あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-36b


 そんなユーゼス・ゴッツォと三姉妹の微妙なやり取りはさて置き、日当たりの良いバルコニーにてラ・ヴァリエール家の面々が勢ぞろいした朝食が始まった。
「……………」
 使用人たちと並んでバルコニーの隅に立つユーゼスは、そんな朝食風景を感情のこもらない目で見る。
 今日もまた無言の食卓が展開されるのか、などと思っていると……。
「まったく、あの鳥の骨め!」
 ラ・ヴァリエール公爵は、かなり不機嫌な様子でそんなことを口走った。
(確かこの国の首相……いや、宰相がそのような呼ばれ方をしていたか)
 本を買いにトリスタニアを歩いていた時に、道を行く人々からそのような単語を耳にした覚えがある。
 トリステインの王家には、美貌はあっても杖はない。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨―――という小唄があったような、無かったような。
 まあ、アレが女王ではそのような小唄の一つも流行るのも必然かも知れないが。
「どうかなさいましたか?」
「このワシをわざわざトリスタニアに呼びつけて、何を言うかと思えば『一個軍団編成されたし』だと!? ふざけおって!!」
「承諾なさったのですか?」
「するわけなかろう!!」
 さらりと話を促す公爵夫人に呼応する形で、不機嫌の理由を語るラ・ヴァリエール公爵。
 語気が荒いことからして、相当腹に据えかねているようだ。
「既にワシは軍務を退いたのだ! ワシに代わって兵を率いる世継ぎも家にはおらぬ。何よりワシはこの戦に反対だ!!」
「そうでしたね。……でも、よいのですか? 祖国は今、『一丸となって仇敵を滅すべし』との枢機卿のおふれが出たばかりじゃございませんか。『ラ・ヴァリエールに逆心あり』などと噂されては、社交もしにくくなりますわ」
 熱くなる公爵とは逆に、夫人は涼しい顔をしている。
「あのような鳥の骨を『枢機卿』などと呼んではいかん。骨は『骨』で十分だ。……まったく、お若い陛下をたらし込みおって」
 ゴフッ! と口の中に入れていたパンを噴き出しかけるルイズ。
 そんな末妹をエレオノールが睨み付けようとするが、
「それに『娘がアカデミーで妙な研究をしているようだが』などと、言いがかりもはなはだしい!!」
 続いての父の言葉を聞いて、彼女もまたゲホッ! と飲んでいたスープを噴き出しかけた。
 ゲホゲホガホガホと咳き込む長女と三女に気付いているのかいないのか、公爵と夫人は話を続ける。
「おお恐い。宮廷のスズメたちに聞かれたら、ただじゃ済みませんわよ」
「ふん、是非とも聞かせてやりたいものだ」
 そして咳き込みからいち早く回復したエレオノールが、先程の父の発言の意図を問い質した。
「と、父さま。『アカデミーで妙な研究』とは、どういうことなのでしょうか?」
「何でも陛下からそのようなお話があったらしくてな。『独自に怪しげな魔法の使い方を開発し始めた』などと言っていたが……エレオノール、そんなことはないだろう?」
「…………もちろんですわ。……まあ、趣味の範囲で小さな研究は行っていますが……」
 冷や汗を一筋流しながら、父にそう答えるエレオノール。
 『独自に怪しげな魔法の使い方を開発し始めた』のは実際にはユーゼスなのだが、しかしその使い方について添削したり意見を言ったりしているのは間違いなく自分なので、どうにも歯切れが悪い。
(あくまで『個人的な研究』と言い張るのも手だが、『公爵家の長女』と『アカデミーの主席研究員』という立場上、そういうわけにもいかないか……)
 こういう時に社会的地位は足枷になるな、などと思うユーゼス。
 特に『魔法』はハルケギニアの貴族社会において根幹とも言える位置付けにあるため、その扱いも微妙になるのだろう。
