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第25話 真実 後編



 そしてそこから遠いガリアでは。

 「約束を違えて申し訳ない」
 「気にするな。意図してのことではあるまい」
 ガリア王ジョゼフの前に、久方ぶりにビダーシャルが姿を表していた。
 「それにしても時間が掛かったものだな。傷か深かったのか?」
 「いえ、怪我はありませんでしたが、シームルグの羽根を使う羽目になりまして」
 それを聞いたジョゼフは事情を察して大笑いした。
 「そうか、アレは確か故郷への帰還しか出来ぬもの。そなた、エルフの里まで帰る羽目になっておったのか」
 「どのみち即座に報告せねばならぬ事があったゆえ、僥倖であったともいえましたが。ただそれ故、連絡と帰還が遅れたことについてはお詫びを」
 「よいと言ったではないか」
 再び頭を下げるビダーシャルを、ジョセフは諫めた。
 「だがそういうことだとすると、彼の使い魔は」
 「はい、紛れもないシャイターン、それも最悪のものでした」
 「最悪、とは?」
 問うジョゼフに、ビダーシャルは普段決して見せない感情の揺らぎをあらわにして、歯を食いしばりながら言葉を続けた。
 「最低最悪、かつてエルフに致命的な被害を与えたシャイターンの魔法……彼女はその使い手でした。伝承のシャイターン同様、本人の人柄は決して邪悪なものではない……ですがそれ故に、自らの悪を自覚することがない」
 ジョゼフは思わずそのシャイターン、タカマチナノハの方に同情した。
 「本人は邪悪ではない。それ故に自らの悪に気づかず、認めようとしない。皮肉なことに邪悪でないが故に返って言葉が届かない……無邪気に、自覚なくこの世界にとって致命的な毒となる。それ故のシャイターン」
 「わしからすればそちらの言い分が一方的なものに聞こえるがな」
 皮肉るように言うジョゼフ。
 対するビダーシャルは、表情一つ動かさぬまま、答えを返した。
 「これは大いなる者により定められた天理。蛮人には理解及ばずとも、守らねばならぬ絶対の法。それ故に本来不干渉を定められた人の営みに、我らは干渉することになるのだ」
 「で、協力がほしいと」
 「ああ。残念ながらこちらから打って出たのでは、シャイターンに勝つのは我らであっても難しい。そもそも我々の魔法は、拠点を定め、そこを守るためのもの。打って出てしまっては普段の半分の力も出せぬ」
 「それでも我らよりは強いと思うが?」
 不敵な笑みを浮かべつつ言うジョゼフ。対して苦い笑みを浮かべ、ビダーシャルは返す。
 「買いかぶりだ。地を定めず、契約抜きでは我らとてそなたらと大して違いはない。そちらのスクウェアなら、対一で我らを討ち取ることも出来よう」
 「そんなモノなのか?」
 「その程度のモノだ。我々の力は契約に大きく依存している。そしてあのシャイターンは、そんな我を正面から打ち砕くだけの力があるのだぞ」
 そこには一切の過大も過小もなかった。ただ彼我の戦力差を冷徹に見つめる目があった。
 「ただでさえそれだけの力があるのに、奴にはこちらのすべてを崩壊させるあの呪文がある。あの滅びの呪文を使われたら、我々には為す術がない」
 「そこまでやっかいなのか、その呪文は」
 「ああ。威力も桁違いだが、それ以上にその特性が恐ろしい。あの魔法が発動するとき、周辺の精霊がことごとくシャイターンに『喰われて』しまう。つまりあの魔法の発動地点の周辺では、すべての魔法が根こそぎ破壊されてしまう。
 例外は器物などにがっちりと食い込んでいる魔法くらいであろう。いわゆる魔法道具のたぐいだな。その本体までは破壊はしないものの、発動している効果や、我々の契約、そちらの使う系統魔法などはすべて無力化されてしまうのだぞ」
 「スキルニルのたぐいも元に戻ってしまうと言うことか」
 「そうだ。いわばすべての守りをはぎ取られたところに、それらの分の力をすべて喰らってふくれあがった攻撃が炸裂するのだ。何人たりとも耐えられるものではない」
 ジョゼフはその言葉を肯定しつつ、追加するように言葉を重ねた。
 「その上その攻撃は、人は殺さぬもののある種の魔法道具などまで破壊するそうだな」
 「ああ、特に精霊の力を結晶させたようなものは根こそぎやられてしまう。手持ちの風石が全滅する羽目になった」
 「それでシームルグの羽根を使うことになったのか」
 納得するように言うジョゼフ。
 「そのとおりだ。それはともかく、本題に入ろう」
 その言葉にジョゼフも姿勢を正す。表情も友人としてのものから為政者としてのものに切り替わる。
 「我々長老会議は、ガリア王に対して一つの協力を要求したい。対価として我らの地の通行と交易、及びサハラの地における風石の採取を認めよう。
 「これは厳しい要求のようだな」
 エルフ側の対価はまさしく『大盤振る舞い』と言ってよかった。これほどの対価を差し出す以上、要求の方も半端ではあるまい。
 そしてそれは文字通り半端ではなかった。
 「要求はただ一つ、シャイターン・タカマチナノハの抹殺に対する全面協力。たとえトリステインを初めとする他の国すべてを敵に回してでも、その完遂を要求する。なお、先の対価はあくまでも報酬。必要経費として、エルフの戦士及び魔法具などを随時提供する用意もある」
 さすがに一瞬ジョゼフの顔にも驚愕が浮かんだ。エルフ達は、たった一人の人間を殺すために、部族のすべてを掛けると言っているのだ。
 「くっ……くっくっくっ、はっはっはっ!」
 ジョゼフの口から、何とも名状しがたい笑いが漏れる。
 「そうか、おまえ達はそこまであれにこだわるのか。いいだろう」
 その返事を聞いて、「報告が有りのますので」と言って退出するビダーシャル。
 彼が退出して一人になった室内で、ジョゼフはひとしきり哄笑を続けていた。
 笑いながらも脳裏に浮かぶのは、かつての思い出。
 彼が玉座を継ぎ、そして狂王と言われるようになるまでの出来事。



