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魔導書が使い魔-07a


その者は追う――追うたびに血が吹き上がる。
その者は斬る――斬るたびに肉が飛び散る。
その者は燃やす――燃やすたびに灰が風に乗る。
その者は戦う――戦うたびに傷が増える。
その者は憎む――憎むたびに己が削れていった。
その者は復讐者(アヴェンジャー)である。

始まりは奇妙な本との出合い。
その時間には死んでいるはずの愛すべき者と過ごした熱い夜。
それが――彼が深遠へと足を踏み出す切欠だった。

ただひたすらに追って、追い詰め、斬って、燃やして、戦って、憎んで憎んで
憎んで――憎悪と闘争の日々を過ごす。
彼は憎む――愛すべき者を殺した男を。
彼は憎む――愛すべき者を模った老人を。
彼は憎む――愛すべき者を汚した魔術師を。
激怒で憤怒で憎悪で怨嗟で烈火で業火で焼き尽くすためだけに。
才無き身を酷使し、脆弱な精神を削り、気高き魂を火にくべながら。
ひたすらに追い続け戦い続け憎み続けていた。

その手に持つはか細いステッキと一冊の本。
本がばらけた。
『……アズラット』
それは宙を舞うと、纏わり付くかのように彼の周囲を回る。
彼はそれを見ない。
手が印を組む。
「ヴーアの無敵の印において――」
つむぐ言葉は力に満ち――否、溢れて堕ちる。
『……アズラットっ』
「力を与えよ――」
第二指と第五指を上げ、印を結ぶ。
「力を――」
手に持つステッキが炎に包まれ、その身を燃やし始める。
だが彼は炎すら異に解さず、鍛造された魔刃を握り締め。
「――力を、与えよ!」
業火が全てを燃やし尽くし――

