あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-38


 ラ・ヴァリエール家の面々は、今日も一家揃って朝食を取っていた。
「……………」「……………」「……………」「……………」「……………」
 日当たりのよいバルコニーで食べていると言うのに、誰も言葉を発さず、その空気は重い。
 ちなみに先日までは食事の場に使用人たちと並んでユーゼス・ゴッツォが控えていたのだが、彼はルイズとエレオノール、そしてカトレアを起こした後、『これ以上体力を使う余裕がない』という理由でダウンしたために姿を見せていなかった。
(まったく、最近の若い者はこれだから……)
 そんなことを考えつつ、黙々とナイフとフォークを動かすカリーヌ。
 なお『肉体年齢』はともかく『実際に生きてきた年数』で言うならばカリーヌはユーゼスよりも年下であるのだが、当然カリーヌはそんなことを知る由もない。
「……………」「……………」「……………」「……………」「……………」
 何にせよ、ラ・ヴァリエール家の無言の食卓は続く。
 だがその食事の最中、おもむろにラ・ヴァリエール公爵が口を開いた。
「ん……あ、あー……ルイズ、少しいいかな?」
「……何でしょうか、父さま」
 スッと冷めた視線を父に向けるルイズ。
 公爵は末の娘からそんな目で見られたことに僅かにたじろぎつつも、探りを入れるようにして問いを投げかけた。
「……魔法学院では、どうなのかね?」
「どう……と言われましても」
 ルイズが困ったような顔になる。
 どうやら質問が抽象的すぎて、どう返答して良いものか分からないらしい。
「えぇと……その、アレだ。友人関係とか、誰か好きな男でも出来たり……とかな。……って、ルイズに恋人がいるわけないか! はははは!!」
 自分の台詞を自分で否定するラ・ヴァリエール公爵。
 ……ここ最近、書斎に篭りっぱなしだった彼は必死で『年頃の娘との接し方』や『こんな父親が嫌われる』などの本を探し、読みあさっていた。
 それらの本によると『娘の態度がいきなり変わるのは、男の影響を受けた可能性が大きい』とあったのだ。
 いや、まさか。
 ウチの娘に限って、そんなことあるわけないじゃないか。
 でもまあ、万が一ってこともあるし。
 ……大丈夫だとは思うけど、一応カマをかけてみよう。どうせ空振りに終わるだろうけど。
 と、そんなことを考えながら言った言葉だったのだが……。
「なっ……、べ、別に、恋人なんて……いませんわっ」
「え?」
 予想外のリアクションが返って来てしまった。
「い……いるのかね、ルイズ?」
「い、いません。いないんです。全然、いないんだから」
 本当にいないのなら、もっと冷静に、キッパリ断言するはずである。
「……そ、そうか……。いや、いつかはこんな日が来るのではないかと思っていたが……。ま、まあ、お前ももう年頃だしな……」
「だから違いますって!」
 公爵は内心の焦りを押し止めながら、努めて冷静に聞き出しを始めた。
「そ、そそそ、それで……相手は……どこのどいつで、どんな奴なのかね? か、家名は? 身分は? 領地の広さは? 家の歴史は? 容姿は? 性格は? ……ええい!! まだるっこしい、今すぐソイツをここに連れて来い!! じっくりと品定めをしてやる!!!」
「……あなた、少し落ち着いてくださいな」
「う、うむ……」
 興奮するラ・ヴァリエール公爵だったが、カリーヌにたしなめられてテンションを少し下げる。
 そしてワインを一口飲み、本人的には落ち着いているつもりの口調で問いを重ねた。
「まあ……ワシとしてもだな、ルイズ。別にお前の…………こ、こいび…………『男友達』をどうこうしようという訳ではないんだよ。ただ、少し話をしてみたくなっただけなんだ」
