あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

樹氷の王~虚無の魔女~前編


 この地には「樹氷の森」という古の伝説がある。

 もともと寒冷なこの地は四季の変化が乏しかったが、それでも夏になれば柔らかな日差しや、温かな風の恩恵を受けることができる。
 しかし、魔力に満ちた樹氷の森は完全に外界の気候と隔離されているという。
 太陽の光は樹氷の糧となり、雨は森の入り口で雪へと変わる。
 穏やかな風ですらこの森では突き刺すような寒さを伴い、雪を舞い上げる嵐となるのだ。
 永遠に終わらない冬を抱く森。四季の廻りから切り離された箱庭。
 それは、樹氷の森にあるという城に住む、若き樹氷の王が招いた者のみが踏み入ることを許される世界……。

 生命の息吹が全く感じられない、それに加えて常に厳しい冬であるこの森を訪れたいと思うものなど誰もいなかった。
「ある目的」を持つ者を除いて。
 わずかな希望を胸に抱き、いつか樹氷の森へと導かれることを願いながら平原を、山を、森を彷徨う人々は後を絶たない。





 樹氷の森の奥深く、氷の城に住む少年は今日も一人ぼっちだった。
 最後に人と話したのは何時のことだったか。数ヶ月前かもしれないし、数年前だったかもしれない。
 少年は、自分が何時からここにいるか思い出せないくらい長い時を一人城で過ごしてきた。
 時折、少年の起こした白い嵐に導かれて城を訪れる者が現れるが、すぐに去っていった。
 その中にはごく稀に城に住みついた者もいたが、それも刹那の間だけだった。

 城は、水晶のように透き通ったもの、月長石のように乳白色をしたものなどの氷が組み合わさってできている。
 少年は城の周りには吹雪を起こさなかったので、それらは雲の間から僅かに差し込む光をやわらかく城内に通し、様々な角度から反射された光は一層氷を宝石のように輝かせていた。
 広い城の至るところの柱や壁には繊細な細工が施され、どれほど巨大な国の王ですらこのような幻想的で優美な城を持つものはいないであろうという城だった。

 少年は眠っていることが多かった。
 一人で城にいてもやることなどなく、せいぜい城にある花を眺めたり、森を散歩したりするしかなかったからだ。
 夢の中でなら、今は全く感じることのできなくなった温もりを感じられる気がした。
 朧気な記憶の中、優しく微笑む人。夢でもいい。ただ会ってその温もりに触れていたかった。
 この城に住むようになってから、少年の体は一切温もりを感じられないようになっていた。
 森の中は常に冬であり、城は氷でできている。
 熱の一切ない生活は、少年の体だけではなく、心も凍り付かせていた。

 そして、今日も少年はいつもと変わらない日々を過ごしていた。
 氷の玉座に座り、ぼんやりと目の前に並んでいる花を眺める。
 時が経つにつれて遥か昔の記憶は朧気になり、望んでいる夢を見ることも少なくなった。
 このまま夢を見ることすらなくなるのも時間の問題かもしれない。そんなことを考えていた。

 これらの花にしても、一つ一つの花に思い出があるはずだった。
 しかし、長い年月が経ち、記憶の薄れてしまった花を見ても、少年の凍り付いてしまった心は動かされることはなく、ただ時が過ぎていくのみである。

 いつもと変わらない日々、のはずだった。しかし、異変は唐突に起きた。
 少年の前の空間がぐにゃりとゆらぐ。
 そして、次の瞬間そこに淡い光を放つ鏡のようなものが出現したのだ。
 突然のことに、いつもは無表情な少年も驚いたように目を見開く。
 ここは自分が支配する空間であり、こんなことはかつて経験したことがなかった。

 じっと鏡を見つめるが、目の錯覚などではなく、確かに存在しているようである。
 自分の空間に突如現れた異物。危険なものなのかどうなのか分からない。
 ただ、毎日変わらぬ時を過ごしている少年にとってかすかな刺激を与えたのは確かである。
 少年はしばし考えた後、試しに触れてみようと玉座から立ち上がり、手を伸ばした。





 季節は春。太陽は体をほのかに温めてくれるようにのどかに照っている。
 時折吹く風はやや冷たさは残すものの、爽やかで心地よかった。
 そんな中、穏やかな陽気を吹き飛ばすような爆発音がサモン・サーヴァントの儀式が行われている草原に響き渡っていた。

