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マジシャン ザ ルイズ 3章 (57)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (57)シュペー卿の剣

 メンヌヴィルという人間は、酷く簡単な価値観の中に生きている。
 目を盲いた彼に感じられる世界とは、熱量にのみ左右される世界。
 燃える熱、凍える熱、人の熱、石の熱、怒りの熱、喜びの熱。
 全ては熱でできている。

 そんな彼は、自身ら火のメイジを、他系統のメイジとは一線を画する存在だと考えている。
 土のメイジは土と、水のメイジは水と、風のメイジは風と親しむ。
 それは自然本来の摂理からすれば、至極当然の形だ。
 生命とは元来そういうふうに作られている。

 しかし、火だけは違う。

 火と生命は本来相容れない。動物は本能的に火を恐怖するものだ。
 だが、火のメイジは火を恐れたりはしない。火への恐怖心の克服は、火のメイジの基礎の基礎である。
 相容れぬはずの火と親しむ、その一点でもって、火のメイジは他のメイジに比べてどこかが壊れている存在なのだと彼は考えている。

 そして、そんな火のメイジの中でも更に一握り。
 火に愛されている、そんな風にしか思えない人間がいるのだ。
 熱にうかされ、火に魅せられ、精神を薪にして炎にくべてしまった人間がいるのだ。
 たとえばこの少女のように、

 たとえばあの背中のように、

 ――たとえばこの自分のように。



 キュルケが驚愕に目を見開く。
 これ以上ない全力。間違いなく敵を葬るはずだった、必殺の一撃。
 たが、メンヌヴィルはその絶攻を受けてなお、巌のように両の足で立っていた。
「かっ、かっ、はっ」
 そしてメンヌヴィルの口から漏れる、呻きのようなかすれた笑い声。
 男は倒れるどころか、途切れ途切れだが笑声を出す余裕すら見せたのである。
「心地よい温度だ、体が芯から温まる……その温度操作、今の炎。なるほど、軽くスクウェアクラスには達していると見える」
 確かに魔法は直撃した。手応えもあった。だと言うのに、なぜこの男は笑っていられるのか。

 疑問の答えを悠長に探している暇はない。
 キュルケは接敵し続けている愚に気が付いて、一足飛びに距離をとった。
 一方メンヌヴィルはというと、まだ低い笑い声を漏らし続けていた。

「貴様の魔法を扱う才は、この俺よりもよほど上のようだ。ならばここで一つ、戦いはクラスでは計れぬということを教えてやらねばならないな」

 それを聞いた次の瞬間、キュルケの目にはメンヌヴィルの姿が掻き消えたように見えた。

「こっちだ」
 不意に背後から響いた言葉。驚く余裕も与えられず、続けて彼女を襲ったのは重たい衝撃。
 何事が起こったのかを理解する前に、キュルケは体をくの字に曲げて宙を舞っていた。
 そうして軽く十メイル近くも吹き飛ばされて、彼女はその身を床に叩き付けた。

 なにが起こったのかの理解が追いつかない。ただ痛みだけがいやに鮮烈だ。
「がっ、は、あ……っ!?」
 腕に走った激痛と地面に全身を打った衝撃で、キュルケは思わず肺の中の空気を絞り出した。
 体中を痛みが支配する中で、男の声だけがはっきりと意味をなした。
「ほう、あの一瞬で腕を折り曲げてガードしたのか。なるほど、悪くない反射神経だ」
 憎い男の声を聞いて、キュルケは必死にメンヌヴィルを睨み付ける。
 そして己の心に灯った火が、未だ燃えているのを確認する。
〝たかが一撃、まだやれる……〟
 心の中でそれだけを繰り返し、彼女は無事なほうの腕を使って、笑う膝を支えながら立ち上がった。

「よし、それでいい。では続きといこう、簡単に死んでくれるなよ?」
 メンヌヴィルはキュルケから数メイルは離れた距離で鉄杖を振りかぶった。
「……そらっ!」
 裂帛の気合いと共に、鉄の塊であるそれを思い切り地面へと叩き付ける。
 そしてメイスが地面と衝突するインパクトの瞬間に叫ばれる、火を意味するルーン。
「カーノ!」

