あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と賢女-07

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ルイズはベッドの上でぱちりと目を覚ました。窓の外には二つの月が光り、室内を煌々と照らしていた。

「……」

ルイズは目を擦りながら上半身を起こすと、ベッドの脇の台に置いてある水差しとコップを手に取って水を一口飲んで喉の渇きを潤し、物憂い気味なため息をついた。

「どうしたね、娘っ子?」

壁際に立てかけられたデルフリンガーが、そんなルイズの様子に気付いて声をかけた。

「五月蝿いわね、ボロ剣。……静かにしてなさいよ」

気だるそうに答えると、エレアノールの方を見て様子を伺う。ベッドに横たわる彼女は穏やかな寝息を立てており、目を覚ます様子はなかった。ルイズはホッと安堵のため息をつく。

「そりゃ、静かにしてろと言うなら静かにしてるけどよ。でもよぉ、寝起き悪い娘っ子がこんな時間にはっきりと目を覚ますなんてありえねーだろ? 気になって聞いてみたっていいじゃねぇか。それに、なんだかうなされてたみてーだし」
「……」

徐々に不機嫌さを眼差しに宿しつつあるルイズであったが、怒鳴り声を上げないように自制する。

「なぁなぁ、いいだろ? 起きた理由くらい教えてくれたって、別にバチは当たるめえよ?」
「……ちょっと夢を見てたのよ」
「夢? そりゃあ、どんな夢なんだい?」
「そこまで教えるわけないでしょ」

その一言でルイズは会話を切り上げる。デルフリンガーも「つれねーや」と鞘をカタカタ鳴らすが、それ以上続けなかった。

「じゃ、静かにしてなさいよ……」

ルイズは一言念押しすると、ベッド横たわり目を閉じる。脳裏に先ほど見た夢―――ラ・ヴァリエールの屋敷、厳しい母と魔法が使えないことを哂う使用人、『秘密の場所』と呼んでいる中庭の池に浮かぶ小船、そして憧れの子爵……とエレアノール。

「……」

夢の中のルイズに手を差し伸べてきたのは、胸をほんのりと熱くしてくれる憧れの子爵と忠実に仕えてくれる大切な使い魔の二人。

(……どういう意味なの、かしら……)

選びようのない選択肢を決断するように求められている気分になりつつも、ルイズはそれ以上を深く考えずに眠気に身を委ねた。





ルイズが寝息を立て始めたのを確認して、エレアノールはそっと身を起こした。

「ありゃ、相棒も起きてたのかい?」
「ええ……。デルフ、静かにしていてくださいね」

元々、眠りの浅いエレアノールは、ルイズのうなり声に目を覚ましていた。声をかけて起こすべきか思案していると、ルイズが起き上がったので結局声をかけ損ねたのだが。
ルイズの様子を見守り、穏やかな寝息を立てていることを確認すると、ふぅ、と安心する。

「娘っ子の様子が気になるってか?」

ルイズとエレアノールの二人に言われたため、デルフリンガーの声も幾分小さめになる。

「そうですね、先ほどの様子は気になりますし……」

しばらく、そのままエレアノールはルイズを見つめていたが、再びうなされる様子もなかったので、ベッドに横たわる。

「デルフ、おやすみなさい……」
「ああ、相棒もしっかり眠りなよ」





風のメイジ、ミスタ・ギトーは生徒たちからの人気はほとんどなかった。長い黒髪に漆黒のマント、冷たい雰囲気が不気味な印象を周囲に与えるためでもあったが、それだけではなかった。

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」

キュルケの答えにミスタ・ギトーはフンと鼻を鳴らす。どうやら、彼にとって望んでいた回答ではなかったようだ。

「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
(……甲乙付け難し、でしょうね)

ルイズの側で問答を聞いていたエレアノールは胸中でそう呟く。タバサとの組み手やフーケのゴーレムとの戦い、それに授業で聞いたことと自分で調べたことを加味して、そのように結論付ける。

