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ゼロの花嫁-20 B


三百騎は走る。走る。走る。
幾たびも陣を飛び越え、軍を切り裂き、悲鳴と断末魔を纏いながら。
魔法をまともにくらい、馬から転げ落ちたアルビオン兵は、地面に叩き付けられるなり飛びあがる。
血走った目のまま、トドメを刺さんと近寄って来た兵の首元に喰らいつき、首回りの筋肉ごと咬み千切る。
後ろから槍で突かれ、深々と胴体に刺さったそれを片腕を振り下ろしてヘシ折り、
同じく横から槍で突きかかってきた男に飛びかかる。
槍で脇腹を抉られながら、敵の口と目に指を突き入れ、全力で握り締める。
同時に四方から槍を突き刺されるが、手の力はいささかも衰えず、
くぐもった悲鳴をあげ敵が倒れるのと同時に、男は力尽き倒れた。
ほっと、皆が一息ついた直後、男はがばっと立ち上がる。
全身から垂れ下がる槍を引きずりながら数歩歩いた後、男は再び倒れ、二度と起き上がる事は無かった。
歩み寄られた兵は、蒼白になりながら尻餅をつく。
「何だよこれ! こんなの聞いてねえぞ! こんなバケモノ相手なんてやってられっかよ!」
又、別所で同様に落馬した兵は、自らをも巻き込んだ炎を放ち、
全身を炎で包みながら更に斬りかかり、都合六人を巻き込んで絶命した。
戦場に正気を持ち込むなどそれこそ正気の沙汰ではない。
が、そんな戦場にあっても更に異質であるこの狂乱は、
長きに渡って裏切りに耐え続けてきたアルビオン兵の魂の叫びなのだろう。
男達は、戦場故と無理矢理納得してきた理不尽、不条理に、全身全霊を持って抗う。
理不尽な敗北も、不条理な死も、我等のみに下る裁可ではないぞと言わんばかりに。

最前衛を走るウェールズは緊張に身を硬くする。
上空彼方より飛来する飛竜部隊を目にしたからだ。
これに対する術をウェールズ達は持ち合わせていない。
ただ耐えに耐えて敵陣に斬り込み、敵味方入り乱れた状況を作る他無いのだ。
「任せて!」
馬列の中ごろから一騎が前へと走り出てくる。
その姿を認めたルイズがこの場に合わぬすっとんきょうな声を上げる。
「キュルケ!? アンタまで来てたの!」
「来ちゃ悪いみたいな言い方ね! アンタへの文句は地獄でありったけ聞かせてあげるから今はすっこんでなさい!」
杖を翳して詠唱を始める。
重苦しい言の葉の数々と、額に汗するキュルケの様子から並々ならぬ術であるとわかる。

「爆炎!」

キュルケの澄んだ声が響くと、見上げる空一杯に炎が広がった。

竜騎士達は隊列を組み、暴徒としか形容しようのないアルビオン軍へ急降下攻撃を敢行する。
そんな彼らの眼前に、突如炎の壁が出現したのだ。
慌てて竜を操る手綱を引く者は最悪の結果を迎えた。
減速した状態で炎の中に飛び込み、全身を炎に包まれ落下する。
勇気を持って加速を行った者は、それでもキュルケの爆炎の魔手から逃れる事は出来なかった。
炎の壁はすぐに突き抜けたが、極端に酸素が失われた大気を吸い込んでしまった彼らは、
胸を襲う苦しみに耐え切れずやはり竜から転げ落ちた。
後方に位置していた為、辛うじて回避が間に合った数騎のみが空を飛びまわるが、見下ろす惨状に目を覆う。
アルビオンが誇る竜騎士が、ほんの一瞬で二十騎以上失われたのだ。
数十メイルにも及ぶだろう炎の壁、こんなものを作り出す魔法など聞いた事も無い。
竜騎士隊の隊長は、それでもと再度の突撃を命じる。
これほど規模の大きい魔法を連発など出来るものかと。
儀式や魔法の道具を用いて行ったと考えるのなら、確かに隊長の判断も正しかっただろう。
しかしこれはキュルケがただ一人で、詠唱のみを頼りに行った魔法である。
五度の突撃に失敗し、多大な損害を出した所で竜騎士隊副隊長は撤退を決意する。
隊長は怯える部下達を叱咤する為三度目の突入に参加し、とうに落竜していた。

「アンタいつの間にこんな大技使えるようになってたのよ!」
ルイズがぼろぼろ落ちてくる竜騎士達を見ながら怒鳴ると、
キュルケはぬぐってもぬぐっても垂れてくる汗に辟易しながら答える。

「何時までも貴女が一番何て思わない事ね!」
「言ってなさい! すぐに突き放してやるわ!」
「はっ! あの世までだって追い掛け回してやるわよっ!」
二人の会話に合わせるように、後方から急を知らせる馬が駆け寄って来る。
そんな馬と並ぶように上から声が響いて来た。
蹄鉄が大地を蹴る音は、それ以外の音を全て消し去る程の音量であったが、
確かに、その声はルイズとキュルケに届いたのだ。