(……もっとも、今の段階ではそれほど危険視もされていないようだが)
 本当に問題となっているのならば、ラ・ヴァリエール家なりアカデミーなりに強制査察が入ると思われるので、あくまで『このような噂があるが、本当か』というレベルの話のようである。
(…………今後の研究は、より秘密裏に行った方が無難か)
 なお、『研究をやめる』という選択肢はユーゼスには存在していない。
 話が一段落したところで、今度はルイズがかしこまった様子で公爵に話しかけた。
「……父さま。伺いたいことがございます」
 まっすぐに向けられる娘の目に何か感じ入る所があったのか、公爵もまたルイズに正面から向き合おうとする。
「いいとも。……だがその前に、久し振りに会った父親に接吻してはくれんかね。ルイズ」
 ルイズは静かに立ち上がると小走りに父のそばに寄り、その頬に軽く口付けをする。そして席に戻ると改めて質問を投げかけた。
「どうして父さまは戦に反対なさるのですか?」
「この戦は間違った戦だからだ」
 端的に答える父に対して、ルイズは更に問いを重ねる。
「先に戦争を仕掛けてきたのはアルビオンのはずです。それを迎え撃つのが『間違っている』と?」
「……こちらから攻めることは『迎え撃つ』とは言わんのだよ」
 ヴァリエール公爵は、先程とはうって変わって落ち着いた口調でルイズに持論を語った。
「いいか? 『攻める』ということは、圧倒的な兵力があって初めて成功するものだ。敵軍は五万。対する我が軍はゲルマニアと合わせて六万ほど」
「我が軍の方が一万も多いじゃありませんか」
「たかが二割程度の兵力差など、簡単にひっくり返る。それに、攻める側は守る側に比べて三倍の数があってこそ確実に勝利が出来るのだ。拠点を得て、空を制してなお、この数では苦しい戦いになるだろう」
「……………」
 公爵の話を、ルイズは黙って聞いている。
「我々は包囲をすべきなのだ。空からあの忌々しい大陸を封鎖して、奴らが日干しになるのを待てば良い。そうすれば、向こうから和平を言い出してくるわ。
 それに、もし攻め込んで行って失敗したら何とする? その可能性は決して低くない」
(……この男、どちらかと言うと保守的な人間のようだな)
 ラ・ヴァリエール公爵の言を聞いたユーゼスは、彼のことをそう評した。
 もっとも、ユーゼスは『保守的だから』という理由で低い評価を付けるようなことはしない。
 規模の大小に関わらず組織というものにはある程度、保守的な考えを持つ人間が必要なのである。
 特にこのヴァリエール公爵の場合は、先祖代々から現在に至るまで長年に渡って広大な領地を維持し続けてきたためか、その傾向が顕著なのかも知れない。
 とは言え、守りの思考ばかりでは発展は望めない。
 現にこのトリステインは古い伝統や慣例にこだわりすぎて国力を弱め、戦争をするにしても隣の新興国のゲルマニアと同盟を結ばなければならなかった。
 要するに重要なのはバランスなのだが、重要だけにその調整が一番難しい。
 攻めの姿勢が強すぎれば、それに比例して外部からのリスクも強まる。
 守りの姿勢が強すぎれば、内部の調整だけにしか頭が回らずにそれ以外のことが出来ない。
 組織にとって、内憂外患は常に悩みの種なのだ。
(……地球のTDFが良い例だな)
 あの組織も、自分が地球に赴任した頃はまだ『地球防衛軍』としての色合いが強く、科学特捜隊やウルトラ警備隊に代表される特殊部隊を擁していた。
 だが怪獣や異星人、犯罪組織などが地球から姿を消すと、今度は地球圏の自治に力を注ぐことになる。
 スペースコロニーの住民による独立運動の鎮圧は『地球圏の秩序維持』という名目で40年間に渡ってTDFに弾圧され、その結果としてTDFに対抗するネオバディムなどのレジスタンス組織が誕生した。
 更に、その状況を憂えたTDFのトレーズ・クシュリナーダが色々と画策し、裏からネオバディムを操るユーゼスの思惑と合致したり相反したり……と少々ややこしい事態へと発展していく。
