あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と鬼-02


虚無と鬼 第二話

「…………」
沈黙は金、雄弁は銀という言葉があるが。
暗闇の中、ルイズは沈黙の金を堪能する余裕は無く。雄弁の銀を取ることも躊躇われていた。
被った布団から目だけを出して、ちらりと壁際へと目を向ける。
そこには、壁に背を預けて寝る男がいた。
クキヨウコウと名乗った『メイジ殺し』の男。
ルイズはそのクキを悶々とした気持ちで見詰めた。

あれから、学院へクキを連れて帰ったルイズのするべきことは状況の確認だった。
部屋に招き入れると、さっそくベッドに座る。
軽く部屋を見回すクキへと話しかけた。
「この部屋が珍しいの?」
それにクキは、前の時はゆっくり見るヒマがなくてね、と苦笑気味に呟く。
なんだかあんまり深く突っ込んではいけない気配がしたので、軽く咳払いをして話を切り出した。
「クキ、あなたはわたしの使い魔になったわけだけど」
そうだな、とクキが左手を見ながら言う。
「使い魔として、やってもらうことがあるわ」
「まず一つ目……」
わたしは足を組むと感覚の共有、秘薬などの探索など、基本的な使い魔としての働きを説明した。
それをクキはブラブラと手を振って否定する。
「この世界の秘薬なぞ知らんし、今のところ感覚の共有している気配もないな」
「そう……みたいね」
感覚を集中してみたわたしは無駄だと悟り息を吐き出す。秘薬のほうはどうせ初めから期待してなかった。
だが、三つ目である主人の守護。これにわたしは期待をかけるが。
「あいにくと護衛は苦手なんだが」
それもやんわりとクキは否定した。
「え……でもクキ、あなたすごく強かったじゃないっ」
必死なわたしにクキはニヤリと笑うと、空恐ろしいことを言う。
「俺は護衛よりも、迎撃や追跡。または強襲の方が得意なんでな」
それにと前置きをして、襲わせて倒すのが戦法だと語った。
……なんだか、非常に危ない気がする。
確か、文献や噂では『メイジ殺し』の戦いはメイジに魔法を使わせないことだとあった。
クキもその例に漏れず、真正面から護ったり攻撃したりするのではないのだろう。
あの召喚時の一戦も、コルベール先生が弱かっただけかもしれない。
そうかもしれない、と一人納得していると。
「ちょっといいか?」
クキがこちらへ話しかけてくる。
「なに?」
聞き返すわたしにクキは。
「この国の常識を教えてくれないか」
と言ってきた。
「はあ?」
常識である。常識とは、誰もが知っている当たり前の決まり事。それをわざわざ教えろというのだ。
怪訝な顔のわたしを見るとクキは、馬鹿なことを言い出す。
「なに、俺はこの世界の住人じゃあないのでね」
それからクキの語る話は、わたしが彼の脳内を疑うには十分な内容だった。
「……つまり」
腕と足を組むと目の前のクキに確認する。
「あなたはこのハルケギニアとは違う世界……『チキュウ』の住人で。死んだ後『ジゴク』へ行く途中で、見知らぬ鏡に入ったことでここに来た……ということ」
「そのとおりだ。信じてくれるか?」
わたしは大きく息を吸うと、真情を告げた。
「そんなもの、信じれるわけないじゃない」
ハッキリした物言いに、クキは肩を竦める。
「普通そうだな。逆の立場なら俺はそいつの頭を疑う」
「じゃあ何で聞くのよ!」
思わず怒鳴った。それにクキは動じず切り出してくる。
「でもここの常識を知らないのは真実だ。まあ、世間知らず相手だと思って教えてくれ」
人を食った言い方に少しカチンと来た。

「わたしはあなたのご主人様なのよ!」
ご主人様を強調し、その力関係を教えようとするが。
「それなら使い魔の面倒を見るのも主人の役目だろう。使い魔と言っても俺は人間だ。それが常識知らずでは、主人としてカッコがつくまい」
「う……」
あっさりと理論を封じられる。
そもそも“実際の力関係では”あちらの方が上なのだ。
「それで、教えてくれないのか?」
言葉に詰まるわたしに、クキはゆっくりと聞いてくる。
「あー! もうわかったわよ!」
トリステインの社会構造と常識をわたしは彼に語った。