 それは平穏なる過去。
 いまだ自分が皇太子であり、弟もまだ少年であった頃。
 今とは全く違う、笑いに満ちた時。
 それが初めて崩れたのは、父から自分と弟が、真新しい本を渡されたときであった。




 「父上、これは?」
 表紙になにも書かれていない、手製本と思われる本を見てシャルルが問う。
 近年開発された印刷と製本の技術によって、まだまだ高価ではあるものの、書物はある程度裕福な平民の手にも届くものになりつつある。もう数年もすれば、真面目に働いている平民なら月に一冊程度の書に手が届くまでになろう。
 この流れはジョゼフも後押しをしていた。何より彼自身、読書が大好きだったと言うこともある。
 だが、今手渡されたものは、明らかに個人の手によって作られたものだ。紙こそ使っているが、これが羊皮紙だったら昔の筆写本そのものである。
 そして父は、弟の質問に答えた。
 「これはわしが手ずから引き写した本じゃ」
 「父上が、自分で?」
 ジョゼフは驚くより先に訝しがった。決して暇ではなく、健康も害している父王が、わざわざ手ずからの筆写で本を作るというのは、決して愛情だけのこととは思えない。
 だがシャルルはそうは思わなかったらしい。父が息子達のためにわざわざ、と思ったようだ。
 「父上、ありがとうございます! お忙しいのに、わざわざ」
 少年らしい満面の笑顔を父に向ける弟。
 そして父は何故か笑みを--明らかに臣下や使節向けの、作られた笑みを、二人の息子に向けていた。
 シャルルは気がつかなかったようであるが、ジョゼフは気がついた。
 そのことを疑問に思っていた彼の上に、父王の声が降りかかる。
 「その本はの、非常にためになる智恵の泉なのじゃが、残念ながら記載の一部に始祖の教えに逆らっている部分があってな。一応禁書の扱いになっておる。じゃから決してこの場にいない人物に見せてはいかんぞ」
 「父上、そのようなものを……」
 心配そうに上目遣いで父を見る弟に対して、父はさらに言葉を掛けた。
 「安心しなさい。おまえが一度読んだ程度では、どこが始祖の教えに反しているかなど判るものではあるまい。実際、その問題部分というのはごくわずかなものでしかないのじゃ」
 「でも……」
 「読んでみれば判るのじゃが、この本は『大賢者』と呼ばれるものから語られたことをまとめた説話集のようなものなのじゃ。内容には問題ないとわしも思うのじゃが、後にこの賢者が異端とされてな」
 そういわれてジョゼフにも何となく事情がつかめた。おそらく書の内容……賢者の語りはごく真っ当なのに、その当人が異端とされたためせっかくの智恵まで異端とされたのだろう。
 憚りながらも読ませたい、という父王の心遣いが、ジョゼフにも伝わった。



