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ゼロの花嫁-19 A


ゼロの花嫁19話「アルビオンへ」



マザリーニ枢機卿は、鳥の骨と呼ばれる程の骨ばった指を額に当て、深く嘆息する。
ため息の理由は近衛兵の報告。
女王として即位してから随分自覚が出てきたと喜んでいたアンリエッタ女王が、夜更けに城を抜け出したとの報告を受けたせいだ。
君主が、夜中に、ロクな護衛も付けず、近侍の者すら騙して、城を抜け出すなどと余りの情けなさに腰が砕けそうになる。
当然のごとく護衛を付けるが、女王には気付かれぬよう気をつける。
何のつもりかはわからぬが、どうせ公表出来ぬようなロクでもない事だろう。
近衛の優秀なメイジならば、アンリエッタが何をどうしようと完璧なまでに任務を遂行出来よう。
ワルドが引き抜こうとした者も何人か居たが、断固として拒否した連中だ。こういう時にこそ役立ってもらわねば。

数刻後、後を付けた者から報告を受けたマザリーニは、
部下の前だというのに執務机に突っ伏してしまいそうになるほどの絶望を味わう事になる。



オールドオスマンは大公夫人誘拐以来、常に臨戦態勢を解いていなかった。
出来れば教師達にもそうさせたかったのだが、いらぬ疑いを招く事にも繋がるので、
周囲への警戒には宝物庫のマジックアイテム等を用いていた。
そんなオールドオスマンの警戒網に、一台の馬車が引っかかる。
夜半過ぎにわざわざ学院に来る馬車、それも偽装しようとしてはあるが、城で使っているような高価な馬車である。
非公式の使者とも思ったが、馬車から出て来たのは小柄な者が一人のみ。
向かう先は学院生徒達の眠る宿舎となれば逢引か何かとも思えたが、あの高価すぎる馬車でというのは少々不自然だ。
顔が見えぬようフードを目深に被っているが、こちらはマジックアイテムだ。
遠見の魔法が使えるマジックアイテムで侵入者の顔を確認する。
「…………は?」

いやいやいやいや、無い。あれは無い。
マジックアイテムが壊れた。そうに違いない。
試しにと密かに目を付けていた新入生女子の部屋を映し出す。
寝室であどけない寝顔を晒していると思われた、清楚な雰囲気が愛くるしいその少女は、机に向かって一心不乱に筆を走らせていた。
鬼気迫るその表情からは、とても授業時の可憐さは想像出来ない。
机の前の壁に貼り付けられた「締め切り厳守」の張り紙が、何かなんていうか、もういいやって気にさせてくれた。
どちらも見なかった事にしたい映像だったが、いつまでも現実逃避してる余裕も無いので、再度映像を侵入者に向ける。
侵入者は、事もあろうに問題児筆頭、またお前かなルイズ・フランソワーズの部屋に入って行った。
そんな彼女が部屋に入るなり唱え始めた呪文。
「いかんっ!」
大慌てでマジックアイテムの効果を切る。ギリギリ間に合ったと思われる。
侵入者はディテクトマジックで周囲を探る魔法を感知しようとしていたのだが、
そんな用心深さも、覗きの達人オールドオスマンを捉える事は出来なかった。
仕方無くモートソグニルを派遣し、状況を把握させる。
あの馬鹿娘を放っておいたら、何されるかわかったものではないのだから。



考えうる最悪の組み合わせ。
オールドオスマンならばそう評したであろう、アンリエッタ女王とルイズの邂逅。
突然の訪問に驚くルイズを、アンリエッタは嬉しそうに抱き締める。
「お久しぶりルイズ。元気だった」
「じょ、女王陛下。一体どうして……」
「ふふ、城を抜け出して来ちゃった」

