あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-35a


 時刻もそろそろ真夜中になろうかという頃、丘の向こうにぼんやりと城が見えてきた。
「……城?」
 そう、城である。
 夜なので細部までは分からないが、城壁や堀、幾つもの尖塔、そして何よりもその巨大さ。
 これが城でなかったら、トリステインの宮殿すら城かどうか疑わしくなってしまう程の『城』だ。
(そう言えばエレオノールはことあるごとに『ラ・ヴァリエールはトリステインでも屈指の名門貴族』と言っていたな……)
 今更ながらそんなことを思い出すユーゼス。
 なるほど、これだけの領地とあれだけの城を持っているとなれば、トリステインでも屈指になるだろう。
 ……と言うか、『トリステインの貴族はこれくらいが普通』とか言われてしまっては、リアクションに非常に困る。
「ふむ」
 外観が見えてきたということは、もうすぐ到着するということだ。
 それでは具体的に後どのくらいで城に着くのか……とユーゼスがエレオノールに質問しようとした時、馬車の窓に一羽のフクロウが飛び込んで来た。
「お帰りなさいませ。エレオノールさま、カトレアさま、ルイズさま」
 そう言いながら優雅に一礼するフクロウ。
 ユーゼスはそのフクロウを見て、ガーゴイルか何かかと冷静に当たりを付けた。
 ……普通ならフクロウが喋って礼などすれば驚くものだが、このハルケギニアでは剣や水のカタマリだって喋るのである。今更フクロウくらいでは興味も惹かれない。
「トゥルーカス、父さまと母さまは?」
「旦那さまは未だお戻りになっておりませんが、奥さまは晩餐の席で皆さまをお待ちでございます」
 トゥルーカスというらしいフクロウの言葉を聞き、三姉妹はそれぞれ少しばかり残念そうな顔を浮かべる。
 どうも家族が勢揃いしていないことが不満なようだ。
「……何にせよ、母さまをこれ以上を待たせるわけには行かないわね。急ぎましょう」
 馬車は巨大な門をくぐり、ラ・ヴァリエールの城の中に入っていく。

 ラ・ヴァリエールの城は外見も立派だったが、中身も立派だった。
 まず、広い。
 初見の人間なら、地図や案内がなければ確実に迷子になるほどに。
 次に、内装が豪華だった。
 部屋の中どころか廊下に至るまで豪奢な調度が惜しげもなく施され、大きな肖像画が贅沢な額縁に入れられてそこかしこに飾られ(誰の物かは知らないが)、しかもそれらにはホコリ一つ付着していない。
 最後に、使用人の数が多い。
 今は深夜と呼んで差し支えない時間なのだが、それでもユーゼスは20人ほど使用人の姿を見かけ、深々と礼をされた。
 ……まあ、彼らは『ユーゼスに』ではなく『エレオノールたちに』礼をしたのだろうが。
 とにかく晩餐を行う予定のダイニングルームに向かって歩くだけで、ユーゼスは大貴族の城というものをまざまざと見せられる形になってしまったのである。
 ちなみに本来ならば貴族の食事にユーゼスのような平民が一緒にいることは有り得ないのだが、そこは『ルイズの使い魔』という立場のために入室を許されている。
「……………」
 ギイ、と大きな扉が開き、巨大なテーブルの上に様々な料理が並べられている光景が目に飛び込んできた。
 見れば、ラ・ヴァリエール公爵夫人と思しき人物が既にテーブルに座っており、娘たちがやって来るのを待っている。
(……成程、確かに『この三人の母親』だな)
 髪の色はルイズやカトレアと同じ桃色がかったブロンド、瞳の色は三姉妹と同じ鳶色。
 そして何よりも、その身にまとう空気。
 エレオノールの雰囲気が『ルイズを苛烈な方向に拡大発展させたようなもの』とするなら、この公爵夫人の雰囲気は『エレオノールを苛烈な方向に拡大発展させたようなもの』と言って良いだろう。