 ……と、この時点ではジョゼフもそう思い、父に感謝の言葉を述べていた。

 ……実際に自分の部屋で、書を読んでみるまでは。



 『大賢者プレシアの語り』
 それが書のタイトルであった。内容は筆者が幼少の頃、地元を訪れた物知りの美女・プレシアから聞いた雑学をまとめたものだと書かれている。
 『○月○日のプレシアさんのお話』
 という、いかにも子供っぽい書き出しで各章が始まるこの説話集は、ものすごく斬新な目で世の中を見つめている物語であった。
 読んでいるだけで、プレシアという知的な女性が、田舎町の少年少女達に、井戸端あたりで様々な知識を、子供にも判るような語り口で教えている情景が目に浮かんだ。
 お堅い父の字面と内容の落差が激しいのが唯一の難点であったが。
 初めは驚きの連続であった。ほんの身近な、子供が何気なく聞いてくるような質問に対して、賢者は驚くべきような視点と理屈で答えを返す。
 たとえば、『何故雨が降るの?』という質問に対して、賢者は海と太陽と大地と風の間にある、莫大な規模の水の循環で答えていた。
 これなど些細な始まりに過ぎない。100近くにも及ぶ質問は、子供の気まぐれのようにいろいろなところに飛び、そのすべてに対して賢者はこのようなとてつもない答えを返していた。
 ジョゼフは興奮した。幼心、というにはいささか歳を食い過ぎていたが、そうとしか言えないものに火が付いた。
 その日だけで七度は読み返した。三日後には内容をすべて暗唱できた。
 そして四日目……それに気がついてしまった。



 「あ、兄さん」
 普通の家庭と違い、王族は家族が顔を合わせる頻度がどうしても一般家庭や貴族に対して低くなりがちである。今のように、家族で顔を合わせるのが四日ぶりなどと言うことも珍しくはない。
 「シャルル、そちらは大過ないか」
 「うん、今回の野外鍛錬でも、怪我一つなかったよ。そうそう、僕、初めて獲物を仕留められたんだ! あの本のおかげで」
 「あの本の?」
 ジョゼフは首をひねる。獣の仕留め方は書いてなかったはずだが……ああ。
 思い当たる節があった。獣ではなく、森についての部分だ。内容はもっと大きいもので、森や川は単独でそこにあるのではなく、お互いが影響を及ぼし合っているという教えがあった。
 案の定、シャルルの答えもその部分についてであった。
 「ほら、森や獣は、お互いに与え合い、奪い合って生きているってあったじゃない。だから僕は、猟師さん達みたいに獲物の来そうな場所とかを見抜けたんだ」
 「それはすごいな」
 「うん、カーター達もびっくりしてた」
 だろうなあ、と、ジョゼフはシャルルお付きの武官達の顔を思い浮かべた。
 「獣の通る道を推測して、出てきたところをマジックアローで仕留めたんだ!」
 「そうか、それはすごいな」
 シャルルは自分と違って魔法が得意だからなあ、と思いつつも素直に弟をほめるジョゼフ。が、次の瞬間、ジョゼフはあることに気がついてしまった。
 「……? 兄さん、どうかしたの?」
 そんな兄の様子を不思議そうに見るシャルル。
 ジョゼフは慌ててその場を取り繕った。



 父はあの本が『異端』だといっていた。が、すっかり暗記してしまった内容を思い返してみても、あの書に異端と思われる記述は全くなかった。ただ、普通とは少し違う角度から、始祖に匹敵しようかという深い叡智で森羅万象について語っているだけであった。
 が……今思い返してみれば。
 あの書の記述の中には、『魔法』がただの一言も出てきてはいなかったのだ。
 ジョゼフには判る。あの書に書かれていた知識は、どれも合理的で、且つ実に納得のいくものばかりであった。夢物語にしては実に筋が通りすぎていて、その内容は真実としか考えられなかった。
 だが、そこに『魔法』の言葉はない。それはすなわち……この世の真実を解き明かすのに、『魔法』は必要ない、もしくはさして重要ではないということになる。
 今こそジョゼフはあの書が異端とされていた理由が、そしてそれの意味する危険性が理解できてしまった。
 貴族は魔法を持ってその根幹と為す。それは王であっても変わらない。
 だがこの書は、間接的に魔法を否定している。いや、否定はしていない。が、魔法というものが今の世で考えられているような『絶対』のものではないと証明してしまっている。
 そしてそれは、魔法をもたらしたもの……偉大なる始祖の御技の否定に繋がる。
 なにが大したことはないだ。おそらくあの書は最大級の危険文書として教会が目の敵にしているに違いない。あの書に書かれた叡智が広まれば、今の貴族と宗教に対する最大の脅威となる。あの書に書かれた叡智とその応用は、平民であっても可能なのだ。
 自分は弟のように魔法は使えない。だからあの本の叡智を素直に受け入れてしまった。
 だからこそ気がつけたとも言える。
 あの物言いからすれば、シャルルはこの危険性に気がついていないのかも知れない。
 そしてそれは、数日後、再び父王があの本について聞いてきたとき、決定的なものになった。



