あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

日替わり使い魔-09




ウルの月第一週 フレイヤの週第三曜日 エオーの曜日


 フリッグの舞踏会から一夜が明けた。
 あれほどの大騒ぎがあっても、時間が過ぎればまた日常も始まる。私は今朝も、リュカが自分の代理を連れてくるのを待った。

 けど――今日現れたのはリュカじゃなくて、その娘のタバサだった。

 なんでもリュカは、昨日一日仕事をサボった罰として、今日からしばらく外出禁止を言い渡されたって話だった。それで、リュカ以外でルーラを使える人間だからと、タバサが代わりに今日の使い魔を連れて来たらしい。
 まあ、リュカはあんな身なりをしてるけど実は貴族だったらしいから、領地の運営で色々あるんだと思う。入学前まで、お父様がそれで毎日東奔西走していた姿を思い出して、私は「仕方ないわね」とその言い分を聞き入れることにした。
 理解のあるご主人様に感謝しなさいよ、リュカ。
 でも……去り際、タバサが私に指を突き付け、親の仇を見るような目で「負けないから!」と宣言したけど……いったい何のことかしら?
 それと今日の使い魔とか言って、パンツ一丁の覆面マントな変態男を置いていかれても、すごく困るんだけど……しかもこれで名前はエミリーって、なんで女の名前なのかしら。

 …………もしかして嫌がらせ?

 教室に入ったら入ったで、ダブルバイセップスで筋肉を強調したり、マスキュラーポーズでギーシュに迫って逃げられたり、サイドチェストで大胸筋をピクピク蠢かせてキュルケに「うほっ、いい筋肉」とか言われたり……ってゆーか自重しなさいよ、あの女は。
 ギムリと他数名の男子と一緒になって、『筋肉体操』とかいうメタルでサーガなミニゲームを始めた時なんかは、全身全霊で他人の振りをしたものだわ。あんな変態、いっそのことスクール水着(女子用)の姿で兄の帰宅を待ってればいいのに。名前が名前だし。
 ……って私、一体何を書いてるんだろう?
 とにかく、今日はエミリーのせいで精神的に疲れちゃった。昨日の舞踏会でそれなりにいい気分だったのに、余韻が完全に消え失せちゃったわ。

 夜にエミリーを迎えに来たのも、やっぱりタバサだった。彼女の話によると、リュカの仕事はまだまだ区切りがつきそうにもないらしくて、しばらくは彼女が代理で私に使い魔を届けてくれるらしい。
 私が「明日はもっとちゃんとした子を連れて来て」って頼むと、「えー、どーしよっかなー」とか曖昧な笑みを浮かべたのがちょっぴりムカッときた。
 私が何したってのよ? 年上はもっと敬いなさい。





ウルの月第一週 フレイヤの週第四曜日 マンの曜日


 今日もリュカの代わりにタバサがやってきた。

 使い魔を引き渡される前に、ちょっと話をした。「お兄ちゃんのこと、どう思う?」なんて聞かれて、少し戸惑ったけど……お兄ちゃんって、レックスのことよね? どうって言われても、別に何かコメントするべき言葉も思い浮かばない。
 確かに年齢の割には頼り甲斐のありそうな雰囲気があるし、顔の方も可愛いと思える。でもそれは、恋愛感情に直結するような意味じゃない。私は別に、年下趣味ってわけじゃないから。
 そんな感じで率直な感想を言ってみたら、なんだか途端にタバサの機嫌が良くなった。「あなたとは仲良くなれそうだわ」とか、どこに脈絡があるのかわからない台詞と共に、私の手を握った。
 そしたら彼女は、顔のついた真っ赤な大岩……『メガーザ』って名前らしいその岩を置いて、ルーラで帰って行った。もう一つ、メガーザによく似た黒い岩を連れて帰ったけど、こっちに残さないんだったらあっちは何のために連れて来たんだろ?
 気になったけど、あんまり深く追求しちゃいけないような気がした。

 メガーザは、特に何もしない子だった。
 日がな一日、ごろごろごろごろと転がるばかり。顔も模様とかじゃなくてちゃんと動くし、意思があるのは一目でわかるけど……笑い顔は一切変わらず、ほとんど何も喋らない。たまに喋っても、『メ……』から始まる言葉しか口にしないのは、癖なんだろうか?
 まあ何もしないとはいえ、自意識を持ってる大岩なんて珍しいから、使い魔としては特に不満もないんだけど。ゴーレムやガーゴイルだって、自意識があるのなんて有り得ないんだから、それを思えば尚更よ。

