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記憶の残滓

 少女が呼び出した“それ”は余りにも規格から外れていた。見上げてもただただ赤い壁が上方へ伸びているようにしか見えない。ハルケギニアでも名高い、近代建築の粋が集められたトリステイン魔法学院の校舎は、まるで子供の作った積木細工のようにちっぽけだった。

「なんなの、これ……」

 少女の呟きは、すなわちこの場にいる人間全員の内心を物語っていた。雲一つなく、爽やかな空気に包まれていた学院は、謎の巨大物体の作り出す影に覆われている。物体の表面は、誰も見たことのない艶やかな何かによって構成されていた。
 少女と同じく、春の召喚の儀式に参加していた生徒達は、皆腰を抜かし、声を失う。

「と、とりあえず契約を……」

 頭の禿げ上がった40代の男性教師が、立ち尽くす少女にどもりながらも指示をする。だが、契約の口付けをするにも、物体は20メイルほどの高さに浮遊しており、レビテーションを用いなければならなかった。
 自分では魔法を使うことが出来ないため、教師に魔法をかけてもらい飛び上がった少女であったが、一体どこに口付けをすればいいのか皆目見当がつかない。上に行けば分かるかもしれないと、より高くまで上昇すると、驚いたことにこの物体は、数百メイルもの大きさであるらしい。眼下に小さくなってしまった学院が見える。

「どこにすればいいのよ……」

 しかし、それでも分からなかった。適当な場所で契約の呪文と口付けを行ったものの、何の変化も起きない。何度試しても、やはり何事も起きなかった。結局、少女は肩を落としながら地上へと降りてくる。教師に事情を話すと、自分としても始めて遭遇する事態だけに、仕方がないと答えを返された。とりあえずは一時保留とし、後日調査を行った後に再度儀式を行うと告げられる。
 校庭から教室へと帰る道中、他の生徒が自分を化け物を見るかのような目をして離れていく中、少女は頭上の物体を見上げた。そもそもこれが生物なのかどうかも疑わしい。自分が召喚したとされる物体は、身動き一つ行わず、ただ悠然とその場にあり続けた。




    『記憶の残滓』




 静かな眠り、報われぬ戦いの果ての結末。“彼”は悪夢の鎖に縛られた、暗黒の森の番犬であった。そして叶わぬ帰郷を胸に抱いていた、哀れな捨て犬でもあった。

(ここは、どこだ……)

 彼は自問する。己は故郷を立ち去ろうとしたあの時、かつての同胞に葬られたはずだ。苦楽を共にした部下達は皆素粒子の残滓となり、世界から消えた。そして自分もまた、かすかな輝きを残して生を終えたのだ。だというのに、未だ確かな体がある。

(私はバイド。そう、バイドだ……)

 自分が何物であるか、それを確かめると、彼は目を見開いた。視界に入ってきた光景は、彼が万難を廃してでも辿り着きたかった、故郷の風景にそっくりであった。しかし、煌びやかな輝きを放っていた巨大都市の姿はどこにもなく、遠くに古めかしい造りの小さな街が見えるのみである。とそこで、足元に更にちっぽけな建物があることに気が付いた。
 足元に意識を集中すると、一人の人間がいるようだ。小さく何かを呟いている。それは自分に向けての言葉らしい。何とも驚いたことだ。これまで自分が人間に接触を試みようとしても、帰ってくるのは波動の輝きであった。彼は形容し難い喜びに包まれる。人々と理解しあえるというのは、これ以上ない至福であったのだ。




 生徒達が寝静まった深夜、少女は寮の屋上へと上り、学院に影を落とす物体を見上げていた。やはり、自分は出来損ないだ。他の生徒達が順調に鷹やオウムなど、使い魔を呼び出している中、自分はこんな訳の分からない物を召喚してしまった。余りの巨大さに、学院全てが影に包まれ、昼だというのに灯りをつけなければならなかった。静かに浮かんでいるだけで、動かすことも出来ない。我ながらはた迷惑な物を呼び出したものだ。

「ほんと何なのかしらね、これ。生き物なのかしら」

 少女は壁に背を預けて座り込む。大きすぎて全容を把握できない。こんな生物がいるなど聞いたこともなく、かといってでは何なのかと訊かれれば首を捻る他ない。

「大きいにも程があるでしょうが、このでかぶつ……」

 そう少女が呟いたその時、周囲の空間が歪む。その光景は、まるで水中から空を見上げたようであった。

「な、なに!? 今度は何なのよ!?」

 困惑の声を上げるが、空間の歪みは収まらない。そして世界が徐々に白くなっていったかと思うと、次の瞬間には見たこともない不思議な部屋に立っていた。薄暗く、時折かすかな点滅を繰り返す部屋は、薄気味悪さを感じさせた。
 少女は唐突な事態に思考が付いていかない。不安が首をもたげる。

「ここ、どこ? なんでこんな所にいるの?」
(ここはコンバイラ。私の中だ)
「ひあっ! だだだだ誰!?」

 どこからともなく響いてきた声に、少女は飛び上がった。声は同じように落ち着いた声で返答する。

(私はバイド。地球より生まれ、追われた者)
「ば、ばいど? ちきゅう?」

 意外にも紳士的に答える謎の声に、少女は少し落ち着きを取り戻した。おっかなびっくり、話を続ける。

「こ、これはどういうことなの? なんでわたしここにいるの? こんばいらって? ばいどって? ちきゅうって何?」

 続けざまに疑問を口にする少女に、声は酷く生真面目な返答をする。そう、その口調はまるで軍人のようであった。

(コンバイラとはこの体、バイドとは私であり我々である。そして地球、それは我々の故郷であり、帰る事の叶わぬ場所)
「あんたの名前はその、コンバイラなの? それともバイドなの? 結局どっちなのよ?」
(コンバイラとは体、私はバイドである)