 「そうそう、二人とも、この間の本は読んだかな?」
 父の言葉に、先にシャルルが答えた。
 「はい! とてもおもしろく、ためになりました! 何で異端になったのかが不思議なくらいすばらしい本だと思います」
 「はっはっはっ、じゃろうな。だが一応異端は異端。みだりに内容について人に話してはいかんぞ」
 「判りました……残念ですけど」
 ジョゼフは二人の様子を冷静に観察していた。そして父王の表情に、そうと意識していなければ気がつかない影が落ちたのを、ジョゼフは見逃さなかった。
 「ジョゼフはどうかな?」
 ここでジョゼフとシャルル、二人の資質の差が出た。
 「はい、私もシャルルと同じく、すばらしい本だと思いました」
 「そうか」
 やはりほんのわずかに影が落ちる父王。それを確認した上で、ジョゼフは言葉を重ねる。
 「ただ、私はシャルルほど聡明な質ではないので、いささか疑問に思ったこともありました。出来れば父上に詳しいお話が聞きたいのですが、時間は取れますでしょうか」
 「うむ……いささか難しいが、息子にそう言われては父として応えぬ訳にもいかんのう」
 「あ、兄さん、それはずるいです! 出来れば僕も父上のお話は聞きたいです」
 シャルルが子供らしい焼き餅で割り込んでくる。王は、
 「まあ、すぐにはいずれにせよ無理じゃ。じゃが何とか時間は作ろう」
 「約束ですよ!」
 そう意気込むシャルルを、ジョゼフは醒めた目で見つめていた。
 シャルルにはまだ早いのだろうか、と思いつつ。

 そしてその夜、ジョゼフは内密のうちに呼ばれたのである。



 「……シャルルは気づかなかったようじゃな。さすがにまだ早かったか。あるいは、資質か」
 父がジョゼフに向かって最初に言ったのが、この言葉であった。
 ジョゼフはため息混じりに告げられた言葉に、やはり、と思った。その日の夜、シャルルが寝ている時間に呼び出されたことが、その裏付けであった。
 「この書には魔法のことが全く書かれていない、ということでしょうか」
 そうずばりと問い掛けるジョゼフに対して、王は頷くことで答えを返した。
 そして壁の書棚に向かうと、なにやら怪しげな操作を行う。と、書棚の一部が動き、そこから隠し階段が現れた。
 「父上、これは……」
 「おまえには、これを見る資格がありそうじゃな」
 ジョゼフの質問には答えず、王は階段を下りていった。

 そこにあったのは、小さな部屋であった。魔法による明かりによって照らされた隠し部屋の壁には、たくさんの書物が置いてあった。
 「すべて禁書じゃ。そしてほとんどが、おまえに見せたあれと同じ、大賢者プレシアの教えを綴ったものでもある」
 「なんと……」
 ジョゼフの思いは、その時これだけの書を残した、大賢者の元に飛んでいた。
 「好きに読むがいい。この書には王として立つために覚えておくと役立つ知識がたくさん詰まっている。そしてよく考えよ。直接的には書かれていないが、その書の内容には、大きな謎が隠されている」
 「謎、ですか?」
 「うむ。おまえなら読み取れるであろう。そしてどうするかは、おまえ次第だ」
 「父上は……読み取れたのですか?」
 当然の疑問に、王は疲れたように答えた。
 「何とか、な……だが私はそれを見なかったことにした。私にはどうすることも出来ないほど、大きなものだったからな。だがひょっとしておまえなら、わしを越えられるかも知れぬ」
 そう言って父は、階段を上がっていった。







 その時はまだ気づかなかったが、この日王は自分の後継者をジョゼフに定めていたのであろう。
 しばらくの間、ジョゼフは父の示した大賢者ゆかりの書物に没頭した。
 それはあまりにも深い叡智であった。自然だけではなく、社会のあり方や、市場経済などに関しても、いくつもの見方が語られていた。賢者の語りは、あくまでも『そういうものがある』ということを示すだけであり、どれが理想であるかなどとは決めつけていなかった。
 そこから読み取れたのは、賢者はあくまでも『知識』としてそれを語ったのだ、ということであった。こんなものもあるよ、と例を示してくれただけなのであろう。
 ただ、それはこの地にはない発想の知識だったので、それを聞いた人は驚いたのだろう。
 そして是非とも記録しようと思い、こうして語録や説話の形で、記録が残されたのだと判る。
 そして幾多の書を通して、ジョゼフは二つのことに気がついた。
 一つは、この書が書かれたのが約六三〇〇年前、すなわち、始祖がこの地に降臨する前の時代であるということ。
 そしてそれだけの長い間、これだけの叡智が、地に埋もれていたということ。
 そう、ジョゼフは気づいてしまった。
 人間の持つ可能性に。知性の持つ可能性に。
 人はもっともっと先に進めるはずであることに。
 それからのジョゼフは勉強を重ねた。歴史を学んだ。
 そして気がついてしまった。
 この世界が、呪われていることに。