 轟音。
 直後襲いかかってきたものを見て、キュルケは知らず、体中の毛が逆立つのを感じた。
 恐るべき速度で向かってきたのは、赤熱したあまたの石片。
 無論、それ自体がメンヌヴィルの魔法で生み出されたものではない。
 床を砕いてできた無数つぶてを、魔法によって高熱の散弾化にしたのである。

「!?」
 キュルケは咄嗟に攻撃のために唱えておいた呪文を、迎撃に切り替えて解き放つ。
 ルーンの導きに応えてキュルケの前にごうと立ち上がったのは炎の竜巻。生み出されたそれが、紅蓮の盾となって飛び来た赤弾を悉く遮る。
 まさに炎の壁。並の攻撃ならまず通すことのない強固な防護だ。
 故に、キュルケは炎の嵐をそよ風を抜けるようにくぐり抜けて飛び込んできた男の姿に、反応することができなかった。
 炎の壁を踏み越えて飛び込んできたメンヌヴィルは、キュルケの思考を置き去りにしたまま、見事なアッパーカットを彼女の顎に叩き込んだ。
 再び、キュルケの体が宙を舞う。

「かっ……っ!?」
「なかなかいい腕だ。状況判断も悪くない。ただ、惜しむらくは炎の使い手との戦闘経験が、圧倒的に不足していたと言うことだな」
 メンヌヴィルは軽く四メイルは吹き飛ばされたキュルケを見下ろしてそう言った。
 キュルケは二度目のダウンから立ち上がろうとするが、脳震盪の起こした体は、手足に全く力を伝えてくれない。
 それを見たメンヌヴィルは、仕切り直しを求めるように、キュルケに背をむけて距離を離していった。
「同系統のメイジ……特に火のメイジが火のメイジと戦う際には、ちょっとしたコツがいる」
 地に伏したキュルケは、メンヌヴィルを殺意の籠もった視線で見つめていた。
 視界に入るその姿は殆ど無傷。あれだけの炎に突っ込んだというのに軽い火傷一つ確認できない。
「特に炎の効きが悪い場合は、こうして物理的な攻撃を織り交ぜたほうが効率がよい」

 キュルケは黙って男の言葉を聞いている。
「また、クラスが格上の者と相対する場合、距離を離した戦いよりも肉薄した接近戦が効果的だ」
 そうして回復を待ちつつ、勝利のための糸口を必死に探す。
 幸いにして、ハンデのつもりなのかメンヌヴィルが背を向けて離れてくれていったおかげで、彼我の距離はかなり開いていた。
 これなら先ほどのように、一足飛びに懐に潜られることもない。
 始めに接近戦に持ち込んだのは自分だというのは、実に皮肉的であったが。

「もちろん、お行儀のいい貴族の戦い方ではないがな……。さて、そろそろ十分だろう。休憩は終わりだ」

 その言葉を聞くと同時、キュルケはかろうじて回復した手足を使い、体に鞭打ってその場から跳ね起きた。
 そうやって立ち上がりながら一声叫ぶ。
「ファイアー・ボール!」
 今日が始まってから、何度唱えたかもわからぬ魔法を放つ。
 まずはあの異常な早さの正体を知らねば勝ち目はない。
 それを見定めるための牽制攻撃である。

 それを知ってか知らずか、
「無駄だ」
 メンヌヴィルの姿が、またも忽然とかき消えた。
 キュルケはわかっていながら目で追えないもどかしさに、きつく歯を噛みしめる。
 だが、視覚ではない感覚的なもので、キュルケはメンヌヴィルが消えた場所に、輝く残滓を捕らえていた。
 微かに残るそれは熱の残り香、炎の軌跡。
 その意味するところはなにか。

 いくつかの可能性がキュルケの頭を過ぎるが、直感的にその中の一つに当たりをつける。そしてその可能性に基づいて彼女は上を見上げた。
 そして、見上げた先にはメイスを振りかぶって落ちてくる巨漢の姿。
 キュルケが即座に転がってそこを離れる。
 直後、派手に火の粉を爆ぜ散らしながら、肉弾がその場所を襲った。

「ちょこまかとよく逃げる……」
 ゆっくりと立ち上がった男がくつくつと嗤う。
 だが、体をふらふらとさせながら、キュルケはそんなことなど気にも留めない。
 彼女が注視しているのはただ一点。
 その足元。
 無骨なブーツ。

