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虚無のパズル-24

大きな風竜に跨がったワルドは、薄い笑みを浮かべながら、蹂躙されたかつての祖国を見渡した。
上陸前のつゆ払いのため、ワルドはタルブの村と、その見事な小麦畑に容赦なく火をかけた。
焼け野原となったタルブの草原には、三色の『レコン・キスタ』の旗を掲げたアルビオン軍が展開している。
その数はおよそ三千。上空に大艦隊の支援を持つ、まさに鉄壁の布陣である。
ワルドの元に、偵察から戻った竜騎士が近付いた。
「申し上げます!トリステイン軍はラ・ロシェールの町に到着!拠点とし、兵の展開を進めているもよう!」
「数は?」
「およそ二千!」
「なるほど、それが緊急に配備できる限界ということか」
そばに控えた、別の竜騎士がワルドに進言する。
「子爵殿。村の連中は森の中に逃れたようですが、いかがします。森に火を放ちますか」
「よい、捨ておけ。奴らは餌だ」
「餌、ですか?」
ワルドはにやりと凶暴な笑みを浮かべた。
「そうとも。殺してしまっては、いまだ戦の準備の整わぬトリステインの軍勢を、ここまで誘き寄せることはできんだろう?」


タルブの村の南に位置する森。
村を焼き出された村人たちは、森の中に身を隠していた。
「コルベール先生!」
コルベールは、その声に振り返った。
「ティトォくん!無事だったのか」
息を切らせながらこちらに走ってくるのは、朝から姿の見えなかったティトォと、それを探しにいったシエスタであった。
シエスタは倒れている母の姿を見ると、青くなって駆け寄った。
「お母さん!」
「落ち着きなさい、シエスタ。母さんは気絶しているだけだよ」
シエスタを落ち着かせるように、父が肩を軽く叩いた。
シエスタは泣きそうな声になって、父親の腕を取った。
「お父さんも、火傷してるじゃない……、大丈夫なの?」
「こんなのは、大したこたあない。だが、ひどい火傷を負った奴もいる。連中、村に火をかけたんだ。なんとか村のものは全員逃げ出すことができたんだが、治療の薬が全然足りないんだ」
あちこちから、アルビオン軍の襲撃でけがを負った村人たちのうめき声が聞こえる。
火竜のブレスによって焼き出された村人たちは、多くの人が火傷を負っていた。
「ひどい……」
シエスタは、思わず口を抑えた。
骨折などの外傷は、村の医者の応急処置である程度なんとかなったが、火傷はそうも行かない。
こんな森の中では治療に必要な油薬を用意することなどできないので、火傷を負った人たちは、痛みにうめいていた。
見ると、コルベールが重症のものを優先して、『水』の治癒魔法をかけていた。
突然、コルベールの身体がふらりとなったので、ティトォはあわてて駆け寄った。
「コルベール先生!大丈夫ですか?」
「おお、すまない……、いや、私は『火』の系統のメイジ、治療の『水』魔法は本領ではないのだ」
『水』はコルベールの得意とする系統ではないので、コルベールの精神力を大きく削っているのだった。
「しかし、だからと言って黙って見ているわけにもいくまい」
コルベールは額の汗を拭うと、身体を起こそうとする。その身体を、ティトォが抑えた。
「待って。ぼくも手伝います、先生は少し休んでいてください」
「しかし……」
「大丈夫、ぼくも魔法使いです」
「なんだって?」
コルベールは驚いて、目をぱちくりさせた。ティトォとは三週間のあいだ、共同で研究を進めていたが、その間にティトォが魔法を使ったことはなかったので、彼のことは平民だと思っていたのだった。
ティトォは懐から小さな装置を取り出した。コルベールはそれが、以前見せてもらった『ライター』という着火装置であることに気が付いた。
考えてみれば彼の妹だという、あの小さな女の子……、アクアは、強力な爆発を操る、おそらくは『火』のメイジであった。
「ティトォくん、きみも『火』の……?」
ティトォはライターの回転ヤスリを擦って、火を付けた。ライターから勢いよく火柱が立ち上がった。
炎はみるみるうちにその色を変え、白く輝きはじめた。
「マテリアル・パズル……、炎の力よ、変換せよ!」
全身にひどい火傷を負った村の若者に、ティトォはその炎を叩き込んだ。
炎はまたたく間に若者の全身に広がり、勢いよく燃え上がった。
「きゃあ!ティトォさん!」
シエスタはあまりのことに、気絶してしまった。
村人たちもあわてて騒ぎ出す。
「ああ、なんてこと!誰か、水持ってこい、水!早く火を消さないと!」
「お前!いったいなにをするんだ!」
村人の一人が、乱暴にティトォの胸ぐらを掴んだ。
しかし、すぐに村人たちの顔は、恐怖から驚きへと変わっていった。
なんと、その白い炎に包まれた若者の身体から、傷が消えていったのだ。
醜く爛れた身体は、みるみるうちに血色を取り戻し、細かな傷も塞がっている。
ティトォを掴み上げていた村人の腕から力が抜け、解放されたティトォは尻餅をついた。
「げほ!げほげほ!」
「こ、これは、いったい……?」
コルベールは、驚きのあまりぽかんと口を開けていた。
古来より、傷を癒すのは、人の体に流れる水を操る『水』の系統の魔法なのである。
『火』の系統が傷を癒すなど、常識では、ありえない。魔法の法則から、大きく逸脱している。
それなのに、ティトォは秘薬の助けもなしに、『火』の力で、これほど強力な治癒の魔法を使ってみせた。
「……これが、ぼくの魔法。炎の魔力を変換し、傷を治す癒しの力にする。けが人をここに集めてください。ぼくが全員、治します」
「あ、ああ!わかった!おおい!おおい!怪我をしているものはこっちに集まれ!治療術を使える貴族がいらっしゃるぞ!」
シエスタの父は、気絶した母とシエスタを子供たちに任せて、村人たちに声をかけた。
足を怪我した者を運ぶのを手伝いながら、コルベールは目を輝かせてティトォを見ていた。
見つけた。
見つけたぞ。
きみこそ、私の……!