 それは不可思議なことであった。
 人には知恵がある。これだけの年月があれば、もっと先に進めるはずである。
 だが、この世界は全く変わっていない。
 いや、正確には一度変わっていた。始祖以前と、始祖以後で。
 始祖のもたらした魔法。これによって以前と以後の歴史は明らかに変わった。始祖以前の歴史はほとんど資料も残っていないが、わずかな資料から、今の世界から貴族と魔法を除いた、平民だけの社会があったらしいことは判った。
 そして始祖によってもたらされた魔法によって、生活の水準は上がり、社会にも大きな変化が訪れた--わずか百年ほどの間だけ。
 それ以降は今とさして変わらない、貴族による統治がずっと続いていた。
 六千年の永きにわたって。
 そう、六千年、だ。
 始祖が魔法をもたらした百年。その百年の間に、劇的に社会が、文化が、生活が激変したのは残された資料が物語っている。大賢者に関わっていない資料--すべて禁書扱いのもの--のほとんどは、『魔法による社会と生活の変化』に関して、驚きと喜びを持って語った随筆のようなものが多い。
 魔法がもたらされ、生活水準が上がって、飢えや怪我で命を失う人が激減している様子が手に取るように読み取れる。
 だが、その手の記録の最後の方……魔法伝来から百年あまり経った時点での社会の様子は、まるで今の時代の記録を読んでいるかのようであった。
 ジョゼフはこの点に、強い違和感を持った。
 表の書庫に行き、『固定化』の恩恵で今に残る数千年前の記録を読み解く。
 そして理解してしまった。
 この六千年、世界はずっと、昨日と同じ今日、今日と同じ明日を過ごしていたことに。
 停滞の呪い。
 ジョゼフはそんなモノを信じたくなってしまった。



 時は無常にも過ぎる。変わらぬ日々の中、父は少しずつ体調を崩し、文字通りの『崩御』が目の前に迫ってくるのを感じる。
 宮中の諸勢力が、徐々に二つに割れていく。
 そして運命の日は訪れる。
 病床で王は、ジョゼフを後継者に指名した。
 そしてその後まもなく、彼は始祖の元へ還っていった。
 それは長子相続という面から見れば、ごく真っ当なものであった。ただ一点を除けば、ジョゼフには為政者としていかなる問題もなかった。
 その問題も、本質的には問題はなかった。が、同時に最大の問題になった。
 彼が、まともに魔法を使えない。その一点こそが。
 宮中は大きく二つに割れた。王の意を尊重し、ジョゼフを王と認めるものと。
 魔法が使えないという一点から王の資格無しとし、シャルルこそが正統なる王であるとするものと。
 そしてその勢力比は……圧倒的に後者が勝っていた。

 王位を継いで後、ジョゼフはすぐにそのことに気がついた。ごり押しせねば通らない自分の意。それすらも実現の段階で官僚達の手によってねじ曲げられていく。
 特に何かを変えようとする動きに対してそれは顕著に表れた。
 表だって反乱のようなものが起きないのは、為政者としてのジョゼフは先の一点以外全く瑕瑾が無く、政務能力を持って貶めることが出来なかったからであろう。
 加えてシャルルが自分の登極を祝福を持って受け入れていたのが大きい。
 反対派が内心王に掲げているのはシャルルである。そのシャルルが賛意を示している以上、表だった行動に出ることは出来ない。
 そう考えているのは見え見えであった。
 しばらくはそのままだった。だが、すぐに気がついてしまった。
 こいつらは変わらない。今のままでは、自分を含めて、何一つ。
 彼は日々政務をこなす裏で、ひたすらに考えづけた。停滞を、呪いとも言えるこの停滞を打ち破る何かを。
 それほど時を得ずに、一つの答えに気がついた。
 大きな力が必要である。世の中に衝撃を与えるには、いずれにせよ、大きな力がいる、と。
 ガリアは大国であるが、世の中を動かそうとしたら大きな力がいる、と。
 だが現状では、それは難しかった。国内をまとめるには力が足りない。反対派を粛清しても、結局は己の力をそぎ落とすことになるだけなのも判っていた。
 それが変化を迎えたのは、些細な気まぐれがきっかけであった。