 で、特に何事もなく、一日が過ぎてタバサがメガーザを迎えに来た。

 帰る前、なんでリュカがあんな貴族らしくない格好をしているのか聞いたら、そもそも彼は旅人だったって答えが返ってきた。あの格好は旅していた頃のもので、リュカにとっては普段着と言ってもいいぐらい着慣れているものらしい。
 それを聞いて入り婿なのかとも思ったけど、タバサによるとそうでもないんだって。色々と込み入った事情があって、リュカは自分の身分を随分長いこと知らなかったらしい。結局自分の身分を知ることになったのは、結婚後半年以上経ってからだって話だ。
 ……ん? ということは、フローラと結婚した時は、まだ旅人だったってことなのかしら? そういえばピエールからその当時の話を聞いた時は、貴族らしい話の内容じゃなかったし……あーもー、なんだかややこしいわね。

 その後も他愛のない世間話に花を咲かせて、タバサはメガーザを連れて帰って行った。
 リュカがまた来れるようになるのは、いつなのかしらね?





ウルの月第一週 フレイヤの週第五曜日 ラーグの曜日


 その日は珍しく、私はタバサが来る前に目が覚めた。

 ぼやーっとした寝ぼけまなこで窓の外を見てみると、ちょうどその時、空の上から何かが降ってきたところだった。なんとなく目で追ってみると、地上に降り立ったそれはタバサと彼女が連れて来た使い魔、それと――彼女の腰にしがみついた、レックス。
 すると彼女はレックスを引き剥がし、肘打ち、膝蹴り、踵落とし、フランケンシュタイナーと流れるような華麗なコンボを決め、レックスを地面に沈めた。さらにとどめとばかりに、最後に魔法を唱えて氷漬けにした。
 その突拍子もない暴力に眠気も吹っ飛んで唖然としていると、彼女はそのままレックスを閉じ込めた氷塊を持って、ルーラで帰って行った。それで少しして戻って来た時には、レックスの姿は傍にはなかった。
 ちょうどそこに居合わせていた女の子――シエスタとかいう名前の学院付きメイドに朝食の時に聞いてみたら、昨日は見てないので知らないけど、おとといも同じようなことをしていたらしい。一体何やってるんだか、あの双子は。

 それはともかくとして、今日タバサが連れて来たのは、スラりんをそのまま巨大化させて王冠をかぶせたようなスライムだった。
 名前はキングスって言って、見た目通りの『キングスライム』っていう種族らしい。
 まあいい加減、リュカやタバサの連れてくる使い魔たちの多彩さには馴れてきた頃だし、これぐらいなら特に驚くこともないわ。

 ……と思ってたのは朝のうちだけだった。

 それはお昼休み、食堂で昼食を取った私は、午後の授業が始まるまでヴェストリの広場で暇を潰していた時のこと。木陰でキングスに背を預けて、教科書を手に座学を復習しながら時間が過ぎるのを待っているうちに、なんだかうとうとと眠たくなってきちゃった。
 背を預けていたキングスの感触も、やっぱりスラりんと同じスライム族なだけあって、ぷるぷるとした弾力が気持ち良かった。
 キングスは体も大きいから、ちょっと思い立って頭の上に登って、ベッド代わりになってもらってみたんだけど……これがまた、とっても寝心地良かったのよね。ついつい眠っちゃった私を、誰が責められるんだろうか。
 そしたら案の定、寝過ごしちゃった。キングスが気を遣って教室まで運んでくれたおかげで、遅刻だけはしなかったけど……次に目を覚ましたら教室で、しかもみんなのニヤニヤ笑いの中に晒されて、すっごく恥ずかしかった。
 これもキングスの寝心地が良すぎるせいよ!
 ……なーんて思わず八つ当たりしちゃったけど、クラスのみんなの視線の中には羨ましそうなものもあったし、本当はちょっとだけ優越感を覚えていたのよね。ついつい当たっちゃって、ごめんねキングス。恥ずかしかっただけなの。

 良ければまた今度、ベッドになってほしいな。いいかしら?