『――アズラットッッ!!』

妾は叫び続けた。

……“妾”?
それは誰? 妾は/我は/妾は/我は/妾は/……『わたし』は――



「これは由々しきことだ」
翌朝、関係者一同が揃った中。一通りの事情を聞き終えたオールド・オスマン
は言った。
その言葉で薄く靄がかかったルイズの思考が回復する。
「ちょっとルイズどうしたのよ」
ひそひそとキュルケが話しかけた。
「なんでもないわ、ちょっと夢見が悪かっただけよ」
そっぽを向くとルイズは改めてオスマンへと視線を向けた。
事件の目撃者と言うことでこの場に同席を許されたルイズ、キュルケ、タバサ、
そしてアルの4人。
それぞれがいつも通りの格好の中、ルイズはデルフを背中に佩いている。
その4人に奇異の視線が向けられるが4人とも無視……はおろかアルにいたって
は欠伸すらかましていた。
オスマンは集まった教師たちを見て重々しく口を開く。
「この魔法学院を開いて100余年。国から、いや大陸から一心の信頼を保って
きたこの学院にとって、今回のことはただ賊が入ったことではすまない」
それはそうだろう、なにせここは魔法学院。メイジの巣窟。王宮の宝物庫と引
きを取らないと言われるこの学院の宝物庫が、大胆かつ容易く破られたのだ。
ことによっては学院の存在意義にすら波紋を広げるだろう。
一同が息を呑んだ中、教師の1人が声を張り上げる。
「昨日の当直は誰だ!」
その言葉にそっとコルベールが前に出る。
声を張り上げた教師――ギトーはコルベールに詰め寄ると騒ぎ始めた。
「ミスタ・コルベール。あなたはいつも当直時間まで自分の研究室へ篭ってい
るという。昨日は虚無の日。他の教師が出かけている中、たとえ当直時間外だ
としても、周囲に気を配らねばならないのではないかね?」
あまりといえばあまりな言い分だが、コルベールは素直に頷く。
「返す言葉もございません。この事件のことも私の責任の一端でしょう」
「そ、そうです! この責任は全て――」
一瞬怯みそうになったギトーはそれを恥じるように更に口を開こうとして。
「――止めぬか」
オスマンが止めた。
「ですがっ」
「今はつまらぬ責任追及をしている時間か?」
ギロリと睨むと、ギトーは黙る。
いつとは違う、凍りつくような気配。そこにいるのは飄々と他人をからかう色
ボケ老人ではなく、生きた伝説として名を馳せる大陸有数の魔法使いの姿だっ
た。
押し黙る皆を見渡すとオスマンはとある紙を掲げた。
「これは宝物庫に張ってあったものだ」
その紙には端麗な文字で『破壊の杖と異端の書、確かに徴収いたしました。土
くれのフーケ』と書いてある。
「土くれのフーケだと!」
「あの巷の……っ」
「巨大なゴーレムを操るという……」
その言葉にざわめきが広がる。
「止めんか」
騒ぎ出す教師達をオスマンが再び止めると、厳かに言う。
「賊に宝物庫を襲われたとあっては学院始まって以来の最大の恥。これより捜
索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ」
その言葉に一様は。
「…………」
誰も動かなかった。
誰もが他人の顔を見ては視線を逸らし、できるだけ目立たないようにそわそわ
と周囲を窺うだけである。
それはそうだろう。宝物庫のあった塔はその重要度の高さゆえ、並のメイジで
は太刀打ちできないほどの防衛性を持っていた。
それを呆気なく打ち破ったフーケはおそらくスクエア級。仮にトライアングル
だとしても、スクエアに近いトライアングルであることは想像に難くない。
そんな相手と正面きって戦いたい者などいるはずもない。
「情けない……それでもお主らはメイジなのか……」
それを見て嘆きか呆れかオスマンは手で顔を覆う。
「あ、あの……」
おずおずと豊満な中年女性――シュヴルーズが前に出た。
それにオスマンが少し声を和らげる。
「おお、ミセス・シュヴルーズ。お主が出てくれるのか?」
その言葉にシュヴルーズは大きく首を振った。
「い、いえ!」
「……ではなにかね?」
怪訝になるオスマンにシュヴルーズが弱弱しく切り出した。
「その……これは王宮に連絡を取り、追撃の者達を派遣されては……」
「そ、そうだ! そうすればいいんだ!」
「なに王宮もこんな事態ならば早々に動いてくれる!」
浮かれ気味に――己が出なくてもいい、という状況を想像し話し出す教師達に。
「そうかそうか」
オスマンはその手の杖を握り締め。
「お主らが行かぬとあれば、ワシが行くまでじゃ」
そのまま出て行こうとするのを教員全員が止めに入る。
「ま、待ってくださいオールド・オスマン!!」
「なにをする。離さんか!」
教師達を振り払い向き直るオスマンをギトーは必死に説得しようとする。
「もしもオールド・オスマンを行かせたのならば、我々の立つ瀬がありません!」
その言葉にオスマンは顔を赤くし。
「馬鹿者どもが! 相手の名を聞いて萎縮し震えて杖を抱えるような者たちに、
そもそも立てる面目などなかろう!」
あまりの剣幕に、止めに入っていた教師達が1歩下がった時。
「失礼します」
部屋の扉が開き、1人の女性が入ってくる。
「おお、ミス・ロングビルではないか。今までどうしておったのだ?」
オスマンの問い掛けにロングビルは手にした書類を抱え直しながら答える。
「フーケが壊した塔の修繕費用の試算と、他に盗まれた物がないかリストの作
成を。あと、フーケの手がかりを探しておりました」
「ほほう、それで。なにか掴めたかの?」
少し篭った期待にも、ロングビルは首を横に振る。
「いいえ、さすがにたいしたものは……」
「そうか……」
落胆の声。それに乗っかるようにシュヴルーズが呟き。
「や、やはり……そもそも今フーケがどこにいるのかもわかりませんし……王
宮に」
そんな言い訳じみた言葉に
「はん、そんなこともわからないのか。この世界の魔法使いとやらは」
どこからかそんな声が返ってくる。
一斉に視界が集まる。そこには、いかにも見下すような目で教師達を見るアル
がいた。
「ちょっと! アル!」
咄嗟にルイズが注意するが、それをギトーが睨みつける。
「君……どこの平民かは知らないが、これはメイジしかわからな――」
「戯言は聞き飽きた。少々黙れ下郎」
「な、かっ!」
言葉を失うギトー。彼はすぐさま憤怒に顔を赤くすると口を開こうとして。
「――ほう。お前さんにはフーケの居場所がわかるというのか?」
オスマンが先を制した。
「直接ではないがな」
オスマンに向かっても不遜な態度を崩さないアルにハラハラとしていたルイズ
は、次の言葉で拍子抜けする。
「ふむ、ではお前さんにフーケ捜索を頼もうかの」
「待て」
それに不機嫌そうにアルが待ったをかける。
「なんじゃ?」
「確かに妾は居場所を探る術があるとは言ったが、汝らに協力するいわれはな
いぞ」
オスマンは目をまん丸にすると。
「何を言うか。力は天の采配。あるからには使わねばただの宝の持ち腐れ。そ
れとも、そんな力など本当は無く、ただ言ってみただけかの?」
ほっほっほと笑われて、アルの額に青筋が立つ。
「なんだと! 妾にかかればフーケだかブーケだかなんぞ1000人単位で見つけ
てくれるわ!」
「いやいや、無理はせんでいいんじゃ。無理なら」
どうどうと手で押さえるオスマンにアルは更に加速する。
「くどい! 妾ができると言ったらできるのだ!」
「ふむ、なら頼もうかの」
「ふん、すぐに見つけて――ん? なにか乗せられた気がするのだが?」
そして頷いてから、アルは不思議そうに首を傾げた。
「気のせいじゃ」
あっさりとオスマンは話を逸らすと声を張り上げる。
「これでフーケの居場所を探る手段はできた。それで再び問おう」
その場全員に緊張が走る。
「フーケの捜索隊へ、我こそはと思う者は、杖を掲げよ」
オスマンは皆を見渡し、声をかけた。
「のう、ミス・ヴァリエール」
「なんでしょうか」
「なぜお主が杖を上げておる」
「――っ」
揃いに揃ったメイジたちの中、ルイズだけが手に持つ剣を掲げていた。
その剣を即座に杖と判断したオスマンは、優しく話しかける。
「ミス・ヴァリエール。お主は学院の大切な生徒の1人じゃ。じゃからお主は
――」
「誰も杖を上げないじゃないですか!」
行くのを取りやめようとするオスマンをルイズは遮った。
そして真剣な目でオスマンを見定める。
「それに、アルはわたしの使い魔です! メイジと使い魔は一心同体。アルが
行くというのに主人であるわたしが行かないわけにはいきません!」
ふうむ、とオスマンは呻いた。
相手は公爵家の娘。この間の決闘騒ぎでさえ肝を冷やしたというのに、これ以
上危険に晒すのは心臓に良くない。だが、彼女の使い魔を使うからには、メイ
ジとして彼女の気持ちもわかる。
「じゃがのう……」
オスマンが言いよどんでいると。
「しかたないわねぇ……」
今まで黙っていたキュルケが杖を上げた。
「ミス・ツェルプストー、お主まで……」
呻きを前にして、キュルケは胸を張る。
「我が家の宿敵ラ・ヴァリエールが杖を上げているのに、このツェルプストー
が杖を上げないはずはありませんわ」
そしてその横からすっとまた1本杖が上げられる。
「あら、タバサ。あなたは付き合わなくてもいいのよ?」
「……親友」
言葉少なな友人の言葉にキュルケは顔を綻ばせた。
「なによ、あんたはこなくていいのよ」
ぶつぶつとルイズが呟くが、キュルケはあえて流した。
「ふむ、2人が付くなら安心じゃろうて。2人はトライアングル、しかもミス・
タバサは若くしてシュヴァリエの騎士でもある」
一瞬周囲がざわめいた。
「では、他にはおらぬか?」
オスマンが教師達を見渡すが杖を掲げる者は誰もいなかった。
「それではこの者たちに、フーケ捜索の任をまかせる」
そうして、この場は決まった。