「そ、そのような事をしては……」
流石のルイズも動転してしまう。
アンリエッタはすっとルイズから体を離すと、ルイズの手を握ったままにこやかに笑う。
「堅苦しい口調は出来れば無しにして欲しいですわ。昔一緒に遊びまわったように、もっと楽にしてくれると私も嬉しいです」
畏れ多さもあったが、女王が望んでいた形を瞬時に察したルイズは、堅苦しさを少しだけ抜いた、親しげな口調で答える。
そうなれば年頃の女の子が二人である。
バックに花びらが飛び交うような微笑ましい会話が始まる。
思い出話に一しきり花を咲かせた後、ルイズは思い出したようにサンを紹介する。
「こちらが私の使い魔サンです。サン、こちらはトリステインを統べし女王、アンリエッタ様よ。ご挨拶なさい」
旧友が訪ねて来た程度にしか思っていなかった燦は、一瞬だけ小首をかしげる。
「女王? ……それって王様って事ちゃうん? つまりトリステインで一番えらい人って事で……」
「こ、こらっ、女王陛下の御前よ。きちっと挨拶なさいっ!」
慌てるルイズの様が燦に事の重要性を教えてくれた。
突如、燦は腰を曲げ、掌を上に向け、片手を前へと突き出す。
「おひけえなすって!」
余りの大声に、ルイズもアンリエッタも思わず硬直してしまう。
その隙間を縫うように燦の言葉が響く。
「さっそくのおひかえありがとうございます。手前の庭先で恐縮ですが仁義切らせてもらいます。
 てめえ生国と発しますは瀬戸内です。海ばかりのつまらない土地ですが、
 そんな土地でチンケなヤクザの子として生まれやした。実の親もヤクザ者、
 筋金入りのバカヤロウですが渡世の皆様に助けられ、こうしてこの年まで生きながらえてこれました……」
延々語られる燦の流れるような口上に、二人は口をぽかーんと開いたままただただ聞き入っている。
「……どうぞ行末永く御別懇に願います!」
全部が終わった後、数秒の間をおいてアンリエッタは、こくんと頷いた。
「よ、よろしくお願いします」
思わずそんな返事をしてしまったアンリエッタと、もの凄い勢いで燦に掴みかかるルイズ。
「さささささささサン! い、いきなり女王様になんて真似すんのよ!?」
「え? だってルイズちゃんきちっと挨拶しろて……」
「今の挨拶!? 脅し文句じゃなくて!?」
妙に男前な顔になる燦。
「これがヤクザもんの仁義じゃき……見逃したってくれやルイズちゃん」
「いやもう見逃すも何も何処からつっこめばいいのよそれ!?」
喚くルイズだったが、アンリエッタはちょっと顔を引きつらせつつも、燦の挨拶を受け入れた。
「か、構いませんよ。その、ちょっとびっくりしましたけど……えっと色々と変わった使い魔なのですね」
こうしてしょっぱなからばっちり存在をアピールしきった燦は、以後ルイズの命令で黙っている事になるわけだが。

一しきり話した後、アンリエッタは口調をがらっと変え、この部屋に来た理由をルイズに語った。
アルビオン皇太子ウェールズの持つ手紙を回収して来て欲しいと、ルイズに頼みに来たのだ。
「王命として正式に命じる事も出来ぬ、そんな任務です。失敗は許されませんが、成功したとて何も報いる事は出来ません」
「わかりました。任務、必ずや果たして御覧に入れましょう」
即答である。
アンリエッタは、喉元まで出かかった言葉を堪える。
「ウェールズ様への身の証しとして、この水のルビーを持って行きなさい。その上でこの手紙を渡せば話は通じるはずです」
「はっ」
「ウェールズ様以外、トリステインはもちろん、アルビオン側でもこの件を知る者は居ません。それを忘れないように」
「了解しました」
「回収すべき手紙は決して明るみに出してはなりません。
 もしトリステインへの帰還が困難となったならば、貴女の責任において手紙を処分しなさい」
注意事項をすべて聞き届けると、一つ気になった点をルイズは問う。
「アンリエッタ様、こちらにいらっしゃるのに護衛をお付けになりましたか?」
「いえ、秘事を知る者は少ないに越した事はありません」