 トリステイン魔法学院では、二年の進級試験も兼ねた使い魔召喚の儀式を行っていた。
 これは、召喚されてきたものによって自身の魔法属性と専門課程を決めるために行われており、使い魔召喚を呼び出せなかった場合は留年を意味していた。
 しかし、失敗するということはほぼありえないというような儀式であり、普段どんなに魔法の出来が悪い生徒でも一発で呼び出せる、もしくはひどくて一、二回の失敗をするといったものだった。

 だが、そんな儀式にも例外が存在する……。
 それが、トリステイン魔法学院において、ある意味有名人であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールである。
 彼女は生まれてこのかた魔法を成功させたことは皆無であるといってよかった。
 どんな呪文を唱えても、全て失敗し、爆発してしまうのだ。
 そのことでルイズは周りに散々馬鹿にされていた。

 ルイズは貴族としてのプライドが人一倍高く、失敗して周りに囃し立てられるたびに相手を睨み返し、いつか後悔させることを胸に誓って練習を一人繰り返していた。
 だが、どんなに練習をしてもそれが結果に繋がることはなく、魔法が成功することはなかった。
 しかし、彼女の貴族たらんとする精神によって座学においては常に上位であり、学院の一部の教師に一目置かれる存在であった。

 そんなルイズがかすかに希望を抱いていたもの、それが使い魔召喚の儀式である。
 もしかしたら、今は魔法が使えないだけで、自分は秘めた力を持っているのではないか。
 誰にも負けないような、強く、美しく、気高い使い魔を召喚し、それがきっかけで魔法が使えるようになるのではないか……そんなことを考えてしまう。

 自分の力は根雪の下で春を待っている種だ。
 いつかは雪も溶け、夏が過ぎれば実りの秋が来る。「努力」を注いで成長した木から「成果」という名の実をもぎ取る日が必ず来るはずだ。
 都合のいいことを考えていることは理解している。世の中そんなに上手くいくはずはないのだ。
 しかし、そう考えることで彼女の心は奮い立ち、一層勉学や魔法の練習に気合が入った。
 また、ルイズはこの日のために何度も儀式の予習やイメージトレーニングを重ね、図書館で召喚の儀式に関する本を読み漁っていた。

 そして、流石に今回ばかりは大丈夫だと自分に言い聞かせて召喚に望んだのだが、すでに失敗は十回を越えている。
 初めは野次を飛ばしていたクラスメートもいい加減飽きたのか、時たま冷たい視線を送りながら談笑をしたり、召喚した使い魔と戯れていたりしていた。

「ミス・ヴァリエール、残念ですが次の授業もありますので……」

 試験監督をしている教師、コルベールが目を伏せ、また明日もう一度儀式をやり直そうという旨を付け加えて召喚を打ち切るように言う。

「お願いします、ミスタ・コルベール! あと一回だけ、あと一回だけでいいのでやらせてください!」

 ルイズは涙目になりながら懇願した。
 コルベールは、ルイズの努力を高く評価している教師の一人である。
 彼女が魔法を使えないことにめげることなく練習をし続ける姿は、まさに貴族というものにふさわしい姿勢であった。
 実技の練習ばかりで座学が疎かになるといったことはなく、むしろ成績は申し分がなかった。
 また、授業を誰よりも熱心に聞き入って知識を吸収し、自分の糧にしようとしている姿には好感が持てるものである。

「それでは、あと一回だけ許可しましょう。いいですね?
 ミス・ヴァリエール、もう一度言いますが、まだ明日もあるのです。
 そんなに硬くならず、力を抜いて召喚を行いなさい。
 大丈夫、あなたならきっと立派な使い魔を召喚することができますよ」

 どんなに頑張っていることを知っていても、ルイズひとりのために皆の行動を妨げることはできない。 これがコルベールのルイズに対する最大の譲歩だった。

「ありがとうございます」

 これが、最後の召喚だ。
 まだやっていたのか、いい加減にして欲しいという囁き声や、蔑みや哀れみの視線、嘲笑を背に受けながらルイズはゆっくりと深呼吸をした。

 気持ちを落ち着かせろ。大丈夫、上手くいく。
 ルイズの集中力はこれまでにないほど高まっていた。

「宇宙の果ての何処かに居る私の僕よ……
 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め訴えるわ!
 私の導きに答えなさい!」