ガタゴトと揺れる車輪に合わせ、田園風景が揺れる。
馬車に揺られるはルイズ、アル、キュルケ、タバサそしてロングビルである。
「すいません、ミス・ロングビル」
ルイズが口を開き、御者を務めているロングビルへと申し訳なさそうに言った。
「いえ、いいのよ。あなた達は馬車を上手く操れないでしょうし」
先ほど捜索隊は決まったが、肝心の移動手段でいきなり蹴躓いた。
相手は盗賊。どこに行くかはわからず、早くしないと遠くに行ってしまう。だ
からと言って『フライ』などを使っては精神力の消耗が激しく、徒歩では追い
つけず、そもそもルイズは魔法が使えない。
そしてタバサの風竜は目立ちすぎるため却下。
1人ずつ馬に跨るのも手であったが、間の悪いことに昨日の虚無の曜日に真夜
中まで馬を乗り回していた輩(バラを咥えた馬鹿)がいたらしく、人数分が確
保できなかった。
そして残ったのが馬車馬だが、馬車を扱う技術は普通の乗馬とは違う。
誰も御者など勤めたことが無く、経験がなかったのだ。
困り果てる4人に助けを出したのがロングビルであった。
慣れた手付きで手綱を操りながらロングビルはルイズに微笑む。
「それに、私も心配でしたから」
「ありがとうございます」
ルイズが微笑み返すと頭にポヨンとか、ムニュウとかとても柔らかそうな感触
と重みが広がった。
「それにしてもミス・ロングビル。随分と手馴れていますわね」
キュルケだった。
その自慢のバストをルイズの頭に預け、覗き込むように御者席へと顔を出す。
「普通、貴族は馬車を操りませんわよ」
男なら10人いれば10人が喜ぶであろうその状況。だが、ああ……貧しきむ……
心を持つルイズが喜ぶはずもない。
「キュルケその無駄に重い物をどけなさいよ!」
鬱陶しそうに頭を振るが、魅惑の果実は退けず。キュルケは当然無視……どこ
ろか自慢するかの如く逆に押し付けながらロングビルへと視線を向ける。
ロングビルは、馬の方向を修正し口元に苦笑を浮かべた。
「私はもう、貴族の名を捨ているもので。生きるために色々やりました」
「へえ……それはどんな経緯で?」
その言葉にキュルケが食いついた。
「…………」
好奇の目を向けるキュルケにロングビルが寂しげな微笑を浮かべるだけ。そこ
をルイズが嗜める。
「キュルケ。変な詮索は止めなさいよ」
「なによ、いいじゃない。ねえ、ミス・ロングビル」
その言葉にも意に反さずに更に詰め寄ろうとするキュルケ。
「キュルケっ!」
「あなたはさっきから五月蝿いわね」
「人ととして聞いて良いことと悪いことが――」
口論が始まろうとしていた所を。
「――汝ら少しは黙らんか!」
御者台の上。ロングビルの横から怒鳴り声が上がった。
2人はギョッとしてそちらを見て。馬車の端で読書をしていたタバサは一度そ
ちらを見た後、また読書に戻る。
「よくもまあ、ぴーちくぱーちくと。これでは集中できん!」
怒鳴り散らすアルの手には、先に錘をつけた鎖が垂れ下がっていた。
なんの力か、ただ吊るしてあるのにクルクルと回っている。
「ねえアル……」
「なんだ」
偉く鬱陶しそうにアルが振り返った。
ルイズはそれも気にせず、疑いバリバリの目でアルを見る。
「本当にそれで、フーケの場所がわかるの?」
それにアルは鼻を鳴らし、見下すような目で返した。
「万事抜かりない」
そもそもがこのアルの発言がフーケ捜索の引き金となったのだが。