トリステイン魔法学院に、アルビオンの宣戦布告の報が入ったのは、翌朝のことだった。
王宮は混乱を極めたため、連絡が遅れたのであった。
ルイズは魔法学院の玄関先で、王宮からの馬車を待っているところであった。
その身は、儀礼用の巫女服に包まれている。なにも今から着付けしていく必要はないのだが、気分というやつであった。
しかし、やってきたのは馬車ではなく、一騎の竜騎兵であった。
王宮からの使者であるという竜騎士の少年は、オスマン氏の居室をルイズに尋ねると、息せき切って駆け出していった。
「今の、ルネじゃないの」
使者としてやってきた少年は、いつかの日に『竜籠』を操ってルイズとオスマン氏を王宮まで送った、あの竜騎士見習いの少年・ルネであった。
ルイズは、ルネの尋常ならざるようすに胸騒ぎを覚え、こっそりと後を追った。


「宣戦布告とな?戦争かね?」
式に出席するための準備をしていたオスマン氏は、飛び込んできた使者の少年の言葉に、顔色を変えた。
「いかにも!アルビオンの宣戦布告を受け、姫殿下の式は無期延期となりました!王軍は、現在ラ・ロシェールに展開中!したがって学院におかれましては、安全のため、生徒および教員の禁足令を願います!」
「アルビオン軍は、強大だろうて」
使者の少年、ルネは、悲しげな声で言った。
「敵軍は、旗艦『レキシントン』号を筆頭に、戦列艦は十数隻。さらに、三千と見積もられる敵兵力が、タルブの草原に陣を張り、ラ・ロシェールに展開した我が軍と睨み合いを続けております。
 しかし、我が軍の艦隊主力は既に全滅……、完全に敵に頭を抑えられてしまったのです。かき集めた兵力も、わずか二千にすぎません。敵軍は空から砲撃をくわえ、難なく我が軍を蹴散らすでしょう」
「現在の戦況は?」
「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです……。同盟に基づき、ゲルマニアへ軍の派遣を要請しましたが、先陣が到着するのは三週間後とか……」
オスマン氏はため息をついて言った。
「……見捨てる気じゃな。三週間の間、アルビオン軍を食い止めることはできまい。艦隊がやられた時点で、すでに勝敗は見えておる」
「ああ、そんな……、それでは、指揮を執られている姫殿下も……」
ルネは打ちひしがれるように、膝を付いた。オスマン氏はルネの言葉に、驚いて尋ねた。
「なんと言ったね、きみ。まさか、姫殿下おん自ら前線に……?」
「そうなのです。不毛な対策会議を続ける宮廷貴族たちに発破をかけるように、姫殿下おん自ら兵を率い、タルブへ向かったのです」
「おお、なんということじゃ……」
これにはさすがのオスマン氏も驚いたようすであった。
オスマン氏は、椅子に深く腰かけると、右手で顔を覆った。


