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虚無と賢女-10





空を往く黒い船―――空賊船の船倉に、ルイズたち三人は捕らえられていた。ルイズは不安そうに、ワルドは興味深そうに周りに積まれた食料品や火薬樽、砲弾をキョロキョロと見回し、エレアノールは二人とは対照的に目を閉じて船倉の壁に背を預けて座り込んでいた。
落ち着き払ったその様子に、ワルドは興味を引かれたのかエレアノールへと近寄る―――もっとも、積まれた荷物によって大して広くないので数歩移動するだけのことだった。

「このようなとき大体の者は慌てふためくのだが……ミス・エレアノール、随分と落ち着いているね?」

エレアノールはうっすらと目を開けると、目の前にやや前かがみで立っているワルドへ顔を向ける。狭い船倉の中での会話のため、やや離れたところに座り込んでいるルイズにも聞こえており、その声に二人の方へと顔を向けていた。

「慌てたところでどうにもなりませんから……。それに、彼らは身代金が目的である以上、私たちに危害を加えることも避けるでしょうね」

エレアノールは自分の言葉の欺瞞に胸中で苦笑する。杖とマントから貴族であることが分かるルイズやワルドと違い、せいぜい付き人の格好でしかないエレアノールは身代金を請求できるほどの価値はない。言い換えれば、エレアノールには危害を加えても空賊たちにはデメリットが大してなく、そして彼女は自分が女性であるための不利なことを十分に認識していた。

(こんなことを考えるのは……『カルス・バスティード』に入ると決めたとき以来ですね)

―――胸中に在りしの日の自分を思い浮かべる。
賞金首になったとき、その金額と目立ちやすさ―――整った顔立ちと周囲から浮き上がる育ちの良さが災いし、賞金稼ぎたちの格好の的となっていた。彼らに追い詰められかけたエレアノールは、地上で唯一、法が全く及ばない『カルス・バスティード』へ逃げることを決断した。そして、ならず者が集う無法地帯という悪評が広まっていた場所に自分が入れば、どのようなことが起こるか想像し、悲愴ともいえる覚悟を決めていた。―――しかし、悪評とは裏腹なことに、結局そのようなことに遭うことはなかったが……。

「なるほど、君は実に冷静沈着だね。これからのことを考えて、動揺するものとばかり思っていたが」

調子は明るかったが、抑揚のない声のワルド。恐らくは、ワルドもエレアノールが何を考え、そしてこれから何が起こりうると想像しているか正確に洞察しているようであった。

「一度、似たようなことがあったときに覚悟をしていますから。―――ところでワルド子爵」
「うん? 何かね?」
「これからのことを……、彼らへ接触するためのことをどう考えておられますか?」

念には念を入れて『王党派』という言葉を使わなかったが、ワルドも―――そしてルイズも『彼ら』の意味を理解して頷く。

「僕もそれなりに考えていたが、この船が空の上にある間は動きようがない。しかし、『マリー・ガラント』号という獲物を手にした空賊が次にすることは、獲物を持って帰ることだ」
「動くのはそれから、ですね。……しかし、お二人の杖も私の武器も取られていますが?」

ルイズとワルドの杖と、エレアノールのデルフリンガーと逆剣は捕らわれたときに真っ先に没収されていた。しかし、それ以外の物品―――アンリエッタ王女の密書や水のルビー、そしてエレアノールのトラップカプセルはそのまま残されていた。
エレアノールの問いに、ワルドはどこか愉快そうな―――悪戯が成功した子供のような笑いを浮かべて、ズボンの裾から一本の細いタクト状の杖を取り出す。

「軍人たるものは、予備の杖を持っているものさ。君の武器は連中から奪い取ればいい」

ワルドの考えにエレアノールは納得して頷く。武器をもたないと『ガンダールヴ』の効果は発揮されないが、彼女は無手での戦いもそれなりに自信があった。そのように考えをまとめていると扉が開き、ワルドは杖をとっさに服の中に隠す。船倉の中に、スープが入った皿をもった太った男と、対照的に細身の男が入ってきた。