それを聞くと、すっとルイズは立ち上がる。
「では出立の前に、アンリエッタ様を王城へとお送りしたいのですが、お許しいただけるでしょうか」
「必要ありません。貴女は任務の事だけ考えればよろしいのです」
「はっ、出過ぎた真似を致しました」
そうやっている二人は、とてもついさっきまで歓談に興じていたとは思えぬ緊張感に包まれている。
伝えるべき事を伝えると、アンリエッタは部屋を後にする。
ルイズは燦に命じ、キュルケとタバサを呼び、城まで女王に気付かれぬよう護衛を頼みに行かせる。
一人部屋に残ったルイズは、ベッドに腰掛けて任務の背景を想像する。
「わざわざ学院に出向くような真似までして私に、という事は……城に頼れる人物が居ないという事かしら」
思考にふけるルイズであったが、部屋のドアを叩く音で我に返る。
燦が居ないので仕方なく自分で扉を開くと、そこにオールドオスマンが居た。
「スマン。全部聞いた」
ルイズはわざとらしく肩をすくめて見せる。
「……だろうと思いました。オールドオスマンがアンリエッタ様の来訪を見落とすとは思えませんでしたし」
「なんじゃ怒らんのか」
「愛人の件以来、オールドオスマンとは一蓮托生と考えておりますので」
苦虫を噛み潰したような顔になるオールドオスマン。
「じゃったら、ほいほいとそんな任務受けるでない。ワシが見た所、それ相当ヤバイ件じゃぞ」
ルイズは素直に自分ではこの件の裏まで読めないと、オールドオスマンの知恵を頼る。
アルビオンが既に危機的状況に陥っている事、アンリエッタのゲルマニア皇帝との婚約、
ウェールズ皇太子のみしか知らぬ秘事、近しい者にすら明かせぬ事。
ここ最近の女王を取り巻く状況を並べ、オールドオスマンは手紙の中身はアンリエッタがウェールズへと送った恋文ではないかと推察する。
アルビオンの近況とアンリエッタの婚約はルイズも知らぬ事であった。
最近は宝物庫のマジックアイテムをこれでもかと濫用してるらしいオールドオスマンの耳の早さは、
最早大陸一と言っても過言では無いかもしれない。
「トリステイン貴族に断れる訳がありませんわ」
「そりゃまそーじゃがの。条件ぐらい付けぬか」
「……怒りますよ」
「言ってみただけじゃ。さて、どうしたものか……」
「どうもこうも無いでしょう。アルビオンに行って、手紙を受け取って戻って来る。それだけです」
試すようにオールドオスマンは問う。
「反乱軍と出くわしたら?」
「邪魔をするというのであれば、どいつもこいつも叩っ斬るまでですわ」
返答は予期していたのか、諦めたように大きく息を吐く。
「せめてキュルケとタバサは連れて行け。お主とサンのみではキツかろう」
ルイズは心外そうな顔をする。
「私とサンだけでも出来ないとは思いませんが、キュルケとタバサを置いて行った日には、私が二人に恨まれてしまいます」
失敗できぬ任務に赴く、そんな表情ではなく、売られたケンカでも買いに行くかのように、ルイズは不敵に笑って見せた。

タバサとキュルケが戻ると、王女の護衛には別の者が付いて居た事がわかる。
王女に見つからぬよう動いていた護衛は三人程であったが、いずれも腕利きのメイジであったと語る二人に、ルイズはアホな事を問う。
「で、張り倒して来たの?」
タバサは頭を垂れてキュルケの背中をぽんと叩く。キュルケが言えという意味だ。
「そうやって何でもかんでも力づくって癖直した方がいいわよ。トリステイン王宮近衛の連中張り倒してどうすんのよ」
ルイズはとても意外そうな顔をする。
「あら、案外王宮もしっかりしてるのね」
「当たり前よ。アンタ軍馬鹿にしてるでしょ」
「ちょっとだけね。じゃ、私達はアルビオンに行ってウェールズ皇太子に会うわよ」
「どういう話よ」
「ごめん、それ言えないの」
何よそれ、とぼやくキュルケを他所に、タバサは二つ返事で了承し、旅支度を整えるべく部屋に戻る。
「ふん、そういう秘密なお話だったらルイズだけで行けばいいのに」

「それでも良かったんだけどね。そういう訳にもいかないでしょ」
くすくすと笑いながら部屋を後にするキュルケ。
「そうすれば私も貴女に文句言えたのに」
「そうそう隙なんて見せてあげないわよ。ルートは考えておくわ」
ルイズは残るオールドオスマンに後事を頼む。
前後の正確な情報さえあれば、オールドオスマンならば随時適切な判断を下してくれよう。
オールドオスマンの、くれぐれも無茶は避けるようにとの言葉に、ルイズは大きく頭を下げた。
「すみません、多分無理です」
「素直な所以外評価出来んわ! タバサの言う事良く聞くんじゃぞ!」
こう言って悪ガキ四人衆、唯一の良心に縋る他無いオールドオスマンであった。