「北西へ!」

二人が同時に見上げると、後方上空に見慣れすぎたあのバカヤロウが居た。
敵中をただ一騎のみで突き抜けてきたのだろう。
美しさすら漂わせていた竜の体はそこかしこに魔法傷やら矢傷を負っている。
それでも威容は失われず、雄々しき姿を、シルフィード、風の精の名に相応しい優美さを失わず、
何より目立つアルビオンの旗を掲げながらルイズ達の真上を飛び抜ける。

「北西へ! 敵本陣からずれてる! 私が先導するからついて来て!」

小さい体から、ありったけを振り絞って叫ぶのは、最後の仲間、タバサであった。
「は、はははははははっ! 何よタバサ! 貴女まで来ちゃったの!」
キュルケは笑いが止まらなくなった模様。聞こえるはずもない呼びかけをしながら笑い転げる。
狂騒の中にあっても、アルビオン兵達がこの旗を見失うはずがない。
兵達は更なる歓喜に包まれ、タバサとシルフィードに従い進路を変える。
ルイズはウェールズの側に馬を寄せる。
「殿下! 露払いは我等にお任せを!」
「わかった! ははっ! 全く君達は何処まで我等を奮い立たせてくれるというんだ!」
「無論! 敵大将を討ち取るまでですわ!」
軽やかに宣言し馬を進めると、真横に燦の馬が並ぶ。
「魔法は私が叩き落す! タバサちゃんの魔法と後ろからの風の魔法があれば、連中の飛び道具はほとんど通じん!」
すぐにキュルケも横に並ぶ。
「距離が詰まったら私が一気に大穴空けるからルイズはそこに突っ込みなさい!」
上空にタバサ、その真下を燦が駆け、すぐ後ろにルイズとキュルケが並ぶ。

何という興奮、何という感動か。
死すら恐れぬ勇猛果敢な戦士達が、タバサが掲げる旗に従い後に続いてくれる。
眼下にはそうありたいと心から願った、共に死ぬ事を無上の喜びと出来る友が居る。
四人が先導し、敵陣を切り裂く刃となる。
皆の顔が良く見える。
ルイズも、キュルケも、サンも、皆が歓喜に包まれている。
笑顔に自信などないが、それでも今自分が彼女達と同じように笑っていると確信出来る。
母には申し訳ないとも思う。
だが、全身を貫く興奮を、彼女達と共にあれる喜びを、誤魔化す事など出来ようか。
今自分は、人生において最高の時を過ごしている。
心の底から沸き起こる衝動に任せ、タバサもまた声を張り上げた。

「うぅあああああああああああっ!」



ロングビルは城内の全ての人間が船に乗ったのを確認する為、最後の点呼を行う。
青髪の少女、タバサの姿が見えないとの事だったが、

最後まで残っていた女性がタバサが竜に乗って飛び立つのを見ていた為、これは無視する事にした。
不意にロングビルの裾が引かれる。
「ん?」
ロングビルの腰までしかない身長の少女が、半泣きになりながら服にすがりついていた。
「……ぐすっ、お姉ちゃんが……お姉ちゃん何処?」
充分に確認はさせたはず。背筋に寒いものを感じながらロングビルは少女の両腋を掴んで勢い良く持ち上げる。
「誰か! この子の姉を知らない! 一緒に連れて来てる人は居ないの!」
ロングビルと共に、城中を駈けずり回っていた女性達もロングビルの側に集まって来る。
恰幅のよい女性はこの子に見覚えがあるらしく、ロングビルから少女を受け取ると宥めながら事情を聞いている。
神経質そうに見える痩せぎすの女性は、険しい表情のまま少女の姉の名を叫ぶも、何処からも返答は無い。
ロングビルの目算では外の軍もそろそろ攻城の準備が整うはずである。
中がすっからかんだと気付いた瞬間、連中は恐ろしい勢いで雪崩れ込んで来るだろう。
それまでに、痕跡すら残さずこの城を発たねばならない。
突然、ロングビルの脇を駆け抜ける影があった。
船から飛び降り、後ろも見ずに彼女は叫ぶ。
「ロングビル! その子は私が探す! 間に合わなければ出航しろ! お前ならばそのタイミングが計れるはずだ!」
そう言って走り去っていくのはアニエスであった。
血相変えてロングビルは怒鳴る。
「バカ! 戻りなさい! もうとっくに時間切れなんだってば!」
共に城を駆け回った女性達も、とうに時間切れである事は承知している。
連れ戻そうと勢いこむロングビルの腕を、恰幅のよい女性が掴んで止める。
「……我慢して、お願い」
ロングビルは振り向くと、女性に向かって両手を広げる。
自身の顔がひきつっているのにも気付かない。
「裏切って騙した後は見捨てろって!? あの子は親友なのよ! 私の大切な友達なの! もう嫌よ!
 大好きな人を裏切るなんてもう耐えられない! 私は! もう二度とあの子を裏切るような真似したくないの!」
絶叫して女性の手を振りほどくと、桟橋すら使わず船から飛び降り、魔法の力で空を飛ぶ。

