミルの声が響く。
「ああ」
 もう交わす言葉もない。テフェリーは小さく頷いてそれに応えた。
 それを確認したブリミルは、小さく頷いてルーンを解き放った。

『Time walk』

 呪文に応えて、変化はすぐさま現れた。テフェリーの視界がいびつに歪みはじめたのである。
 その途端、彼は直感した。
 自分がエントロピーの逆転まっただ中に身を置いていることを。

 ブリミルが魂を燃やして行使した最後の魔法。それを身に受けた瞬間、テフェリーは自分の中に何かが流れ込んで来るのを感じた。
 そして次の瞬間、パズルのピースがはまるようにして、プレインズウォーカーでなくなってから彼の中にぽっかりと空いていた喪失感が、突如として埋められた。
 そして魂の奥底で、何かが再び燃え上がるのを感じる。

 一度消えたプレインズウォーカーの〝灯〟が、再び己が身に灯ったのだ。
 だがしかし、なぜ?
 その答えを探し当てる前に、テフェリーは一つの変化に気がついた。

 先ほどまで眼前に立っていた、自分の姿が消えていたのである。
 そしてその代わりに、歪んだ景色の向こう側、そこに誰かが立っているのが見えた。
「ああ……、これがぼくの本当の姿だ。長らく忘れていたけれど、今思い出した。これが本当のぼくだ」

 先ほどまでとは違う、透き通るような綺麗な声色がテフェリーには聞こえた。
「ぼくは君に一つお礼を言わなくちゃいけないみたいだ。君のおかげで……ぼくは本当の自分を思い出すことができたよ、ありがとう」

 唐突に、赤い空に稲妻が走った。
 次いで地響き。大地が鳴動した。

「どうやら時間移動の呪文が裂け目に悪い影響を与えたみたいだ。……もうこの世界は滅びる。この『ハルケギニア』の崩壊は、『ドミナリア』にも影響を及ぼすだろう。そして『ドミナリア』の崩壊はそのまま多次元宇宙ドミニアの破壊の引き金になる」

 淡々としながらも、穏やかなブリミルの言葉。
 ドミナリアの崩壊、ドミニアの破壊。
 明示された最悪のシナリオに、テフェリーは息を呑む。

「もう……この宇宙の命運は尽きた。けれど、最後の最後で君に希望を繋ぐことができた。それは無駄ではないと信じているよ。君の行いできっと歴史は変えられる。滅びの結末はきっと変えられる」

 地面が裂け、ブリミルが立っている周囲にマグマが吹き出した。
 それはまるで、大地にぱっくりと開いた傷口から血が溢れるようだ。

「だから、ぼくは笑って君を送り出し、終わりを迎えることができる」

 雲もない空を、ただ稲妻だけ細かく、何度も何度も走る。
 その様は、空がひび割れたよう。

「お願いだ、プレインズウォーカー・テフェリー。この世界を、『ハルケギニア』を救って欲しい」

 ブリミルッ!
 テフェリーはそう叫んだ。けれどもその声は音にならず、隔絶する時間の壁に打ち消された。
 その意味に気付いたのか、それとも違うのか。
 ブリミルはテフェリーに穏やかな日向の笑みを向けた、気がした。

 それと同時。世界が強く瞬いて、周囲の光景が灰色の砂嵐に掻き消えた。
 結局それが、テフェリーが生まれた世界で目にした、最後の光景となった。



 呆然として沈黙するテフェリーをよそに、灰色の砂嵐は始まったときと同じように唐突に消え去った。
 そうやって砂嵐が晴れたあと、テフェリーの視界の先に広がっていたのは先ほどまでとまったく違う光景であった。

 空は青く、白い雲が風に流されている。そんな中を天高く鳥が一羽、飛んでいるのが見えた。
 足元には堅い感触。下を見下ろすと、そこにあるのは一面の緑。
 テフェリーが降り立ったそこは、見知らぬ草原であった。

 先ほどまで見ていた世界とはまるで違う。生命に満ちた世界。
 ブリミルの言葉通りなら、この世界は先ほどまでいた『ハルケギニア』の過去・平行世界のはずだ。
 そのあまりのギャップに戸惑いを覚える。
 目に見える世界も、周囲に満ちたマナの気配も、何もかもが違い過ぎる。
 だが、時間と空間を専門とするプレインズウォーカー・テフェリーの勘は、信じがたいことだが、自分が時間を超えことを訴えていた。

 生身の人間が時間を超越する。
 ウルザですら成し遂げられなかった偉業。テフェリーは杖を持った手を胸に当て、ブリミルに深く敬意を示した。
 けれどそうしたのもつかの間。テフェリーは感傷に浸ることもなく、すぐさま杖を掲げて呪文を唱えはじめた。
 テフェリーが目にした宇宙崩壊の予兆。
 それを未然に防ぐことが、ブリミルから自分に引き継がれた希望であり、再びプレインズウォーカーに転化した今の自分の使命なのだ。

 自分が失敗したのなら、世界は滅ぶ。
 親しい人間も、仲間たちも、ジョイラも、皆死ぬ。
 そのような未来を回避するため、一刻の猶予もないのである。

 テフェリーの呪文が完成し、掲げた杖の先から輝く光の輪が生まれ、それが波紋のように地平の彼方まで広がっていった。
 マナの反射を利用した、探査魔法である。
 呪文が効果を発揮しはじめると、彼の脳裏に、通常の人間なら到底処理しきれないほどの情報が精査されて集められはじめた。
 水のせせらぎや風の音、火山の脈動や森の生命力、沼地の場所やマナの吹きだまり。
 そういった雑多な情報が次々収集されていく。その中からプレインズウォーカーは、不要な情報を排除し、必要な情報を選別していった。長年の経験に裏打ちされたテクニックである。

