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虚無と賢女-08


港町ラ・ロシェールは山間の中にある街である、巨大な世界樹の枯れ木を桟橋として利用しており、多数の船を係留できる トリステイン屈指の港であった。夜の帳が降りた後も、峡谷の中に築かれた旅籠や商店は煌々とした灯りで夜闇の中に浮かび 上がっており、小さな街にも関わらずその賑やかさが伺えた。
そのラ・ロシェールの入り口、王都トリスタニアからの街道の両脇を挟む崖の上に二十数人の人影が潜んでいた。それぞれ弓や 剣、槍といった武器を手に持ち、くたびれかけた鎧を身に着けていた。彼らの姿は誰もが傭兵か、傭兵崩れの山賊と判断する 姿であった。

「……お、隊長、来ましたぜ!」

崖のほとりで見張っていた一人が、街道の先を指差す。その声に何人かの男たちが釣られて、指し示された先に視線を向ける。月明かりの下、二つの騎影がその先にあった。

「おい、おめーら、分かってるだろうな!? 貴族の坊ちゃんと女の二人連れだ!」

隊長らしい者の言葉に男たちは一斉に頷く。そして、隊長の近くに居た男が下卑た笑みを浮かべた。

「へへへ……、隊長。女の方は生きていたら捕まえても?」
「好きにしな。雇い主から何も言われてねーからよ。……でも、一番は俺だぜ?」

今度は隊長が、そして他の男たちが欲望丸出しの笑い声を上げる。彼らの脳裏には、仕事の後のお楽しみが浮かんでいた。

「よし、弓を構えろ。松明の覆いは大丈夫だろうな?」

隊長の指示に、十人ほどが弓を構えて崖のほとりに潜む。彼らが街道を伺うと、騎影はもうすぐ近くまで来ていた。タイミングを 見計らい、隊長が手を振る。次の瞬間、炎が外から見えないように覆いを被されていた松明を取り出した男たちが、崖の下へと投げ込み、続いて射手が一斉に矢を放つ。

―――奇襲だ!?

崖の下から少年の悲鳴。男たちの目論見通り、訓練されていない馬は驚いて乗っていた者を放り出したようだ。このまま第二射を崖下に―――今度は女に当てないように狙いを定めるつもりで身を乗り出した。そのため、再攻撃に十秒ほど余計な 時間がかかった。
そして射手たちは矢を撃とうとしたとき、猛烈な勢いで崖を登ってくる女の姿を視界に捉えて衝撃を受けた。

「な、なんだぁ!?」

男の一人がそう叫ぶが、それは男たち全員の共通した思いであった。女は崖の窪みに足をかけて跳躍し、手に持った逆剣を岩肌に深々と突き刺して新たな足場にし、あっという間に十メイル近い崖を登りきった。

「う、うわぁ!? な、何だ―――がふぅッ!?」

一番間近に居た射手が、女が抜刀した片刃の剣の柄で頭を打たれて失神する。そのまま流れるような動きで、そして目にも止まら ない疾さで次々と男たちを倒していく。隊長がようやく状況を理解したときには、射手全員と崖のほとりの側に居た男たちが倒されていた。―――残るは隊長自身を含めて十人ほど。

「く、くそ!? こんなの聞い―――!?」

思わず叫び声をあげた隊長に、今度は上空から一陣の風が吹き降りて圧倒的な圧力で残った者たちを地面へと押し倒す。

「大丈夫か? ……と言いたいところだったが、どうやら僕の助力は必要なかったようだね」

女の隣に羽帽子を被った男―――恐らくは貴族が舞い降りてくる。上空を見上げると、旋回している一匹のグリフォン。隊長は雇い主の仮面のメイジが、標的の強さを教えてくれなかったことへの愚痴を呟こうとして、そのまま意識を失った。





気絶した、もしくは戦意を完全に失った男たちをエレアノールとギーシュ、そして戦いが終わった直後にシルフィードに乗って飛来してきたタバサの三人で縛り上げて拘束する。もう一人、シルフィードに乗っていたキュルケは、ワルドに色気たっぷりの流し目をで誘惑していたがあっさりと拒まれて、今はルイズと口喧嘩をしていた。ワルドは、縛り上げられた男の一人を尋問しており、時折、男の言葉に頷いていた。

