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毒の爪の使い魔-40


「はァ…」
ジャンガは窓の外の景色を眺めながら、ため息を吐いた。
「どうしたの?」
隣に座るタバサが――無表情ではあったが――心配そうに尋ねてくる。
「…別になんでもねェ」
と、言ってはみたが…実際は頭痛に悩んでいた。
(チッ、まったくよ…、やっぱり面倒事になったじゃネェかよ…)
そんな風に心の中で毒づきながら、ジャンガは事の経緯を思い返す。


あの夜……アンリエッタ女王が、アルビオンの手の者と思われる男に誘拐されたという事実は、
一夜にしてトリステイン中の貴族と平民に知れ渡った。
この前代未聞の事件は王宮内を騒然とさせた。
当然の如くアンリエッタ救出は即時決定、同盟国ゲルマニアにもその旨を伝え、
アルビオンへの侵攻作戦は開始される事となった。
だが現在、アルビオンは海上の最も遠い場所に位置しており、攻め込むのが非常に難しく、
その為、アルビオン再接近の時を待つ必要があった。
その時は少なく見積もって一週間後。
その間、王宮は遠征軍を再編制、士官教育を施していた学生達を再度徴兵し、
一週間の再教育を施し、各軍へと配置していく考えだった。
事が事だけに魔法学院も戦争が終わるまで一時休校となり、男性教師も全員が出征した。

ルイズも当然ながら従軍を望んだが、その事を実家に報告した為に事はややこしくなってしまった。
”従軍まかりならぬ”と言う内容の手紙が届き、それを無視したら今度は彼女の上の姉がやって来た。
そして、ルイズを連れて帰省するべく彼女を連れ出したのだ。
その連れとして使い魔であるジャンガと、彼を慕うタバサが同行する事となった。


そこまで思い返し、ジャンガは再度ため息を吐く。
前にタバサを助ける為にガリアに乗り込んだ際は黙って行ったが、やはりあれは正解だったとジャンガは思った。
今の状況が如実にそれを物語っている。
何でまた戦争に参加するなどとわざわざ報告したのだろうか?
そんな事をすれば一悶着あるのは目に見えている。
大体黙って参加しても、それがバレる可能性は限りなくゼロに近い。
何事も無く終えて戻れば問題は無い。
仮に怪我などしても、説明しだいでどうとでもなる。
…考えれば考えるほど、わざわざ連絡した事がバカらしく思えてきた。
ジャンガは三度目のため息を吐いた。
それに、他にも頭を悩ませる事があった。それは……
(何で…ガーレンの野郎が生きていた?)
ルイズやタバサの話からアンリエッタを攫った男はガーレンと名乗っている事が解った。
名前を聞いて、もしや? と思ったが、あいつは既に亡くなっているはずなのだ。
例の夢の事もそうだし、何よりシエスタの実家で見た帽子は紛れも無いあいつの物だった。
だが、話を聞いた男の特徴はガーレンと完全に一致する。
何故だ? 何故あいつは生きている? もしや、死んだというのはフェイクだろうか?
いやいや、あんなメダルを持って帽子を被り、話に聞いた特徴がほぼ完璧に一致する人物がそうそう居るはずが無い。
ならば…どちらもガーレンという事になるのだが、やはりおかしい。
シエスタの亡くなっている曽祖父が本物か? アンリエッタを攫ったのが本物か?
(…ヤメだヤメだ)
ジャンガは首を振った。
考えても仕方ない…、あいつが生きていようが死んでようが自分には殆ど関係無い事だ。
寧ろ…今は目の前の問題について考えるべきだろう。
(さて…、鬼が出るか蛇が出るか…)
まだ見ぬ、ラ・ヴァリエールの領地を彼方に見据えながら、ジャンガは四度目のため息を吐いた。

