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ラスボスだった使い魔-37


「ふむ」
「なあ、ユーゼスよぉ。久し振りに鞘から出してくれたのはいいんだけど、そうやってシゲシゲ眺めるだけってのはちょっと……」
 ラ・ヴァリエールの城の近くにある平原に着陸させたジェットビートルの付近で、ユーゼス・ゴッツォはデルフリンガーの刀身を眺めていた。
 無論、このインテリジェンスソードの声を聞きたくなっただとか、剣の訓練を行おうだとか、ましてや手入れをしようなどという殊勝な心がけは微塵もない。
「なあってばあ。お前さんもガンダールヴなら、もうちょっと、こう、身体を鍛えるとか、俺と効果的な戦術を話し合うとか、色々……あるだろ? あるよね?」
 デルフリンガーの言葉は、完璧に無視されていた。
「……………」
 では、ユーゼスはデルフリンガーを手に一体何をしているのかと言うと。
(やはりこの剣は、私には扱いにくい……)
 この剣の今後の使い道について悩んでいたのである。
 デルフリンガーは『インテリジェンスソード』と『系統魔法の吸収』という能力を抜かして考えると、『細身の大剣』と分類することが出来る。
 もう少し詳しく記述すると、刀身の太さは普通の剣と変わらないが、長さが1.5メイルほど。
 この大きさは、ユーゼスにとって負担だった。
(大き過ぎるな)
 昔のガンダールヴがどのような人間だったのかは知らないが、おそらく今のユーゼスよりは基礎的な身体能力は高く、また精神的な触れ幅……デルフリンガーが言う所の『心の震え』も強かったはずだ。
 つまり強化される前の能力と、ガンダールヴのルーンによって強化される度合の両方がユーゼスよりも高かったと推察が出来る。
(むう……)
 伝説に残るほどの使い魔であるガンダールヴならば、おそらくルーンを本格的に発動させた場合には今のユーゼスよりも遥かに強かったに違いない。
 それはもう、このデルフリンガーという大剣を軽々と振り回すほどに。
 だが、ユーゼスは例えルーンの補助があろうとも、デルフリンガーを『軽々と振り回す』ほどの力はないのだ。
 ―――ちなみに超神形態に変身した場合、肉体として使うデビルガンダムをルーンが『武器』として認識してくれるので以前よりもパワーアップしているが、ハルケギニアで超神形態になるつもりはほとんどないので除外する。
 ともあれ、デルフリンガーはユーゼスにとっては扱いにくい。
 これは厳然たる事実である。
 しかしこの剣が持つ能力である『系統魔法の吸収』は惜しい。
 よって、デルフリンガーは主に武器ではなく防具として使用することがユーゼスの中では決定しているのだが。
(……問題は武器だ)
 そうなると手持ちの武器が、快傑ズバットが使っていた鞭くらいしかなくなってしまう。
 あの鞭も応用範囲はかなり広いのだが、扱いにやはり高い身体能力と、そして何より習熟を要する。
 ガンダールヴの力で『使い方』が分かったからと言って、それですぐに実戦で通用するほど自由自在に扱えるかというと、必ずしもそうではないのだ。
 そうなると……。
(新しく武器を手に入れる必要がある)
 ついこの間までメインで使用していた、もっと扱いやすい『普通の剣』は先のウェールズ・テューダーとの戦いで粉砕されてしまった。
 形や長さ的にはアレと同じで良いのだが、問題は材質だ。
 普通の金属で作られた剣では高レベルのメイジと戦った場合、前のものと同じく破壊されてしまう。
 よって。
(アレを使うか)
「あ、おい、ユーゼス?」
 ユーゼスはデルフリンガーを放って……と言うよりも『デルフリンガーに見られると都合が悪い』ので、ハシゴを登ってジェットビートルの中に向かった。
「……………」
 ユーゼスはビートルの中に入り、誰もいないことを確認すると脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させる。
 そして『自分の空間』へのゲートを開くと、そこに仕舞っておいた50サントほどの大きさの金属のカタマリを四個ほど取り出した。
「む……」
 さすがにこんな物をユーゼスの腕力で持てるわけがないので、軽く因果律を操作してゆっくりと床に下ろす。
「……オリハルコニウム、か」
 ラ・ヴァリエールの土地に向かう直前、シュウ・シラカワと情報交換を行った際に『土産』としてミルトカイル石と共に受け取った希少金属、オリハルコニウム。
 これは本来、シュウの出身地である異世界ラ・ギアスの物質である。
 『魔装機』と呼ばれる巨大人型兵器の装甲に用いられている物質で、硬度は高く、強度は折り紙つき、しかも軽い……と、まさに装甲材には申し分のない金属だ。
 だがどうにも産出量が少なく、しかも加工に特殊な技術と魔力(ラ・ギアスの魔法によるもの)を要求されるため、それこそ魔装機の装甲として採用されるまでは兵装として使用されたことはほとんどなかった。
 その希少かつ扱いの困難な物質が、今インゴットとしてユーゼスの目の前にある。
「ふむ」
 コンコンと軽く手で叩いてみるだけでも、相当な硬度を持っていることが窺える。
 ハルケギニアの技術力では、スクウェアクラスの『錬金』を使おうともまず間違いなく単純な加工すら出来ないだろう。
 だが。
「……………」
 ユーゼスが一睨みした瞬間、オリハルコニウムのインゴットは虹色の光に包まれる。