 始祖の香炉、という秘宝がある。名前だけは知っていた。今自分が常に手にはめている、『土のルビー』と並ぶ初代の頃より伝わる宝。
 だが、常に王の指にある土のルビーとは違い、香炉は厳重に秘蔵されている。
 この時、王宮で宝物庫の整理点検・目録更新があり、ジョゼフは初めてその香炉を目にすることになった。
 そして侍従長より聞いた、香炉に関するおもしろい逸話。
 「これは香炉としては、不思議なことに役立たずなのです」
 「役立たず? 香炉が?」
 「はい。見たとおりの簡素な作りなのに。誰かがいたずらか呪いかで魔法を掛けたようで。香炉でありながら、この香炉にくべられた香は、一切の薫りを失うのです」
 ジョゼフは唖然としてしまった。誰だ、そんなとんでもないいたずらをしたのは。
 ……決まっている。この香炉が『始祖の香炉』である以上、犯人は一人しか考えられない。
 「偉大なる始祖のいたずらなのか?」
 「かも知れません。あるいは教訓ともいわれています」
 「ほう?」
 ジョゼフは少し興味がわいてきた。侍従長に続きを促す。
 「始祖の名を冠する宝物は四つあると伝わっています。トリステインに伝わる『始祖の祈祷書』、アルビオンに伝わる『始祖のオルゴール』、ロマリアのとある家に伝わる『始祖の彫像』、そして我がガリアの『始祖の香炉』です。ですが……」
 「ですが?」
 言い淀んだ侍従長に、さらなる催促をする。
 「どれも不思議なことに『意味のない』ものばかりなのです。
  トリステインの祈祷書は、中に一切の文字が書かれておらず。
  アルビオンのオルゴールは、いかなる調べも奏でず。
  ロマリアの彫像は、何を象ったのかが誰にも理解できず。
  そしてガリアの香炉は、いかなる薫りも発せず、です」
  「なるほど。一つだけならともかく、そろいもそろって、となれば、始祖が謎かけの一つ位しておるのかもな」
  ジョゼフの言葉に、侍従長も力強く頷いた。
  「我が国を初めとする研究機関で、謎の解明に挑んだこともありましたが、結局のところ何も判らなかったそうです。特に我が国の香炉の場合、他と違って明らかに魔法の介入がありますからな」
 文字のない書は子供にでも作れる。
 意味不明な彫像も何とでもなる。
 だが、音のしないオルゴールとなると細工物の知識が必要になるし、ましてや薫らない香炉は明らかに異常だ。
 香炉はただの入れ物で、香が薫るのは香自身の働きだ。なのにそこに入れると薫りがしないというのは明らかに何か別の力が働いている。
 「おもしろい。少し見てもいいか」
 思えば、これこそがジョゼフにとって、最初の分岐点であった。もしここで彼が香炉に興味を示さねば、後の歴史は大幅に変わっていたことであろう。
 他の人では許されないことであっても、王ならば通る。
 管理のものは難渋を示したが、それでも王の意向がまかり通った。



 そしてこの日、ジョゼフの人生は第一の激変を迎えた。







 「まさか、この俺が、な……」
 ジョゼフは悩んだ。自らの内に眠っていた魔法の力、『虚無』。
 始祖の直系たる証。最高峰の魔法。
 この事実を公開すれば、ガリアのすべてが自分になびくことは明白であった。
 だが一つだけ懸念があった。
 前例がなさ過ぎる。始祖の秘宝に秘められていた謎は、虚無である自分にしか理解できない。
 すなわち、自分が『虚無の担い手』であることを証明することが難しいのだ。
 自分が得た『虚無』は『加速』。すばらしい力であるが、いささか弱い。万人に自分が『虚無』であることを証明するには、ある意味わかりやすさが足りない。
 魔法具のたぐいであろうといわれる可能性も高い。
 証拠がいる、とジョゼフは考えた。
 一つだけ幸いなことがあった。虚無に目覚めると同時に、コモンマジックが使えるようになったのだ。とりあえずそのへんは秘密にしたまま、ジョゼフは始祖に関する文献を調べまくる。
 結論として思い至ったのが『使い魔の召喚』であった。
 かつて始祖は、『四人の人間』を使い魔として持っていたと伝えられている。そして今の世に、『人』を使い魔として持つメイジは存在していない。もし自分が正しく『虚無の担い手』、始祖の後継たる存在ならば、『人』を使い魔として召喚できるのではないだろうか。
 そう考えたジョゼフは、密かに準備を整え、召喚に挑んだ。