ワルドがマザリーニに呼び出されたのは夜も遅くの事であった。
緊急事態との事で取る物もとりあえず駆けつけたワルドは、これは戦況が悪化したアルビオンの件だと考えていた。
しかし、確かにアルビオンの件ではあったのだが、マザリーニが明かした話は、幾らなんでも予想の斜め下過ぎた。
開いた口が塞がらなくなるといったリアクションは、ワルドもマザリーニと同様であった。
「……今のアルビオンの状況を、知ってるからこそ回収すべき、と判断したんでしょうが……いやはや……」
ワルドの耳に入っている限りでは、一両日中にもロンディニウムの包囲は完了するらしい。
そこに今から飛び込めなどと、戦を知る者ならば決して出来ぬ命令である。
幾分か立ち直ったマザリーニは、ワルドを呼び出した本題に入る。
「女王陛下とて状況は理解出来ているはず。ならば、やらねばならぬ事でもあるのだろうが……
 それをヴァリエール家の娘に頼む神経がわからん」
「他に頼れる者も居なかったのでしょう。王室の恥に類するような、そんな内容であると推測しますが」
嫌過ぎる予感に苛まれつつ、マザリーニはワルドに先を促す。
「おそらく、ゲルマニア皇帝との婚儀が絡んでおります。となれば、
 対象がアルビオン国王ではなくウェールズ皇太子である事を考えますに……二人の間に何か個人的な密約があった、そう考えますが」
「歯に衣着せんでいい。あんの尻軽娘、よりにもよってウェールズ皇太子にちょっかい出しておったか」
老獪な男の思わぬ毒舌に、ワルドは苦笑する他無い。
「手紙との事ですが、恋文の類でしょうか。確かにそんなものが明るみに出た日には、婚約の話は立ち消えとなりますな」
「ふん、それでも誤魔化す手はある。それに私の知るウェールズ皇太子ならば、責任を持って処分してくださると思うのだが、
 女王陛下に手を出していたという話を聞いた後では些か自信が持てぬ」
「まったくです。で、どうされますか」
「ワルドの所でこの任務に耐えうる者はおるか?」
「前線を突破してロンディニウム、ハヴィランド宮殿に潜入、手紙入手後包囲を抜けて帰還し、卿と女王陛下の前で処分。
 ……私ぐらいですな、それが確実に為せると言い張れるのは」
マザリーニは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「お主を行かせる訳にも行くまい。そもそもお主は当分ここから動けぬだろう」
「いえ、動くつもりです」
「何?」
実は、とワルドが語り出したのはアルビオン内乱への武力介入であった。
血を分けた兄弟国、救援に向かうに何ら不自然は無く、また敵は寄せ集めであるが故、頭を失えば脆い集団。
「足の速い連中を集めて奇襲を仕掛け、反乱軍首魁クロムウェルを討ちます。間を計らねばなりませんが」
マザリーニはふむ、と頷く。
「戦勝に沸き、油断しきった時……か」
「左様で。アルビオンの王族が絶えるやもしれませぬが、いずれ始祖の血を引く方が治める形にしなければなりませぬから……」
「トリステイン・アルビオン王国か。何処が文句を言う間も無く反乱軍を討ち滅ぼしてしまえば、確かにありえぬ話ではないが」
ワルドの考える最終形をマザリーニは読むが、手放しで賛成はしてないようで、渋面を崩さない。
幾らなんでも都合が良すぎる話だ。
「どの道、アルビオン反乱軍とは事を構える事になりましょう。
 奇襲が失敗したのなら、そこで改めてゲルマニア、ガリアとの調整を行えばよろしいかと」
「二国に難癖付けられて国境の都市の一つや二つ持っていかれても、アルビオン丸々一国が手に入るのなら釣りがくるか……」
ガリア、ゲルマニアと比べ、トリステインはお家騒動が大人しい分身動きが軽いという利点を活かさねば、この局面は潜り抜けられぬ。
そう語るワルドの言葉に、マザリーニは異論を唱える。
「だとしても勝たねば意味が無い。アルビオンとトリステインではそれ程軍備に差があるとも思わんが」