アニエスは城内を駆ける。
心なしか青ざめた顔色は、任務の致命的なまでの失敗によるものだ。
ウェールズ殿下からの密書が、今何処にあるのか全くわからなくなってしまった。
ルイズが密書を受け取ったとは聞いていたが、それを以後どうしたのかがわからない。
突入前にルイズが燃やしたのか否か。あのバカはそれすら明らかにせず突っ込んでしまった。
最悪の場合、密書を手にしたまま戦いに赴き、捕えられて敵の手に渡ってしまう可能性もある。
何という失態。捜査部に配属になって以来、最悪のミスをよりにもよってこのような場面でしてしまうとは。
このままではとてもではないがワルド様に合わせる顔が無い。
そんな焦りが、アニエス程の戦士の判断をも狂わせていた。
悔恨の念に苛まれながら走るアニエスの後ろから、鋭く風を切る音が聞こえた。
何事かと振り返ると、すぐそこに、ロングビルの顔があった。
魔法で空を飛びながら、勢いを殺す事すらせずアニエスに飛びついたロングビル。
二人は重なりあったままごろごろと廊下を転がる。
ようやく止まったと顔を上げかけたアニエスの眼前に、ロングビルのくしゃくしゃに歪んだ顔があった。
「バカッ! バカバカバカバカバカッ! 何でこんな事するのよ! 貴女まで死んじゃうじゃない!」
普段の冷静なロングビルの姿からはとても想像出来ない、駄々っ子のようにアニエスの胸を叩き続けるロングビル。
「お、おい……」
「うっさいバカッ! 船はもう行っちゃったわよ! どうしてくれるのよ! 私も一緒に死んじゃうじゃないっ!」
色々聞きたい事もあるが、とりあえずは、とばかりにアニエスはロングビルの両の頬を優しく両手で包み込む。
「まずは落ち着け。それで……その、なんだ……私の上からどいてくれるとありがたいんだが……」
仰向けに倒れるアニエスの上に、のしかかるようにロングビルが倒れこんでいるのだ。
「し、知らないわよそんなのっ!」
とか言いつつぴょこんとアニエスの上から飛びのいて座り込むロングビル。
体勢の恥ずかしさに気付き、ちょっと照れてるらしい。
何と言ったものか困りながら身を起こすアニエス。
「えっと、だな。ロングビル。船は行ってしまったんだな」
「……そうよ」
「ならば、何とか城から脱出しないとまずいな」

「……うん」
「ではこうしていても仕方あるまい。戦況を確認してこよう」
「…………」
立ち上がりかけるアニエスの手をロングビルが引いて止める。
「ロングビル?」
「……聞いて、欲しい事が、あるの……」
今にも敵兵が城壁を乗り越えて来るかもしれない。
そんな最中でありながら、ロングビルはぽつりぽつりと語り出す。
その真剣な表情にアニエスも抗議の言葉を飲み込む。
ロングビルは、自らの生まれと、今までにやってきた悪事を、
そしてアニエスを隠れて盗賊を行って来た事、今ここに居る理由を一つずつアニエスに語って聞かせた。

しんと静まり返った城内。
全てを語り終えたロングビルは、恐ろしくて顔も見れないのか俯いたままである。
アニエスは真顔のまま口を開く。
「ふむ、私にはそもそも友人と呼べる存在はあまり居なかったが……
 それでも、盗賊の友人を持っているというのは珍しいと、思う」
先と同じように、両頬を手で包み込み、俯いたロングビルの顔を上げさせる。
「まずは生き残ろう。先の事はそれからでも遅くはあるまい。何心配はいらん、
 私とお前の二人ならば大抵の問題は解決出来るだろうからな」
ロングビルの手を引いて立ち上がると、二人は並んで城の外に向かう。
途中、ぽつりとアニエスが呟いた。
「……すまん。任務に失敗し、何とか失点を取り戻そうと冷静さを欠いていた。
 そのせいでまたお前を危険に巻き込む事になってしまった……」
ロングビルはおずおずと訊ねる。
「怒って……ないの?」
「正直に言うと何と答えたものか困っている。ただ、確かな事は一つある。私にはそれで充分だと思えた」
「確かな事?」
アニエスは振り返り、細い目を更に細くして答えた。
「お前は私の友だという事だ」
最早何も言わずにアニエスの首根っこに抱きつくロングビル。
「こ、こらっ。危ないだろう」
「うるさいっ、貴女はかっこつけすぎなのっ」
「人の事が言えるか。まったく、私の後を追って船から降りるなど正気を疑うぞロングビル」
ロングビルはアニエスの前にずいっと顔を寄せる。
「マ・チ・ル・ダ」
苦笑しながらアニエスは言い直す。
「マチルダ、だな。ほら、いつまでも遊んでないで、残った一人を探し出すぞ」



傭兵達を主とする前衛の軍は、真っ二つに引き裂かれ、アルビオン軍の突破を許してしまう。
たかが三百相手にあまりに脆すぎるが、それは決して彼等が弱卒であるからではない。
長きに渡って戦い続け、ようやく城にまで追い詰めたのだ。
たくさんの兵が倒れる中、何とかかんとかここまで生き残って来た。
後は攻城戦を残すのみ。それも消化試合のようなもので、勝利は目前であったのだ。
手柄を立てた報奨金も勝利した軍に居なければ得られない。
考えてみればヒドイ話だ。命を賭けて戦っても、勝利した陣営に属さねば褒美は受け取れないのだから。
もっとも負けた陣営に居たものはその大半が死んでしまうので、褒章だのなんだの言っても意味が無いのだろうが。
ともかく、首の皮を剣が掠めるような戦場を幾つも乗り越えここまで辿り着いた彼等に、