「まさか、あなた……」
「……頭のめぐりも悪くない。たったこれだけの時間で大道芸のカラクリに気付いてくれるとは嬉しい限りだ」
 また男が笑う。何処までも深い、暗く淀んだ笑いを漏らす。
「ならば今更出し惜しむ必要もない」
 そう言ってメンヌヴィルが右足を一歩踏み出す。
 その途端、

 そのブーツの足元が爆ぜた。

 足裏から噴出した炎。その直後に起こった爆発を、踏み蹴るようにして男は跳ぶ。
 勢いに乗って、砲弾のように飛び込んでくる。
「くっ!」
 恐るべき速さで迫る敵に対して、反射的な防御としてキュルケは杖を振って前方に向けて炎弾を撃つ。
 咄嗟に放たれた炎の数は三、それぞれがメンヌヴィルの足元、胴体、頭を狙って飛ぶ。
「甘い!」
 しかしそれと接触する直前、男は二歩目を地面に叩き付けるように踏み込んだ。
 男の足裏、またしても爆発する白い炎。
 一足目で一直線に飛んできたメンヌヴィル。それがなんと二足目で、上へとその指向を上へと変えた。
 白光を迸らせながら、軽やかに宙へと駆け上がる巨体。炎弾はその変則的過ぎる動きを追随できずに、虚しく空で爆ぜて散る。
 無論、それで終わるはずがない。

「はあああああああああっ!」

 叫びと共に三歩目。なんとメンヌヴィルは、空中にあって三歩目を踏み込んだのである。
 高さ五メイル。身を捻りながらオーバーヘッド気味に回転した男は、その高さで後方斜め上に白い炎を出現させた。
 そしてその爆発を蹴る。
 三度の進路変更。
 今度こそは敵を仕留める一撃を見舞うためのもの。
 引き絞った弓から放たれる、鋭き矢の如き蹴撃。それがキュルケを狙う。



「パイルパイルパイルパイル!」
「ゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブ!」
「キョーッキョキョキョキョキョッ! ファナティーック!」
「俺のパイを食ったやつはどこだー!」

 土煙を上げて、猛然と快走する赤い肌をした亜人達――ゴブリンの一団。
 気のせいか先ほどまでよりも一回りほども規模が大きくなっている気がする集団の先、百メイルの距離を走る少年の姿があった。

「うわあああああああああああああああああああああっ!!」

 逃げる、逃げる、逃げる。
 おとぎ話の笛吹きよろしく、ゴブリン軍団を引き連れたギーシュ・ド・グラモンは自前の足で走って逃げる。
 二本の腕を必死に振って、二本の足をせかせか動かし、それはもう力の限り全力で走る。

「ヒャッハー!」
 と、追いかける集団からぽーんと一つ飛び出した影。
 それはソリだ、
 ゴブリンを乗せたソリが、ギーシュを追いかけて空を飛んだのだ。
 ソリの踏み台にされたゴブリンが後続のゴブリン集団に踏みつぶされたのも気に留めず、宙を舞うソリ乗りゴブリン。
 その一匹はサーファーのように空中で華麗にポーズをキメて、真っ逆さまにギーシュへ向かって落ちていく。
「うわわわわわわっ!」
 と、たまたま後ろを振り返って気付いたギーシュが、慌てて体を横にずらす。
「ムギャア!」
 目標を失って地面に激突したゴブリンは、ソリごと地面に衝突し、あまつさえそのまま地面に突き刺ささった。
 そしてその少しあと、地面に刺さったままのソリとゴブリンは、やっぱり後続のゴブリン集団に巻き込まれて踏みつぶされた。

『ゴブ』
『ゴブ』『ゴブ』
『ゴブ』『ゴブ』『ゴブ』……

 振り返ったときにちらりと見えたゴブリンの集団は、先ほどよりも更に数が増しているように思えた。
 ここまでくればギーシュにもわかる。彼らは時が経つにつれどんどんと増えているのだ。
「ひいいいいいいいいいいいい!!」
 激走。産まれてこの方こんなに真剣に走ったことはないという勢いでギーシュは駆ける。

 だが、次の瞬間、
「ひでぶっ!」
 ギーシュは窪地に足を取られ、豪快に顔面から地面に激突した。
 激突して、それでも勢い止まらず、そのまま体が一回転。
「はぎっ! うぶぉらっ! ぎゃああああああ!!」
 ぐるんぐるんと更に一回りと半分も縦回転をして、地面に二度目のキスをしたギーシュは、そのままずざざと顔で地面を滑り、
『なんで僕がこんな目に……』
 そんなことを思いながら気を失った。