「懐柔による内部からの混乱が、此度のアルビオン敗戦の主な原因と思われます。
 公爵クラスがぼろぼろ裏切るような状況は、流石に我がトリステインでは考えられぬ話です」
「戦況は私の方でも調べさせていた。確かに、あの戦力差で破れるなど想像も付かなんだが……
 にしてもアルビオンにそれ程隙があったとも思えぬ」
「理不尽を可能にする道具、ないし強力無比な魔法を用いている可能性もあります。
 その場合武力ではなく搦め手に類する能力を持つと思われますので、となればやはり奇襲こそが最善と私は考えます」
マザリーニは考える。
もし反乱軍が勝利し、こちらに牙を剥いたとしても、他国と連携してアルビオンを包囲するやり方ならば被害は少ないはず。
しかし、その場合アルビオンからの攻撃はおそらく近場のトリステインに集中する。
それに対応するようにガリア、ゲルマニアも主力はトリステインに置く事になろう。
そうなれば、後々が面倒な事になる。
そも手紙の回収が出来なければ、ゲルマニアとの連携も厳しいという最悪の状況もありうる。
王都占領の混乱に合わせて奇襲し、ハヴィランド宮殿を灰にしてしまえば、手紙も何も無いだろう。
アルビオン侵攻の一番の難所、上陸作戦も今の状況ならばさして難しくもあるまい。
王軍、空海軍、近衛ならばすぐに動かせる。
諸侯軍には後々から参戦する形を取らせても、アルビオンの港を一つでも押さえていればどうとでも出来る。
しかし、卑怯との謗りは免れ得まい。
王家が滅びる直前まで手を貸さず、滅びきった後に漁夫の利とばかりに襲い掛かるなぞ、見栄えが悪い事甚だしい。
アルビオン王と皇太子が死んでいてくれれば、決戦に破れ包囲に至るまでが極端に短かった事を考えるに、
救援要請を受けたが間に合わなかったでも通るだろうが。
マザリーニは、そこではたと気付いて手を叩く。
「なるほど、奇襲は王と皇太子をお救いする手段、そう言い張るのも手か」
救い出せたのなら後は簡単だ。両者、ないしどちらかを立てていれば侵攻の口実にはなる。
いずれにしてもタイミングが重要だ。
トリステインの最精鋭を揃え、微妙な間合いを図る繊細な軍事行動。
「今すぐ動かせる部隊はどれだけいる?」
「千ですな。数だけならば二千は揃いますが、それはアルビオンの港を抑えるのに回すべきでしょう」
「諸侯に一言も無しで軍を動かす事になる」
「文句があるのならば諸侯軍抜きでアルビオンを倒す。そう言ってやればよろしい。
 既に王軍、空海軍首脳には話を通してあります。トリステインの置かれた状況を説明しましたならば、
 快く納得して下さいました。出来ればもう少し根回しの時間が欲しかったのですが、
 こうなってしまった以上、致し方ありますまい」
人の悪そうな笑みでワルドを睨むマザリーニ。
「この悪党めが、トリステインの守りを奴等に押し付ける気か」
「戦場での遅参は冷や飯食いと相場が決まっております」
二人の話が早いのには訳がある。
二人共が共通の認識として、アルビオン反乱軍は遠からず敵となると見なしていた。
アルビオンの王家と繋がりの深いトリステインは、対外的にも反乱軍に対し良い顔をする事が難しい。
そもそも貴族の共和制などを掲げられては、王家を擁する国とどう仲良くやれというのか。
自国の諸侯が増長する前例となりかねぬこのような国を、トリステインもガリアもゲルマニアも結局は許す事が出来ぬであろう。
お互いそれが解っているのだから、後は武力を用いるか否かだけで、安定した交流など望むべくもないだろう。
位置的にも攻められにくく、強力な空軍を擁するアルビオンは、散発的な攻撃を得意とする。
嫌がらせのようなこんな攻撃を数多受ける事になるのは、おそらくトリステインであろう。
仮にロマリアを加えた四国で同盟を締結したとしても、これではトリステインのみ大きな被害を被る結果となろう。
そうさせぬ為に、トリステインはすぐにでも動く必要があったのだ。
幸い、と言っていいか、女王は年若く重要な判断が下せぬ為、言い方は悪いがコントロールする事も容易だ。
後でまた何やかやと言われるだろうが、今動かねばトリステインの利益を守る事が出来ぬ。
恐らく王軍、空海軍首脳がワルドの話に乗ったのも、そんな危機感あっての事だろう。
現状認識も出来ぬ愚か者は、蚊帳の外に居てもらうとしよう。
それを見定めるに、これは良い機会でもあるのだから。

