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虚無のパズル-23

それからというもの、ルイズはキュルケと協力して詔を作った。
意見交換と称して、そんな言い回しはダサいだのセンスがないだのさんざんに言いあったあげく、取っ組み合いのケンカになったり、
三日くらい口もきかなくなったり、オスマン氏に催促されてしかたなく作業を再開したり、
とうとう最後には二人してタバサに泣きついたり、そんなこんなでなんとか詔は完成した。
しかし、そうやって苦労して作り上げた詔は、宮廷貴族たちの推敲によって大半を書き直されてしまったのだった。ルイズはがっくりした。
詔が完成してからも、式で身につける巫女装束を仕立てたり、行程のリハーサルをしたりと、毎日忙しくしているうちに、あっという間に三週間の時が過ぎた。
入浴を終え、部屋に戻ったルイズは、ぼすんとベッドに突っ伏した。アンリエッタの結婚式まであと1週間。
数日後には、自分も王宮へ向かい、アンリエッタに付き添ってゲルマニアへと出発する。
「……そういえば、あいつまだ帰ってこないのかしら」
ルイズはぽつりと呟く。彼女の使い魔であるところのティトォは、未だにタルブに滞在しつづけているのだった。
ここ最近忙しくて忘れていたが、いい加減連れ戻さなければなるまい。
なにせティトォは、夢中になると時間を忘れてしまうのである。
おまけに不死の身体であるため、時間の感覚も人とは若干ズレているようで、放っといたらいつまで経っても帰ってこないに違いなかった。
「とりあえず、姫さまの結婚式が終わったら、引きずり戻してとっちめる」
そう誓いの言葉を呟いて、ルイズは眠りについた。


夜の森の中。ティトォは背筋に寒いものを感じて、ぶるりと身を振るわせた。
「おや、どうしたね?冷えたかな」
「いえ、なんでもないです。ただなんか、変な殺気が」
ティトォはなぜか鳥肌の立ってしまった腕をさすった。
「それよりこれ。ここ一週間分の魔力の計測値の変動を計算したものですけど……」
「おお、できたのか!どれ、見せてくれ!」
コルベールは、ティトォの差し出した羊皮紙を受け取った。焚き火の炎にかざし、データを読み取る。
「ふむ……、ふむ、なるほど……、つまりこれは、絶えず魔力が樹の中を流れ続けているということ……、という事は、やはりこの樹は、君の言うところの『星の樹』なのかね?」
「そうです。少なくとも、同じ性質を持った樹です」
そういいながら、ティトォは魔力を計測する魔法装置を『星の樹』の根から取り外す。
これは、コルベールが研究のため持ち歩いているマジックアイテムを組み合わせて作ったものである。
『星の樹』の研究の最初の一週間は、この装置を作り上げることに費やされた。
コルベールの休暇期間である一週間はとっくの昔に過ぎていたが、彼の本質は研究者である。
そういう人間は、興味の対象を見つけた時には、他のことなど頭の中から霞のように掻き消えてしまうのだった。
ティトォは指でこめかみをトントンと叩きながら、呟いた。
「この大地にも、『星の樹』があった。世界は違っても、同じように大地の法則がはたらいているんだな……」
「この『樹』に流れるのは、ハルケギニアの魔力そのものということか……、いや、途方もない話だな」
コルベールは畏敬の入りまじった声で、『星の樹』の根に触れた。
「大地の法則、エネルギー循環システムとは、ふむ、面白い!なんとも興味深い理だ!ハルケギニアでは、そのような考えをする研究者はいなかった。きみの故郷だという、エルフの治める東方の地は、なるほど学問・研究が盛んな土地のようだね」
ティトォたちは、ハルケギニアより東方の地、ロバ・アル・カリイエと呼ばれる場所から来たということになっているのだった。