 鋭い眼光と、立ち上る迫力。しかもエレオノールの年齢から逆算すれば彼女の年齢は50歳ほどのはずなのに、40歳を過ぎたあたりにしか見えないという若々しさ。
 パッと見ただけでも、ユーゼスの知識にある『女性』の中では最強クラスと言って良いかも知れない。
 これに真正面から対抗出来る人物は、少し探した程度では見当たらないだろう。
(少なくとも、私では無理だな)
 席に着くルイズの後ろに控えつつ、冷静に自分と公爵夫人の力関係を分析するユーゼス。
 ……だが確かに圧力を感じはするが、それでもユーゼスの知識にある『歴代最強』ではない。
 東方不敗マスターアジアと対峙してマトモに敵意をぶつけられた時に比べれば、こんな程度の圧力は涼風のような物である。
 比較対象を間違え過ぎているような気もするが、この際それはいい。
「……………」
 そんな感じに、ちょっとやそっとのプレッシャーでは動じないユーゼス・ゴッツォであったが、彼の主人たる少女はガチガチに緊張しまくっていた。
 実の母親だと言うのに、一体どうしたと言うのだろうか。
(……エレオノールに対しても苦手なような素振りを見せていたな)
 最近はそうでもないが、初めてアカデミーに連れられていった時にルイズが姉にあまり会いたくなさそうにしていたことを思い出す。
 まあ、そのあたりの家族関係を詮索するつもりはないが。
「母さま、ただいま戻りました」
 エレオノールが三姉妹の先頭に立ち、公爵夫人に向けて挨拶を行う。
 公爵夫人は頷きを返すと、娘たちの顔を見回し……。
「………」
 ふと、末の娘の後ろに控えている銀髪の男に目を留めた。
「……む?」
 初対面の女性から無遠慮に見られていることを感じたユーゼスは思わず疑問の声を上げてしまうが、その瞬間に公爵夫人の視線は自分から外されてしまう。
(何だったのだ?)
 わずかに首を傾げるユーゼス。……まあ、見ず知らずの平民が貴族の晩餐の席に平然と顔を出していれば、普通は警戒もするものだろう。と、取りあえず一人で結論付けることにする。
 そうこうしている内にエレオノールとカトレアとルイズはそれぞれ席に着き、ほどなくしてラ・ヴァリエール家の晩餐が始まった。
 だが。
「……………」「……………」「……………」「……………」
 誰も、何も、喋らない。
 時折少しだけ銀の食器が皿と触れ合ってカチャ、と音を立てるのだが、それが逆に場の緊張感を底上げしている。
 ユーゼスも科学特捜隊の基地に厄介になっていた時は食堂に出向き、見ず知らずの人間のすぐ傍で食事を行っていたが……少なくともこれほど息が詰まりそうになることはなかったはずだ。
 貴族ばかりの魔法学院の食堂とて、ここまで沈黙が続いたりはしない。
 これではある意味、独房の方がまだマシに思えてくる。
「……………」「……………」「……………」「……………」
 ずっと黙ったままで食事を続けるヴァリエールの女性たち。
 そして、本当に一つの会話もなく晩餐は終了した。
(ふむ。これが『家族の食卓』というものか)
 ギャバンやドモン・カッシュたちも、家族とこのような食卓を日常的に経験していたのだろうか……と、引き合いに出された本人たちが聞いたら間違いなく全力で否定しそうな感想を抱くユーゼス。
 しかし彼のその考えを否定してくれる人間は誰もいない。
 こうして、ユーゼス・ゴッツォの知識の中に『家族の食事は一切の会話を行わないものである』という項目が加わることになる。

 翌日。
 昨晩と同じ『無言の食卓』の後、取りあえず自分の主人であるルイズに付いていこうとしたユーゼスは、エレオノールに捕まえられてしまった。
 これは比喩ではなく、本当に『捕まえられた』のである。
「…………突然何をする、エレオノール」
「いいから、こっちに来なさい!」
 なすすべなくエレオノールに腕を掴まれ、そのまま引っ張られていくユーゼス。