最後の最後でまた命を賭けろというのは難しい話である。
誰が勝利が決まっている戦いでわざわざ死ぬような真似をするというのか。
そんな彼等に、死兵と化したアルビオン兵が襲い掛かったのだ。
どうしてこれを止められよう。
空には竜騎士も戦艦も居る。
これらを頼めばそれだけで決着がつくだろうと少しでも考えてしまえば、もう生死の一線には踏み込めない。
しかし前衛が突破された後も、竜騎士は謎の魔法に倒され、戦艦もまた移動速度の速さに砲撃を加えられずにいる。
前衛の後ろに控えていた反乱軍主力の指揮官は、
かくなる上は数にて押しつぶすべしと槍衾を掲げ、メイジを並べて彼等を迎え撃つ。
土煙が見え、槍を構える兵達は生唾を飲み込む。
槍の後ろに並ぶメイジ達と共に居た指揮官は、その姿を見た時、自らの浅慮を悟った。

『おおおおおおおおおおっ!!』

まるで地の底からわきあがるような深い雄叫びと共に、
人と言わず馬といわず、全てを返り血に塗れさせた魔人の群れが襲い掛かって来た。
全ての兵が眦を限界までひり上げ、犬歯をむき出しにし、血と臓物に塗れた武器を振りかざす。
こんなものが、槍襖ごときで止まるはずがない。
慌てて魔法の一斉射撃を命じると、メイジ達も全く同じ感想を抱いていたのか、
これで止まってくれと祈るように魔法を放つ。
それと同時に先頭を走る集団を守るように、激しい暴風が吹き荒れる。
風の守りを突きぬけ魔法が効果を発揮したのか、
それすら確認出来ぬ凶悪な風と砂埃の中、メイジ達は闇雲に魔法を放ち続ける。
それ以外、この恐怖から逃れる術は無いのだから。
メイジ達が聞いたのは、一際大きな蹄の音、そして、自らを切り裂く剣の金切り音であった。
一足飛びに槍襖を飛び越え、槍兵達には目もくれず後ろのメイジ達を斬り殺す。
詠唱の間をも惜しみ、魔法すら使わず全て武器にて打ち砕く。
アルビオン軍がそのまま後ろの兵達に襲い掛かると、反乱軍の兵達は恐慌状態に陥ってしまい、
逃げる者や前に進む者が入り乱れて大混乱を引き起こす。
アルビオン兵達は、まるで雑草を刈り取るかのように無造作に、次々と反乱兵達を斬り倒していく。
倒れた兵士達の目は恐怖に怯え、驚愕に見開かれたままであった。
そんな中でも、やはり突破しきれず落馬するアルビオン兵も居た。
しかし落馬した彼らはやはり狂戦士のままであり、血に飢えた獣のように道連れを欲する。
彼等の常軌を逸した蛮勇が、反乱軍に更なる混乱を呼び起こす。
指揮官達が包囲の指示を下すも、そう動けるのは一部のみで、各隊の連携も取れぬままにただただ蹂躙されていく。
それでも兵には疲労があり、限界がある。そう盲信して部下に死ねと命じ続ける。
こんな馬鹿げた事があってたまるか、そう何度も口ずさみながら。



アニエスとマチルダの二人が城の窓から外を伺うと、かなり遠くからだが鬨の声が聞こえてきた。
「やばいっ! もう動き出してる!」
「き、来たっ!」
マチルダが声を上げるのと同時に、すぐ近くから声が聞こえた。
窓から体を乗り出して隣を見ると、どうやら逃げ遅れたらしい少女が同じく窓からこちらを覗きこんでいた。
「アンタああああああああ! 何やってんのよこんな所でえええええええ!」
思わず怒鳴りつけてしまうと、少女は首をすくめて言い訳を始める。
「ご、ごめんなさいっ! でも、私、その、何処に行っていいのかわかんなくて……」
恐らくあちらこちらとうろちょろしてたせいで、城内探索の目にも止まらなかったのだろう。不運にも程がある。
何より不運なのは、彼女の年が十四五才に見える事。
もっと小さければもしかしたら見逃してもらえるかもしれない。
しかしこの年で女性となると、そんな楽観的な見方はとても出来ない。

