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ゼロの花嫁-20 A


ゼロの花嫁20話「ロンディニウム攻防戦」



明るい話題からは数万メイル程かけ離れた場所であったアルビオン王都ロンディニウムのハヴィランド宮殿は、
信じられぬタイミングでの客人に湧き上がる。
現在の実質的指導者であるウェールズ皇太子が誇らしげに紹介すると、今は宴会場となっている謁見の間で、
ルイズ達一行はもみくちゃにされんばかりの勢いで歓迎された。
城の外は敵だらけと聞いていたルイズ達はあまりの陽気さに拍子抜けするも、
ウェールズがこの期に及んで夜襲をかけられる程ロンディニウムに兵は居ない、と言うと納得したのか一緒になって飲み始めた。
まだ夕暮れ時だというのに、誰も彼もエライ勢いで飲んでいる。
完全に巻き込まれたキュルケ、タバサ、燦をさておき、ルイズはこそこそと宴会場から抜け出す。
同じく気配すら消して宴会場から逃げ出してきたウェールズと、入り口を出てすぐの所でばったり出くわし、二人で苦笑する。
「参ったね、ここまでの騒ぎは予想外だったよ」
「まさか反乱軍も、城でこんなバカ騒ぎしてるとは夢にも思わないでしょうね」
そんな二人の側を給仕が両手一杯の皿を抱えて走り抜ける。
戦場に出られない者達は、兵達に英気を養ってもらおうとありったけで彼等をもてなしているのだ。
額に汗してお盆を運ぶ女性を微笑で見送り、ルイズはウェールズに案内され彼の自室へと向かう。
ウェールズの部屋は王家のそれとはとても思えぬ程質素であったが、そんな印象を顔に出さぬ程度にはルイズも自制が効く。
そこで初めてルイズは、アンリエッタからの手紙をウェールズに渡した。
手紙に目を通すウェールズ。その表情を、ルイズは忘れられないと思った。
とても一言では言い表せぬ、それでいて、一点の曇りもなく美しいと断言出来る。
俗世から外れ天に召された気高き魂、現世の生き物では触れる事すら適わぬ超常の存在。
自らの身の穢れを思い出し、同じ空気を吸う事すら畏れ多いと思えてしまう。
そんな触れ得ぬ存在に見えたウェールズが、ふとこちらの生き物に戻る。
「……幸せにおなり」
誰にともなく呟いた後、隠してあった手紙の束を取り出しルイズに渡す。
「事情はわかった。君にはこれをお願いするから、どうかよろしく頼む」
ルイズは深々と頭を下げる。
「確かに、承りました」
ルイズが部屋を辞しても、ウェールズは部屋に残ったままであった。

ルイズにもウェールズとアンリエッタがどのような関係であったのか、推察する事は出来た。
対反乱軍との戦争が絶望的である事も理解している。
それでも、と思ってしまうのは、まだルイズが年若いせいであろうか。
敵陣を確認しようと、宴会場ではなく城壁そばまで向かう。
女子供はそのほとんどが宴会の準備に取り掛かり、男手もまた宴会を楽しんでいるため、
城壁そばには僅かに見張りが数人残るのみ。
今まで激戦の最中を生き残ってきたのだろう、ならば最後ぐらいは充分に楽しんでもらいたい。
そう思ったルイズは見張りを代わろうと内の一人に声をかけた。
「代わるわよ、中で楽しんでらっしゃい」
「いえ、お構いなく……」
二人共、ぴたりと全ての挙動が停止する。
ルイズは失礼だのなんだのを全て忘れ、見張りが目深に被っていたフードを跳ね上げる。
そこには、学院でさんざ見慣れたミス・ロングビルの姿があった。
大口開けたまま硬直するロングビル。
トリステインに居るはずのルイズが、何をどうしたらこんな場所で声をかけてくるのか、どうやったって理解出来るはずもない。
ルイズもルイズで予想外すぎたのか僅かに反応が遅れるも、ぎこちない引きつった顔で問いかける。
「……何してんのアンタ?」
気が動転してるのだろう。ロングビルは立場も忘れ、素直に答える。

「み、見張り」
「そう、頑張ってね」
「ええ」
言葉だけ聞くと普通の会話に聞こえるが、実際はルイズがロングビルの後ろ襟をひっつかんでずるずると引きずりながらである。
連れて行かれた先は地獄と良くわかっているが、素手で自身最強のゴーレムを粉砕するルイズを相手に、
ロングビルは恐怖に硬直する以外術が無かった。