 『恋人』という言葉を使いたくないのか、やや無理矢理気味に『男友達』という単語を使う公爵。
 対するルイズはそんな父の様子を見て逆に冷静になったのか、ポツリと不満気味に呟く。
「いないって言ってるのに……。それに男の人がどうこう言うんなら、順番からしてエレオノール姉さまの結婚の方が……」
「…………何ですって?」
「あ、やば……」
 低く絞り出すような声を耳にして、ルイズは『しまった』という表情になる。
 そして恐る恐るその声の方に顔を向けた途端、いつものつねり上げではない、口元を強引に片手で鷲掴むような掴まれ方をされた。
「もがっ!?」
「……私の前で、その縁起でもない単語を軽々しく口にしないでもらえるかしら?」
「あが、あががががが……」
 ギリギリギリ、とルイズの頬にエレオノールの指がめり込んでいく。
 それでも何とか口を動かし、ルイズは姉に対して謝罪した。
「ご、ごぇんなひゃひ……(訳:ご、ごめんなさい……)」
「結婚は人生の墓場、とおっしゃいな。ちびルイズ」
「け、けっきょんはじんひぇいのひゃかびゃ……(訳:け、けっこんはじんせいのはかば……)」
「よくってよ」
 パッと妹の頬から手を離し、自分の席に戻るエレオノール。
 ルイズは痛む両頬を撫でさすりながらやや恨めしげに長姉を見るが、その場にいる他の家族たちは今のエレオノールの行為について誰も何も言わなかった。
 何故なら、これまでエレオノールに対して幾度となく縁談の話は持ち上がったのだが、その度に相手の方から断りを入れられていることを知っているからである。
 だが、エレオノールももう27歳。
 同い年の貴族の女性ならば、もう子供の一人や二人くらいはいても何の不思議もない年齢だ。……と言うか、カリーヌはエレオノールの年にはもうカトレアを産んでいる。
 トリステインでも三本の指に入る名門ラ・ヴァリエール家としては、これはあまりよろしくない事態である。
 よって、誰かがそれを指摘しなければならないのだが……。
「……あなたはそう言いますがね、エレオノール。いい加減にそろそろ身を固めるべきですよ」
「母さままで……!」
 そんなことを言える者は、この場ではカリーヌくらいしかいなかった。
 カリーヌはルイズに行った行為についてはスルーしつつ、エレオノールの当面の問題について言及する。
「あなたももう『年頃』どころの年齢ではないでしょうに。……先程の父さまとルイズの話ではありませんが、あなたも気になる男性の一人くらいはいないのですか?」
「……き、気になる男性、って……」
 途端にエレオノールの顔が紅潮していく。
「な、何ぃ?」
「……………」
「……あら」
「む……」
 そんな長女の変化を見て、家族たちは何かを察知した。
「ま、まさかエレオノール……お前も?」
「な、なな、な……何を言っているんですか、父さま。別に私は、あ、あんな男のことなんて……何とも思ってませんわ。ええ、ホントに……好きでも、何でも、ないんだから」
「『あんな男』だとぉ!!!??」
「あ」
 父の叫びを聞いて、エレオノールは自分で自分の墓穴を掘ってしまったことに気付く。
(くっ……、わ、我が父ながら、何て見事な誘導尋問なのかしら……)
 こんなもの誘導尋問でも何でもないのだが、とにかくヴァリエール家の長女はワタワタ慌てながら弁明を行った。
「い……いえ、今のは違うんです、父さま。つい間違ったと言いますか、言葉のアヤと言いますか、口が滑ったと言いますか……えぇと、えぇと、とにかく違うんです! あ……あっちの方は分かりませんけど、私の方は何とも思ってないんですから!!」
「そ、そんな……ルイズだけでなく、エレオノールまで……」
「だから違いますって!」
 顔を赤らめながらまくし立てるように言われても、全然説得力がなかった。
 と、その時。
「まあまあ、父さま。姉さまもルイズも『好きな人はいない』って言っているのですから、それでいいじゃありませんか」
