あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

日替わり使い魔-08




 犯人であるロングビルを無事捕らえ、学院へと戻る馬車の中、リュカは当然のごとく「何故生きてるのか」という質問攻めに遭った。
 あの時リュカの心臓は、間違いなく止まっていた。実は死んでなかった、などということはないはずである。
 だがそんな質問に、リュカは自分が生き返った理由を笑いながら話した。

「……復活の杖?」

「そう。死者蘇生の魔力が秘められた杖なんだよ、この杖は。こっちでは『奇跡の杖』なんて呼ばれてたみたいだけど」

 奪還した『奇跡の杖』――もとい復活の杖を左手で弄びながら、簡単に解説する。レックスがゴーレムにギガデインを放ったその影で、ゴレムスが復活の杖を使ってリュカを生き返らせたのだ。
 なるほど、死者蘇生などという奇跡が起こせる杖であるならば、『奇跡の杖』などと呼ばれるわけだ。

「はっ……道理で、いくら使おうとしても効果が現れなかったわけだ。そこに死人がいなけりゃ、ただの杖なんだからね」

「あんたは黙ってなさいよ」

 腕と足を縛られて床に転がされていたロングビルの自嘲じみた言葉に、ルイズがピシャリと言い放つ。
 意図してのことかどうかはわからないが、先ほどロングビルに人質にされた時の台詞を、ルイズがそのまま返したような形になった。

「一つ疑問がある。あなたの妻……確かフローラ。彼女も同じ杖を持ってた」

「そりゃ、世界に一つだけの杖ってわけじゃないからなぁ」

 タバサの疑問に、リュカは何でもないといった態度で答えた。その返答に、タバサが珍しく驚いたように目を丸くした。
 そして彼女は、少し考え――

「……誰でも生き返らせられる?」

「誰でもってわけじゃないな。死者蘇生って一口に言っても、生き返らせられない場合もある。そんなに万能じゃないさ。もし誰でも生き返らせられるなら、僕だって――」

「…………?」

「いや……何でもない」

 彼女の質問に答えながらも、リュカは最後まで言うことはなかった。何かを振り払うように頭を振り、台詞を強引に打ち切る。
 その後、タバサは更に質問を重ねた。主な質問の内容は、復活の杖で生き返らせられる人、生き返らせられない人、その条件である。
 それに対するリュカの返答から、蘇生不可能な条件を簡単にまとめると――

1、遺体の中の生命維持に必要な器官に、治療不可能なほどの重大な欠損があった場合。
  これは、病死や老衰などによって、内臓その他が使い物にならなくなった場合も含む。
  なお、心臓が貫かれた程度の損傷なら、傷の大きさにもよるが、基本的に蘇生に問題はない。
2、死者の魂が既にこの世にいない、すなわち成仏してしまった場合。
3、死んでから時間が経ちすぎている場合。
  その場合は遺体が腐敗し、魂も昇天している可能性が高いため、1と2の条件から言っても蘇生は不可能。

 ――と、大まかに言えばこの三つとなる。もちろん、スミスやドロンのような例外はあるのだが。
 それを聞いたタバサは、表面上は大して表情を動かしてはいなかったが、どことなく沈んだ様子であった。
 そんな彼女の様子に、リュカは何か言うべきかとも思ったが――事情も知らない自分が安易に立ち入って良いものとも思えないので、結局何も言わないことにした。

 と――

「そろそろ着くよ」

 そう言うリュカの眼前では森が開け、見慣れた学院の威容が視界に飛び込んできた。





 パトリシアから降り、ゴレムスを外に待機させ、ロングビルを連行して学院長へと向かう道すがら――

「……ひとつ、質問」

 リュカのマントをくいっと引っ張り、タバサが小声でリュカに尋ねてきた。

「ん?」

「あなたは最初から『奇跡の杖』の正体を知っていた。もしかして、わざと死んだ?」

「なんでそう思うの?」

「あなたの技量なら、ルイズも自分も助かる道を選べた」

 彼女の指摘に、リュカは軽く肩をすくめた。
 事実、その通りだ。彼ならばあの場面で、ルイズを抱えてゴーレムの攻撃から逃げることは簡単だった。それどころか、あの質量を真正面から受け止めることさえ可能であった。
 だがリュカはそれをせず、ルイズだけ逃がしてあえて死を選んだ。もっとも、ブオーンのような巨大モンスターとの戦闘経験もあるリュカからすれば、あの程度のゴーレムの攻撃で死に切れるか、それ自体が心配でさえあったぐらいだが……それも杞憂に終わった。
 それを見抜いたタバサの眼力に苦笑しつつ、その理由を話し始める。