城の一室、誰も入って来なさそうな倉庫の一つに入ると、ルイズはロングビルを部屋の奥へと放り投げる。
「で、今度は何企んでるのよ」
「たたたたた企むなんて人聞きの悪い。わ、私は母国の危機と聞いて馳せ参じただけで……」
「ふーん、私に寝言とは相変わらず良い度胸よね。
 両手足引き千切ってもまだ口はきけるでしょうから、その時改めてもう一度聞くわ」
ルイズがすらりと剣を抜くと、大慌てで反論するロングビル。
「むむむむ無理よそんなの! 死ぬってば絶対!」
「今は無理して話さなくてもいいわよ。聞くのは貴女から四肢が失われてからって言ったでしょ」
「ちょ、ちょっと待って! わかった! 言うからその剣引っ込めて!」
「だから別に話さなくても……」
「話させてちょうだい! お願いだから!」
剣をロングビルの肩口に当てた位置で静止させる。
「ふん、まあいいわ。言ってみなさい」
長年様々な人種を見てきたロングビルは、このバカは洒落でも脅しでもなく平気でこの手の拷問かましてくると、確信していた。
『例え王家の牢獄にぶちこまれても、今コイツとやりあうよりは生き残る可能性は高いわ……
 ああんっ! もうっ! 何がどうなってんのよ一体!』
ロングビルは正直に火事場泥棒で王家の宝を盗むつもりであったと白状する。
氷点下すぎるルイズの視線に、ロングビルは生きた心地がしない。
「……私も正直に言うわね。実は私、貴女に生きていられるととても面倒なのよ。
 だからこの場で斬り捨てたい所なんだけど、貴女のゴーレムはきっとアルビオンの戦力になるとも思うのよね」
タバサの母に身代わりの術を使っているので、
身代わり元であるロングビルが元気にそこらを飛びまわっていては迷惑この上ないのである。
「でね、とりあえず今貴女に頼みたい事は、ロングビルの名は二度と使って欲しくないって事かしら。
 後トリステインに足を踏み入れるような真似も絶対に許せないわねぇ」
「は、はいっ! しません! 名前は……えっと、とりあえずマチルダとでも……」
てんぱっているせいか、ついぽろっと本名を漏らしてしまうロングビル。
死をも恐れぬ彼女であるが、人外の化生相手では有り余る勇気も品切れを起こすらしい。
「ん。じゃあマチルダ、貴女に命じるわ。
 戦闘が始ったらウェールズ皇太子の側に張り付いて、何としてでもあの方を救い出しなさい」
ルイズは瞬速で剣を鞘に収め、代わりにゆっくりと手を伸ばし、ロングビルの頬に触れる。
「戦が終わって皇太子様がご無事であったなら、もう二度と私は貴女を敵とみなさないわ。出来るかしら?」

同じ人間とはとても思えない。圧倒的な自信と、それを裏付ける始祖すら凌駕するのではと思える実力。
子供じみた気配はなりを潜め、そばに居るだけで息苦しくなる程の威圧感が取って代わる。
この小娘の正体は実はエルフなのではなかろうか。そう言われても、まるで違和感を覚えない。
肌に触れられた時、電流が走ったかのように全身を怖気が貫く。
人の身では決して触れえぬ神秘、もしくは人の身のままでは決して触れえぬ魔性の類を思わせる。
ロングビルの人生はコレと関わった瞬間から、好むと好まざるとに関わらず、
決して逃れえぬ運命に飲み込まれてしまったのではとすら思えてしまう。

無言で何度も頷くロングビルに、ルイズは満足そうに部屋を後にする。
後に残されたロングビルはしばらく硬直したままであったが、不意に真後ろにころんと転がり、天井を見上げる。
「……本当にアレ学院に居たルイズなの? まるっきり別人じゃない……

 悪魔に魂でも売り渡したんじゃないでしょうね……」

まだ混乱したままの頭で、ふらふらと通路を歩くロングビル。
ふと我に返って、下腹部に濡れが無いのを確認してほっと息をつく。
まずは落ち着く事。そして次に奴がここに来た目的を探り……
そこまで考えた所で、曲がり角の先に居た人物と目が合ってしまった。
「…………」
「…………」
端麗な容姿と鋭い眼光、たゆまぬ訓練で引き締まった体をきびきびと操るは、
もう何年も会っていないようにも思える旧友、アニエス・ミランであった。
『なんじゃこりゃあああああああああああああ!』
思わず頭の中で絶叫してしまう。意味がわからないじゃなくて、何もかもがわからない。
『いや、待って。落ち着きなさい私。だってここアルビオンの城よ?
 危険が一杯というかもう死ぬしかないって連中しか居ないはずよね。
 そんな所にルイズやらアニエスやらが居るはずもないし、つまりこれは夢よ。
 もう最悪、こんな想像だにしないような悪夢勘弁してちょうだい。
 私はこれから山ほど修羅場を潜り抜けなきゃならないんだから、夢ならもっと優しげなのにして欲しいわ。
 ああもう、既に見ちゃった分は大目に見るから、さっさと覚めるなり次の夢に移るなりしてちょうだい。
 流石の私もリアクションなんて出来っこないじゃないコレ』
一瞬アニエスの瞳が揺れたが反応はそれだけで、アニエスはロングビルなど知らぬとばかりに、すたすたと隣をすり抜ける。
『おっし! やっぱりコレ夢! でもなきゃアニエスが私を無視するなんてありえないし!
 あっぶなぁ、もうこんなトンデモな夢見るなんて私もヤキが……』
「……武器倉庫で待つ」
通りすがりにぼそっと告げたアニエスの言葉が、全ては夢なんかではなかったと教えてくれた。

