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虚無のパズル-21

王都トリスタニア。王宮のアンリエッタの執務室で、ルイズは古びた一冊の本を受け取った。
ルイズの隣に立ったオスマン氏が、興味深そうに、その古びた革の装丁がなされた本を見つめている。
表紙はぼろぼろで、ページは色あせて茶色くくすみ、触っただけでも破れてしまいそうだった。
「これが?」
ルイズが尋ねると、アンリエッタが頷いた。
「ええ。トリステイン王室に伝わる、『始祖の祈祷書』です」
ルイズは『始祖の祈祷書』を手に取ると、注意深くページをめくる。
何ページか眺めたあと、目をぱちくりさせた。
そこにはなにも書かれていなかったのだ。
ルイズは次々とページをめくったが、その三百ページ近い本は、どこまでめくっても真っ白なのであった。
ルイズは戸惑った。オスマン氏など、あからさまに胡散臭げな視線を向けている。
「ルイズ、あなたの言いたいことは分かるわ」
アンリエッタは苦笑して言った。
「そもそも、『始祖の祈祷書』は、始祖ブリミルが記した一冊しかないはずなのだけれど、何故だかこのハルケギニアの各地に存在するの。まがい物……、この手の『伝説』の品にはよくある話ね。
 お金持ちの貴族や、寺院の司祭、各国の王室などに点在する『始祖の祈祷書』を集めただけで、図書館ができるだなんて言われてるわ」
「はあ……」
ルイズは曖昧に答える。
「でも、いやね。まがい物にしたってひどい出来。わたし、王女ですから、各地へ訪問へ行くことが多いのだけど、そこでいくつか『始祖の祈祷書』を見たことがあるわ。
 どれにも古代語やルーン文字が記されて、祈祷書の体裁を整えていたけれど……、我が王家の『始祖の祈祷書』には、文字ひとつ見当たらないのよ。これっていくらなんでも、詐欺じゃないかしら。ねえ?」
くすくすとアンリエッタが笑う。
ルイズはなんと返したものか、困ってしまった。そりゃあ、この『始祖の祈祷書』はどう見てもインチキなのだけど……、それでも一応トリステインの秘宝である。
ルイズが困っていると、アンリエッタはオスマン氏がいることを思い出したのか、笑うのをやめて小さく咳払いをした。
「……こほん。では、ルイズ・フランソワーズ。これよりわたくしの婚礼の儀の日まで、あなたに王家の秘宝を貸与します。くれぐれも大切に扱うように」
ルイズはかしこまって、アンリエッタの手から『始祖の祈祷書』を受け取った。
オスマン氏は目を細めて、そんなルイズを見つめた。学院の生徒の名誉を、誇らしく思った。
アンリエッタはそれから、机に座ると、羽ペンを取って、さらさらと羊皮紙に何かしたためた。それから羽ペンを振ると、書面に花押がついた。
「これをお持ちなさい」
アンリエッタがルイズに書面を差し出す。
「これは?」
「わたくしが発行する許可証です。あなたは巫女の役を務めるあいだ、わたくしの女官という扱いになります」
「ええ!わ、わたしがですか?」
「大臣たちが、『巫女役を務めるものは、ふさわしい地位と役職を持ったものでなくてはいけません!』なんて言うものですから。伝統って、いやね。堅苦しくって」
アンリエッタはため息をつく。大臣たちの反対を押し切って、アンリエッタはルイズを巫女役に推薦してくれたのだ。
ルイズは感激して、胸がいっぱいになった。
「その許可証は、わたくしの発行した正式なものですから、期限付きとは言え、あなたには女官としての権限が与えられます。王宮を含む国内外へのあらゆる場所への通行と、一部公的機関の使用。
 まだ結婚式まで一月あるわ。どこか小旅行にでも行ってみるのも、いいかもしれませんよ。そうしてすてきな詔を考えてちょうだいね」