最初に突っ込んでくるだろう兵達の慰み者以外の未来が見えない。
いや、まあ、実際の所アニエスとマチルダの未来もそれっぽいのだが。
「あー! もうっ! とりあえず一度連中追い返すっきゃないじゃない!」
鬨の声は徐々に近づいて来ている。
マチルダはその速度の遅さから、攻城兵器を伴っていると当たりをつける。
実はマチルダさん、反乱軍の鎧を一着用意してあったのだ。
これを着て敵に紛れて脱出という作戦を考えていたのだが、今のままだと二着程足りない。
アニエスを伴い、大急ぎで城壁上へと駆け上がる。
矢穴から外をのぞきこむと、思わず声を上げてしまった。
「うっひゃー、空城攻めるのにどんだけ気合入ってんのよこいつ等」
文句を垂れながら得意の魔法を唱えるマチルダ。
「撃ち漏らしは私が……やるしか無いか。第一陣だけでも何とかしない事にはどうしようもないな」
「は、はいっ。頑張りますっ」
アニエスは後ろから聞こえてきた声の主へと振り返る。
先程合流した逃げ遅れた少女であった。
「……何故お前がここに居る?」
「えっ!? だ、だって一人じゃ心細いじゃないですかぁ……」
「知るか! ここはいいから城の中で二三週間ぐらい隠れられる場所でも探して来い!」
「ひゃ、ひゃーいっ!」
緊張感があるんだか無いんだかわからない悲鳴と共に城壁を駆け下りていく少女。
そんな馬鹿をやってる間にマチルダの術が完成する。
身の丈三十メイルの巨大ゴーレムは、これ程の規模の戦争においても、存分に存在感を発揮する。
城壁の高さが十メイル程なのだから、さにあらんやである。
勢い余って城下町をぼこぼこにしながら、城壁へと擦り寄ってくる攻城兵器を次々踏み潰し、蹴り飛ばしていく。
しかし如何に巨大ゴーレムといえど、城壁全てを守れるほどの規模ではない。
鈍重なゴーレムの手の届かない場所に、巨大なはしごをかけて城壁を昇らんとする敵兵達。
アニエスは慌ててその場に駆けつけると、鉄のつっかい棒ではしごを思いっきり前へと突き出す。
城壁によりかかる事でバランスを保っていたはしごは、後方へと揺らされ、真後ろにばたーんと倒れてしまう。
十メイルの長さの梯子であり、そこに人が乗っても充分耐えうる強度を持っているのだ。
そんなとんでもない重さのものを、たった一人で押し倒すなど並の労苦ではない。
鍛えぬいたアニエスをして、ただの一回で腕の中に鉛でも仕込んだような疲労に襲われる。
「こ、これは……流石に厳しすぎやしないか」
とか言っている暇も無い。
すぐに次の梯子が別の場所にかけられている為、急いでそちらへと向かう。
そんなアニエスの視界に、思わぬ物が入ってきた。
「何? あれは……」

遠眼鏡でハヴィランド宮殿の様子を探っていたミスタ・グラモンは、その体勢のまま壁を力の限り殴りつける。
すぐ隣でエレオノールが切羽詰った様子で問いかけてきている。
「ど、どうなんですの! 城はまだ無事なのですか!」
「……攻城兵器が向かっているというのに、城側に反撃する気配がまるで無い。
 こちらからは正門が見えませんが、事によっては既に破られているのかもしれません……」
「ど、どういう事ですか! わ、私にもわかるように説明なさい!」
「第一陣の攻城攻撃は既に行われており、その結果城壁の一部が破られている可能性があるという事です。
 念を入れる為に後続の攻城部隊を前進させておくのは初歩の判断ですし」
「そ、それでは中に居るルイズは!」
「……最早、手遅れ、かと……」
城から出たアルビオン決死隊が突撃を敢行しているのはミスタ・グラモン達も把握している。
まさかそこにルイズが居るなどと夢にも思っていないだけだ。
「そんな寝言を聞くためにわざわざこんな所まで来たのではありません! すぐに発進なさい!

 ルイズを助ける為に私達は来たのでしょう!」
ヒステリーを起こしかけるエレオノールに、野太く、重みのある怒声がたたき返される。
「貴女まで失うわけにはまいりません!」
たおやかな外見に似合わぬミスタ・グラモンの大声に怯みかけるが、エレオノールもここは決して引けぬ場面である。
「私の命などどうでもよろしい! ルイズを! あの子を救わずしておめおめトリスタニアになど戻れますか!」
突然エレオノールの口の前にミスタ・グラモンが手を翳す。
失礼極まりない行為だが、遠眼鏡を覗く彼の反論を許さぬ強い表情が、エレオノールの怒りを押し留める。
「……ゴーレムだ! 良しっ! 城の防御はまだ生きているぞ!」
「え? え? え? それはどういう……」
エレオノールの言葉には答えず、艦内全てに伝わる伝声管に向かって叫ぶ。
「ロンディニウムの城、ハヴィランド宮殿はまだ生きている!
 これより我等は城中庭に強行着陸し、ルイズ・フランソワーズを救出する! 総員覚悟を決めろ!」
反乱軍の戦艦は丸々健在の中、強襲揚陸艦一隻で戦場へと乗り込もうというのに、部下達は威勢の良い歓声を上げる。
急速浮上をかけ、身を隠していた森の中から浮き上がると、反乱軍の戦艦もそれに気づいたのか、
かなりの遠間ではあるが風の魔法で所属を確認して来た。
こうなったらハッタリでも何でも突き通すしかない。
ミスタ・グラモンは毅然とした態度で言い放つ。
「我等はトリステイン軍だ! ハヴィランド宮殿にはトリステインの貴族が残っている! ただちに攻撃を止めろ!
 あの方に傷の一つでもついててみろ! トリステインの総力を挙げ貴様等を叩き潰してくれる!」
連中も寝耳に水であろう。向こうからの返信が来ない間にも艦はハヴィランド宮殿へと突き進んでいる。
『待て! トリステインだと!? そんな話は聞いていないぞ!』
「我が言葉を疑うか! 旗も見えぬとは何処の田舎兵だ! 官姓名を名乗れ!」
『しょ、少々お待ちを! 今司令に確認します故!』
ぼそぼそっとエレオノールが問う。
「……もしかしてこれで攻撃止まったりするものですの?」
「そんな訳ありません。嘘をついたつもりはありませんが、ただの時間稼ぎにしかなりませんよ」
傲慢不遜を地で行くエレオノールも、
眼下に広がる五万の大軍を相手にトリステインの爵位が通用すると思う程、世間知らずでも無かった模様。
それにこの艦に乗ってからというもの、どうにも調子が狂ってしまっている。
原因は間違いなく、隣に立つ食事の時からは想像もつかない程に凛々しく、
雄々しいミスタ・グラモンのせいであるとは思うのだが。
艦橋に立ち、城壁付近の戦況に目を凝らすミスタ・グラモンは、アルビオン側の対応のまずさに歯噛みする。
「何故ゴーレム単騎なのだっ! 他に兵は居ないというのか!? あれでは防ぎきれんぞ!」