わたしが語る内容に、時折クキが質問をしていく形式で話は進み。大方話し終えた頃には就寝時間を大幅に過ぎていた。
「あ……ふぅ」
「ふむ、そろそろ寝るか」
思わず欠伸をしてしまうわたしにクキはそう言う。
「そうね……」
そのままノソノソと制服を脱ぎ始める。
クキはそれを見ると顔をしかめ、こいつもあの手合いか、と呟く。
「なによ?」
睨みつけると、無言で肩を竦めクキは背を向ける。
脱ぎ捨てた制服を手に取ると、どうするかと少し思考し。クキに洗濯させることも考えたが、仮にも『メイジ殺し』のような存在にさせることではないと考え直す。
……決して、背を丸めて女物の下着を洗う姿を想像して不憫に思ったのではない。
制服を籠へと放り込み布団へ潜ると、気配を察したのかクキがこちらへ向く。
そしてクキはそのまま寝ようとするわたしに言う。
「それで、俺はどこで寝ればいい?」
そこでクキをどこで寝かせるか決めてないことに思い至った。
「あー……」
使い魔専用の小屋が思い浮かぶが、この男をそこに入れるには少し違う気がする。
うむむと唸った。
これが普通の平民ならこうも悩まなかっただろう。そこらへ藁でも敷いて寝かせればいい。
所詮平民なのだ。貴族としてそんなことを気にする必要も無い。
だが、少なくともクキは“普通の平民”とはかなりかけ離れている。というか使い魔でもなければメイジとして絶対に近づきたくない種類の人間だ。
相手は大人の男。そして(弱いかもしれないが)コルベールを倒した『メイジ殺し(推測)』である。
悩むわたしを見かねたのかクキはあっさりと言う。
「別に野宿でも構わん。そりゃ雨風を凌げればなお嬉しいが」
それを聞いて、なおさら使い魔を野宿させるわけにはいかない。
心は決まった。
「そ、それじゃあ……っな、なななななんだったらここで寝ることを、ゆ、許してあげてもいいわよっ」
普通ならベッドを想像するだろう。そしてこの部屋には寝具は一つしかない。そこから導かれる答えは一つである。
ルイズの頬は赤く染まり、口調がガタガタとなるが。
「そうか、室内に居ていいなら床で寝させてもらおう」
大人の余裕というものか、それとも女性としての魅力を感じないというのか。
クキは軽い口調でそう言った。
さっそく床へと腰を落ち着けるクキを見て、ピシリと女としてのプライドに罅が入った。

あれから、灯りを消すと苛立ちを押し込めるように布団へと潜ったのだが。
どうしてもクキの方へと苛立ち混じりの視線が向かってしまう。
それは確かに嫁入り前の乙女が貴族ではないとはいえ、男と同衾することは恥ずかしいが。
それでも、こうもあっさりとその選択肢を捨てられると女として傷つく。
ブチブチと考えていると、不意にクキがこちらを見る。
「――どうした?」
気配を察したのか、こちらが動くのが煩わしかったのかクキが声をかけてきた。
その隻眼が暗闇の中でも鋭い視線を放つのを想像する。
「なんでもないわよ!」
わたしは布団を深く被り直すと枕へと顔を埋める。
やれやれ、と声が付きそうなクキの溜息が聞こえた気がしたが、無視した。
そうして布団に包まると、昼の儀式で疲れていたのか瞼が重くなる。
急速に眠気が増し、ルイズの意識は闇へと沈んでいった。

