「……こうなると戦場というより、地獄だね」
周囲に累々と転がる死体と狂ったようにニューカッスル城へとなだれ込むレキン・コスタの兵士達を見ながら土くれのフーケこと、マチルダ・オブ・サウスゴータは吐き捨てるようにつぶやいた。
レキン・コスタ軍によるニューカッスルへの総攻撃は蹂躙ともいえる圧倒的なレキン・コスタ軍の勝利で幕を閉じた。だが、追い詰められ死兵と化したアルビオンの兵士達の抵抗は凄まじく、レキン・コスタ軍に甚大な被害をもたらした。
それが証拠に王軍の兵士の死体を遥かにしのぐレキン・コスタ軍の死体が地面を覆いつくしている。
レキン・コスタ軍によるニューカッスルへの総攻撃は蹂躙ともいえる圧倒的なレキン・コスタ軍の勝利で幕を閉じた。だが、追い詰められ死兵と化したアルビオンの兵士達の抵抗は凄まじく、レキン・コスタ軍に甚大な被害をもたらした。
それが証拠に王軍の兵士の死体を遥かにしのぐレキン・コスタ軍の死体が地面を覆いつくしている。
ラ・ロシェールでギーシュ達をあしらった後、レキン・コスタが用意したフネでアルビオンに着いたフーケは最前線の部隊に配属され、この戦いに参加することになった。
激しい戦闘の中、彼女を残して部隊は全滅したため、他の部隊に紛れ込んで城へと辿りついたのだった。
激しい戦闘の中、彼女を残して部隊は全滅したため、他の部隊に紛れ込んで城へと辿りついたのだった。
「まあ、小うるさい監視役も死んじまったし、悪いがここらで私は降ろさせてもらうとしようかね……」
フーケは誰ともなく呟くと、兵士たちの群れから離れる。
元々、妹を盾に脅されたから渋々協力しただけで、これ以上つき合う義理はない。
元々、妹を盾に脅されたから渋々協力しただけで、これ以上つき合う義理はない。
「確かこの辺に……」
瓦礫の影で死角になっている壁の前についたフーケは、そこに刻まれたレリーフを慎重に調べる。
するとカチリという音と共にレリーフの横の壁面に人一人がはいれる様な穴がぽっかりと口を開く。そこにフーケが身を潜らせると同時に壁面の穴がまるで何もなかったように塞がって消えた。
するとカチリという音と共にレリーフの横の壁面に人一人がはいれる様な穴がぽっかりと口を開く。そこにフーケが身を潜らせると同時に壁面の穴がまるで何もなかったように塞がって消えた。
「……へえ、隠し通路があるって本当だったんだねえ」
真っ暗闇の中、ライトの呪文で杖の先に光を灯して周囲を見渡したフーケは満足げに呟く。そこは2メイル四方の空間で、正面に奥へと続く通路が、左手には地下へ伸びた階段が口を空けている。
ここはかつて王家に恨みを持っていた頃、いつか忍び込もうと計画して大枚をはたいて手に入れた情報に記された隠し通路だった。まさか恨みも薄れた今頃になって自分が脱出するのに利用することになるとは思わなかったが。
ここはかつて王家に恨みを持っていた頃、いつか忍び込もうと計画して大枚をはたいて手に入れた情報に記された隠し通路だった。まさか恨みも薄れた今頃になって自分が脱出するのに利用することになるとは思わなかったが。
「情報が確かなら正面が城の内部へ、左がスカボロー方面に通じているはず。風の流れはあるようだし……まあ、いけるとこまでいくさ」
そう言うと、フーケは杖の光を頼りに地下に続く階段の中へと消えていった。
二日後、レキン・コスタ軍の本隊が入城したニューカッスル城の内部を、数人の貴族と護衛の部隊を引き連れて礼拝堂へと向かう一人の男がいた。
男は年のころ三十代半ば。簡素な丸帽子をかぶり、緑色のローブとマントを身につけた一見すると聖職者のような格好に見えた。しかし、その物腰は軽く、高い鷲鼻に理知的な怜悧な碧眼、帽子からこぼれる整えられた金髪という風貌と相まって、威厳のある軍人のようであった。
男は年のころ三十代半ば。簡素な丸帽子をかぶり、緑色のローブとマントを身につけた一見すると聖職者のような格好に見えた。しかし、その物腰は軽く、高い鷲鼻に理知的な怜悧な碧眼、帽子からこぼれる整えられた金髪という風貌と相まって、威厳のある軍人のようであった。
「クロムウェル閣下、ご命令どおり、皇太子の遺体はここに安置しておきました。しかし、あのワルドとかいうトリステインの子爵、皇太子はしとめたようようですが、行方不明だとか……件の手紙が手に入らない以上、トリステインとゲルマニアの同盟阻止は不可能ですな」
礼拝堂に入ると同時に貴族の一人が男――クロムウェルに声をかける。