「ハルケギニアにも、研究者はいるでしょう。コルベール先生は熱心じゃないですか。それに、トリステインには魔法を研究するアカデミーがあるって聞きました。ぼくはいつか、そこに行ってみたいと思ってるんです」
それを聞いて、コルベールは苦笑した。
「アカデミーは、きみのような人間の満足できる場所ではないよ。確かにアカデミーは魔法を研究するための施設だが、多くの研究は、魔法をもたらしたという始祖ブリミルをより理解し、その御心を探るための学問……、神学の域を出ない。
 聖杯を作るための土の組成の研究だとか、始祖ブリミルの用いた火の形の研究だとか、おおよそ生活には役に立たぬものばかりなのだ。変わった研究はすぐに異端のレッテルを貼られ、追放処分になったり研究停止になったりしてしまう」
ティトォは肩を落とした。
アカデミーの研究施設を借りることができれば、かねてより考案していた『実験』を、始められるかもしれないと思ったのに。
「ハルケギニアの貴族は、魔法をただの道具……、なにも考えずに使っている箒のような、使い勝手の良い道具くらいにしかとらえておらぬ。私はそうは思わない。
 魔法は使いようで顔色を変える。したがって伝統にこだわらず、さまざまな使い方を試みるべきだ。
 それなのに、アカデミーの連中ときたら!火の魔法を用いて街を明るくしようとか、風の魔法で荷物を運ぼうとか、そういったより実用的な研究は、下賤ではしたないものだなどと言いおる!まったく嘆かわしい」
コルベールは興奮して叫んだ。
滔々と語り続けるコルベールを見て、ティトォは少し困った顔をして、うーむ、と唸った。
アカデミーのことをもっと詳しく聞きたかったのに、いつの間にかアカデミーへの愚痴になってしまった。
「しかしまあ……、そんな研究をしていられるというのは、世の中が平和な証拠なのかもしれんな。……魔法の優位性は、戦争でこそ証明されてきたのだから」
魔法の優位性、それは単純に魔法が強い力を持っていることに尽きる。
戦争で魔法の力を使い、武勲を上げて、恩賞を授かり力を付けたからこそ、メイジは貴族となリ、今の地位を築いたのである。
魔法に『ファイヤーボール』や『エア・カッター』など、攻撃の呪文が多いのもそのためだ。
「……戦争のための魔法の研究など、あってはならないのだ」
コルベールは、遠い目をして言った。
「私には、夢があってね。魔法をより実践的に使い、生活に根ざしたものにしていきたいんだ。そのために、私は研究をしているのだ。
 異端と謗られようとも、なに、かまうものか。私は信じてる。水の魔法が傷を癒し、土の魔法が工芸品を作るように、全ての魔法は、平和的に利用できるはずだと……」
アカデミーへの愚痴は、いつしかコルベールの夢の話へと変わっていた。
熱心に語り続けるコルベールを見ていると、ティトォの顔に、ふと小さな笑みが浮かんだ。
いい顔してるな。
ティトォは荷物からスケッチブックを取り出すと、コルベールの話に耳を傾けながら、似顔を描きはじめた。
ティトォには、夢を語るコルベールの顔が、とても生き生きとして見えた。
生きることに目標があり、そしてそれに向かって進んでいる。
ぼくの半分も生きてないだろうに、ぼくよりずっと充実した人生を……。
しかし……、似顔を描く手が、ふと止まる。
どうもそれだけではない気がする。
語り続けるコルベールの顔に、時折差す影を、ティトォは見た。何かを隠している、そんな人間のする顔だ。
無意識に鉛筆で、こめかみをトントンと叩きはじめた。
「ミスタ・コルベール、ティトォさーん」
すると、森の中から二人を呼ぶ声がした。ガサガサと茂みをかきわけて、シエスタが現れた。
「もう!夜なんですから、そろそろ村に戻ってください。いつかみたいにここで野宿するなんて、だめですからね」
シエスタは腰に手を当てて、眉根を寄せてぷりぷり怒ってみせた。
ティトォとコルベールはちょっとだけばつが悪そうにして、記録用紙や計測装置を片付けはじめた。
ひとまずのデータは取れたから、データの整理は村に帰ってすることにしよう。