「長さは1.2メイルほど……刀身の幅はデルフリンガーと同程度で良いとして……」
 そして10秒もしない内に、見事な一本の剣が出来上がった。
「……これで良いか」
 その剣を手に取り、振るってみる。
 軽い。
 刃渡りが短く、扱いやすい。
 何より、うるさくない。
 これ以上は実際に使ってみないと分からないが、今の所このオリハルコニウム製の剣はユーゼス的にあらゆる面でデルフリンガーを上回っていた。
 強いて難点を挙げるとするならば。
「…………また因果律を操作してしまった」
 ユーゼス自身の良心の呵責、という点である。
 どうもここ最近、禁止していたはずのこの行為を頻繁に行っている気がする。
 アインストの反応を感知して超神形態に変身、結果としてタバサを助けた……まあ、これは仕方がないとしてもだ。
 タバサの使い魔に乗ったら酔ったのでそれをキャンセルした、だとか。
 死ぬ直前の状態だったタバサとキュルケを助ける、だとか。
 エレオノールへの精神干渉を遮断する、だとか。
 そして今また、因果律を操作してオリハルコニウムを加工し、剣を作り上げてしまった。
「…………うぅむ」
 まあ、今回は別にハルケギニアそのものだとか、その住人たちに直接干渉を行ったわけではないのだから、そんなに気にする必要もないかも知れないのだが。
 と言うか、オリハルコニウムはハルケギニアの物質ではなくてラ・ギアスの物質なのだから、別に『ハルケギニアへの干渉』にはならない、はず、だと思いたい。
 それにシュウ・シラカワだってこの金属をまた別の世界に持ち込んで機動兵器の装甲や武装に使っていた。
 また、シュウの知人であるマサキ・アンドーなどオリハルコニウムのカタマリである魔装機神で別の世界を縦横無尽に駆け巡っていたではないか。彼と直接の面識はないが。
 ともかく、この程度の干渉は大目に見ても構うまい……と、自己弁護して多少強引に自分を納得させるユーゼス。
 閑話休題。
 とにかく、いつまでもビートルの中にいるわけにはいかない。
 それに鞭と組み合わせた戦法なども考えるためには、広い場所に出て色々と試す必要がある。
 と、そう言えば……。
「……いくらかオリハルコニウムが余ったな」
 シュウから貰ったオリハルコニウムのインゴットは、50サントほどの物が四個。
 それを使って1.2メイルの剣を作ったのだから、余りが出るのは必然とも言える。
「仕舞っておくか」
 後々になって活用が出来るかも知れないので、取りあえず『自分の空間』に戻すことにする。
 さて、それでは下に降りるとしよう。
 ユーゼスが地面に降り立つと……。
「まあ。それじゃユーゼスさんに買われてから、今までほとんど鞘の中だったんですか?」
「そうなんだよぉ~。アイツってホントに必要な時以外に俺を抜こうとしやがらねぇし、抜いたとしてもほとんど魔法を受け止めるためにしか使ってくれねぇし……」
 何故かヴァリエール家の次女がいて、インテリジェンスソードと会話を行っていた。
「……………」
 事情がよく分からないので、その事情を聞くために一人と一本に近付いていくユーゼス。
 そして桃髪の女性……カトレアはユーゼスに気付くと、にこやかに話しかけてくる。
「あらユーゼスさん、用事は終わったんですか?」
「確かにひとまずは終わったが。……何故ここにいて何をやっている、カトレア」
「お散歩をしてたら見慣れない物がお城の近くにあったから、気になって来ちゃいました。そしたらそこのデルフさんが無造作に置かれてたので、ちょっとお話でもって」
「そうか」
 ひょい、と鞘に仕舞うべくデルフリンガーを手に取るユーゼス。
「いや、あの…………ユーゼス? その腰にある剣は…………何なのかな?」
 何やら非常に不安げな様子でデルフリンガーから問いかけられたが、答える義務はない。
「ね、ねえ、ちょっと、ちゃんと答え」
 ガシャンッ
 なので、無視してこの剣を鞘に押し込んだ。
(それにしても……)
 『見慣れない巨大な物体』がいきなり自分の家の近くに置かれていたら普通は警戒するものだとユーゼスは思うのだが、そのあたりどうもカトレアは肝が据わっているらしい。
 いや、ただ単に好奇心が旺盛なだけなのだろうか。
「ねえ、ユーゼスさん」
「何だ」
「あなた、何者ですか?」
「―――どういう意味だ?」
 薮から棒にカトレアから投げかけられた問いに、ユーゼスは思わず警戒する。
 しかしそんなユーゼスに構わず、カトレアは微笑んだままで言葉を続けた。
「ハルケギニアの人間じゃないってことは、初めて会った時すぐに分かりました。あなたは『遠くから来た』って言ってましたけど……それも東方のロバ・アル・カリイエとかエルフが住んでる土地じゃない。
 って言うか、もっと、こう……えっと、上手く言い表せないんですけど、何だか根っこから違う人間のような気がします。多分、あなたが来たのはもっとずっと遠く。私たちが名前すら聞いたことのない場所のはずです。……違って?」
「……………」
 驚いた。
 エレオノールにもルイズにも、その辺りのことは話していないと言うのに。
「『どうして知ってるんだ?』って顔してますね。でも分かるんです。私、昔から妙に鋭いみたいで。……うふふ。ユーゼスさんの驚いた顔なんて初めて見ちゃいました」
 まさか単なる洞察力や勘だけでここまで言い当てたと言うのだろうか。
 しかし、彼女から敵意は感じない。