初めにアルがしたことは壁を壊された宝物庫に入り、なにかしらの“臭いを嗅
ぐこと”であった。
『くんくん……かなり“臭い”な。これを追えばよかろう』
そう言うとアルは懐から錘付きの鎖を取り出し、行く先を指定したという流れ
なのだが。

「それってどういう原理よ?」
疑わしき目を崩さないルイズ。
「ふむ、これはダウジングと言ってな。初歩だが物を探す魔術だ」
「物? 人じゃなくて?」
ひらひらと手を振った。
「人も探せるが、あの宝物庫には“かなり濃い臭い”が充満していてな」
「臭い?」
それにアルが頷く。
「ああ。それも飛び切り一級品のな。だが臭いはすれども、姿は見えず。恐ら
く盗られたのは臭いの元であろう。あの狸爺が慌てていたのも納得だ」
少し乗せられたことを根に持っているらしい。
「それで、その盗まれた『破壊の杖』と『異端の書』を探すわけ?」
「その通り、ようは盗品を取り戻せばいいのだ。汝にしては冴えているではな
いか」
「一言余計よ!」
それにルイズが返したとき。
「む」
アルの声が変わった。
「どうしたんですか?」
ロングビルが聞くと、アルは手元の錘の動きを見る。
「近い……」
錘は大きく揺れ、アルが慎重に方向を探るように翳すと
「そこの中だ」
森を指差した。
「本当に? まだ馬車で1時間ほどしか走っていませんよ?」
怪訝なロングビルだが、アルの自信は揺らがない。
「ふん、汝はわからんかもしれんが。これほどの反応。間違えるわけがない」
錘は森へと引っ張られるように伸びていた。
「…………」

馬車を降りた5人は一先ず森へと入ると、程なくして森の奥で小屋を見つけた。
「そこだ」
小屋はいかにも、長年放置されていたようで見事なまでにボロボロであった。
そして中にフーケがいる可能性を考慮して、誰が先陣を切るかという話になっ
たのだが。
「即座に行動できる、素早い人物」
「そうね、できるだけすばしっこいのいいわね」
「ええ、なにかあってもすぐに離脱できますからね」
「うむ、そのような者がいたならばなぁ?」
4人の視線が1人に集まった。
「ちょ、ちょっとっ! なんでわたしを見るのよ!?」
1歩後ずさるルイズ。
「だって……ねえ?」
「適材適所」
その言葉に皆頷き。
「ということだ、諦めな貴族の娘っ子」
カチャカチャと、からかうような声で背中のデルフも同意した。
「わ、わかったわよ!」
そういうとルイズが先頭に立ち、その後ろにアル、キュルケ、タバサが立つ。
「それじゃあ、あたしとタバサが続くわよ。ミス・ロングビル、あなたは外を
警戒してくれませんか?」
「ええ」
ロングビルが頷き、4人は小屋へと近づいていく。
ルイズは扉の前に来る。デルフへと手を回し握るとルーンが光を放つ。
後ろを振り向くとキュルケとタバサは杖を手に持ち、アルはペロリと舌なめず
りをした。
顔を見合わせ頷き合い。
「――せーのっ!!」
一気に踏み込んだ。
「――」
だが。
そこに広がっていたの、外見に相応しい場所であった。
蜘蛛の巣の張った椅子。埃の積もった食卓。だが詰まれた薪は妙に新しく、床
には埃の上に足跡が残っている。
そしてその部屋の隅には奇妙な――
「貴族の娘っ子。人の気配はねえよ」
デルフが囁く。
「あんた、そんなのわかるの?」
「ああ、すっかり忘れたぜ」
うっかりうっかりと言うデルフにルイズは溜息を吐いた。
「……もっと早く言いなさいよ」
ルイズは力を抜いて手を放すと、ルーンの輝きは失せる。
「誰もいないわ。それと『破壊の杖』と『異端の書』らしき物があるわ」
そして外へと声をかけた。
「どうやら、罠もなさそうね」
どやどやとキュルケに続いてアルとタバサが入ってくる。
「どれがそうなの?」
部屋を見回す3人に、ルイズが片隅のそれを指した。
そしてそれを見たキュルケは驚きの声を上げ。
「これが……盗まれた宝?」
タバサは目を目開き。
「――」
アルは――
「な――なぜこんな物がここにあるっ!?」
驚きと憤慨と苦渋とが混ざった声で叫んだ。
「ア、アル?」
その様子が気になり、ルイズが声をかけるがアルはぶつくさと呟くばかり。
「こんな物が……いや、なにかの間違いでは……だが、目の前にある物と、気
配は……」
「ちょっと、どうしたの――っ!?」
そしてただ事ではないと強く声をかけようとした時。
「――伏せて」
いきなりタバサに背を押され、全員が床に倒れる。
「ちょ、ちょっとっ」
いきなりのことに抗議しようとした言葉は。
――ズガンッ!!
小屋の屋根が吹き飛ばされることで飲み込まれた。
「な――」
綺麗に上半分が吹き飛ばされた小屋の外。
そこには30メイルほどはある、巨大なゴーレムが佇んでいる。
そのゴーレムの肩にはフードの人影。
「フーケっ!!」
叫びに反応するかのように、ゆっくりと腕が振り被られた。
それを見たキュルケは舌打ちをして立ち上がり、未だ混乱しているルイズを立
たせる。
「ほら、ぼさっとしない! 逃げるわよっ!」
そのまま手を引っ張ろうとするキュルケ。
「ちょっと待ってっ。『破壊の杖』と『異端の書』はっ!?」
ルイズがソレに視線を送るが。
「死んだらなんにもなんないでしょ!」
「でも――」
まだ反論しようとするルイズに、キュルケはいきなり抱きつき。
「っえ!?」
そのまま飛んだ。
――ズズン……
その場所をゴーレムの腕が押し潰す。
「いつまでも駄々こねてるんじゃないわよ!」
付いた泥を払いながらキュルケが怒鳴った。
「――っ!」
ルイズは反射的に顔を背ける。
そこでは、ゴーレムが『破壊の杖』と『異端の書』をすくっている所であった。
「汝らいつまで悠長に喧嘩しておる!」
先に離脱していたのか、後ろにアルとタバサが立っている。
「ふん……」
ルイズが顔を背けると、タバサは静かに言う。
「一旦、戦況を立て直す」
そして指を唇で咥えると、高い音色が響く。
「立て直すって、タバサ。あなたのシルフィードもすぐに来るわけじゃ――」
すると森の上空を黒い影がよぎった。
「きゅい!」
「来たよー!」
バサリと黒尽くめになったエルザを乗せたシルフィードが目の前に降りてくる。
「…………」
あまりといえば、あまりの登場の早さに声も出ない一同。
「どうせすぐ後をつけてくるのはわかってた」
しれっと言うとタバサは早々にシルフィードに乗り込む。
「早く」
タバサに促されるように次に乗り込むキュルケとアル。
だが。
「ルイズ、なにやってんの。早く乗りなさいよ」
キュルケが声をかけるが、ルイズはその場を動こうとしない。
フーケは宝を回収したのか、ゴーレムがダラリと腕を下げてこちらへ向き直っ
ていた。
「っち。汝、はよせんか!」
アルがイラつきながら言うが。
「わたしは、引かないっ」
その言葉に息を呑んだ。
「なにを言って――」
「――来る」
ゴーレムが1歩踏み出した。
アルの反論は呑みこまれ、タバサの指示でシルフィードは空へと舞い上がる。
そしてそれを見送りルイズはデルフを握った。
「おいおい、貴族の娘っ子。いくらなんでも、こりゃあ無謀ってもんだろ?」
カチャカチャと鍔が鳴る。
「無謀でもなんでもないわ」
スラリとデルフを抜き、煌々とルーンが輝く。
「それにね。わたしは貴族の娘っ子じゃなくて――ルイズよ」
「っは。その気位気に入った! さすが『使い手』だ!」
スッとデルフを構えると、ルイズは息を吸う。
「いくわよ!」
そして爆発するようにゴーレムへ向かって走り出した。