シエスタに連れられて帰る途中、ティトォは尋ねた。
「コルベール先生。どうしてあなたは、魔法の研究をしようと思ったんですか?」
コルベールは一瞬きょとんとする。
「それは……」
魔法をより実践的に使うために……、と、先ほど語ったことをもう一度繰り返そうとして、コルベールは気付いた。
ティトォが聞いているのは、もっと根本的なこと。魔法の実践的な活用を研究することを思い立った、そもそもの動機を尋ねているのだった。
コルベールは言おうか言うまいか、少し迷った仕草を見せたあと、口を開いた。
「私は『火』系統のメイジだ。『火』は破壊を司るとされ、もっとも戦いに向く系統と言われている。炎の使い手の中にも、そう思っているものはたくさんいる。しかし、私はそうは思わんのだ」
コルベールはきっぱりと言い放った。
「私は炎が司るものが『破壊』だけでは寂しいと考える。だから私は探しているんだ。『火』の系統の、平和的な利用法。私の力を、誰かのために役に立てる方法を」


翌日、ティトォは目を覚ますと、うーん、と伸びをした。
「んー……。よく寝た」
シエスタの生家、来客用の部屋にティトォとコルベールはやっかいになっていた。
部屋の床には、メモや魔法器具が散らかっている。この三週間、二人はこの部屋を研究の拠点として借りているのだった。
ティトォはベッドから出ると、シャッとカーテンを開けた。
東の空が白みはじめているが、まだあたりは薄暗い。
ティトォはコルベールや家の人たちを起こさないように、そっと外に出た。
そのまま、村の近くの丘へと足を向ける。目の前には、だだっ広い小麦畑が広がっている。
(で……、どうなの?ティトォ)
ティトォの頭の中に、女の子の声が響いた。不死の身体の、魂の同居人、アクアの声だ。
(あのおっちゃんのことさ。『星の樹』を調べたいなんて、いやな感じだよ。もしかしたら、あのコッパゲ『星のたまご』を手に入れようとしてるんじゃないのかい?)
ティトォは指でこめかみをトントンと叩いた。
「それはぼくも気になってた。だから、この三週間、あの人のデータを集めたんだ。表情や、言葉の一言一句、行動の一挙手一投足。データが集まれば、『仙里算総眼図』を使える」
『仙里算総眼図』。事象の断片を知ることで、その全体を透し見ることのできる能力。
人の言葉や表情、仕草などから、その人物像を完璧に読み取ることができるのだ。
「でも、コルベール先生はそんなことは考えてなかったよ。ゆうべ言っていた、魔法を誰かのために使いたいって言葉も、本心からのものだった。そういう人間なんだ。そもそも『星の樹』の事だって知らなかったしね」
(でも、いずれは辿り着くんじゃない?)
頭の中に、今度は別の若い女の声が響いた。アクアと同じく、不死の身体に眠るプリセラの声だ。
(ティトォが言うんなら、きっとその通りなんだろうね。でもね、大きな力ってのは、人を簡単に変えるよ)
「うん……」
ティトォはぽつりと呟いた。『星のたまご』の事を知って、コルベールが変わってしまわないとは言いきれない。
それに、少し気になることもある。
コルベールは、なにか後ろ暗い過去を隠している。
さすがにデータが足りないので、それがなんなのかまでは分からないが、深い後悔……、罪の意識……、そんなものをコルベールは持っていた。
ふいに、ぐう、とティトォの腹の虫が鳴った。
そういえば、ゆうべはずっと『星の樹』を調べていて、夕食を取らなかったのだった。
「……お腹空いたな」
ティトォは呟くと、コートの胸からおまんじゅうをもぎ取った。
おまんじゅうを食べていると、ティトォの元へ、シエスタがやって来た。
「ここにいたんですか、ティトォさん。そろそろ朝ご飯ですよ」
「あ、うん」
見ると、小麦畑の向こうから、日が上りはじめていた。
地平線がきらきらと輝いて、小麦の穂を照らしている。
「綺麗だなあ」