(相性の良し悪しもあるでしょうけど)

しかし、キュルケはそのように考えられなかったのか、不敵な笑みを浮かべる。

「『火』に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」
「ほほう。どうしてそう思うかね?」
「すべてを燃やしつくせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」

ギトーも負けじと不敵で、どこか陰気な笑みを浮かべる。

「残念ながらそうではない」

ギトーは腰に差した杖を引き抜き、キュルケに対して『火』の魔法をぶつけてきたまえと言い放つ。タバサ以外のクラス中の生徒たち―――無論、キュルケも含めて―――は、いきなりの挑発にぎょっとする。エレアノールは眉をひそめて二人の問答を聞いていたが、声を挟もうとはしなかった。
二人の間で行われた『実技指導』は結局、キュルケの撃ち出した火球をギトーの烈風が薙ぎ払い、その勢いのままキュルケも吹っ飛ばした。その結果に満足したギトーは悠然と、そして滔々と『風』の最強であることを語りだした。

「―――『風』が最強たる所以は、ユビキタス・デル・ウィンデ……」

低い声で詠唱を開始するギトー。しかし、教室の扉を開けて突如として入ってきた人物に、その詠唱は遮られた。突然の闖入者にギトーは眉をひそめた。

「ミスタ? 授業中です」
「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」

その声を聞いてエレアノールは闖入者が誰であるか悟る……が、確証を持てずに隣のルイズに確認を取ってみる。

「あの……ルイズ様。ミスタ・コルベールで間違いない、ですよね?」
「うん、そうだけど……何なのかしら、あの格好?」

コルベールは実に珍妙な格好をしていた。頭には馬鹿でかいロールした金髪のカツラ、ローブにはレースや刺繍がところ狭しと飾り立てられ、必要以上にめかしこんでいた。

「おっほん。今日の授業はすべて中止であります!」

コルベールの重々しい宣言に、教室中から歓声が上がる。その歓声を両手で抑えると、言葉を続けた。

「えー、皆さんにお知らせですぞ」

もったいぶった調子でコルベールはのけぞる。そして、のけぞった拍子にカツラが頭から滑り落ちる。

「滑りやすい」

タバサの機を見るに敏な発言が、教室中に笑いの嵐を引き起こした。エレアノールも顔を伏せて笑い出すのをこらえようとしていたが、痙攣するように肩を震わすその姿は客観的に見て無駄な努力をしているようでもあった。

「黙りなさい! ええい! 黙りなさいこわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い!」

珍しくも顔を真っ赤にして怒鳴るコルベールの剣幕に、教室を包んでいた笑い声が一瞬にして収まる。静かになったところで、コルベールは咳払いをして元のにこやかな表情に戻る。

「えー、おほん。恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が本日この魔法学院に行幸されます」

アンリエッタ姫殿下の行幸と聞いて、教室中がざわめきに包まれる。

「したがって、粗相があってはいけません。歓迎式典の準備を行いますので、生徒諸君は正装し門に整列すること」

生徒たちは緊張した面持ちで一斉に頷き、その様子にコルベールは満足そうにうんうんと頷いた。





魔法学院の正門をくぐって王女一行が敷地内に入ると、整列した生徒たちは一斉に杖を掲げ歓待の意を示した。本塔の玄関前では、オスマンが立って出迎えていた。
生徒たちの歓迎と歓声に、アンリエッタ王女は優雅に手を振って応える。

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの」

ルイズの隣で面倒そうに杖を掲げていたキュルケは、つまらなそうに呟く。エレアノールはその言葉に、思わず苦笑した。

「あら、エレアノールは王女の方が綺麗だと思うのかしら?」
「そういうわけではありませんが……」

そこで言葉を区切り、改めてアンリエッタ王女に目を向ける。すらりとした気品ある顔立ちの中に、薄いブルーの瞳と高い鼻、そして可憐な唇がバランスよく配置されている見目麗しく瑞々しい美女。かつて、自国の王族を始めとして各国の上級階層の者たちとよく会っていた経験のあるエレアノールからして見ても、王女の美しさは十分に際立っていた。