人気の全く無い武器倉庫。
逃げる事も出来ず、ロングビルは恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。
入るなり、アニエスは嬉しそうな顔でロングビルの両肩を掴んで来た。
「はははっ、久しぶりだなロングビル。まさかこんな所で会うとは思ってもみなかったぞ」
物凄い上機嫌である。ロングビルが学園で盗みを働いた事は既に知られているはずなのにこの反応は予想外だ。
「え、ええ……本当、思ってもみなかったわ、うん」
これだけは心底本音である。
アニエスは納得顔でうんうんと頷いている。
「そうだろう、そうだろう。よくよく考えてみればロングビルがオールドオスマンの愛人をやってるなどおかしいと思ったのだ。
 いや私も最初に聞いた時はまさかと思ったからな」
「へ?」
「オールドオスマン子飼いの密偵、なんだろう? いやいや皆まで言わなくていい。
 だが、私に出来る事があれば言ってくれ。私の任務を話す事は出来ないが、お前に協力するぐらいの余裕は作ってみせるぞ」
「へ? へ?」
つまり、アニエスはロングビルが盗みをやった事など知らず、オールドオスマンの愛人をやっているとしか聞いていないのだ。
それが何故かこんな危険な場所に居る。それもルイズがここに居る事と合わせて考えれば合点が行く。
ロングビルは愛人という名のオールドオスマン子飼いの密偵であるのだと。
愛人として家を与えてあれば、大抵の者は家に居ると思うであろうから。
アニエスは力強くロングビルの肩を叩く。
「お互い危険な任務だ。だが、私達二人が揃えば為し得ぬ事などありはしない。一緒に頑張ろう」
「あ、はい、うん。頑張ろう」
言いたいだけ言ってアニエスは部屋を出て行ってしまった。

後に残されたロングビルはぽかーんと口を開けたまま、何度も何度も頬をつねって、これは全て夢であれと神に祈るのであった。



宴会場で、突如燦の怒声が鳴り響く。
「なんなんそれ! そんなん卑怯じゃ!」
一緒になって話をしていた貴族が、やんわりと燦を嗜める。
「戦の常だ。最早それを追求する術も失われたし、かといってここに残った事に後悔も無い」
「何で! 何でそんな静かにしてられるん!? 裏切り者がおったんじゃろ! そんなん絶対許せんて!」
今まで如何に戦って来たかを聞いていた燦が、あまりに酷い裏切りの連続に激昂したのだ。
困った顔で燦を見つめる貴族に、燦は余りの悔しさに涙を溢す。
「ヒドイ……そんなヒドイ話無い……ずっと王様に仕えて来た仲間なのに……
 そんな筋の通らん外道が生き残って、何でみんなが死ななならんの……」
しんと静まり返った宴会場の中、老貴族が燦の肩をぽんと叩く。
「ありがとうなお嬢ちゃん。ワシらの為に、泣いてくれてるんじゃろ。
 でもな、ワシらはもう涙も枯れ果てたでな。後は胸を張って死ぬだけじゃて」
老貴族にすがりつく燦。
「でもっ! でもそんなんおかしい!」
「いいんじゃ。そんな薄汚い世界で、ここまで残った者達の誠意と勇気を称えてはくれんか」
ぐしぐしと顔をこする燦を、歩み寄って来たキュルケが抱きとめ、杯を上げる。
「誇り高き真の勇者達に」
一斉に歓声があがり、宴会場は元の喧騒を取り戻す。
キュルケに連れられ、宴会場の外れで水をもらっている燦を見ながら老貴族は呟く。
「ふむ、やはりあれは卑怯で許しがたい行為であったのだな。
 あまりに当然のごとく行われるもんで、てっきり普通にある事かと思っておったぞ」
燦と話をしていた貴族は苦笑する。
「いやはや、久しぶりに清々しい正論を聞けましたね。どうやら他所ではまだまだ正義が通用するようで、安堵いたしました」
にやっと笑う老貴族。
「であるな。ははっ、これならば我等の死に様も無駄にはならんじゃろうて」
「最後の晩にそう確信出来るとは、我等の運もまだまだ捨てたものではありませんな」
皆が皆、同じような想いを抱いていたのだろう。
場を乱した燦に対する戦士達の視線は、暗闇の中に一筋走る光明を見るように、優しき希望に満ちたものであった。