          ◆

九鬼は静かな寝息を聞き取ると、大きく息を吐き出した。
少なくとも日本人の常識を持つ彼はルイズへ欲情することは無いが、あのような年頃の“まともな”子供と接することがなかった彼にとって、ルイズは非常に扱いにくい相手である。
息子の俊介とは余り接する機会がないままに死に別れ、馬鹿弟子は素直すぎるきらいがあり基準にはならない。
そもそも2人は男である。
女でと思いなおすと。
遊びほうけ、やたら滅多ら男を部屋に連れ込む元同僚かつ元復讐相手だった。
……どう考えても参考にはならない。
他は勤勉かつ情に厚い上司と仕事はできるが妹べったりな同僚、コミュニケーション能力が低い妖怪が2人。
どれも年頃の女の子ではない。
そこまで考えると、脳内では拳銃と凍気と霊札を無言で構える4人がいて、想像を止める。
かつてドミニオン第十七戦闘隊副隊長として数々の人妖たちを震え上がらせ、さらには世界最凶の九尾の鬼となり、死後異世界ゴルトロックで聖堂協議会の幹部を打ち倒し、ついには混沌のを救った1人でもある九鬼耀綱。
こう並べると恐ろしい戦歴だが。そんな男も年頃の子供の扱いにはお手上げだった。
コートの襟元を手繰り寄せる。
なにをすべきか未だ判らず、そもそも現状に困っていた。
とりあえずはそのことは明日に回し、このまま寝ようと思う。
双子の月を眺めた後、九鬼は目を閉じた。

          ◆

日が昇るのを肌で感じ九鬼は覚醒した。
ドミニオンの追撃部隊にいた頃は昼夜を問わない職業柄、時間が来るまで寝扱けるのが普通だった。
それでも拳法家である九鬼は眠りが浅いのもあるが、十分な睡眠時間さえ確保すれば夜明けと共に頭が勝手に覚醒する。
頭を振り立ち上がる。
座って寝ていたせいか間接が固くなっており、立つだけで背骨が鳴った。
肩を揉み解しながらベッドを見ると、そこにはスヤスヤと眠るルイズがいる。
寝ている時、暑かったのか布団が大きくはだけ、下着一枚で寝そべっていた。
「……くしゅんっ」
可愛らしいくしゃみ。
「……やれやれ」
それを見た九鬼は、溜息を吐きながら布団を被せてやった。
さて、と九鬼は息を吐く。
前はすぐにでもドミニオン本部へ詰めるか、適当に新聞を読むのが習慣だった。ここは日本ではない。
鍛錬をするのもいいが、鍛錬にするにしても地理に詳しくない。
そこで、まずはこの場所の把握に努めることにする。
ルイズはまだ寝ている。時間を潰すにはもってこいだろう。
そっと扉を開けると身を滑り込ませる。
「……んふふ……ついに……わたし、にも……」
扉を閉める間際、そんな寝言が聞こえた。
息を吐き、どこへ行こうかと廊下へ目を向けた九鬼の前に――小山が迫ってきていた。
「――は?」

静かな廊下を歩く。
洗濯物籠を抱え、息を吸った。
朝の空気は冷たく、吸い込むと肺の奥から清々しい気分になれる。
手には大量の洗濯物。それに部屋の前に出してある洗濯物を籠へと追加していく。
昨日は春の使い魔の儀式があった。
新しき使い魔たちとじゃれ合ったのだろうか、今日は洗濯物の提出が多い。
すでに抱えた籠からはみ出す洗濯物は視界を大きく遮り、背丈は優に超えているが息は乱れない。
「よいしょっと」
この階の洗濯物はほとんど回収した。あとは、この先の部屋だけである。
貴族様を起こさないように、できるだけ足音と気配を偲ばせる。
この先の人たちは他と比べて少々洗濯物が多い。
ツェルプストー様は下着も含めて一日何着も替えることがあり、モンモランシ様は流行に鋭く様々な服を複数出してくるし、タバサ様は時折泥だらけの制服などを出してくる。
そして最後。ヴァリエール様は煤だらけになった服を日に何着も出してくるのだ。
使用人たちの間で噂になっているが、唯一魔法が使えず。全てが爆発になるという。
真相は知らないが、煤の付いた洗濯物は洗いにくいという事だけ頭にあった。
制服に関しては『固定化』により、多少の汚れはすぐに落ちるのだが、ヴァリエール様の制服に関してはなぜか汚れが落ちにくい。
物の程度によっては、後で別に回収しなければと息を吐き出した。
そして、問題なくツェルプストー様、モンモランシ様、タバサ様と洗濯物を回収し、残りはヴァリエール様の部屋だけとなる。
朝の時間は限られている。早々に洗濯物を終わらせなければ。