ティトォは思わず呟いた。スケッチブックを持ってきていなかったのが悔やまれる。
「でしょう?わたし、ここから見る景色が大好きなんです。ティトォさんも気に入ってくれて、嬉しいです」
シエスタは朗らかに笑った。
「それに、収穫の時期になると、もっともっと綺麗なんですよ。もう、ため息が出ちゃうくらいで、村の自慢なんです。そのときはぜひ、ミス・ヴァリエールもお連れしてくださいな」
「うん、きっとそうするよ」
ティトォは小麦畑に向かって突き出すように手を伸ばして、思いを馳せた。
黄金色に色づいた、どこまでも広がる小麦畑……、その風景を、ぜひ絵に描いてみたいな、と思った。
「ところでさ、シエスタ。さん付けやめない?言いにくいでしょ」
「あ、はい。わたしもそう思ってました」
「かと言ってちゃん付けもだめだよ」
「えっ」
シエスタは驚いたような声を上げた。
「ティーちゃん、だめですか?」
「絶対だめ!」
そんなふうにやり合っていると、遠くの空から、ポポン……、ポポン……、と音が響いてきた。
「なんだろう?花火かしら」
音は、ラ・ロシェールの方角から聞こえてくる。
ティトォは音の聞こえてくる方に目をやると、指でこめかみをトントンと叩いた。
「……大砲の音?」


ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世と、トリステイン王女アンリエッタの結婚式は、ゲルマニアの首都、ヴィンドボナで行われる運びであった。
式の日取りは、来月……、三日後のニューイの月の一日に行われる。
そして本日、トリステイン艦隊旗艦の『メルカトール』号は、神聖アルビオン政府の客を迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェールの上空に停泊していた。
後甲板では、艦隊司令官のラ・ラメー伯爵が国賓を迎えるために正装して居住まいを正している。その隣では、艦長のフェヴィスが口ひげをいじっていた。
アルビオン艦隊は、約束の刻限をとうに過ぎている。
「奴らは遅いではないか。艦長」
イライラしたような口調で、ラ・ラメーは呟いた。
「自らの王を手にかけたアルビオンの犬どもは、犬どもなりに着飾っているのでありましょうな」
そうアルビオン嫌いの艦長が呟くと、鐘楼に登った見張りの水兵が、大声で艦隊の接近を告げた。
「左上方より、艦隊!」
なるほどそちらを見やると、雲と見まごうばかりの巨艦を戦闘に、アルビオン艦隊が静静と降下してくるところであった。
あの艦隊が、姫と皇帝の結婚式に出席する大使を乗せているはずであった。
「ふむ、あれがアルビオンの『ロイヤル・ソヴリン』号か……」
感極まった声で、ラ・ラメーは巨大戦艦を見つめた。
本当に巨大、としか形容できない、禍々しい艦であった。
無数の大砲が舷側から突き出ており、甲板には竜騎兵まで積んでいる。
「提督。かの船は叛徒どもが手中に収めてからは、『レキシントン』と名を変えております」
艦長が鼻を鳴らしつつ、巨大な艦を見つめて言った。
「もはやアルビオンに『ロイヤル・ソヴリン(王権)』は存在しない、と言いたいのでしょうな。まったく革命家気取りどもの考えそうなこと」
「しかし、戦場では会いたくないものだな」
降下してきたアルビオンの艦隊は、トリステイン艦隊に並走するかたちになると、旗流信号をマストに掲げた。
それを受け、こちらも旗流信号を返すと、どん!どん!どん!とアルビオン艦隊から大砲が放たれた。
礼砲である。
弾は込められていない。大砲に込められた火薬を爆発させるだけの空砲である。
しかし、巨艦『レキシントン』号が空砲を撃っただけで、辺りの空気が震える。
その迫力に、ラ・ラメーは一瞬あとじさる。
空砲と分かっていながらも、実戦経験もある提督をあとじらせるほどの、禍々しい迫力を秘めた『レキシントン』号の射撃であった。
「よし、答砲だ」