「……目的は何だ?」
「いえ、特に何も。ただお話をしたかっただけです」
 どうも真面目に話をしているのか冗談交じりに話をしているのか、判断が付きにくい人物である。
 カトレアはやはり笑みを崩さないままで、ユーゼスと会話を行う。
「そして……あなた、さっき言った理由とは別に、常に人と距離を置いてるわ。私にも、ルイズにも、エレオノール姉さまにも――――きっと、誰にでも」
 その通りだった。
 何せ、自分のスタンスは『ハルケギニアに積極的な干渉はしない』である。
 自然とハルケギニアの住人であるエレオノールたちとは、距離と言うか『壁』のような物を作ってしまうのだ。
(……私自身ですら意識はしていなかったのだが)
 だが、それを容易く見抜いたこのカトレアという女性は何なのだろう。
 単純に自分に興味があるのか、それとも……。
 ……いずれにせよここであれこれと詮索しても意味はないと判断したユーゼスは、顔を無表情に戻して先程の問いに答える。
「そうだ。私はこの世界の人間ではない」
「やっぱりそうだったんですね」
 『違う人間だ』というカトレアの言葉を肯定するユーゼス。
 やはりと言うべきか、彼女は驚かなかった。
「帰りたい、とは思わないんですか?」
「思わん」
 少し不安げに聞いてくるカトレアだったが、ユーゼスはアッサリとそれを否定した。
「……断言するんですね」
「その通りなのだから仕方があるまい。……故郷などとっくの昔に捨てているし、何よりも私はハルケギニアに来る直前に『全てを失って』いるからな。その中には郷愁の念も含まれていたかも知れんが」
 バード星。
 もはや思い出すことすら困難な、遠い故郷。
 今更あの星に戻ったところで、どうにかなるものでもあるまい。
「お父さんや、お母さんは?」
「父と母? ……ああ、そう言えばそんな人物もいたか」
「そう言えば、って……」
 何やら呆れている様子のカトレアだったが、ユーゼスはその『父』と『母』の追憶に集中していてそれに気付かない。
(…………何も思い出せんな)
 自分という人間がいる以上、『父』や『母』という類の人間もいなければおかしいのであるが、どうにも記憶から抜け落ちている。
 どんな人物で、自分とどんな会話をして、どんな声で、どんな顔だったか。
 困ったことに、全く記憶に残っていない。
 なので、カトレアの問いに答えようもなかった。
「悪いが、覚えていない」
「……それは……寂しいですね」
「そうか?」
 両親の記憶など、別になくとも困らない。
 イングラム風に言うとするなら、こうなる。
「……そんな者がいなくとも、私は今まで生きてきた。そして、これからもそうだ」
 もっとも、これは『超絶的な力を持つ存在』に対する言葉なのだが。
「でも、『心の拠り所』みたいなものは必要でしょう?」
「それは弱さだよ。信じるものは己のみ。孤高の存在とはそうあるべきだ」
 そう言ってから、ユーゼスはあることに気付いた。
 どうにも……このカトレアと言う女性と話していると、自分の口が軽くなっているのである。
(エレオノールと話していても似たような状態になったことがあるな……)
 この二人には、何か自分に対して働きかける因子のような物でもあるのだろうか。
 密かにユーゼスが首を捻っていると、カトレアが少しだけ悲しそうな顔になって話しかけてきた。
「違います、ユーゼスさん」
「む?」
 何が違うと言うのだろうか。
「あなたのそれは……きっと『孤高』じゃなくて、『孤独』です」
「……………」
「だって、本当に自分しか信じてないのなら……そもそも私や姉さまたちと、こうして一緒にいる必要なんてないでしょう?」
 ユーゼスは、黙ってカトレアの話を聞いている。
「本当はユーゼスさんも、誰かを信じて……いえ、信じられるものや、『心の拠り所』が欲しいんじゃないんですか?」
「……………」
 じっと自分を見つめるカトレア。
 その視線と言葉を受け止め、ユーゼスは心の中でそれを反芻し……。
「……フッ、そうかも知れんな」
 自嘲の笑みを浮かべつつ、それを認めた。

 ―――「私は……お前が……うらやましい。地球人に受け入れられた……お前がな……」―――

 死の直前、イングラムに対して告げた羨望の言葉。
 あれは本心だった。
 自分と同じはずでありながら、自分にはなかったものを持っていた存在。
 ……今更考えても意味のないことではあるが……もし何かの歯車が一つか二つほどズレていたら、あるいは自分もイングラムのようになれていたのだろうか。
(本当に考えても意味がないな……)
 無数にある並行世界の中には、もしかしたらそのような世界があるかも知れない。
 だが、それがごく自然に発生したものだろうと、あるいは人為的に発生したものだろうと、『このユーゼス・ゴッツォ』には何の関係もないものだ。
 ゼ・バルマリィ帝国の中で野心に燃え、自分のように『人間を超えること』ではなく『全能なる調停者となること』に固執しすぎていた、『あのユーゼス・ゴッツォ』のように。
(……まあ、いい。並行世界の自分などに今更興味はない……)
 気を取り直し、目の前のカトレアとの会話に意識を戻す。
 『心の拠り所』を求めている、と自分を評したこの女性に対し、何を言うべきなのだろうか。
 ユーゼスはそう考え、そして……。
「……そう言うお前はどうなのだ?」
「え?」
 意趣返しという訳ではないが、逆にカトレアの人格の分析をしてみることにした。