そう勇んで行ったのが悪かったのか、それともちゃんと前を確認しなかったのが悪かったのか。
「――は?」
ヴァリエール様の部屋の前に着く直前、虚を突かれた様な声が洗濯物越しに聞こえ。
足はもう止まらない。
「――え?」
こんな朝早くに人が?
驚きの声を漏らし、私は誰かにぶつかった。

          ◆

普段の彼ならそれは避けられただろう。
五感全てを使い、相手の後の先をゆく九鬼流の理念からいって一般人など存在感が駄々漏れの状態である。
だが不幸な偶然が重なった。
ちょうどそれが来たのが彼から右側、眼帯で隠れた部分であり、寮内では風を感じられず、足音を殺していたのか音も無かった。
九鬼流としては、勘や気配を感じる第六感をも取り込むのだが。戦意も殺意も無かったことも理由だろう。
その全六感の内、偶然にも四つ潰され、彼は反応し切れなかった。
不幸な偶然――そう、偶然と判断しなければ納得ができなったのだ。
ぶつかった後、さらに巻き込まれて倒れるという無様はなんとか回避する。
それでも驚きを隠せぬまま、バラバラと目の前で広がっていく布を呆然と見守った。
そこには洗濯物にまみれながら、尻餅を着く黒髪の少女がいた。
「いたた……」
その声を聞いてようやく九鬼は思考を取り戻す。
「大丈夫か?」
声をかけられた少女は、ハッとこちらを見ると慌しく視線を彷徨わせると、佇まいを直し腰を折って言った。
「も、申し訳ありません貴族様!」
姿勢のいい、まるで鉄芯でも入っているような見事な土下座である。
だが言っている内容にかなりの誤解があった。
「頭を上げてくれ、俺は貴族じゃあない」
「え?」
溜息混じりに言うと、少女は驚いたように顔を上げる。
「え、え? で、でもっ」
戸惑う視線が向けられる。
まあ、貴族のいる寮に見知らぬ男がいたら、普通は貴族だと思うだろう。もし同僚とかならこれほど覚えやすい面構えはないと自覚もしている。
そう思っていると、少女のほうでなにか思い出すものがあったらしく。
「あ……もしかして、昨日貴族様に呼ばれたていう……平民の使い魔、さんですか?」
さん付けに軽く笑いながら、同意する。
「俺の他に呼ばれた奴がいなければな」
ブンブンと首を振る少女。俺の存在はやはりかなりのイレギュラーらしい。
そのことを改めて認識しつつ、少女へと手を差し出した。
差し出した手を呆然と見る少女。
「とりあえず、座って話すのもなんだ」
その言葉で、ようやく未だ自分が座る込んでいる状態だと思い出したのか。少女は急に赤くなり慌て始める。
「ああっ……い、いえっ!」
遠慮すると言う表現か胸の前で振られる手を強引に掴み、立たせた。
「す、すみません……ぶつかったのは私なのに」
「いや、俺も不注意だった」
そして掴んだ手は、どことなく固い。
「……君は、なにか武術でもやっているのか」
「はえ?」
呆気に取られたような表情。
「良く鍛えられた、しなやかな手だと思ってな。これでも武術を齧っている身でね」
手を意識したのだろうか。少女の顔がボンっとまたも赤くなった。
何やら病気なのかと、九鬼は疑う。
「あ、あ、いえ、その……実家で、少し……」
しどろもどろに答える少女は、視線を繋がれた手に注ぐ。
「おっと。すまなかった」
手を離すと、少女は胸に手を抱える。
「いいえっいいえっ!」
赤い顔で笑いながら視線を彷徨わせると、それが洗濯物に止まった。

「あ、あーっ!」
「どうした?」
そう言いつつ、九鬼も床に広がる洗濯物を理解する。
「早く持っていかなくちゃ!」
急いで洗濯物をかき集め始める少女。
「手伝おうか?」
声をかけると、すでに大量の洗濯物を抱え込んでいた。
「いえ、大丈夫です!」
そう言うとよいしょ、と軽い掛け声と共に、目の前に小山が出来上がっていた。
どう、考えても少女の積載量を超えているのだが、とうの本人は軽々と持っている。
「それでは、失礼します」
洗濯物を抱えたまま、ぺこりと器用にお辞儀をすると、そのまま走り去っていく。
その間、足音はせず。角を曲がると気配も消えた。
それを九鬼は見送った後。
「……少しここらを案内してもらえばよかったか」
まあいいかと呟き、探索を始めた。