教員室の扉に張り付き、聞き耳を立てていたルイズは、戦争と聞いて蒼白になった。
そして、タルブと聞いて顔色が変わった。シエスタの村じゃないの。
さらに、アンリエッタが戦地に向かったと聞いて、卒倒しそうになった。姫さまが、戦に?
たまらなくなって、ルイズは駆け出した。
走って、走って、学院の正門に辿り着いたとき、ふと我に返った。
わたし、今、なにをしようとしたの?
決まっている。タルブに向かおうとして、走り出したのだ。
姫さまを助けないと。シエスタを救けないと。
でも、ダメよ、ルイズ。あんたになにができるっていうの。
戦争なのよ。
相手は、空に浮かんだ巨大な戦艦。
『ゼロ』のあんたが行ったって、どうすることもできないわ……
ルイズはきゅっと唇を噛み締めて、ゆっくりときびすを返した。
学院の寮の、自分の部屋に向かって歩き出す。
そうよ、禁足令が出ているんだから……、部屋に戻らないと……

『待つのだ、ルイズよ』

「──誰!」
突然何者かに呼び止められ、ルイズは振り返った。

『いいのか?このまま引き返してしまって。もう二度と、友に会うことはできなくなってしまうのだぞ』

「誰よあんた!どこにいるのッ!」
ルイズは辺りを見回したが、朝もやの中に、それらしい人影は見えない。

『今すぐ、友の元へ向かうのだ』

「向かえって……、無理よ、戦争してるのよ。魔法が使えないわたしなんかがいたって、邪魔なだけよ……、足手まといになるだけだわ……」

『それでも向かうのだ。邪魔であろうが、足手まといであろうが、危機に陥っているのであれば手を差し伸べなければならない、それが友というものだ。ここで逃げることは、友から、そして自分から逃げることだぞルイズ』