 ◇◇◇

 ふと気付いたら真っ白な世界にいた。
 なんだかふわふわして暖かい、ぬくぬく気持ちいい世界にギーシュはいた。
〝こ、ここは……〟
 そんな風に呟いてみても答えは出ない。こんな光景を見るのは初めてだった。
「何処だっていいじゃない」
 そんな声が聞こえて、ギーシュはぎょっとして声がしたほうを見た。
 目をやったそちらも漂白の世界。ただ、そこに人の姿が在ることだけが先ほどまでと違う。
 純白の世界に立っていたのは、裸に白い薄布を巻いてイケナイ部分だけ申し訳程度に隠した、世にも美しい女性だった。
 そう、彼女は美しい。
 とても美しくて……なんだかとっても見覚えがあった。

〝モ、モンモランシー?〟
 美の化身の如き彼女の姿は、どこをどう見ても幼なじみのモンモランシーであった。
「いいえ、私は苺妖精のイチゴちゃんよ」
〝い、イチゴちゃん?〟
「ええ。私はあなたをイチゴの園に導くためにここに来たの」
〝……イチゴの、園?〟
 頭がどうにかなりそうだった。
 さっきまで戦場にいたというのに、どうして自分はこんなところに立っているのか。
 そもそもここはどこだろうか?
 もしかしてここは天ご――

 あまり考えたくない方向に思考が振れかける。
 だが、そんな考えは瞬時に霧散霧消。泡となって吹っ飛んでいった。
「イチゴは嫌い?」
 そう言って前屈みになった彼女の胸元が、ちらりと見えたからだ。
 自然、ギーシュの視線と思考はモンモランシーそっくりの妖精さんのボディに引き寄せられていた。
 彼女は同級生のキュルケを含めた一部の女性達のような、肉感的な体つきをしていない。むしろスレンダーと称して誤りはない。だが、それでも彼女の体はギーシュの目を捕らえて放さない。
 だって彼女はあまりに薄着で、とても無防備で、ともすればいろいろ見えてしまいそうなのだ。
 そんな状況で刮目せずにいられようか、いや、できない。
 むしろ目を逸らすのは失礼にあたるに違いない。
 そんな想いを抱いて、手に汗握ってもんもんとしているギーシュに、イチゴの妖精は妖しく微笑みかけた。
「私はね、あなたにイチゴを食べてもらいに来たの」
〝い、イチゴとな〟
「そう、イチゴをね。あなたは欲しくない? イ・チ・ゴ」
 塗れた唇が動いて、彼女が悩ましげに体をくねらせると、体に巻いた薄布がわずかにずれた。
 薄布一枚隔てた彼女の胸元に、一瞬肌とは違う色が透けて見える。
〝い、いいいいい、イチゴちゃん!?〟
「わたしのイチゴ、食べてみない?」
〝た、たべ、たべっ!?〟
 イチゴちゃんが肩を震わせた。すると、肩に掛かっていた薄布がずり落ちる。
 その姿がどんどん扇情的になる。
〝た、たたたた、食べたいっ!〟
 ギーシュは煩悩とかいろいろなものの連合軍に白旗を振って、堪らず叫んだ。
「うふふっ、だったら私を捕まえて頂戴」
 悪戯っぽく笑いかけたイチゴちゃんは、そう言って軽い足取りで白一面の世界を駆け出した。
〝に、逃がさないぞぅ!〟
 続いてギーシュも彼女を追いかけ始める。
「捕まえてごーらーんーなーさーいー♪」
〝まーてーよー♪〟
 あはは、うふふと笑い声。

 それは幸せな

 ……とても幸せな夢であった。

 ◇◇◇

 慣性に引きずられて数秒。
 顔面で地を耕すように滑った末、崩れ落ちて動かなくなったギーシュの周りを取り囲む人影があった。
「見たか! 俺たちゴブリン穴掘り部隊!」
「掘って埋めるだけの作業は誰にも負けねぇ、ゴブリン穴掘り部隊!」
「む、無敵のゴブリン穴掘り部隊なんだなっ!」
 取り囲んだ三体のゴブリン達が歓声を上げる。
 ギーシュが足を取られた窪地、それは彼らが掘った落とし穴だったのである。