宴は夜更けまで続いたが、ルイズ達は一足早くあてがわれた部屋へと戻った。
贅沢な話であるが、ルイズ達には三部屋与えられ、ルイズと燦、キュルケとタバサ、そしてアニエスの三グループに分かれて休む。
総攻撃は恐らく翌日の昼前頃であろう。
降伏勧告の期限がそうであるから、そこは間違いあるまい。
女子供を逃がす為の船も既に準備済みで、ルイズ達はこれに乗って脱出する手はずになっていた。
ルイズと燦は、それぞれのベッドに横になりながら眠るまでの僅かの間に言葉を交わす。
「ねえルイズちゃん……私、戦争てどんなものなのか、ここに来るまであまりわかってなかった……」
「そうね……」
「ルイズちゃんは? 戦争がこんなヒドイ事だって知ってたん?」
それには答えず、ルイズは燦の側から顔が見えなくなるようにころんと寝転がる。
「……もう寝なさい。明日は忙しくなるわよ」
「うん」
素直に頷いた燦もまた、布団を頭から被って横になる。
ルイズは胸の中がざわめくせいで、とても眠れそうにない自身の体に言い聞かせるように呟いた。

「私だって素人同然なんだから、戦争がどんなものかなんて知る訳無いでしょ……」



地平線の彼方から、僅かに太陽が顔を出し始めた頃、城壁の上へと至る階段を昇る影があった。
見張りが見咎めると、彼女はにこやかに笑いながら答えた。
「私、下降りる」
「は?」
言うが早いか、城壁の上端に持ってきたロープをくくりつけ、外側にむかって垂らす。
「んじゃ、行ってくる」
「は、はあ」
ひらりと降りるかと思いきや、案外苦戦しながらえっちらおっちらと下まで降りていく。
実際城壁の高さは十メイルを優に越す。これをロープのみを頼りに降りるのは骨の折れる作業だろう。
何とか地面にまで辿り着くと、そこからは城下町が広がっている。
茶色の髪を靡かせた少女、瀬戸燦は多分こっちだろと適当に城前から続く大通りを外へと向かう。
城壁上が何やら騒々しくなっているが、燦は気にもかけずにすたすたと歩いていく。
不意に背負っていたデルフリンガーが声を上げる。
「ちょ、ちょっと待て。お前さんどうする気なんだよ」
「わからん」
「わからんて……いや、意味がわかんないのはこっちだって」
「戦争だとか、貴族がどうとか、私には全然わからん。だからわかる事だけやる」
デルフリンガーが次の言葉を発する前に、後ろから声が聞こえた。
「にしたって、限度ってあると思うけどね」
振り返った燦の目の前には、主、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの姿があった。
そのまま二人は言葉も無く見つめ合う。
人気の無い大通り、彼方から降り注ぐ日の光はか細く二人を照らしている。
出会ったばかりの頃と比べると、一回りも二回りも大きく見える姿、
にも関わらずピンク色の透き通るような髪や白磁のような肌の美しさは損なわれていない。
陽光が控えめに染める容貌は、美の女神の寵愛を一身に受けている証。
こうして面と向かっているだけで可憐さのあまり吸い込まれてしまいそうになる。
しかし燦がルイズに惹かれるのはそんな外見の事ではない。
数多の苦難を前に、怯えず恐れず、決して折れる事の無い誇り高き精神。
その気高き生き方が燦を魅了してやまないのだ。
だから燦は、何一つ言葉にせずとも、ルイズに全てが伝わっていると信じた。
信頼の証は心の奥底から湧き上がる燦の微笑。
ルイズがその美々しい相貌を崩し、笑い返してきてくれたのがとても嬉しかった。

二人は並んで大通りを外へと歩く。
「この時間だからって事でも無いんでしょうけど、これだけの街に人っ子一人居ないっていうのは不思議な気分ね」
「そうじゃねぇ、でも私達で一人占めしてるって気がして、ちょっと嬉しいかも」
「ぷっ、それいいわね。じゃあそこの噴水は私がもらうわ」
「あははっ、じゃあ私はそこのおーっきな門もらうでー」
街全体を覆う、城壁の半分程の高さの壁をくぐると、丈の低い薄茶色の草がぽつんぽつんと点在するだけの荒野に出る。
そこから先の光景は圧巻であった。
足こそ止まらなかったものの、二人共が揃ってぽかんと口をあけてしまう。
「……これは……いやはや、想像以上ね」
「うっわぁ、よくもまあこんなに集めたもんじゃねぇ」
背の高い立ち木も少ない荒野が続くが、二人の目からは荒野の限りが良く見える。
地平線に至る随分と前ではあるが、限りの位置は距離にして5リーグ程。
稜線は銀色に輝き、ざわめくように小刻みに揺れて見える。
燦はぐるっと首を回して端を見極めようとする。とても一目で見きれるものではない。
5リーグ近く離れているというのに、一部の漏れも無くぎっしりと街を取り囲んでいる兵士達が手にする武器が、

朝日を浴びて銀色に輝いているのだった。
どちらを見ても人ばかり。高低差の関係で布陣する兵達の奥の方までは見えないが、
更に奥にもまた人が幾重にも連なっているのだろう。
さしもの燦も呆気に取られている。
「これ……どんくらいおるん?」
「五万だって聞いたわね」
正直、数を言われてもぴんと来ない。
「五万ってどれくらいなん?」
「そりゃ……うーん、とりあえず私が見た印象だと……ごまーんって感じかしら」
「ああっ、うんっ、確かにごまーんって感じじゃ」
二人は顔を見合わせて笑い出す。
もう何がおかしいのかも自分でわかっていないのだろうが、
体の底から湧き上がる笑いの衝動を堪えきれず、お腹を押さえ、てくてくと歩を進めながら。