「あー、その気持ちわかります」

「でしょ?」

 その夜、タバサがキングスの迎えに来た時、彼の寝心地について話したらそんな同意が返ってきた。
 どうやらルイズだけでなく、彼女――おそらくは彼女だけではあるまい――もキングスの上で眠ったことがあるらしい。

「キングスやベホズンがベッドになってくれると、本当に気持ち良くてついつい寝ちゃうんですよ。あの寝心地は、旅の野宿に欠かせません。いざって時はちゃんと起こしてくれますし」

「……ベホズン?」

「スライムベホマズンのベホズンって子ですよ。見た目はキングスを緑色にしたようなものです」

 初めて聞く名前に疑問の声を上げると、また新しい種族名が出てきた。ルイズは「へー」と相槌を打ちながら、スライム族は他にいくつ種類があるのかと疑問に思う。
 いや――スライムだけじゃない。リュカにしろタバサにしろ、これまで多種多様の使い魔を連れて来た。同じ使い魔を二回以上連れて来たのはコドランぐらいなもので、あとは毎回毎回違っていた。
 一体、彼らの引き出しはどれほど豊富なのだろうか。そんな疑問が、ルイズの中でむくむくと膨れ上がる。それに、彼らの住んでいるというグランバニアという国にも、興味がある。

 そういえば――と、ルイズは思い出した。

 リュカはグランバニアでの自分の仕事が忙しいと、常々言っていた。彼が貴族ならば、その仕事とは領地経営と見て間違いはないだろう。
 そして自分は、公爵家の三女。同じく領地経営を行っている家の人間だ。実際に父の仕事を手伝ったことはないが、どんな仕事をしているかは見知っている。手伝えることなど、探せばいくらでも出てくるだろう。
 本来は、主人を助けるのが使い魔の役目。にも関わらず、逆に自分の方が使い魔の仕事を手伝ってやる――ああ、なんて使い魔思いのご主人様だろう。彼の郷里を視察がてらに手助けしてやれば、ご主人様の優しさに使い魔として感激するに違いない。
 ルイズは、「うん、いい考えね。我ながら冴えてる。け、決して二、三日顔を見てなかったから寂しいとか、そんなんじゃないんだからね! ほんとだからね!」などとツンデレのテンプレのようなことを思いながら、得意げな顔で――

「ねえ、タバサ。今度、私をグランバニアまで連れt 「だ・め!」 ……って、即答!?」

 ――告げようとしたその要求は、しかし最後まで口にすることなく拒絶されてしまった。
 ルイズの主観からすれば、彼女がグランバニアに行くことには何の問題もないはずである。だがそう思ってたところにこの即答。ルイズは一瞬言葉を失ってしまった。

「……なんでよ?」

「なんでも」

「どうしてよ?」

「どうしても!」

 まるで取り付く島もない。彼女にとって、ルイズがグランバニアを訪問するのがそこまで嫌なのだろうか。
 なぜかプゥと頬を膨らませてそっぽを向く彼女に、ルイズは「うー」と唸って睨み付ける。
 そして――

「とにかく、ダメなものはダメ! ぜーったい、ダメなんですからねっ! 行こっ、キングス!」

「あ、ちょっと!」

 ――止めるいとまもあらばこそ。
 この話はこれで終わりとばかりに強引に会話を打ち切ったタバサは、そのままキングスを連れてルーラを唱え、凄まじいスピードで窓の外へと消えて行ってしまった。伸ばしたルイズの手が、むなしく空を切る。

「…………なんなのよ、もう!」

 後には、ルイズの不満げなうめきが残るのみであった。





 ――ルイズたちが学院でそんなことをやっている、その一方――

 “彼”は今、薄暗い地下牢にいた。
 その目の前には、“彼”の剣で胸を貫かれ、絶命する死体が一つ――だがそれも風となって消え、後には剣しか残らなかった。
 その現象に、“彼”はピクリと眉根を寄せた。

「……ふむ。魔法で作った幻像……いや、分身体か? 系統魔法とやらの中には、なかなか面白いものもあるようだな」

 興味深そうに頷きながら、床に残った剣を拾って鞘に収める。
 と――“彼”は、ふとした異臭に気付き、わずかに顔をしかめた。それが自身の体から発せられていると気付いたのはすぐのことで、さして感慨も湧いてない様子で自らの体を見下ろす。
 服のところどころが焼け焦げており、肌にも多少の火傷を負っている。纏っていたローブはボロボロになって原型を留めておらず、フードで隠していた長い銀髪と尖った耳も曝け出されていた。傷の痛みもあるが、そちらは彼にとっては大して気にならない程度のものだ。

