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ゼロのエルクゥ - 27


「んん……」

 浮かび上がるように、意識が覚醒していく。
 目覚めの感覚。それも、満ち足りきった、至高の眠りからの、だ。

「…………」

 パチリと目を開くと、見慣れた木目の天井がある。……自分、柏木耕一に与えられた部屋の、ではないが。
 窓から差し込む夏の陽射しに目を細めるが、耳に入ってくる空調の駆動音に、暑さは覚えなかった。

「すー……すー……」

 すぐ隣に、小さく息づく体温を感じる。体が動かないように気をつけながら首だけを向けると、濡れ羽のように光る黒髪を湛えた頭がちょこんと肩に乗っかっていた。
 最愛の恋人である、柏木楓だった。胸のあたりに規則的な呼吸の吐息が直接降りかかって、くすぐったい。
 一時は、二度と感じる事が出来ないかもしれないと思った幸せな重みを噛みしめながら、耕一はその髪を軽く指で梳いた。

「んっ、んん……」

 さらさらと、上質の絹のように滑らかな髪が指の間を零れ落ちていく。楓は軽く身じろぎをするが、目覚める気配はなかった。

 ―――昨晩は3回、いや、4回だっけ? 俺もよくやるよな……。

 喉から苦笑が漏れないように、耕一は口元だけを歪めた。
 掛け布団の裾から、白く細い肩と、その下へ続く滑らかな曲線が垣間見える。その淡雪のようにきめ細やかな肌には、首筋から鎖骨にかけて赤い斑点がいくつも浮き出ていて、昨夜の逢瀬の激しさを物語っていた。

「……風呂にでも入ってくるか」

 4回戦目を終えて倒れるように眠る前に、何とかウェットティッシュで処理はしたものの……やはり違和感は拭えない。
 具体的には下腹部の辺りがねっとりと。上半身もごわごわと汗ぼったい。冷房が効いているとはいえ、真夏に激しい運動をすれば汗もかくというものだろう。
 すがりつくように眠っている楓を起こさないように、そっと身体を抜く。とすん、と枕に楓の頭を預けると、強張っていた体がようやく開放された。

 ―――希望を言うなら、このまま起こして一緒に入りたいところだったが。
 それは、就寝前のバトル回数が6回戦だった事を除いて今とほぼ同じ状況であった初日にやらかした挙句に風呂場で7回目のハッスルに及んだ為、梓に大目玉を喰らっている。自重しておいた方がいいだろう。

「……耕一さん」
「あれ、起こしちゃったか」

 ベッドの足下に散乱していた2人分の服をまとめて、とりあえず自分の分を身につけていると、いつの間にか起きていた楓が、そっとシャツの裾を引っ張っていた。

「どこに、行くんですか」
「ああ、お風呂入っちゃおうかとね。楓ちゃん起きちゃったなら、先に入ってくるかい? こういうのは女の子が先だよな」
「……一緒がいいです」

 楓の指に力が篭り、ぎゅう、とシャツの裾に皺が寄る。

「い、いや、そうしたいのは山々だけど、ほら、梓がうるさいだろ?」
「……一緒が、いいです」
「……むうぅ」

 構ってもらえない仔猫のような表情で、楓の眉がとろんと下がった。彼女に猫の耳と尻尾があったのなら、同じように力なく垂れている事だろう。

 ―――これが、普段は滅多にわがままを言う事のない楓ちゃんが勇気を振り絞ってしてくれたおねだりだ、と言う事であるならば、万難を排してでも叶えてあげたいところなのだが……。

「大丈夫だよ。もう異世界に行っちゃったりなんかしないから、さ」
「…………」
「……ずっと一緒だ。もし今度があっても、楓ちゃんを置いていったりしない。な?」
「……はい」

 肩に手を置いて言い聞かせるように頭を撫でると、ようやくするりと手が離れる。耕一は、苦笑と共に軽く溜め息をついた。
 楓の甘えは、不安から来るものだった。耕一がまた遠くに行ってしまうのではないか、と。
 それで、四六時中一緒に居たがり、身体の繋がりを求めてくる。
 なんとかそれを解消しようと、耕一も何も言わずそれを受け入れているのだが、結果は芳しくなかった。このまま夏休みが明けてしまったらと思うと気が重い。