 カトレアが柔らかな笑みを浮かべつつ、なだめるようにして父に話しかける。
 三姉妹の中ではある意味で最も『恋愛』という事柄から遠い彼女の存在は、ラ・ヴァリエール公爵にとってある種の救いのようにも感じられた。
「む、むう……。しかしだな、カトレア」
 ……そう感じていたのだが、直後、その『救い』のはずの次女の口からトドメを刺すような一言が放たれた。
「もっとも、私にはちゃんと好きな男の人が出来ましたけど」
 カシャーン、と。
 その時、公爵の手からナイフとフォークが落ちた。
「なん……だと……?」
 狼狽を通り越して、呆然とするラ・ヴァリエール公爵。
 しかし、これに驚いたのは彼だけではない。
「ち……ち、ちい姉さま!? ナニを言ってるの!!?」
「何って……私だって恋の一つもするわよ。いけないかしら、ルイズ?」
「いや、いけなくはないですけど……」
 ニコニコと笑うカトレアに見つめられ、ルイズは思わずそれで納得しかけてしまう。
 しかし、簡単に納得するわけには行かないことが一つだけあった。
 その『相手の男』とは、一体誰なのか。
 何せ次姉はこれまでラ・ヴァリエールの領地から一歩も外に出たことがないし、自然と男性と会話をする機会も……全くないというわけではないが、かなり限定されてくる。
 しかもカトレアが惹かれたり魅力を感じたりする男となると、これは『限定される』などという言葉では生ぬるいだろう。
(『出来ました』って口振りからすると、最近に出会った人みたいだけど……)
 可能性があるとすれば…………いや、それはない。
 あんな何を考えてるのか分からなくて、研究以外に興味の対象が見当たらなくて、感情の起伏すらほとんど無さそうで、自分に対して一度も笑ったこともなくて、いつまで経っても他人行儀なヤツに、まさかちい姉さまが心を動かされるなんて。
 そんなことはまず有り得ない、はずだ。
(それに……ちょっとやそっと一緒にいたくらいで良さが分かるほど、アイツは分かりやすいヤツじゃないんだから)
 …………まあ、ルイズの脳裏に浮かんだ可能性は完全に排除するとしても。
 今までずっと浮いた話の一つすらなかった次姉がこういう話題を自分から持ち出してきたということは、喜ぶべきことなのだろう……と思う。少し複雑だが。
 うぬぬと唸りつつルイズがそんなことを考えていると、カトレアはくるりとエレオノールの方を向いて『にこやかに』語りかける。
「エレオノール姉さまは誰も好きな人なんていないんですから、別に私が誰を好きになろうと構いませんわよね?」
「……どういう意味なのかしら、カトレア?」
「さあ、どういう意味なんでしょう?」
 妙な感じに空気を張りつめさせていく長女と次女。
 ちなみに、何故かカリーヌだけは眉をひそめつつも無言である。
「おお……、お……」
 そして茫然自失の状態からどうにかして復帰したラ・ヴァリエール公爵は、震える声で娘に質問する。
「カ……カカ、カ、カトレア。こ、この際、お前の想い人とやらが誰なのかは問わないことにしよう……。だが……せ、せめて、馴れ初めを……い、いや、その男のどこが気に入ったと言うのだ?」
 顔も声も名前も知らない『謎の男』の正体の一端でも掴もうとする、公爵のあがきであった。
 だが。
「どこ、と言われましても…………一目惚れみたいなものですし」
「ひ、ひとめぼれ?」
「はい」
 公爵は、その娘の言葉を聞いてフラッ……と倒れてしまった。
「ああっ、旦那さま!」
 傍に控えていた執事のジェロームが、そんな公爵を介抱し始める。
「……まったく」
 次々と明かされる事実に翻弄される父親、何やら牽制し合っている三姉妹。
 そんな家族たちの中で、母親だけはただ一人冷静さを保っていたが……。
「……まあ、全く分からないということはないけれど……」