「私は確かに『拠り所』となるものはない。そしてお前の言う通り、常に孤独を感じて生きている。……だが私には、お前もそう変わらんように見えるぞ」
「…………どうして、そう思うんですか?」
 驚き、わずかに息を呑む様子を見せるカトレア。
 ユーゼスはそんな彼女を見て内心で若干得意になりながらも言葉を続けた。
「……お前は私とは違った意味で異質だ。ハルケギニアの人間でありながら、ハルケギニアの人間とはメンタリティが異なっている。……いや、正確に言えば『ヴァリエールの中で異質』と言うべきか?」
「……………」
 ヴァリエール公爵、公爵夫人、エレオノール、そしてルイズ。
 前者の二人についてはそれほどよく知っているわけではないが、少なくとも第一印象はカトレアと随分異なるし、後者の二人については言うまでもない。
 以前、キュルケがルイズを評して『プライドばかりムダに高く、少しつつけば必要以上に熱くなり、短気なところなどまさにヴァリエールの血筋そのものだ』と言ったことがある。
 その内面の深い所までは窺い知れないが、カトレアからはそのような印象は全く感じない。
 ……事実、ユーゼスは最初にカトレアを見た時に『外見がルイズに似ている』とは思ったものの、直接的な血縁関係があるという考えには至らなかった。
「私はお前の過去を知らないので、人格を形成する経緯にも考えが及ばんが……それで『明確な孤独』を感じたことがない、ということはあるまい? いや、あるいは孤独が先にあって人格が後から形成されたのか……」
「…………そう、なんですかね?」
 こうも勝手に自分の人格を定義されれば普通は怒りそうなものだが、カトレアはやや複雑そうな表情を浮かべただけで、特に否定も肯定もしない。
「……人間は自分のことを見つめられるようには出来ていませんし、そのあたりは私にもいまいちよく分かりませんわ」
「確かにな……。……人間は、自分自身のことが最も分からないものだ」
 カトレアの言葉に頷くユーゼス。

 ―――「フフ……私は、お前に自分が失ってしまったものを……与えたのかも知れんな」―――

 再び、あの時の光景が脳裏をよぎる。
 ユーゼス・ゴッツォが失ってしまったもの。
 イングラム・プリスケンに与えたもの。
 あの時は『自分の良心』だと思ったが、果たしてそれだけだっただろうか。
 ……その答えは今の自分には分からないが、あるいはこの目の前の女性ならば、それが分かるのでは……。
(いや、それは『拠り所』と言うよりも、単なる『甘え』に過ぎんか……)
 自分の答えを他人の中に求めるなど、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
 それはユーゼスだけではなく、カトレアも同じだろう。
「……ふむ。これ以上は互いの精神衛生上、よろしくないと思うのだが」
「そうですか? 私はもう少し続けても構いませんけど。けっこう楽しいですし」
「……………」
 軽く息をつくユーゼスと、微笑みを浮かべるカトレア。
 ユーゼスにとっては強制的に自己分析をさせられるような感じだったが、カトレアにとってはこれもまた『楽しいこと』らしい。
「まあ、機会があればいずれまた……ということにでもしておいてくれ」
「はい。それじゃ、その時を待ってます」
 にこやかに言われてしまう。
 参った。
 これで、最低でもあと一回はこのような問答をしなくてはならなくなってしまったではないか。
(やれやれ……)
 やや辟易しつつ、しかしそれを少しだけ楽しみにしている自分を自覚しながら、ユーゼスは改めてカトレアを見る。
 彼女は相変わらずにこやかに微笑んでいたが、ユーゼスと目が合うと少しだけその微笑みに儚げなものを混ぜ、そしてユーゼスを見つめながら、こう言った。
「……でも嬉しかったです。やっと分かってくれる人が現れて」
「何?」
 その言葉に、どのような意味があったのか。
 ユーゼスが問い質すよりも早く、カトレアはやや強引にではあるが話題を別の方向に持って行く。
「あ、そうだ、ユーゼスさん」
「……む?」
「この……『びーとる』、でしたっけ? デルフさんが言うには『凄い速さで空を飛ぶ鉄の箱』って話でしたけど、本当にそうなんですか?」
 すぐ傍にある巨大な物体を指差し、桃髪の女性はそんなことを聞いてくる。
 先程の呟きが気になる所ではあったが、その前に自分から止めるような発言をしてしまった以上、追及するのもためらわれる。
 なので、ここは切り替えることにした。
「……概ねその通りだ」
 ユーゼスがそう答えると、カトレアはパッと表情を明るくさせてユーゼスに要求してくる。
「じゃあ、私をこれに乗せてくれるか……出来れば動かさせてくれません?」
「何?」
 いきなり乗せてくれ、あわよくば操縦させてくれ、と来た。
 まさかデルフリンガーから『エレオノールもルイズもこれに乗ったことがある』とでも聞いて、また『私だけ乗ってないのは不公平です』とか言い出すのだろうか。
 などとユーゼスが思っていると、
「……だって、これに乗って飛べばどこにでも行けるんでしょう?」
 カトレアの口から、予想外の言葉が語られた。
「―――どこかへ行きたいのか?」
「ええ。だって私、このラ・ヴァリエールの領地から一歩も外に出たことがないんですもの」
 微笑みを崩さないまま、桃髪の女性はそんなことを言う。
(この女の根幹にあるのはこれか……?)