「何発撃ちますか?最上級の貴族なら、十一発と決められております」
礼砲の数は、相手の格式と位で決まる。艦長はそれをラ・ラメーに尋ねているのであった。
「七発でよい」
子供のような意地を張るラ・ラメーを、にやりと笑って見つめると、艦長は命令した。
「答砲準備!順に七発!準備でき次第撃ち方始め!」


アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号の後甲板で、艦隊司令官のサー・ジョンストンと、艦長のボーウッドは、左舷の向こうのトリステイン艦隊を見つめていた。
椅子の上でふんぞり返っているジョンストンとは対照的に、ボーウッドは複雑な表情を浮かべている。
今回の『親善訪問』、その裏に隠された作戦に、戸惑いをを覚えていたのだ。
革命戦争(レコン・キスタを名乗る反乱軍が起こした先の内戦のことを、アルビオン新政府はこう呼んでいる)において、敵艦を二隻撃沈する功績を上げ、こうして『レキシントン』号艦長に任命された彼だったが、実のところ、心情的には王党派である。
しかし、彼は軍人は政治に関与すべからずとの意志を持つ、生粋の武人であった。
上官であった艦隊司令が反乱軍側に付いたため、仕方なしにレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。
「どうされましたかな?艦長」
ボーウッドの傍らに控えた、長身の貴族が声をかけた。
艦載の竜騎士隊隊長に任命された、ワルドであった。
「わたしは、アルビオンの未来を憂いているのだ。アルビオンは、ハルケギニア中に恥をさらすことになろう。卑劣な条約破りの国として、悪名をとどろかすことになろう」
その言葉を聞くと、ジョンストン司令官は眉をひそめた。
「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは、我ら議会が決定し、クロムウェル閣下が承認した事項である。君はいつから政治家になった?」
貴族議会の議員でもあるサー・ジョンストンは、クロムウェルの信頼厚い政治家でもあるのだった。
ワルドもジョンストンの言葉を引き継ぐ。
「それに、ハルケギニアはレコン・キスタの旗のもと、一つにまとまるのです。聖地をエルフどもより取り返した暁には、そのような些細な外交上のいきさつなど、誰も気にも止めますまい」
不可侵条約を破ることが、『些細な外交上のいきさつ』だと?さすがは祖国を裏切った男の言うことだ。ボーウッドは、内心で舌打ちし、ワルドを睨みつけた。
空の向こうのトリステイン艦隊から、轟音がとどろいてきた。
トリステイン艦隊旗艦が、答砲を発射したのだ。
その音を聞いた瞬間、ボーウッドは軍人へと変化した。
作戦開始だ。
政治上のいきさつも、人間らしい情も、卑怯なだまし討ちであるこの作戦への批判も、全て吹っ飛ぶ。
神聖アルビオン共和国艦隊旗艦『レキシントン』号艦長、サー・ヘンリー・ボーウッドは、矢継ぎ早に命令を下しはじめた。
「左砲戦準備」
「左砲戦準備!アイ・サー!」
砲甲板の水兵たちによって、大砲に装薬が詰められ、砲弾が押し込まれる。
艦隊の最後尾の旧型艦『ホバート』号の乗組員が準備を終え、『フライ』の呪文で浮かんだボートで脱出するのが、ボーウッドの視界の端に映った。
すると、次の瞬間『ホバート』号の甲板から火の手が上がる。
火はまたたく間に艦全体に広がり、あらかじめ積んでいた火薬の樽に引火し、大爆発を起こした。
残骸となった『ホバート』号が、燃え盛る炎とともにゆるゆると墜落していくのを見て、ボーウッドは士官に命じた。
「旗流信号を掲げろ。文面は次の通りだ。『『レキシントン』号艦長ヨリ。タダイマノ貴艦ノ砲撃ハ空砲ニアラズ。我ハ、貴艦ノ攻撃ニ対シ応戦セントス』……」


それから数刻後……、その日のうちに、トリステインの王宮に、国賓歓迎のためラ・ロシェールに停泊していた艦隊全滅の報がもたらされた。