「……宝石の美しさと花束の美しさを比べることが出来ないように、キュルケさんと王女の美しさも比べようがありません」
「あら、そうなの?」

キュルケも本気で美しさの優劣をつける気はなかったのか、玉虫色とも言えるエレアノールの感想に軽く頷く。

「じゃあ、ルイズはどう思う? ま、貴女なら王女の方が美しいって言うわよね?」

矛先をルイズに変えたキュルケは、からかい半分の口調で話しかける。しかし、普段なら噛み付くように言い返してくるルイズが、まったく無反応のまま一行の護衛隊に視線を釘付けにしていた。その視線に釣られて、エレアノールとキュルケも護衛隊に目を向けてみる。
その先には見事な羽帽子をかぶり、鷲の頭と獅子の胴体をもった幻獣―――グリフォンに凛々しく跨った貴族の男性の姿があった。その貴族をルイズはぼんやりと、そして頬を少し赤らめて見つめていた。

「いい男じゃない」
「はぁ……、そうですね」

キュルケも頬を赤らめて、その羽帽子の貴族を見つめていた。ルイズからツェルプストーの一族は惚れっぽいと聞いていたエレアノールも、キュルケの唐突すぎる言葉と態度に呆れを隠せなかった。

「いつものこと」

エレアノールとキュルケの陰に座り込んで我関せず本を読んでいたタバサは、普段の口調で淡々とキュルケを評した。





ルイズはまったく落ち着きがなく、部屋の中で奇妙な行動を取り続けていた。立ち上がって部屋の中を行ったり来たりしたと思えば、ベッドに腰掛けてぼんやりと天井を眺める。そうかと思えば、枕を抱きしめて深く考え込む。エレアノールがお茶を淹れても、ろくな反応を示さないままお茶を飲み干した。

「なー、相棒。娘っ子は一体どうしたんだ?」

壁に立てかけられていたデルフリンガーに、エレアノールは首を振る。

「昼の……王女一行の行幸のときから、ずっとこの調子ですから……」
「ふーん」

エレアノールが厨房へティーポットとカップを返そうとトレーにまとめ始めたとき、扉がノックされた。そのノックは規則正しく、長めに二回叩いて短めに三回。

「……? 誰でしょう?」

エレアノールが扉を開けて確かめようと思ったとき、ベッドに座り込んでいたルイズがハっとした表情になり、すばやく立ち上がって扉を開けに走った。彼女が扉を開けると、そこには真っ黒なフードを目深に被り、同じく真っ黒のマントで身体を隠した少女の姿。その少女は素早く室内に入りながら、杖を取り出して室内に向けて振った。

「ディティクトマジック?」

部屋中に舞う光の粉を見て、ルイズが少女に尋ねた。少女は光の粉の様子を見てから頷いた。

「どこに耳が、目が光っているのかわかりませんからね」

安心したように呟いて、少女はフードを脱いだ。

「姫殿下!」

フードの中から現れたのは学院に行幸し、そのまま逗留することになっていたアンリエッタ王女であった。ルイズは慌てて膝をついて臣下の礼を取り、エレアノールも一瞬遅れて礼―――ただし、故郷の礼式であったためルイズとは若干違っている―――を取った。

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ。そんな堅苦しい行儀は止めてちょうだい! 貴女とわたくしはお友達じゃないの!」
「もったいないお言葉であります、姫殿下」

目の前で膝をついているルイズをアンリエッタは抱きしめた。

「もう! ここは宮廷じゃないのよ! 母上も、堅苦しい枢機卿も、欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ!昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ! 貴女にまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくしは悲しくて死んでしまいますわ!」

アンリエッタの言葉にルイズはおずおずと顔を上げる。

「幼い頃、一緒に宮廷の庭を二人して蝶を追いかけたでしょう!」
「……ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルトさまに叱られました」

