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鬼哭街 > Zero-7 II

II/

 桟橋と言うからには埠頭があるのだろうと思っていた濤羅の予想を、しかし魔法の世界であ
るハルケギニアは容易に裏切った。なんと、丘の頂にある巨大な木そのものを船の係留として
利用していたのである。まして、その船が空を飛ぶなどと。
 濤羅の世界にも管制に従って空を走るSVがあるが、あれは純然たる科学の代物であるし、大
きさもそれと比べればずいぶんと大きい。とはいえ、ハルケギニアの住人から見れば、金属の
塊が時速数十キロを優に超す速度で流れるように走る光景というのも想像だにしまい。
 今更ながらに異世界に来たことを実感している濤羅に、ルイズは訝しげな視線を投げかけた。

「どうしたの、驚いたような顔をして」

 むしろそちらのほうが驚きである、といった含みがあった。入り口として空けたのか、はた
また、洞を利用して入り口を作ったのか。根元へと吹き込む風にあおられるルイズの瞳には、
はっきりとした不安の色が浮かんでいた。
 これから本当に戦争の地へ行くんだという実感と、それほど親しくないとはいえ級友と離れ
てしまったからだろう。付け加えれば、濤羅の体調への懸念もあるかもしれない。
 心配――という言葉を心の底に押し隠し、濤羅が外地での任務へと赴くたびに憂いを見せて
いたかつての妹の面影が強く懐き過ぎるのだ。
 そこまで重ねてしまってはルイズに、瑞麗に、そして濤羅自身に不幸しか齎すまい。

「……何でもない」

 さりとて、ルイズにかける言葉が思いつくはずもなく。わずかに言いよどむ気配だけを残し、
濤羅は再び歩き始めた。
 先導するワルドは振り返りもしていなかったが、それでも歩みそのものは緩めていたので追
いつくのはルイズの足でも難しくない。
 そうして、濤羅は追いついたワルドの背に違和感を覚えた。
 ワルドであれば、ルイズの不安に気づいてもおかしくはない。仮にも従軍経験者だ。その上
婚約者でもあるというのに、その彼女に配慮をしないというのはいかにも解せない。
 己が気を配るよりも、この男のほうがよほど機微を知っているだろう。不審を思いながらも、
楽になるために濤羅はワルドに声をかけようとし。
 しかしその前に小走りになっていたルイズが段差に躓いた。「きゃっ」と、小さく悲鳴を上
げる暇こそあったが、それでどうにかできるほどルイズは素早くない。せいぜいが、反射的に
腕を突き出すのが精一杯だ。それでは角に腕を強かに打ちつけてしまうだろう。
 風にならんと濤羅が一歩踏み出そうとして、しかしまたしてもその機先を制された。武とは
違う、舞のような優雅さでワルドが振り向きざまに小柄なルイズを受け止めたのだ。
 舞踏会であれば、声の上がったことだろう。無骨な濤羅には到底無理な所作だ。

 実を言えば、濤羅のほうがよほどワルドよりも先んじていた。ワルドに気を割いていたとは
いえ、前を行くワルドと背後に控える濤羅であれば、それが道理だ。仮に後れを取っていたと
しても、遅きを以って速きを制すのが戴天流である。濤羅が後れを取るはずもない。

 だがそれでは、このような舞のごとく受け止めることは不可能だっただろう。技量の差では
なく、それを己に許す余裕が貴族のワルドにはあり、死に損ないの濤羅にはない。
 その自覚が、ワルドの意を捉えた濤羅の足を止めたのだ。折りしもルイズはワルドに任せた
ほうがいいと考えたばかりではないか。これでいい。

「大丈夫かい、僕の小さなルイズ」

 小さく笑う濤羅の前では、ワルドがルイズを立たせていた。その動作にすら気品がある。

「すまなかったね。少し先を急ぎすぎていたようだ」
「と、とんでもないわ。急がなくちゃいけないのはわたしにだってわかるもの。むしろ、足を
止めさせてしまってわたしの方こそごめんなさい」