「なに、別にかまわぬさ。確かにトリステインとゲルマニアの同盟阻止は余の願うことだが、それよりもっと大事なことがある。なんだか卿には分かるかね?」
「さて、皇帝閣下の深慮遠謀は私どもにはわかりかねますな」
「さて、皇帝閣下の深慮遠謀は私どもにはわかりかねますな」
するとクロムウェルはかっと眼を見開き、熱に浮かされたように演説しはじめた。
「それは『結束』! 鉄のごとき『結束』だ! ハルゲキニアは我々、選ばれた貴族たちによって結束し、整地をあの忌わしきエルフどもから取り返す! それが余が始祖ブリミルより与えられし使命なのだ!」
「なるほど……しかし、それと皇太子の遺体を残して置いたことになんの繋がりが?」
「王族をただ討ち滅ぼしたより、王族が我らに感服して配下に加わったという方が結束を図るには都合がいいとは思わんかね?」
「なるほど……しかし、それと皇太子の遺体を残して置いたことになんの繋がりが?」
「王族をただ討ち滅ぼしたより、王族が我らに感服して配下に加わったという方が結束を図るには都合がいいとは思わんかね?」
その言葉に周囲の貴族たちの表情が真っ青に変わる。
「か、閣下、まさか……」
「そのまさかだよ。余が始祖ブリミルより授かった虚無の力、しかるべき時に使わねばもったいなかろう?」
「そのまさかだよ。余が始祖ブリミルより授かった虚無の力、しかるべき時に使わねばもったいなかろう?」
クロムウェルはにやりと笑うと、腰の杖を引き抜いて詠唱を始める。それは低くく重々しい、この場にいる誰もが聞いたことがない言葉であった。
詠唱を完成させ、クロムウェルが床に横たわるウェールズの遺体に向かって杖を振るうと、ウェールズはぱちりと目を開けてゆっくりと立ち上がった。
青白かった顔が、みるみるうちに生前の面影を取り戻していく。
詠唱を完成させ、クロムウェルが床に横たわるウェールズの遺体に向かって杖を振るうと、ウェールズはぱちりと目を開けてゆっくりと立ち上がった。
青白かった顔が、みるみるうちに生前の面影を取り戻していく。
「おはよう、皇太子」
「やあ、久しぶりだね、大司教」
「失礼ながら、余は今ではこのアルビオンの皇帝なのだ。親愛なる皇太子」
「そうだった。これは失礼した、閣下」
「やあ、久しぶりだね、大司教」
「失礼ながら、余は今ではこのアルビオンの皇帝なのだ。親愛なる皇太子」
「そうだった。これは失礼した、閣下」
ウェールズは膝をついて、臣下の礼を取った。
「そうだ、君を余の親衛隊に加えたいと思うのだが……どうだろう、ウェールズ君」
「全ては御意のままに」
「では、余の友人たちと引き合わせてあげよう」
「全ては御意のままに」
「では、余の友人たちと引き合わせてあげよう」
クロムウェルと共に生前と変わらぬ仕草で礼拝堂を出て行くウェールズを、その場にいた全員は恐怖と畏怖の念を持って見送った。
ルイズたちが魔法学院に帰還して数日後、アンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝、アレブレヒト三世との婚姻と、両国による軍事同盟締結が正式発表された。
だが、その翌日、それと呼応するかのようにアルビオンの新政府樹立の公布がなされ、両国の間に緊張が走ったが、アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルはすぐに特使をトリステイン、ゲルマニア両国に派遣し、不可侵条約の締結を打診。アルビオン艦隊に抗するほどの空軍力のない両国は協議の末、これを受け入れた。
こうして表面上、ハルゲキニアに平和が訪れた。だが、それが一時の平和に過ぎないことは誰の目にも明らかであった。
だが、その翌日、それと呼応するかのようにアルビオンの新政府樹立の公布がなされ、両国の間に緊張が走ったが、アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルはすぐに特使をトリステイン、ゲルマニア両国に派遣し、不可侵条約の締結を打診。アルビオン艦隊に抗するほどの空軍力のない両国は協議の末、これを受け入れた。
こうして表面上、ハルゲキニアに平和が訪れた。だが、それが一時の平和に過ぎないことは誰の目にも明らかであった。
「チェックメイト――とりあえずアルビオン王家はこれで終わりだ」
様々な豪華な装飾が施され、絵画や美術品が埋め尽くす室内に、心底嬉しそうな低い男の笑い声が響く。