 当然、いきなり自分の使い魔を連れ去られてしまう形となったルイズは抗議の声を上げるが……。
「ちょ、ちょっと、エレオノール姉さま!? わたしの使い魔を勝手に……!」
「いいでしょ、別に。減る物でもあるまいし」
「時間とか、ユーゼスの体力とか、色んな物が減ります!」
「時間はそれなりに沢山あるし、ユーゼスの体力なんて元々あって無いような物なんだから問題ないわ」
「何ですかその理屈!?」
「とにかく! 今日一日、ユーゼスを借りるわよ! 構わないわよね!?」
「ど、どうして了承することを前提にした問いかけなんですか!? 今日はユーゼスにヴァリエールの領地の軽い案内を―――」
 その抗議も虚しく、エレオノールは強引にユーゼスの腕を引いて行ってしまう。
「……………」
 ……長姉が一度あのような強硬な態度を取ったらそう簡単には折れないということくらい、ルイズは今までの経験から嫌と言うほど知っている。
 それはユーゼスも同じはずだ。
 だから大して抵抗もせず、されるがままに連れ去られたのだろう。
 それは分かる。
 分かるが、しかし。
「ちょっとくらい拒絶とか抵抗とかしなさいよ、もう……!!」
 理屈の上では理解が出来ても、感情の部分がこれっぽっちも納得の出来ないルイズであった。
 そして金髪眼鏡の美人に腕を引かれる、銀髪白衣の男はと言うと。
「あら、エレオノール姉さま。それにユーゼスさんも。どうなさったんですか?」
「……詳しくはあなたの姉上にお聞きください」
 亀や熊や鳥や犬や猫や虎や蛇やムササビなどの様々な動物で溢れ返る、カトレアの部屋に連れて来られていた。
 ユーゼスを連れて来たエレオノールは、少し苛立ったような表情のまま腕を組んで言う。
「今からカトレアを診察しなさい、ユーゼス」
「え?」
「診察だと?」
 薮から棒にそんなことを言われたので、ユーゼスとカトレアは思わず困惑してしまう。
「ユーゼスさんは何かを研究されてるって伺ってましたけど、お医者さまだったんですか?」
「……いえ、むしろ医療行為は専門外です」
 顔を見合わせてそんなやり取りをする二人だったが、エレオノールは強硬な態度を崩さずに強い口調でユーゼスに命じた。
「いいから。……直接に見ないと、正確な結果が出ないんでしょう?」
 その言葉で、ユーゼスはある一つの事柄に思い至る。
「…………お前に依頼された『患者』というのは、このミス・フォンティーヌのことか?」
 一度それに気付いてしまうと、またカトレアの見方が違ってくる。
 この目の前の女性が、残りせいぜい5年程度の命だとは。
「?」
 そんなことを知るよしもないカトレアは、目をパチクリさせながらユーゼスを見つめ返してきた。
「……………」
 『症状の推察を行うため』という名目で、年齢・身長・体重に始まり、平均睡眠時間や大まかな運動能力、生活環境から食事の量と内容の傾向まで……と、やたらと細かい情報が送られてきたことを思い出すユーゼス。
 まあ、おかげで推察もより具体的に行うことが出来たのだが……。
「……あれにも書いたが、私が行うのはあくまで『推察』であって『断定』は出来んぞ。それに専門的な医者でも水メイジでもないのだから、治療も出来ん」
「分かってるわ」
「そもそも治療する・しない以前に、このミス・フォンティーヌは……」
「いいからっ!!」
 どんなに手を尽くしたところで、と言葉を続けようとした瞬間、金切り声に近いエレオノールの叫びが部屋に響いた。
「……姉さま?」
 その声に部屋の動物たちが驚いてビクリと震え、またカトレアも目を見開いて自分を見たので、やや慌てたようにエレオノールは場を取り繕う。
「っ、……いいから、早く診察しなさい。いずれにせよ『より正確な診察結果』は欲しいんだから」
「ふむ。断る理由はないが……」
 ジロリジロリとエレオノールとカトレアを見比べるユーゼス。
