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毒の爪の使い魔-36


凄まじい轟音が静寂が支配していた草原に響き渡る。
それを皮切りに断続的に響く音、音、音。
地面が砕かれる破壊音、鋭利な爪による斬撃音、そして何十発…何百発分もの打撃音。
誰も何も言わなかった…いや、喋る余裕すらなかった。
何しろ目の前の戦いの凄まじさに目を奪われてしまったから。
戦っているのは亜人と幻獣のたった二体だ。
なのに…目の前の戦いは最早一対一の戦いの枠を完全に超越してしまっている。



「オラオラオラ!!!」
ジャンガは叫び声を上げながら蹴りを繰り出し、爪を振り下ろす。
「それそれそれ!!!」
ジョーカーも叫び声を上げながら、太い両腕を鞭の様に振り回す。
両者の攻撃は幾度もぶつかり合い、弾き合う。
唐突にジャンガは大きくその場から飛び退くと、空高く跳躍。
空中から無数のカッターを連射する。
雨霰と降り注ぐ無数のカッターを、ジョーカーは長く伸ばした腕を素早く振り回し、片っ端から弾いていく。
唐突にジャンガは勢いを付けて回転し、特大のカッターを放つ。
ジャンガ自身の回転が加わった事で、カッターはその勢いを増す。
鋼鉄も切り裂かんばかりの威力を秘めているだろうカッターはジョーカーへと飛ぶ。
しかし、当のジョーカーは特に慌てた様子も無い。
振り回していた腕をクロスさせ、身体を前屈みの様な状態にする。
力を溜めているのだろう…、身体が小刻みに震える。
カッターが眼前に迫った。
そこでジョーカーは溜め込んだ力を、両腕を大きく広げると同時に解放した。
「シャアァァァッッッーーーーー!!!」
ジョーカーの叫び声が響き、衝撃波が放たれる。
それは迫り来るカッターを消し飛ばしただけに止まらず、地面を抉り、進路上に在るありとあらゆる物を吹き飛ばしていく。
当然、ジャンガにもそれは襲い掛かった。地面に爪を突き刺し両足に力を込め、それを凌ぐ。
衝撃波が過ぎ去ると同時に、ジャンガは駆け出す。駆けながら四体に分身する。
ジョーカーが大きく腕を振る。すると無数の火球が出現し、四体のジャンガに向かって飛んだ。
火球は次々と地面に着弾し、爆発音が上がる。
ジャンガと分身は着弾よりも一瞬早くその場を飛び退く。
そのまま四方から一斉に飛び掛る。
そこから始まる猛ラッシュ…、四体のジャンガによる怒涛のキック攻撃。

蹴る、蹴る、蹴る、蹴る!

繰り出される蹴りの嵐をジョーカーは両腕で頭を覆い隠し、文字通り亀の様に縮こまって受けている。

蹴る、蹴る、蹴る、蹴る!