「……ふぅ」

 原因はわかっている。耕一自身、もう絶対にあんな事は無いと、心の底から言い切れないからだ。
 心のシグナルを読み取れる楓を相手に、どれほど隠そうとも、本当の本音ではない言葉にはノイズが混じってしまう。
 それは、『世の中に絶対なんてない』と言うような一般論ではない。

 ―――何か、やり残した事がある。俺があの世界に呼ばれた理由を、解決しきっていない。その為に、また召喚されるかもしれない。

 何となく、耕一はそんな引っ掛かりを覚えながら、日々を過ごしていた。そして、その為に楓の不安も消えない。
 悪循環、とまでは言わないが、どこか、進まない時間の中を停滞しているような感覚だった。

「さ、それじゃ、一緒にお風呂に行こうか。……梓に見つからないように、ね」
「はいっ!」

 ……まあ、雄としての本能は、そんな内面の悩みとは別である。

§

「はい、耕一お兄ちゃん」
「ありがと、初音ちゃん」

 こんもりとご飯の盛られた二杯目の茶碗を受け取って、耕一はしゃもじを握る初音に笑いかけた。

「耕一さん、よく食べますね」
「いやぁ、久々の和食ですから……自然と箸が進んじゃって」

 正面では、千鶴が楚々と食事を進めながら微笑みを浮かべている。

 耕一が目を覚ましてから、3日が経った。気絶したまま戻ってきて、ほぼ1日中眠っていたから、帰ってきてからは4日目になる。
 異世界ハルケギニアで過ごした月日は、こちらでも同じように経過していた。約3週間とちょっと……ハルケギニアの一週間が8日であったから、地球の暦ではほぼ1ヶ月。
 一般的な日本人が海外旅行をして白米を恋しく思うには、十分な時間だ。

「ふん。『居候、三杯目にはそっと出し』って言葉も知らない礼儀知らずなだけだろ?」
「いやぁ、あっちにいる時は、梓の肉じゃがが恋しくてなぁ」
「な、何言ってんだよ。適当言ってるんじゃないっての」
「いやホントに。マルトーさんっていう魔法学院のコックの人の料理はすげーうまかったんだけど、何しろ洋食しかないしさ。米はあったけど雑穀扱いで、サラダとかオートミールとかにちょっとだけって感じだし。しょうゆとダシの肉じゃがが本気でうまいよ、うんうん」
「……ま、まあ、このぐらいなら……いつだって、つ、作ってやるけどさ……」

 憎まれ口を叩いた梓は、まっすぐに料理を誉められたのが照れ臭いのか、もそもそと米ばかりを咀嚼している。

「…………」

 そして楓は……耕一のすぐ隣にいた。
 特に急いでいる様子はないのに、その前の茶碗や皿の中身は凄い勢いで消えていく……いつも通りの姿だ。
 柏木家の日曜日の昼食は、ぎこちないながらも、一月前までの団欒の風景を取り戻していた。

「ふふっ。耕一さんも帰ってきてくれたし、楓も元気になってくれたし、よかったわ」
「いや、あれは元気過ぎだろ……その、色んな意味で……ゴニョゴニョ」
「あ、梓。昼間からそういう事は……」
「ご、ごめん。千鶴姉……は、ははは……」

 梓の独り言に反応してしまった千鶴の、何とも言えない複雑な視線から誤魔化すように顔をそむけた梓が、耕一を睨みつける。
 耕一はそしらぬ顔で食事を続けているが、その額には一筋の冷や汗が伝っていた。何故か隣にいる楓も、頬がうっすらと赤くなっている。

 柏木四姉妹。美人揃いでありながら、あまり男関係の縁はないのであった。

「……はぁ。まあその……す、するなとは言わないけどさ。もう少し周りの人間の事も考えろよな。楓だって、もうすぐ学校始まるんだし」

 姉妹の中で、ある種一番潔癖で初心な梓だが、なぜかその態度は煮え切らなかった。

「……善処するよ」

 求めてきているのは楓の方からであるので、負い目のある耕一にはどうしようもない。とはいえ、こういう場面で女の子に責任を転嫁するのは男としてどうか、というぐらいの矜持はあるので、曖昧に頷いておいた。
 風呂場で反響するアレな声が響き渡る中、近くのキッチンで洗い物をする梓の気持ちを想像すれば、性欲塗れのサルだと思われておくぐらいどうということはない。たぶん。きっと。