「……このトリステインで、戦いに巻き込まれることがどれほど多いのかは知らない。もしかしたら頻繁に戦うことになるかもしれないし、この先二度と戦わずに一生を終えるかもしれない。
 でも、知っておいて損はないと思った。ルイズには、それを知っていてもらいたかったんだよ……戦うってことの意味、その一端でも」

「無駄な危険に他人を巻き込むから?」

「それもある。けどそれ以上に、ルイズ自身が危険だから」

「だから死んだ。ルイズの目の前で」

 その言葉に、リュカは「うん」と首肯した。
 と――その途端、タバサはリュカのマントから手を離し、ぴたりと足を止める。二歩ほど進んだところでリュカも足を止め、彼女を振り返った。
 会話を聞いていないキュルケたちが「何事?」と注目すると――タバサはすぐに、すたすたと歩き始める。

「…………悪趣味」

 リュカを追い抜くその時、ぼそりとつぶやいたタバサのその言葉は、リュカの耳にだけ届いた。
 彼はぱちくりと目をしばたかせつつ、彼女の後を追う。たっぷり十秒ほど経ってから、ようやっと自分が責められていたことに気付いた。

「悪趣味……か」

 その言葉を反芻し、リュカはポリポリと後頭部を掻いた。





「ふむ……まさか、ミス・ロングビルがのう……」

 学院長室――そこで一行が報告を終えると、オスマンは苦々しげにつぶやいた。
 髭を撫でながらのその姿は、古き賢者といった威厳があった……通常ならば、の話だが。
 しかしそんなオスマンを見る、教師陣を含めた一同――特に女性陣から送られる視線は冷たい。そんな視線を集中させられているオスマンは、こめかみから一筋の汗を垂らした。

「学院長……何か言い訳でもあるのですか?」

「い、いや……その……」

 居並ぶ教師陣の一人、ミセス・シュヴルーズの鋭い声に、オスマンは言葉に詰まった。
 オスマンがこんなに責められているのは、捕まったロングビルが口にした犯行動機によるものである。その動機を一言で言ってしまえば、「学院長のセクハラにムシャクシャしてやった。今は反省している」ということであった。
 つまるところ、今回の事件の遠因が、オスマンにこそあるということだ。特に女性陣は、ロングビルに同情的であった。

「…………カーッ! ちょっとぐらい尻を撫でられたからとすぐキレおって! 最近の若いモンは忍耐が足りんわ!」

「開き直りですか」

「見苦しい」

「…………」

 怒鳴ることで有耶無耶にしたかったのだろうが、そうは問屋が卸さない。その逆切れ行為は、周囲の視線を更に冷たくするだけで終わった。
 オスマンは彼らを納得させるのは諦め、次いでロングビルの処遇に議題をシフトする。話題のすり替えとばかりのその態度に、もう何度目かもわからない冷たい視線が注がれた。
 それを懸命に無視しながら、オスマンは「これは内々に処理しよう」と提案するが――悲しいかな、それさえも「学院長のセクハラは有名だから、今更隠しても意味がない」と一蹴されてしまった。
 というわけでロングビルは、後日王都へと護送され、裁判にかけられる運びとなった。そして破壊された宝物庫の修繕費は、満場一致でオスマンのポケットマネーから出ることと相成った。

 ――事後処理までの案としては、おおむねこんなところである。

「……なんじゃいなんじゃい、みんなして寄ってたかって、こんな年寄りをいぢめおってからに……」

 えぐえぐとみっともなく泣きながら机の上に沈んだオスマン。そんな彼には誰一人として構うことなく、集まった教師陣は話は纏まったとばかりに、三々五々に解散した。
 そしてその中で、最後に残ったのはルイズ、リュカ、レックス、キュルケ、タバサの五人――

「おう、なんじゃ……おぬしら、まだ残っておったのか……お手柄じゃったのう……ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサの三人には何らかの褒章を検討しておくから、今日はもう帰って良いぞ……」

「は、はぁ……」

 机の上に突っ伏したまま、ルイズたちに手を振るオスマン。だが視線は机の上に固定されたまま、涙の海に沈んでいるのが何とも痛々しく――ルイズたちは生返事を返すしかできない。まあ自業自得ではあるが。