「飯だ」

太った男が皿を差し出され、一番近くにいたエレアノールが受け取ろうとするがルイズが口を挟んだ。

「あんたたちが寄越したスープなんて飲めるわけないでしょ!」

ルイズは腰に手を当てて、毅然とした声で言い放つ。その様子に二人の男は呆然とルイズを見つめたが、やがて面白そうに笑いだす。

「ははは、随分と強がるじゃねーか? 度胸の据わったお嬢ちゃんだ!」

ルイズはフンっと顔を背ける。太った男は笑いながら、改めてスープをエレアノールへと差し出して受け取らせる。

「ところでよう、お前さんたちはアルビオンに何の用なんだ?」
「旅行よ」

細身の男の問いにルイズは顔を背けたまま答える。男たちはお互いの顔を見合わせ、首を振ったり頷いたりする。

「トリステイン貴族が内乱中のアルビオンに旅行ねぇ? そんなのが信じられるって、本当に思っていやがるのか?」
「信じるも信じないも、本当なのだから仕方ないじゃない!」

徐々にヒートアップするルイズを、細身の男は両手を上げて押し留める。

「まぁまぁ、落ち着けって。……実はな、俺たちはアルビオン貴族派と協定を結んで、商売させてもらっているんだ。それで、王党派に味方しようとする酔狂な連中を捕まえる密命も帯びているのさ」

『アルビオン貴族派と協定』という言葉に、ルイズは一瞬顔を強張らせる。エレアノールはワルドへ一瞬視線を向けるが、動くなというニュアンスを含んだ視線を返されただけだった。

「じゃあ、この船はやっぱり反乱軍の軍艦なのね?」
「いやいや、俺たちは雇われているわけじゃねぇ、あくまで対等な関係で協力しあっているのさ。……で、本当のところは、どうなんだい? 王党派ならこのまま貴族派に引き渡すし、あくまでも旅行と言い張るのなら身代金をもらうまで解放しない。だが、トリステイン内部の貴族派ならこのまま港まで送ってやるよ」

その言葉にエレアノールはルイズへと視線を向ける。もし、ルイズが貴族派であると言えば、解放されて物事は上手く収まる。

(ですが、ルイズは決して嘘をつこうとしないでしょうね)

誰よりも誇り高い貴族であろうとするルイズの姿を側でずっと見ていたゆえに、エレアノールはそのように考えてしまう。召喚された頃に比べて、思考や言動などが多少丸くなったところがあるが、根本的なところはそうそう変わっていないと感じていた。
案の定、ルイズは怒りに満ちた眼差しで細身の男を睨んでいたが、一瞬だけエレアノールに視線を向け、ややその怒りの色は静まった。

「―――旅行よ。私たちは王党派も貴族派も関係ないわ!」

ルイズの声は激発しそうな感情に震えていたが、どうにかそれを押しとどめていた。

「それじゃあ、楽しい旅行もここまでだな」
「勝手にすればいいじゃない! さっさと身代金を請求するなりして、解放してもらいたいわ!」

太った男と細身の男は再び顔を見合わせると、小声で短い会話を交わす。

「……頭に報告してくる。その間にゆっくり休んでおくんだな」

そう言い残すと、二人の空賊は船倉から出て行った。扉が閉められ鍵のかかる音が室内に響き、その音と同時にルイズはその場に座り込む。

「……ルイズ様」
「黙ってて」

ルイズはエレアノールの方を振り返らずに顔を伏せる。二人と、そしてワルドは言葉を発せず、深い沈黙が船倉を支配する。その重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、ルイズは伏せていた顔を上げてエレアノールとワルドへと振り返る。

「……分かっているわよ、貴族派だって言えば良かったことぐらい。でも……あんな連中に、私たちは恥知らずの反乱軍の協力者ですって嘘を言うくらいなら死んだ方がマシだわ」

それは真っ直ぐな―――そして愚直な貴族の矜持。ルイズがルイズであるための高いプライドに、エレアノールは何も言えず物悲しそうに頷くだけだった。むしろ、激昂して王党派への使者と名乗り上げないに言葉を考えて選び、我慢しているのだと受け取っていた。

(そういえば……、アンリエッタ王女の密書は、何故取り上げられなかったのでしょう?)