ほぼ同時に、アルビオン政府からの宣戦布告文が急便によって届いた。
そこに書かれていた内容は驚くべきものであった。
礼砲でトリステイン艦隊は空砲を用いず、アルビオン艦隊の『ホバート』号を撃沈せしめたというのである。
トリステイン艦隊の攻撃を受け、旗艦『レキシントン』率いるアルビオン艦隊はこれに応戦し、トリステイン艦隊を全滅させたというのだ。
不可侵条約を無視するような、親善艦隊への理由なき攻撃への非難がそこには書かれ、最後に
『自衛ノ為神聖アルビオン共和国政府ハ、トリステイン王国政府ニ対シ宣戦ヲ布告スル』と締められていた。
ゲルマニアへのアンリエッタの出発準備で大わらわだった王宮は、突然のことに騒然となった。
すぐに将軍や大臣たちが集められ、会議が開かれた。
「アルビオンは我が艦隊が先に攻撃したと言い張っておる!しかしながら、我が方は礼砲を発射しただけと言うではないか!」
「偶然の事故が、誤解を生んだようですな」
「アルビオンに会議の開催を打診しましょう!今ならまだ、誤解は解けるかもしれない!」
各有力貴族たちの意見を聞いていた枢機卿マザリーニは頷いた。
「よし、アルビオンに特使を派遣する。事は慎重を期する。この双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦が、全面戦争に発展しないうちに……」
そのとき、急報が届いた。
伝書フクロウによってもたらされた書簡を手にした伝令が、息せき切って会議室に飛び込んでくる。
「急報です!アルビオン艦隊は、降下して占領行動に移りました!」
「場所はどこだ?」
「ラ・ロシェールの近郊!タルブの草原のようです!」


タルブの村、シエスタの生家の庭では、コルベールが不安げな表情で空を見つめていた。村人たちもみな家の外に出て、一様に空を見上げている。
先ほど、ラ・ロシェールの方角から、爆発音が聞こえてきた。
驚いて庭に出ると、恐るべき光景が広がっていた。空から何隻もの燃える船が落ちてきて、山肌にぶつかり、森の中へ落ちていった。
村は騒然とし始めた。しばらくすると、空から巨大な船が降りてきて、村の近くの草原に錨を下ろした。
その、雲と見まごうばかりの巨大な船を見て、コルベールは険しい顔をする。
「あれは、アルビオンの艦隊じゃないか。なぜこんなところに……」
村人たちが見守る中、草原に停泊した船の上から、何匹ものドラゴンが飛び立った。
シエスタの母は、庭に出ていた幼い子供たちをぎゅっと抱きしめた。
「いやだ……、戦争かい?」
そう怯えた声で言う。
「まさか!アルビオンとは不可侵条約が結ばれたって話じゃないか!この前、領主様からのお触れがあったばかりだぞ!」
「でもよ、さっき落ちてきた船はなんなんだよ?」
村人たちが、ざわざわ騒ぎはじめた。
そうしている間にも、ドラゴンはぐんぐんと村めがけて飛んでくる。
村人たちは怯え、家の中に入った。ぱたぱたと、全ての扉と窓が閉められる。
「ねえ先生、何が起こってるんですか」
シエスタの父がそういうと、コルベールは首を振った。
「わかりません。しかし、これは尋常ではない。村に残るのは危険です。子供たちを連れて南の森に逃げた方がいい」
「待っておくれよ、先生。シエスタがティトォくんを探しに行くって、まだ戻ってないんだよ」
「なんですって!」
そのとき、ぶおん!とうなりを上げて、ドラゴンが村の中まで飛んできた。
騎士を乗せたドラゴンは、家に火を吐きかけた。
「きゃあ!」
家がめらめらと音をたてて燃え上がり、シエスタの母が悲鳴を上げた。
竜騎士隊は村の上空を旋回しながら、辺りの家々にブレスを吐きかけた。
村が燃え盛る炎と悲鳴に彩られていく。
「なんてことだ……、おお……」
コルベールは青い顔で、その光景を呆然と見つめていた。


昼を過ぎた。
王宮の会議室には、次々と報告が飛び込んでくる。