ジャンガのラッシュは終わりを見せない。
「うぬぬぬぬ……舐めないでほしいですネ!?」
叫び、ジョーカーは頭を覆っていた腕を大きく左右に広げるや、凄まじい勢いで回転を始めた。
回転の勢いに四体のジャンガは弾き飛ばされた。衝撃で三体の分身が消滅する。
ジョーカーの回転は止まらない。そのままの勢いを保ちながら、ジャンガ目掛けて突撃する。
高速で迫り来るそれをジャンガは紙一重で避ける。
ガガガガガッッ!!
背後で響いた音にジャンガは振り返る。
地面に縦一文字に巨大な溝が掘られている。ジョーカーの仕業なのは容易に想像できた。
恐らく今のジョーカーは高速回転する事により、巨大な円盤状の刃物と化しているのだろう。
それはジャンガの使うカッターとほぼ同じ。しかし、あれとは違って質量が有る。
あれだけの質量の塊を受け止める事など出来る訳が無い。
遠方に飛び去ったジョーカーが方向転換し、此方へと戻って来る。今度は縦ではなく水平だ。
回転速度は更に増している。触れればたちどころに切断されるのは間違い無い。
ジャンガは再度、寸前でそれをしゃがんでかわす。…だが、今回はそれだけで終わらない。
かわすと同時にジャンガはその側面――ジョーカーの腹目掛けて蹴りを放つ。
凄まじく重い蹴りだ、その一撃にジョーカーの回転が止まる。
「んぐっ!?」
苦悶の表情を浮かべるジョーカー。
そこへジャンガは更にもう一発蹴りを叩き込んだ。
ジョーカーの全身から一瞬力が抜けた。すかさずジャンガはジョーカーの横に回りこみ、その横っ腹を蹴り飛ばした。
蹴りの勢いのままに吹き飛ぶジョーカー……だったが、彼もやられてばかりではない。
吹き飛びながら腕を伸ばし、ジャンガの腰に巻きつける。
「ンなッ!?」
「やられてばかりではないですよーーー!?」
吹き飛ぶジョーカーに引っ張られ、ジャンガの身体も宙を舞う。
地面に背中から叩きつけられたジョーカーは、勢いの反動を利用し、腕を振り上げる。
腕は空中で大きく弧を描き、ジャンガはハンマーの様に凄まじい勢いで地面に叩き付けられた。
天高く舞い上がる粉塵。
腕を元の長さに戻し、ジョーカーは多少ふらつきながらも空中に浮かんだ。
そして油断無く粉塵を睨み付ける。
やがて粉塵が風に吹かれて晴れ、視界が利いてきた。
巨大なクレーターからジャンガが立ち上がってくるのが見えた。
今の一撃はよほど効いたのだろう…、見た限りボロボロだ。
だがジャンガは血の混じった唾を地面に吐き捨て、口を拭うとニヤリと笑みを浮かべながらジョーカーを見る。
「今のは効いたゼ、ジョーカー!」
その言葉にジョーカーも笑う。
「ジャンガちゃんの蹴りもですよ!」
互いの言葉に互いに笑い、再び両者は激突する。
お互い身体の事など気にも留めない。
とにかく今は一分一秒でも長くこの”ケンカ”を続けていたかったのだ。



「ええい、ミスタ・ジョーカーは何をしているのだ?」
うろたえた表情でクロムウェルが呟く。
その隣でシェフィールドも苛立たしげに眼下の様子を見ている。
クロムウェルが更に騒ぎ立てる。
「竜騎士隊も何をしているのだ? 何故攻撃を仕掛けない!?」

そう、先程から竜騎士隊はまるで動いていなかった。
今は攻撃を仕掛けるチャンスであり、更に友軍であるジョーカーを援護するのは当然の事だ。
なのに竜騎士隊は動かない。
――否、彼等が動かないのではない。”竜”が動かないのだ。
ハルケギニア最強の幻獣である竜だが、最強であるが故に相手の強さにも敏感なのだ。
そう…、火竜達は怯えていた。眼下で繰り広げられる戦いに…、その戦いを起こしている”二人”に。
二人が発する猛烈な殺気と気迫は火竜達に強烈なプレッシャーとなっているのだ。

――手を出せば殺される。

本能で実力差を悟った火竜達は、竜騎士が幾ら叱咤しても決して動こうとはしなかった。



遠くから二人の”ケンカ”を呆然と見ているルイズ達。
「な…何なのよ、あいつら?」
ルイズがようやく口を開いた。
”ケンカ”とあの二人は言っていたが、始まってみればそれは”ケンカ”などとは絶対に呼べない代物だった。
二人が戦えば戦うほど、周囲の地形がどんどんどんどん変わっていく。
クレーターは数え切れない。
互いの傷も増える一方で、決して浅くない。
”ケンカ”と言うより最早”死合”のレベルだ。
戦っているのは目の前の二人だけではないのではないか? と思えてしまうほどに凄まじい戦い…いや”ケンカ”だ。
「これをケンカって……どういう感覚をしてるのよ?」
今更考える事ではない気もするが、ルイズはそう呟いた。


タバサもまた呆然と二人の”ケンカ”を見ていたが、ルイズとはまた違った事を考えていた。
ジャンガとジョーカーは互いに相手を全力で攻撃している。
そう…”殺すつもり”で。
タバサはジャンガとジョーカーが睨み合った時から、二人が放つ殺気を感じ取っていた。
そんな高密度の殺気と殺意を込めた攻撃、そこからタバサは直感していた。

――二人は”ケンカ”と言う名の”殺し合い”をしている。

本気の殺し合い…、命のやり取り…。
二人の中がどれ程の物かはタバサには知るよしも無い。
しかし、あれほどまでにジャンガに拘り続けたジョーカーがそう簡単に好意の対象に殺意を向けるだろうか?
…いや、好意を向けていたからこそ、自らを拒絶された事で激しい憎しみと殺意が湧いたのかもしれない。
本の知識だけでなく、そう言った筋書きの物語を読んだ事もあったから良く解る。
…だが、目の前の二人は本当にそうなのだろうか?