 呪文を唱え、杖を振った瞬間、ルイズは今までにない手ごたえを感じていた。
 が、またしても起こったのは爆発だった。

「いいかげんにしろよ、ゼロのルイズ!!」
「今日だけで何回この爆音を聞いたと思ってるんだ!」
「また失敗かよ!」

 一際大きな爆発で起きた強風に煽られる中、かすかに聞こえる罵声。
 生徒たちは爆発の被害を恐れて離れたところにいるため好き勝手に言っていられるが、強風に体を支えるので精一杯のルイズは言い返すどころではなかった。

 ああ、これが最後のチャンスだったのに……悔しさに涙がにじむ。
 今日使い魔を召喚できなかったことは今日中に学院に広まるだろう。
 噂では、儀式の成功についての賭けまで行われているらしい。
 頭にくる噂だったが、誰にも負けない使い魔を召喚して見返してやろうと思っていた。

 しかし、召喚は失敗したのだ。
 明日自分一人だけまた召喚の儀式を行うという現実がルイズの心に重くのしかかる。
 もし、明日上手くいかなかったら……最悪の事態が頭をよぎる。
 留年によって家の名を汚すことになるどころか、そのまま退学になり家に戻されてしまうかもない。
 なにせ、自分は魔法を成功させたことがないのだ。
 誰もができるサモン・サーヴァントすらできない自分に、はたして学院にいる資格があるだろうか。
――答えは否、だろう。
 そんなことを考えていたルイズだが、ふとおかしなことに気がつく。
 爆発によって起きた風が未だに止まないのだ。
 それに加えて、風の温度がどんどん冷たくなっていく。
 伏せていた顔を上げてみると、ようやく爆発によって起こった土埃が晴れ、杖を振った方向に鏡のような召喚のゲートがあるのが見えた。

「成功したの!?」

 顔に満面の笑みを浮かべ、思わずルイズは叫ぶ。しかし、おかしなことはまだ続いている。
 風はどうやらゲートから吹き込んでくるようだった。
 それはますます冷気を纏い、ゲートを中心として放射線状になぎ払われていた草が徐々に霜が降りていくように白くなっていく。

「な、何よこれ!? こんな風が今の時期吹くなんて……。
それに、草も凍っちゃってるわ。まるで」

 冬になっちゃったみたい。と言葉を続けようとしたまさにその時だった。

「ミス・ヴァリエール!!」
「きゃああああっ!!」

 コルベールは思わず叫んだ。それにルイズの悲鳴が重なる。

 バキバキと音をたてながら、突如分厚い氷柱が何本も地表から生えてきたのだ。
 柱は両手をいっぱいに広げても届きそうにないくらい太く、まるで鉱物の原石のように荒々しい。
 それらは急速に高さを増していき、召喚のゲートを中心として壁のように周りを取り囲んだ。
 更には、高くなるにつれて徐々に内側へと湾曲していく。
 つまり、氷がドーム状になったことで、その内側にいたルイズはそこに完全に閉じ込められてしまったのだ。
 氷はかなり分厚く、到底中の様子を見ることができそうになかった。

 生徒ほどではなかったとはいえ、コルベールも爆発の被害を想定してルイズからやや離れて監督していたことは事実である。
 だが、今更そんなことを後悔しても何の役にも立たない。
 コルベールは己の迂闊さに歯噛みしつつ、この状況を把握しようと頭を回転させる。

「な、なんだこの氷!?」
「ゼロのルイズが召喚したやつの仕業か?でもこんな凄いことができる幻獣なんて……」
「ま、まさか、先住魔法を使う亜人を召喚したとか!?」
「エルフ……だったりして……」

 あまりのことに呆然としていた生徒たちも時が経つにつれて我に返り、徐々に騒がしくなってきた。
 人間にとって害をなす亜人や、忌むべきものの代名詞とも言えるエルフを呼び出したのではないかという憶測から混乱が広がりつつある。
 だとすれば、それと一緒に閉じ込められてしまったルイズはどうなってしまうのか……
 そのことを考えて青ざめるものもいれば、あまりの恐怖に泣き出す生徒もいた。
 スクウェアクラスでさえ勝てるかどうか分からない亜人を相手に、ドットにも満たないルイズが立ち向かい、生存できる確率などそれこそ「ゼロ」である。