一方、まるで状況を理解出来ないのが反乱軍である。
人影が街から現れ、一体何事かと見てみれば少女が二人、徒歩にて近寄ってくる。
その二人は戦時中だというのに、年頃の少女らしいかしましさで笑いあいながら、
先陣である部隊のど真ん中に向かってくるのだ。
いぶかしげにしつつも、指揮官の一人が馬に跨り少女達の下へと進み出る。
先陣は傭兵部隊が主だ。戦闘前でいきりたっている中にこんな少女達が近寄っては危ないどころの話ではなくなる。
部隊の人間達が見守る中、指揮官は二人の前で馬を止める。
「一体何の真似だ? 使者ならばその旨伝える旗を掲げるなりするのが作法だろう」
ルイズは部隊との距離を目測で測った後、不敵に笑いながら腕を組む。
「サン」
燦は心得たとばかりに大きく息を吸い込んだ。

「裏切りだなんだとド汚い手ばっか使いよって! おどれらどいつもこいつも気に食わんのじゃ!
 じゃきに! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとその使い魔瀬戸燦がケンカしに来てやったで!
 当たるを幸い叩っ斬っちゃるから腹括ってかかってこんかいっ!」

戦争だから裏切りは当然だとか、貴族による合議制の正しさだとか、
王に尽くす忠義のあり方だとか、殺し合いの中ではどのような事が常識であるのかだとか、そんな事は燦にはわからない。
わからないが、信頼に応えた人間が死に、裏切った者が生き残るなぞ、燦には心底納得出来なかったのだ。
それはルイズも全く同感であり、また、直接接したウェールズの誇り高き立派な態度は、ルイズを動かすに充分であったのだ。
燦の雄叫びと共に、ルイズは先行してきた馬上の指揮官に飛びかかり、抜きざまの一刀で切り倒すと馬を奪い取る。
「行くわよサン!」
「うんっ!」
燦も馬に飛び乗ると、二人は一個の弾丸となって、反乱軍五万の只中に斬りこんで行った。

呆気に取られている間も無い。
先頭の男達は、馬から飛び降りながらルイズが放つ蹴りに文字通り跳ね飛ばされ、数メイル後方まですっ飛んでいく。
同時に飛び降りた燦は、戦場に似つかわしい勇壮なメロディーを口ずさみながら周囲の敵をばったばったと打ち倒していく。
ようやくこれが敵の襲撃であると理解した反乱軍は、手に手に武器を持ち二人を取り囲む。
しかし、英雄の詩により人外の力を手にしたルイズは、まるで葦を凪ぐように蹴り、殴り、一度に五人もの敵を屠っていく。
燦もまたルイズの侵攻速度に遅れておらず、ルイズが切り開いた血路を歌いながら駆け抜ける。
槍襖がルイズの前に築かれるも、一足で容易く飛び越え、構えた男達を両手の裏拳で跳ね飛ばす。
数メイルの距離を人が飛ぶのだ。彼等がそんな強力に耐えうる肉体なぞ備えているはずもなく、
腕が飛び足が飛び、千切れた胴はそこらに臓物を撒き散らす。
燦に向かって突き出される槍の穂先を、体を捻ってかわしつつデルフリンガーを振るうと、ただの一撃で屈強な傭兵が地に堕ちる。
この期に及んでも燦は、峰打ちにより殺人を拒み続けていた。

訓練のおかげか、歌いながらにして殺到する敵兵を次々屠る燦の動きもまた、人の域を大きく超える俊敏さと力強さをもっていた。
だが、それもまた程度問題であり、戦慣れしている傭兵達を相手にいつまでも続けられるものではない。
まるで津波のように押し寄せてくる敵兵達に、燦が打ち倒す速度が追いつかなくなっていく。
常時多対一を続ける燦は、真後ろから迫る敵を察する事が出来る程感覚が鋭敏になっていたが、
ガンダールブと燦の力を持ってしても体の動きが追いつかなくなってくる。
必死の形相で、ほんの僅かでも剣速を上げようと振り上げた剣。
峰を使わなかったのは間に合わないから、それだけの理由だ。
燦の肩に敵兵が噴出す血しぶきが降りかかる。
ほんの一瞬、ふりかかった液体に動きを止めるも、今の燦にそんな余裕は与えられていない。
次は右前、次は左、更に上に跳んで頭部を斬りつつ敵兵を踏み台に大きく飛びあがって槍襖をかわし、着地前に三人を斬り捨てる。
既に物を考える余裕すら失われた燦は、ただこの殺意の雨に如何に立ち向かうかしか頭に無くなっていた。