「それにしてもミス・タバサ、何でミス・ツェルプストーと一緒に?」

一通り男たちを縛り上げて一段落したところでギーシュは、用が終わったとばかりに本を開いて―――月明かりがあるとはいえ、読めるのかは疑問であるが―――座り込んだタバサに尋ねる。

「出発するところが見えたから気になった、キュルケも気付いていた」

実際はエレアノールを見張っていたシルフィード経由で、来訪したアンリエッタの姿を確認し、何かあると判断してずっと張っていたのだが、そのことは全く表に出さない。

「ああ、何と言うことだ! 皆に見られていたということなのか! これでは、姫殿下から承った大切な―――」
「ギーシュさん!」
「―――ああ、いや、なんでもない」

エレアノールの言葉に、ギーシュは口を滑らせる間際で口を閉じる。そうしていると、尋問を切り上げたワルドが皆を呼び寄せる。

「どうやら、ただの物取りのようだ。このまま捨て置いて行くが構わないね?」

皆の意見を確認するように聞いているが、自身の決定を押し通す雰囲気を感じてエレアノールは眉をひそめる。

「しかし、彼らを役所に突き出すべきでは? このままでは他に襲われる人も出ます」
「それはその通りだが……僕らは今、それよりも大切なことをしなければならない。彼らを役所に突き出せば、事情聴取や手続きで時間を取られてしまう。時間との勝負になっている以上、それを避けなくてはならない」

ワルドの主張にエレアノールは言葉を失い、不承不承頷く。しかし、同時にワルドの判断に軽い不信感を抱く。

(物取りではなくて、私たちを妨害するために雇われた傭兵の可能性もありますのに)

エレアノールは自分の考えに根拠がないことは承知しており、そのことを口に出さなかった。仮に本当に雇われていたとしても、詳細を知っているとは思えないし、時間を浪費させるための捨て駒の可能性があることを考えると、ワルドの判断も的外れではないと思い直す。

「よし、では今夜はラ・ロシェールで一泊して、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」

ワルドはヒラリとグリフォンに跨ると、朝と同じようにルイズを抱きかかえる。タバサとキュルケはシルフィードに乗り、エレアノールとギーシュは崖の下に残した馬の元へレビテーションを使って降りる―――途中で岩肌に刺した逆剣も忘れずに回収して。
道の向こうに、両脇を峡谷で挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが怪しく輝いていた。





ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭で泊まることにした一行は、一階の酒場でくつろいでいた―――もっとも、一日中馬に乗っていたギーシュはクタクタに疲れ果ててテーブルに突っ伏しており、エレアノールは姿勢よく座っていたが疲労の色を隠してなかった。先ほどの襲撃の際は、驚きで疲れを忘れていたが、こうして落ち着くと一気に疲労感が全身を襲い掛かっていたのだった。

「本当呆れた。早馬でも二日かかるのに、一日でたどり着くなんてねぇ……無茶しすぎよ」

精根尽き果てたギーシュに、キュルケの容赦のない言葉がグサリと突き刺さる。何とか顔を上げるものの、糸の切れた操り人形のように再びテーブルへと突っ伏す。代わりにエレアノールが、話題を切り替えようと口を開く。

「あの港町と聞いていたのですが、どうして山の中なのでしょうか?」
「あら、知らないの? それはね―――」

そこに桟橋へと乗船の交渉へ行っていたワルドとルイズが、困ったような顔をして戻ってきた。説明しようとしたキュルケは言葉を区切り、二人に向けてワイングラスを掲げて迎える。ワルドは席につくと、表情と同じような困った声を出す。

「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ。明日が『スヴェル』の月夜だったことを失念していたとは、情けない限りだ」
「急ぎの任務なのに……」

その隣に座ったルイズも口を尖らせている。

「あたしはアルビオンに行ったことないのだけど、『スヴェル』の月夜だと、どうして船が出ないのかしら?」
「アルビオンがラ・ロシェールに最も近づくのは、月が重なる『スヴェル』の月夜の翌朝だ。その前後は風石の消費が割に合わないから出航しないらしい」

キュルケの問いにワルドが答えた。対面の席で話を聞いていたエレアノールは、二人の会話に不思議そうに考え込む。だが、疲労した頭では上手く結論が出なかったので、後で考えようと先送りにした。