ルイズはハッとして、自分の右手を見つめた。その手には、メイジの命ともいえる杖が握られている。
そうだ、わたしは、魔法は使えないけれど……
ルイズは杖を振るい、早口に呪文を唱えた。
「ウル・カーノ……」
突然、魔法学院の正門近くで爆発が巻き起こった。門の外に控えていたルネの風竜は、驚いて威嚇の鳴き声を上げた。
「ジエーラ!」
先ほどより巨大な爆発が起こり、魔法学院の正門はガラガラと音を立てて崩れた。
「ジュラ・イル・ゲーボ!」
さらに連続して爆発が巻き起こり、崩れ落ちる瓦礫をすべて、さらに細かく砕いた。
ぱらぱらと小石ほどの大きさになった瓦礫が、正門前に降り積もった。
ルイズは深呼吸して、きっと前を見据えた。
そうだ、わたしには、この爆発がある……、昔だったら、これはあらぬところを爆発させるだけの、失敗の証でしかなかった。
でも、今なら。ティトォの魔法で、爆発をコントロールできるようになった今なら、これは立派な武器になるわ!半端な『火』の呪文なんかより、よっぽど強力な、わたしの力よ!
「うわ!なんだこりゃ!」
素っ頓狂な声に、ルイズは振り向いた。粉々に砕かれた門を見て驚いているのは、学院長室から戻ったルネであった。
「ちょうどよかったわ。あなた、わたしをタルブに連れていきなさい」
「み、巫女様?」
ルネはルイズの服装、式典用の巫女服姿を見て、怪訝な声を上げた。
「って、きみは。いつかの日に、オスマン氏と一緒に王宮へ送り届けた子じゃないか。なに言ってるんだよ。だめだよ、そんなこと。ぼくはまだ見習いだし、きみは学生じゃないか!」
ルイズが杖を振るうと、近くの地面が爆発した。土ぼこりが舞い上がり、ルネは目を丸くした。
「わたしはトライアングルクラスの『火』メイジよ」
ルイズは嘘をついた。ルネを納得させるには、得体の知れない爆発よりも、こっちのほうが通りがいいと思ったからだった。
「必ず姫殿下のお力になれるわ。連れていって」
「し、しかしだね。学院には禁足令が出ているんだよ」
ルネはそれを伝えに、こうして使者としてやってきているのである。
ルイズは懐から、一枚の書簡を取り出してルネの鼻先に突きつけた。
「……ひ、姫殿下の許可証?」
「わたしは姫殿下直属の女官です。姫殿下の御身の危機には、駆けつける義務があるわ!」
それを見て、ようやくルネの決心も付いたようであった。
「うむ……、そうだ、そのとおり!今は危急のとき!見習いだろうが、関係ない!トリステインの危機に駆けつけずして、どうして未来の竜騎士隊を名乗れようか!」
ルネはふとっちょの身体からは信じられないくらい身軽な動きで、風竜の背中に跨がった。
「よし行くぞ、目指すはタルブの村!きみも早く乗って!」
ルイズが風竜の背中によじ上ると、ルネは手綱を打ち、風竜を羽ばたかせた。
ルイズはすごいスピードで飛ぶ竜の背中の上で、ポケットを探り、アンりエッタからもらった『水のルビー』を指にはめた。
その指を、祈るように握りしめる。
姫さま……、どうか無事でいて。
それから、シエスタも……。わたしによくしてくれる、笑顔がすてきなシエスタ。どうか、無事でいて……。
……そういえばティトォもいるはずなんだっけ。ついでに、無事でいて……。
それから、懐に忍ばせた『始祖の祈祷書』に手を伸ばした。
伝統に倣い、肌身離さず身に持っていたのである。
ルビーを嵌めた右手で、『始祖の祈祷書』をそっと撫でる。
「始祖ブリミルよ……、どうぞ我らをお守り下さい」
その瞬間、『水のルビー』と『始祖の祈祷書』がぼんやりと光りだした。
しかし、『始祖の祈祷書』は懐に入れていたため、ルイズはそのことには気付かなかった。


タルブの村の火災はおさまっていたが、そこは無惨な戦場へと変わり果てていた。草原には大部隊が集結し、港町ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍との結線の火蓋が切って落とされるのを待ち構えていた。
空には、部隊を上から守るため、『レキシントン』号から発艦したアルビオンの竜騎士隊が飛び交っている。散発的にトリステイン軍の竜騎士隊が攻撃をかけてきたが、いずれもなんなく撃退に成功していた。
決戦に先立ち、トリステイン軍に対し艦砲射撃が実施されることになっていた。
そのため『レキシントン』号を中心としたアルビオン艦隊はタルブの草原の上空で、砲撃の準備を進めていた。
タルブの村の上空を警戒していた竜騎士隊の一人が、自分の上空、千五百メイルほどの一点に、近付く一騎の竜騎兵を見つけた。
竜に跨がった騎士は竜を鳴かせて、味方に敵の接近を告げた。


ルイズは風竜から身を乗り出して、眼下のタルブの村を見つめた。
素朴で美しかったであろう村の姿はもはやどこにもなく、家々は醜く焼けこげ、ドス黒い煙が立ちのぼっている。
広大な小麦畑はすっかり焼け野原となり、アルビオンの兵隊たちが陣を張っていた。
シエスタが帰省した日、門の前ではち会わせた時の会話が、ルイズの脳裏に甦った。
『タルブの村は、小麦の名産地なんですよ。一面に小麦畑が広がって、とっても綺麗なんです。ミス・ヴァリエールにも、ぜひお見せしたいなあ』
アルビオン軍はゆっくりと行進していく。焼け残った稲穂が、兵隊たちに踏みにじられた。
ルイズは唇を噛んだ。血の味が滲む。
こちらに気付いた一騎の竜騎士が、上昇してくるのが見えた。
「叩き落としてやる」
低く唸り、自分の身体と、風竜の身体とをロープできつく結びつけた。
「ルネ!突っ込んで!作戦は分かってるわね!」
「ああ、バッチリだ!しかし、本当にやれるのかい?」
「わたしは姫殿下直属の女官で、巫女で、トライアングルメイジよ!信じなさいッ!」
「了解だ、巫女さま!始祖ブリミルよ、我らに勝利のお導きを!」
ルネの叫びとともに、二人を乗せた風竜が急降下を開始した。