魔法学院を出て二日目の夜――
ジャンガとタバサ、ルイズとその姉エレオノールを乗せた二台の馬車は、ルイズの実家へと到着した。
それは高い城壁と深い堀に囲まれた”城”と呼ぶに相応しい物だった。
堀に架けられた跳ね橋を渡り、門を潜り、馬車は城の前へと到着した。
城の中に入ると早速大勢の使用人の出迎えを受けた。
広い玄関ホールの中央に敷かれた赤い豪勢な絨毯の両脇に並び、一斉にお辞儀をする。
「「「「「お帰りなさいませ、エレオノール様! ルイズ様!」」」」」
そんな使用人達の声が両サイドから上がる。
人数が人数なので、同時に喋った場合の音量は相当なものだった。
ジャンガは顔を顰めるが、目の前に見えた人影に、ハッとなる。
その人物はルイズのような見事な桃色の髪に、綺麗な鳶色の目をしていた女性だった。
ルイズが穏やかな性格の大人になった…と言った感じがする。…体付きはまるで正反対だが。
彼女は雰囲気どおりの優しい微笑を浮かべる。
「お帰りなさい、小さなルイズ」
「ちいねえさま!」
名前を呼ばれたルイズは顔を輝かせ、彼女の胸に飛び込んだ。
そのまま抱き合いながら、互いに再会を喜び合う。
見た感じの雰囲気などから察するに彼女はルイズの直ぐ上の姉のようだ。
それもエレオノールとは打って変わって大の仲良しの様だ。
「カトレア、母さまは?」
「晩餐の席でお二人の到着を待ってますわ」
エレオノールの問いにカトレアは答える。
姉とそんなやり取りをするカトレアを、ジャンガはジッと見つめる。
(似てるな…)
ルイズもまた似ているが、一つ上の姉である彼女もまたシェリーに似ていた。
少々おしとやか過ぎる所は違うが、それでも成長すればこんな風になったかもしれない。
そんな事を考えていると、彼女がいつのまにか自分の前に歩み寄って来ていた。
「な、何だ…?」
いきなりの事に棒立ちになるジャンガの頬をカトレアはペタペタと触る。
その行為にジャンガは珍しく気恥ずかしくなってきた。
暫くカトレアはジャンガの頬を触っていたが、やがて手を離す。
「ごめんなさい、亜人のお客さんなんて珍しかったから」
「は、はァ…?」
間抜けな声が口から漏れた。
「あなた、お名前は?」
「…ジャンガだ」
「まあ、まあ、カッコいい名前ね」
ドキリ、とした。シェリーと同じような感想を、目の前のそっくりな姿をした彼女は言ったのだから…。
そんなジャンガを見て、カトレアはコロコロと楽しそうに笑う。
そして、今度は隣に立つタバサを見つめる。
「あなたはルイズのお友達ね。お名前は?」
「タバサ」
「まあ、まあ、可愛らしい名前ね」
名前を褒められたのが嬉しかったのか、タバサはほんのりと頬を染めた。
その小さな手をカトレアは優しく握る。
その手の感触にタバサは優しい母を思い出した。
「ルイズ、とても寂しがりやなの。だから、これからもお友達でいてあげてね」
「ち、ちいねえさま!? わたし別に寂しがってなんか…」
ルイズが何か反論していたが、タバサは気にせず頷いた。