「楓も、嫌だったら嫌って言いなよ。受験は……まあ、大丈夫だろうけどさ」

 楓はほのかに赤らんだ顔でコクン、と頷いただけで、氷の入った麦茶のグラスをくっと呷った。茶碗も皿も綺麗に空である。
 千鶴も、どこか赤い顔をしながら機械的に箸を動かしていた。

 召喚されたのは夏期休暇が始まってすぐの事だったので、幸いな事に、大学の長い夏休みはまだ半分近く残っている。
 楓の高校の方もギリギリ大丈夫だったが、耕一がいなくなって塞ぎ込んでいた期間を含めて、受験の為の補修などは丸々出られなかったと耕一は聞いていた。
 それでいて、帰ってくるなり男と部屋に篭って爛れた生活をしているものだから、ついに昨日、千鶴さんや梓に苦言を呈されたのだ。
 それを楓は、夏休み前に受けた模擬試験での、某日本最高学府、最難関である理科Ⅲ類のA判定結果を見せて、その全てを撃墜した。
 ……特に、地元の二流チョイ上あたりの大学に体育推薦で入った梓には深刻なダメージだったようで、勉学関係については強く出れなくなっているのだった。

「…………」
「……?」

 そんな微妙に重苦しい空気の中、耕一がそれを見咎めたのは、本当に偶然だった。
 いや、生々しい話題に触れないよう、引きつるように息苦しい雰囲気を保った食卓の中で……そこが、どこか糸の切れてしまったような空気だったからかもしれない。

「……初音ちゃん?」
「……えっ?」

 無言である事は皆と変わらないものの、黙々と箸を進める初音の纏っている空気は、明らかに周囲と異なっていた。

「なんだか元気ないみたいだけど、どうかした?」
「う、ううん。そんな事ないよ。何でもないの」
「……そっか」

 えへへ、と愛想笑いをする初音。
 天使の笑顔、にはほど遠いそれに、耕一は場を流しつつも、疑念を隠せない。

「…………」

 初音の胸元に下がる不思議な形のペンダントが、どこか寂しげな光を放っていた。

§

「……暇だな」

 昼食を終えて、耕一は自分の部屋で天井の染みの数を数えていた。
 楓は渋々とした様子ながら、学校の受験対策講習に出かけていった。千鶴は鶴来屋に呼ばれて出ていき、梓は友人と遊びに行って、初音は自室で宿題を片付けている。
 パチンコ、ゲーセン、本屋……いつもならば浮かぶそんな暇潰しに出掛ける気も起きず、耕一は開け放たれた純日本家屋を通り抜ける涼風を感じながら、大の字に寝転がっていた。

「…………」

 左手を上げ、透かしてみる。
 その甲には何もない。刻まれていたはずの使い魔のルーンは、跡形もなく消え失せている。
 ふいと視線をずらすと、開かれた敷居から、夏の陽射しも眩い外が見える。
 そこから見えていたはずの、青々と緑を茂らせていた裏山が、ごっそりと消えていた。

 あの日。耕一達がこちらの世界へ帰ってきた日。
 まるでその代わりになったかのように、山一つ丸ごと、忽然と姿を消してしまったのだという。
 豊かな水量を誇っていた河や、それを調整していた水門などがあった山が吹き飛んでしまったので、隆山、引いては行政にも多大な影響力を持つ鶴来屋はてんやわんやであるらしい。日曜日の今日に千鶴さんが呼び出されたのも、その関係であるとか。

「本当に、ハルケギニアに飛んでっちまったのかもしれないな」

 喉の渇きを覚え、ゆるゆると立ち上がりながら……一ヶ月前、召喚のゲートに引きずり込まれた時の感覚を思い出して、耕一は苦笑する。
 頭の中に浮かんでいたのは、某国民的猫型ロボットのお腹のポケットにしゅるしゅると吸い込まれていくピンク色のドアだった。