 取りあえず今日の訓練は少しキツ目で行こう、と思うカリーヌであった。
「ぐ、ぅぅう……」
 痛む身体を押して、バルコニーへと向かうユーゼス。
 本当は死体のようにずっと倒れ伏していたいのだが、使い魔という立場上いつまでもダウンしているわけにもいかない。
 それに主人たちが朝食をとっている最中に寝ていたとなると、あの公爵夫人に何を言われて何をされるか分かったものではない。
「……何故こんなことに……」
 ここに来る前の予定では、本でも読みながらのんびりと過ごし、たまにエレオノールやルイズの相手をしながら平和な一時を満喫するはずだったのに。
 一体自分が何をしたと言うのだろう。いや、色々なことをしてはきたが。
「ぬ……くっ……」
 何にせよ、主人と合流する程度はしておかなくてはならない。
 上手くすれば、ルイズが間を取り成して今日の訓練が中止になる可能性だって……限りなくゼロに近くはあれど、決してゼロではないのだ。
 などと考えつつ、筋肉痛と打ち身に悲鳴を上げる身体を引きずるユーゼスだったが……。
「……む?」
「な、何故だ……。一体……一体、どこの誰が……。さ、三人が三人とも……同時にって、こんな……馬鹿な話が現実にあるわけが……」
「旦那さま、お気を確かに!」
 ふと前を見てみると、執事に支えられながらフラフラと歩くラ・ヴァリエール公爵の姿が見えた。
「……………」
「現実……そ、そうかジェローム。きっとワシはまだ眠っている最中なのだ。きっとこの夏の陽気に当てられて嫌な夢を見ているのだな。現実のワシの身体は今、ベッドの中で寝苦しさに唸りを上げながら眠っているに違いない。ハハハ、この寝ぼすけさんめぇ」
「いや、それこそ現実から目を背けてはいけませぬ!」
 ユーゼスは取りあえず一礼でもするかと姿勢をやや強引に正すが、しかし公爵も執事も自分たちのことに手一杯でユーゼスのことには全く気付いていない。
「?」
 いきなり十年ほど老け込んだように見えるが、何かあったのだろうか。
(ふむ……。やはり公爵ともなれば、色々と心労や悩みごとなどがあるのだろうな……)
 社会的地位や貴族としての立場などには興味が全くないのでよく分からないが、精神的にかなり追い詰められた経験ならばユーゼスにも何度かある。
 絶対の自信を持っていた大気浄化弾の失敗。
 独房への長期間の投獄。
 そして顔や身体のほとんどを失ったこと。
 ……いくら何でも公爵の悩みとやらがそこまで深刻とは思えないが、しかし精神的なダメージの辛さなど感じている本人にしか実感は出来ない。
(それを乗り越えられるかどうかも、また本人次第だな……)
 無責任に『頑張れ』などとは言えないが、しかし心の中で小さく声援を送りつつ、『かつて乗り越えられなかった男』は深々と礼をしながら公爵を見送る。
「だ、だって有り得ないではないか。手塩にかけて育ててきた三人の娘に、まったく同じタイミングで男の影がチラつくなんて。今までほとんどそんな話はなかったのに……ねえ?」
「『ねえ』と言われましても、実際にそうらしいのですから仕方がないではありませんか!」
「……………」
 さて。
 本日のスケジュールは、午前にルイズから乗馬の手ほどきを受け、昼食はカトレアと取って、午後は日が暮れるまでカリーヌの訓練、夕食後はエレオノールと久し振りに魔法論のやり取りを行う、というタイトな物になっている。
「……因果律を調整して疲れを消すことも視野に入れておくか」
 正直に言えばやりたくないが、この際仕方があるまい。
 しかし、もしやこんな生活が御主人様の夏期休暇が終わるまで続くのではないだろうか。
「………………考えないようにしよう」
 銀髪の男はその予想が限りなく正解に近いことに薄々と気付きつつも、今は取りあえずルイズと合流すべく、色々な痛みと戦いながら歩いていく。