戦艦の姿を認めゴーレムを動かそうとするマチルダを、アニエスが大声で止める。
「よせ! あれはトリステインの船だ!」
「トリステイン!? 何だって連中がここに居るのよ!」
「ワルド様のご配慮かもしれん! 間違っても落とすなよ!」
ロクに減速もせぬまま城の中庭目掛けて突っ込んでくる艦は、寸前で急減速をしかけ、
浮力とのバランスを取りながら芸術的といえるほどの見事な着陸を見せた。
すぐに中から一人の男が飛び出し、城壁上へと向かうのが見えた。
アニエスはともかく事情を聞かねばと艦の側に走り寄ると、艦上からおよそ戦には似つかわしく無い、
高貴な装束に身を纏った気の強そうな女性が現れた。
「誰か! 誰かある! ルイズ・フランソワーズの所在を知るものはおらぬか!
 我はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールなるぞ!」
名乗りを上げた後、すぐに彼女もアニエスに気付く。
「そこの貴女! ルイズ・フランソワーズが何処に居るか……」
アニエスは駆け寄りながら大声を張り上げる。
「ルイズ・フランソワーズですと! 彼女なら突撃に参加し今は城の外です!」
ようやく側まで辿り着いたアニエスは、一息つく間もなくエレオノールに両肩を掴まれる。

「外ですって! 何故ヴァリエール家の息女にそのような真似を!」
「誰よりも先に飛び出したのは彼女ですよ!
 突撃部隊はまだ残っているようですが、彼女がどうなったかまでは……」
へなへなと力なく崩れ落ちるエレオノール。
ミスタ・グラモンから、外に飛び出した決死隊達はどう局面が転がろうと全滅は免れぬと聞かされていたのだ。
艦からは兵達が次々飛び降りて来て、アニエスの話を聞くと、皆が一斉に城壁上へと向かって行く。
ルイズ捜索の為に用意していた彼等だったが、
ルイズがこの場に居ないとなると次は城を守るのが自分達の役目だと誰もがわかっているのだろう。

艦が止まるのも待たず飛び出したミスタ・グラモンは、魔法で空を飛びあっと言う間に城壁上に辿り着く。
「やはり……守備隊は貴女一人でしたか……」
マチルダは思わぬ乱入者に、まともに対応している程余裕が無かった。
「アンタ誰よ! 何しに来たの!」
気を取り直したミスタ・グラモンは、一声だけ返すと詠唱を開始する。
「手伝います! 私はトリステインの者です!」
もっと詳しい話を聞かせろと文句を言いかけたマチルダの口が止まる。
マチルダの操るゴーレムから少し離れた所に、もう一体、全長二十五メイル程、
マチルダのそれより一回り小さいだけの巨大なゴーレムが現れたからだ。
「あ、あんたもしかしてゴーレム使い?」
ミスタ・グラモンは微笑を返した。
「アルビオンにこれほどの術者が居るとは知りませんでした。中央より西側は私が、東側をお願いします!」
すぐにミスタ・グラモンの部下達も城壁上に上がって来て、ロクに打ち合わせもせぬまま城の守備任務に就く。
二箇所程、既に敵兵が昇りかけていた場所があったが、あっと言う間に制圧して取り戻す。
あまりの手際の良さにマチルダは感嘆の声をあげた。
「へぇ、何だかわかんないけど、ちょっとはマシになって来たじゃない」
あくまでマシになって来た程度で、これから敵もこちらの体制に合わせた攻撃を仕掛けてくるとなると、
対処しきれるかどうか。
船が一隻手に入ったのだ。これで逃げる手もあるにはあるが、今下手に引いては、
出港準備を整える前に船に乗り込まれてしまう。
今はとにかく敵の攻撃を凌ぎきり、一呼吸が空く間まで堪えるしかないのだ。