 答えるルイズの頬が赤いのは、羞恥か照れか。どちらにせよ、濤羅にかかずらっているより
はよほど十代の少女が浮かべるに相応しい。
 これで争いの場に向かうのでもなければ、きっと濤羅は寿げたことだろうに。忸怩たる思い
が濤羅の胸に陰りを作る。

「良いのかい?」
「何がだ?」

 その内心を知ってか知らずか。恐らくは濤羅が浮かべた苦い表情に気づいたのだろう。小声
で問いかけてくるギーシュに濤羅は同じく小声で返す。
 低く抑えられた声はその意図もないはずなのに何故かギーシュを小さくさせた。あるいは、
戦争への懸念が険となって出ていたのかもしれない。片眉が跳ね上がったのも悪かったろう。
 いずれにせよ、それ以上気を払う意味も見出せず、濤羅は黙り込んだ。ギーシュが口ごもる
ばかりでそれ以上問いかけてこないのだから仕方ない。
 しかし、この光景を見て胸がざわめくのは何故だろうか。
 決して愛ではない。嫉妬でもない。執着ですらないだろう。ルイズに心惹かれる何かがある
のは確かだが、それは死の誘惑に勝るものではない。

 忘れてはならない。濤羅の心には死を厭う心がありながら、同時にどこまでもそれに魅せら
れていることを。
 かつて復讐に身を焦がしていた頃は、その願いが叶えばすれば命すらいらぬと思い、死んだ
はずの瑞麗が甦る知れぬと思えば命を惜しみ、幼き彼女との生活が続けば余生が欲しいと願い、
そして今は――義兄の恨みと、妹の真意から逃げている。
 死はその逃避先だ。ルイズを思いながらも戦いから遠ざかれないことがその証左である。

 人の心は虚ろうものだ。
 まして、その心が弱ければ何にも増して、誓いは儚い。

 今更何を心の奥底で願っているのか。気に病んでいるのか。
 その正体を突き止められず、濤羅は顔を翳らせたままワルドに付き従うことしかできなかっ
た。

 ほどなくして、外に出る。とは言うものの、大地に降り立ったわけではない。太く張り巡ら
された枝の一つの出口にたどり着いただけだ。
 その先では、一つの帆船がいくつもの縄によって吊るされていた。横に取り付けられた羽の
ような板といい、中空にあることといい、どうにも濤羅の目からすれば大きなおもちゃにしか
見えないが、それでも誰一人笑いもしないのだからこういうものなのだろう。
 離れたところでは、ワルドが船員を捕まえ、船長を呼び出しているところだった。杖を突き
つけたところで濤羅の眉根がわずかに寄るが、ルイズもギーシュも止める気配はない。
 こういうものかと改めて自らに言い聞かす。元より、かつて青雲幇にいた頃の濤羅とて、力
に訴えて物事を進めたことは実のところ一度や二度ではない。いくら好漢と知られていようと、
基本的に裏家業の人間なのだ。
 それに、対応する船乗りを見ても、そう柄のいい人間でないことはたやすく理解できたのも
確かだった。密輸、密航、それに類するものか。あるいは、この戦乱で一儲けしようと商売に
勤しんでいるのか。
 とまれ、尋常な手合いではない。
 流石に私略すれば濤羅とて黙ってはいないが、ワルドとてそこまで恥知らずではないだろう。
 事実、商魂逞かろう船長との話し合いは、双方の笑顔で締めくくられていた。無理矢理とも
なればこうはいかない。

「さて」

 慌しく船員に命令を出す船長を背後にやりながら、振り返ってワルドは言った。

「ここからが本当の戦場だ。心構えはできているかな?」

 つば広の帽子を指先で押し上げるその様こそが、実感とはどこまでもかけ離れていた。

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