 別の日。
 ルイズは自室にて悩んでいた。
 先日明らかになった『カトレアの想い人』だとか、いつまで経っても上達しない使い魔の乗馬に関して、ではない。
 いや、それらももちろん大事なことではあるのだが、そういうのとは種類の違う『大事なこと』だ。
「……………」
 アルビオンに行くのか、それとも行かないのか。
 いつまでも結論を先送りにすることは出来ないし、どちらにせよ早い内にハッキリとさせておいた方が良いだろう。
「う~ん……」
 ルイズはまず、戦場と呼ばれる場所で自分に何が出来るのかを考えようとして……考えるまでもないことに気付いた。
 自分の『虚無』をトリステイン軍の勝利のために使い、アルビオン軍を蹴散らす。
 これ以外に何があると言うのだろう。
 と言うか、逆に言うとそれ以外に出来ることなど何もない。
 船を動かせるわけでもない。
 何か作戦を立てられるわけでもない。 
 傷付いた兵士を癒せるわけでも……いや、もしかしたらまだ自分の知らない『虚無』の魔法の中にはそういうものもあるかも知れないが、少なくとも今の自分には使えない。
 しかも、おそらくアンリエッタは『一兵士』としてではなく『強力な魔法兵器』としてルイズを使おうとしているはずだ。……もっとも、ルイズにもこれ以外の自分の使い道は思い付かないので、ある意味で仕方がないのだが。
 よって、直接戦場に立つ可能性も低いと思われる。
「……兵器」
 以前の……ユーゼスを召喚して色々な経験を積む前の自分ならば、それでも構わないと言ったかも知れない。
 だが。