 ちなみに事の顛末として、TDFはネオバディムにアッサリと敗北し、トレーズが率いるTDFの特殊部隊OZも巡り巡って反TDF組織であるピースミリオンに吸収合併されるような形になっていた。
 もっとも、それもまたトレーズの計画の内だったのだが……。
(……まあ、ハルケギニアでそこまで劇的な革命は起こらないだろうが)
 目まぐるしく時代が移り変わっていた地球ならばともかく、六千年もの間ずっと歴史を凝り固まらせてきたハルケギニアにおいて『自発的な』急激な変化は極めて発生しにくい、とユーゼスは読んでいる。
 それは社会制度においては無論のこと、技術、文化、風俗、未開の土地の開拓、そして人々の意識や価値、精神など全ての面において共通していることだろう。
 ……しかし、だからこそユーゼス・ゴッツォはこの地に価値を見出してもいる。
 と、ユーゼスが思考を展開させている間にもヴァリエール公爵の話は続いていく。
「おまけに魔法学院の生徒を仕官として連れて行くなどという馬鹿な準備まで始めているらしいではないか。……まったく、戦場で子供に何が出来る?
 戦はな、足りぬからと言って数だけ揃えれば良いという物ではない。『攻める』という行為は、絶対に勝利が出来る自信と確信があって初めて行えるのだ」
 ルイズは父の言葉を噛み締めるようにして頷くと、重ねて質問を投げかける。
「では、父さま。仮に……もし仮に『わたしがこの戦に加わる』と言ったら、どうなさいますか?」
「……まさか行くつもりなのかね、ルイズ?」
 ピクリとヴァリエール公爵の表情が動き、周辺の空気までもが緊張する。
 ユーゼスがふと視線を動かせば、公爵夫人やカトレア、エレオノールまで似たような……いや、エレオノールは他の面々に比べて表情の強張りが若干強いだろうか。
 やはり妹が得た力である『虚無』を知っている分、胸の内の動揺も大きいのかも知れない。
「それこそお前が行ってどうする? 魔法の才能もないお前が……」
「そのことをこれから考えるためにも、父さまのお話を伺いたいのです」
 ジッと父を見るルイズ。
 公爵はそんな娘の様子に少々面食らったようだったが、すぐに気を取り直すと毅然とした態度で話を始める。
「……先程も話したように、あのような勝てる見込みが薄い―――いや、たとえ勝てる可能性がどれだけ高かろうと、戦に娘を行かせるわけにはいかん」
「それは『公爵』としてのお言葉ですか? それとも『わたしの父』としてのお言葉ですか?」
「…………両方だ」
 ヴァリエール公爵は娘の質問に答えつつも、両目を見開いて娘の顔を見た。
 どうも娘の態度と言うか、自分に対する姿勢に驚いているらしい。
 そして少しの間考える素振りを見せた後、神妙な顔でルイズに語りかける。
「ルイズ。私からも質問をして良いかな?」
「何なりと、父さま」
「お前は、得意な系統に目覚めたのかね?」
「!」
「……!」
 今度はルイズの両目が見開かれ、そしてエレオノールもまた驚いた様子を見せた。
 ルイズは努めて平静な口調で、父に尋ね返す。
「……どうしてそう思われるのです?」
「いや、何。最後にお前と話した時と今とでは、印象が随分と違っていたのでね。心の内に何かの変化が起こったのかと思ったのだが……メイジの心に変化をもたらす物と言えば、まずは系統に目覚めるかクラスが上がるかを考えるものだろう」
「…………そうですか」
 それだけ言うと、ルイズは沈黙する。
(さあ、どうする? 御主人様……)
 ユーゼスは心の中で、ルイズを試すように問いを投げかけた。
 主人は一体どう答えるつもりなのか。
 まさか馬鹿正直に『自分は伝説の系統だ』などとは言えまい。
 かと言って『まだ系統に目覚めていない』というのもあの少女のプライドの高さからして考えにくい。
「四系統のどれだね?」
 そうなると、通常の四系統の中から適当な物を選んで父に偽りの報告を行うか……。