 憮然とした表情の姉と、今一つばかり状況が飲み込めていない様子の妹を見て、まずユーゼスは『情報の収集』から行うことにした。
「ではエレオノール。ミス・フォンティーヌの詳しい診察を行うに当たって、少し協力してもらいたい」
「何? 私に出来る範囲でなら、何でも協力するけど」
 そして彼は、エレオノールに指示を出す。
「服を脱げ」
「…………………………え?」
「まあ」
 いきなりそんなことを言われたエレオノールは激しく狼狽した。
「えっ、ちょ、ぬ、脱げって、そんな、こんなところで……じゃなくって、あの、その、な、なな、ななななな何でよ!!?」
 これは当たり前と言えば物凄く当たり前の反応なのだが、その『当たり前』をよく分かっていないユーゼス・ゴッツォは平然とその理由を語った。
「ミス・フォンティーヌとの比較に使用する。年齢や背格好が比較的近いし、何より血縁者だからな。『正常ならばこのような状態だ』というサンプルとして、確認するためのデータの提供をお願いしたい」
「あ、ああ、そう……」
 一応、話の筋は通っている。
 エレオノールの記憶によればユーゼスの研究分野は『魔法そのもの』であって、『魔法を使うメイジ』についてのデータはあまり収集していなかったはずだ。
 よって、まずは一番手頃で身近なところからデータを収集しようと言うのだろう。
 確かに自分とカトレアの背格好は似ているし、年齢も近いし、体型だって…………。
(…………まあ、『ほとんど同じ』よね)
 ペタペタと胸元を触りながら、あらためて『自分とカトレアには決定的な相違点はない』と結論付けるエレオノールは、言われた通りに着ている服に手をかける。
 しかし。
「ぜ、全部脱がなきゃ……ダメ?」
 ……手をかけたところで、色々な理由から『今すぐ』『この場で』『この男と妹を前にして』服を脱ぐということに対してかなりの抵抗感が発生してしまい、ひとまずの妥協案を模索することにした。
 するとユーゼスはあっけらかんと、
「そこまでする必要はない。まず欲しいのは脈拍と体温のデータだからな。極端な話、背中か胸部の一部分だけ肌を晒してくれれば……」
 そんなことを抜かし始めたので、『だったら最初からそう言いなさい大馬鹿』という絶叫のもと、エレオノールの平手が一閃されたのであった。


「大丈夫ですか、ユーゼスさん?」
「……痛みのことを聞いているのでしたら、かなり痛みを感じています」
 綺麗に赤くエレオノールの手形を貼り付けたユーゼスの顔を、カトレアは心配そうに覗き込む。
 その手形を付けたエレオノールはと言うと、少し離れた位置でプンスカ怒りながら腕を組んでユーゼスを睨みつけていた。
「でも、ユーゼスさんもいけないんですよ。いきなり女性に『脱げ』だなんて」
「特にやましいことをする訳でもないのですから、別に構わないのではありませんか?」
「……『やましいこと』がどうとか言う以前に、あなたはもう少し『女性に対するデリカシー』というモノを学びなさい」
 苛立ったような口調で言うエレオノールに、ユーゼスはその場しのぎではあるが了承の意を伝える。
「努力はしてみよう」
 そして話を元の『エレオノールのデータ収集』に戻す。
「では、脱げ」
「…………発言してから2秒もしない内に、努力を放棄しないでくれるかしら」
 もう根本から躾けるしかないのかなぁ……などと思いつつ、エレオノールは取りあえずユーゼスに自分を見ないように命ずる。
 それから衣擦れの音やら少しだけ息を飲む音やらを響かせつつ、数分ほど経過した頃……。
「い、いい……わよ」
 ためらいがちに、準備か完了したことを告げた。
「ふむ」
 露わになった上半身をシーツで隠すエレオノールを、相変わらずの無表情で見つめるユーゼス。
 何はともあれ彼女と物理的に接触をしなくてはならないので、黙って一歩を踏み出してエレオノールに近付くが……。