杖とデルフリンガーを取り上げられた際、ルイズが持っていた密書―――アンリエッタによって施されたトリステイン王家の紋章による封印も見られていた。空賊たちが貴族派と結びついているのなら、トリステイン王家の密書を放っておく理由はない。エレアノールが考え込んでいると、ワルドがルイズへ寄って行きその肩を叩いた。

「いいぞ、ルイズ。流石は僕の花嫁だ、素晴らしい誇りだよ」

褒め称えるワルドに、ルイズは複雑な表情を浮かべてうつむいた。一方、エレアノールはそんなワルドのただ褒めるだけ言葉にラ・ロシェールで聞いたキュルケの言葉を思い出した。そのときは大して気にしていなかったが、今のやり取りはそのときのキュルケの評価―――一方的な偏見に満ちていたが―――を証明していた。
ワルドへの評価を思い返し終えたとき、再び扉が開いた。開けたのは先ほどの細身の空賊だった。

「なんだ、まだ食べてなかったのか? 頭がお呼びだ、後で新しいスープ入れなおしてやるから早く来い」





空賊の頭は後甲板の上に設けられた立派な部屋で、ルイズたち三人を待ち構えていた。室内には豪華なディナーテーブルが置かれ、その一番上座に大きな水晶のついた杖をいじりながら、部屋に入ってきた三人を迎える。

「よう、内戦で混乱しきっているアルビオンに旅行したがっているって部下に言ったらしいが、そんな酔狂な言い訳が信じられると思っているのか?」
「酔狂も何も、本当なんだから仕方ないじゃない」

ニヤニヤ笑う頭に、ルイズはツンっと顔を背ける。その様子に頭は、やれやれとばかりに両手を広げて大げさなため息をつく。

「そうか、あくまでアルビオン旅行と言い張るわけだな? ……ところで、トリステインの貴族は旅行中に王家の紋章で封印された
手紙を持ち歩く掟があるのかい?」

頭の言葉にルイズは叩かれたような衝撃を受けて、半歩ほど後ずさりする。無意識のうちの、服の中に納めている密書の上に右手をあてる。

「な……、何のことよ?」

その声は上擦り、身体は明らかに震えていたが、気丈にも視線を頭から背けずにいた。

「王家の紋章は四つ―――ゲルマニア皇帝の紋章やロマリアの都市国家群の紋章を含めても、覚え切れないほどの数じゃねぇ。それに隣国の紋章なら俺も一目で分かる。まぁ、余計な話はこれくらいで、本題に入るが―――」

頭の視線は目に見えて迫力を増した。ルイズの返答次第では、ただでは置かないと雄弁に物語る眼光であった。

「―――お前さんたちが、トリステイン王家の密使というのは分かった。それで、誰にその密書を渡すつもりだ?」

エレアノールは室内に目線を回して再確認する。頭の他に七人の空賊、そのいずれも杖か剣状の杖を持っており、さらに全く隙を見せようとせずにこちらの動きを逐一見張っていた。

(仮に私が飛び掛っても、恐らく頭にたどり着く前に彼らの迎撃を受けて……良くて相打ち)

通常の手段では状況の打開は不可能と結論付けたエレアノールは、懐に入れているトラップカプセルに意識を向ける。直接的な殺傷能力は皆無に等しいが、一度に集団を無力化するのに適しているアイス系のトラップ。覚悟を決めて、トラップカプセルの操作を始めようとしたとき、震えていたルイズが机を大きく叩いて頭を見返した。

「私はルイズ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 私はトリステイン王室からアルビオン王国―――ジェームズ一世陛下とウェールズ皇太子へ遣わされた大使よ!! 薄汚い反乱軍と手を結んでいるあんたたちなんかに用は無いわ!! さぁ、分かったら早く私たちを解放しなさい!! それとも、あんたたちの独断で一国の使者を勝手に拘束して、トリステイン軍の介入を招きたいの!?」

ルイズの叫びは部屋中に鳴り響いた。その声の大きさに頭は目を瞬かせ、周囲の空賊たちも呆気に取られていた。しかし、気を取り直した頭は、再び人を射抜くような視線をルイズへと向ける。

「大層な名乗りだったが、手の震えを隠すなり抑えておけば文句なしの合格だろうなぁ」
「―――ッ!」

頭の指摘に、ルイズは動揺を顔に浮かべながら震える両手の拳をギュッと握り締める。

「それに……、確かに俺たちは貴族派のお偉いさんたちに黙って一国の使者をどうこうすることは出来ねぇが―――」

チラっと意味ありげな視線を窓の外へと向ける。その視線が意味することにエレアノールとワルドは気付き、そして続いてルイズも気付いた。ここは空の上を航行する船、数千メイル下は一面に広がる大洋。落とされれば当然命はないし、遺体すらどこかの海岸に流れ着くことも難しいだろう。