ルイズはどこか懐かしそうに言った。アンリエッタはそのルイズの言葉に、嬉しそうに二度三度と頷いて微笑みを浮かべる。

「そうよ! そうよね、ルイズ! 貴女にはクリーム菓子を取られたこともありましたわね! あの掴み合いのケンカの後、一緒に叱られましたわね! ああ、わたくしってば、いつも貴女に負けてばかり」
「いえ、姫様が勝利をお収めになったことも一度ならずありました。あのアミアンの包囲戦です」
「ああ! そうよね、あの時はわたくしの一発が上手い具合に決まって勝てましたわね」

幼き頃の思い出を語り合って、あははと笑い合うルイズとアンリエッタ。一方、すっかり蚊帳の外に置かれたエレアノールは、とりあえず礼を解いて立ち上がった。デリフリンガーもすっかり取り残され、カチャカチャと鍔を鳴らす。

「へー、娘っ子と王女が知り合いだったんだなー」
「よくある話だとは思いますよ、デルフ」

エレアノールには年の近い王族は居なかったので経験はなかったが、貴族は自分たちの子弟を王家の者と懇意にさせるために、遊び相手として宮廷に送り込むことは珍しいことでも何でもなかった。

「ええ、その通りよ。姫様の遊び相手を、恐れ多くも努めさせていただいたのよ。―――でも、感激です。そんな昔のことを覚えてくださっているなんて」
「忘れるわけないじゃない。あの頃は毎日が楽しかったわ、何も悩みなんかなくって……」

それまでの朗らかな雰囲気が一変し、深い憂いと悲しみを含んだため息をもらす。その様子にルイズは顔を傾げる。

「姫様、どうかされたのですか?」

アンリエッタは窓の外の月に視線を向けて、寂しそうな微笑みを浮かべる。

「結婚するのよ、わたくし」
「……おめでとうございます」

アンリエッタの様子に物悲しさを感じたルイズの声も沈んだものになる。エレアノールは結婚の言葉だけで、アンリエッタの憂いが何であるかを理解した。

(その婚姻は政略結婚なのでしょうね)

王侯貴族で自由に恋愛して、それが成就することはまずありえない。ましてや、アンリエッタのような美貌の持ち主であれば、その『価値』がさらに増すために、ますます政略結婚の駒に使われることになる。
エレアノールはそれを悟ると同時に、望まぬ結婚をする前にせめてもの慰めに懐かしい幼馴染に会いに来た、とアンリエッタの突然の来訪の目的を推察した。

「あの、ルイズ様。よろしければ席を外しましょうか?」

思い出話に部外者は邪魔になる、と考えて提案する。その言葉を聞いて、アンリエッタはようやくエレアノールの存在に気付いた。

「あら、わたくしったら……いやだわ、つい懐かしさにかまけて見苦しいところを……」
「大丈夫です、姫様。彼女―――エレアノールは私の使い魔です。決して姫様の悪いようにすることはありません」

アンリエッタはキョトンとした面持ちで、エレアノールをしげしげと見つめた。

「使い魔? ……人にしか見えませんが」
「人です、姫様」

ルイズの言葉にアンリエッタは、戸惑い半分感心半分の表情を浮かべて頷く。

「そうよね……。昔から貴女はどこか変わっていたけれど、相変わらずね」

そう呟くと、アンリエッタは再びため息を漏らす。

「姫様、本当にどうかされたのですか?」
「いえ……何でもないわ。自分が恥ずかしいわ、こんなことを貴女に話そうとしていたなんて……」
「仰ってください! あんなため息をつくなんて、姫様らしくありません! 何かとんでもない悩みごとがおありなのでしょう?」

ルイズとアンリエッタの問答は徐々に熱を帯びてくる。ただ、それは先ほどの明るさの代わりに、どこか空虚な雰囲気を漂わせていた。壁際でデルフリンガーがポツリと小声で呟く。