「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取ってある」

ワルドは鍵束を机の上に置いた、その数は三個。

「三部屋しか取れなかったから相部屋になる。キュルケとタバサで一つ、そしてギーシュとエレアノール。最後に僕とルイズだ」

当然のように言い放ったワルドの言葉に、ルイズとキュルケからから「え~」という声と視線がワルドに向けられる。残りの二人、ギーシュは先ほどまでの疲れを吹っ飛ばしたかのように期待に満ちた眼差しでワルドとエレアノールを交互に見て、エレアノールは困ったような表情でワルドを見つめていた。

「……何か変かね?」

自分に集まる視線に平然と聞き返すワルド。最初に口を開いたのはキュルケだった。

「あたしとタバサが相部屋なのは構わないけど、普通は残りの面子も男女で分けないのかしら?」

複数の男性と付き合っているキュルケであったが、ごく一般的な常識を知らないわけでもない。エレアノールのことを崇拝している感のあるギーシュなら間違いは起こらないと考えていたが、相部屋なのはエレアノールがさすがに可哀想と思っていた。

「そうよ! ギーシュはあのエロモグラの主人なのよ!」

珍しくキュルケの意見にルイズが賛同する。キュルケの隣のタバサも本から目を離さないまま、うんうんと頷いていた。

「ふむ、言われてみればその通りだ。……では、僕とギーシュで一部屋。そしてルイズとミス・エレアノールで一部屋、これでいいかね?」

多少、気落ちしたように言い直した組み合わせに、今度はギーシュを除く全員が頷く。ちなみに、ギーシュは三度テーブルに突っ伏していた。その表情は一言で現せば『絶望』、もう少し言葉を足すと『希望が打ち砕かれたあとの絶望』であった。

「ああ、だけどルイズ……。大事な話があるんだ、あとで二人きりで話をしたい」

ワルドはそう言い添えて、ルイズに鍵を手渡した。





ルイズの部屋を訪れたワルドは、持参したワインで乾杯する。同室のエレアノールは、「二人きりにしてほしい」というワルドの言葉を受けて、デルフリンガーと一緒に既に退室していた。
一緒にワインを飲みながら、ワルドは胸中で笑う。チェスで言えばクイーンの駒、それを自分の目論見どおりに手中に収めつつあったからだ。

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵、『閃光』の二つ名をもつトリステイン屈指の力量を持つメイジ。
その彼がアルビオンを席巻しつつあるレコン・キスタの一員であることを知る者は、同じくトリステイン王家を裏切ってレコン・キスタに繋がりを持っている者の中でも、一部の者だけしか知らないことであった。

彼がレコン・キスタより受けた命は二つ。一つは盗賊の『土くれ』のフーケとの接触。その正体はかつてアルビオン王家より貴族の名を剥奪されたサウスゴータ太守の娘、マチルダ・オブ・サウスゴータであり、アルビオン王家の罪を問いただすのにちょうどよい政治的材料として追っていた。しかし、トリステイン魔法学院襲撃後から鳴りを潜めており、結局所在と正体を突き止めることはできなかった。

二つ目の命はトリステインとゲルマニアの同盟阻止の任務であった。こちらは、ワルド以外の者にも同じような命が下されており、王宮では同盟反対派という形で任務を行っていたが、『鳥の骨』の尽力により同盟は成立寸前までこぎつけられていた。
そのため、それを白紙に戻すための材料を探し続けていた。その材料―――アンリエッタの恋文回収にワルドが同行できたのは偶然の産物でもあったが、以前からずっと王室に忠誠を誓う有能な貴族として振舞っていた結果でもあった。

今までの自分の先見性の高さと幸運にワルドは満足していた。そして、ルイズの心を捉えるための布石―――言葉巧みに褒め称え、自分に好意を持ち続けるように仕向ける。ワルドがルイズを褒め称えるのは、本心からであった。数年前、いつも魔法を唱えるたびに爆発ばかりのルイズのことを、『虚無』の系統ではないかと考えたのはただの思いつきであった。しかし、軍務の間にいくつかの文献を漁り、さらに自分の経験も含めた『魔法が失敗したとき』のことを考え、今では『証拠はないが、間違いないだろう』という確信を持っていた。