タバサはもう一度二人をよく見た。
二人からは間違いなく殺気を感じる。…だが、同時に気が付いた事もあった。
(笑ってる…?)
そう、二人は笑っていた。それは相手を蔑み、嘲笑っているような物ではない。
楽しい事をしている時に、喜びを感じている時に浮かべるそれだと言う事をタバサは解った。
二人とも全身傷だらけであり、夥しい鮮血を流している。
攻撃も一撃一撃に殺意が込められており、相手の命を奪おうとしているのは良く解る。
…だが、それでも二人は笑っていた、楽しんでいた。
それは二人で遊戯をしているように見えた。
知らし合わせたかのようなタイミングの合った打ち合いは、見ればダンスを踊っているようにも感じる。
そこでタバサは再び気が付いた。
――二人には”殺気”こそあれど、相手に対する”憎悪”が無いのだ。
本気で殺し合いながら互いに相手を憎悪していないとは…、何とも奇妙だった。
しかし、とタバサは思う。
「それがあの二人らしいのかも…」
…自分はあの二人の過去を知らない。どのような事をしてきて、どのような事を経験してきたのかを。
ただ…それがどんなに自分達にとっては酷い事であっても、二人にとっては楽しい事だったのかもしれない。
自分はジャンガの過去を見て彼の全てを知った気になっていた。
そして、昔の頃のジャンガこそ本当のジャンガなのだと思ってもいた。
…だが、それは間違いであったのかもしれない。
彼は彼…、その生き方を他人がどうこう言うのは失礼な事ではないのだろうか?
まぁ、それを言ってしまったら、自分の復讐に対して色々と言ったジャンガも失礼だという事になるが。
いや…、そもそも彼の辞書に『失礼』などと言う言葉があるのだろうか…?
…色々と腑に落ちない事も在るが、とにかく自分の価値観を相手に押し付けたり、当て嵌めたりするのは失礼だろう。
さっきのジョーカーとの会話でもそう。
自分は過去を知っているからと、ジョーカーの中のジャンガへの思いや価値観を否定したのだ。
…例えそれが事実だったとしても認めたくない物が世の中にはある。
自分だってジルに、ジャンガに、痛い所を指摘されて頭に血が上ってしまったのだから良く解る。
ジョーカーは言っていた…『後からでしゃばって来たくせに』と…。
そうだ……自分は後から割り込んできた部外者なのだ。
あの二人はそれこそ、ここ<ハルケギニア>に呼ばれる前からの付き合いだ。
だからこそ、ジョーカーは自分達の関係を崩される発言が許せなかったのだろう。
「…そうだよね」
タバサは考える…、自分も大切な親友と引き離されるような…、関係を崩されるような事を、
見ず知らずの相手に言われたら自分はどう思うかを…。
…まず間違いなく不愉快になる。そのような事を言った相手を許さないだろう。

そこまで考えてタバサは二人を三度見つめた。
未だ二人は打ち合っている。
殺気を放ち、一撃一撃に殺意を込め、互いを打ち合い、傷付け合う。
そして、一切の憎しみを抱かず、純粋に楽しみ合い、喜び合っている。
とても仲良く見えた…、羨ましい程に…。



これで何度目の打ち合いだろうか?
もう数えるのもバカらしい位に続けている。
本来の目的を覚えているのかどうかも疑わしい…。
否、実際二人はもう他の事などどうでもよくなってきていた。
今している事が…”ケンカ”が楽しい。
こんなに自分を解放してぶつかり合った事が無いから余計にそう思えた。
殺気を放ち、本気で相手を殺そうとしながら…、それでいて心の底からそれを楽しむ。
これで死んでも本望だ…、二人は本気でそう考えていた。

知らし合わせたかのように同時にその場から離れ、相手と距離を取った。

互いに荒く息を吐き、苦しそうに呼吸する。
両者共に全身傷だらけで、夥しい鮮血を滴らせている。
体力も気力も既に限界は突破している、…もう長くは戦えないだろう。
そして…、それはこの”ケンカ”も終わりが近づいている事を差していた。
ジャンガとジョーカーは互いに見詰め合う。

――この”ケンカ”が終わったら、次に会えるのはいつになるだろうか?

――また笑って話は出来るだろうか?