「ライトニング・クラウドといったか……なかなか強力な呪文だったが、魔族の体を焼き尽くすには力が足りなさ過ぎたな。とはいえ、ティファニアから貰ったローブが台無しになってしまったか」

 ぼやきながら、自身の体に向けて「ベホマ」と呪文を唱えた。すると、その体が負っていた火傷が、見る見るうちに癒されていく。
 “彼”は体が全快するのを確認もしないうちに、視線を横へと向けた。その視線の先には、鉄格子越しに驚愕の表情でこちらを見ている女が一人――ロングビル、いやさマチルダ・オブ・サウスゴータの姿。
 そんな彼女の足元には、囚人に出される食事だったのだろうと思われる、空の食器類が無造作に置かれていた。

「……どうした?」

「な、なんであんた……あれを受けて平然としてるのさ!?」

「人間ごときと一緒にするな」

 彼女の言葉を受け、内心で「確かに普通の人間には耐えられそうにもなさそうな呪文だったな」と思いながら、さも当然とばかりに返す。

 ――そもそも“彼”がこんなところにいるのは、召喚主たるティファニアが義姉のマチルダを心配してのことだった。

 ティファニアは、マチルダが自分に黙って何か危険なことをしていることに、薄々ながら感付いていた。そこで自身の使い魔たる“彼”に、マチルダを影ながら護衛するよう密かに頼み込んでいたのだ。
 無論のこと“彼”にとっては、召喚主であるティファニアが第一であり、本来はマチルダのことなど知ったことではない。それが例え、ティファニアの義姉であったとしても。
 とはいえ、ティファニアの表情を曇らせるのもまた不本意である。それゆえ、根気良く頼み込まれては折れるしかなかった。
 そういうわけで、渋々とマチルダの監視をしていたわけだが――どうも、魔法学院で『天空の勇者』と戦ったあたりから、雲行きが怪しくなってきていた。
 それでも手を貸すことなく、敗北してこの牢に入れられるまで静観を続けていたのだが……牢の中で、唐突にマチルダに接触してきた男。こいつが出てきた時点で、彼はマチルダの前に姿を現すことを決めた。

 一言で言えば――『気に食わなかった』のだ。白い仮面で顔を隠した、その男が。

 隠れたまま話を聞いていれば、マチルダが『土くれのフーケ』であることは元より、盗賊に身を落とす以前の貴族としての名すら知っていた。自分の周りにいる人間をそこまで調べ上げていた事もさることながら、その高慢な態度も鼻につく。
 何よりも気に食わなかったのは、従わなければ殺すと言い放ったことだ。
 と言っても、“彼”は別に聖人君子などではない。むしろそれから対極の位置にいるとすら言える。自分の目的のために他者を脅し、利用する――大いに結構。マチルダがそれに首を縦に振ろうと、別段何か感じるものがあるわけでもない。
 だが、彼女を殺されては困るのだ――主にティファニアのことで。それに、殺されるのが自分にとって曲がりなりにも『縁者』と呼べる者であるのならば、それは不愉快に過ぎるというものだ。
 そういった理由から“彼”は姿を現し、待ったをかけた。
 すると仮面の男は、「見られたからには殺す」と彼我の実力差もわきまえずに襲い掛かって来た。それに対し“彼”は、『身の程もわきまえぬ輩に生きる価値無し』とばかりに返り討ちにし、殺した。……もっとも、殺したのはただの幻像だったわけだが。

「……私を助けてくれたつもりかい?」

「気に食わん人間を殺しただけだ。ティファニアの頼みというのもあるがな」

「そうかい」

 素っ気無い態度を取る“彼”に、マチルダも似たような態度で気のない相槌を打った。
 そして“彼”は、仮面の男の死体があった場所に視線を落とし――おもむろに顎に手を当て、「ふむ」とこぼした。
 考えてみれば、あの男の誘いにマチルダが首を縦に振るのであれば、“彼”が出て行く必要などまったくなかった。少なくとも、彼女の返答を待ってからでも遅くはなかっただろう。
 出るのが少々早すぎたかと、今更ながらにそのことに思い至る。