「―――今、この場では言う必要性を感じません」
 このようにある種の誤魔化しを行うかの、どちらかになるだろう。
「な……」
「……ルイズ……!?」
 この娘の言葉に、ラ・ヴァリエール公爵と公爵夫人は非常に驚いた様子を見せた。
 どうやら『最後にルイズと話した時』と『今のルイズのセリフ』は、余程かけ離れたものであったらしい。
 一方、カトレアは表情を消してそんな妹と両親の会話を眺めているが、それにしても……。
(……精神状態が顔に出やすい女だな)
 そんなルイズとカトレアの姉であるエレオノールは、三姉妹での最年長者だと言うのに最も落ち着かない素振りを見せている。
 困っていると言うか、不安と言うか、オロオロしていると言うか。
 大方『ルイズが迂闊な発言でもするのではないかヒヤヒヤしている』という所なのだろうが、もう少し大きく構えていても良さそうなものである。
(まあ、しかし……ああいうことを『可愛げがある』とでも言うのだろうか)
 イングラム・プリスケンが聞いたらひっくり返りそうなことを内心で呟きつつ、ユーゼスはエレオノールを視界の端に収めながらルイズとラ・ヴァリエール公爵の会話を見続ける。
「……ルイズ。どうして言えないのだね?」
「『言えない』のではなく『言わない』のです、父さま。別に系統を父さまたちに報告しなければいけない義務もないでしょう?」
「ぬ……、しかし、父親として娘が目覚めた系統は……」
「話したところで、わたしの系統が父さまの今後にそれほど影響するとは思えませんが」
「……………」
 物は言いようである。
 娘の系統が『虚無』で、父の今後に影響しない訳がない。
 しかしラ・ヴァリエール公爵は娘の系統が『虚無』であるなどとは全く考えていないだろうし、ルイズもそれは承知している。
 その上で『自分の系統を知ることに何の意味があるのか』と言っているのだから、これはもう『意地の悪いやり取り』としか言いようがなかった。
 ……なお、エレオノールはそんな妹の言葉を聞いて顔を赤くしたり青くしたりしている。
「それに……系統を言ったから何だと言うのです? わたしが目覚めた系統によって、父さまが参戦の許可を出したり出さなかったりするのですか? 『水』ならば良くて、『火』ならばダメだとか」
「いや、そのようなことはないが……」
「なら、別に言わなくてもよろしいじゃありませんか」
 そう言うと、ルイズは席から立ち上がって改めて父に向き直った。
「父さま。今のお話、大変参考になりました。これよりじっくりと参戦するかしないかを考えようかと思います」
「待ちなさい、ルイズ。まだ話は……」
「もし参戦すると決めた場合には父さまに許可をいただきに参りますので、その時はよしなに。……それでは」
「ルイズ!」
 父の強い制止を無視し、ルイズは会話を切り上げる。
「ユーゼス、来なさい」
「……了解した」
 そして平然とした態度のまま、ルイズは使い魔である銀髪の男を引き連れて、朝食の席から退場して行く。
 一方、残された家族たちは、唖然とした表情でルイズが立ち去った後のバルコニーの出口を見つめていた。
「ど……どういうことだ? あんな『必要性を感じない』や『話したところで』などということを言う子じゃなかったはずなのに……まるで別人ではないか!?」
 疑問をそのまま口に出すラ・ヴァリエール公爵だったが、その疑問に答える者は誰もいない。
 ……正確に言うと、疑問に対する答えを持つ者は一人だけいたのだが、それを公爵に伝えようとする者はいなかった。
 そして、その答えを持つ金髪眼鏡の長姉であるが。
(間違いなくユーゼスの影響ね……)
 よりによってこんな場面で遺憾なく発揮されてしまったルイズの変わりっぷりに頭を抱えていた。
 いや、別に妹の人格と言うか、精神面での変化を頭ごなしに否定するつもりはないのだが、いくら何でも時と場合と相手を選んで欲しい。