――そもそも、殺し合っているのに相手を無事に生かして終わらせられるのだろうか?

疑問は尽きない。でも、決着は直ぐそこだ。
ならば、後は結果が全て。
会う事が出来ないならそれまで…。話す事が出来ないならそれまで…。殺してしまったら…それまで…。
互いに後悔は無い…、だって…こんなに楽しい時間を過ごせたのだから。

…二人はこの瞬間、自分を呼び出したご主人に、楽しい一時をくれた相方に、心からの感謝を贈っていた。



――太陽が月に完全に隠れ、辺りは一層の暗闇に包まれた。



「ジャンガちゃん! 全力で行かせてもらいますよーーーーー!!!」
「上等だ! 来な!!!」
ジョーカーは再び高速回転を始める。
だが、今度は先程のような体当たりではない。
回転を始めたジョーカーを中心に空気が渦を巻き、竜巻が発生する。
それは瞬く間に成長し、スクウェアクラスのメイジでも指折りしか生み出せないような巨大な竜巻になった。
それに留まらず、竜巻は徐々に赤みを帯び、遂には炎を噴出す。
ジョーカーが竜巻に炎を混じらせているのだ。
名付けて『フレイムトルネード』。
膨大な熱量と火力を含んだ赤い竜巻は、進路上の全てを飲み込み灰にする。
竜巻が動き出した。
それなりの速度でジャンガへと向かっていく。
ジャンガはニヤリと笑い、竜巻に向かって駆け出す。
――ケリを付ける。
ただそれだけを考え、ジャンガは両腕を振り上げた。
左手のルーンが一層激しく、眩く輝く。
ジャンガは両腕をクロスさせる様にして振り下ろす。
同時にジャンガは速度を速める。
X字に飛ぶカッターが竜巻に当たった。
ほんの一瞬、カッターの当たった所に穴が開いた。
二つのカッターの衝突で一際穴が大きい中央にジャンガは飛び込んだ。
竜巻の内部へとジャンガは立つ。
予想通りの無風状態、台風の目のような物だ。
そこはまさに灼熱地獄…、サウナを何十倍、何百倍にも強めた様な猛烈な熱気がジャンガを襲う。
本来ならこの竜巻に飲み込まれた時点で黒焦げになるのだが、
ジャンガは耐火コーティングを施した特注のコートを羽織っていたのでそれは免れた。

上に目を向ける、未だ回転を続ける相方の姿があった。
「…チェックメイトだゼ」
飛び上がり、その腹に両の爪を振るう。
綺麗に並んだ赤い線が六つ、交差するように刻まれる。
回転が止まった。
すかさず、問答無用で全力の蹴りを連続して叩き込んだ。
ジョーカーは声の無い悲鳴を上げる。
息が続かず、ジャンガは蹴りを止め、地面へと着地した。
荒い呼吸を繰り返しながら、真上を見上げる。
ジョーカーはフラフラしながらその高度を徐々に落としている。
――再び目が合った。
「…俺の一勝だ」
「のほ、ほ……そうです、ね…。ジャンガちゃん…おめでとう…ござい、ますネ…。
次は……負けませんよ…?」
「ああ…、負けるつもりは無ェがよ…」
「ジャンガちゃん……正義、ごっこ…、まだ……続け、ます…か…?」
「……飽きたらお前の所に行ってやる。…それまでせいぜい生きてろ」
「…待ってますよ…、ジャンガちゃん…」

互いに笑う。

「楽しかったゼ…、ジョーカー…」
「ワタクシも…ですよ…、ジャンガ…ちゃん…、のほ、ほ…」


次の瞬間、ジャンガの凄まじい蹴りがジョーカーの腹に打ち込まれた。


「のほほほほほーーーーー!!! ジャーーーーーンガちゃーーーーーん!!! アーーーーーディオーーーーース!!!」
叫び声を残しながら凄まじい勢いで吹き飛ぶジョーカーは、
上空の竜騎士を数名巻き込みながらレキシントン号の船底をぶち抜いた。
ショックでレキシントン号の船体が大きく揺らいだ。