「一騎とは、舐められたものだな」
急降下してくる竜騎兵を迎え撃つため、竜を上昇させた騎士が呟く。
しかもよく見れば、あれは風竜である。
アルビオン竜騎兵の主戦力である火竜に比べ、風竜はブレスの威力で大きく劣る。戦向きの竜ではない。
竜騎士は、急降下してくる風竜の竜騎兵を待ち受けた。
さすが風竜だけあって、早い。
だが、アルビオンに生息する『火竜』のブレスの一撃を食らったら、風竜など一瞬で羽を焼かれ、地面に叩き付けられるだろう。
じりじりと急接近する敵を引きつける。間もなくこちらのブレスの射程に入る。
まだ、
まだ、
まだ……、
今だ!
ブレスを吐くために、火竜が口を開けた。
その瞬間、目の前の空間が爆発した。
「なッ!」
火竜は驚き、バランスを崩す。次の瞬間、またしても爆発が巻き起こり、羽を傷付けられた火竜は真っ逆さまに墜落した。


「やったぞ!」
「はしゃがないで!三騎、右下から来るわ!」
ルイズの言葉どおり、三騎が横に広がって上がってくる。
三騎の火竜は、ぼんぼんと炎のブレスを吐きかけた。ルネはすかさず風竜を操り、垂直に急降下する軌道を水平にした。
「うぐ……!」
急な機動の変化にルイズは振り落とされそうになったが、身体に結んだロープがルイズを支えた。
ごうと音を立てて、ルイズのすぐそばを火竜のブレスがかすめる。
「がんばれ、ベルヴュー。当たるなよ」
ルネは相棒の風竜の背中を、優しくぽんと叩いた。
風竜は大きく羽ばたき、加速した。背後から吐きかけられるブレスを避けながら、火竜の騎兵隊を引き離していく。
アルビオンの竜騎兵は、チッと舌打ちをした。風竜はブレスの威力で火竜に劣るが、スピードで勝るのである。
風竜は旋回して、ふたたび突撃してくる。すかさずブレスを放ったが、右へ左へと巧みに避けた。
「ええい!ちょこまかと……」
それ以上言うより先に、竜騎士の後ろの空間が爆発した。
爆風に押されて火竜はつんのめるようになり、背中に乗っていた竜騎士は振り落とされて、ぎゃあああああ……という長い悲鳴を残して、地面に落ちていった。
ルイズたちの作戦はいたってシンプルだ。
ルネが風竜で、魔法の射程ぎりぎりをひたすら逃げ回り、ルイズが爆発の魔法で攻撃する。それだけである。
しかし、この急ごしらえの作戦は、戦闘開始早々に二騎の竜騎士を落とすという大戦果をあげた。
なにしろルイズの爆発魔法は、狙った場所を直接爆発させることができるのである。
『ファイヤーボール』の呪文のように火の玉を飛ばすわけではないので、魔法の軌道を見切ることはできない。
魔法を使うルイズ本人以外には、どこが爆発するか分からないという、恐ろしい攻撃なのであった。
「すごい!すごいよルイズ!天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士を、二騎も撃墜したんだ!きみはまさしく戦巫女様……、いや、聖女様だ!」
ルネは興奮して叫んだ。見習いの自分が立てたとんでもない手柄に、舞い上がっているのだ。
しかしルイズはそれどころではなかった。次々吐きかけられるブレスを、右に、左に、宙返りで避ける風竜の機動に、乗り物酔いを起こしかけているのだった。
「うぶ……、あんまり叫ばないで。気持ち悪くなってきちゃった……」
「うわ!やめてくれよ、こんなとこで吐かれたらたまらないよ!いや、待てよ。聖女様の体から出されるものならば、それは聖水のようなものじゃないだろうか?するとぼくは,きみのをこの身に受け止めるべきなのだろうか?ううむ……」
ルネがなんだかろくでもないことを言い出したので、ルイズはますます気分が悪くなった。
しかし、ルイズはぶんぶんと頭を振って、なんとか酔いを振り払った。
右から十ばかりの竜騎士が、こちらにめがけて飛んでくる。
ぶおおッ!と、火竜のブレスが飛んできた。風竜は左にかわす。
「ルネ、もう少し近付いて!魔法の射程圏外よ!」
「十騎の中に突っ込むのは無理だ!引き離しながら、各個撃破を狙おう!」
ルネが手綱を操ると、風竜はぐんと加速した。