伝説の系統である『虚無』を手中に収める。それは単純に強力なメイジだけでなく、トリステインそのものにも深い影響を与えるであろうとワルドは考えている。ラ・ヴァリエール公爵家の初代は王家の庶子が任じられており、始祖ブリミルの直系とされるトリステイン王家に比べれば劣るものの、王位継承権が与えられても不思議ではない家系。
もし、『虚無』の使い手がラ・ヴァリエール公爵家に現れれば、トリステイン王家から『禅譲』という形で王位を奪うことも可能であった。

レコン・キスタの総司令官オリヴァー・クロムウェルも『虚無』を継承したと公言しているが、元々は平民あがりの司教。始祖の血筋に属し、トリステインの王位を正式に受け継ぐことのできるルイズに比べれば、格が二つも三つも落ちる。
ルイズさえ手中に収めれば、レコン・キスタ内でもワルドの立場は大きくなり、ゆくゆくはトリステイン女王にしてレコン・キスタ総帥ルイズ、その夫の摂政ワルドという華々しい未来を手に入れることも決して夢物語ではないだろう。

―――胸の内の打算、その結果に満足していたワルドは、改めてルイズに視線を向ける。道中の会話や、今の歓談を見る限り、ルイズは自分への憧れを持ち続けている。このままじっくりと言葉巧みに誑し込むのは、そうは難しくない。そのように考えていたワルドであったが、ルイズの何気ない言葉にその自信の一部に冷や水をかけられた。

「でも……、今日はエレアノールとギーシュに無理をさせたわ」

『エレアノール』の名前を口に出したときのルイズの表情、それは一瞬ことであったが心の底から信頼している表情であった。

「確かに無理をさせてしまったが、おかげで一気にここにたどり着けたからね」

自分以外に頼る者がいないようになっていることが望ましいと、ワルドは胸中で打算する。

「それに君の使い魔のミス・エレアノールは、無理をして疲れているにも関わらずあっという間に物取りたちを倒していた。……彼女の左手のルーンを見たかい?」
「ルーン? ええ、何回か見たけど?」

ルイズは左手のルーン―――『ガンダールヴ』のルーンのことを知らない。ルイズを褒め称えようとするワルドにとって、好都合だった。

「彼女が武器を持ったときに左手に浮かび上がるルーン、あれは伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印だ。……分かるかい、つまり君は始祖ブリミルに匹敵する偉大なメイジなんだよ」

『ガンダールヴ』、そして始祖ブリミルの名を聞いてルイズは目を白黒させる。

「まさか……、信じられないわ」
「まさかじゃない。僕も並のメイジじゃないから分かっていたけど、君は他人にはない特別な力を持っているのだよ。そう……歴史に名を残すような偉大なメイジになるに違いない」

ルイズはワルドが冗談を言っているのだと思い首を振った。しかし、ワルドは熱っぽい口調で言葉を続ける。

「この任務が終わったら、僕と結婚しよう、ルイズ……」
「え……」

ワルドのプロポーズに、ルイズはハっとした顔になった。その表情を見ながら、ワルドはルイズのエレアノールへの信頼を利用して、自分への関心の引き立てが上手くいったと胸中で笑っていた。





エレアノールは一階の酒場に居た。テーブルにはワインと小皿に盛り付けられたチーズが置かれており、時間を潰すように少しずつつまんでいた。既に周りの客は部屋に引き上げており、彼女を含めて数人が残っているだけ。
そのエレアノールの席に、キュルケとタバサがやってきたのは、ワインの三分の一ほど飲んだところであった。

「はぁい、一人で飲むのは寂しくないかしら?」

エレアノールの返事を待たずにキュルケは席につく。その隣にチョコンとタバサが座った。その手には大盛りサラダの皿が握られている。

「ゆっくりとした時間を一人で過ごすのも……悪くはないですよ」
「そういうものかしら? ……それにしても、疲れているのに貴女も大変ね。上でまだ話しているのでしょ?」

キュルケは勝手にワインを自分のグラスに注ぎながら、天井に―――部屋で歓談しているルイズとワルドを見るように視線をチラっと向けて、ため息交じりの苦笑をする。もきゅもきゅとサラダを頬張っていたタバサも、同意するようにコクコクと頷いた。