「―――密書だけ見つけた、持ち主はどこに行ったのかさっぱり分からねぇ……という話もよくあることだ。つまりだ、お前たちがトリステインからの使者だからと言っても命の保障は全く無い。それよりどうだ? その密書を手土産に貴族派に降る、というのはよ? 俺たちならお偉いさんに口利きできるぜ?」
「誰が反乱軍に頭を下げるものですか!! そんなの死んでもイヤよ!! 密書だって、あんたたちに奪われるくらいなら、このまま一緒に飛び降りてやるわよ!!」

その誘いにルイズは真っ直ぐに頭を見つめたまま、胸を張って否定する。その身体の震えは続いており、恐怖に抗おうと必死になっていた。
ルイズを見守っていたエレアノールはその様子に限界が近いと判断し、トラップカプセルを操作してアイスの設置場所を定める。あとは設置して起動させるだけとなったとき、唐突に頭は笑い始めた。大声で―――そして、それまでの粗野な雰囲気が一切感じられない、どこか若々しくも爽やかな笑いだった。

「トリステインの貴族は、気ばかり強くてどうしようもないな! まぁ、その度し難さも、どこぞの国の恥知らずどもより何百倍もマシだがね!」

頭は愉快そうに笑いながら立ち上がる。それと同時に、周りの空賊たちも一斉に直立した。

「―――失礼した。今までの対応が、一国の大使を迎える礼節に相応しくなかったことを許してもらいたい」

礼儀正しい口調で言い終えると同時に、頭は縮れた黒髪に手を置いて一気に剥ぎ取った。続いて眼帯を取り外して付け髭をはがすと、そこには一人の凛々しい金髪の若者の姿があった。

「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官―――といっても、本艦『イーグル』号しか存在しないから、この肩書きはほぼ無意味に近いな」

若者は苦笑しながら姿勢を正すと、威風堂々たる名乗りを上げた。

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオン王国へようこそ、トリステインの若き大使殿」

その状況の移り変わりの速さに、ルイズたちは呆然とお互いの顔を見合わせた。





「ええっと……、そういうことでございましたか?」

ウェールズの説明を聞いて、ルイズはぼけっとしながらも頷く。状況の変化にまだ頭がついていっておらず、つい先ほどまでの生死と誇りをかけたときと、今との落差に未だに呆然としていたが。

「一艦だけという限られた兵力を運用するのでしたら、確かにこれ以上の策はありませんね」
「トリステインでも殿下の智勇は鳴り響いておりましたが、それがただの噂ではなかったことに感服しました」

一方、エレアノールとワルドはその説明を聞いて、納得と感心が入り混じった表情で頷いていた。補給路を攻撃しつつ可能な限り敵の目を誤魔化して追撃と討伐を防ぐこと、離反者が続出したために相手を念入りに試すようになったこと。共に兵法と政略に則った事柄であった。

「ははは、少々悪乗りが過ぎてしまったようだね、ミス・ヴァリエール」

ぽかんとしたまま―――半分放心状態のルイズにウェールズは、気の良さそうな微笑みを向ける。周囲の護衛たち―――無論、空賊の扮装をしたままである―――も、呆れと同情の入り混じった苦笑を浮かべていた。ルイズの精神的な復活が完了していないと判断したのか、ワルドは一歩前に出ると優雅に頭を下げる。

「こちらの密書はトリステイン王室―――いえ、アンリエッタ姫殿下より言付かって参りました」
「ふむ、姫殿下とな。君は?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵。そしてこちらが―――」

ワルドは続けてルイズとエレアノールの紹介を続ける。その際、ルイズは慌てて、エレアノールは慣れた様子で礼を取った。その手際良く、そして礼節に則ったワルドの立ち振る舞いにウェールズは笑いながら褒め称え、そして笑顔を引き締めてルイズへと視線を向ける。

「―――して、その密書を拝見させてもらえるかい?」
「は、はい! ……あ、あの、その、失礼ですが、本当に皇太子様でいらっしゃいますか?」

その言葉にウェールズは笑った。周囲の護衛たちの中にも、苦笑を通り越して声を上げて笑う者もいた。

「まぁ、さっきまでのことを考えれば無理もない、正真正銘のウェールズだよ。何なら証拠をお見せしよう」

ウェールズはルイズへと歩み寄りながら、自分の指にはめていた緑色の宝石がはまった指輪を取り外した。そして、ルイズの手を取り、その指にはまっている水のルビーへと自分の指輪と近づける。次の瞬間、二つの指輪は共鳴しあって虹色の光を振りまいた。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君のはめているのは、アンリエッタがはめていた水のルビー。水と風は虹を作る、王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼をいたしました」

ルイズは一礼をして、密書―――アンリエッタの手紙をウェールズに手渡す。ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめ、そして封印の花押に接吻した。その様子にエレアノールは、二人が両思いであったことを感じ取った。
ウェールズは一通り手紙を読み―――途中何度か顔を上げてワルドやルイズに尋ねることもあった―――、そして最後の一行まで目を通すと微笑んだ。

「―――了解した。姫の望みどおり手紙をお返ししよう。ただし、今は手元にない……ニューカッスルの城に置いてあるんだ。面倒をかけることになるが、君たちにはニューカッスルまで足労願いたい」





海賊船改め軍艦『イーグル』号は、『マリー・ガラント』号を曳航しつつ浮遊大陸アルビオンの海岸線と雲海を巧みに利用して、航海を続けていた。訓練された歴戦の軍人とクルーが操る『イーグル』号に対し、『マリー・ガラント』号のクルーは明らかに練度で劣っていたために、『イーグル』号側から十数人ほど乗り込んで代わりに操舵していた。
三時間ほど航海が続き、二隻の船は目的地であるニューカッスル近辺にたどり着いたとき、突然の轟音と振動が大気を揺らし、二隻の船をも小刻みに揺らしていた。何事かと、周囲を見回したルイズたち三人は、一隻の巨艦を視界に捉える。

「かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。今は貴族連盟『レコン・キスタ』と自称する叛徒どもの旗艦『レキシントン』と名前を変えている」

歩み寄ってきていたウェールズは、微笑を浮かべながら三人に説明する。その間も『レキシントン』号は、断続的に砲撃を続けていた。

「あのように、空からニューカッスルを封鎖して、たまに砲撃を加えて嫌がらせをしてくる。忌々しいことに、我々の手持ちの戦力では対抗することは不可能だ」
「では、どのようにして城に戻るのですか?」
「それは簡単なことさ―――」

エレアノールの問いに、ウェールズは浮かべていた微笑に茶目っ気のニュアンスを交えて答える。

「ニューカッスル城のような古い城にとっては典型的な話になるのだが、秘密の抜け道―――ここアルビオンに限れば秘密の港があってね。そこから出入りするのさ」

ウェールズの言葉と同時か一瞬遅れて、『イーグル』号と『マリー・ガラント』号は大陸の下へ潜り込むように針路を変えた。
たちまち、周囲を白い雲が包み、そして大陸の下に完全に潜り込む頃には日の光すら差さない完全な暗闇に包まれた。その中を二隻の船は地形図を元に測量と僅かな魔法の明かりだけで進み、やがて頭上に現れた大穴―――ウェールズは秘密の港へと続く抜け道と説明した―――へと入っていった。

「……すごい」

ルイズは船員たちの手慣れた様子と大穴にポツリと呟き、エレアノールも「ええ」と頷いた。そして二隻の船は、大穴―――発光するコケに覆われた巨大な鍾乳洞の奥にある港へ到着し、岸壁に艦体を寄せてその動きを止めた。

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」

港に到着すると同時に出迎えに現れた背の高い老メイジは、『マリー・ガラント』号を見て顔をほころばせた。それは、心の底から嬉しいと言わんばかりの晴れやかな表情であった。ウェールズもまた、同じように晴れやかな表情を浮かべて老メイジの言葉に頷く。

「喜べ、パリー! 硫黄だ、硫黄!」

ウェールズの叫びに、港のあちこちから一斉に歓声が上がる。歓声は集まっていた兵士たちが上げていた。老メイジ―――パリーもまた感極まったように泣き始め、ウェールズと心底楽しそうに話し始める。王家の誇りと名誉、栄光ある敗北、そして明日の正午に始まる反乱軍の全面攻撃。それが二人の会話の全てであった。

「―――して、その方たちは?」
「トリステインからの大使殿だ。重要な用件で、王国に参られたのだ」

パリーはウェールズの言葉に一瞬、怪訝そうな表情を浮かべてルイズたち三人を見つめたが、すぐに顔つきを改めて微笑み、歓迎の礼を行い今夜開かれる祝宴への招待を申し出た。





「これが姫から頂いた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」

城内にあるウェールズに部屋へと招かれたルイズたちは、その場でアンリエッタの手紙を受け取った。その手紙は何度も読まれていたらしく、既にボロボロになっていたが大切に扱われていたことは見て取れた。ルイズは深々と頭を下げる。