ワルドの持ってきた話が大きすぎた為、ルイズの件は忘れさられそうになったが、そこはマザリーニとワルドだ。
護衛を選びルイズ達の後を追わせるという事で同意する。
手紙に関しては回収せねば後々厄介になる可能性は確かにある。

ルイズ達のルートでも試しておくに越した事は無かろう。ただ、秘密が漏れぬよう、最悪の場合に備えなければならない。
マザリーニがそんな作戦を遂行出来る人物は居るか、と問うと、ワルドは頷いた。
「一人、連中と繋がりのある人物に心当たりがあります。そちらは私にお任せ下さい」



シルフィードに跨り、ルイズ、キュルケ、タバサ、燦の四人は明け方の内に学院を出る。
ラ・ロシェールの街に着いたのは翌々日の昼過ぎの事である。
世界樹の枯れ木を用いた桟橋が特徴的な、空飛ぶ船の港町であるラ・ローシェルは、
アルビオンとトリステインを結ぶ重要な交通拠点である。
魔法を使い巨大な岩を切り出して作られた街並みといい、
見上げるでは済まぬ大きさを誇る世界樹に果実のごとく連なる多数の空飛ぶ船といい、燦には驚きの連続であった。
すぐにアルビオン行きの船を手配しようとするのだが、そこで一行は足止めを余儀なくされる。
何時もならすぐに見つかるはずのアルビオン行きの船であるが、わざわざ戦乱渦巻くアルビオンに向かおうという船がどれ程居るというのか。
定期便すら滞る始末では、ルイズ達に都合の良い船など見つかるはずもない。
この際輸送船でも何でもいいから、そう言っても出ないものは出ないのである。
まずキレたのはキュルケだ。
ガラの悪い船員達が積荷を船へと運んでいる所に赴き、いきなり魔法を唱えようとした所をタバサに止められた。
「キュルケ」
「何よ、積荷が燃えて無くなれば私達乗せる余裕ぐらい出来るでしょうに」
「積荷無しじゃそもそもアルビオンに行く理由が無くなる」
「むむ、確かに」
アホかと。
次に、といってもほぼ同時だが、キレたのはルイズである。
船長と思しき人物にすたすたと歩み寄る所を燦に止められる。
「ルイズちゃんイカンて!」
「何よ、船長なら船ぐらい飛ばせるでしょ。あいつ脅せば一発じゃない」
「あんな大きい船、人質の一人や二人じゃどうしようも無いて!」
「むう、それもそうだけど……」
バカかと。
チンピラ以外の何者でもない。
タバサは燦に言って、ルイズとキュルケの二人を宿に連れて行かせる。
強行軍で来ているのだ、ここで一休みするのも良い選択であるし、交渉はタバサに一任して三人は先に宿を取っておく事にした。

ここで一泊するつもりなど無かったのだが、シルフィードが疲れたときゅいきゅい騒ぐので、まあ一休み程度ならと宿の一角に陣取る三人。
今シルフィードに乗って出たとしても、アルビオンに辿り着く前に夜になってしまう。
夜間の飛行で空飛ぶアルビオンに辿り着くのは難しく、シルフィードの疲労もあり、
それ故船の手配を考えたのだが、その船が無いのは計算外であった。
不愉快そうなルイズとキュルケだったが、燦がアルビオンは戦争中なんだし、
少しみんなに話を聞いてから行くのはどうかと提案すると、あっさりと納得する。
確かにその通りであるが、機嫌まで一瞬で直ってしまったのは、二人共が燦にだだ甘なせいであろう。
宿を取るかどうかはタバサが来てから決めるとして、とりあえず宿の一階にある飲み屋兼食堂で遅めの昼食を取る。
ついでとばかりに、ウェイトレスをしている子にアルビオンの近況を聞いてみた。
王党派と称されるアルビオン王家の軍は、最後の決戦にも破れ、王都ロンディニウムに追い詰められているという話だ。
それを聞いた三人の反応は、
「それなら王都に行けばいいのね」
「良かった~、戦場出てたら何処行けばいいか、わからんかったかもしらんし」
「……目的地ぐらいはっきりさせてから出なさいよアンタ等」
ルイズとキュルケがアルビオンの不甲斐なさを口にすると、ウェイトレスも同感だったのか話に乗って来た。
「そうなんですよ。ボロ負けもいい所ですし……ウェールズ様もっとかっこいいと思ってたんだけどなぁ。ちょっと幻滅かも」
平民の感覚などこの程度である。
ちなみにルイズ達の服装は、学院の制服の上にフードを羽織った形だ。
頭まですっぽり隠せるようなものにしてあるのは、身を隠す必要が出るかもしれぬからである。今は食事中でもあり、素直に頭は出しているが。
不意に奥のテーブルから下卑た笑い声が響いてくる。