「どーでもいいけどよ、あれって王女が娘っ子を誘導しているよなー?」
「……ええ。打算の様子がまるでないところを見ると、無意識のうちに行っているのでしょうね」

トリステイン王家には政治を行使する力がなく、鳥の骨と揶揄される枢機卿が内政と外交を一手に握っているとエレアノールは聞いていた。だが、目の前のアンリエッタは、人心掌握の術を十分に身につけているようにも見える。老獪な政治家や官僚には全く効果はないだろうが、国民やルイズのように純粋な貴族の子女であれば、圧倒的な支持を取り付けることができるだろう、と考えてしまう。
エレアノールとデルフリンガーのどこか冷めた視線を向けられていることに気付かない二人は、ついに問答を終えて頷きあった。

「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ。……今から話すことは、誰にも話してはいけません」
「それじゃあ、エレアノール。悪いけど席を外してくれる?」
「いえ、メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す必要はありませんし、貴女の先ほどの彼女に対する評価を信じます」

そして、物悲しい調子でアンリエッタは語りだした。隣国アルビオンで貴族の反乱が起き、今にも王室が倒れそうなこと。そして反乱軍が勝利すれば次はトリステインに侵攻してくるため、対抗するためにゲルマニアと同盟を結ぶことになったこと。そして、その条件の一つにアンリエッタがゲルマニア皇帝に嫁ぐことであったこと。

「ゲルマニアですって!? あんな野蛮な成り上がりどもの国なんかに!」

ゲルマニア嫌いのルイズが驚きの声を上げるが、アンリエッタは仕方ないと首を振る。

「好きな相手と結婚するなんて、物心ついたときから諦めていますわ。……でも、アルビオンの反乱貴族どもは、その同盟を潰すための材料を血眼になって探しています」

そこでエレアノールは、アンリエッタの悩みごとの正体に気付いた。同盟を潰すための材料が存在し、そしてそれは目の前の王女が深く関わっている事柄なのだ、と。

「姫様、その同盟を潰すための材料とは……?」

ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタは顔を両手で覆って、芝居がかかった大げさな仕草で床に崩れ落ちた。

「わたくしが以前したため、アルビオンのウェールズ皇太子に送った一通の手紙なのです。その手紙がアルビオンの反乱貴族の手に渡ったら、彼らはすぐにゲルマニア皇帝にそれを届けるでしょう」
「姫様からウェールズ皇太子に? それは一体どんな手紙なのです?」

ルイズはアンリエッタの手を握って、正面から向き合う。アンリエッタは項垂れて首をゆっくりと振る。

「それは……言えません。でも、ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱貴族に捕らわれてしまいます! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまいます! そうなったら破滅です、破滅なのです!」

芝居がかかった調子で首を振り、慟哭の声をあげるアンリエッタ。それを間近で見つめるルイズは思わず息を呑み、離れたところで見つめているエレアノールは王女の態度に嫌な予感を感じていた。そして、デルフリンガーも同様のことを感じていたらしく、カチャっと小さく鍔を鳴らした。

「あー、こりゃあ娘っ子が取りに行くと言うだろうなー」
(そうでしょうね……)

エレアノールも全くの同じ意見を胸中に浮かべていた。そして、感極まったルイズとアンリエッタの会話は、アルビオンに赴いてウェールズ皇太子から受け取るという形で決着がついた。お互いに褒め称え、言葉に酔っている二人にエレアノールは小さくため息をついた。

(大切なお友達を戦場に送り込むことを、英雄譚か何かの物語のように考えておられるのでしょうか)

一揆を起こした農民の鎮圧とはいえ戦場に立った経験のあるエレアノールは、アンリエッタの考えの甘さに呆れていた。
アルビオンの状況がどうなっているかは分からないが、ウェールズ皇太子が所属する王党派が敗北寸前であることを考えれば、その国土の大半は反乱貴族の手中にあると考えて間違いない。つまり、敵中を突破して王党派の元にたどり着き、再び敵中を突破してトリステインに戻ることになる。言うだけなら簡単だが、それを実際に行うとなると、どれほどの困難があるのか想像するのも難しい。最良の選択は二人を説得して、行かないことにすることなのだが―――