早朝、皇太子ウェールズは慌てふためく兵に起こされる。
要を得ない兵の言葉に、ともかく現場へ向かうべしと城を出て、城壁上へと足を運ぶ。
そこで彼は信じられない物を目にする。
城下町の更に先、包囲が完成して以来、最早突破は不可能と思われた敵の前衛が大きく崩れているではないか。
すぐに視線は混乱の中心と思われる戦場に向けられる。
まるで巣に群がる蟻のようだ、そう最初に感じた。
包囲網の中心に位置し、先陣をきるべく備えていたであろう敵部隊のど真ん中で、
時折この距離からでもわかるぐらい人が跳ね跳んでいる。
人の波が混乱の只中に殺到する、その隙間隙間に見える大地は、薄茶色のそれではなく、
黒く濁った色をしており、その場の異質さをより強調してくれる。
少し考えて気付く。
あの黒は大地の色にあらず。人の成れの果てであると。
あれだけの大地を黒に染めつくす死体の数、十や二十では効くまい。
百か、二百か、それを、まさか、あの中心に居るたった二人がやったというのか。
前衛の布陣が乱れる程の時間、ああして戦い続けていたというのか。
遠眼鏡で確認したその姿は、トリステインからの客人、ルイズ・フランソワーズとその使い魔燦に間違いない。
使い魔が手練なのは知っていたが、あの主人ルイズ・フランソワーズの豪勇はどうだ。
彼女の周囲に居た敵兵達は、まるで空を飛ぶ竜の巨体に跳ね飛ばされているかのようではないか。
オーク鬼ですらあのような真似は出来まい。いや、あんな真似が出来る存在が、この世に居たという事がそもそも信じがたい。
あまりに非現実的すぎる光景に、ウェールズは騒ぎを聞いて駆けつけた部下達同様、ただ見入る事しか出来なかった。

キュルケとタバサは知らせを聞き、血相変えて城壁上へと向かう。
まさか、という気持ちと、やっぱり、という気持ちが入り混じったまま階段を駆け上ると、
キュルケはその先にあった光景に仰け反ってしまう。
十メイルを越す高さであるにも関わらず、視界いっぱいに広がる敵反乱軍の陣容。
五万という数を頭の中ではわかっていたが、こうして眼前におかれて初めてキュルケは理解する。
無数の人の塊が、城の周りに幾つも点在している。
誰もがきらきらと輝いて見えるのは、手にした武器や鎧のきらめきであろう。
そんな銀色に、大地の半ば以上が埋め尽くされている。
あれだけの数を集めながら戦えぬ女子供は一人として存在せず、全てが武器を手にした必殺の意思を持つ者達。
統一された意思の元、ただひたすらに敵を倒すべく、それだけの為に存在している集団。
あの群集の中にあっては、個人の意思など存在する事すら許されず一瞬で踏み潰されてしまうだろう、そんな圧倒的な質量。
ちらと目をやると、遠すぎて区別がつかないが、確かにその一角に乱れに乱れた陣容が見られる。
「……何……やってんのよ……。こんなの……どうこう出来るわけないじゃない……」
そこにルイズ達が居る。そう聞かされている。
しかし、ルイズ達の圧倒的なまでの戦力を知っているキュルケですらわかる。

個人の武が、この絶望的な景色を覆すなぞありえない。
そこにたかだかアルビオン軍三百人を加えたとて結果は一緒だ。
大海に砂粒を落とすような行為だ。
ルイズ達の奮戦を目にしながらも、キュルケはそう結論づけざるをえない。
城壁上から見える反乱軍五万の陣容は、笑えるぐらいに、どうしようもない存在であった。

不意に、アルビオンの兵が雄叫びを上げる。
声も枯れよとばかりに張り上げた叫びは、次第に感染していき、城壁上の兵達全てに伝播する。
そう、アルビオン三百の兵は全て城壁上に上がり、この夢まぼろしのような光景に見入っていたのだ。
勇むでなし、脅すでもなし。雄叫びに目的など無い。
ただ体の奥底から湧き上がる衝動を堪えきれず、喉を介してこの世に解き放つのみ。
この時彼等兵達の心は、襲いくる敵兵達の殺意に負けじと気勢を上げるルイズ、燦と完全な同一化を成し遂げる。
遠眼鏡でなくば姿すら定かではないルイズが周囲を薙ぎ払い、天空目掛けて絶叫を迸らせる。
それは聞こえるはずの無い声。
しかし、その響きは男達の魂をも揺さぶる。

「うおああああああああああああああっ!!」

それは返礼。城壁上からの勇士達の声に、ルイズは全身全霊を持って応えたのだ。
ほんの僅かばかり冷静さを残していたウェールズは、ロクに音も聞き取れなくなる大絶叫の最中、周囲を見渡し人を探す。
二人見つけた。
ルイズと共に来た青い髪の少女、
そして、これだけの興奮に包まれながらもウェールズ同様鋭い視線で周囲を探っている緑髪の女性。
より大人な緑髪の女性の手を取り、ウェールズは縋るように、いきり立つ競走馬のように猛り狂いながら言う。
「後を頼む!」
「え? ちょ、ちょっとまさかアンタ……」
ウェールズは剣を抜き、高々と天へと掲げる。