 それが第二の激変となった。



 「ここは……」
 術は成功し、召喚のゲートから現れたのは、紛れもない『人』であった。
 やはり、と思う中、ジョゼフは現れた人物に注目した。
 若い女性であった。やや儀式張った服装からは、ロマリアの神官を思い起こさせる。
 だがそれ以上に注目すべき点は、彼女が血にまみれていた点であった。
 彼女自身には外傷は見あたらない。混乱はしていたが、その手に凶器を持っている様子もない。
 だとすると、これは護衛か敵の返り血であろう。
 ジョゼフは使い魔召喚の儀式における注意事項を脳裏に思い浮かべながら、ゆっくりと話しかけた。
 「言葉は、通じているようだな」
 「……あなたは? それにここは」
 「私はジョゼフ。結果的にだが、そなたを召喚したものだ」
 幸い彼女はきわめて理知的な性格であり、冷静に状況を受け止めた。
 情報が交換され、そしてジョゼフは驚くべき事を知った。
 「そちらも……か」
 「私としては、うらやましい話ですけれども」
 彼女の名はシェフィールド。但し本名ではなく、地位に付随した、役名のようなものらしい。真の名前は、明かさない風習があるらしい。
 身分は神官。そして出身地は、東方--ロバ・アル・カリイエだという。
 だが、そんなことはジョゼフにとっては些細なことであった。
 彼に最大の衝撃を与えたのは、東方の現状であった。
 東方は、戦争の中にあるという--一万年を遙かに超える、永遠の闘争の中に。
 ジョゼフの問いに、シェフィールドは答えた。
 東方は永遠の闘争の中にある、と。
 彼女は神官の家系であり、過去の記録を知ることが出来る立場にあった。
 生まれた時より続き、一度は終わったはずの戦いが、その直後より再び繰り返された。その光景に心を痛めた彼女は過去を調べ、そして知ったという。
 誰も気にしていないこの戦いが、遙か過去より延々と続いているものであると。
 ジョゼフは思わずそのことを詳しく聞いていた。
 彼女も問われるがままに答えた。
 彼女の調べによれば、まるで誰かがわざわざこの地に戦いを起こし続けているようだ、と。
 これに対してジョゼフは、ハルケギニアを覆う、永遠の停滞について思うことを語った。
 平和なのがうらやましい、と彼女は言ったが、ジョゼフの真意を誤解したりはしなかった。
 ジョゼフの方も、永遠の闘争に、一つ不審な点を感じた。
 戦争は文明を加速する。大賢者の知識から、ジョゼフはそれを悟っていた。
 それは本能に直結した意志である。死にたくないという原初の本能が、武器を、防具を、戦術を、戦略を進化させる。
 だが彼女の語る永遠の闘争には、それがなかった。いや、『意図的に抹消』されていた。
 ジョゼフの問いに、彼女は語った。そういうものが萌芽することはあったらしいが、たちどころに対抗策が打たれて、定着することはほとんど無かったと。
 これが決定的な疑惑になった。彼女から過去の記録を聞き、新戦術の発見とそれが潰えるまでの経過を聞く限り、発見はまれなのに対抗手段の確立があまりにも早すぎる。
 まるで誰かがそれを望んでいないような様子であった。歴史に介入して、意図的に抹消したような印象を色濃く覚える。
 そうでなければ、これほどの長い間、戦争が続くことはあり得ない。
 戦争は巨大な消費だ。人か、物か、意志か。いずれかが不足して、戦いは終わる。正確には続行不能になる。
 なのにそれが続けられるということは、そのためのシステムが出来上がっていることに他ならない。
 戦争をするためにのみある世界。そんな世界でもない限り、そこまでの永きにわたって戦争状態を継続することなど、出来るはずもない。
 それははからずしも、ハルケギニアのあり方に似ていた。永遠の闘争と、永遠の無変化。
 意図は違えど、一つの世界を永遠に保つという点では全く同じであった。
 そうしたことを二人は話し合った。そしてシェフィールドは、ジョゼフの使い魔となることを受け入れた。
 現れた証は『ミョズニトニルン』。すべての魔導具を自在に使いこなす、始祖の使い魔が一つ。
 ここにジョゼフは、虚無の担い手たる確かな証を得た。
 だが、彼はそれを持ってガリアの掌握を行うことをしなかった。
 なぜならばそれは……