「ありがとうございます」
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号と『マリー・ガラント』号がここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

ルイズは手紙をジッと見つめて、そして決心したように顔を上げて口を開き、どこか躊躇うようにウェールズへ問いかける。

「あの、殿下……。先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍には勝ち目はないのですか?」
「ないよ、我が軍は三百、敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。今の我々に出来ることは、大陸統一と聖地奪還という馬鹿げた大義名分でハルケギニアを戦乱の嵐に巻き込もうとする反乱軍の夢想家どもに、現実の辛さを知ってもらうための尖兵として散ることくらいだ」

絶望的な戦力差と、確実に迫った戦死という未来をあっさりとウェールズは答えた。そして、自分も真っ先に死ぬつもりだと言葉を続ける。ルイズはウェールズの覚悟に絶句し、エレアノールは驚きを含めた感銘を受けていた。

(誇りと名誉のために死すらも厭わない……。王族にも立派な方が居られるのですね)

魔物たちで混乱する国を省みずに王宮でのん気に宴を開き、そして会場に現れた魔物に食い殺された母国の王族と貴族たち。騎士や貴族たちに見捨てられて、逃げ込んだ離宮で山賊に殺された大国の王族たち。エレアノールの世界での王侯貴族である彼らと比べると、目の前のウェールズと彼に従う三百の王党派たちはその心根に天と地ほどの差があった。
エレアノールがそのような感慨にひたっていると、ルイズは意を決したように顔を上げてウェールズへと向き直った。

「殿下……、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」

深々と頭をたれて一礼したルイズは、そう口火を切った。アンリエッタとウェールズが恋仲ではないかと問い、彼女のためにもトリステインに亡命すべきだと主張し、ウェールズはそれを丁重に断る。途中でワルドがルイズの肩に手を置くが、彼女の剣幕は収まらなかった。

「ルイズ様……、もうお止めください」

見るに見かねてエレアノールがルイズに声をかける。その制止にルイズはハッとした表情で振り返った。

「ウェールズ皇太子は覚悟を決めておられます。もう、私たちには何も言うべきことはありません」
「エレアノール!!」

興奮して大声を上げるルイズ。エレアノールはジッとルイズを見据え、そして首を振る。それでも、ルイズは何かを言い返そうと口を開くが、それよりも早くウェールズが押しとどめる。

「いや、ミス・エレアノールの言うとおりだよ、ラ・ヴァリエール嬢」

ルイズは寂しそうに俯き、ウェールズはそれを慰めるように肩を叩いた。

「そろそろ、パーティの時間だ。君たちは我らの王国が迎える最後の客だ、せめて笑顔で参加してほしい」
「……はい」

ルイズも自分に出来ることは何もないと理解したのか、小さな声で頷く。もっとも、納得はしていないことは、その表情から明確に伺えた。そして、一礼をしてから部屋の外に出た、続いてワルドもルイズを追うように出て行く。

「まだ、何か御用がおありかな?」

最後に残ったエレアノールに、ウェールズは不思議そうに尋ねる。エレアノールは頷くと口を開き―――何か逡巡するような沈黙があったが、やがて意を決したように表情を整える。

「失礼を承知でお伺いします。……先ほど、尖兵として散ると申されていましたが、その覚悟は確かなものでしょうか?」
「ああ、当然だ。ハルケギニア全土を巻き込むような戦乱の世が到来すれば国土は荒れ果て、そこに住まう民草は戦火で苦しむ。我らにそれを押し止める力は既にないが、その流れを可能な限り遅くするだけの努力をする義務は残っている」
「それならば―――」

エレアノールの言葉に、ウェールズは微笑みながら応じていた―――少なくとも最初は。しかし、二人の会話が進むに連れて、ウェールズの表情から微笑みが消えて有能な軍指揮官としての表情に切り替わり、そして最後は驚愕と賞賛の混じった表情へと変わっていた。

「ミス・エレアノール……、もう時間はほとんど残っていないが、パーティが始まる前に父上にも是非会ってほしい」

ウェールズの真摯な願いに、エレアノールはゆっくりと―――そして確かな意志をこめて頷いた。





パーティは、城のホールで行われた。園遊会のように着飾った出席者たち、包囲下の城とは思えないほどの豪華なごちそうの数々、それは滅びると分かった上での諦観がもたらした空疎ながらも華々しいパーティであった。