 ―――「私より、ウルトラマンにでも頼んだ方が良いのではないか? 彼は地球の救世主だ。きっとこの事態を何とかしてくれるだろう」―――

 ―――「ハハハ! それはいい! ウルトラマンに支配されれば、地球の環境は破壊されずに済む! 自分の星すら満足に守れない、他力本願で自分勝手な地球人にはふさわしい支配者だ!」―――

 ―――「お前たちのように正体を隠して他文明の危機を救うのではなく、当初から絶対者として宇宙に君臨する。それが……超絶的な力を持った者の定めだ!!」―――

 ―――「私がどんなに汚れた大気を浄化しようとも……宇宙刑事たちが命をかけて犯罪者を捕まえようとも……。ウルトラマンの存在を知った人々が思うことは一つ……」―――

 ―――「……お前たちは、自分たちより弱い立場にいる者を甘やかしているだけだ。偽善者面で神を気取っているだけなのだ。お前たちは弱者の自立を遅らせている! 宇宙はお前たちの存在など必要とはしていない!!」―――


 あの夢の中のセリフが、思い起こされる。
 ……このセリフの『ウルトラマン』という部分を『虚無』に、『チキュウ』や『ウチュウ』という部分を『トリステイン』や『ハルケギニア』に置き換えてみる。
 『ウチュウケイジ』という部分は『兵士』とでも置き換えるとして。
 ―――困ったことに、違和感があまりない。
 自分は支配者になる気などは全くないのだが、それでも『虚無』は使いようによってはトリステインどころかハルケギニア全土を支配出来てしまうはずだ。
 何せ『初歩の初歩の初歩』と書かれていたエクスプロージョンですら、艦隊を壊滅させるほどの威力を持っていた。
 これがもっと強力な呪文になったら……。
「わたしの力を巡って、争いが起こるかも知れない……」
 十分に有り得る話だ。
 ……イザと言う時には祖国を、トリステインを守るべく戦うという覚悟はある。
 これはトリステインの全ての貴族が持ち合わせている物だろう。
 誰だって、祖国が蹂躙されることを良しとする訳がないのだ。
「……………」
 そして、アンリエッタのために尽くしたいという気持ちは……あるにはある。
 幼少の頃に遊んだ、『おともだち』。
 宮廷の中で泥だらけになりながら蝶を追いかけ、一緒に侍従のラ・ポルトに叱られたこと。
 クリーム菓子を取り合って、つかみ合いのケンカをしたこと。
 ケンカの時は、大抵自分がアンリエッタを泣かせて勝利していたが……一度ならず、負かされたこともあったこと。
 アンリエッタの寝室でドレスを奪い合ったこと。
 ……思い返そうと思えば、いくらでもこうしてスラスラと思い返すことが出来る。
 これらは今でも、大切な思い出だ。
 そしていつの間にか誓っていた。
 この身は姫様に捧げるのだ、と。
「誓った、んだけど……」
 しかし、あの操られたウェールズ皇太子による誘拐事件を経て、その気持ちが薄らいだのも事実だ。
 正直、アレはないと思う。
 半ば強制的に連れ去られたのは、別にいい。これは仕方がない。
 問題はその後だ。
 『おともだち』であるはずの自分の言葉に全く耳を貸さず、正気を失っていると理解しながらもウェールズ皇太子に付き従った。
 その後、明らかに『死んでもおかしくはない』はずの威力の魔法を自分たちに向かって放った。
 仮にも一国の女王が、自分の国の貴族に向かって、である。
「うぅ~ん……」
 そんな彼女が、自分に向かって『戦場に行け』と言っている。
 相手はウェールズ皇太子の命を奪い、あまつさえその亡骸を利用してアンリエッタをかどわかそうとしたレコン・キスタ……いや、今は神聖アルビオン共和国だったか。
 …………私怨が全く含まれていない、と見る方に無理があった。
 それに――――なるべく考えたくはないが、自分が行って、それでもなお負けたらどうするつもりなのだろうか?
 また父によれば、別に直接攻め込んでいく必要もないという。
「……戦争する意味って、何なのかしら」
 難しいことはよく分からないが、そんなに無理をしてアルビオンと戦う必要もないのではないか、とルイズは思い始めた。
 そして、まあ仮に……自分の『虚無』のおかげで、アルビオンとの戦いに勝ったとしよう。
 勝った後は、どうするのだろう。
 自分は元の学生に戻れる……訳はあるまい。
 国と国との戦争のバランスを崩すほどの力を、一人の人間が持っているのだ。
 良くて監視つきの毎日、普通に考えて飼い殺し、何かあったら戦場に投入、最悪の場合は実験動物のように扱われたっておかしくない。