(……やっぱり、まだまだ子供ってことかしら)
 そのあたりも含めて一度じっくり話をする必要があるかも知れないわね、などと考えるエレオノール。
 しかし、そんな裏事情など知るよしもないラ・ヴァリエール公爵は大いにうろたえていた。
「いくら何でも、系統に目覚めただけであそこまで変わるわけはないし……。そ、育て方を間違ってしまったのだろうか……。いや、まさかワルドの一件のせいで心を閉ざしてしまったのか? それとも魔法学院で何か……」
「……あなた」
 夫人の諌める声も、今の公爵には届かない。
「な、なあ、カトレア。ルイズから何か聞いてはいないかね? 『向こうでこんなことがあった』とか、『グレてやる』とか、『父さまのこんな所が嫌い』とか」
「いえ、そのようなことは聞いておりませんが……」
「あなた」
 途方に暮れた公爵はルイズと仲の良かったカトレアを頼るが、そのカトレアもルイズと再開したのはつい先日のことなので、そこまで詳しい事情は知らなかった。
「ならば一体、何が原因で……!? ええい、こうなれば魔法学院に間者を送り込んで……いや、今は夏期休暇中だから意味がないか! ではカトレア、お前の方からそれとな~くルイズに聞いて……」
「……………」
 と、そんな風に取り乱すラ・ヴァリエール公爵の姿に、とうとう夫人の堪忍袋の緒が切れる。
「あなたっ!!」
「うひゃあぁっ!?」
 妻に怒鳴られ、ビクッと震えてのけぞる公爵。
 実に情けない光景だった。
「仮にも公爵ともあろう者が何ですか、その有様は!? 娘の言葉に右往左往して……ルイズの言葉ではありませんが、『公爵』としても『父』としても情けないことこの上ありませんよ!!」
「し、しかしなぁ、カリーヌ。あの可愛かったルイズが、あんなことを……」
「ええい、口を開けばブツブツと文句や理屈ばかり……! そのようなことだから、あのようにルイズが付け上がるのではありませんか!!」
「うぅ……」
 公爵夫人は自分の剣幕に尻込みする夫を一瞥し、目を閉じて軽く深呼吸を行うと、気を取り直して落ち着いた口調で今後の方針について語り始めた。
「とにかく今の所はルイズも『考え中だ』と言っているのですから、戦に行くか行かないかの議論はひとまず置いておきましょう。その上でルイズが『戦に向かう』と言うのでしたら、それはその時に説得するなり強引に引き止めるなりすれば良いのです」
「う、うむ」
「後はルイズのあの態度ですが……。子供と言うのは本来、良くも悪くも目まぐるしい勢いで変わって行くものでしょう。特にあの年頃は。ならばここは、ひとまず見守るべきかと思いますが」
「いや、だが……」
「『だが』? だが何です?」
「い、いや、何でもありません」
 もはや公爵の威厳もへったくれもなかった。
「念のため言っておきますが、『見守る』というのは『ただ見ているだけ』とは違うのですよ。もしルイズが道を踏み外しそうになったのならば、その時は力尽くででも真っ当な道に戻さなければなりません」
「力尽く、かぁ……」
 その言葉を妻の口から言われると、何だかシャレにならないような気がする。何せ彼女は、若い頃に……。
「分かりましたね!?」
「は、はい!」
 思わず記憶の海に逃げ込みそうになった所で、強い確認の言葉を浴びせられて我に返るラ・ヴァリエール公爵。
 ……何はともあれ、ラ・ヴァリエール家としてはルイズに対して『経過を観察しつつ、問題がありそうだったら即座に矯正する』というスタンスとなる。
「…………はぁ。ついこの間までは、『父さま、父さま』って言って駆け寄ってくる可愛い子だったのに…………」
 ちなみにヴァリエール公爵は、娘の変化を喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、判断に迷っているようだった。

 そんな家族の話題の中心のルイズはと言うと。
「うわぁぁああああああ~~ん!! どっ、どうしよう~~~!!?」