大体、学び舎や寮などの位置関係や地形を把握し終わり、ルイズの部屋へと向かう。
ときおり擦れ違う女生徒は、俺を見ると奇異の視線を送ってくる。
まあ、こんな怪しい男もいないだろうと納得。
廊下を歩いていると、目の前の扉が開いた。
軽く避けると、そのまま進もうとし――声がかけられる。
「はあい、そこのダンディなおじ様」
ダンディとおじ様という単語に聞き慣れず反応が遅れたが、今此処にその言葉を当てはめることの人物が他にもいるはずもなく。
「あなたのことよ。あ・な・た」
仕方なく声のほうを向くと、そこには赤い髪を揺らす褐色の女がいた。
またずいぶんな生徒だなと思っていると、その赤髪の女が熱っぽい視線を向ける。
「なんだ?」
どことなく、めんどくさそうな空気を感じながら返すと、その女は妙艶な笑みを浮かべ名乗り始めた。
「あたしの名前はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。親しい人にはキュルケって呼ばせているわ」
しなりとキュルケが寄りかかってくる。
九鬼としては、それを振り払いたい気分でいっぱいだったが、キュルケの部屋はルイズの隣。
親しい友人であったなら、何らかのわだかまりの原因となりかねない。
「九鬼、九鬼耀綱だ」
それでもうんざりとした声色になってしまうのはしょうがなかった。
「クキ……ヨウコウ。不思議な響きね、でも素敵だわ」
そう言うとキュルケは熱い息を吐きながら、九鬼の胸元へ指を回し。
「ねえ、クキ様……恋の“微熱”ってご存知かしら」
さすがにそこまでいくとキュルケを軽く振り払う。
「あら?」
不思議そうな顔をする“少女”に、九鬼は言った。
「残念ながら、子供には興味がなくてね」
そしてそのまま有無も言わせぬまま、ルイズの部屋へと入る。
「…………」
1人残されたキュルケは爪を噛むと、抑え切れない熱を吐き出すように呟く。
「いいわ、それじゃあその気にさせてあげようじゃない。この“微熱”の名に懸けて」

          ◆

ルイズは非常に幸せだった。
目の前では、今まで自分を馬鹿にしていた者達が跪き、自分に賞賛の言葉を送る。
「ルイズ様! 今まで僕達はあなた様のことを誤解していました!」
「ええ! ルイズ様がこんなにも素晴らしきお方だったなんてっ!」
崇め跪く彼らを見回すと、口を開く。
「別に気にしてはいないわ。わたしのことをわかってもらえたのなら」
それに皆は感動したかのように目を潤ませ叫ぶ。
「ああっ! ルイズ様はなんて寛大なんだっ!」
「卑しき私達を許してくださるなんて!」
そんな人々の中から、1人赤い髪の少女が歩み出る。

「あら、どうしたのキュルケ」
声をかけると、キュルケは頬を染めて目を逸らす。
「あ、あのルイズ……」
オドオドとした口調に、ルイズは優しく微笑みかける。
「どうしたの? 言って見なさい」
「その……」
キュルケは意を決したようにこちらを見た。
「いつも、あなたを馬鹿にしてごめんなさい……本当はあたし、あなたに嫉妬していたの」
まるで告白するかのように言葉がつむがれる。
「あなたの才能に嫉妬して……でもそれを素直に出すのは恥ずかしくて……」
そう言って俯くキュルケに、ルイズはそっと手を伸ばし、頬を撫でた。
「そんなこと気にしなくていいのよ。全部わたしにはわかっていたから」
キュルケの瞳が潤む。
「これからは、友達として仲良くしましょうキュルケ」
「ルイズ……いいえ、ルイズ様……」
感動したかのようなキュルケは胸元へと手を当てるとこちらへ視線を合わせた。
「そ、それじゃあちょっとしたお願いを聞いてもらっていいかしら」
「なに?」
わたしがそう聞くと、キュルケは胸元に当てた手で拳を握った。
「――起きろ」
「へ?」
その意味がわからなかった。
「――早く起きろ」
キュルケは繰り返す。
「え? 一体何を――」
訳もわからず聞き返そうとした時。
「悪いが、実力行使だ」
キュルケが拳を振り上げ――
「――な、何するのっ!?」