 全くもって意味不明な返答であった。どうにも会話が堂々巡りをしている。頭が痛くなってきたので、話を変える。

「もう名前はいいわ……。それで、チキュウって? 追われたとか言ってたけど」
(我々はバイドを殲滅するために地球を旅立った。そして……)

 その後の会話もまた、意味が通っているようないないような、よく分からない内容であった。
 声曰く、バイドを殲滅する為に故郷を旅立ち、見事それを達成した。その後気を失い、故郷へ帰ろうとしたら、何故か昔の仲間が攻撃してきた。何故攻撃されるか理解できぬまま故郷を目指し、ようやく帰郷を果たしたが、そこに自分達を迎える人々の姿はなかった。結局、故郷を捨て、新たな地を目指して旅立とうとした所を、待ち構えていた地球軍艦隊に攻撃され、声含む全ての同胞が死んだ。ということであった。
 少女は、話の前提が狂っていることに疑問を感じた。

「あんたはバイドなんでしょ? なんでバイドを殲滅するの?」
(バイドとは人類の敵。それを殲滅することは当然である)
「だーかーら、あんたはそのバイドってんでしょ? なんでチキュウにいたのよ」
(私はバイド、地球より生まれし者)

 もう訳が分からない。意思疎通できているのか怪しいものだ。頭痛が酷い。もうこんな場所にはいたくはない。

「ああもう、どうでもいいわよ。それよりわたしを帰してくれない? ここにいたら頭が痛くなるわ」
(待って欲しい。私は君と話がしたいのだ)
「わたしはしたくないわ」
(お願いする。私の言葉を聞いてくれた人は君が初めてなのだ)

 声は酷く冷静であったが、どこか必死な感情を纏っているようにも感じられた。少女は仕方ないとばかりに溜息を付き、声の話に付き合うことにした。
 一通り話しを聞き終えると、声は外の風景を見せてくれた。そこから見える風景は、昼間契約しようと上昇した時に見たものであった。

「あんたがあの赤いでかぶつだったの?」
(コンバイラのことを言っているのならば、それは是だ)
「な、なら使い魔の契約できるの?」
(契約とは何か)

 少女は使い魔の契約について説明する。声はそのような概念は所有していないと答えた。一応、少女が儀式を行い、契約の口付けを試してみたものの、声は何ら変化はないと、冷厳な返答を寄越した。

「何よ……、契約できないんじゃ意味無いじゃない……」

 肩を落とし、しょげかえる少女に、声は代案を出した。

(ならば契約に成功したと言えばいい。君と私が黙っていれば誰も知ることはないだろう)
「でもルーンが刻まれないわ」
(そのようなものは幾らでも誤魔化すことはできる)

 殊勝な申し出をする声を、少女は不思議に思う。なぜこの異質な声はここまで自分に協力しようとするのだろう。

「あんた、なんでわたしに協力してくれるの? 故郷があるんでしょ? ここはチキュウじゃないわ。ハルケギニアよ」
(私は地球を追われた。最早帰る場所はない。そして君は私の話を聞いてくれた。それだけで私にとっては十分な幸福なのだ)

 どうやら、この赤い物体はただ寂しかっただけのようだ。そのことに気が付くと、少女はこの声が擦り寄ってくる犬のように感じられ、何故か顔を綻ばせてしまう。

「そっか。そうね、それがいいかも。ねえ、あんた、なんて呼べばいいの?」
(君の好きなように呼べばいい)
「んー、じゃあコンバイラ。バイドよりはそっちの方が綺麗だもの」
(了解した。私はコンバイラだ)
「これから宜しく、コンバイラ」




 この日、少女に味方ができた。
 夜が明け、教師達が集まって検分しようとしたが、コンバイラは決して扉を開けようとはしなかった。そして少女が名前を呼び、少し移動するように言うと、赤い物体は素直に移動した。その光景を見て、教師と生徒は目を丸くする。どうやって意思疎通できるようになったのか問い詰められたが、少女は適当に言葉を濁す。それでも問い詰めようとすると、少女の姿が掻き消えた。そして遥か上空から少女の声が聞こえてくる。
 これまで立派な家柄に反して落ち零れの無能だと嘲られていた少女は、これ以上ない味方を得た。忠実な使い魔コンバイラは、常に少女を守り、力となった。幾度となく起きた戦乱を圧倒的な力で収め、トリステイン王国を弱小国家から難攻不落の精強な国家へと変貌させた。
 少女が年老い、今際の際に残した言葉、彼女の家、ひいてはこの国を守って欲しいという願いを、コンバイラは忠実に守った。少女の子孫が、何人も生まれ、そして死んでいった。その間、コンバイラは常に彼らの守護者であり続けた。
 数百数千の時が経ち、王国は発展し、ついに星の重力から逃れ、暗黒の大海へと飛び出すまでになった。それでもまだ、コンバイラは少女の国の象徴だった。そしてこれからも永遠に少女の願いを守り続ける。

(私はコンバイラ。地球より生まれ、ハルケギニアに生きる者)

 彼は今日もエーテルの波を眺め続ける。



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