「よしっ、それじゃあ早速ゴブリンロードの貢ぎ物にするぞ!」
「きっと新しいスコップ貰えちまうぜぇ!」
「う、嬉しいんだな、だな」

 と、ゴブリン達がギーシュを縛るために引きずり起こそうとしたときだった。
 それまでぴくりとも動かなかったギーシュが、バネ仕掛けの人形のように飛び起きたのである。
 そしてゴブリンに目もくれず、彼は天に届けと声を張り上げた。

「バナナくんイチゴちゃんとミルクまぜまぜしたいにゃん!」

 戦場の中心で彼は叫んだ。
 おお、人よ見よこの屹立を。
 この瞬間、確かにギーシュ・ド・グラモンは漢となった。



 跳ね起き、意識を覚醒させた彼が目にしたもの。
 青い空、白い雲、目の前の亜人達。
 耳に届くのは周囲の喧噪とゴブリン達のわめき声。
 それで嫌でも全てが察せられる。

 先ほどのアレは、ただの夢。
 泡沫の幻。
 だが、大切なものに気付かされる一時であった。

「嗚呼モンモランシー、僕は大切な物を見失うところだったよ」
 天を仰いだまま目をつぶり、彼はそんなことを呟いた。
 その頬を涙が一滴零れ落ちる。

 何故こんな目に?
 彼女のために自分が選んだからに決まっている。
 他の誰でもない、自分で望んだからここに立っているのだ。
 そのことに後悔があるのか? いや、有るはずがない。
 だったら形ばかりの臆病者はもう終わりにしよう。
 背筋を伸ばせ、前を向け、歯を食いしばれ。
 今こそギーシュ・ド・グラモンの男を示すときだ。



 彼は掴んだ。
 人はなんのために戦うのかを。
 男は誰のために戦うのかを。

「モンモランシー……」
 ――瞳の裏に焼き付いいているのは彼女の姿。

 全ては愛のために。
 愛を勝ち取るため。愛を守るため。
 その単純な理由のために男は戦うのだ。

 そう、全ては愛ゆえに!

「……モンモランシー!」

 ギーシュが視線を下に降ろすと、そこには先ほどまで抱えて走っていた大剣が転がっている。
 彼はそれをゆっくりとした動作で拾い上げた。
 引き離していた敵は、既に衝突が避けられぬ距離に迫っている。
 しかし、それでももう彼に立ち向かうことへの迷いはない。
 戦って、戦って、戦い抜いて彼女の元に帰る。
 誰のためでもない。自分と彼女の物語のために、少年は剣を取る。

「僕は……戦う!」
 決意と共に、ギーシュは鞘から剣を抜き放つ。

 その瞬間、周囲のマナが爆発する。
 そして少年の左手の甲から、目映い光が発せられた。



「来た! 上から来た! ええと、火の玉が一つ二つ三つ……たくさん!」
「た、たくさんじゃわからないのねっ!」
「いいから! 早く避けて!」
「りょ、了解!」

 急速旋回。失速ギリギリまで減速してのターン。
 そしてヒュゥッと音を立てて、先ほどまでの進路に降り注ぐ無数の火の玉。
 シルフィードは何度目かになる危機を今度もなんとかやり過ごす。
 モンモランシーはその背で息を吐いて、胸をなで下した。

 空中の激突は続いていた。一方的な展開で。
 それは勿論、モンモランシー達の圧倒的な不利という形である。

「カカッ。カカカッ」
 竜はさもおもしろそうに笑う。
 本来ならば彼はこのような嬲り殺しに近い展開に、愉悦を覚えたりはしない。
 だが、この戦いは彼にとって、とても意義あるものであった。
 彼にしてみれば、この戦いは試薬を入れた試験管を振っているのと一緒。結果がわからぬ実験であるのだ。
 爪先を弾いて炎弾を飛ばす、氷弾を弾く、雷撃を走らせる。
 その一つ一つが、未知なる結果を導くための行程。

 元来彼が受けていた指示は、速やかに彼女達を抹殺して〝虚無の巫女〟の眼前にその屍を放り出してやることだった。
 だが、竜はそれを無視する形で、こうして彼女達と戦っている。