 ヨーロッパにそっくり似ていて、しかし魔法の存在する異世界ハルケギニアに召喚され、使い魔となった事。そこはトリステイン王国のトリステイン魔法学院。
 そこに住む人々。ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュ。喋る剣のデルフリンガー。マルトー料理長に、シエスタを始めとしたメイド達。自分の事を観察していた只者では無さそうなハゲ頭のコルベールに、一癖も二癖もありそうな学院長のオスマン。
 そして、結局相見えることのなかった、同じ地球人の迷い人。
 耕一がトリステイン魔法学院で過ごした3週間余りの出来事は、概ね姉妹達の知るところとなっていた。
 ……ちょっと都合の悪いところは、ところどころ隠したりしているが。(契約の時のキスとか、キュルケのアプローチとか、アルビオンでの戦いとか)

『そういう映画、ありましたよね。何とかと賢者の石っていう』

 千鶴さんのその言葉が、話を聞き終わった彼女達の素直な感想だったとまとめてしまっていいだろう。その受け止め方は異なるが。
 楓ちゃんが同じ事を言ってくれなければ、『そんな嘘くせぇ話で誤魔化されると思うなこのスカタン!』と激昂した梓の鉄拳に沈んでいたところだ。

「……あれ?」

 台所へ向かう途中、耕一は思わず声をあげてしまった。

「……耕一お兄ちゃん?」
「初音ちゃん」

 縁側に、ぽつんと初音が座り込んでいた。

「どうしたの? 宿題にでも行き詰まった?」
「うん……そんな感じ」

 耕一がその隣に腰を下ろすと、初音は少しだけ顔を上げて、薄く微笑んだ。

「俺でわかるかな。あんま自信ないけど、よかったら見てあげようか?」
「……うん」

 頷いて、そのまま初音の視線は下を向いてしまう。
 ……やっぱ宿題なんかじゃないか、と耕一はぽりぽり頭を掻いた。

「昼の時から様子が変だったけど、どうかしたのかい?」
「……そう見えた?」

 思いっきり。みんな気付いてたんじゃないかな。と耕一が苦笑すると、初音もふっと肩から力を抜いて苦笑を漏らした。


「ほんとにね、大した事じゃないの。別に何かあったっていうわけでもなくて……」

 初音はそっと手を合わせる。その中には、昼にも見た、不思議な形のペンダントが握りこまれていた。
 何の宝石だろうか、青く透き通っている中に白くマーブルが入っている滑らかな材質で、動物の牙か爪を模したように丸く尖っている。女の子向けのアクセサリーというよりは、民芸品のお守りとか魔除けと言った方がしっくりくる趣のものだ。

「何か、大切な物がいつの間にかなくなっちゃったような……そんな気がするだけなの。それが何なのかもわからないし……おかしいよね。耕一お兄ちゃんと楓お姉ちゃんが無事に帰ってきたっていうのにね」

 えへへ、と眉を下げて笑うその表情には―――とても、見覚えがあった。
 それは、とても綺麗な、諦め。

『いいのです。貴方様の心は、永劫に姉上の物……私を愛してくれとは申しません。ただ……ただ、傍に置いてさえくだされば、それで……』

「リ、ネット―――!」
「きゃっ!」

 意思とは無関係に溢れ出す記憶に、毒を吐き出すかように喉を震わせる。

「ど、どうしたの、耕一お兄ちゃん?」
「……いや」

 ジンジンと、脳の奥が熱く火照っている。
 それとは逆に―――。

「初音ちゃん、それ」
「えっ? これ? って、わっ? ひ、光ってるっ!?」

 耕一が初音のネックレスを指差すと、それは青く澄んだ光を湛えていた。
 まるで蛍か何かの生体の光のように、ゆっくりと明滅する。

「あっ……これ、なに……?」

 驚きに目を丸くしていた初音が、弾かれたように空を見上げた。

「えっ? 来る……? ヨーク……ヨークの、子供? 何これ、頭の中に声が……っ!」
「初音ちゃん!」

 頭を抑え、うわ言のように何事かを口にする初音の肩を、耕一はそっと抱く。

「来るっ!」

 初音が叫ぶ。
 その視線の先、空の彼方には……巨大な何かが、此方に向かって急降下してきていた。

「いいいっ!?」

 超巨大な隕石のように見えるその茶色の飛翔体は、瞬く間に空一杯を覆うほどに膨れ上がる。
 対抗出来るわけがないにしても、何もしないまま潰されるよりは、と鬼の力を全身に巡らせた刹那―――世界が純白に染まった。

『我の運命に従いし、"使い魔"を―――召喚せよ』

 意識まで白く塗り潰される瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。


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