「馬鹿! あの子! なにやってのよ!」
キュルケはシルフィードの上で怒鳴った。
下ではルイズがゴーレムへ向かい、攻撃を行っている。
「タバサ! あの子に近づいて!」
吹き付ける風にも負けず、タバサへ声を張り上げるが、返って来た返事は簡潔
だった。
「無理」
「なんでよ!」
即座にキュルケが怒鳴る。感情が昂っていた。
「昨日と同じ理由」
「……っ」
つまりは、人数が多すぎるのだ。
このまま、遠くから魔法を使うのはいいが。牽制以外のなにものでもないだろ
う。
「どうしたらいいのっ!」
「ふむ――なんともめんどくさい契約者だ」
噛み砕かんばかりに歯を噛み占めるキュルケの傍から、そんな声が上がった。
その声の主へと顔を向けると。露骨にやれやれと肩を竦める銀髪の少女がいて。
「こちらは任せるぞ」
「なにを――」
ひょいっと虚空へ向かい、飛び降りた。
「へ――っ」
突如のことに固まるキュルケ。即座にタバサが『レビテーション』を唱えよう
と杖を構え。
――紙が舞った。
バサバサと、少女の体が“紙へと分解して”いく。
「なに……あれ」
そっと呟いた言葉はその場の全てを体現していた。
紙は風に逆らう不自然な動きで、渦を巻いて眼下を目指す。
その先には――
「――ああもう! 誰も彼も勝手なことばっかりっ!」