遂に主力部隊の後ろが見えて来た。
狂気に満たされた部隊の中で、まともに展開が読めるのは現在、戦争経験も豊富なウェールズのみである。
ともすれば狂騒に巻き込まれてしまいがちな自身を叱咤し、
この類稀な攻撃力を誇る部隊を、何としてでもクロムウェルに叩き付けてやらなければならない。
先頭を突っ走る四人組みにそれを頼む事も出来ない。
宴会の時に聞いた話はとても信じがたい事であるが、彼女達はこれが初陣であるはずなのだから。
実際所々に戦争慣れした者なら決してやらないような所作も見られる。
竜騎士はもう接近して来なくなったが、それで覚悟が決まったのか、
敵も地上部隊のみで止めてやると大挙して押し寄せてくる。
これらを貫き、ようやく主力部隊を抜ける所まで来たのだが、この先が難関だ。
ここから敵本陣までの間に、戦艦の砲撃を幾度となく受けるだろう。
こちらがスピードを落としたら、あっと言う間に袋叩きになる。
しかし自身が乗る馬を見下ろして見ると、最早限界が近い事がわかる。
ウェールズの乗る名馬ですらこうなのだ。他の馬達はよりヒドイ有様であろう。
凄まじい轟音が轟く。
キュルケが爆炎の魔法で、敵陣のケツに大穴をぶち空けたのだ。
その先にクロムウェルの本陣を見つけた兵達は、我先にと大穴に飛び込む。
悩んでいても仕方が無いとウェールズも続き、敵兵の居ない大地を一直線に駆け抜ける。
案の定、遠慮呵責の無い砲撃に曝される。

しかし、兵達の頼もしさはどうだ。
死の砲弾があちらこちらに降り注ぐ中、誰も彼もが怯えの欠片も見せず渦中へと飛び込んでいくではないか。
見ろ、我等の先に待ち受ける反乱軍共の顔を。
本陣にある最強の近衛であるはずの彼らの、恐怖に怯えるあの様を。
先頭を走る兵士に馬を寄せ、ウェールズは突入直後の策を命ずる。
一万の兵を相手にしては、如何に悪鬼の兵達とて抜けきれるとは思えぬ。
ならば最後の最後で、狂気のみではないアルビオン軍の強靭さを知らしめてやるまでだ。



ハヴィランド宮殿城壁上での戦いは続く。
早速対策を打ってきたのか、反乱軍は同じく巨大なゴーレムを二体前面に押し出して来た。
大きさは二十メイル弱、軍の主力としては申し分ない大きさだが、
マチルダ、ミスタ・グラモンのそれと比べると一回り以上小さい。
しかし連中はそれで充分なのだ。
二体のゴーレムを使い、こちらのゴーレムを抑えてしまえばそれだけで城は堕ちたも同然。
マチルダはもう一人のゴーレム使いに対策を問う。
「貴方もゴーレム使いなら! 敵にゴーレムが来た時のやり方はわかるわね!」
ミスタ・グラモンは不敵に笑い返す。
「武門の誉、グラモン家の者にそれは愚問です! 二体抑えられますか!?」
「やってやるわよ!」
迫り来るゴーレムに、マチルダ操るゴーレムが駆け寄っていく。
これがどれ程至難な技か。敵側でゴーレムを操るメイジ達が驚きに目を見張る。
両手をバランス良く振りながら、両足を過不足無い量振り上げる。
ゴーレムの過重は人のそれと大きく異なる。骨格が無いのだから当然であろう。
下手な過重移動を繰り返した日には、あっと言う間にゴーレムは崩れ去ってしまうのだ。
しかるにマチルダは、ゴーレムをまるで人が動き回るように精密に操る。
その匠の技に、ミスタ・グラモンからも感嘆の声が漏れる程だ。
勢い良く駆け寄ったマチルダのゴーレムは、そのままの勢いを殺さず、敵ゴーレムの一体に体当たりを食らわせた。
土砂がそこらに撒き散らされ、地響きと共に一体が大地に倒れ臥す。
残った一体がマチルダゴーレムの方を向くと、両腕を振り上げ取り押さえにかかる。
これをマチルダは正面から受け止め、より大きな自身の体重で押しつぶさんとのしかかる。
ずしゅずしゅという奇妙な音と共に、のしかかられたゴーレムの胴体がひしゃげだす。
しかしそれを潰しきる前に、先程倒したゴーレムが起き上がり、マチルダのゴーレムに後ろから抱きついてくる。
これで二体による挟み撃ちとなり、完全にマチルダのゴーレムは動きを封じられ、
今度は逆にマチルダのゴーレムの方が全身から悲鳴を上げ出す。
「ばーかっ」
同時に、完全にフリーになっていたミスタ・グラモンのゴーレムが、のっしのっしと歩を進めていた。
目指す先は敵ゴーレム使い。
しかし、彼らも良くわかっているのか兵達に囲まれ、かなり後方からゴーレムを操っている。
辿り着くまでは随分かかりそうである。
「充分なんですよ、ここまで来ればねっ!」
ミスタ・グラモンのゴーレムの、右手が不自然に盛り上がる。
そして何と、手の上にもう一つ丸い土の塊が出来たではないか。
いやこれは土ではない。明らかにより高い硬度であろう、艶やかな光沢を放っていた。
ミスタ・グラモンはその手に持った巨大な金属の塊を、えいやっとばかりに放り投げる。
ゴーレムに物を投げさせるのは、かなり昔からある手法である。
何せ質量がデカイので、攻城や時に戦艦への攻撃にすら用いられる事もある。
だが、微細なコントロールは術者の力量に寄る所が大きいので、対人用として用いられる事はあまり無い。
しかるに、ミスタ・グラモンのゴーレムが放った塊は、
放物線を描き吸い込まれるようにメイジ達の頭上に落下した。
直後、マチルダのゴーレムを取り押さえる二体が二体共土くれに戻ったのは、見事命中した証であろう。