ルイズは恭しく礼をすると、その許可証を受け取った。


ルイズとオスマン氏が退出しようとすると、アンリエッタがルイズを呼び止めた。
「お話したいの」と言うアンリエッタに、なんだろう、と思いながらも、ルイズは残った。
オスマン氏が従者に連れられ退出すると、アンリエッタに促され、ルイズはソファに腰掛けた。
しばしの間、沈黙が部屋に流れた。
ルイズはちらりとアンリエッタの顔を見る。アンリエッタはぼんやりと横を向いていて、その表情には、先ほどまでのハキハキとした様子が見られず、まるで氷のようだった。
「ルイズ、あれを見て」
ルイズがアンリエッタの視線を追うと、そこには、純白のウエディングドレスが壁にかけられていた。
まだ仮縫いの状態ではあるが、上質な素材と丁寧な縫製で、まさに王族が纏うにふさわしいといったふうのドレスだった。
「素敵なドレスですわ」
「ええ、そうね。小さな頃は、わたし憧れてたわ。こんなドレスを着ることができたら、どんなにすてきだろうって。でもね、いざそのときがやって来たと言うのに……、なんだかちっとも心が弾まないの」
「それは……」
ルイズは言葉に詰まった。これが、アンリエッタの望まない結婚だということは、ルイズもよく分かっていた。
「アルビオン新政府の樹立。ゲルマニアとの軍事同盟の締結。そしてわたしの結婚式……。なんだか、早い、早い川の流れに流されているみたいな気分よ。
 政治を執り行うのは、いつだってあのマザリーニですもの、何もかもが、わたしの与り知らぬところで進んでいくみたい」
トリステインでは、国王が崩御したあと、王座は空位のままとなっている。
太閤マリアンヌは女王に即位することはせず、あくまで王妃の立場を貫いたため、実質的にトリステインの政治を行っているのは、枢機卿のマザリーニなのである。
此度のゲルマニアとの軍事同盟締結式にも、出席したのはマザリーニであった。
アンリエッタは、こうして城に残ってウェディングドレスの仕立てを受けている。なんだか、アンリエッタが政略結婚の道具としてしか見られていないような気がして、ルイズはやるせない気持ちになった。
「あなたを巫女に推したのは、わたしのささやかな反抗かもしれないわね。せめて、自分の式の巫女くらいは、自分で決めたかったのよ」
「姫さま……」
アンリエッタは美しい顔を曇らせ、さめざめと泣きはじめた。
ルイズはあわてて、アンリエッタに駆け寄った。おろおろしながら、アンリエッタの身体を抱く。
「ひ、姫さま!どうされたの!どこか痛むのですか!」
「違うの、ルイズ。わたしって、だめね……。どうしても、ウェールズ様のことが忘れられないの。悲しいの。つらいのよ」
ルイズははらはらと涙を零すアンリエッタを見て、戸惑っていた。
今まで、アンリエッタのことは絶対だと思っていた。トリステインを統べる王家。忠誠を誓うべき相手。
アンリエッタはルイズのことを「おともだち」と言ってくれるけれど、貴族の考えを重んじるルイズにしてみれば、アンリエッタは雲の上の人であった。
それなのに、今こうやってルイズの腕の中で泣いているアンリエッタは、とても小さく見えた。
まるで、わたしと同じ。ちっぽけな女の子……。
ああ、そうか。姫さまも、つまりは人間なんだ。
恋したり……、傷ついたり……、弱かったり……、そんな普通の女の子。
そう思うと……、ルイズはなんだか忠誠心とは違う感情で、アンリエッタを助けてあげたい、と思った。
「しっかりしてください。あなたは王女様ではありませんか」
ルイズが優しく声をかけると、アンリエッタはやっと泣き止んだ。ハンカチを取り出して、涙を拭う。
「……ごめんなさいね。幻滅したでしょう?なんて弱いお姫さまなのかしら」