ばきばきばき!と木の枝を折って、森の中に竜騎士が墜落してきた。
森に隠れている村人たちは、びくっと身をすくませた。
落ちてきた竜騎士は、死んではいないようだが、全身を強く打って身動きが取れないようだった。
村人たちは、おそるおそる空を見上げる。アルビオンの竜騎士隊と、一騎の竜騎士が飛び回りながら戦っている。
「王軍の騎士様かい?」
「しかし、一騎だけってのもおかしな話じゃないか」
そうして見守っていると、またしても味方の竜騎士が、敵を一騎落とすのが見えた。
おおお!と歓声が上がる。村を燃やした侵略者が、次々撃ち落とされている!
村人たちはその竜騎士の活躍に熱狂した。
そんな喧噪の中、ティトォは怪我人の治療を続けていた。
ほとんど休まずに魔法を使い続けているティトォは、傍目にも消耗して見えた。
目を覚ましたシエスタが、心配そうにティトォを見つめている。
ティトォは額に浮いた大粒の汗をぐいと拭うと、目の端で空の戦いを見た。
「ルイズ……、来たのか……、ほんとに、無茶するな……」
ティトォは誰にも聞こえないほどの声で、ぽつりと呟いた。
50人目の治療を終え、ティトォは声を上げた。
「次の怪我人を、こっちへ……」
しかし、足下がふらりとなって、ティトォはよろめいた。その身体をコルベールが受け止める。
「無茶だ、少し休みたまえ。このままではきみが潰れてしまう」
「でも……」
「大丈夫だ、きみのおかげで、あとは軽傷のものばかりだ」
それを聞くと、ティトォは少し安心したような表情を浮かべた。
「本当ですか、それなら、少し……」
その瞬間、ティトォの心臓が、ずぐんと跳ねた。
ティトォは胸を抑えるとうずくまり、ごぼりと大量の血を吐いた。
足下の草花が、ティトォの血で真っ赤に染まる。
「きゃあああああッ!」
シエスタが悲鳴を上げた。村人たちも動揺し、ティトォの元に集まってきた。
「ティトォ君!」
コルベールが蒼白になる。
ティトォは荒い呼吸を繰り返し、焦点の合わない目で、地面に倒れるように横たわった。
とうとう、来ちゃったか。肉体の限界が……
ぼくの魔法『ホワイトホワイトフレア』は、生物の肉体強化。
だから、アクアやプリセラと違って、こうなることはまずないはずだけど……、
アルビオンへの密命や、宝探しの冒険旅行、それにタルブ村の怪我人の治療。魔力を使いすぎたか……
「ティトォ君、しっかりしたまえ!」
どんどん呼吸が浅くなっていくティトォの姿に、コルベールは取り乱した。
「ああ、そんな。鼓動が弱くなっていく……、だめだ、死なないでくれ。死んではだめだ。きみは、私の夢なんだ……」
コルベールは、横たわるティトォにすがりついた。
「きみは、『火』の魔法で、傷を癒した。ここにいる人たちは、きみが救ったんだ。きみのようになりたいんだ、私は。
 私の『火』で、誰かの傷を癒したいんだ。魔法を平和のために役立てたいんだ!私は、きみのことがもっと知りたい!きみの魔法が!きみの力が!だから、お願いだ……、お願いだから……、死なないでくれ……」
最後の方は声がかすれて、ほとんど聞き取れないほどだった。
コルベールはまるで祈るように、ティトォの右手を握りしめる。
ティトォは左手で、そっとコルベールの手に触れた。
「大丈夫です……、また、会えますよ」
その言葉は弱々しかったが、穏やかな響きだった。
コルベールは思わず顔を上げ、ティトォを見た。
「ぼくは……、『ぼくたち』は、死んでも魂が入れ替わるだけ……、永遠に、その繰り返し……」
「……なんだって……?」
コルベールは言葉の意味が分からず、困惑した。
ティトォは首を回し、その人形のような瞳でコルベールを見つめた。
「ぼくたちは、先生の思っているような……、立派な人間じゃありません。ぼくたちは、罪人……、確かにぼくの魔法は、癒しの魔法。戦いには向きません。でも……、平和のためじゃない……」
すでにティトォの命は消えかけていた。しかし、ティトォは強い意志を込めて、言い放った。
「ぼくたちは、戦うために魔法の力を身に付けたんだ」
突然、ティトォの身体が光を放ち、膨大な魔力が吹き出した。
「きゃあッ!」
周りで見守っていた、シエスタや村の人々は、吹き荒れる魔力の嵐にあとじさった。
ティトォの身体は、まるでパズルのピースのようにばらばらに崩れ、吹き荒れる魔力に乗って宙を飛び回る。
「これは、いったい……!」
コルベールは光から目を庇いながら、その様子を見守った。
やがて、パズルのピースは一ヶ所に集まり、組み上がって、なにかを形作ってゆく。
ばらばらになったティトォの身体が、『別の何か』になってゆく……