「はあああああっっ!!」
ルイズは全体的に動きの遅いゴーレムの足元へ、一瞬の踏み込み。
そして踏み込みの勢いをそのまま剣を振る力へと変換し、横薙ぎに振り抜く――
「どうっ!?」
渾身の力を込めた一撃は、見事ゴーレムの足へと食い込み大きな裂傷を作るが。
「ダメだ! やっぱりこいつすぐに治りやがる!」
出来た傷はすぐに埋まっていく。
「っく!」
そのまま、間髪いれず2撃目を入れようとルイズは振り被る。
「危ねえ! 下がれ!」
「っあ!」
デルフの言葉に、振り被った体勢から無理やり足首だけで後方へ跳躍した。
――ゴバッ!!
間一髪。横へ振るわれた腕が、ルイズがいた場所を地面ごと削る。
大量の土砂が舞い、木々にぶつかりそれを押し倒す。
「あっぶな」
「気をつけな。当たればただじゃすまねえぞ」
「見ればわかるわよっ」
緊張からかジワリと額に汗が浮く。
「次が来るぞ!」
「――っ!」
ゴーレムが大きく足を振り被る。
それを避けようとルイズが足へと力を込め――
「痛!?」
足首から大きな痛みが奔り、ガクンと膝を突いた。
先ほどの跳躍の時に負荷を掛けすぎたのか、ズキズキと響くような痛みが広が
る。
「おい! なにやってるんだ!」
カチャカチャと急かす声に顔を上げた。
「うるさ――」
ゴーレムの足が目の前で、こちらへ向かい蹴りだされる所であった。
一気に巨大な爪先が迫り――
目の前に――大量の断章が渦を巻いて割り込んできた。
書の断片は渦の中心へと集まっていき、その中心で少女が手をかざし、印を切
り――
「――第四の結印よ」
聖句と共に五芒星形が浮かび、それはあらゆる障害から護る盾となる。
――ガッ!!
そして大量の土の塊と盾とが拮抗した。
「ぐっ――!!」
バチバチと火花を飛ばし、双方力をぶつけ合う。
じりっとアルの手が震えた。
それに対しゴーレムに更なる力を込めようとして、フーケは杖を振り上げ――
ゴーレムがフーケを覆うように腕を上げる。
すると、火球と風礫が土の表面で弾けた。
上空のシルフィードから放たれたタバサとキュルケの援護である。
気が逸れたのは一瞬。だが僅かにゴーレムの力が緩まり、アルは防禦陣を、防
勢から攻勢へと切り替えた。
腕を振るう。
「――弾け飛べっ!!」
今まで耐えることへと注がれていた力が、迎撃へと変わり。ゴーレムの足を弾
き飛ばす。
「――っ!?」
予想外の衝撃にゴーレムがたたらを踏み、重々しい音を響かせ木々を巻き込ん
で大きく倒れた。
それを見たアルは鼻を鳴らすと振り返る。
「なにをやっておる、このうつけ! 汝1人で渡り合える相手か。身の程を知
れ!」
叱咤されたルイズは一瞬怯むが、すぐにカッとなり言い返す。
「五月蝿いわね! そんなのやって見なくちゃわからないじゃないっ!」
その様子に、まずいとアルは感じた。
(力に呑まれかけているな)
望んでいた魔法ではないにしろ、与えられたルーンの力。いや魔法で無いから
こそ、ルイズはその力に頼り溺れそうになっている。
(だが……それにしては、少々おかしくもある)
その反面、それだけでは説明しきれないような差異もある。
まるで何かに急かされているような強迫概念をルイズから感じるのだ。
そう、かつて擦り切れ燃え尽きた――契約者達のような。



ルイズは焦っていた。
なにが、ではない。
あえて表現するなら全てに対してルイズは焦っていた。
状況が、立場が、環境が、工程が――“物事の歯車が回り始めてから”ルイズ
の焦りは始まっていた。
魔法/学院/仇敵/使い魔/契約/事件/ルーン/力……
昔からルイズは自らを急かしていた。
早く速く――
足りない部分を補うために駆け抜け、足りない部分を埋めるために暗中模索し
常に走り続ける。
そして春の使い魔の儀式に“成功してしまった”のだ。
そこから彼女の胸で常に空回りしていた思いが噛み合ってしまう。
途中、魔法という力はまだ身に付いていないとわかったが。それとは別の新た
な力が宿ったことでそれは補われる。
今まで噛み合わなかったばかりに、加減をしらない歯車が回ったのだ。
当然の如く、全力で回される歯車は周囲との齟齬を起こし。
本人はそれまでの経験が無いゆえに、知らずにして磨耗していく。
だが、たとえ気づいていたとしても。貴族たらんとする彼女は、止まることは
しないであっただろう。
そして――胸を突くような覚えの無い“記憶”が彼女を更に追い立てる。
それはふと気を抜くと瞼の裏に浮かぶ――怒れる男の形相――
――憤怒と憎悪の道の果てにて――
    ――業火と悪鬼羅刹共々を貪り――
        ――復讐という艶華を咲かせ――
            ――虚無という空ろと共に枯れゆく――
それはドロリとルイズの心へと染み渡り――
目の前でなにごとかアルが叫んでいる。
その言葉は認識できる、理解もできる。
だが、納得するわけにはいかない。できるはずもない。
なぜなら貴族とは――
「……わたしは貴族よ。魔法を使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」
視界にアルの姿があるが――それは“自身の使い魔”としてしか認識されない。
「敵に背を向けない者を、貴族と言うのよ……」
それは錆び付き、捻じ曲がり……だが折れることができなかった者の声であっ
た。
まるで自分に言い聞かせるような言葉と共に、剣を握り締め立ち上がる。
「お、おい……」
カチャリと鍔が鳴るが、反応はしない。
「……わたしは……貴族なのよ」
本来、そんなことがわかる者はいるはずもないのだが――
「――」
かつての己を抉られる者がここいる。
理由や経緯こそ違えど。捻じ曲がった信念を“かつて抱えていた者”と“現在
も抱える者”は、出会っていた。
そして立ち尽くす2人の意識の外……モゾリとゴーレムの手が動く。