そして玄関ホールでの挨拶が終わり、皆はダイニングルームへと移動する。
タバサは客人として客室に案内されたが、ジャンガは使い魔と言う事で晩餐会に同伴となった。
勿論、同伴と言ってもルイズの席の後ろに控えるだけである。――本来は。
そこはジャンガ、周りの視線など気にもせずに無遠慮に、ルイズの隣の席へと座る。
おまけにテーブルの上に足を投げ出す行儀の悪さも発揮する。
当然、エレオノールは表情を曇らせたが、カトレアがそれを変わらぬ調子で押さえた。
ルイズは極力気に留めないようにした。
上座に控えた公爵夫人はまったく動じていない様子。…そして晩餐会が始まった。
(静かだゼ…)
そんな感想をジャンガは抱いた。
何せ、誰も喋らない。食器が触れ合って立てる、カチャカチャと言う音しか聞こえてこない。
作法を守って食事をする魔法学院の食堂でも、お喋りなどはあった。
目を閉じて食器の音が聞こえなければ、誰も居ないんじゃないか、と錯覚してしまうかもしれない。
そんな沈黙を破るようにしてルイズが口を開く。
「あ、あの…、母さま」
緊張しきった声で尋ねるルイズだが、公爵夫人は返事を返さない。
エレオノールが後を引き取った。
「母さま! ルイズに言ってあげて! もう家で大人しくしていなさいって! 戦争に行くだなんてバカな事を言って!」
ルイズがテーブルを力強く叩いて立ち上がった。
「バカな事じゃないわ! 姫さまを…陛下をお助けしに行く事がバカな事なの!?」
「そうは言っていないわよ! 戦争は女の子が行くような物じゃないって事を言っているのよ!」
「それは昔の話よ! 今は男も女も平等に扱われる時代だわ! だから、魔法学院は男子と女子が席を並べるし、
エレオノール姉さまだってアカデミーの主席研究員になれたんじゃないの!」
「それとこれとは別の話よ。戦場がどんな所か、あなた知っているの? 少なくとも女子供が行くところじゃないのよ」
「でも!?」
「大体、あなたが行ったところで何が出来ると言うの? 何をやっても失敗ばかりの”ゼロ”のあなたに!」
その姉の言葉にルイズは悔しさに身体を震わせながら唇を噛む。
自分はもう昔の様な失敗を繰り返す”ゼロ”ではない…伝説の”虚無”の担い手なのだ。
だが、家族であろうとも、その事は話せない。ルイズはただ黙って俯くしかなかった。
エレオノールは公爵夫人を振り返る。
「母さま、やっぱりルイズには婿でも取らせましょう。アルベルト男爵家の次男なんかどうかしら?」
(このクソガキをもらうような物好きな奴がいるのかネ~?)
そんな事を考えながらジャンガは爪で耳の穴を穿る。
ルイズはそれに反論した。
「どうしてそうなるの!? 結婚ならエレオノール姉さまが先でしょ!? バーガンディ伯爵との婚約が…」
――場の空気が変わった。
もともと静かだったダイニングルームが、一瞬更なる静寂に包まれた。
それまで平然とした表情でいた使用人達の顔に、一斉に焦りの様なものが浮かぶ。
カトレアが少し慌てた様子でルイズに声を掛ける。
「あ…ルイズ、その話は…」
そしてチラリと横の姉を見る。
髪を振り乱し、鬼神の如きオーラを発するエレオノールの姿がそこに在った。
「ちびルイズぅ~…、このわたしに対して嫌味が言えるなんて、態度だけは大きくなったようねぇ~…」
地の底から響いてくるかのような声がエレオノールの口から漏れる。
その姉の様子にルイズはただならぬ物を感じ取った。
「あ、あの姉さま…?」
エレオノールは立ち上がり、声を荒げて叫んだ。
「婚約は解消よ! 解消になりましたがぁぁぁーーーーー!!! 何かッッッ!!?」
「な、なにゆえに?」
姉の迫力に押されながらも、それだけはなんとか口にできた。
エレオノールは身体を怒りに震わせながら話を続ける。
「さあね…? なんでも『もう限界』だそうよ。どうしてなのかしら…」
「ンな事も解らねェのか?」
三姉妹の視線が突如割って入った声の方に集中する。
欠伸をかみ殺しながらジャンガが行儀悪く席に腰掛けている。
「今のはどう言う意味かしら?」
エレオノールが震えながらジャンガに聞き返す。
「言ったまでの意味だっての」
ジャンガはつまらなさそうに答える。
そして、エレオノールに視線を向けた。
「そいつが…バーガンディつったか? テメェから逃げたのはテメェ自身に問題が在るからだろうが」
「わたしの何処に問題が在るのかしら?」
平静を装ってはいるが、今のエレオノールは爆発寸前のブッピィだ。
ちょっと刺激を与えただけで辺りに怒鳴り声が響き渡るだろう。
しかし、ジャンガはお構い無しである。ルイズを爪で指し示す。
「このクソガキ以上の高飛車な性格みたいじゃないかテメェ?
そんな奴の相手なんてまともにしてたら体が普通持たねェだろうが。
そいつはテメェの相手をするのは『これ以上はもう限界』って、思ったんだろ? 妥当な考えだと思うゼ」
「何ですってぇ~?」
「ああ…、だからと言って他の相手を探すのも無理だな。てか…普通に結婚無理だろ?
性格キツくて胸は無し尻は無しの幼児体型…、ガキをそのまま大人にしたような感じじゃねェかテメェ。
そんな奴を本気で嫁にしたいなんて考える”物好き”がいるならお目にかかりたいゼ。
ああ、勿論俺もお前の様な女は断固お断りだ。真っ当な相手をするだけでなく、刻む気もおきないゼ…キキキ」
ブチッ、という音が聞こえた気がした。
エレオノールの纏うオーラの濃度が濃くなる。
「ルイズ」
「は、はい!」
唐突に名を呼ばれ、ルイズは慌てて返事を返す。
「あなたには悪いけど、別のもっと”まともな”使い魔を召喚する事をお勧めするわ」
「ね、姉さま?」
エレオノールは無言で杖を構える。
ジャンガは不敵な笑みを浮かべる。
「面白ェ…、やるってか?」
「ラ・ヴァリエールの人間を侮辱したらどうなるか…その身に思い知らせてあげるわ、下賎な亜人!」
正に一瞬即発の状況を終わらせたのは、公爵夫人の手を叩く音だった。
全員の視線がそちらに向いた。
公爵夫人はよく通る威厳のある声で言った。
「エレオノール、食事中ですよ?」
「でも、母さま…」
「ルイズの事は明日、お父さまがお戻りになってから話しましょう」
今し方のジャンガの娘に対する暴言は露程も気にしていない様子だった。
エレオノールはこれ以上言っても無駄だと解り、大人しく席に着いた。
ジャンガは小さく鼻を鳴らして目を閉じ――ようとして、鋭い視線を感じて目を見開く。
視線の先に目を向ける。そこには公爵夫人の姿が…。
その目が自分を見据えている…、獲物を狙う鷹の様な目――否、そんなレベルでは推し量れない。
ジャンガはその目を無言で見つめ返す。
公爵夫人は直ぐに食事に戻った。
(なかなかどうして…こんな姉妹の母親とは到底思えねェな…。ありゃ、相当場数を踏んできた目だゼ…)
そんな事を考えながらジャンガは含み笑いをした。