「オールド・オスマン……リュカとレックスには?」

「彼らは――」

「僕らは何もいらないよ」

 オスマンが何か言いかけたところを、リュカがそれを遮って褒章の授与を断った。
 だが、そんなリュカの態度に、ルイズたちは明らかに不満顔だった。何せ、今回の件で最も活躍したのはリュカとレックスなのである。彼らが褒章を受け取らないのに、どうして自分たちが褒章を受け取れようか。
 しかし、リュカたちからすれば、その手の褒章などもう一杯一杯なのである。今更一つ二つ増えたところで、正直わずらわしいだけだった。

「いいからいいから」

 リュカはなおも何かを訴えたがっている顔のルイズとキュルケの背を押し、学院長室から退室させる。タバサはリュカに背中を押されるまでもなく、彼女たちと一緒に退室した。
 そして、レックスにルイズたちを任せて一緒に学院長室から出し、扉を閉める。

「……まだ何かあるのかの?」

 学院長室に一人残ったリュカが振り向くと、そこではオスマンが顔を上げ、リュカの方に視線を向けていた。どういうわけか、涙の跡は綺麗さっぱりなくなっている。

「復活の杖……あなたたちが『奇跡の杖』と呼んでいる杖のことで。あなたはあれを、どこで手に入れたのですか?」

「ふむ……確か、おぬしたちの故郷にある杖じゃったかの?」

「正確には違いますが、まあそんなところです」

 リュカがそう答えると、オスマンは「ふむ」と一拍置いてから、事情を話し始める――

 彼の言葉によれば、それはおよそ二十年以上前のこと。森の中でワイバーンに襲われたオスマンは、そこで死にかけた。
 しかし次に気が付いた時、そこはあの世などではなかった。目の前には、自分を襲ったワイバーンと、おそらくそれと戦って相打ちになったのであろう、見知らぬ男が倒れていたという。

「その男が言うには、死にかけた私を救ったのはその杖じゃという。そして彼は、いまわの際にこう言っておった。『ジャハンナはどこだ。マーサ様をお助けしなければ』と。私は、そのまま息を引き取った彼を手厚く葬った。
 そして私を救ったらしい彼の杖は『奇跡の杖』と名付け、ここの宝物庫に仕舞った……そういうわけじゃ。 
 しかし、死者蘇生とは……いやはや、驚きじゃ。となれば私は、あの時一度死んでおったということか。『奇跡の杖』と名付けたのは間違いではなかったということじゃの。知っておれば、あの時彼を生き返らせていたのじゃが……」

「マーサ……ですか。その人は確かに、その名前を口にしたのですね?」

「知っておるのか?」

「僕の母です。今はもう……」

「……そうか」

 表情を沈ませるリュカに、オスマンも沈痛な面持ちになる。結局、彼の恩人の願いもむなしく、マーサなる人物は死んでしまったということなのだから。
 そしてオスマンは、ならばそのマーサの縁者であるリュカこそが『奇跡の杖』の所有者に相応しいと言って、彼に杖を差し出した。
 だがリュカは、恩人の形見は受け取れないと、それを断った。

「そう言わんでおいてくれ。これほどの宝物、こんな学院で埃を被らせておくわけにもいかんて」

「これほどの宝物と言われても……僕からすれば、そこまで珍しい物でもないんですが」

 リュカの口から出てきた意外な言葉に、オスマンは「は?」と目を丸くした。死者蘇生などという奇跡を起こす杖が珍しくないなどと、幻聴としか思えないのだろう。
 そんな彼の様子に、リュカは苦笑する。

「さっきの話で出てきたジャハンナですけど、そこの武器屋に売ってるんですよ。もっとも、普通は手が出ないぐらいの高級品ですし、そもそもジャハンナ自体が普通に行ける場所ではないのですが」