「タルブ領主、アストン伯戦死!領軍も全滅したもよう!」
「偵察に向かった竜騎士隊、帰還せず!」
「いまだアルビオンより、問い合わせの返答ありません!」
それでも会議室では、いまだ不毛な議論が繰り返されていた。
「やはりゲルマニアに軍の派遣を要請しましょう!」
「そのように事を荒立てては……」
「特使を派遣しましょう!話し合いの場を設けるのです!攻撃したら、それこそアルビオンに全面戦争の口実を与えるだけですぞ!」
一向に会議はまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。
会議室の上座には、アンリエッタの姿も見えた。
怒号飛び交う中、アンリエッタは青い顔をして、小さく震えている。
会議室では、今回のことを誤解から発生した小競り合いとして、外交での解決を望む声が大きかった。
しかし、礼砲で艦が撃沈されたなどと、言いがかりも甚だしい。
アルビオンは明確に戦争の意志があって、ことを行ったのだ。
アンリエッタは、ちらりとマザリーニの顔を見る。マザリーニもまた、結論を出しかねていた。
アンリエッタは俯いた。
こんなところで言い合いをしている場合ではない。
ほんとうなら、今すぐに軍を率いて、アルビオンの侵略軍を迎え撃たなければいけないのだ。
でも……、どうしようもなく身体が震えて、立ち上がることができない。
怖いのである。
戦争が。そして、強大なアルビオン軍が、怖くてたまらない。
自分でも分かっている。
自分がお飾りの王女にすぎないことを、たびたび思い知らされてきているアンリエッタは、王女としての自覚が薄い。
民を守るため、国を守るため、などという大義名分では、恐怖を払うことができないのだ。
アンリエッタはひざの上でぎゅっと手を握ると、薬指に嵌めた『風のルビー』を見つめた。
ウェールズの形見の品だ。
あのとき、自分はこの指輪に誓ったのではなかったのか。
愛するウェールズが、勇敢に死んでいったというのなら……、自分は、勇敢に生きてみようと。
それなのに、自分はこうやって怯えているだけ。
「ウェールズ様……、わたしは、どうしたらいいのでしょう?なにを頼りに、勇気を奮い起こせばいいのでしょう?」
アンリエッタは聞き取れないほどか細い声で、ぽつりと呟いた。
『風のルビー』を見つめていると、ウェールズのことが思い出された。
勇敢にも反乱軍に立ち向かい、命を落としてしまった王子様。
優しくて、凛々しかった、愛しい人。
園遊会を抜け出して、重ねた逢瀬。湖畔で交わした、幼い約束……。
宝石のような思い出が、アンリエッタの胸を締め付けた。
恐怖に縮こまっていた心が、深い、深い悲しみに塗り潰されていく……。
「タルブの村、炎上中!」
その急報に、会議室は騒然となった。
もはや、事態は取り返しのつかないところまで来ていたのだった。
ざわめきの中、アンリエッタは大きく深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がった。
一斉に視線が王女へと注がれた。
アンリエッタは、おだやかながらも静かな激情を込めた声で、言い放った。
「あなたがたは、恥ずかしくないのですか」
「姫殿下?」
「国土が敵に侵されているのですよ。同盟がなんだ、特使がなんだ、と騒ぐ前に、することがあるでしょう」
「しかし……、姫殿下……、誤解から発生した小競り合いですぞ」
「誤解?ここにいる全員とも、これが誤解から起こった交戦だなどと、まさか本気で信じているわけではないでしょうね?不可侵条約は、紙よりも容易く破られたのです。
 もとより守るつもりなどなかったのでしょう。時を稼ぎ、戦争の準備を整えるための口実にすぎません」
「しかし……」
アンリエッタはテーブルを叩きつけた。
「わたくしたちがこうしている間にも、民の血が流されているのです!このような危急の際に、民を守ることが貴族の務めなのではありませぬか?領地を、領民を、国を自らの手で守れないで、どうして貴族を名乗れましょうか?」