ジョーカーを蹴り飛ばし、ジャンガは遂に精根尽き果てたのか……地面に大の字になって倒れた。
そこに戦いが終わったのを見届けたルイズ達が駆け寄ってくる。
「ジャンガ、しっかりしなさいよ!?」
ルイズが半分泣きそうな顔で怒鳴る。
ジャンガは元気の残っていない顔で無理矢理ニヤニヤ笑いを浮かべる。
「ケッ、ウルセェよ…クソガキ…。俺は別に…平気だってんだよ…」
「全然大丈夫じゃないじゃない!? ちょっとまってなさいよ…」
急いでモンモランシーが治癒を掛けるが深手だ。それにタバサやキュルケの応急処置で精神力を大分消費している。
意識が遠退きかけ…モンモランシーは治癒を使うのを止めた。
「これで限界…」
怪我は殆ど塞がっていない…、危険だ。
「わたくしにまかせてください」
そう言ったのはアンリエッタだ。
杖を翳し、ルーンを唱える。優しい水魔法がジャンガの身体を癒す。
「…やれやれだゼ。玩具に…助けられるたァな…」
そんなジャンガにアンリエッタは微笑む。
「あなたには色々と貸しがあります…、これ位は当然の事です」
その言葉にジャンガは笑った。
「要求…」
「え?」
「…俺の要求…、タバサ嬢ちゃんの母ちゃんの事だ…。守ってくれてありがとうよ…」
その言葉にアンリエッタだけでなく、ルイズやタバサも目を見開く。
当然だ…、彼はここに来るまで眠っていたはずなのだから、タバサの母の事を知るはずがない。
ジャンガはそんな一同の表情に笑う。
「キキキ……教えてもらっただけだ…。簡単な理屈だろ…?」
「誰によ?」
「…ンな事、どうでもいいじゃねェかよ…」
ルイズ達は顔を見合わせる。
「ンな事より……上の”アレ”…どうすんだ?」

一同は空を見上げる。上空にはまだ十数の竜騎士が飛んでいる。
レキシントン号は船底にジョーカーの衝突で出来た大穴が開いているが、未だ健在だ。
こちらにあの巨艦への攻撃手段は殆どない。グリフォン隊もマンティコア隊もほぼ全滅。
唯一、タバサのシルフィードはまだ飛べるようだが、如何せん戦力差が有りすぎる。
タバサもキュルケもギーシュもモンモランシーも精神力は殆ど打ち止め状態。
ジャンガは見ての通りの戦闘不能。…完全にお手上げだった。
「チッ…、あのデカブツ……とっとと沈んでりゃいいのによ…」
ジャンガが苦しそうに悪態を吐く。
アンリエッタの治癒で傷は大分塞がったが、それでもまだ大怪我のレベルだ。
「…クソが」
それでもジャンガは立ち上がろうとした。
ルイズとタバサは必死に制する。
「やめなさいよ!? まだ重傷なんだから!?」
「動くと傷が開く」
しかし、ジャンガは彼女達の制止を振り切って立ち上がった。
「死ぬまで終わらねェ…、死ぬまで負けじゃねェ…、死ぬ直前まで抗ってやる…。
認めねェ…認めねェぞ。俺の玩具箱を好き勝手に荒らされてたまるかよ!」
ルイズはそんなジャンガの姿を見ていて悲しくなった。
あんなに必死に戦ってようやく勝利したのに……敗北が確定しているなんて…。
本人が言っている通り、ジャンガは死んでも認めないだろう、そんな事は。
ルイズは徐に懐に入れていた始祖の祈祷書を取り出し、ページを捲った。
この辛い事実をほんの一瞬でも忘れたい…、そんな感じの現実逃避にも似た感情が起こさせた意味の無い行動だった。
…そう、意味の無い行動のはずだった。

「え?」
指に嵌めた水のルビーと始祖の祈祷書、そしてポケットに入ったある物が輝きだした。
慌ててポケットの中の物を取り出す。
「う、嘘?」
輝いていたのはヒーローメダル。輝きが収まるとそこには赤茶色に変わったメダルがあった。
他の皆も驚いていたが、アンリエッタが一番驚いた。
「ルイズ…どうして、メダルの色が?」
「わ、解りません。どうして…こんな事が…」
ルビーと祈祷書は未だ輝いている。
そして、祈祷書の光の中に文字を見つけた、…古代のルーン文字だ。