「……っ」
「……………」
 一歩近付いた分だけ、一歩後退されてしまう。
「?」
 ワケが分からないユーゼスは、更にもう一歩エレオノールに近付く。
「っ」
 しかし、やはり一歩後退されてしまった。
「……何故、私から遠ざかる」
「あ、あなたが近付くからでしょ!」
「この行為の必然性はつい先程に説明したはずだし、お前もそれで納得していたではないか」
「う……。……まあ、それは、そう……なんだけど」
 やっぱり、イザとなったら躊躇の方が先に立ってしまうのである。
 と言うか、よくよく考えてみれば……。
「みゃ、脈拍と体温が知りたいんだったら、別に身体に直接触らなくても、手首とかで良いんじゃないかしら?」
「……私は医療方面に関しては半分素人のようなものだぞ。軽く触っただけでそうそう正確に脈など測れんし、体温についても同様だ」
「ぁぅ……」
 何とかして逃げ道はないかと模索してみたが、あっけなく閉ざされてしまった。
 …………どうやら、これは覚悟を決める必要があるらしい。
「―――――」
 二、三回ほど深呼吸して心を落ち着けると、エレオノールは意を決して椅子に腰掛け、ユーゼスを待ち構える体勢を整えた。
 と、そこに、
「……あの、姉さま。別に正面から触診なさらなくても、背中からすればよろしいんじゃないでしょうか?」
 何だか見かねた様子のカトレアが、おずおずと一つの提案を行った。
「そ、そのくらい分かってるわよ! い、いい、いくら何でも、正面から身体を晒すなんて、そんな、そんなことをするわけがないでしょう!!」
「私はてっきり、姉さまがユーゼスさんに身体を晒そうとしているように見えたんですけど」
「んなっ……、違うわよ!!」
「そうなんですか?」
「そうよ!!」
 実は正面から触診される気がそれなりにあったエレオノールとしては水を差されたようなものだったが、言われてみれば確かに背中からでも脈拍は取れる。
 だが、ここに空気を読まない男が一人いた。
「……正面と背面のどちらでも良いが、やるのなら早くしろ」
 言わずもがな、ユーゼス・ゴッツォである。
 エレオノールは顔を真っ赤にしてその朴念仁を睨みつけ、黙ってその白い背中を向けた。
「ふむ」
 今度こそエレオノールに近付いて触診を開始するユーゼス。
 まずは背中に軽く触れて、どこに何があるのかの確認を行う。
「っ!?」
「……背中に触れられた程度で身体を震わせるな、エレオノール」
「さわ、触るんなら『触る』って言いなさい! 私にだって心の準備って物があるんだから!」
「いちいち準備が必要な行為でもないだろう」
 そんなやり取りをしつつも、とにかく『正常なデータの確認作業』は行われる。
 ユーゼスは約一分間に渡ってエレオノールの背中を触り、撫で、さすり続けたが……。
「……やはり、よく分からんな」
 やはり手の感覚だけでは心拍がイマイチ分かりにくいようで、『直接的な手段』に打って出る。
 ピトッ
「!!!!」
「あら、まあ」
「……良し。よく聞こえるな」
 身体を硬直させるエレオノール、目をパチクリさせるカトレア、そして相変わらず平然と『エレオノールの鼓動に耳を傾けている』ユーゼス。
 三者三様の反応であったが、渦中の真っ只中にあるエレオノールは猛烈な勢いでユーゼスに問いかけた。
「ユ、ユユユユユー、ユーゼスゥ!! ななな、な、なななななななん、ナニをやってるの、あなたはぁぁぁぁぁあああああああ!!!??」
「? お前の背中に直接耳を押し当てているのだが、それがどうした?」
「そ……!!」
(それがどうしたってアナタどうしてそんなに平然としてるのよって言うかそれ以前に何の断わりもなく私の身体に耳を直接当てるなんて貴族に対する不敬も極まってきたわね別に嫌ってワケじゃないけどいやそうじゃなくてえーとえーとうわあああああああああ~!!)