 探査の魔法が発動して更に十分が過ぎ、呪文がプレーンの隅々まで行き渡っても、次元の裂け目は見つからなかった。今のところこの世界には、まだ次元の裂け目は現れてはいないようだった。
 一方、もう一つの捜し物であるプレインズウォーカーは、それと思われる反応が一つ返ってきていた。巧妙に気配を隠しているが、隠蔽の仕方に覚えがある。十中八九ウルザに違いない。
 さて、テフェリーはこのとき、まずウルザの元に飛び、彼に接触することを最初に考えた。
 状況を確認する意味でも、ウルザがそこにどう関わっているのかを知るためにも、それが一番良いだろう。
 実際杖を掲げ、空間跳躍を実行する寸前まで済ませた。
 だが、そこで彼の動きが止まった。

 探査された情報の中に、一つだけどうしても気になるものがあったのだ。
 それはウルザと思われるプレインズウォーカーがいる大陸の、ある一点で異常な高まりを見せる赤マナの痕跡であった。
 炎と破壊を象徴する赤マナが、看過できないほど大量に集められている。
 そのことが気にかかって、テフェリーは跳躍を思いとどまったのだ。

 今起こすべき行動は、一刻も早いウルザとの接触である。
 しかし、それをわかってはいても、テフェリーにはその赤マナの集積を見過ごすことはできなかった。
 そこに、かつてトレイリアに消えた、熟達のウィザードの連想があったのは言うまでもない。



 セダン上空。
 テフェリーがそこにテレポートして出現したとき、呪文は既に臨界に達しようとしているところだった。
 彼は呪文によって高さ数十メイルの宙に浮いている。
 それと同じ高さの塔の上。そこに暴君の化身のような破壊の術を解き放とうとする男がいた。

 ローブを纏った魔術師風の男。彼は杖を手にして、一心不乱に呪文を唱えていた。
 その彼の前には、米粒ほどの大きさの、目を焼くほどの強い光を発する光体があった。
 間違いなかった。
 それは『抹消』の呪文であった。
 しかも完全ではない。その証拠に光体は細かな明滅を繰り返し、今にも術者の制御を離れて暴発してしまいそうである。
 明らかに制御しきれていないその様子からは、術が力を発揮すれば、間違いなく術者である彼も命を落とすのが見て取れる。
 だというのに、男の瞳は何の感慨も宿してはいなかった。
 術で焼き払おうとしているのは、眼下で無数にうごめく黒マナでかりそめの命を与えられた不死者たちであろう。
 だがその目は、敵であるおぞましき者たちのことなど映してはいなかった。
 眼前の炎を見つめる男の目は、ぞっとするほどに暗く冷たい。そこには絶望や諦観といった、負の感情が渦を巻いていた。
 それを見たとき、テフェリーは無意識に師の名を口にしていた。
「バリン……」
 その様、その呪文。それは人づてで聞いた、バリンの最後そのものであった。

 口にして、それではっと我に返る。
「止めなくては!」
 咄嗟に判断したテフェリーは、口早に呪文を唱えて手印を切った。
 ほんの刹那の間を置いて、すぐに変化は訪れた。
 キンッ、という澄んだ音が響き、ガラス状の正八面体が光体を中に取り込むように現れたのである。
 果たして、立体に包まれると、それまで暴走の予兆である明滅を繰り返していた光体は、突然その動きを止めた。
 何のことはない。テフェリーの呪文によって、立体に包まれたその空間だけ、時間がゼロに近くなるように操作されたためである。

 時間の進行を、停止に限りなく近い速度まで遅延させる。かつてテフェリーがトレイリアの災害から逃れようとしたときに、自らにかけた呪文である。
 普通の魔術師なら長い詠唱を必要とするはずのその呪文を、彼はインスタントに発動させたのだった。

 だが、危機を脱したはずのテフェリーの表情は、ますます焦ったものとなっていた。
「……駄目か。時間の進行が速すぎる。マナの干渉が予想以上に大きい!」
 遅延呪文で『抹消』の発動を遅らせ、対抗呪文で打ち消す腹づもりであったテフェリーも、これには目をむいた。
 呪文の力が大き過ぎて、打ち消すどころか遅延させることすら困難なのだ。

〝まずい、この呪文は止められない……っ!〟

 見ればゆっくりとだが、再び明滅しようとしている光体。かけてからほんの少しの時間しかたっていないというのに、遅延による阻止は、もう限界にきていた。
 発動すれば、周囲のものは例外なくことごとく破壊されるだろう。今すぐこの場を離れねば、正直己の身も危うい。
 テフェリーは先ほどそうしたように、即座に呪文を唱えて手印を切った。
 だが、

「!!」

 テフェリーの目に、生気のない顔で、ふらふらと呪文を眺めている術者の姿が映った。

〝ままよっ!〟

 テフェリーは空中を蹴って塔に立つ男に跳び近づくと、印を切った右手を伸ばしてその腕を掴んだ。
 そしてそのまま左手で杖を動かして、宙に紋様を描いた。

 すると、二人の体は光の粒となって散りはじめ、その輪郭が消え始めた。


 そしてそれとほぼ同時、世界を舐め尽くす炎の獣が、セダンの街へと降り立った。


                     人よりちょっとだけ、古くさいだけさ。
                              ――ブリミル

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