――序文――

――これより我が知りし心理をこの書に記す。この世の全ての物質は小さな粒より為る――

――その粒に干渉し、影響を与え、変化せしめる呪文は『火』『水』『風』『土』の四の系統と為す――

――神が我に与えし力はその四の系統の何れにも属せず、更なる小さな粒へと干渉し、影響を与え、変化せしめる――

――四にあらざるそれは零、すなわち『虚無』。この力を我は『虚無の系統』と名づけん――



「ちょっと…どうしたのよ、ルイズ?」
呆然と祈祷書を見つめているルイズが心配になり、キュルケは声を掛ける。
気になって横から祈祷書を覗き込む…が、何も書かれていない。白紙だ。
「何も書いていないじゃない…。こんな白紙の本を見てどうしたのよ?」
「虚無の系統…」
ルイズがポツリと呟く。
「え?」
「伝説じゃないの…、伝説じゃないの!」
突然声を荒げたルイズに全員が驚いた。
「どうしたのよ、急に大声出して?」
「これが驚かずにいられる!? 虚無よ虚無! この始祖の祈祷書に虚無の系統の事が書かれているのよ!」
「きょ、虚無?」
ルイズは再び祈祷書に目を落とす。



――これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぎ、そのための力『虚無』を担いし者なり――

――力の担い手よ、志半ばで倒れし我と同胞の為、異教に奪われし『聖地』を取り戻すのだ――

――『虚無』は強力なり。強力ゆえ、その詠唱は永きにわたり、多大なる精神力を消耗する――

――詠唱者は注意せよ。強力過ぎる力は時に己自身の命を削る――

――故に我はこの書の読み手を選ぶ。資格無き者にはこの書は開かれぬ――

――選ばれし者が『四の系統』の指輪を嵌めし時、この書は開かれる――


――『ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ』――


――以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す――

――初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』――



文の最後からは古代語の呪文が続いている。
ルイズは呪文を見ながら呆然と呟く。
「ねぇ、始祖ブリミル? あなたバカでしょ…、間違いなくバカでしょ?
指輪が無くちゃ『始祖の祈祷書』は読めないんでしょ? 意味無いじゃない。
普通、注意書きってのは解り易く書いてあるべきでしょ? 読めないんじゃ注意書きの意味が無いわよ。
そんなの子供でも解るはずなのに…だっさいわね」
半ばジャンガっぽい台詞を混ぜて呟きながらルイズは考える。
『エクスプロージョン(爆発)』と記された虚無の呪文。
以前、学院の襲撃事件が起きる前、練習の際に一度考えた事が頭を過ぎる。

――自分の爆発は実は”失敗”ではなく、成功なのではないか?

――この爆発は伝説の”五番目の系統”ではないのか?

その時はありえないと気にしない事にした。だが、現実に自分は祈祷書を読めた。
と、言う事は自分は担い手なのではなかろうか?
ルイズは暫し考え込み、意を決して頷いた。
「タバサ、シルフィードをお願い!」
ルイズのその余りに唐突な言葉に一同呆然となる。――ジャンガは笑っていたが。
「ルイズ、何を考えているのです!? あなた一人であの大群に挑んでも死にに行くような物よ!?」
アンリエッタは必死な表情でルイズに言う。
当然だ、幾らなんでも無謀だ。ルイズの戦いを見ていたが、失敗とされている爆発は思ったよりも威力はあった。
それでも足場の無い空中で、竜騎士を相手にするには心細い。結果は火を見るよりも明らかだ。
だが、ルイズは揺ぎ無い決意を秘めた目でアンリエッタを真っ直ぐに見つめた。
「大丈夫です、なんとかしてみせます」
「何とか、つってもなァ~…、賞賛は在るのかよ?」
ジャンガが頭を掻きながら問い掛ける。
そんな彼を見つめてルイズは軽く笑みを浮かべる。

「何かね……選ばれちゃってたみたいなの」



「ったく…、まだかよ?」
ジャンガがイライラしながら背中越しに後ろを見る。
始祖の祈祷書を片手に、杖を掲げて詠唱を続けるルイズが目に入った。
――散弾が飛んで来た。
ジャンガは即座にカッターを乱れ撃ち、散弾を切り裂く。
しかし全てを防ぎ切れず、数発が肩口に当たった。
「もう止めなさいよ!? いい加減限界でしょ!?」
「あなたの分はわたし達がカバーする」
キュルケとタバサの気遣う声にジャンガは鼻を鳴らす。
「冗談じゃねェ…、玩具にこれ以上……借り何ざ作るかよ」