「……再就職先のツテを潰してしまったか?」

「構わないさ。学院に戻ればいいだけの話だよ。色々とストレスの溜まる職場だけど……ま、贅沢は言ってられないしね」

 気楽に肩をすくめる彼女には、悲嘆の感情はひとかけらも見えない。
 実際、彼女にかけられた罪状は非常に軽い。そう日を経ずして釈放される見通しだった。学院に戻ることも、さして問題があるわけでもなさそうである。
 その辺は、人間同士で何やら色々とあったらしいが――それは“彼”にとって興味の対象外だったので、特に知りたいとは思わなかった。
 とはいえ、事情をまったく知らないというわけでもない。それを思い起こすと、“彼”は心中にふとした悪戯心を覚えた。
 そしておもむろに、揶揄するような笑みを浮かべると――

「そうか。ならば、もう激情に任せて下手を打つような真似は慎むことだ……模倣犯まちr 「 か え れ ! 」 ……おっと」

 最後まで言い終えるより早く放たれた罵声。それと共に投げ付けられた空の食器を、“彼”は事も無げにキャッチした。
 それでも足りないとばかりに睨み付けてくるマチルダに、“彼”はやれやれと肩をすくめ、食器を投げ捨ててきびすを返した。

「それだけ元気があれば大丈夫だな……では私は帰る。あまりティファニアに心配をかけるな」

「二度と来るんじゃないよ」

 不機嫌さを隠そうともしないマチルダの憎まれ口を背に、“彼”の顔に思わず苦笑が浮かんだ。
 そんな“彼”の腕では、かがり火の灯りを反射して、『黄金の腕輪』が鈍く輝いていた――





 そしてそれから数刻後――浮遊大陸アルビオン、その首都ロンディニウム。

「フーケのスカウトに失敗、ですと?」

 つい先日、この首都を陥落せしめたアルビオン反乱軍、貴族連盟『レコン・キスタ』。その首魁たる司祭オリヴァー・クロムウェルは、手に入れたばかりのハヴィランド宮殿の一室で、報告に来た伝令役の男の言葉に眉根を寄せた。

「はっ……報告によれば彼の遍在が、突然乱入してきた男に成すすべもなく敗れてしまった……とのことです」

「乱入者、ですか。フーケには強力な守護者が付いているということですかな?」

 遠くトリステインから届いた報告をそのまま伝えられたクロムウェルは、そう呟いて考え込んだ。

「いかがなさいますか、閣下?」

「……そうですね。遍在とはいえ彼ほどの者が不覚を取るのであれば、誰が行ったところで同じことでしょう……失敗したものは仕方ありません。彼には他にも任務がある。『引き続き次の任務に就くべし』と指令を送っておいてください」

「はっ」

 クロムウェルの指示に男は頭を下げると、そのまま退室した。
 部屋に誰もいなくなると、クロムウェルは尊大な調子を崩さなかったその表情を、一転して不安げに曇らせる。「はぁ」と一つ息を吐くと、ドサリと椅子に身を預けた。
 と――

「どうしましたか? 浮かない様子ですが」

 誰もいないはずのその部屋から、クロムウェル本人以外の声が響いた。
 唐突に響いてきたその声に、しかしクロムウェルは驚いた様子もなく、横に視線を向ける。するとそこには、いつの間にやら一人の人物が立っていた。
 それは、『表向きには』クロムウェルの秘書を務める者――

「……私は『安心』が欲しかったのですよ、シェフィールド殿……」

 おそらく偽名であろうその名を呼び、クロムウェルは気弱な言葉を漏らした。
 そんな彼の態度に、『シェフィールド』は「ほっほっほっ」と一笑に付す。

「確かにフーケは優秀なメイジです。ですが、必要不可欠な人材というほどのものではありません。心配はいりませんよ、全ては上手くいきます。そう、全て……ね」

 不敵に笑う『シェフィールド』に、クロムウェルはその瞳にいくばくかの『安心』を取り戻し――だがその大部分にはいまだ『不安』を残したまま、もう一度ため息をついた。
 そしておもむろに立ち上がり、「仕事が残っていますので……」と言葉を残し、そのまま部屋を出た。

 ――後に残されたのは、『シェフィールド』ただ一人――

「……そうですね。全て上手くいけば、思ったよりも早い『再会』になるかもしれませんねぇ……ああ、待ち遠しい。本当に、『その時』が待ち遠しいですよ……」

 蛇のようにねっとりとした口調で呟いた『シェフィールド』の口元には、この世のものとは思えないほどに歪んだ凄絶な笑みが浮かんでいた。




新着情報

取得中です。