「っち」
フーケは押さえきれない苛立ちと共に舌打ちをしつつ、体を起こす。
ゴーレムごと倒れる瞬間に、翳していた手で自分を覆ってなんとか大事は免れ
たのだ。
集中力が切れず、ゴーレムが形を保っているのは奇跡以外なにものでもない。
今回のヤマはアクシデントの連続である。
宝を盗み出す段階で生徒に見つかり、ほとぼりが冷めるまで隠そうとした宝を
嗅ぎつけられ、やりたくはなかったが口封じさえも上手くいかない。
わかっている。こんな商売がいつまでも上手くいくはずもないことを。こんな
ことをして、まともな死に方をするはずもないことを。
だが、誰にでもあるように――彼女にも譲れないことがあるのだ。
そっとゴーレムの指の隙間から空を覗く。
まだ警戒しているのか、そこにゴーレムの上空を旋回する風竜の姿があった。
タバサとキュルケと言ったか。両方ともトライアングルのメイジであり、さす
がに油断はできないが。そもそもフーケとは経験量が違う。
貴族……つまりはメイジ相手に盗みを働いてきた彼女にとって、メイジ相手の
虚の突き方や弱点は熟知している。
次に、ゴーレムが倒れた原因。今回最大のイレギュラーを覗き見た。
今までフーケが見てきた人間の中ではぐんを抜いて高い身体能力を発揮する少
女――ルイズ。その使い魔であり、ゴーレムの一撃を真正面から防ぎ弾き返し
た少女――アル・アジフである。
ルイズに関しては、ゴーレムを作る時間さえあれば気にするほどのことではな
いが。問題がアル・アジフと名乗る少女であった。
空中に紋章を描き、それが30メイルあるゴーレムの攻撃をも防ぐ障壁となる。
どう考えても普通の魔法ではない。
先住魔法とも考えたが。職業柄たまに入る裏の情報からして、それも違う気が
する。
なにがともあれ、現実は現実と受け止め現状の打開を図らなければならない。
相手は数が多い。いくら自分が熟練したメイジとはいえ、長期戦となればこの
ゴーレムを維持する精神力が先に切れるだろう。
そのためにはどうするか。
空にはメイジを乗せた風竜が舞い、地には攻撃を防ぐ少女がいる。
ゴーレムによる直接攻撃は双方共に効き目は薄く、かといってこのゴーレムが
あるからこそ有利な面があるのだ。
だとすれば、どうすればいいのか。
ギリリと杖を握りこみ――気が付いた。
しかも再び空を見ると、風竜も高度をいくらか落としてきている。
そして下の2人はこちらのことを見ていない。
ニヤリと笑うと、フーケはゴーレムへと指令を送った。



「あの2人はなにやってのよ!」
キュルケは再度怒鳴った。
先ほどのアルの一撃はルイズを救い、ゴーレムを倒れさせるといった度肝を抜
くことをやってのけた。
だが未だフーケのゴーレムは健在であり、こちらは決定的な一手を持たないこ
とをキュルケは理解している。
だからこそ、地上で倒れたゴーレムに注意も払わずにいる2人を見て苛立ちを
隠せない。
何度もそんな2人に注意を促そうとも思ったが、ここは上空。今日は風が強く、
声はかき消され。魔法で声を届けようにも、さっきから沈黙を守るゴーレムの
対策を思うと不用意に魔法は使用できない。
ゴーレムの上を旋回しつつ見守る中で、キュルケの苛立ちは溜まっていく。
それにゴーレムが動かないことも拍車をかけていた。
そしてとうとう――
「タバサ、シルフィードの高度を落として!」
苛立ちを消化しきれず、風も強いこともありタバサへと叫ぶ。
「危険」
タバサの返事は短く。
「そうだよー。メイジは危険なんだからね」
「きゅい!」
おまけも付いていた。
だが、危険なのは下の2人も一緒であり、せめてそれを意識させねばならない。
「お願いタバサ……」
「…………」
それにタバサは考えるように黙り込むと。
「きゅいっ」
杖を下へ向け、シルフィードがそれに応えるように降下を始めた。
ルイズたちのいる場所はそこそこ拓けているが、シルフィードが降りるには少
々狭い。
手早く降りるために、『レビテーション』を予め準備しておく。
そうしていると、ふと視界の端でなにかが動いた気がした。
それに真っ先に反応したはエルザだった。
「シルフィ! 避けてっ!」
「――っ!?」
姿勢が急激に傾く。
その空いた空間を――唸りを上げて生木が埋めた。
「あ――」
ふわりとキュルケの体が浮く。
下へと意識を向けていた彼女はシルフィードの背から宙に放り出されていた。
高度が低い今、普通なら詠唱すら間に合わなかっただろう。『レビテーション』
を用意していたのが幸いした。
浮力を持った体で、嫌な予感を感じつつ先ほどの木が来た場所を見る。
そこには立ち上がりながら、手近な木々を引っこ抜いているゴーレムの姿あっ
た。
ゴーレムは腕を振り上げると、第二投を放つ。
それはキュルケを回収しようと近づいていたシルフィードへと向かう。なんと
かシルフィードは避けてはいるが、これではキュルケにうかつに近寄れない。
そして、このままではこちらも狙われかねない。
そう思った時、ゴーレムの肩口。
フーケの視線の先に気が付いた。
それはシルフィードやキュルケには向けられず、地上へと向けられている。
キュルケは急いで地上へ降下し始めた。