 それは好奇心による行動であった。
 彼は見てみたいのだ。
 己の手によって、生命が純化するその瞬間を。
 命の限界。その果ての果て、選ばれた一握りのものだけがたどり着くことが許される極限。
 そこに至る究極の一瞬。
 彼はその〝転化〟の瞬間を、無邪気なまでの好奇心でもって、待ち望んでいるのだ。

「タバサ! 準備はいい!?」
 風音にかき消されないようにするために、怒鳴りつけるようになってしまったモンモランシーの問いかけに、タバサは小さくコクンと頷いてみせる。
 彼女のその動作は、反抗の機会が巡ってきたことを示していた。

 彼女達はこれまで炎の雨を三度、氷の雨を二度、石の雨・雷撃・猛吹雪をそれぞれ一度ずつ、全てギリギリで回避している。
 一撃でも貰えば非力な彼女達などひとたまりもないが、それでも彼女達は未だ健在である。

 そこに、勝機があった。
 正直、ドラゴンの攻撃は狙いが甘い。
 派手さや威力に対して、精度や効果に関して非常にムラがある。
 そこからはまるで本気が感じられない。
 むしろ一連の攻撃からは、子供が遊んでいるかのような稚気すら感じられる。
 ならばこそ、その油断が必殺を牙を隠した彼女達の勝機であった。

「それじゃ、手はず通りにいくわよ!」
「モンモンこそヘマしたら、丸かじりなんだからね!」
「……ごー」
 モンモランシー、シルフィード、タバサ。
 二人と一匹はそれぞれに気合いを込めて、命を預け合う仲間達に声をかけた。
 なにせ、お互いの連携こそがこの反撃作戦の要なのである。

「ほう、仕掛けてくるか」
 先ほどから機会を伺っていた様子の相手が動いたことで、竜がますます機嫌良く笑った。
 その度、口元の牙の隙間からはチロチロと火の粉が舞い散る。
 彼の視線の先には、氷の弾幕を張りながら上昇していく仔竜の姿。
 太陽を背に急降下攻撃を仕掛けてくるつもりであることが容易に知れる。
 だが、竜はあえてそれを許した。
「被験体No.11923号に対する、『絶望による心的影響による効果実験』を継続する」
 彼は最初から、それがどのような形であれ、タバサ達の策略に乗るつもりであったのだ。そして、その上で叩きつぶすつもりなのである。
 それは慢心と言えば慢心だ。だが、人が蟻を踏みつぶすという行為に、慢心があるだろうか?
 あまりに存在としての格が違う場合、そこには慢心すらも存在しないのだ。

 タバサが渾身の力を込めて作り出した氷の弾雨が、竜の吐き出した赤い炎に相殺されて消える。
 けれども、タバサ達に動揺はない。彼女達とて馬鹿ではない。これまでの短い交戦で、その程度の力の差が有ることは十分承知しているのだ。
 間髪入れずに、第二第三の魔法が放たれる。

「無駄な足掻きを!」
 最初に襲ったのは、周囲の大気を急激に撹拌させる恐るべき乱気流。
「ふんっ」
 普通の竜ならば飛行不能に陥るその中を、竜は涼しい顔をして飛び続ける。風の流れを読むことなど。彼の知識と経験を持ってすれば造作もない。
 続いて発生したのは氷刃を巻き込んだ巨大な竜巻。
 竜は一瞬の思考を巡らせて、それから赤いマナを集めて翼に集中させた。そうして炎を纏わせた翼を羽ばたき、火炎迸る風を発生させて氷刃を次々打ち落とす。
 続けざまに魔法が防がれるが、それでもタバサの攻撃は続く。
 四度目。今度は頭上の死角から、真空の刃がいくつも奔る。
 すると竜はそれを予期していたように首をそちらに向けると、遠く何リーグ先までも聞こえるような音量の咆吼を上げた。
 そして豪吼によって生じた空気の振動とぶつかって、真空の刃は消滅してしまう。

「ふん、この程度で終わりか?」
 最初の氷撃から始まった一連の波状攻撃を難なく防ぎ、期待と失望が入り交じった声で竜は言った。
 彼が見ている方角には、目映い昼天の太陽が光を放っている。
 流石の竜といえども、太陽光を相手にしては目を眇めるほかにない。