「久々に会えたようですし、積もる話もあるでしょうからね……」

日中、馬を駆けらせ続けた疲労はエレアノールにもしっかりと圧し掛かっていたが、幸か不幸か遺跡に潜り続ける日々を送っていたことで体力がついており、思考はやや鈍っていたが今すぐベッドに倒れこんで寝てしまうほどでもなかった。なお、ギーシュは既にベッドで爆睡していたが。

「積もる話ねぇ……。でも、ルイズも大変ね」
「何がです?」

キュルケは再び天井ごしにルイズたちがいる部屋に視線を向けて、どこか―――恐らく無意識のうちに―――心配そうな声色でため息をつく。

「あのワルド子爵って、氷のような冷たい目をしているのですもの。燃え上がるような情熱がないのよね」
「はぁ……?」
「あたしが知っている限りの話になるけど……ああいう目をした男って、他人を自分のために利用して切り捨てることを躊躇わないのよね。そんな男が婚約者で、今もルイズのご機嫌を取っている。ワルド子爵の魂胆も見え見え、ね」

キュルケの言葉を聞いて、エレアノールはワルドを見た時に感じた既視感の正体を思い出した。かつて、カルス・バスティードで一緒に入城したメンバーの一人に同じような目をした青年がいたことを。しかし―――

(彼は……取り繕うことをしようとはしませんでした……)

彼は自分自身すら利用できるものなら利用しろと言わんばかりの、冷徹な態度を持ち続けていた。そこが違っていたため、ワルドを最初に見たときに思い出せなかったのだ。

「―――そういうわけでワルド子爵なんて、あたしならお断りね。ルイズは男を見る目がないから、あんなのでもヒョイっと騙されてしまうのでしょうけど」

エレアノールが思案している間も、キュルケのやや偏った男性観と恋愛観でワルドの酷評は続いていた。その様子は、まるで動物嫌いを公言している人が、目の前の捨て犬や捨て猫が心無い人に拾われそうになって心配しているようにも見えた。

「……キュルケさんはルイズ様を心配されているのですね」
「え!? バ、バカなこと言わない! このあたしがヴァリエールの者を心配するわけないでしょ!!」

顔を真っ赤にして否定してくるキュルケ。横でサラダのお代わりに取り掛かっていたタバサは、チラっとキュルケを見上げてポツリと呟く。

「朝はいつも、ルイズが部屋を出るのを見計らって廊下に出てる」
「―――ッ!? タ~バ~サ~!?」

魔法学院での生活の一部をタバサに暴露され、キュルケは普段は見せないような羞恥に染まった表情で叫ぶ。そして、仕返しとばかりにタバサがつついている皿を取り上げ、頭上高く持ち上げた。一方の取られた側のタバサは、キュルケの周りを回りながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて取り返そうとしているが、身長の差は歴然としたものだった。
目の前で展開される親友同士の寸隙(?)に、エレアノールは疲労を忘れて見入った。その表情は、二人の仲の良さを微笑ましく見ているようであり、羨ましく思っているようでもあった。





―――トントン

「……?」

エレアノールはノックの音で目を覚ました。うっすらと目を開けると見慣れない天井と壁―――ここが魔法学院の寮ではないことを思い出す。僅かに残る疲労感と眠気、頭を振ってそれを振り払い、ベッドから身を起こす。窓から差し込む光は既に朝から昼へと移りつつあった。
昨日の疲労と寝る前のワインで熟睡し、寝坊してしまったとボンヤリした頭で考える。彼女の隣のベッドで寝ていたルイズは既に起きているのか、その姿はそこにはなかった。

「どなたでしょうか?」

ルイズならばノックをせずに入ってくると思い、エレアノールは不審に思いながら返事をする。

「おはよう、ミス・エレアノール。入っても大丈夫かね?」
「ワルド子爵……? ちょっとお待ちください」

エレアノールはベッドから起き上がると急いで身支度を整えて、最後に部屋備え付けの姿見で確認する。問題ないと頷いて、扉へと振り返る。

「大丈夫です、どうぞ」

ガチャっという物音と共にワルドは部屋へと入ってくる。

「どうやら起こしてしまったようだね、これは申し訳ない」
「それは構いませんが……、どうかされたのですか?」

寝坊しているところを心配して見に来たという雰囲気でもなかったので、エレアノールはやや警戒を声色に込めて尋ねてみる。ワルドは顔色一つ変えずに肩をすくめた。

「単刀直入に確認するが、君は『ガンダールヴ』なんだろう?」
「……ッ!」

ワルドの口から放たれた『ガンダールヴ』の言葉に、エレアノールは言葉を詰まらせる。

「何の、ことでしょうか?」
「誤魔化さなくてもいい。さっきの沈黙が何よりも肯定をしているからね」
「……どこでそのことを?」

エレアノールは自分の失敗で誤魔化しきれないと考え、警戒心をさらに強める。オスマンから聞いた『ガンダールヴ』―――千人もの軍隊を一人で壊滅させ、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した使い魔―――のことを思い返す。