 先程の人格の分析と、今のこのカトレアの言葉を照らし合わせるユーゼス。
 聞いた所によると、カトレアの年齢は確か24歳。
 ユーゼスで言うなら、大気浄化に心血を注いで多くの星の大気汚染を解消していた頃だろうか。
 ……このラ・ヴァリエールの領地も決して狭いという訳ではないだろうが、しかし生まれてから現在に至るまで24年間もずっと同じ場所にいれば『そこから出たい』と思うのも無理はない。
 いや、むしろ『そこから出たい』思わなければおかしいだろう。
(……とは言え……)
 しかし。
 銀髪の男はそんな彼女に同情も憐憫も抱くことはなく、ただ淡々と事実だけを述べる。
「結論から言うが。お前にはビートルを操縦させることも、搭乗を許可することも出来ない」
「!」
 カトレアの瞳が、軽く見開かれた。
「操縦そのものは私が教えるなりすれば何とかなるだろうが、これは動かす際に人間の生命エネルギーのような物を吸い上げるからな。お前が操縦した場合、下手をすると命に関わる」
「……それじゃあ、ユーゼスさんが操縦するのはいいんですか?」
「お前は基本的な生命力が常人に比べて弱いからな。消費して構わない『許容量』も、それに比例して小さくなってしまうのだ」
 普通なら言いにくいであろうことだが、ユーゼスは構わずに語り続ける。
「搭乗することを許可出来ないのも似たような理由だ。ジェットビートルは曲がりなりにも戦闘用の機体だからな、発進時や加速時の衝撃はかなりものになる。
 それで『万一のこと』が起きた場合、私に責任は持てん」
 そこまで言ったところで、ユーゼスはカトレアの表情が呆れと苦笑が混ざったようなものに変わっていることに気付いた。
「どうした? 納得が行かないのか?」
「……違います。多分断られるとは思ってましたけど、あんまりにもハッキリ言うものだからちょっと驚いちゃって」
「驚いただと?」
 どういう意味なのだろうか。
「だって、今まで私に『外に出れない』ってことを言った人たちはみんな遠回しな言い方をしてたのに、あなたは躊躇もしないで『出来ない』って言い切るんですもの」
 それがおかしくて、とカトレアは笑う。
 対するユーゼスは、目の前の女性が笑っている理由がいまいち理解出来ない。
「……よく分からないが。遠回しに言った方が良かったのか?」
「いいえ。むしろハッキリ言ってくれて感謝してます。回りくどく言われたりすると、中途半端に期待しちゃいますから」
 何かに疲れたような様子を見せるカトレア。
 しかし、それでもカトレアは笑みを絶やさなかった。
「でも……」
 だが軽く息をつくと、ふとその表情に憂いの色を混ぜながら遠くの景色を見つめ始める。
 これまでの生涯をずっとこの土地で過ごしてきた彼女にとっては、既に見慣れた……いや、見飽きたはずの景色であろうが、その目には一体どのように映っているのだろうか。
 と、その時。
「……やはり『銀の方舟』ね」
「む……」
「あら、母さま」
 ユーゼスもカトレアもお互いの会話に集中していてほとんど気付かなかったが、いつの間にかこの場にラ・ヴァリエール公爵夫人が現れていた。
 鋭くつり上がったキツめの目、桃色がかった長いブロンドの髪、鳶色の瞳、そして圧倒されそうな威圧感。……まさにルイズとエレオノールを外見的にも年齢的にも足したような女性である。
「どうなさったんですか? 主だった仕事はルイズや姉さまたちが来る前に片づけてましたから、てっきりお休みになっているかと思っていましたのに」
「休んでいる最中に、城の窓からこれが見えたのです」
 すぐさまカトレアは表情を『いつもの物』に戻して母親に語りかけ、ユーゼスも反射的に一歩を下がって頭を下げる。
 夫人の性格を『ルイズやエレオノールの拡大発展版』と当たりをつけたユーゼスが神経を逆撫でしないために取った、ある意味で処世術のような態度であった。
 だが公爵夫人はそんなユーゼスを見ると、少し厳しい口調で語りかけてくる。
「そこの平民」
「……私が何か」
 何故この家の女はそれぞれタイプは違えど、四人全員が自分に接触しようとするのだろう……などと思いつつ、ユーゼスは公爵夫人に答える。
「これはタルブにあった物ですね?」
「その通りです。『銀の方舟』という名前で保管されていました。公爵夫人におかれましては、過去にご覧になったことがあるとお伺いしておりますが」
「……ええ。懐かしい物です」
 言いつつ、ジェットビートルを眺める公爵夫人。
 オールド・オスマンやタルブ村の住人の話によると、ヴァリエール姉妹の母親であるこの公爵夫人は、かつてタルブに来訪してこれを実際に見たことがあるらしい。