「なんだと?この短時間で四騎が落とされただと?ばかな!」
艦砲射撃実施のため、タルブの草原の上空三千メイルに遊弋していた『レキシントン』号の後甲板で、艦隊司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告に眉をひそめた。
「単騎で四騎を討ち果たしてのけたか。ふむ、英雄ですな」
隣に控えた『レキシントン』号艦長ボーウッドが、感心したように呟く。
「なにを悠長なことを!私がクロムウェル閣下から預かった兵だぞ!たった一騎の敵になにをやっておるのだ!」
伝令は身を縮こまらせながら、報告した。
「て、敵は竜の背に、竜騎士とメイジを乗せているらしいのです。風竜の素早い動きでこちらの攻撃をかわしつつ、メイジが魔法を撃ってくるので、どうしようもなく……」
「二人乗り?馬鹿な、いかに風竜といえど人間を二人乗せて素早く飛ぶことはできまい」
「それが、どうもどちらも鎧を身に着けず、かなりの軽装らしく……、メイジの方はかなり小柄で、しかもおかしなことに、巫女服を纏っているとか」
「巫女装束?」
ジョンストンが頓狂な声を上げる。
「『聖女』を気取るつもりですかな。まさしく英雄ということか。しかし、たがが英雄。所詮は『個人』にすぎませぬ。いかほどの力を持っていようと、個人には、変えられる流れと、変えられぬ流れがあります」
ボーウッドは落ち着き払って答えた。この艦は後者に当てはまる。
「艦隊前進。左砲戦準備」
しばらくすると遥か眼下に、周りを岩山に囲まれたラ・ロシェールの港町に布陣したトリステインの軍勢が見えてきた。
まず、空からの艦砲射撃により軍勢の体勢を崩し、しかる後に『レコン・キスタ』軍の一斉攻撃を開始するのだ。
水兵たちにより、砲戦の準備が進められる中、またも伝令の声が響き渡った。
「竜騎士一騎撃墜!」
またしても自慢の竜騎士を撃墜されたとあって、ジョンストンは顔色を変えた。
ボーウッドはため息をつく。
敵の竜騎士の一騎など、捨ておいても戦局に変化はないだろうが、放っておくのも目障りだ。士気に関わる。
「ワルド子爵」
ボーウッドは呟いた。
『はっ』
ボーウッドの耳に、ワルドの声が響く。
ワルドは艦隊のはるか後方を飛んでいる。声を『風』の魔法で、『レキシントン』号のブリッジまで運んだのである。
「単騎に何を手こずっているのか。遊ばせるために貴官に竜騎士隊を預けたのではないぞ」
『これは手厳しい。しかしご安心召されよ、すぐさま打ち取ってごらんにいれましょう』
ワルドはそう呟くと、はるか眼下の、竜騎士隊と戦っている一騎の風竜を見つめた。
風竜の背中には二人の人影があり、一人は儀礼用の巫女装束を纏っている。
ヘッドピースが風に揺れ、見慣れたルイズの桃色がかったブロンドの髪が覗いた。
ワルドは口の端を吊り上げた。
生きていたか、ルイズ。
ワルドは、騎乗する風竜を急降下させると、声を『風』の魔法に乗せ、残った竜騎士隊に指令を下しはじめた。

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