――まずは生徒達を安全な場所へと避難させることが先決だ。
 下手に此処に留まらせていては何かが起きた時に対処しきれないし、
 ますます混乱が大きくなってしまう。
 コルベールはそう考え、生徒達に向き直った。

「君達は学院へ戻りなさい! 
 そして至急このことを学院長に話し、応援を要請するように!!」

 いらぬ騒ぎを起こさぬように学院の他の生徒に広めることを禁止することを付け加えると、それを聞いた生徒たちは氷のドームを気にしながらもフライの魔法を使って一人二人と飛び去っていく。

 そして、広い草原にはコルベールの他に二人が残ることになった。
 一人はルイズとは家同士の因縁もあって仲が悪いとされている、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
 そしてもう一人がキュルケの親友という位置にいるタバサだった。

「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、貴方達も早く……」
「いえ、私は此処に残りますわ」

 コルベールに対してきっぱりと言い放ったキュルケに同意するようにタバサも頷く。

「二人とも、これはもはや授業の一環ではありません。ミス・ヴァリエールの命にかかわる重大な事態に なっているのですよ」

 コルベールはいつも微笑を浮かべ、物腰が柔らかな教師である。
 破壊が本分である火の魔法を生活に利用しようと日々実験を繰り返す変わり者であったために、生徒の中にはそれを馬鹿にしている者もいた。

 しかし、今の彼は普段の彼と全く違っていた。
 これまでに聞いたこともないような声色と険しい表情でコルベールは二人を見据える。
 あまりの気迫に押されそうになりながらも、キュルケとタバサもしっかりとコルベールを見つめて口を開いた。

「承知していますわ。でも、私も炎の使い手。
これほどの氷を一人で溶かすのはかなりの時間がかかるのでは?」
「……それに、召喚の時に吹いていた奇妙な冷風。あの風が中に発生していないとは限らない」

 二人の言い分を聞いてコルベールはしばし考え込む。
 確かに、キュルケはゲルマニアの優秀な軍人の家系であり火のトライアングルだ。
 実戦を経験したことはないかもしれないが、温室育ちのメイジとは違ってそれなりの教育を受けてきただろう。
 タバサは風のトライアングルであり、いつも無表情で本を読んでいる彼女に底知れぬ意思と力があることをコルベールは薄々感じ取っていた。

 そんな二人に勝てる生徒はこの学院にいないといってもいい。
 むしろ、一人では対応しきれないこの状況にとって助けになるだろう。
 しかし、生徒を果たして危険極まりないこと巻き込んでしまってもいいものか……

「ミスタ・コルベール!
 今こうやって話している間にもルイズ……ミス・ヴァリエールは危険にさらされているのです!!」

 キュルケの目はまるで炎が宿っているかのように揺らめいていた。
 そこには宿敵に向けるものではない、心から友を心配している光が灯っていた。
 彼女はルイズの努力する姿勢に好感を持っていたし、表面上は馬鹿にしながらも何時かは肩を並べる存在に成長すると思っていた。
 対等な関係になった暁には、あの意地っ張りで素直じゃない娘の本心に触れられる機会もあるかもしれないと楽しみにしていたのだ。

 そして、タバサもまたルイズを助ける手助けをしたいと思っていた。
 自分の親友の手伝いをしたいという理由もあったが、キュルケがルイズの凍ってしまっている心を溶かしていく様子を見守りたいというものもあった。
 キュルケのやわらかな焔によって自分も救われたのだから。

 その言葉と瞳に、コルベールは決断する。

「二人とも、これだけは守ってください。危険だと思ったら、すぐ非難すること。
 決して無理なことはしないこと。
 ミス・ヴァリエールも、貴女達も、私にとってかけがえのない生徒な のですからね」





 ルイズは閉じていた目をゆっくりと開けた。
 どうやら自分は氷柱の生えてきたショックで気絶してしまったらしい。
 横たえていた体を上半身だけ起こして、体に怪我がないか確認する。
 もし、あの時氷柱が自分の真下から生えてきていたら……
 傷つきながら体が宙に舞い上がって地面に叩きつけられるか、あるいは鋭い氷柱の先端に突き刺さってそのまま持ち上げられていたかもしれない。
 想像するだけで体が震えた。