 自室に戻ってドアを閉めるなり、物凄い勢いで先程の自分の発言を後悔しまくっていた。
「場の勢いとは言え、よ、よりによって父さまに向かってあんなことを……あああ、もしかして謹慎を命じられたりするんじゃ……」
「……そこまで心配する必要もないのではないか?」
 アワアワと混乱しかける主人とは反対に、使い魔のユーゼスは平然としたものだった。
「何よ!? 何の根拠があってそんなことを言うの!?」
「仮に謹慎や軟禁状態になったとしても、逃げ出せばいいだけの話だろう。幸いにして今はそのようなことを言われてはいないし、あらかじめ近くにジェットビートルを持って来ていればイザという時の備えにはなる」
「よりによって実家から脱走してどうすんのよ!! って言うか、そんなことしたらもうこの家に帰って来れないじゃない!! 下手すると勘当よ、勘当!! 最悪だとお尋ね者!!」
 サラッと凄いことを言うユーゼスに、ルイズはガーッとまくし立てる。
 一通り叫び終えた後で数回ばかり深呼吸を行うが、やはり思考の切り替えは上手く行かないようだった。
「……まあ、確かにアンタの言う方法も一つの手ではあるんだけど……うーん、やっぱり父さまや母さまには変な印象を持たれちゃったかも……」
「……………」
 ウジウジと悩むルイズだったが、ユーゼスはそんな主人に対して何も言おうとはしない。
「……むぅ~……」
 そんな使い魔の態度が気に入らないのか、ルイズはユーゼスのことを恨めしそうにジトーッと睨みつける。
「何だ、御主人様」
「……アンタね、御主人様がこんなにも悩み苦しんでるんだから、優しい言葉の一つでもかけてあげるべきでしょう」
「それで何か情況が好転するのか?」
「…………しないけど」
「ならば必要あるまい」
 こういう所が優しくないんだから、などとルイズは思うが、『優しいユーゼス』もそれはそれで違和感を感じると言うか、むしろ気持ちが悪い。
 はあ、と溜息を一つだけ吐くと、ルイズは今度こそ思考の切り替えを行う。
「まあ、やってしまったことは仕方がないとしても……」
「ふむ」
 取りあえず目先の問題としては『父や母への対応』だが、もっと長い視点で見た場合の問題はそれではない。
 アルビオンとの戦に参戦するのか、しないのか。
 結構な大問題であるが、近日中にその結論を出さなければいけない。
「それで、これからどうするのだ?」
「それは……これから考えるわよ」
 幸いにして、父から判断材料は貰うことが出来た。
 後は自分の信念と、立場と、今までの人生における経験(と言っても、それほど多くもないが)を総動員して考え抜くだけだ。
「じゃあ、取りあえず」
「む?」
 何かを考えるにしても、いつまでもこんな城の中にいては納得の出来る結論は出るまい。
 ということで、ルイズは昨日出来なかったことを今やることにした。
「ユーゼス。ラ・ヴァリエールの領地の案内をしてあげるわ」
「ほう、それはありがたい」
 これにはユーゼスも乗り気なようである。
「ついでにビートルの回収もね。……アンタのさっきの話じゃないけど、やっぱりイザって時の備えは必要かも知れないし」
「脱走を前提にするのもどうかと思うが」
「だから、あくまで『イザという時のため』よ!! まったく、アンタが言い出したことだっていうのに……」
 言いつつ、外出の準備をするルイズとユーゼス。
 そしてルイズはストレスを払拭するかのように張り切って、ユーゼスはそれに追随してラ・ヴァリエールの城から馬で出発した。
 ……出発したのだが。
「ぐぉおおっ!!?」
「また落馬!? ……ああもう、実家にいる間には何とかしないと……!!」
 久し振りの乗馬に当たってユーゼスはその乗馬テクニックを主人に対し、改めて披露することになるのだった。


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