ガツンッ!!と非常に痛そうな音と共に、音通りの痛みが脳天を突き抜けわたしは覚醒した。
「――ぃったぁぁ……っ!!」
起きるなり、頭を抱える。
頭の芯から響く痛みが、それ以外の行動をさせなかった。
「ようやく起きたか」
その声に、なんとか視線を上げると、そこには握り拳を作って佇む隻眼白髪の男が居る。
「あ、あんた誰よ!」
涙目になりながらその男を睨みつけた。
男はそれに呆れた風に返す。
「自分で呼んでおいて忘れたのか?」
その言葉で、まだ寝ぼけていた思考が回りだす。
「あ……クキ、よね?」
クキはそうだが、と呆れた風に返した。
昨日、使い魔の儀式で呼び出したのだと思い出す。
それにしても。
「なにをするのよ!」
クキの握り拳を見て怒鳴った。
この頭の痛みといい、現状といい。クキが拳骨を落としたのは間違いない。
それにクキは何事もないかのように言った。
「ああ、中々起きなくてな」
悪びれもしないその言い方にムカッ腹が立つ。
立ち上がると指を突き出し宣言する。
「わたしはあなたのご主人様なのよ!」
その言葉に。
「それがどうした」
あっけなくクキは返事すると。
「もうすでに他のやつらは起き出している。わざわざ起こしてやったんだ、感謝されることはあっても、怒るのは論外だ」
そんなことを言った。
「~~っ!!」

文句を言いたいが、そんなことをしている時間は無いことに気が付く。
「まあいいわ!」
そしてわたしは下着を脱ぎ始め、手を差し出す。
「下着」
それにクキは物珍しそうな顔をする。
「ほう、それは俺に下着を出せというのか?」
「いいえ、クローゼットから出して着せて」
「そうかそうか」
非常に楽しそうにクキは言うと。
ゴチンッ!!と、また脳天に痛みが突き抜けた。
「――つぅぅうっ!!」
再度頭を抱えるわたしに、クキの言葉が落ちてくる。
「俺は餓鬼の教育は体に教え込ませる主義でな。幼児でもあるまいし、それぐらい自分でやれ」
涙目で睨みあげると、クキは握り拳に息を吐きかける。
「どうやら、まだ反抗的らしいな」
それを見たわたしは慌ててずり下がる。
「わ、わかったわよ! 自分で着替えるわよっ!」
そうして渋々とクローゼットから下着と制服を取り出し身につけた。

身支度を済ませると早々に部屋を出る。
もう朝食まであまり猶予がなく、少し急ぎ足だった。
そして食堂へと着いたとき、クキが感嘆したのか息を漏らす。
「ほう、これは……」
それにわたしは胸を張った。
「ふふん、どう?」
長いテーブルに次々とメイドたちが豪華な料理を運び並べていく。
「このトリステイン魔法学院が教えているのは魔法だけじゃないのよ」
「……」
言葉も無いのか沈黙するクキを見て、自尊心が湧き上がる。
「メイジは全員貴族であるから、作法や礼儀。そして精神を育むことをモットーとし『貴族は魔法をもってしてその精神となす』と言う理念を掲げているのよ」
そして指を指揮棒のように振り、クキへと振り返った。
「本来ならあなたのようなのが、この『アルヴィーズの食堂』へ入ることはできないのよ。感謝しなさい」
ルイズはクキがどれほど感動しているのか、確かめようと顔を見上げ。
「随分と無駄の多いことだ。まるで成金趣味だな」
クキは呆れた風に呟いた。
「な、なんですってっ!」
「朝からあんなに油がギトギトに乗った朝食を全部食べられるのか?」
その言葉に、何を言っているのかと思う。
「全部食べられるわけないじゃない。当然残すわ」
クキは何度目かの溜息を吐く。
「それが無駄だと言っている。残すとわかっている料理に疑問を持たないことも異常だ」
言っている意味がわからない。
「だって、わたしは貴族だから」
そうするとクキは変な物を見る目付きでこちらを眺める。
「なによ」
睨み返すと、首を振った。
「いや、なんでもない」
聞きたいことはあったが、いつまでもここいるわけには行かない。
奇異の目がクキとわたしに突き刺さる。
席へ着こうとして、クキの食事を用意してないことに気が付く。
一瞬、スープと乾パンを床に置いて食べさせようかと言う考えが浮かぶ。
ただ、平民の少年などにするのはともかく、クキ相手にそれをしたら非常に不味い気がするので却下した。
そして幾つか考え。
「クキ」
「なんだ」
隣の席に座ろうかどうか悩んでいたクキへと声をかける。
「ごめんなさい、あなたの食事は用意してもらってないの。ここは貴族用だし。厨房へ行って、なにか食べさせてもらって」
少しだけ申し訳なさそうに言うと、クキはことさら気にすることも無く頷いた。
「わかった。そうしておく」