――その夜…
ジャンガは自分に与えられた部屋のベッドに寝転んでいた。
そこは納戸のようなスペースらしく、壁には箒が立て掛けられており、床の隅には雑巾の入ったバケツが置いてある。
ベッドも床に藁を敷き詰め、シーツを被せただけの粗末な物だった。
だが、そんな場所ではあったが、いや…そんな場所だからこそジャンガは自然と落ち着いた。
もともとスラム暮らしだった彼は、豪華な部屋よりも小汚い場所の方が好みなのだ。
もっとも、金を取るような奴の場合豪華な物を望んだりするが…、そこら辺はジャンガらしい横暴さだった。
と、扉がノックされた。
納戸などに誰が何の用で来た? などとはジャンガは考えなかった。
こんな夜更けに使用人達が掃除道具を取りに来る訳が無いし、他の姉妹達が来るなど論外だ。
となれば…考えられるのは一つだけである。
「鍵は開いてるゼ、タバサ嬢ちゃんよ?」
扉が開かれる。はたして、入ってきたのはタバサであった。
「起きてた」
「何の用だ?」
「特に無い。一緒に居たい…、それだけ」
「…フン」
ジャンガはベッドのスペースを開ける。
タバサは静かに歩み寄ると、開いたスペースに座った。
そのまま互いに何も喋らずに時が過ぎた。
「オイ」
ジャンガが沈黙を破って口を開いた。
「お前は…この戦争に参加するのか?」
タバサは静かに頷いた。
「ほゥ? 他所の国の戦争に首を突っ込むような奴だったかな…お前は?」
意地悪そうに聞くジャンガ。
タバサは静かに口を開く。
「あの人にも恩がある。母さまを匿ってくれている。だから、助けてあげたい」
「ああ、そうだな」
「あなたは?」
「愚問だな。テメェの物、盗られてそのままにしておくほど俺の器はデカくねェ。
当然取り戻しに行くゼ…、上の奴等にはコネもあるからな」
「そう」
そして再び互いに口を閉ざす。
ジャンガは横目でタバサを見る。
小柄な身体の少女は相変わらずの無表情、…に見えるのは他の人の場合だろう。
ジャンガは違った。彼女の目の奥に浮かぶ寂しそうな感情を見逃さなかった。
「――家族が恋しいか…?」
タバサの身体が僅かに震える。
そして、顔に寂しげな表情が浮かぶ。
「皆には家族が居る…、甘える事が出来て、抱いてくれる家族が。わたしには今は居ない」
「俺も居ない。お前と違って取り戻す事何ざ出来ないがな…。もっとも、あのバカ親共は御免だがな…」
「…一人が寂しかった」
「ンな事ァ最初から解ってる。テメェが一人で寝れない理由何ざ幾つも無いからな…」
そして、その首にマフラーの端を巻き、そのまま肩に手を回した。
タバサは驚きで目を見開く。
「ほら、こうすりゃ少し温かいだろ? そろそろ夜も冷えてきたからな…」
「…ありがとう」
そのままタバサはジャンガに寄り添う。
――温かい。タバサは素直にそう感じた。
昔、お化けなどがまだ苦手だった頃は、こうして母親や父親に抱かれたまま眠ったものだ。
そんな事をタバサは思い返しながら静かに目を閉じた。