「な……これほどの物が市販じゃと!? 信じられん……い、いや、そういえばおぬしの奥方も『奇跡の杖』を持っておったのう……」

 そこまで驚愕をあらわにするオスマンに、リュカは何か引っ掛かるものを感じた。
 彼はしばし考え込み――ややあって、オスマンに質問してみる。

「学院長……ひとつ聞きたいのですが、ここでは死者蘇生というのはそんなに珍しいものなのですか?」

「なんじゃと?」

 その質問、そしてそれに対するオスマンの反応。
 そこでようやっと、リュカとオスマンは互いの認識のズレに気付いた。すなわち、リュカたちにとって当たり前のように行える死者蘇生が、こちらでは絶対に起こりえない神の奇跡であるという事に。
 そして二人は、そこから更に情報交換を始める。
 死者蘇生呪文の存在、失った命を呼び戻す『世界樹の葉』、死者蘇生を請け負ってくれる教会の神父――更に即死呪文『ザキ』『ザラキ』の話になると、オスマンは飛び上がらんほどに驚いた。

「即死呪文じゃと!? そんなものがこのハルケギニアにあったら間違いなく禁呪指定されておるぞ!? いや、死者蘇生呪文とやらがあるからこそ、その存在が即死呪文のカウンターとして認識され、禁呪とならずに済んでいると見るべきなのか……?」

「でしょうね……どうやら僕たちとあなたたちとでは、『手遅れと判断される境界線』が大きく違うようです」

 リュカが台詞の後で「僕たちにとって死は手遅れではありませんから」と付け加え、そう結論付ける。それに対し、オスマンは「興味深い話じゃのう」とつぶやきながら、水ギセルをくわえた。
 その一方でリュカは、先ほどタバサに「悪趣味」と言われた理由が、ようやっと理解できた。自分の死をルイズに見せ付けたことは、思った以上にルイズに深いショックを与えたかもしれなかったのだ。
 それこそ、自分が父を失ったあの時のような――

(失敗したかなぁ)

 自分の行動を振り返り、リュカは後悔した。だが、後悔先に立たず――やってしまったものは仕方ない。今回のことがトラウマになって悪い方向へと転がらないことを祈りながら、リュカは会話を切り上げた。
 そして、学院長室を退室しようとドアノブに手をかけると――思い出したかのように、その背中に向かってオスマンが声をかける。

「そうそう、知っておるかもしれんが、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。
 事件の解決に貢献してくれた、せめてもの礼じゃ。おぬしとレックス君も参加できるよう、特別に計らってやろう。遠慮せずに楽しんでいきなさい」





 アルヴィーズの食堂――その上の階のホールで、『フリッグの舞踏会』は行われていた。
 生徒も教師も皆着飾り、テーブルの上に乗せてある料理はどれも豪華。優雅で華麗な舞踏会の光景が、そこにあった。
 そんな中、つい先ほどまでリュカたちと歓談していたキュルケは、今は男子たちに囲まれて笑っている。黒いパーティードレスに身を包んでいるタバサも、料理と格闘中だった。
 そしてそんな会場を眺めているリュカとレックスは、それぞれトリステイン式の正装に身を包んでいた。オスマンがわざわざ用意してくれたものである。二人ともいつものボサボサな髪は綺麗に整えられ、誰が見ても文句のつけようがない立派な紳士になっていた。

「同じ舞踏会でも、ボクはこっちの方がいいな」

 リュカの隣にいたレックスが、舞踏会の雰囲気に微笑をこぼしながらつぶやいた。
 リュカも、それには同感だった。思い起こすのは、グランバニアの宮廷で行われる、貴族達の華やかな舞踏会――だがそこに参加する全員が全員、純粋にパーティーを楽しむ為にいたわけではない。
 おおらかな国民性を持つグランバニアといえども、権謀術数という単語が存在していないわけではない。国政の上層部に近付けば近付くほどその傾向が強くなるのは、いかなグランバニアとて例外ではなかった。
 そんな舞踏会の雰囲気は、いまだ子供であるレックスには、さぞ退屈であったことだろう――だがこの『フリッグの舞踏会』は違う。ここには権威だの何だのといったギスギスした単語は存在しない、心から楽しむパーティーの雰囲気があった。
 おそらくそれは、参加している者の大半が思春期の少年少女たちだからなのだろう。その雰囲気は、世界の平和を取り戻して国中でパーティーをした、あの時を思い出させる。