クキは厨房の方へと歩いていく。
そうしてわたしは席に着くと、目の前の料理を見る。
「……無駄……ねぇ……」
脂ぎった料理を眺め、少しクキの言葉が引っかかった。

          ◆

厨房へと入るとそこは戦場だった。
比喩ではない。
俺が体験する血生臭い物とは違うが、飛び交う激、かき鳴らされる調理音。
それはまさに戦場であった。
調理をしていたコック達が不審な目を向ける。
それを気にせずに、奥へと入っていく途中、野太い声が張り上げられた。
「おいっ! 誰だか知らねぇが、無断で厨房へ入ってくるんじゃねぇ!」
そこには、樽のように恰幅のいい中年の男がいた。
身なりから、他のコック達より上質な服で彼がここの長だとわかる。
「いやなに、俺の主人からここで飯を食べさせてもらえと言われてね」
そう言うと、中年の男はジロジロと眺め。
「もしかして……お前さんは噂の平民の使い魔か?」
「まあ、そうなるな」
同意すると、男の顔が緩んだ。
「そうか! あんたがか! 鼻っ柱の高い貴族の使い魔なんて大変だろうなっ」
急に親しくなると、こちらの背中をバンバンとたたき始める。
「そこまででもない。所詮は子供だ」
我侭を言えばコレを落として叱るさ、と握り拳を作ると男はカラカラと笑った。
「いいねぇ! その危害気に入った! 俺の名はマルトー、コック長だ! 食べ物を貰って来いて言われたんだな? 賄いでよければたらふく食わせてやろう!」
マルトーは機嫌良さそうに言い、奥へと案内しようとして。
「マルトーさん! こっちのチェックお願いします!」
声がかかる。
「っち。わかった! すまんが、ちと忙しいんでな。案内と料理は他の奴にまかせるぜ」
「ああ、かまわん」
頷くとマルトーが声を張り上げた。
「シエスター! ちとお客を奥へと案内して、賄を出してやってくれ!」
そう言うとマルトーは他のコックの下へと去って行き、それを入れ替わるように奥から少女が駆けてくる。
「はいはい。お客さ……あれ?」
驚く少女――シエスタと言ったか――に向かい声をかけた。
「また会ったな」
「あ、はいっ!」
慌てて返事をするその姿に軽く笑い、それに釣られたのかシエスタも笑う。
互いに笑い合うと切り出した。
「まだ名乗ってなかったな。俺は九鬼、九鬼耀綱だ」
「あ、シエスタと言います。クキ……さん?」
「それでいい」
確かめるような口調に頷くと、シエスタは奥のテーブルへと招きいれた。
「どうぞ、賄を用意いたしますので」
そう言い、シエスタは微笑を向ける。

用意された賄は非常に美味く、残さず平らげた。
去り際にマルトーは、いつでも来な!と豪快な笑みを浮かべていた。
そして、食堂を出ると壁を背にしてルイズが立っている。
ルイズはクキに気づくと、ムッとした顔になった。
「遅かったわね」
「そりゃ、食べ初めが遅かったからな」
「屁理屈言わないで」
そこまで言うと、ルイズは背を向け歩き出す。
「どこへ行くんだ」
横に並ぶと、ルイズは馬鹿にしたかのように言う。
「授業に決まってるでしょ」
ふむとクキは頷いた。


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