 ユーゼスとしては機会があれば話でもしてみたかったのだが、夫人の第一印象からしてそれは難しそうだ、と諦めていた。
 しかし、まさか自分から来てくれるとは。
「……あなたがこれを持ち出したのですか?」
「はい。その場にはエレオノール様もおりましたので、詳しい話はそちらに伺えばよろしいかと」
「エレオノールが……?」
 夫人は娘の名前が出て来たことに多少驚きつつも、更にユーゼスに対して問いを重ねる。
「このような巨大な物をこの場所に置くに際して、公爵の許可は取っているのですか? もし無許可ならば……」
 今すぐ許可を取るか、もしくは別の場所に移動させなさい……と公爵夫人は言おうとしたが、それよりも先にユーゼスが言う。
「いえ、公爵の許可は取っています」
「……よく貰えましたね。予備知識のある私やオスマンならともかく、何も知らない人間がこのような得体の知れない物を城のすぐ近くに置くのは抵抗を感じると思いますが」
 あの人はそこまで度量が深かったかしら、などと首を傾げていると、銀髪の男からその辺りの詳しい説明が語られた。
「私もそう思って先日、公爵に話をしに書斎に行ったのですが、あの方は何やら忙しい様子で『ああ、分かった分かった』と許可をくださいました」
「そう言えば、父さまは最近ずっと書斎にこもりきりで何か調べ物をしていらっしゃるようですけど……何をしているんでしょう?」
 ユーゼスの言葉を聞いて、カトレアもまた疑問を口にする。
「……取りあえずあなたが気にすることではありません、カトレア。……まったく、『取りあえず見守っておけ』とあれほど言っておいたのに……」
 カトレアに答えつつ、額を押さえる公爵夫人。
 どうやら公爵の行動に心当たりがあるようだが、何だと言うのだろうか。
 しかし夫人は咳払いを一つすると、今度はユーゼスに対して命令を出した。
「顔を上げなさい、平民」
「は……」
 言われた通りに頭を上げ、顔を見せるユーゼス。
 公爵夫人は露わになった銀髪の男の顔をまじまじと見つめるが、やがて一つ溜息を吐いた。
「……似ていませんね」
「早川健のことを言っているのであれば、私と彼に血縁関係などは全くありませんが」
「!」
 ユーゼスの口から放たれた言葉に、公爵夫人は今度こそハッキリと驚いた様子を見せる。
 そして、やや落ち着かない様子で問いを投げかけてくる。
「…………あなたはケンのことを知っているのですか?」
「知人です。それほど親しい仲ではありませんでしたが」
「ほう」
 『あの男とその仲間たちに、かつて自分の野望を叩き潰されました』とはさすがに言えない。
「そう言えばオールド・オスマンから、彼が使っていた鞭を渡されていますが」
「何ですって?」
 いきなり公爵夫人の顔が険しくなった。
 はて、何か気に触ることを言っただろうか。
「……それは、オスマンから渡されたのですか?」
「? はい。『宝物庫の中で腐らせておくよりは、私が使った方が有意義だ』と言われまして」
「…………あのボケ爺、人の思い出の品を勝手に…………」
 何やらブツブツ呟く公爵夫人だったが、ユーゼスもカトレアもその詳しい内容は聞き取れなかった。
 ともあれ、ユーゼスは常に携行している鞭を取り出す。
 目の前に出されたそれを公爵夫人は実に懐かしそうにそれを見ていたが、ふと横にいるカトレアが声を上げた。
「あの、ユーゼスさん」
「どうなされました、ミス・フォンティーヌ?」
 いきなり敬語を使われて、しかも『ミス付きの名字』で呼ばれたのでカトレアの顔が不機嫌なものに変わるが、今は『母親の前』だということを思い出し、気を取り直して質問する。
「それって私にはロープにしか見えないんですけど、本当に鞭なんですか?」
「ロープのように使うこともありますが、基本的には鞭……の、はずです」
 セリフの最後に自信のなさが見て取れるが、何にせよこの鞭と新しく作った剣との組み合わせを考えなければならないため、オリハルコニウムの剣を抜きつつ鞭を振るうユーゼス。
「はあっ!」
 すると鞭は『ビュッ』と鋭い音を立てて数メートル離れた場所にある木に当たり、その枝に付いた葉を一、二、三、四、五、と叩き落とした。
「まあ、凄い」
 それを見ていたカトレアは感嘆しながら拍手を送り。
「……っ」
 そして公爵夫人は険しかった顔をもっと険しくさせて。
「全然、違う!!!」
 物凄い剣幕で、ユーゼスに怒鳴りつけた。
「む……」
 いきなり大声で『違う』と言われてしまったユーゼスは、やや困惑しつつもその言葉の意味を問いかける。