(あの様子だと、どんな正論を言っても無理でしょうね)

そこまで考えて、その無謀さに再びため息をつき―――扉の外に部屋の様子を伺う者の気配を感じ取って精神を引き締める。エレアノールは抱き合って感動を共有している二人の横をすり抜け扉の前に立つと、ドアノブを一気に引いて開け放つ。

「うわわぁぁぁッ!?」

叫び声と同時に室内に転がりこんできたのはギーシュであった。

「ギーシュ! あんた、立ち聞きしてたの!?」
「ふ……薔薇のように見目麗しい姫様の後をつけてみればこんな所へ。何事かと思い様子を伺っていたのだが―――」

ギーシュは立ち上がると青銅の薔薇を優雅に構えて、朗々たる口調で言う。

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけくださいませ!! 『戦乙女』たるミス・エレアノールと共に見事達成いたします!!」

その宣言を聞いた瞬間、エレアノールは―――厄介なことが増えたために―――激しい頭痛を感じるような錯覚を覚えた。





早朝の魔法学院は朝もやに包まれ、時折鳥の鳴き声があたりに響く静けさに満ちていた。交代しながら徹夜で巡回していた衛士と魔法衛兵隊も気だるそうに身体を解したり、欠伸をしていたりしていた。その様子を横目で見ながら、エレアノールは馬小屋から三頭の馬を選んでいた。着ている服も普段のメイド服から、動きやすい旅装に変えていた。
アルビオンまでの距離をルイズから聞いていたため、出来るだけ元気のよい馬を選んでいると、背後からこちらをうかがう気配に気付き振り返る。

「ご精が出るねぇ。こんな朝早くに出発かい?」
「フー……ミス・ロングビル」

いつの間にか小屋の入り口にフーケが立っていた。両手を胸の前で組み、皮肉っぽい苦笑を浮かべている。

「あんたも大変だね。世間知らずのお姫様のお願いを聞き届けたお嬢様に付き合わされて、戦乱の真っ只中に……だろ?」
「……聞いていたのですね?」

思わずエレアノールは息を呑んだ。

「ああ、あのお姫様はこっそりしてたつもりらしいけど、あたしから見れば目立ちすぎだね。窓の外から聞かせてもらったよ」

緊張しているエレアノールに対し、フーケはまるで世間話をするような気軽さで肩をすくめる。そして、懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出し、エレアノールに投げて寄こした。

「これは?」
「今のアルビオンの状況だよ。無いよりマシ、だろ? ただえさえ大変な時に、よりにもよって世間知らずの貴族のガキを二人も連れて歩くのだから」

紙を開くと、簡単な地図と何箇所にも書き込まれたメモ、恐らくは軍隊の配置図と進軍予定表。

「いつの間にこれを……?」
「ん、あたしもアルビオンの状況が気になっていてね、調べてもらってたのさ。もっとも、決着がついて状況が落ち着かないと下手な行動もできないって分かったから、今のあたしには役に立たないメモなんだけどねぇ」

フーケはやれやれとため息をついて、おかげで大損したよと呟いた。

「それじゃ、あたしは逗留してるお姫様一行のおかげで増えた仕事の片付けがあるから、失礼させてもらうよ」

手をひらひらと振って馬小屋を後にしようとしたフーケは、ふと何かを思い出したような表情で再びエレアノールの方を振り返る。

「もし、ジェームズ一世とウェールズ皇太子に会うことがあったら……いや、やっぱり何でもない」

言葉を紡ぎながら複雑な心境を表情に出してたフーケは、結局整理のつかなかった感情を押し殺すように言葉を止めて、今度こそ馬小屋から去っていった。





エレアノールが三頭の馬を連れて魔法学院の正門までたどり着くと、先に来ていたルイズとギーシュの他に一匹の巨大なモグラの姿があった。そのモグラは鼻をひくつかせつつ、ルイズに圧し掛かっていた。