「……何よ、いい雰囲気じゃない?」
納戸の中を除き見ていたルイズは一人呟いた。
彼女は今、寝巻きに毛布を一枚引っ被った状態だ。
カトレアの部屋で姉と寝ていた彼女が、こんな所に居るのには訳があり、
最初は他愛無い話をしていたのだが、カトレアの『あなたも恋をするようになったのね』の一言から始まった。
ルイズは顔を真っ赤にしながら否定したが、カトレアは『解っちゃうんだから』と一歩も譲らず。
そのまま寝ようとしたが、先刻の会話で頭が茹ってしまってなかなか寝付けない。
何しろ…自分の頭にはカトレアの一言を聞いてから”あのバカネコ”の顔が浮かんで仕方ないのだ。
ありえない、ありえるはずがない、そんな事は無い、とルイズは必死になって自分に言い聞かせた。
しかし、カトレアが『自分の隣ではもう寝れない』とか『誰を考えていたの?』とか言われて、
終いには『行ってらっしゃいな。あなたの今の居場所に』とか言われてしまった。
結局、姉には口では勝てず、こうして自らの使い魔が居る納戸の前へとやってきたのだ。
だが、除いてみればそこには先客が居た。
タバサがジャンガの隣に座っているのだ。

いや、なんでそこにいるの? あなたの部屋は別に用意されてるじゃない?

大体、貴族が使い魔と一緒に、それも納戸で寝るなんてありえないから…。

…そこまで考えて、自分もまた同じ事をしようとしていた事に気が付き、ルイズは顔を赤らめた。
もっとも、そればかりが原因ではないだろうが…。
「…精々仲良くすればいいわ」
そう呟いて、ルイズは納戸の前から静かに歩き去った。