「僕は歴史と兵に興味があってね。以前、始祖ブリミルの使い魔たちのことが記された書物を読んだことがある。君の左手のルーンと、書物に記されたルーンは同一のものだった」

言い終えて、ワルドは腰に差していた杖―――鞘のついたレイピア状で、恐らくは剣としての機能もあるそれを引き抜いた。

「これは軍人としての救いようのない性質だが、一緒に行動するメンバーの戦力を把握したいと思っている。ちょっと手合わせをお願いしたい」
「構いませんが……どこでするのです?」

エレアノールもワルドの力量を知ることが出来ると考え、その申し出に頷く。

「この宿は元々は砦でね、中庭にちょうどよい練兵場が残っている」





エレアノールとワルドは練兵場で、二十歩ほど離れて場所にそれぞれ立っていた。既に物置場と化しているのか、隅の方にタルや空き箱が積まれて置かれていた。

「しかしまぁ、『ガンダールヴ』ねぇ。前に爺さんが言ってた頃から、な~んか頭に引っかかるんだよな」

手に持ったデルフリンガーがカチャカチャと鍔を鳴らしてブツブツ呟いているが、エレアノールはジッとワルドから視線を離さなかった。

「まだ始められないのですか?」
「立ち会いには、それなりの作法というものがある。介添人がいなくてはね」

エレアノールを左手で制しながら、ワルドは母屋の出入り口に視線を向ける。釣られてエレアノールも視線を向けると、そこにルイズの姿があった。ルイズも二人を見て、ハッとした顔になる。

「ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」

詰め寄ってくるルイズに、ワルドはにこやかに対応する。

「手合わせがいつの間に立ち合いになったのでしょう?」
「さぁな? 大方、嬢ちゃんにいいところでも見せたいのだろ」

デルフリンガーのもっともらしい言葉。エレアノールは、ギーシュとの決闘を思い出しながらそれに軽く頷く。彼も結局のところは周囲にいいところを見せようとしたのが、決闘の発端だったのだろうと思い返していた。

「エレアノール!」

ワルドを説得できないと判断したルイズは、今度はエレアノールを止めようと顔を向ける。

「止めなさい! これは命令よ!」
「私は“手合わせ”と聞いておりましたので、そのつもりで戦います。ルイズ様、ご心配されないでください」

ルイズの言うとおり止めるべきだとは分かっていたが、ワルドの思惑がどこにあるか分からない以上、あえて受けてみようと考えたエレアノールは、心苦しいものを感じつつも首をゆっくりと横に振る。

「なんなのよ! もう!」

二人の様子にルイズは癇癪を起こして叫んだ。しかし、二人を止められないことを悟り、隅の邪魔にならない場所へと渋々と移動していった。

「では介添人も来たことだし、始めるか」

ワルドは杖を前方に突き出して構える。それを見て、エレアノールはレイピアを使うときの自分を思い返し、それを元に対策を脳裏に思い浮かべる。

(問題は魔法……ですね。この距離だと間合いに入る前に撃たれる)

後手に回れば防戦一方と判断したエレアノールは地面を蹴って、先手の一撃を取ってワルドへ跳躍する。それは、ルイズに『手合わせ』と宣言したとおり動きを抑え目にしたが、ルーンによって向上された身体能力によりあっという間にワルドの懐へと斬り込んだ。
―――ガキィーン。エレアノールの一撃をワルドは杖で受け止め、同時に身体を引いて勢いを受け流す。受け流されて、体勢を僅かに崩したエレアノールに鋭い突きが至近距離から襲い掛かる。

「いだだだだッ!?」

エレアノールは間近に迫る突きの一撃を、デルフリンガーの腹の部分で受け止めた。そして喚くデルフリンガーごと杖を強く押し、後ろへ跳ぶ勢いをつけると同時に、ワルドの体勢を崩して追撃を防ぐ。間合いを取ったエレアノールは、再び剣を構えると一気に斬り込んだ。





ワルドはエレアノールの切り落としを後ろへと飛び退り、切り上げを杖で受け流し、切り払いを辛うじて杖で受け止めて焦りを覚えた。最初の一撃からずっと戦いの主導権を握られており、それを取り返すことが出来なかったからだ。

(『閃光』の僕が遅れを取るとはッ!?)