現在彼等が居るのはタルブ上空。
ルイズが「何とかする」と意見を貫き通し、タバサのシルフィードで上空の巨艦へと向かっているのだ。
シルフィードにはルイズの他に、まだ精神力が残っているタバサとキュルケ、
そして傷付きながらも戦意を未だ失っていないジャンガが乗っている。
全員を乗せたシルフィードは戦艦へと向かって飛ぶ。
当然、敵もすんなりと近づかせてはくれない。艦砲射撃や生き残っている竜騎士の執拗な攻撃に晒されていた。
それらの攻撃からルイズを守るべく、キュルケとタバサ、ジャンガは残された力を振り絞る。
だが、流石にそろそろ限界が近い。
「クソッ…、また身体がダルくなって来やがった…。ルーンは有るのに……なんでだ?」
悪態を吐くジャンガにデルフリンガーが答える。
「そりゃ当然だ。ガンダールヴの活動限界が近づいてるんだからよ」
「何?」
「ガンダールヴは心の震えで力を増すってのは前に話しただろ?
だけどよ…確かに力は上がるが、それだけ活動限界も早まるんだ」
「…活動限界なんざあるのかよ? メンドくせェ…」
「勘違いするなよ相棒? お前さん…ガンダールヴの役目は敵を倒す事じゃない。
”呪文詠唱中の主人を敵の攻撃から守る”……ただそれだけだ。敵を倒す事が目的じゃないのさ」
ジャンガは思いっきり舌打ちをする。
「まぁ、相棒の強さは並外れてるし…、何だか解らないが…俺の知ってるのより力強い気がするし。
そこらのザコが相手なら、呪文詠唱が終わる前に片が付くだろうな。
けどな…今回ばかりは相手が……いや、状況が悪い。
あんなお前さんに匹敵するような化物とさんざドンパチやりあったんだ…、そりゃ限界も来るさ。
相棒…悲観する事ぁねぇよ。…お前さんは十分役目を果たしたさ」
「フンッ…、使い魔の役目を果たしたつもりはねェ…」

「それに安心しな。もう詠唱は終わるぜ」



長い長い詠唱…、古代のルーンを呟き続けるうちに身体の内から魔力が溢れ、ある種のリズムが生まれる。
身体の内で何かが生まれ、行き先を求めて回転する…、魔法を唱える者はそんな感覚を感じるらしい。
誰かが言ったその台詞を思い出しながら、その身体の内のリズムに従うようにルーンを口ずさんでいく。
――シルフィードが竜騎士を振り切り、戦艦の上空へと達した。
その時、ルイズの長い詠唱は完成した。
しっかりと目を見開き、眼下のレキシントン号と竜騎士を見つめる。
選択肢は二つ…。殺すか、殺さないか。

「…二つじゃないわね」

散々自分達を痛めつけ、アンリエッタやタルブの人々を苦しめた連中に情けなど無用。
だが、敵とは言え…殺すのは何となく気分が悪い。でも、無傷で済ますのも納得がいかない。――ならば。

「間を取ればいいわね」

言ってルイズはニヤリと笑う。
その顔を見たキュルケとタバサは唖然となり、ジャンガは、ホゥ、と感心したような表情になる。
――その時のルイズの笑顔は、ジャンガの浮かべる凶悪な笑みと瓜二つだった。

「半殺しで済ましてあげるわ…、慈悲深いわたしに感謝しなさいね…」

冷たく言い放ち、杖を振り下ろすと同時に叫んだ。



「くたばりなさぁぁぁぁぁーーーーーーーい!!!」



――刹那、太陽と見間違うばかりの巨大な眩い光の玉が生まれ、レキシントン号と竜騎士の全てを飲み込んだ。



日食が終わり、暗闇に閉ざされた大地に光が戻った。
戦いは一応の終わりを迎えていた。
ルイズの放った『魔法』はレキシントン号を炎上させ、竜騎士を尽く黒焦げにした。
竜騎士や竜、レキシントン号に乗っていた乗組員は生きてはいるが酷い火傷を負っており、
動く事もままならない状態だった。今は生き残ったトリステイン軍に残らず捕縛され、必要最低限の応急処置を施されている。

そして、ルイズとタバサ、ジャンガの三人は今、川の字で眠っていた。
無論、ジャンガが望んでこうしている訳ではない。
最初に疲労が頂点に達していたジャンガが、地上に戻ったと同時にアウト。
それに続いてルイズが彼の右腕を枕に、マフラーの余った部分を首に巻いて添い寝。
それを見て羨ましがったタバサが残った左側をルイズと同じように確保。
…そして、現在の状況に至ったのだった。