 一瞬でそれだけの思考を行うエレオノール。
 だが、そんな高速の思考も空回りするばかりで具体的なアクションには結びつかない。
「……………」
 そうこうしている内に、ユーゼスは懐中時計の秒針を見ながら普通に脈拍を測り始める。
 実はユーゼスとしてもこのような効率の悪いやり方は決して取りたいわけではなかった。
 しかしハルケギニアには聴診器などという便利な物どころか『医療器具』自体が極端に少ないので、こうして身体に対して直接耳を当てるしかない。
 『自分で聴診器を作る』、『別の世界から取り寄せる』ということも出来なくはないのだが、頻繁に使用するわけでもなく、しかもこの機会だけのために労力を割くほど、ユーゼス・ゴッツォは人間が出来ているわけではない。
(ああああぁぁぁぁぁあああ、ユ、ユーゼスの耳が背中に押し当てられてる、私の心臓の音を聞かれてる、ちょっとだけユーゼスの息が背中に当たってるぅぅうううう~~……)
 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!!
 自分で感じている心臓の鼓動、それをユーゼスも同時に感じていること、そもそもこんな経験をするのが初めてなこと……とにかく色々な理由から、エレオノールの頭の中身はグルグルと大回転しつつ茹でられていた。
 なお、『される』立場ではなく『する』立場のユーゼスはと言うと。
「……一分経過。心拍数は取れたな」
 至って平静に、淡々とデータ収集を行っていた。
 コイツ実はガーゴイルなんじゃないかってくらいの、実に見事な淡々っぷりだ。
「では、続いて体温の測定に移る」
 カリカリと羊皮紙にエレオノールの脈拍を記録しつつ、宣言通りに次の作業に移行するユーゼス。
 しかし『体温の測定』と言っても、ハルケギニアにはやはり体温計など存在していないので結局は手で体温を測ることになる。
 正確に体温を測定したいのならば口腔内や耳の中などに直接手を入れるのが望ましいのだが、いくらユーゼスでもそこまでするほど馬鹿ではない。
 よって、比較的体温の測りやすい左右の腋の下に、それぞれ両手を入れることにした。
「ひゃうっ!?」
「……エレオノール、妙な声を出すな」
「だっ、だから、前もって『触る』って言って……あくぅっ!!?」
「ど、どうなさったんですか、エレオノール姉さま?」
 ドギマギするのならまだしも、いきなり甲高い声を出した姉を見て、思わずカトレアが声をかける。
 それに答えたのは、エレオノールではなくユーゼスであった。
「ご心配なく。腋のくぼみに少し強く指を差し入れただけです」
「は、はあ……」
 それは女性にとってかなりダメージの大きい行為なんじゃないかしらと思いつつ、カトレアは少しだけドキドキしながら二人の『触診』の様子を見守る。
 そんなこんなで、五分後。
「……良し。こんなものか」
 ヴァリエール家の長女の腋の温度を測定し終えたユーゼスは、ようやく手を放した。
「………………ぅう」
 妹のベッドに突っ伏し、グッタリとするエレオノール。
 肉体的には別に何があったということはないはずなのだが、どうも精神的に来るものがあったようだ。
「大丈夫ですか、姉さま?」
 ちなみにカトレアは、そんな姉を介抱している。
 そしてユーゼスはあらかじめ用意しておいた洗面器でパシャパシャと手を洗いつつ、記録したデータを見ながら、
「……しかし心拍数が尋常ではないな。体温も私の手と比較すればかなり高かった。……何を興奮していたのだ、エレオノール?」
 そんなことをほざきやがったので、エレオノールはむくりと起き上がり、治まりかけた顔の紅潮をぶり返させ、更にその赤さを上半身全てに伝播させ、しどろもどろになりながら叫びを上げ……。
「ここここ、こここここここっこっ!」
「…………ニワトリの真似か?」
「興奮なんて!! してるワケ!! ないでしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
 自分の杖を手に取って、魔法で作り出した土砂を銀髪の男にぶつけたのであった。


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