――翌朝…
ラ・ヴァリエール一家は日当たりの良いバルコニーで朝食をとっていた。
ルイズは目元を赤くしてフラフラしている。夕べ散々泣きはらした結果だ。
お陰で朝食にも手が出ない様子で、ただ黙って座っている。
そのルイズの前にパンが差し出された。
顔を上げると差し出したのはカトレアだった。
「ちいねえさま…」
「元気が無いのは解るけど、ちゃんとご飯は食べないと…ね?」
優しく微笑む姉の言葉にルイズは静かに頷き、差し出されたパンを手にとって食べ始めた。
そんな妹の様子をカトレアは優しく見守る。
そして、その姉妹の暖かな交流をジャンガは壁際に寄り掛りながら、ぼんやりと眺めていた。
何故だか寂しい気持ちになってくる。
自分が手に入れかけたかもしれない光景を、見ているような気分になったからかもしれない。
(何だかな…)
ジャンガは鼻を鳴らし、自嘲気味に笑う。
その時、パルコニーの扉が開き、初老の貴族が姿を見せた。ルイズの父のラ・ヴァリエール公爵だ。
白くなりはじめた金色の髪に形の良い口髭、豪華な衣装がいかにも大貴族な雰囲気を漂わせている。
左目にはモノクルが嵌り、鋭い眼光を撒き散らしていた。
「ルイズは戻ったか?」
ラ・ヴァリエール公爵の言葉に公爵夫人が顔を上げる。
「遅いお戻りでしたわね。軍の会議が長引きましたの?」
「うむ、何しろ事が事だからな。また直ぐに出なければならん。
それにしてもあの鳥の骨…わしをトリスタニアに呼びつけて何を言うかと思えば『一個軍団編制されたし』だと? 無茶を言う」
「承諾なさったのですか?」
夫人の言葉に公爵は苦い表情を浮かべる。
「…本来ならば断固断ったのだがな。わしはもう軍務を退いていたのだし、わしに代わって兵を率いる世継ぎもおらぬのだ。
だが、先にも言ったとおり、事が事だ。何とかせねばならぬだろう」
公爵が言い終わるとルイズが口を開いた。
「あ、あの父さま? 父さまに伺いたい事があります」
「いいとも。だが…その前に久しぶりに会った父親に接吻してはくれんかね、ルイズ?」
その言葉に、ハァ? とジャンガは呆れた表情を浮かべた。
ルイズは立ち上がり、ととと、と父に近寄り、その頬にキスをした。
その瞬間、ジャンガは見た。――公爵の顔が一瞬だらしない位に綻ぶのを…。
親バカが…、とジャンガは心の中で呟いた。
…確かバッツも息子と戯れている時はあんな顔をしていなかったか?
父親と言うのは総じてああなるのか? とジャンガは本気で頭を悩ませた。
ルイズは父の目を真っ直ぐに見つめた。
「父さまも…お許しにはなってくれませんか? わたしが戦争に参加する事は?」
「無論だ」
にべも無く、公爵はルイズに告げた。
「何故ですか?」
「この戦は本来ならば間違った戦だからだ」
「何が間違っていると言うのですか? 戦争を仕掛けてきたのはアルビオンですわ」
「確かにな…、陛下をお救いする為にも攻め入らなければならぬ。…それが問題なのだ」
「どう言う事です?」
「『攻める』という事は圧倒的な兵力の差があって初めて成功するものだ。
敵軍は五万。対して我が軍はゲルマニアと合わせて六万」
「我が軍が一万も多いじゃありませんか?」
「そんな数の差…、地の利や戦力でどうとでも覆せるんだよ」
唐突にジャンガが会話に割り込んだ。
ラ・ヴァリエール公爵は顔を顰め、振り返る。
「貴族の会話に亜人風情が割り込むな! 大体、貴様はなんだ!?」
「と、父さま! あいつはわたしの使い魔なんです!」
慌ててルイズが取り繕う。
公爵はルイズを振り返る。
「お前の使い魔だと?」
「はい」
「そうか、そうか、何かを召喚できたのは知っていたが亜人だったとはな。お前も失敗ばかりではなくなったのだな」