「違う、とは?」
「……鞭の持ち方、構え方、腕の振り方、スピード、威力、そして身のこなし! ある程度の違いがあるのは仕方がないにしても、何から何まで酷すぎる!! それでよくケンが使っていた鞭を使う気になれましたね!!?」
「はあ……」
 そんなことを言われても、この鞭は成り行きでオールド・オスマンから受け取ったのだから、仕方があるまい。
 それに自分が早川健に比べて身体能力が低いのは、嫌と言うほど自覚している。
 と、言うか……。
「……あんなメチャクチャな男と比較しないでいただきたいのですが」
「メチャクチャって……まあ、確かにメチャクチャでしたが……」
 ユーゼスも早川健のメチャクチャっぷりの全てを知っているわけではない。
 しかし、自分が知る限りのものを挙げてみると。
 鞭を振るって一瞬で大・中・小の三つのサイズの石球を空中に飛ばし、更に『飛ばした石が落下している最中に』鞭でそれぞれの石を削ってウルトラマンの形に加工、あまつさえそれを三段重ねにしてしまったり。
 不思議界が崩壊する時、宇宙刑事たちはそれぞれの専用マシンを使って脱出していたのに、ズバットだけ超空間に浮かんでいた鉄パイプに『自力で』鞭を巻きつけて脱出していたり。
 自分からはほとんど断片的にしか情報を与えていないのに、ガイアセイバーズの中であの男だけが『時間を越える方法』や『クロスゲート・パラダイム・システムの大まかな理論』まで言い当てていたり。
「……………」
 思い出せば思い出すほど、規格外な男であった。
 一方、公爵夫人も三十数年前に会ったあの黒髪の男のことを思い出していた。
 マンティコア隊の新任隊長として意気込んでいた自分の前に前触れもなくフラリと現れ、いきなりマンティコアを自分よりも上手く乗りこなしてプライドを砕かれたり。
 火竜山脈のドラゴンと一対一で戦い、苦戦しつつもそれに勝利してしまったり。
 若気の至りでエスターシュ卿の反乱を一人で鎮圧しに向かった時、一瞬だけ気が緩んだ際に助けてもらったり。
 オーク鬼に都市が襲われた際に、先陣を切って向かおうとしたら諌められたり。
 一緒にダンスを踊ったり。
 別れ際に互いの帽子を交換したり。

 ―――「おっと、お嬢さん。俺に惚れちゃあいけないぜ?」―――
 ―――「惚れません。大体、私には婚約者がいるんですからっ」―――
 ―――「おや、それは残念。口説こうかと思ったんだがね」―――

(……思い出したらイライラしてきたわ)
 別に……まあ、自分はあの男のことが、その、好き……というわけではなかった、と思う。うん、そのはずだ。向こうはどうだか知らないけれども。
 好きではなかったのだが、それにしたって、もっと、こう……ちょっとくらい優しくしてくれるとか、別れる時に名残惜しそうにしてくれても良かったのに。
 いや、今にして思えば、それも去り行く宿命にあったあの男なりの優しさだったような気もするが。
 しかし、それで割り切れないのが女という人種なのである。
 おかげで丸二日くらい部屋にこもって泣き腫らしたし。
 まあ、ともかく。
「……ケンとの比較は置いておくにしても、あなたのその技量と身体能力の低さは目に余ります。……鞭や剣の扱いは誰に習ったのです?」
「いえ、独学ですが」
 ピク、と公爵夫人の表情が強張る。
「…………つまり、あなたは見様見真似で今までその鞭や剣を振るってきたと?」
「その通りです」
 ピクピク、と公爵夫人の顔が震える。
「………………今後、誰か師匠を探したり修行をする予定は?」
「ありません」
 ユーゼスがそう言うと、公爵夫人は一気に無表情になった。
 どうかなされましたかとユーゼスが質問するよりも先に、公爵夫人の口が開かれる。
「三十分ほどこの場で待っていなさい」
「は?」
「あの、母さま?」
 ポツリとそう言うと、公爵夫人は城へと戻って行った。
 残されたユーゼスとカトレアは、揃って首を傾げる。
「……あの公爵夫人の態度は何なのだ?」
「うーん……私のこれまでの経験からすると、あの顔つきは『何かを決めた時』の顔でしたけど」
「……何を決めたと言うのだ」
「さあ?」
 ちなみに公爵夫人がいなくなったので、ユーゼスもカトレアに対する口調を元に戻していた。
 そして三十分後。
 魔法衛士隊の制服を着込み、幻獣マンティコアの刺繍がなされた黒いマントを羽織り、羽飾りの付いた帽子を被って、更に顔の下半分を鉄の仮面で覆った、完全武装の騎士がそこにいた。
「……?」
 いきなり正体不明の人物が現れたので、当然ユーゼスは警戒して身構える。