攻撃の僅かな隙を縫って高速の突きで反撃するが、エレアノールは頭を傾け、そして身体を僅かに捻るだけの最小限の動きでその全てを回避する。さらには、レイピアの攻撃範囲外―――左右に回り込んで攻撃を加えてくる。もし、呪文詠唱のための突き―――それは一定のリズムと動きを持っているため見切られやすい―――を行えば、たちまちのうちに勝負は決する。無論、ワルドの敗北で。

「くぅ……!」

振り下ろされた一撃を故意に杖で受け止め、その勢いを使って後ろへと飛ぶ。先ほど、エレアノールが行った戦法の二番煎じ。ワルドの口から漏れたうめき声は、強撃を受け止めたことによる苦痛か、それとも傷ついた矜持への憤怒か。いずれにしても間合いを取ることの出来たワルドは、エレアノールが斬り込む前に呪文の詠唱を終えて発動させる。
『閃光』の二つ名のもう一つの意味、それはトリステインでも随一の速度を誇るワルドの呪文の高速詠唱であった。

「『ウィンド・ブレイク』!」

目前まで迫っていたエレアノールは、発生した突風をまともに喰らって数歩後退する。主導権を取り戻したと判断したワルドは、ここぞとばかりに呪文の詠唱を続ける。『エア・ハンマー』の連発がエレアノールの身体を捕らえ弾き飛ばし、続いて放った二発目の『ウィンド・ブレイク』が足止めとばかりに彼女の周囲に吹き荒れた。





ルイズは二人の戦いをハラハラしながら見入っていた。ギーシュとの決闘やフーケのゴーレムとの戦い、そして週に数回の割合で行っているタバサとの手合わせで、エレアノールの動きは素人目に見ても洗練されてきていると思っていた。しかし、ワルドはその彼女と互角以上に渡り合い、今ではエレアノールが防戦一方になっていた。

「もう、早く止めなさいよ……」

立ち合いの最初、エレアノールの一撃をワルドが受け止めたときからずっと、ルイズは無意識のうちにそう呟いていた。しかし、彼女の呟きに関わらず、二人の立ち合いは激しさを増すばかりであった。

「……?」

ふとルイズは背後に気配を感じ、頭だけ振り返る。そこにはタバサが立っており、いつもの無表情のまま立ち合いを見ていた。

「あんた、いつの間に?」

タバサは答えず、ただ目の前で繰り広げられる戦いを見ていた。無視されて少しカチンと来たものの、浮世離れ同級生のことが少し気になった。ルイズが知っている限り、タバサという少女は人付き合いがほとんどなく―――例外はキュルケくらい―――そして自分から誰かに接点を持とうとすることはなかった。

(どうしてエレアノールをそんなに気にかけるのかしら? 珍しい人間の使い魔だから?)

いくつか思い浮かべるが、これといって該当しそうな理由には行き当たらなかった。

「前」
「え?」

タバサを見つめたまま考え込んでいたルイズは、その言葉に目を瞬かせた。タバサはもう一度口を開き、端的に説明を付け加えた。

「決着がつく」





襲い掛かる空気の塊をエレアノールは練兵場を駆け回って回避していたが、ワルドへ斬り込む隙を見出せずにいた。手数重視の魔法で間合いを取られる、彼女が避けようとした展開に持ち込まれていた。

「あの貴族は相当の使い手だな。相棒でも手を抜いて勝てる相手じゃねーぞ」

右手のデルフリンガーはのん気に呟いていたが、エレアノールとしては自分のカード―――その気になれば最初の一撃より疾く斬り込めることと、トラップカプセルの存在―――を晒すつもりはなかった。

「魔法の使い方が上手いです! 風の魔法を―――」

身を屈めて、頭上を通り過ぎる空気の塊をやり過ごす。同時に重心を前に傾けて前方に駆け出し―――動きを遮ろうとする烈風の迎撃を受け、その勢いを右に飛んでやり過ごし姿勢を整え直す。