会議室に、びりびりとアンリエッタの声が響いた。
「アルビオン新政府は、『レコン・キスタ』は、ハルケギニアの統一を叫んでいます。どのみち衝突は避けられなかったというわけですわね。アルビオンを手に入れた『レコン・キスタ』の矛先が、今度はトリステインに向かったのです。
 ならば我らは立ち向かわねばなりません。あの礼儀知らずどもの付け上がりを、これ以上赦すわけにはまいりません。それがハルケギニアの貴族としての矜持というものではありませんの?」
誰も、なにも言わなくなってしまった。
アンリエッタは会議室をぐるりと見回した。アンリエッタに見つめられると、会議の参加者たちは、困ったような顔でふいと目をそらしてしまう。
アルビオンは大国。反撃をくわえたとしても、勝ち目は薄い。敗戦後、責任を負わされるであろう、反撃の計画者になるには腰が引けてしまうのであった。
アンリエッタはため息をつくと、冷ややかに言い放った。
「あなたがたが立たぬというのなら、わたくしが率いましょう。そうやって、いつまでも会議を続けていればいいんだわ」
アンリエッタはそのまま会議室を出ようとする。マザリーニや、何人もの貴族が、それを押しとどめようとした。
「姫殿下!お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」
アンリエッタはその手を振り払い、怒りを込めた目でマザリーニを睨みつけた。
「あなたが結婚なさればよろしいわ!」
そう叫ぶと、アンリエッタは会議室を飛び出ていった。
「わたしの馬を!近衛、参りなさい!」
中庭では、状況を知っていた魔法衛士隊の面々が集まって、敬礼でアンリエッタを出迎えた。
アンリエッタは用意されたユニコーンにひらりと跨がると、大声で叫んだ。
「これより全軍の指揮をわたくしが取ります!魔法衛士隊、続きなさい!」
腹を叩いて、ユニコーンを走らせた。
その後に、幻獣に騎乗した魔法衛士隊が口々に叫びながら続く。
「姫殿下に続け!」
「続け!遅れを取っては、家名が泣くぞ!」
次々に中庭の貴族たちは駆け出していく。城下に散らばった各連隊に伝令が飛んだ。
その様子をぼんやりと見ていたマザリーニは、天を仰いだ。
どのように努力を払おうとも、いずれアルビオンとは戦になるとは思っていたが……、いまだ国内の準備は整っていないのだ。
彼とて、命を惜しんだわけではない。彼なりに国を憂い、民を思ってこその判断だった。小を切っても、負ける戦はしたくないのだった。
しかし、もはやアルビオンとの交渉の余地はないであろうことは明らかである。ならば、外交努力に傾注することに、なんの意味があろう。
姫の言う通りであった。騒ぐより前に、すべきことがあったのだ。
マザリーニは、会議室に取り残され、呆然とした貴族たちに向き直った。
「おのおのがた、馬へ!姫殿下一人を行かせたとあっては、我ら末代までの恥ですぞ!」


魔法衛士隊を率いてタルブに向かう道中、アンリエッタはぼんやりと考えた。
なんだ。できたじゃないの、アンリエッタ。
アンリエッタは、手綱を握った手にふと視線を落とした。その手は、もう震えてはいなかった。
今のアンリエッタの身体に満ちているもの。それは、怒りだった。
愛するウェールズの命を奪った『レコン・キスタ』への激しい怒りが、アンリエッタの恐怖を払い、身体を突き動かしていた。
貴族の矜持や、王家の責任など、言ってしまえば浮世のしがらみである。原始の感情は、それらよりも遥かに大きな力を持っているのだ。
そうだ、怒りだ。怒りこそが、わたしの両脚に立ち上がるための力をくれる!
アンリエッタは手綱をうち、ユニコーンを走らせた。


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