 どうやら怪我はないようだ。ほっと息をつきながら立ち上がり、辺りを見回す。
 そして自分の置かれている状況に呆然とした。
 氷の壁が周り一帯を取り囲んでおり、天井は吹き抜けることなく氷で蓋をされているのが見て取れた。 土や岩なら暗闇に閉ざされていたかもしれないが、幸いに氷で作られていた上に、今日は快晴であったため十分に日の光を通し、中は明るかった。

 しかし、氷によって全体を囲まれているため寒くてたまらなかった。
 地面に生えていた青々とした草はすべて凍りつき、吐く息も真っ白だ。
 こんな薄着でこのまま此処にいたら、凍死してしまうかもしれない。

 だが、氷の檻に捕らわれたことよりももっと恐ろしい事実が目の前にあった。
 この氷柱を生やし、自分を閉じ込めた張本人と思われる人物が、丁度召喚のゲートが開いていた場所に立っていたのだ。

「あなた、誰……?」

 震える声で問いかける。こちらを向いていないから良く分からないが、見た感じは人間だ。
 ひょっとしたら、どこかのメイジを呼び出してしまったのかもしれないという考えが頭をよぎる。
 しかし、いくらいきなり呼び出されたからといって、問答無用でこのように杖を振るうだろうか。
 それに、人間がサモン・サーヴァントで呼び出された事例など過去に存在しない。
 油断はできないのだ。
 同じく事例はないとはいえ、人間の姿に近いもの―吸血鬼、あるいはエルフが呼び出された可能性は捨てきれない。

 ぼんやりと辺りの氷の壁を見ていたその人が、声に反応してルイズの方に向き直る。
 ルイズといくらも変わらないような少年だった。
 病的に白い肌。雪が太陽を反射する時の光をそのまま閉じ込めたような淡い銀色の髪。
 海を閉じ込めたような碧い瞳はぞっとするほど深い色をしている。
 顔立ちは非常に整っているが、まるで人形のように無機質な印象を与えた。

 少年は襟ぐりが深く大きく、肩をむき出しにして、ロンググローブのように二の腕から下を覆った長い袖のついた奇妙な黒いローブを纏っている。
 明けることのない夜を閉じ込めたような漆黒はますます少年の肌の白さと冷たさを引き立てていた。

「あ、あなたは誰かって聞いてるのよ!!」

 少年の姿に思わず見とれ、心を奪われてしまっていたルイズだが、持ち前の気の強さから我を取り戻し再び少年に問うた。
 少年は底なしの海を思わせるかのように透き通った碧い瞳でルイズをじっと見つめている。
 ルイズもまた、その瞳に吸い込まれそうになる感覚に耐えながらもじっと少年を睨み返していた。
 しかし、ふと目を向けた先に想定していた中で最悪の事実を裏付けるものを発見してしまう。

「みみ、耳が尖ってるってことは、ああああ、あなた……えええっ、エルフなの!?」

 思わず声が上擦り、どもりながらもなんとかルイズは言葉を発することができた。
 少年の耳の先はかすかに尖っていた。
 そしてそれはこの世界において人間の最悪の敵とであるエルフの証でもあった。
 エルフ一人に熟練したメイジが束になってもかなわないといわれているほどの存在である。
 彼らは先住魔法を使い、いとも簡単に人間たちをねじ伏せてしまうとされている。

「……エルフ? まぁ、似たようなものかもしれないね」

 そこで初めて少年が言葉を発した。
 それは、穢れを知らぬ少年の囁きのように甘く、魅力的な響きを持つ透き通った声だった。

「違うの……?」
「呼び名なんて、周りが勝手に決めることだろう?
 僕も外じゃあ色々な名で呼ばれているみたいだしね。『樹氷の王』、『凍てついた魔女の子』、ああ、 『永遠の少年』なんてものもあったっけ……」

 けだるげに答える少年にルイズは少々拍子抜けする。
 想像していたエルフとは全く違い、自分が人間であると知っても襲い掛かってくるどころか話にも応じてくれている。

「で、君はいったい何なんだい?
 それに、ここは僕がいた樹氷の森とは違うみたいだけれど?」

 そのことに、少年は顔には出していないが驚いていた。
 自分が樹氷の森にいたのは一種の呪縛に捕らわれていたからであり、
 森の外へと出られるとは思いもしなかったからだ。
 瞬時に「魔女の契約」によって回りに氷の結界が張り巡らされたものの、明らかに自分が把握していた
 空間とは違うことが分かった。