表情を僅かに綻ばせ、公爵は娘の頭を撫でた。
ルイズは頭を撫でられる事に気恥ずかしそうにしながらも、ジャンガに顔を向ける。
「ねぇ、あんたもこの戦いが間違ってるって言うの?」
「ン? ああ、そりゃ普通はな。相手は空の上の巨大な大陸だろ? そこへ簡単に近づかせてくれるわけが無ェだろうが。
相手は空の戦いに関してはこっちよりも上だろうゼ。一万程度の数の差じゃ有利には運ばねェな」
「そうなのですか、父さま?」
ルイズに尋ねられた公爵は頷く。
「攻める軍は守る側に比べて、三倍の数が在ってこそ確実に勝利できるのだ。
あの亜人が言った事ではあるが…地の利に関しては敵の方に分が在る。
拠点を得て、空を制してなお、この数では苦しい戦いになるだろう」
「でも…」
まだ納得出来ないルイズの顔を、公爵は覗き込んだ。
「本来ならば我々は、あの大陸を包囲するべきなのだ。空から完全に封鎖して日干しになるのを待てば良い。
そうすれば向こうから和平を言い出してきたはずなのだ。
数が足りないからと魔法学院の生徒を士官として連れて行くそうだが、それも間違っているのだ。
戦は数を揃えれば良いと言う物ではない。付け焼刃の訓練を受けさせただけの子供に何が出来る?
攻めると言う行為は”絶対に勝てる”と言う自信が在って初めて行えるのだ。
この戦いにはそれが無い…。そんな危険な戦に、大切な娘を行かせるわけにはいかん」
「父さま…」
ルイズはしょんぼりとなってしまった。
父の言う事は正論である…、確かに危険な戦である事には変わり無いのだから。
でも…それでも自分はアンリエッタを助けに行きたい。だって…彼女大切な人なのだ。
その大切な人の為に頑張りたい、それは間違った事ではないはずだ。
ルイズは唇を噛み締める。
「話はこれで終わりだ。ルイズ、お前には謹慎を命ずる。戦が終わるまでこの城から出る事は許さん」
そう言って立ち去ろうとする公爵にルイズは声を掛けた。
「待ってください、父さま」
「何だ? 話は終わりだと言っている」
エレオノールもカトレアも心配そうにルイズを見つめる。
ルイズは真っ直ぐに父を見詰めた。
「わたしは…姫さま、いえ、陛下をお助けしたいんです。だって、わたしと陛下はお互いを大事に思っているのだから」
「ルイズ…、お前の気持ちは解らんでもないが…お前が行ったところでどうなる?
使い魔は無事召喚できたようだが、それでも魔法の才能は…」
「今は言えない…、けど…けど…」
ルイズは暫く俯いていたが、どこまでも真剣な表情で顔を上げた。
「わたし、もう昔とは違うの!」
その言葉に公爵は目の色を変える。
「どう言う意味だね?」
「わたし、いつも姉さま達に比べられて、魔法を失敗ばかりして、馬鹿にされてきて辛かった…。
でも、今は違うの! 陛下はわたしの力を認めてくれた! 必要な時には力を貸して欲しいと、はっきりおっしゃってくれたわ!
今がその時なの! 陛下の身が危険に晒されている今が、わたしの力が必要な時なのよ!」
公爵は口髭を弄りながら膝を付き、ルイズの目を真っ直ぐに覗き込んだ。
「…お前、得意な系統に目覚めたのかね?」
公爵の言葉に、こくり、とルイズは頷く。
「四系統のどれだね?」
ルイズはその言葉に悩んだ。虚無の事は秘密…、だが父に嘘を吐くのも忍びない。
逡巡し、ルイズは嘘を吐く事を選んだ。
「……火、です」
「火?」
ルイズは再び頷く。
公爵は暫くルイズを見つめていたが、やがて納得したように頷いた。
「…なるほど”火”か。お前のおじいさまと同じ系統だね」
そこで公爵はため息を吐いた。
「なるほど…それならば戦に惹かれるのも無理は無い。力が有ると思うのも無理は無い。
罪深い系統だ…、本当に罪に塗れた系統だ……」