「―――使い分けて、手堅く勝負を決めるつもりですね!!」

ワルドの口と杖の動き、そして視線で大まかな射線を想定して回避行動を取るが、風の不可視性ゆえに最低限の動きに収めることはできず、消耗が大きかった。さらに―――

「ッ!!」

回避行動を取ったところで、エレアノールは失策に気付く。ワルドのそれらしい杖の動きに反応して回避行動を取ったが、直前まで立っていた場所に空気の塊も烈風も来ていなかった。

(フェイント!?)

身体を地面に投げ出すようにもう一度、地を蹴り―――襲来した空気の塊を間一髪で避ける。そのまま地面を数度転がって、バネが弾けるような勢いで立ち上がって身構える。間合いを取りすぎたためか、ワルドは追撃の魔法を放ってこなかった。

「見えない……見えにくい魔法は厄介ですね。せめて受け止めるか、跳ね返せればいいのですが」

一緒に遺跡に潜った仲間たちの中に、大型トラップを盾代わりに使う者や、魔物の魔法やブレスを跳ね返す魔法を使っていた者がいたことを思い出して呟く。

「んん? ん~~~?」

その呟きに、何故かデルフリンガーが反応して考え込んでいた。

「デルフ……このままでは千日手になります」
「え? ああ、そうだな」
「思い切った手を打ちます……ごめんなさい」

エレアノールの突然の謝罪に、デルフリンガーは面食らったようにカチャっと鍔を鳴らして―――すごい勢いで振り上げられ、そして投げられた。

「おわあああああぁぁぁぁぁーーー!?」

悲鳴を上げて迫り来るデルフリンガーに、ワルドは面食らって反応が一瞬遅れる。その一瞬の間に、エレアノールは腰に差していた逆剣を抜き、ワルドへと駆け出した。唱えていた魔法をデルフリンガーとエレアノール、どちらに向かって撃つべきかの判断でさらに一瞬の間があき、ワルドはデルフリンガーに『エア・ハンマー』を撃ち放つ。

「ぁぁぁぁぁおおおおおぉぉぉぉぉ~~~!?」

しかし、デルフリンガーは『エア・ハンマー』の直撃を受けてもなお、勢いはかなり殺されたがワルドへの直撃コースのままであった。ワルドが身体を捻ってデルフリンガーを避けたときには、エレアノールは魔法で迎撃できないほどに駆け寄ることが出来ていた。舌打ちが聞こえるほどの至近距離、ワルドは覚悟を決めた面持ちで杖を前に突き出す。
エレアノールの逆剣の払いとワルドの杖の刺突がぶつかりあい、

―――ガキィーーーン

甲高い金属音が練兵場に響き渡る。
ルイズが、タバサが……そして立ち合いに気付いた幾人かの宿泊客の見守る中、エレアノールとワルドは半歩分の離れていない至近距離で視線を交し合っていた。そして、エレアノールの背後にワルドが持っていた杖が、ワルドの背後にエレアノールの逆剣がそれぞれ風切り音を低く響かせながら落下し、地面へと突き刺さる。

「ふむ……貴族の立ち合いでは相手の杖を落すことで勝敗をつけるのだが、今回はお互いに無手になってしまっている」
「そうであれば、引き分けということでよろしいでしょうか?」

エレアノールの言葉にワルドは軽く頷き、フッと身体の力を抜いて姿勢を自然体へと戻す。続いてエレアノールも、服や髪についた土埃を払いながら姿勢を直した。

「中々の腕前だね、立ち合いとはいえ……僕と引き分けるのだから」

ワルドは賞賛しつつも、声の中に押し殺した悔しさを秘めており、エレアノールはそれを感じ取っていた。今回の立ち合いはルイズにいいところを見せたいという目的を、やはり持っていたと考えて納得する。

「ワルド子爵こそとてもお強いですね。私の奇手に対して、常に最善の選択をされておられましたし」

社交儀礼的にお互いの健闘を讃えるエレアノールとワルド。最初に立ち合いを止めようとして無視されたルイズが二人の間に割って入るまでそれは続いた。そして、怒り心頭の彼女を宥めるのに、二人は多大な時間と労力を要することとなった。





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