「な、なによこのモグラ!? や!? ちょっと、どこ触っているのよ!?」

押し倒され、転がりながら巨大モグラと組んず解れつの乱闘をしているルイズ。すぐ側のギーシュは何やら眩しいものを見るような面持ちで腕を組んで一人頷いており、助ける気配がなかった。
見るに見かねたエレアノールは、デルフリンガーを鞘ごと引き抜いて乱闘中のルイズとモグラの元へと駆け寄り、テコの要領で巨大モグラをひっくり返してルイズを救い出す。

「はぁ……はぁ、はぁ。あ、ありがとうエレアノール……」

息も絶え絶えな様子で立ち上がったルイズは、服や髪についた土をパタパタと手で払い落とす。そして、ひっくり返ったままバタバタと暴れている巨大モグラに視線を、かなり剣呑な光を秘めた視線を向けて、乗馬用の鞭を取り出す。

「こここ、この馬鹿モグラぁ~!? 主人と似て見境ががが、ないようね……!!」
「ちょっと待ちたまえ! 僕の可愛いヴェルダンデに何をするつもりだね!?」

ルイズの視線、ルイズの動作、ルイズの言葉。その全てに惨劇の気配を感じ取ったギーシュは、慌ててヴェルダンデの前に割ってはいる。

「決まっているでしょ? この無礼な、えええ、エロモグラに、誰に手を出したのか、おおお教えるのよ」

低く抑揚を抑えられつつも、感情までは抑えられていないために震えている声が、ルイズの怒気を物語っていた。

「だ……だが! ヴェルダンデは宝石が大好きだからね! きっと、ルイズがはめている指輪に興味をもったのだよ!?
だからヴェルダンデはルイズに何ら興味がなかったに違いないのだから、ここは一つ穏便に止めたまえ!?」

それを聞いてエレアノールはなるほど、と頷く。確かに、ルイズの指にはアンリエッタから昨夜預かった『水のルビー』という青い宝石の指輪があった。しかし、怒り心頭のルイズにはその言葉は届かず、ギーシュごと制裁の鞭を喰らわそうと大きく振り上げ―――

「すまないが、あまり騒ぎを引き起こさないでほしい」

―――風が舞った。
朝もやの中から、羽帽子を被った一人の長身の貴族が現れた。凛々しくも鋭い顔つきと、よく鍛錬された足取りが高い力量を持っていると雄弁に表れていた。
ギーシュが慌てふためいて、青銅の薔薇を羽帽子の貴族に向ける。

「誰だ!」

しかし、ギーシュより一瞬早く杖を抜いた羽帽子の貴族は、突風を生み出してそれを牽制する。

「僕は敵じゃない。姫殿下より君たちに同行することを命じられた魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」

ワルドは帽子を取ると一礼をした。魔法衛士隊と聞いて、ギーシュは感嘆の表情を浮かべる。トリステインの全貴族が憧れる魔法衛士隊、そしてその隊長が目の前にいることに緊張しつつも感動しているのであった。
ワルドはルイズの方へ顔を向けて微笑みを浮かべて両手を広げる。

「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
「ワルドさま……」

震える声で呟くルイズに、ワルドは駆け寄って抱き上げた。頬を赤く染めて、ルイズはワルドに抱き上げられる。

「お久しぶりでございます」
「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだね!」
「……お恥ずかしいですわ」