ここはガリア王国の首都リュスティスにあるヴェルサルテイル宮殿の中央に大きくそびえる青い外壁の王城グラン・トロワの一室。そこに設えられた水晶でできたチェス盤の前で笑い声を上げる中年の美丈夫――ガリア王ジョゼフと異国風の奇妙な黒い服を身にまとった端正な顔立ちの青年が相対していた。
「やれやれ、十戦やって五勝五敗の引き分けか。この類のゲームで僕は負けたことなんか無いんだが……さすがは一国の王だね」
「貴様こそ、このおれと互角にやり合うとは中々の差し手ではないか。そんな相手は弟のシャルル以来だ」
「貴様こそ、このおれと互角にやり合うとは中々の差し手ではないか。そんな相手は弟のシャルル以来だ」
おおよそ一国の王に対するには不敬極まりない言葉を吐く青年――神崎黎人に対し、ジョゼフはそれを気にすることなく最大の賛辞をもって称えた。
「お褒めにあずかり恐悦至極……と言いたいところだが、僕は別にチェスの腕前を褒めてもらうためにきたわけじゃないんだが」
「やれやれ相変わらずだな、『黒曜の君』よ……ああ、分かっているとも、まだ足りぬと言いたいのだろう?」
「やれやれ相変わらずだな、『黒曜の君』よ……ああ、分かっているとも、まだ足りぬと言いたいのだろう?」
そのジョゼフの言葉に黎人は唇をゆがめて黒い笑みを浮かべる。
「その通りだ。以前も説明したと思うが、僕が向こうに帰還するには人の持つ負の感情が大量に必要でね。その為にも君にはハルゲキニア全土を巻き込む戦乱を起こして貰わないと」
「無論、そのつもりだ。すでに余のミョズニトニルンがアルビオンに渡り、次の準備を進めているところだ。うまくいけば更に多くの血が流れるだろう」
「その言葉通りになることを期待しているよ。では、僕はサハラの向こうで吉報を待つとしよう。ビダーシャル卿!」
「無論、そのつもりだ。すでに余のミョズニトニルンがアルビオンに渡り、次の準備を進めているところだ。うまくいけば更に多くの血が流れるだろう」
「その言葉通りになることを期待しているよ。では、僕はサハラの向こうで吉報を待つとしよう。ビダーシャル卿!」
黎人は立ち上がると、部屋の入り口で控えていた人物を呼びつける。そこにいたのは長身のエルフだった。
「……貴様の碌でもない用事は終わったのか?」
ビダーシャルと呼ばれたエルフが不機嫌そうな表情で答えると、黎人は一瞬、眉をひそめるが、何事もなかったかのように歩み寄る。
「ああ、君のおかげでね。そうだ、君にはここに連れてきた褒美として、ここに残ってガリア王ジョゼフの部下として仕えてもらおうか」
「……貴様、我に蛮族ごときに仕えろというのか」
「……貴様、我に蛮族ごときに仕えろというのか」
とんでもない事を言い出した黎人をビダーシャルは殺意のこもった目で睨みつけた。
「何か不満でも? 石になった数千の同胞の命を僕が握っていることを忘れるな」
「この屈辱、決して忘れんぞ……シャイターン(悪魔)」
「好きなだけ僕を憎むがいい。その憎悪が僕の力の糧となるのだから」
「この屈辱、決して忘れんぞ……シャイターン(悪魔)」
「好きなだけ僕を憎むがいい。その憎悪が僕の力の糧となるのだから」
黎人はビダーシャルの言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべると、霧のように姿を消した。部屋には屈辱に震えるエルフと、それを面白そうな表情で見つめるジョゼフが残された。
「この俺にエルフの部下をつけるか……化け物め、なかなか面白いことを考える。しかし、エルフが悪魔と呼ぶ存在が始祖ではなく、始祖とエルフが協力して追い出した異界の化け物だったとはな。どうだビダーシャルとやら、六千年近く偽りの伝承に欺かれてきた気分は?」
「笑いたければ笑うがいい、蛮族の王よ。だが、心しておけ。手を組むことであれを御せるとは思わんことだ。必ずやお前やお前の同胞、そして世界を滅ぼすだろう。今からでも遅くない。考え直せ」
「笑いたければ笑うがいい、蛮族の王よ。だが、心しておけ。手を組むことであれを御せるとは思わんことだ。必ずやお前やお前の同胞、そして世界を滅ぼすだろう。今からでも遅くない。考え直せ」
ビダーシャルの言葉に、ジョゼフは鼻白んだように答える。
「別に良いではないか、こんな世界どうなろうが」
「なんだと?」
「もう話すことはない。用事があるまで好きにしていろ」
「なんだと?」
「もう話すことはない。用事があるまで好きにしていろ」
ジョゼフは唖然とするビダーシャルに向かって尊大に言い放った。