 と――

「あ、あの……」

 そんな彼に、少女のものと思われる声がかけられた。
 そちらに目を向けてみると、そこにいたのは給仕の一人と思われる、メイドの少女がいた。

「僕?」

「あ、はい。ミス……いえ、ミセス・フローラの旦那様のミスタ・リュカ……ですよね?」

「そうだけど、君は?」

「は、はい! 私、以前ミセス・フローラに助けていただいた者で、シエスタといいます!」

 恐縮しながらそう言った彼女――シエスタが言うには、以前貴族の坊ちゃんに絡まれていたところをフローラに助けてもらったらしい。
 本当はすぐにでもお礼を言いたかったのだが、彼女の上司のマルトーに、「貴族同士のいざこざに巻き込まれたんだから、礼なんか言う必要はない」と止められていたそうだ。
 だが巻き込んだのは自分の方で、助けてもらったのも事実。だからどうしてもお礼を言いたかったのだという。

「そっか、そんなことが……でもフローラが聞いたら、きっとこう言うだろうね。『私は当たり前のことをしただけ。お礼が欲しかったわけではありません』ってね」

「それでも、私はお礼を言わなければ気が済まないんです……ですからミスタ・リュカ。どうか、ミセス・フローラに伝えてくださいませんか?」

「わかったよ」

 そのシエスタの懇願に、リュカは苦笑しながら頷く。するとシエスタは「ありがとうございます!」と元気一杯に頭を下げ、まだ仕事があるからと言ってパタパタと慌しく去って行った。

「さすがお母さんだね」

「そうだね」

 話を聞いていた息子の言葉に、リュカは微笑をこぼしながら頷く。
 そして彼は、ふと自分の手元に視線を落とした。そこにあるのは、赤い液体の注がれたワイングラス――酒にはあまり耐性のないリュカである。手に取ってはいるものの、正直言って飲むのはあまり気が進まなかった。

(でもまぁ……こんな席ぐらいは)

 場の雰囲気に当てられたのか、リュカの気分は悪くはなかった。ついついそんなことを考えてしまうぐらいには、気が緩んでいた。
 そして彼は、少しだけそのワインに口を付けた。口当たりの良い甘い酸味がいっぱいに広がり――そして同時に、酒気によってほんの少しだけ視界が揺らいだ。
 たった一口で目を回すとは、我ながら弱いにも程がある――自身の体質に苦笑しながら、しかしリュカは構わず二口目を口にした。

 と――

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなぁ~りぃ~!」

 その時門に控えた衛士の声が響き、リュカとレックスは揃ってそちらに視線を向けた。
 目を向けた先では、ちょうどルイズが会場に入ってくるところであった。
 その姿は、まさしく大貴族の令嬢に相応しい、この会場の誰よりも綺麗な姿であった。白いドレスに身を包んだ彼女は、『ヴェールをかぶせれば、そのままウェディングドレスで通用するかもしれない』と思わせるほどである。
 リュカはそんなルイズに感心しつつ、ちらりと隣のレックスを盗み見る。彼は顔を真っ赤にしながら、ルイズから目が離せないでいた。

(……おや?)

 リュカはそんな息子の様子に違和感を覚えながら、再び顔を正面に向けた。視線の先では、ルイズが男子たちからダンスの誘いを受けていた。
 今まで彼女を散々『ゼロ』と馬鹿にしていたくせに、現金な連中であった。もちろん、そんな連中の誘いをホイホイと受けるようなルイズではない。彼女は全ての誘いを断り、リュカたちの前へとやって来た。

「楽しんでいらっしゃいますか、ジェントルマン?」

「おかげさまで、レディ」

 スカートの裾をつまんで頭を下げるルイズに、リュカは右手を腹の前にして深々と礼をする。その堂に入った礼儀作法に、ルイズはくすりと苦笑を漏らした。

「……やっぱり貴族だったのね、あなた。格好も佇まいも、随分堂に入ってるじゃない」

「貴族だろうと平民だろうと、僕の国はハルケギニアとは縁もゆかりもない国だよ。そこでの地位がどうであれ、ここで関係のある話じゃないさ。今の僕は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔……それ以上でも以下でもない」

「あら、言ってくれるわね」

 リュカのその返答に、ルイズは満足げにほほ笑んだ。そして彼女は、すっと手を差し出す。

「ねえ、踊らない?」

「喜んで」

 リュカはその誘いを受け、彼女の手を取った。その時、横で「あ……」という残念そうな声が聞こえたので、心中で息子に謝りながらも、一曲終わったら交代しようかと考える。
 二人はそのまま、楽士の奏でる曲に合わせ、ホールの中央で踊り始めた。多少ぎこちなさの残るリュカのステップも、ルイズのリードのおかげで特に問題なく踊り続けられている。