「我に続け! あの勇者を見捨てるなぞアルビオン人の名折れぞ!」

一際大きな歓声と共に、城壁を駆け下り馬に飛び乗るアルビオン兵達。
キュルケは震えながら彼等の迷い無い動きに慌てふためく。
「ね、ねえタバサ! 何なの! 一体何するつもりなのよ!」
タバサは苦々しく眉根に皺を寄せる。
「……彼等も後を追うつもり」
縋りつくようにタバサの両肩を掴むキュルケ。
「何でよ! こんなの勝てるわけないじゃない! みんな死ぬわよ! 一人残らず殺し尽くされるわよっ!」
「それが彼らの望み。剣で斬られ、槍で貫かれ、魔法でズタズタに切り裂かれる為に彼等は戦場に向かう」
「そんなのおかしいじゃない! 何で死ぬのが恐くないのよ! 何で……」
がたがた震えながら、彼方を見やるとルイズが暴れる戦場が目に入る。
「何でルイズがあそこに居るのよおおおおおおおおお!」
タバサはキュルケの腕を優しく掴む。
「……もう打つ手は無い。私達は逃げる女子供を誘導しよう……」
冷静に戦場の動きを見ていたタバサは、ルイズ達を包囲している兵の数と、こちらが保有する戦力とをしっかり見据えていた。
なし崩しに城への攻撃態勢を整え始めている軍も居る。事は一刻を争う。
しかし、キュルケはその場から動こうとしない。
気勢を上げるアルビオン兵達を城壁上から見下ろし、何度も首を横に振っている。
タバサはキュルケの腕を強く握り締める。
「ダメっ! 流されたらキュルケまで失う事になる! お願いだから踏み止まって!」
キュルケはぼろぼろと涙を溢していた。

「だって……アイツ、友達だもの……でも、恐くて恐くて仕方が無くて……足が動いてくれないの……」
「それでいいっ! 私が助けるから城を脱出して!」
泣き笑いの顔で、キュルケはタバサを突き飛ばす。

「わああああああああああああっ!」

何もかもを吹き飛ばしてくれと言わんばかりの勢いで絶叫を上げると、
城壁下で城門が開くのを待っていた兵達が声に気付いて一斉に見上げる。
これでキュルケにも逃げ道は無くなった。
彼らの視線を一身に受け、キュルケは城壁から飛び降りつつレビテーションの魔法を唱える。

「私はツェルプストー家のキュルケ! 友の為! 薄汚い反乱軍を燃やし尽くす為! 助太刀させていただくわ!」



来るんじゃなかった。それが土くれのフーケ兼ロングビル兼マチルダ・オブ・サウスゴータの偽らざる本音である。
ルイズが使い魔と一緒に敵に突っ込んだと聞いて、
そんな馬鹿なと思いつつ城壁上に上がってみると、本当にやってやがったあの馬鹿。
如何にロングビルのゴーレムを粉砕した力があるとて、五万相手にたった二人で何が出来るというのか。
平民の兵ばかりではない、メイジもぞろそろ居る中に突っ込んでは、
損害は与えられるだろうが、一軍すら打ち崩せず力尽きるであろう。
何が何やらわからない中、どうやら他の兵達もつっこみそうな気配を感じ、混乱の最中にここを抜け出し、
お宝を頂いておさらばするかと段取りを組んでいた所、何とウェールズ王子に声をかけられてしまった。
ロングビルに声をかけてきたのは、
この場で冷静に物を見ているのがロングビルだけだったせいであろうと当たりをつける。
アルビオン王家には恨みがある。というより恨みしか無い。
だが、しかし、勇敢な人間の託すような最後の願いを鼻で笑う程、ロングビルはまだすれてはいなかった。
何より、彼が頼むと言ったのは、城に残された女子供達の事なのだ。これを見捨てるなんて真似出来ようはずがない。
平然と人を見捨てられる者が、自身の全てをかなぐり捨ててでも誰かを救う為に働くなんて真似、出来るはずがないのだ。
「あー! もうっ! よりにもよって私に頼むなんて正気!? 何だってこんな事になってんのよ!」
他に出来そうな人間も居ない。こちらには気付いていないようだが、
同じ城壁上に居るタバサやキュルケに頼むわけにもいくまい。
何やら揉めているタバサとキュルケを置いて城壁を駆け下りると、
不安げに城の入り口付近に集まっていた女子供の下に駆けつける。
「何時までもぼけーっとしてないの! 段取り通り脱出に取り掛かりなさい!
 この期に及んであの人達の足手まといになりたいの!?」
開口一番怒鳴りつけると、皆はっとして城内へと走り出す。
「そこの貴女! 貴女は城内回ってまだ残ってるボンクラ引っ張り出して来て!
 そっちの貴女も一緒に行きなさい! それと……」
次々指示を下し、脱出の手はずを進めさせる。
城壁上で敵の動きは見てきた。
攻城準備を整えている軍は、下手すると脱出より前に乗り込んで来るかもしれない。
そうなってしまったら終わりだ。脱出船の存在がバレれば、如何に秘密の抜け道を通るといえど、
回り込まれて捕捉されてしまうだろう。
避難の為山ほど人間を積む予定の船が、軍船に速度で敵うはずなどないのだから。
「あーもう! チンタラしてないの!」
片足を引きずっている老人に肩を貸しながら船へと走るロングビル。
『アニエスは? まさか一緒になって突っ込んでるとは思わないけど……