それに気が付いたとき、我が目を疑った。
空を木々が飛んでいるのだ。
否。飛んでいるのはなく、投げられているのだが。そこまで思考が回らなかっ
た。
常識外れな物事にここ最近数多く出会ってはいるが、それでも常識外のことに
出会って平然とできるほどの耐性はルイズにはまだない。
なにより、
「なに!?」
それは魔導書であるアルも驚いていることから仕方がなかった。
振り向いた先には、半身を起こしたゴーレムがおり。その手には、そこらから
引き抜いたのか木が持たれている。
木といっても、ゴーレムの大きさからいって小枝のように見えるが、当然の如
く成木である。
次々とゴーレムは手にした木々を空へ投擲し、その先ではタバサの風竜がそれ
を避けている。
そして、ようやくそれを認識した時、そのゴーレムの肩――フードの下に隠さ
れたフーケの視線がこちらへ向いている気がした。
「汝! 下がっておれっ!」
再びアルが手を翳す。
またも聖句と共に障壁が現れると、それに木が衝突した。
障壁に阻まれ、一瞬火花を散らすと木は弾かれ後方へと流れていく。
だが、それだけですむはずもなく。ゴーレムはすでに次の木を振り被っている。
そして、投げられた。
「くぅ……っ!」
それも障壁は弾くが、さらに次が来る。
先ほどのゴーレムの一撃と比べるといくらか軽いであろうが、絶え間なく続く
投擲はアルを唸らせるには十分であった。
「ぐ、くっ!!」
アルの声に耐えるようなニュアンスが入り始める。
「ア、アル……大丈夫なの」
足首の痛みを我慢し、アルへと近づく。
「ふんっこれしき……と言いたい所だ、がっ!」
衝突した木が折れ、その破片が地面にぶつかり抉る。
「少々、不味い、な……」
そう言うアルの額には汗が浮き、息が上がっていた。
「おいおい、白い娘っ子。お前大丈夫かよ」
デルフの言葉にアルは薄く笑う。
「ちと、魔力が足らんだけだ……せめて、正式な契約さえ、結ばれておれば……」
それはポツリと漏れた小言であり、なんの意図もないものであったが。
その言葉は、ルイズの胸を抉る。
自分さえ/魔法さえ/契約さえ、ちゃんと出来ていればこんなことにならなかっ
たのでないか。
「わたしさえ……ちゃんとしていれば……」
深く、己の底へと陥りそうな声に対しアルが叫ぶ。
「汝! 沈んでいる場合か!」
次が来た。
それは今までの木々ではなく、巨石であった。
「無駄だっ!」
印の光は鈍ったものの、破壊されるにはまだ足りない。
巨石は障壁にぶつかり、派手に火花を散らした後、粉々に砕け散る。
そう、まるで砂のように粉々になり。視界を覆う粉塵となった。
「なんだとっ!」
それはゴーレムの一部を脆い岩に変化させ切り離した物だとアルが理解できる
はずも無く。
そして、粉塵の中から巨大な爪先が現れる。
それが前と同じならば、まだ青息吐息ながら耐え切るか拮抗できただろう。
だが、現れた爪先は黒く染まった鉄であった。
――ドバンッッ!!
1秒にも満たない対抗は障壁の罅へと変換され、砕け散った障壁と共にアル
が吹き飛ぶ。
「ぐっああっ!!」
直撃こそ免れたが、茂みを突き破り遠く木の幹に叩きつけられた。
「アルっ!!」
ルイズは吹き飛ばされたアルへと視線を向けるが。
「おいっ! 他人を心配している暇はねえぞ!」
それで自分の陥っている立場を理解した。
一陣の風が粉塵を巻き上げ、晴れた視界を占めるように土の巨人が聳え立って
いる。
「こりゃ……やべえな……」
デルフが呟き、ルイズの手が震えた。
足に走る鈍痛が、凍りつくような悪寒が鮮明になる。重い絶望が腹へと溜まり、
吐き気を促す。
「…………」
フーケが杖を振るう。
ゴーレムがそれに合わせて腕を振り上げる。
その瞬間は、冗談みたいに間延びして感じられた。
噂に聞いた走馬灯は無い。ただ、ゆっくりと……本当にゆっくりと時間が流れ
る。
懺悔もなく、後悔は多すぎ、絶望には飽きていた。
伸びる腕、迫る土壁、削られていく景色――割り込む赤い髪。

「――あんたなにしてんのよっ!」

突き飛ばされた。
「え――」
本当にゆっくりと、視界が離れていく。
そこには普段からいがみ合っていた仇敵がいて、それが見たこと無いほどの怒
り顔でこちらを睨んでいて、自分を突き飛ばした瞬間にほんの少しだけ笑って、
杖を握った手が印象的で、彼女は何事かを呟いて――
――ルイズが倒れる。視界が一瞬途切れた。
かなりの勢いがあったのか、ゴロゴロと転がった後。
再び見た光景は。
先ほどまでルイズがいた場所へ――

――土くれの腕が、柱のように突き立っていた。

地面へみっともなく四肢を投げ出したまま、ルイズの視線は離れない。
「っち」
フーケが舌打ちをした。
ゴーレムが腕を上げる。
そこには――

――誰も立っていない。

「――あ、あああ……」
何かが……決定的何かが、砕け割れる音を確かに聞き。
砕けた何かが、喉から搾り出された。


「――あぁぁぁぁあああああああっ!!」


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