 タバサ達がとった一連の行動から彼が読み取ったのは、彼女達が距離を縮めようとしていることだった。
 逃げるつもりならば適度に距離を離して戦えばいい。だが、彼女達は今や陽光を背に急降下を仕掛けてようとしている。
 これは明らかに接近戦、あるいは肉弾戦を仕掛けてくるつもりの動きである。
 さしもの彼にも、タバサ達がどのような切り札を隠しているのかまではわからない。
 けれど彼女達の行動から、近寄って放つその切り札に全てを賭けているであろうことは伺えた。
 ならばこそ、竜はそれをおもしろいと思う。
 先ほどまでの攻撃を自分が凌いだように、自分の攻撃を彼らは凌ぐつもりでいるのだ。

 実に、不遜である。
 不遜ではあるが、竜はそれを許すつもりでいた。

 困難を突破した末に放つ切り札。それが破られたときの絶望はどれほどのものであろうか。
 全身全霊を込めて放った切り札を、ジョーカーによって力任せにねじ伏せられた絶望は、如何ほどであろうか。
 その絶望がもたらすかも知れない〝転化〟、彼はそれを心待ちにしているのだ。

 かつて『始祖』と呼ばれるプレインズウォーカーがこの世界に施した魔法。彼が行った血統実験、竜はその結実を彼は見てみたいのだ。
 『始祖』の直系に連なるもの、色濃く『始祖』の血を受け継いだ者の中に時折発現するという、虚無の系統。
 だが虚無の系統の発現は副次的効果に過ぎないと、竜は確信している。副次効果として、プレーンとの高い親和を持つに過ぎない。
 その本来の形は、偶然でしか世界に生まれ落ちることのない、久遠の闇と繋がる火花を持つ者を培養するという、数千年をかけた『始祖』の恐るべき血統実験の結果だ。
 その成果を見届けた時に浴するであろう、探求の悦楽こそが、この竜の真の目的なのである。

 そして、竜にとって幸いなことに、今やワルドはプレインズウォーカーが孕む狂気のために、一人の少女の虜となっている。
 かのプレインズウォーカーの目には、既に他の王家に連なる者のことなど目に入っていまい。
 それはつまり、彼女の近くにいて、強く彼女の影響を受けた王族の娘、「シャルロット・エレーヌ・オルレアン」に注意が向けられていないということを意味している。
 竜にとってタバサは、最初に出会ったそのときから格好の実験対象であったのだ。
 加えて、二人のプレインズウォーカーの気配がこの世界から消失していることも好都合だった。
 なにもかもが都合のいいほうに転がっている。
 今こそは、内に秘めたる欲望を解放する絶好の機会であった。



 白炎を纏わせた魔人の蹴撃。
 結局それがキュルケに届くことはなかった。

 旋風を纏い、突如割り込んできた何者かが、手にした棒状のものでメンヌヴィルの跳び蹴りを受け止めたのである。
 そして受け止めた杖を斜めにずらし、何者かはメンヌヴィルの力を受け流す。
 すると、狙いがそれたメンヌヴィルが体勢を崩した。
 だが、メンヌヴィルは空中でバランスを崩されたというのに、その驚異的な身体能力を使って体を捻り、豪腕を振るって反撃に移ろうとする。
 けれどそれよりも速く、男が棒に伝わった力をてこの原理で利用し、コマのようにその場でくるりと一回転。そして遠心力まで加えた杖の一撃が、メンヌヴィルの攻撃が届くよりコンマ先に、その横頭部をしたたかに狙い打った。

 流石のメンヌヴィルも、空中で追撃を受けて躱せない。頭部に受けた一撃によって勢いよく弾き飛ばされた。
 けれど吹き飛ばされて、それでつけ入る隙を与えたりはしない。
 彼は着地と同時に転がって、勢いそのまま跳ねるようにして飛び起きた。
 そうやって立ち上がった、その顔に浮かぶは、
「おお、ついに……ついに……俺の前に立ちはだかるか」
 歓喜。

 一方、助けられたキュルケは呆然として、突如現れた者の姿を凝視した。
 現れたのはマントを羽織った長身の男。
 杖を手にした彼の顔には見覚えがある。
 いや、少し前までは日常的に目にしていた。
 彼の名は――
「ミスタ・コルベール……」


 そうして炎の熱に炙られる戦場に、教師コルベールはただ静かに立っていた。


                      英雄は、いつだって遅れてやってくる。
                            ―――ギーシュ

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