「……エレアノールは一体何をしているのかしら?」

ルイズはワルドと共に会場の隅に立って、華やかなパーティを見つめていた。そして、未だに姿を見せないエレアノールを探し、キョロキョロと見回していた。そして、否応なしに明るく振舞おうとする出席者の姿が視界に入り、ルイズの気持ちをさらに陰鬱なものとする。
そうこうしていると会場の端で貴婦人たちから歓声が上がり、釣られて視線を向けたルイズは国王であるジェームズ一世とそれに続いてウェールズが会場に入ってきたことに気付いた。そして―――

「え? エレア―――ノール?」

ウェールズに続いて会場入りしたのはエレアノールであった。エレアノールの方もルイズたちの姿に気付くと軽く頭を下げた。

「おのおのがた。パーティは楽しんでおるのかの?」

ジェームズ一世は会場の奥に置かれた簡易玉座に腰掛けると、集まっていた貴族や臣下たちをグルリと見回した。その隣にウェールズが姿勢良く立って待機し、エレアノールはその横に数歩の距離を置いて立った。

「陛下! 我らは存分に楽しんでおりますとも! 是非とも、陛下も最後の宴を楽しんでいただきたいものですぞ!」

初老の貴族が笑いながら答えると、会場のあちこちから屈託のない失笑と笑い声が湧き上がる。ジェームズ一世もまた、会場の笑い声に同意するように笑い、そしてゴホンと咳払いをする。途端に会場中の参加者たちは一斉に直立して姿勢を正した。

「諸君―――忠勇なる臣下の諸君、これから告げることを聞いてもらいたい。そして、ゆっくりと考えて決断して欲しい」

ジェームズ一世は一息深呼吸すると、臣下の名前を一人一人呼び始めた。最初は戸惑っていた臣下たちも、やがて名前を呼ばれた者から前に進み出て、玉座の前に並び始める。彼らは例外なく年若い―――せいぜい三十代までの者たちであった。その数が百人ほどになったところで、ジェームズ一世は呼びかけを終えた。数度深呼吸を行って息を整える。

「そなたたちに、この無能な王からの最後の命を告げる。今まで朕に付き従って果敢に戦い抜き、明日も最後まで戦おうと覚悟を決めている者にとって過酷な命かもしれんが―――」

前に進み出た百人の者たちも、名前を呼ばれなかった者たちも固唾を飲んでジェームズ一世の言葉に聞き入っていた。

「―――そなたたちは明日、反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃の前にこの城を離れるがよい。そして『レコン・キスタ』が滅びるか、そなたたちが倒れるときまで戦い続けることを命ずる」

会場中からどよめきが沸き起こる。特に明日の決戦に参加するなと通告されたに等しい百人から、大きなどよめきが起こっていた。
そして、一人の貴族が百人の中から進み出て、ジェームズ一世の前で礼を取る。

「陛下! 我らは明日の総攻撃に対し、貴族としての誇りに満ちた華々しい戦いをする所存です! それを何故、今さら逃げ出すように仰られるのですか!?」

その言葉は会場中の臣下や貴族と全く同じ意見であった。同調するように頷く者や、同じように前に進み出る者もいた。彼らに対し、ジェームズ一世は目を細めて見つめて、やがて脇に控えていたウェールズに顔を向けた。ウェールズは小さく頷いて一歩前に踏み出す。

「そうだ、逃げ出すのだ! ―――だが、陛下は命を惜しんで逃げろ命じたわけではない!」
「しかし……!?」
「明日の総攻撃で我らは全滅するだろう! これは避けられぬ未来だ! しかし、我らが全滅したあとに何が起こる? 愚昧なる反乱軍『レコン・キスタ』どもはハルケギニア統一と称して戦乱を撒き散らす! ならば―――」

ウェールズの言葉は会場中に染み渡るように響いていた。誰もがその言葉に聞き入っていた―――ルイズとワルドも同じように聞き入っていた。だが、ワルドはどこか昏く冷たい視線を、ウェールズに向けていた。

「―――我らはそれを阻止する責務がある! 明日、アルビオン王家は滅びるだろう! だが、この責務だけは何としても果たさなくてはならない! 例え臆病者と貶されようが、責務を遂行するための誇り高き者たちが我々には必要なのだ!!」

誇り高き者、その言葉に会場中の臣下と貴族たちは一斉に頭を下げる。しかし、何人かの貴族は直立したまま、ジェームズ一世とウェールズを見つめていた。

「恐れながら殿下……明日の総攻撃に対し二百人では、あっという間に城は落とされてしまいます。それでは、反乱軍どもが余計に勢いづくだけかと」
「その通りだ。……だが、安心したまえ」