「ありがとうね」

「ん?」

「助けてくれたでしょ? ゴーレムに踏み潰されそうになった時」

「ああ、そのことか。別に何でもないよ、そんなこと」

「何でもないわけ――」

 ルイズはそこで、言葉に詰まった。おそらく、リュカが死んでしまった時のことを思い出したのだろう。
 その様子に、これはやっぱり引きずってるかな、とリュカは苦い思いを感じた。

「……怖かったわ。とても、怖かった。リュカが死んだ時の……リュカがもう二度と私の前で笑うことがないと思った時の怖さは、自分が殺されるかもしれないと思った時より、ずっとずっと怖かった」

「ルイズ……」

「あなたが一度死ぬ直前に言ったこと、私にはまだよくわからない。けどそれは、きっと大事なことなんだと思う。上手く言えないけど、私……私……」

「わかってるよ」

 考えが上手く纏まらずに口ごもるルイズに、リュカは安心させるようにほほ笑みを見せた。そんな彼に、ルイズもぎこちない笑みを返す。
 と――その時、ルイズは不意に「あ……」と何かを思い出したかのように声を漏らし、リュカの右手を注視した。かと思ったら、唐突にその右手を包んでいる白い手袋をめくる。
 そこには何もない――綺麗な肌があった。

「ルーン……消えちゃってる」

「え? あ……ほんとだ」

「メイジと使い魔は死ぬまで一緒……死なない限り、契約が切れることはない……」

「そっか。僕は一度死んだから……」

 リュカがそうつぶやいたその時、ちょうど曲が終わって二人は足を止めた。
 少しだけ――ほんの少しだけ、ルイズは俯いて考える。そして意を決したかのように顔を上げ、リュカを見上げた。

「ねえ……この先まだ、私の使い魔をやってくれる……?」

 不安げに揺れる瞳。その視線を受け、リュカは――

「もちろん」

 くすっと微笑をこぼし、ルイズの頭をくしゃっと撫でた。
 その返答に、ルイズはぱぁっと顔を輝かせ――だが次の瞬間、ハッとなって顔を真っ赤にする。

「か、かか、勘違いしないでよね!? これは再契約なだけであって、それ以上の意味なんてないんだからね!? そんな意味でしちゃったら、フローラに悪いから――」

「フローラに悪いって……ああ、そうか。契約の方法って、確か……まあ僕も、本当ならフローラ以外にこういうこと許したくはないのは確かだけど」

「で、でも、仕方ないのよね……?」

「まあ、ノーカンってことにしとこうよ」

 真っ赤になって必死に言い繕うルイズに、リュカは苦笑して頷いた。「秘密だよ」と言わんばかりに、唇の前に人差し指を立てる。酒が入ったせいだろうか、どうもその辺りの忌避感が薄れているような気がする。
 そしてルイズは、リュカを連れて会場の隅に寄って行った。そして二曲目が始まったのを横目に、懐に忍ばせておいた杖を手に取ってルーンを唱える。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ――」

 そして彼女は杖をリュカの額に置き、ゆっくりと唇を重ねた。
 と――その時。

「ああぁぁぁーっ!?」

 今まで聞いたことがないほどのレックスの驚愕の声が、リュカの耳を打った。
 唇を離し、右手に再びルーンが刻まれる痛みを感じながら、そちらを見やると――わなわなと震え、こちらを凝視するレックスの姿が視界に入る。

(ああ――なるほど、そういうことか)

 そこでリュカは、なぜレックスが今日無理矢理付いて来たのか、ようやっと理解した。
 要するに、彼もそろそろ思春期だということなのだろう。事実を知ったら、彼の妹のタバサはきっと泣き叫ぶに違いない――何せ、「将来はお兄ちゃんのお嫁さんになる」と公言してはばからない、重度のブラコンなのだから。
 リュカは、怒髪天を衝くといった様子でずんずんとこちらに近付いてくる息子を見ながら――

(…………こりゃ、言い訳が大変そうだ)

 下手すれば家庭崩壊の危機になりそうな予感がして、陰鬱な気分になった。





 ちなみに余談ではあるが――その日の深夜。
 グランバニア城謁見の間正面の空中庭園にて、リュケイロム王、レックス王子、ゴレムスの三名が犬○家よろしく地面に頭から逆さまに突き刺さっていたのを、見回りのピピン兵士長が見つけて大騒ぎになった。

 ――酒気帯びルーラは危険です。絶対にやめましょう。




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