――そんな彼等は夢を見る。

一戸建ての一軒家。豪華ではないが、みすぼらしくもない綺麗な家。

家の中でソファーに座りタバサは膝の上に”タバサ”を置いてイーヴァルディの勇者を呼んでいる。

彼女の隣には薄ピンク色の毛をした猫の亜人の少女が座っている。

タバサはその少女に姉妹のように接しながら、優しい声で朗読を続ける。

テーブルの上ではルイズが編み物で悪戦苦闘していた。

それをピンク色の髪をした猫の亜人の女性が編み物を指導している。

必死に学び、編んでいくが上手くいかずルイズは、ムキー、と唸った。

そこへ扉が開き誰かが帰って来た。

それが誰かなど解りきっているかのように、全員が玄関へ向かう。

そこには待ち望んでいた相手が立っていた。

紫色のコートに長いマフラーを巻いたその相手にルイズとタバサ、少女は抱き付いた。

彼はいきなり抱き付かれ、困った表情を一瞬浮かべるが、すぐに満更でもない表情になる。

そして、そんな自分達の様子を見守っている女性に気が付く。

「ただいま」と言うと、「おかえり」と女性は返した。



「幸せそうな笑顔ね…」
結果として寄り添うような形で眠る三人を見つめながらキュルケは呟く。
三人の表情は眠った直後よりも心なしか微笑んでいるようにも見えた。
「どんな夢を見ているのかしら?」
「素敵な物には間違い無いだろうさ」
モンモランシーの言葉にギーシュが答える。
「今はゆっくりと眠らせてあげましょう。今回の戦…三人のおかげで勝てたような物ですから」
アンリエッタの言葉にキュルケ達は深く頷く。
そして、眠り続ける三人を温かく見守った。



――同時刻、眠るジャンガ達の居る場所から離れた五千メイル上空。

「フン、とりあえず担い手の覚醒は成功か…」
男が呟く。遠い異国の服を纏った男だ。
その男は異型に乗っている。毒々しい紫色の体色をした異型に。
異型の背には傷だらけのジョーカー、そしてシェフィールドの姿が在った。
シェフィールドは悔しそうに歯噛みをする。
「ガンダールヴ…、またしても…」
「そう悔しがる事も無かろう? 最低限の目的は果たしたのだからな」
男が宥めるがシェフィールドの怒りは収まらない。
「このままじゃ済まさない…、絶対に…報いを与える。
わたしが味わった屈辱と、ジョゼフ様を侮辱した事への報いを…」
拳を強く握り締める。
それを見て男は頭を振った。
「まぁ、今は休むがいい。先も言ったが、最低限の目的は果たしたのだ。
ジョゼフも喜びこそすれ、お前を攻めなどしないだろう」
「…ジョゼフ様が赦そうとも、わたしは自分が赦せぬ」
「とにかく休め。何をしようにも、今はもう退く以外に手段は無いのだからな」
そう言って男は眼下の様子に目を向ける。
捕らえられたレコン・キスタの人間が次々に連行されていく。
男は鼻で笑った。
「まだアルビオンに戦力は残っている。足りなければ補充すれば良いだけ…、然程の事ではない」
「クロムウェルはどうした?」
「ククク、奴には最後の役目を果たしてもらったよ」
男は右手に握った槍の様な、杖の様な棒状の物を見せる。
それの先端は紅く濡れていた。
「そうか」
「哀れでいて実に滑稽な傀儡だったな。最後の最後まで踊らされ続けるだけ……少しは抗ってみてもいいものを。
まぁ…所詮は一介の司教、意志の弱い凡人。さすれば、人形として踊り続けていたのも一つの幸せだろう。
とりあえず、これでアルビオンの兵士への戦意高揚は図れる。
ジョーカーがこのようになったのは少々計算外だが……なに、ちょっとした修正が入るだけだろう。
事は全て上手く進んでいる…、定められた未来へと…絶望へと進んでいる」
男は大仰な仕草で演説するかのように言葉を続ける。
「人々の恐怖と絶望は、この上ない悪夢となりて闇を起こすだろう。ククク…そうだ、闇が世界を覆うのだ」
「嬉しそうだね?」
「グハハハハハ! 当然だ! 愚問だ! 今一度闇が…”ナハトの闇”が目を覚ますのだ!
これを喜ばずしてどうする!? グハハハハハハ!!!」

男は笑った。堪えられないと言った感じで笑い続けた。

男の笑いは何処までも澄み切った青空に不気味に響き渡った。


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