むさ苦しいとしか形容しようのない男達が数人、テーブルを囲みながら昼間っから酒を飲んでいるのだ。
それだけならば問題無かったのだろうが、ルイズ達の所にかかりっきりのウェイトレスに文句を言う段になり、ルイズが動いた。
フードを目深に被り直したのは外見でぐだぐだ言われぬように、そして中身が女の子とバレる前にさっさと開戦するつもりであると思われる。
キュルケはどうでもよさ気にワインを傾けている。
「サン、貴女も参加してさっさとカタ付けてきたら?」
「うーん、見た感じそんなでも無さそうだし、私混ざるとルイズちゃん嫌がるきに」
「そうなの?」
「口では言わんけど、基本的には自分でやりたいんだと思う。でも人数増えるようじゃったら私も行く。というかあいつら私も気に食わん」
「はいはい」

どんがらがっしゃーん。

開戦の合図。
殴り合いが始ってしまえば男も女も無い。
それ以前に大の大男を肩に担ぎ上げてぶん投げるなんて真似をしてるのだ。
これで女扱いしろって方が無茶だ。
外に駆け出して行った男が増援を呼ぶ段になると、燦も「何しとんじゃあああああ!!」などと怒鳴りながら参戦する。
店内はあっと言う間に阿鼻叫喚の坩堝と化し、店主がウェイトレスに警備を呼ぶよう指示する。
キュルケは、二人にだけ見えるように懐から杖を見せる。
「たかがケンカでしょ、放っときなさいって。大丈夫、これ以上騒ぎが大きくなるようだったら、私が出るから」
店のぶっ壊れた物は負けた方にでも私が払わせてやると言うと、二人はとりあえず納得する。
「それでも文句言うようなら、一切合財燃やし尽くして何もかも灰にしてやるわ」
即座に回れ右したウェイトレスは、後ろも見ずに警備詰め所へと走り去った。

「いい加減にしろ貴様等!」

腹の底から響くような迫力のある怒声に、店内は音を失う。
六人の男が伸びて地面に寝転がり、残る十人近くの男達も皆ヒドイ顔をしている。
「公共の場で昼間っから何を馬鹿な真似をしているか!」
服装から軍関係者と思われる者の出現に、男達は腐った顔をしながら引き上げだす。
捨て台詞をルイズ達と軍人らしき者に吐いて店を出ていく男達。
ルイズと燦は硬直したまま軍人を指差している。
キュルケは思わぬ乱入者に、グラスを掲げて挨拶した。
「あら、アニエスじゃない。久しぶりね、元気だった」



アニエスは余り表情を表に出さぬ、周囲にはそう思われているが、実はそうでもない。
直接の上司になったワルドは、アニエスの中々にバリエーションに富んだ表情を幾つか知っている。
今日はそれが一つ増えた日だった。
困りながら嫌がりつつ、それを表に出さぬよう表情を硬くしようとして失敗したので、笑顔を見せて誤魔化そうとした顔。
「は、はぁ、ヴァリエールの護衛……ですか」
明らかに乗り気ではないとわかる反応だ。
ワルドはその辺の機微に長けているので良くわかるが、他の連中には微細な変化としか取れぬだろうなと、頭の中で考える。
しかし、任務の内容を説明するにつれ、アニエスの困惑も消し飛んで行く。
王室の恥、それをアニエスのような成り立てシュバリエごときに話すなど、考えられぬ。
「死ぬ必要は無い。その前に引き返して来て欲しい。任務の重要性は先に言った通りだが、
 それでも、帰ってきなさい。これが私からの命令だ」
「ここは死ねとお命じになる場面かと。これを見過ごしてはトリステインに大きな損失が出ます」
ワルドは真剣な表情のままだ。
「繰り返す。決して死んではならない。これ以上は危険と判断したのならルイズを斬れ。君の死に場所はこんな所ではない」
その判断を下せると見込んだからこその人選だ、そう言われてはアニエスにも返す言葉がない。


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