「やるじゃない! もう少し時間かかると思ってたわよ!」
「そんな余裕ありませんからね。さあ、第一陣も大詰めですよ! 次は連中形振り構わず来ますから!」
何とかゴーレムを撃退したが、すぐに次の攻撃が押し寄せる。
山ほどの攻城兵器と、津波かと思われる程の兵の群れが、一度に城壁へと詰め掛けて来たのだ。
如何に二体のゴーレムとてこれら全てを防ぎきる事など出来はしない。
城壁上で石を落としたり、油を流したりしているミスタ・グラモンの部下達も、
あっちもこっちもとエライ騒ぎになっている。
ゴーレムを相手にしていた時の比ではない。
マチルダもミスタ・グラモンも、押し寄せる敵を前に対応のみに追われてしまう。
だからこそ、攻め手が意図的に仕掛けた視覚の盲点を突かれてしまった。
マチルダとミスタ・グラモンのゴーレムを出来る限り端に引き寄せ、
両翼から梯子隊を用いて間断なく攻め立てる。
誰もがそれぞれの役割を果たすのに必死な中、
他の兵士達に隠れるように正門へと達した攻城槌を引きずってきた男達は、
勝機はここにありと正門めがけて攻城槌を叩き込む。
魔法を併用した攻城槌の轟音は戦場中全てに響き渡る程で、
皆がそれとすぐに気付いたが、対応出来る者など一人として居なかった。
四度の打撃音の後、遂に正門がこじ開けられてしまう。
城壁を頼りとするからこそこの数でも何とかなっているのだ。
中からも押し寄せて来られては、退路すら失い個別に倒されるのみ。
どうせもう開かんとばかりに、ロングビルは魔法で正門前に山ほどの土砂を積んでおいたのだが、
僅かな時間稼ぎにしかならなかった。
薄く開かれた正門に、再度攻城槌を叩き込むと、人が三人程並んで入れる程の隙間が出来る。
反乱軍は今度は我等の番とばかりに正門へと殺到するが、正門を抜けてすぐの所に待ち構えていた影達に阻まれる。

「ここから先は通さないっ! 見よ! これぞ対ルイズ用の秘策!」

そこには、白銀の完全鎧を纏った美々しき騎士が整然と並んでいた。
攻城戦に当たる兵は皆、汗と汚れに塗れているのが常であるのに、
かの騎士達にはほんの僅かな隙すら見られず、無機質に侵入者達を見つめている。

「ゴーレム百体だあああああああ!」

薔薇の意匠を凝らした杖を持ち、ひ弱げな容貌を精一杯強面にせんと敵兵達を睨みつけているのは、
ギーシュ・ド・グラモンであった。
ギーシュの声に合わせ、槍を構えた青銅のゴーレムが一斉に突きかかる。
最初に乗り込んだ男達は、何と思う間もなく串刺しになる。
何せ百体がかりである。後から後から入ってくる兵達も次々と餌食になり、屍の山を築く。
中に何が待ち構えているかも知れない敵軍の城に一番乗りしようという猛者達だ、
そんな無数の槍すら飛び越えゴーレムに一撃をくれる勇者も居たが、
急所の無いゴーレムをただの一撃で破壊するのは至難の業。
また、後方に居て槍の届かないゴーレムは、正門前に向け味方の頭を越すように槍を投げつける。
失われた武器は、敵に刺さり抜けなくなった槍は、ギーシュがすぐに再生させて次の攻撃を行う。
こんな近接した状態で投擲武器など正気の沙汰ではないが、
よしんば味方に当たったとしても所詮はゴーレム。痛くも痒くも無い。
さしものギーシュも、百体分の動き全てを細部までコントロールするのは不可能である。
だが、十対を一塊とし、十個のグループとして動きを操るのならば、何度も何度も試行錯誤を繰り返し、
動きの精度を上げてきた青銅のゴーレムならば、ギーシュにも百体を操る事が出来るのだ。
何とかせねばと城壁上から飛び降りようとしていたミスタ・グラモンは歓喜の声を張り上げる。
「ギーシュ! ギーシュ! お前も来ていたのか!
 そうか……優しいだけの子だと思っていたが……お前にもグラモン家の血は流れていたか!」
か細げな印象が強かった弟は、兄の動きを察し、我も戦場へと戦艦に潜んでいたのだろう。
そんな蛮勇が、正門奥で見事に仕事をこなすゴーレム使いの技術が、
百体を操り尚意気軒昂なその様が、兄の目に眩しく映る。

「良くやった! そこは任せるぞギーシュ!」
次々襲い来る敵に声を出す余裕も無いのだろう。ギーシュは兄に向かい、口の端を上げるだけで応えた。



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