 そして隣にいるカトレアに離れるように言おうとした所で、彼女が呆気に取られたような表情をしていることに気付いた。
「どうした、カトレア」
「…………母さま」
「何だと?」
 ユーゼスが困惑の声を上げる。
 その直後に小型の竜巻が発生し、ユーゼスは吹き飛んだ。
 銀髪の男は瞬く間に二百メイルほどを『強制的に』飛翔させられ、軽く放物線を描いて落ちてくる。
「がっ!! ……ぐ、ぐぅ……っ、何を……?」
 たった今自分を吹き飛ばした竜巻が目の前の正体不明の騎士によるものだという程度は、ユーゼスにも分かる。
 しかし、自分が攻撃される理由がさっぱり分からない。
 いや、そもそもこの騎士は……。
「ちょ、ちょっとお待ちになってください、母さま! いきなりユーゼスさんを吹き飛ばすなんて、酷いじゃありませんか!」
(やはり、これは公爵夫人か)
 カトレアが『母さま』と呼んでいることからして、この騎士の正体は公爵夫人らしい。
 なるほど、マスクと帽子に隠れていて分かりにくくはあるが、よくよく目を凝らして見ればその眼光は公爵夫人のものだった。
 ユーゼスは痛む身体を何とか立たせ、騎士姿の公爵夫人に質問する。
「……公爵夫人、そのお姿は?」
「昔の服を引っ張り出しました」
 何とも簡潔な答えである。
(そう言えばオールド・オスマンが、『御主人様の母親はかつてのマンティコア隊の隊長だ』と言っていたな……)
 しかもあの老人の話によればこの女性はかつて『烈風』などと呼ばれ、今ユーゼスが持っている鞭の『本来の持ち主』とコンビを組むほどの実力の持ち主であるとか。
(……今更思い出しても、もう遅いかも知れんが……)
 道理で自分の動きの不満点をあれだけつらつらと並べ立てられるはずだ、と納得しつつ、更に激しく嫌な予感に襲われながらもユーゼスは問いを重ねる。
「それで……何をするつもりなのです?」
「あなたを鍛えます」
 ユーゼスは絶句した。
 そんな突然言われても、正直困る。
「か、母さま。それはあまりにも……」
 また、カトレアとしてもさすがにそれは聞き捨てならなかったようで、思わず制止が入った。
 母の苛烈さと実力は娘である彼女も十分すぎるほどによく知っており、そんな母に一対一で鍛えられなどすれば普通の人間はどうなるのかくらい、容易に想像がつくからだ。
「『あまりにも』? ……『あまりにも』と言うのであれば、この男の実力こそがあまりにも酷すぎます。基本も何も全くなっていない。それに見た所、基礎的な体力すら平均以下。
 ―――ええ、これは本当に鍛え甲斐がありそうだわ」
「普通の男の人ですら音を上げそうなのに、体力の無いユーゼスさんが母さまの訓練を受けたりしたら、死んでしまいます!」
「ならば所詮、それまでの男だったと言うだけの話です」
(何故、訓練をするかしないかの話が、いつの間にか生きるか死ぬかの話にまでなっているのだろう……)
 しかし、この女性がルイズとエレオノールの母親だということと、比較対象があの早川健だということを考えればそれにも納得が出来てしまうのが少し悲しい。
 と言うか、その訓練とやらを実際に受ける立場のはずの、自分の意見を聞く気は無いのだろうか。
「ユーゼス……とか言いましたね。さあ構えなさい。あなたがこのラ・ヴァリエールにいる間、この私が『ラ・ヴァリエール公爵夫人』としてではなく、ケン・ハヤカワの友人『カリーヌ・デジレ』として存分にあなたを鍛えて差し上げましょう」
 無さそうだった。
「……………」
 構えなかった場合には即座に先程のような風で吹き飛ばされそうだったので、ユーゼスはやや慌てつつも魔法防御用にデルフリンガーを構えようとする。
 だが。
「構えるのが遅い!!」
「ぐあっ!!?」
「ああっ、ユーゼスさん!」
 構えるよりも速く公爵夫人……カリーヌが放った風で吹き飛ばされてしまった。
(それにしても、私から『訓練を受けたことがない』と話を聞いて、すぐさまこのように行動に移すとは……)
 ユーゼスはカトレアのことを『ヴァリエールの中で異質』と評したが、実は一つだけカトレアも含めたヴァリエールの女性全員に共通している事柄を見つけてもいた。
 『思い立ったらすぐ実行』。
 その実行のカタチはそれぞれ異なっているが、このスタンスだけは良くも悪くも同じだ、と言い切ることが出来る。
(……大元はこの公爵夫人なのだろうか)
 そんな感想を抱きつつ、ユーゼスは舞い上げられた空から落下していくのだった。


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