ウェールズはずっと控えたままだったエレアノールに、前に進み出るように右手で指示する。エレアノールは深く頭を下げて完璧な作法で礼を取り、前に進み出た。

「既に聞き及んでいる者もいるだろうが、彼女はトリステインから来訪された大使の一人、ミス・エレアノールだ。彼女は深慮遠謀と称するに値する知略でもって我らに策を授けてくださった。その策を用いれば、明日の総攻撃に対して十分な戦果を上げることができると保障しよう!! 明日、反乱軍どもを迎え撃つ者たちも、脱出して戦い続ける者たちも―――」

そこでウェールズは言葉を区切り、会場の者たちの様子を確かめるように見回す。誰も彼もがウェールズの言葉に心酔し、見つめ返していた。

「―――奴ら脳裏に我らの勇猛さを刻み込む機会は十分に与えられている! 今宵はよく、食い、飲み、歌い、踊り、楽しもう!そして明日は死して反乱軍への猛威となり、生きて『レコン・キスタ』どもへの脅威となる終わりと始まりの日である!!」
「「「アルビオン万歳!!」」」

ウェールズの宣言に、会場中から一斉に大声で唱和が起こった。誰もが感極まったように涙を流し、そして誇らしげに万歳を唱和に参加していた。ただし、ルイズとワルド、そしてエレアノールは参加せずに、ただ彼らを見つめていた。
ルイズは複雑そうな視線で、彼らとエレアノールを交互に見つめていた。
ワルドは冷たい眼差しで、ウェールズとエレアノールを見つめていた。
エレアノールは感情を押し殺した表情で、死地に残ることになる二百人の臣下たちを見つめていた。





一騎の竜が月明かりの中、アルビオンの大地に影を落としながら疾駆していた。街道からも点在する村や街から外れ、さらには哨戒しているアルビオン竜騎兵たちの飛行ルートからも外れて飛んでいる竜は、何度かコースを修正しつつも確実に、大陸の端―――ニューカッスル城へと目指していた。
その竜に騎乗しているのは三人、そして足に掴まれている一匹のジャイアントモール。

「ねぇ、タバサ……本当にルイズたちはニューカッスル城にいるのかしら?」

三人のうち、キュルケは不安そうに一番前に座るタバサへと声をかけ、それに対しタバサは振り返ることなく頷く。その手には普段なら読んでいるであろう本の代わりに、一枚の紙が開かれていた。

「でも、乗っていた船はスカボローに到着してないのよ? 途中で何かあったとしか思えないわ」
「エレアノールとワルド子爵の二人なら多少の障害は突破できる」

紙に目を落としながらシルフィードにコースの修正を指示する。フーケからエレアノール、そしてタバサへと託された反乱軍の配置図と行軍予定表は精確なもので、これまで発見されることもなく敵地であるアルビオン大陸の上を飛ぶことが出来た。

「貴女の推理じゃ、ワルド子爵は裏切り者なのでしょ? いつまでもルイズの護衛を続ける―――」
「うぅむ……、理屈の上では確かに説明がつくが、本当にトリステイン魔法衛士隊の隊長が反乱軍どもに通じているとは信じられないのだが……」

最後尾に座るギーシュに自分の質問を邪魔されて、キュルケは不機嫌そうにため息をついた。

「ワルド子爵の目的は不明。でも目的を果たしたあと、それを報告しようとするのは確実」
「……なるほど、だからニューカッスル城なのね。港で水夫たちが、包囲軍の本営に総司令官クロムウェルがいる、って言っていたわね。それに、貴女の推理が間違っていても、ウェールズ皇太子に会うためには、ニューカッスル城に立て篭もっている王党派までたどり着かないといけない」

ラ・ロシェールからアルビオンまでの間にギーシュから聞きだした密命の内容に現時点までの状況を加味し、キュルケはそのように推理する。タバサも早いうちに同じ考えに至っており、スカボローの港での情報収集を早々に切り上げて、ニューカッスル城へと向かうことにしていた。

「まったく、ツェルプストーたるこのあたしが、ヴァリエールのルイズにアルビオン大陸で振り回されるなんて―――屈辱だわ」

キュルケの何ともいえない感情が入り混じった呟きは、夜風へと流れて消えていった。









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