その公爵の言葉にジャンガは苦い表情をした。
(罪深いね…)
ジャンガは火によってその人生を狂わされた人間を二人知っている。
死んだコルベール、そしてアニエス。
火によって生まれた罪に苦しんだ男、そして火によって生まれた復讐心に己を殺した女。
(いや…三人だな)
三人目……自分だ。
罪に苦しみ、復讐心に己を殺した自分。…二人よりもキツイな、と自嘲する。
あの火事が無かったら…自分は今頃どうしていただろうか?
ふと、そんな事が頭を過ぎる事もあったが、ジャンガはあまり考えないようにしていた。

「…陛下はお前の力が必要だと、確かにそうおっしゃったのだね?
他の誰でもなく…陛下がそうおっしゃったのだね?」
「はい」
公爵の言葉にルイズは力強く頷いた。
公爵は首を振った。
「名誉な事だ。大変名誉な事だ。……だが、やはり従軍は認めるわけにはいかん」
「何故です!?」
「戦への参戦は認めぬ、断じて認めぬ! このような危険な戦に娘をむざむざ送り出せるわけがない。
お前は例のワルドの件で半ば自棄になっているのであろう? だからお前は婿を取れ。
そうすれば気持ちも落ち着く。二度と戦に行きたいなどと言い出さぬだろう。これは命令だ、違える事は許さぬ」
「父さま!」
ルイズは叫んだが、公爵は背を向ける。
「ジェローム! ルイズをこの城から出してはならん。よいな?」
「かしこまりました」
公爵の言葉に執事は頷いた。
そして、公爵は朝食の席から退場していった。

「どうして…」
自分を心配してくれていると言う父の気持ちは良く理解している。
だが、それでも自分はアンリエッタを助けに行きたいのだ。
危険なのは百も承知…、その覚悟は既に出来ているのだ。なのに…何故…。
と、長姉が自分の隣に立った。
「決まりね。早くルイズの縁談をまとめましょう。この子を落ち着かせるにはそれが一番だわ」
「そんな、結婚なら順番から考えてエレオノール姉さまから先に――」
「だ・か・ら! わたしは婚約解消したっていったでしょうが~~~~~!」
怒りの表情を浮かべながらエレオノールはルイズの頬を抓り上げる。
「ごめんなふぁい~~~…」
為す術無く、頬を抓られてルイズは喚いた。
やっとのことで解放されたルイズは頬を赤くしながら半分涙目になって答える。
「でも…、わたしまだ…結婚なんて…」
「母さま、姉さま、いきなり結婚なんて…ルイズが困ってしまうわ」
カトレアが仲裁するように言葉を挟む。
そこで公爵夫人は何かに気が付いた様子で口を開いた。
「…ルイズ、あなた恋人でもいるの?」
その言葉にルイズは目を見開き、取り乱す。
「い、いいい、いないわ! いない! いない! いないんだから!!!」
言いながら顔をりんごのように赤く染め上げる。
その様子にエレオノールは確信したような口調で言った。
「想い人はいるみたいね」
「そ、そそ、そんなのは…いな、いないんだから!!!」
必死に否定するルイズだが、公爵夫人と姉は追及の手を緩めない。
「誰? 何処の貴族なの?」
「伯爵? 男爵? まさか…準男爵とかそれ以下じゃないでしょうね!?」
その姉の言葉にルイズは硬直する。
「やだ、この子…。本当なの? 身分の低い男に恋を!?」
エレオノールは呆れたような表情になる。母は疲れきった表情で額を押さえた。
「おお……、この子は本当にいくつになっても心配をかけて…」
「わ、わたし恋なんかしてないわ!!! してないもの!!!」
そう叫ぶや、ルイズは踵を返して駆け出す。
「あ、ルイズ!?」
カトレアの静止の言葉も聞かず、ルイズはバルコニーを飛び出していった。
「フン…、恥ずかしがりやだな…。まァ、あいつほど”素直”と言う言葉が似合わない奴もいないがな…キキキ」
そう言って笑い、ジャンガは首の骨を鳴らす。
「ンじゃ、”ご主人様”もいなくなった事だしよ…、俺も失礼させてもらうゼ」
”ご主人様”の部分を嫌みったらしく強調しながらそう言って、ジャンガはバルコニーから出て行った。
その後姿をカトレアは少し寂しげな表情で見つめていた。


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