 ―――「彼らは愛と凶暴さを危ういバランスで両立させている種族だからな……」―――

 ―――「奴らは『正義』という大義名分を振りかざし、自分たちの都合を押し付けているだけだ!」―――

 ―――「人間共がお前たちをどんな目で見ていたか忘れたのか? 人外の力を持つお前たちを恐れ……時には敵視し、あまつさえ戦いの道具として利用する!」―――


 夢の中の登場人物たちの言葉は、実に的を射ている。
 案外『正義』よりも彼らのように『悪』と呼ばれていた者の方が、物事を的確に捉えているのかも知れない。
「……………」
 自分の持つ力。アンリエッタへ抱いている思い。夢から得た視点。父の言葉。トリステイン貴族としての立場。未来予想図。この戦争だけではなく、今後も色々なものに与えるであろう影響。
 ルイズはこれらの要素を考慮し、一日かけて悩み……。
「…………うん、決めた」
 アンリエッタへと返答を行うべく、ペンを取るのだった。

 トリステインの王宮では、アンリエッタが深夜だと言うのに執務室でせっせと仕事をしていた。
 アルビオンとの戦争のための準備である。
 五十隻にも渡る戦列艦の建造費、二万の傭兵、数十の諸侯に配る一万五千の武装費、またそれらとゲルマニアの同盟軍のための食料費など、諸々の資金の調達のために税率を大幅に引き上げる手続き。
 少しでも兵力を集めるために、学生仕官や平民に対しての即席訓練の場を設ける。
 戦争に反対する王宮内の人間や、各地の貴族たちへの少々強めの説得。
 そして……王宮に潜んでいた獅子身中の虫のあぶり出しと、その排除。
 とにかく、やることは山積みなのだ。
「ふぅ……」
 一息ついて、首をコキコキと鳴らすアンリエッタ。
 ……これらの仕事をこなすことは、肉体的にも精神的にも辛い。
 だが、あの憎きアルビオンに巣食う者どもを根絶やしにするためだと思えば、どうにか耐えられた。
 由緒あるアルビオン王家に攻め入り。
 自分の愛するウェールズを殺し。
 問答無用でタルブへと攻め込み。
 更にウェールズに偽りの命を与えて意思を奪い、自分を誘拐したあの者たちを根絶やしにすると思えば……辛さもどうにか誤魔化すことが出来る。
「そうよ……。あいつらはアルビオンの……ハルケギニアの歴史を否定したわ。そしてウェールズ様を殺し、このトリステインを蹂躙しようとした……。……その報いは、受けさせなくては……」
 ブツブツと呟きながら、アンリエッタは再び仕事へと向かう。
 明日には、自分をアルビオンへと手引きしようとした高等法院のリッシュモンを罠に嵌める計画を実行しなくてはならない。
 そのためにも、今日の内に片付けられる仕事は片づけておく必要があるのだ。
「……………」
 そのまま一時間も経過した頃。
 アンリエッタの執務室に、ルイズとの連絡用に使っていた伝書フクロウが飛んで来た。
「まあ!」
 それを見て、アンリエッタの顔がパッと輝く。
 アレが来たということは、ルイズがアルビオンの戦地へと赴く決心をしたということだ。
 返事が遅いのが気になっていたが……きっと父であるラ・ヴァリエール公爵を説得するのに時間がかかったのだろう。
 何せあの公爵は、この戦争に反対していると聞く。
「まったく、アルビオン打倒は今やトリステインの国是だと言うのに……」
 あのような分からず屋で頭の固い貴族ばかりだから、トリステインの国力はどんどん弱くなってしまっているのである。
 その点、娘であるルイズは違う。
 数えるほどしかいない自分の理解者の一人。
 小さい頃からのおともだち。
 最近はどうも少し印象が異なっているような気がするが、それでもルイズならば一も二もなくこの戦に賛成し、自分のためにあの『虚無』を捧げてくれるはずだ。
「もしかしたら、公爵が説得出来なくて家から脱走したのかも知れないけど……」
 アンリエッタの口から、自然と笑みがこぼれる。
 意外と行動力のあるルイズのことだ、それくらいはありえるかも知れない。
 トリステイン女王たる彼女は伝書フクロウがくわえていた書簡を取り出し、それを読み始めた。
 まあ、読まなくても内容は分かっている。
 アルビオンへ向かいますので、詳しい日取りを教えてください。お時間をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。わたしは現地で誰の命令に従えばよろしいのでしょうか。
 こんな所だろう。
 だがせっかくの親友からの手紙だ。じっくりと読むのも悪くはない。
 そして手紙を開き、その内容に目を通して……。
「……………………え?」
 そこに、書かれていてはいけない言葉を見つけた。
「は……? あれ、ちょっと、……ええ?」
 その部分を指でなぞっても、手紙を振っても、目をこすっても、ディテクト・マジックをかけてみても、何度読み返しても……その内容は変わらない。

『わたしはアルビオンには行きません』

 間違いなく、ルイズの筆跡でそう書いてある。
 そんな馬鹿な。
 『虚無』なくしてトリステインに勝利は有り得ない。
 それはルイズも分かっているはずなのに。
「…………どういう、こと?」
 慌ててその周辺の部分を読み返してみるが、『過ぎた力は使うべきではありません』だとか『そもそも積極的に攻め込むこと自体に疑問を感じます』だとか書いてあるだけ。
 これではまるで、王宮内の戦争反対派たちの言い分ではないか。
 しかも。

『幼少の頃よりの友人としての頼みです。どうか賢明なご判断をお願いいたします』

 末尾にはそんなことが書いてある。
 ふざけるな。
 本当に友人だと思っているのならば、自分の頼みにはためらいなく頷き、従うべきではないのか。
 事実、あのアルビオン行きを命じた夜はそうだったではないか。
「っ、ルイズ……!!」
 彼女は自分のウェールズに対する想いを知っていたはずなのに。
 自分があのアルビオンの者どもから受けた、非道な仕打ちを目の当たりにしたはずなのに。
 それなのに、何故、自分を裏切るのだろう。
「……どうして……どうしてなの……!! どうして!!!」
 グシャリとルイズの手紙を握り潰し、目に涙すら浮かべて叫ぶアンリエッタ。
 ―――その激情と独りよがりな思考が今の結果を招く一因となってしまっていることに、彼女は気付いていなかった。


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