 ミョズニトニルンの力により、彼に第三の激変を与える事実が判明したからであった。







 ミョズニトニルンはあらゆる魔道具を使いこなす。
 それは始祖の秘宝といえども例外ではないはず。
 そう考えたジョゼフは、彼女に『始祖の香炉』の力の解析を望んだ。
 その結果--

 ジョゼフは、知ってしまった。
 この世界の真実の一端、大賢者の残した言葉の意味。



 「この世界は『大いなる者』の遊戯場である」



 はっきりと理解できたわけではない。そこまで踏み込むには、ジョゼフの智でも及ばなかった。
 難しいのではない。足りないのだ。
 異国語で編まれた文献は、その異国語を読めねば理解できない。そういうことだ。
 彼に理解できたのは、ハルケギニアの停滞も、ロバ・アル・カリイエの戦争も。
 自然のことではなく、意図的に為されていた、という事実。
 この事を知った時、ジョゼフは狂った。
 いや、ある意味正気に返ったとも言える。

 「シェフィールド……壊そう、この世界を」
 「御意」
 「まずはエルフか……この軛を断ち切るには、奴らの存在を利用せねばなるまいな」







 そしてガリアの地に、「狂王」が出現した。
 弟を暗殺し、
 その妻を辱め、
 娘も、姪も利用し尽くす、慈悲を忘れた王が。
 そして、そんな王の前に現れた、最大の「駒」。
 あのエルフが心底より恐れる、絶対の力。
 文字通り世界そのものを『物理的』に破壊できる存在。
 「もうすぐだ。もう少しで、力が集まる。ロマリアも動いた。ゲルマニアも機を見て動くであろう……我々が動けばな。アルビオンに、すべてを集める。手向かうがよい、異界のメイジ、タカマチナノハよ」
 ガリアの王は哄笑する。
 「その力で、我諸共、すべてを破壊するがよい。ためらわば、我が壊すのみ」







 そして、時空の間では。

 「どうして、ここで待機なんですか!」
 金髪紅眼の女性が、黒髪黒眼の男性にくってかかっていた。
 女性の名前は、フェイト=T=ハラオウン。
 男性の名前は、クロノ=ハラオウン。
 名前からも判るとおり、二人は家族である。クロノは結婚して家を出ているし、フェイトは養子であるのである意味他人でもあるが、兄妹であるのもまた事実である。
 二人が今いるのは次元航行艦『アースラ』のブリッジ。
 未知の次元空間を旅してきたこの船は、あとわずかで目的の世界に接触をする、その寸前で停止していた。
 「慌てるな、フェイト」
 一刻も早く親友の元に駆けつけたい妹をなだめるべく、クロノは言葉を綴った。
 「まず初めに、ここでいくら待機をしていても、向こう側での到着時間は変わらない。つまり、相手を待たせることにはならない」
 「でも!」
 「逆に、慌てて突入したら、むしろ大幅な遅延をもたらす可能性が高い」
 「う……」
 言葉を途切れさせるフェイト。
 ここぞとばかりにクロノが言葉を重ねていく。
 「向こう側の世界とこちらの時間の流れには、大幅な差違があるんだ。ここまではよかった。だが、最後の接触……相手の世界への突入は、やり直しがきかない。
 最初の接触で、相手の時間流のどの位置に接続できるかが決まる。現時点の観測結果では、推定誤差五十年……うまくいけば彼女の召喚直後になるが、最悪だと五十年後になる」
 フェイトの目に疑問が浮かぶ。何か方策はないのかと。
 「いま最新の観測データを元に正確な進路を算定しているが、それでも誤差を五年以内にするのが精一杯だ。だが、一つだけ希望はある」
 「何、それは!」
 希望、の一言に弾けるように反応するフェイト。
 「この世界は魔力の反応がきわめて大きい。そんな中に、明らかに彼女が発したと思われる魔力の残滓があるんだ。今現在においてもこれが大きな手がかりになっている」
 「魔力の残滓って……なのはが、大規模な魔法を?」
 「おそらく。負担が心配になるくらいの物らしい。明らかにリミット3を外している」
 「そんな……」
 よろめくフェイト。
 「彼女がそこまでするとなると、平穏に過ごしている可能性は低い。だが、皮肉にも、それが希望になっている」
 「どういうこと?」
 問うフェイトに、クロノは図を空中に提示しながら説明した。
 「三角測量だよ。後一度、彼女が大規模な魔力を放出してくれれば、そのデータを元に補正を掛けながら突入できる。そうすれば、間違いなく、その直後の時空にピンポイントで突入できる。諸刃の剣だけれどね」
 「なのは……」
 親友の嘆きをよそに、『その時』は着実に近づいていた。


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