エレアノールは朗らかに話し合う二人の様子を見ながら、緊張が解けていないギーシュに声をかける。

「どうやらお知り合いのようですね?」
「そのようだね。……しかし、魔法衛士隊の隊長とは心強いね」

うんうんとギーシュが頷いていると、ルイズとワルドの会話がエレアノールたちに向いてきた。

「彼らを、紹介してくれたまえ」

ルイズを地面に下ろし、ワルドは帽子を目深に被り直す。ルイズは最初にギーシュを指差し、続いてエレアノールに指を向けた。

「あ、あの、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のエレアノールです」

ギーシュとエレアノールは、ルイズの言葉に合わせてそれぞれ頭を下げる。ワルドはエレアノールに、ほう、と興味深げな表情を浮かべながら、気さくな感じに近寄ってくる。

「ルイズの使い魔が人とは思わなかったな。どうやら、僕の婚約者がお世話になっているようだね」
「いえ、こちらこそ。……それにしても、貴方がルイズ様の婚約者でいらっしゃるのですね?」

ワルドを間近で見て、エレアノールはふと違和感を覚える。一見すると朗らかな表情を浮かべているが、まるで何かを取り繕うために貼り付けた笑顔、そしてその視線はエレアノールを値踏みするような光。エレアノールはそれに既視感を覚え、少し記憶を探ってみるが思い出せなかった。

「ははは、恥ずかしい話だが、軍務で今まで手紙のやり取りもほとんどできなかったからね。君が知らなかったのも無理もないだろう」

ワルドは浮かべていた苦笑の表情を元に戻すと、口笛を上空に向かって吹く。朝もやの中を突っ切って、一匹のグリフォンが着陸してくる。ワルドはそのグリフォンにヒラリと跨ると、ルイズに手招きをする。

「おいで、ルイズ」

ルイズは気恥ずかしいのか躊躇うように俯いていたが、やがてワルドに抱きかかえられてグリフォンに跨った。ルイズがしっかりとグリフォンに跨ったことを確認すると、ワルドは手綱を握って杖を掲げて高らかに叫んだ。

「では諸君! 出撃だ!」

グリフォンが助走をつけるために駆け出し、続いてギーシュが任務の始まりに感動した面持ちで、そしてエレアノールがそれぞれ馬に跨って後に続く。





アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。そして、朝もやの中に一行の影が消えていくと、目を閉じて手を組んで祈る。

「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」

その隣ではオスマンが鼻毛を抜いていた。短い祈りを終えたアンリエッタは、あまりにも緊張感のないオスマンへ向き直る。

「見送らないのですか、オールド・オスマン?」
「ほほ、姫、見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますでな」

オスマンの答えに、アンリエッタは首を横に振る。オスマンの余裕の態度に感嘆しているようでもあり、緊張感のなさに呆れているようでもあった。

「トリステインの未来がかかっているのですよ? なぜ、そのような余裕の態度を……」
「既に杖は振られたのです。我らに出来ることは結果を待つだけ。違いますかな?」
「そうですが……」

アンリエッタは少し顔を伏せる。オスマンは手鏡で鼻毛の伸び具合を確かめながら、言葉を続けた。

「なぁに、彼女ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」
「彼女? ルイズ・フランソワーズのことでしょうか?」

オスマンは手鏡を置くと、年相応、そしてその肩書き相応の神妙な面持ちを浮かべてアンリエッタへと向き直った。

「ラ・ヴァリエール嬢もそうですが、彼女の使い魔が一緒ならば必ずや任務を達成して帰ってくるでしょうな」
「まさか! 彼女はただの平民ではありませんか!」

オスマンはアンリエッタの言葉に、にっこりと笑って返した。

「彼女の見識と剣技には目を見張るものがございます。恐らくは、姫がお付けになられたワルド子爵にも劣らない、最高の護衛でしょうな」

ガンダールヴのことを胸の内にしまっておいて、オスマンは言葉を区切る。

「彼女の出自は、この老いぼれにも分かりませんが……世界の果ての向こう側から来たといっても過言ではありませんな」
「世界の果ての向こう側とは……?」
「分かりませぬ。つまりは、それくらい遠いところから召喚されたようですな」

アンリエッタは晴れつつある朝もやの向こう、早朝の青空に目を向けた。―――まるで青空の向こうを見透かすように、ジッと見つめた。

「ならば祈りましょう、世界の果てまでも……」




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