「ここは、トリステイン王国にある、トリステイン魔法学院よ。
 私はそこに在籍している、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール。
 あなたはその……、ええと……私の、サモン・サーヴァントで、よよよ、呼び出して、しまった……  の……」

 さすがにこれには怒り出すだろう。下手をすると暴れだして殺されてしまうかもしれない。
 だが誤魔化すような良い案も思い浮かばない。
 徐々に消え入りそうな声になりながらもルイズは正直に答えてしまった。
 今までのやりとりを考えての、一種の賭けだった。

「ででで、でもっ、私は何も貴方を無理矢理使い魔にする気はないし……
 っていうかこれは前代未聞の事 態であって!!
 そう、こんなことは普通起こりえないのに起こっちゃったっていうか!!!」

 物凄い勢いで捲くし立てるルイズを尻目に、少年はじっと考え込んでいる。

「ちょっといい?」
「ひゃいっ!?」

 いきなり声をかけてきた少年に驚き、ルイズはつい奇声あげてしまう。
 それに構うことなく少年は話を続ける。

「ガクインが何かは分かんないけど……ここでは、魔法が使われてるってこと?
 じゃあ、魔女狩りはもう行われていないのかい?」
「ま、魔女狩り!?」

 ルイズは真っ青になる。
 つまり、このエルフ(?)が住んでいたところではエルフ達がメイジを狩っていたのだ。
 そして、魔法が使われているのに驚いていたということは……
 メイジが根絶やしにされたのだ。エルフ達の手によって。
 やはりエルフはエルフ。恐ろしく凶悪で、忌み嫌われるのに値するものなのだ。思わず涙目になる。
 寒さとは別に、体がガチガチと震えていくのが分かった。

「あ、貴方、私のことも狩る気なの?」
「まさか。魔女を狩るのは人間だろう。常に災いを擦り付けられるものを探し、弱者を生贄に平穏を得る イキモノ。
 それにしても、こんな風に魔女と堂々と言える日が来るなんてね……」

 ルイズはつい口に出してしまった言葉に返ってきたものの内容に驚く。
 自嘲めいた少年の笑みと口調には嘘は見られない。
 これではまるで、メイジが人間の敵とされているようではないか。
 それに加えて、メイジ――貴族でありながら平民に追われているような印象を受ける。
 貴族が平民を虐げているという話は不本意ながらも耳にすることはあるが、逆のことが起きるなど考えられない。

 少年についての疑問も尽きない。彼は本当に敵対すべきエルフなのか?
 そして、樹氷の森とは何なのか?
 彼の呼び名も気になるものばかりだ。
 「王」であり、「魔女の子」、そして「『永遠』の少年」。
 この呼び名の通りならば、彼はメイジの子であり王だ。
 樹氷の森に君臨する王など聞いたことはないが、遥か遠くにある未知の領域である東方の国の王ならまだ納得できる。

 だが、少年はメイジの子でありながら耳はエルフのように尖っている。
 そして、気になるのが最後の呼び名。永遠の少年?
 それはつまり、年を取らずに少年のまま生きているということなのだろうか。



 少年もまた、魔女狩りとルイズの発言について考えていた。
 森の外の様子はたまに訪れた人間から聞くことはあったが、魔女狩りはまだ続いているようであったし、いくら情報の入ってこなかった数年の間にそれがなくなってしまったとしても、こうまで堂々と魔女であることを宣言できるとは思えなかった。
 トリステインという王国も、聞いたことがない。
 それに、自分の周りを取り囲む魔女の呪縛……
 樹氷の森ならまだしも、外の世界にこのように急激に氷の結界を張れるような魔力の濃い場所があるだろうか?
 しかも、それはこの場所だけではなく、そう、まるで地平線を飛び越えて違う世界に来てしまったかのように魔力かそこら中に存在しているのだ。

「君が僕を魔法で呼び出したって言ってたね。
 もしかしたら、僕は全く別の地平線に来てしまったのかもしれない……」
「別の、地平線?
 私も話を聞いて、分からなくなってきたわ……
 貴族が弱者で平民に生贄にされるなんて聞いたことがないもの。
 お願い。魔女狩りについての話、いえ、貴方についてのもっと詳しい話を聞かせて頂戴」

「……いいよ。つまらない昔話でも宜しければ、ね」

新着情報

取得中です。