 まったくもう! 何もかも無茶苦茶じゃない! 少しはまともに戦争しなさいよアンタ等!』



城門が開かれると、そこから噴出してきたのは、殺意の塊であった。
一塊の疾風と化し、城下町を抜けるとその姿を反乱軍の前に晒し出す。
遠目に見えるその姿は、まるで一個の生命体のようである。
しかし間近まで寄った所でようやく正体を悟る。
魔法による砲撃を歯牙にもかけず、まっすぐ標的目掛けて突き進む姿はまるで死そのものだ。
飲み込まれれば命は無い。そう確信出来る程、彼等の目は狂気と殺気に満ちていた。
尋常ならざる事態とばかりに、亜人の兵すら差し向け押し囲んだ正体不明の二騎の為の包囲網。
この包囲網に真っ向から飛び込むと、無人の野を駆けるがごとく突き進み、あっと言う間も無く合流を果たす。
「ルイズ殿! サン殿!」
アルビオン兵が引き連れてきた馬を放つと、ルイズと燦の二人はこれに飛び乗り死の濁流の一部となる。
馬を寄せたウェールズが、喧騒の最中でも聞こえるよう大声を張り上げる。
「我等はこれより敵首魁、オリヴァー・クロムウェルの首を狙います!」
言葉自体にはまだ品の良さが残っていたが、それを発するウェールズの顔はとても一国の王子には見えぬ。
まるで地獄の底より這い上がってきた悪鬼羅刹のように目尻を吊り上げ、犬歯をむき出しに獰猛な笑みを見せる。
汗にまみれた顔で、それでもルイズは声を張り上げ笑い返す。
「はっ、はははっ! それはいいわ! サン! 一度歌は落としなさい! 私達もこのまま突っ切るわよ!」
「わかった! 大将首取れば私らの勝ちじゃ! そこまでの道を斬り開くんじゃな!」
「ええそうよ! 行く道塞ぐ間抜けはどいつもこいつも叩き潰してやりなさい!」
城壁上から確認してあったクロムウェルの居る本陣まで、たった三百騎で斬り進むとウェールズは豪語しているのだ。
本陣は一万騎の兵を擁する。それ以前に、辿り着くまでに三つの軍を突き抜けなければならないというのに。
ウェールズは狂気にその身を委ね、三百の勇者達と共に戦場を駆ける。
かつて、これ程の興奮があっただろうか。
率いる兵達との一体感、全てが一つの命となり、怨敵目掛けてただただ無心に突っ走るのみ。
心の奥底に溜めに溜めていたドス黒い情念を思う様ぶちまけ、一心不乱に全ての敵を蹂躙する。
そこに正義や国を守るといった心は無い。
あるのはただ、飽くなき闘争本能に支えられし一人の男が居るのみだ。
殺意に満ちた悪鬼となり、慈悲の心無き悪魔となって、敵を打ち砕く。
その為だけに、今、ウェールズは存在しているのだ。



タバサは呆然としたまま、開け放たれた城門を見下ろしている。
何も出来なかった。二人の無二の仲間が死地に向かう事にも気付かず、
学院入学以来の親友がそれとわかっていて死に向かうのを止める事も出来なかった。
抜け殻のようにぼうとした顔のまま、戦場へと目を遣る。
霞がかかっているようで、良く見えない。
母を救い出してくれた大切な仲間達は、決して生きては戻れぬ戦場へと飛び出して行った。
後を追えればどれほど楽な事か。
彼女達と共に戦場を駆け、死す時も共にと武勇を誇り合う。
そんな幸福に、ともすれば惹きつけられそうになる自分を全力で戒める。
母を守れるのはタバサだけなのだ。
その為だけに生きてきたはずなのに、何時の間にかタバサの心に、こんなにも深く彼女達は入り込んでいた。
母を失った後の人生など考えられない。そしてそれと同じぐらい、彼女達抜きでの人生など想像もつかなかった。
一人楽になるような真似は出来ない。そう頑なに言い聞かせてきた半生を恨めしく思う。
そんな意思の強さが無ければ、タバサもまたキュルケ同様城門から駆け出していたであろうから。
ふと、タバサの視界に入った景色に違和感を覚える。
その意味に気付き、愕然として城壁から身を乗り出すと、
どうやら違和感は事実である事と、それを解決する術が無い事がわかる。

きょろきょろと周囲を見渡し、城壁端にかかげられたアルビオンの旗を見て、気付いてしまった。
思いつかなければそれで済んだはずなのだが、タバサは思いついてしまったのだ。



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