「そんなことはありません」
ルイズはふるふると首を振ったが、アンリエッタはそれを気遣いと受け取ったようだった。
「いいのよ、ルイズ。でもね、王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。ちっぽけで弱々しい小鳥が、自分を大きく見せようと精一杯羽を広げているの」
アンリエッタは寂しそうに笑った。
「ルイズ、魔法学院であなたと再開した時、『なんでも話してください』と言ってくれたこと、わたし、嬉しかったわ。あなたを幻滅させることになるとは思うけど……、これからも、わたしの愚痴や泣き言を聞いてほしいの。
 あなたに本当の気持ちを打ち明けることができるなら、わたしはこれからも、王女の仮面を被ることができると思うから」
アンリエッタの言葉に、ルイズは黙って頷いた。


タバサは息をひそめて、木のそばに隠れていた。目の前には、廃墟となった寺院がある。
門柱は崩れ、鉄の柵は錆びて朽ち、庭は雑草が生い茂って荒れ放題になっている。
ここは数十年前に打ち捨てられた開拓村の寺院であった。荒れ果て、今は近付くものもいないが、明るい陽光の中のそこは、どこか牧歌的な雰囲気が漂っている。
すると、突然爆発音が響き、門柱の横に立った木が燃え上がった。キュルケの『発火』の呪文である。
木陰に隠れたタバサは杖を握りしめた。
寺院の中から、この開拓村が打ち捨てられた理由が飛び出してくる。
身の丈二メイルほどもある、醜く太った身体と豚のような頭を持ったバケモノ。オーク鬼であった。
その数はおよそ十数匹。人間の子供が大好物という、困った嗜好を持つこのオーク鬼の群れに襲われた所為で、開拓民たちは村を放棄して逃げ出したのだった。
村人たちは領主に訴えたが、森の中に兵を出すことを嫌った領主は、要請を無視して放置した。
そのような村は、ハルケギニアには掃いて捨てるほどあるのだった。
オーク鬼たちは、ぶひ、ひぐ、と豚の鳴き声で会話を交わし、門柱の辺りで燃える炎を指差した。それからめいめいに、怒りの咆哮を上げる。
「ふぎぃ!ぴぎっ!あぎっ!んぐぃぃぃぃいいッ!」
手に持った棍棒を振り回し、オーク鬼たちはいきり立った。火がある。つまり近くに人間がいる。敵であり、餌である。
オーク鬼たちの様子を見ながら、タバサは呪文を詠唱した。空気中の水蒸気が凍り付き、十二本の氷の矢となって、タバサの大きな杖の周りに浮かんだ。
『水』『風』『風』、水が一つ、そして風の二乗。タバサが得意とする攻撃系呪文『ウィンディ・アイシクル』である。
オーク鬼の皮膚は分厚く、骨は岩のように硬い。オーク鬼を確実に仕留めるためには、最低でも三本の氷の矢が必要だ。
そうなると、タバサが『ウィンディ・アイシクル』でつくり出すことのできる氷の矢の量では、オーク鬼の群れを一度で仕留めることは難しくなってしまった。
敵の数が思ったよりも多いのだ。
強力な呪文は、続けざまには使えない。タバサは慎重に、攻撃のタイミングをはかる……。
そのとき、オーク鬼たちの前に、ふらりと陽炎が立ったかと思うと、青銅の戦乙女が七体、姿を現した。ギーシュのゴーレムだ。
タバサは眉をひそめた。打ち合わせと違う。焦ったギーシュが先走ったのだ。
ギーシュの七つのワルキューレは、先頭のオーク鬼に向かって突進した。手に持った短槍が、オーク鬼の腹にめり込む。
七体のワルキューレに襲いかかられたオーク鬼は、地面に倒れた。しかし、傷は浅い。分厚い皮と脂肪が鎧となり、穂先は内蔵まで達していなかったのだ。
倒れたオーク鬼はすぐに起き上がり、些細な絆どものともしない生命力で棍棒を振り回した。
オーク鬼の棍棒は、大きさが人の体ほどもある。一撃を受けた華奢なゴーレムは、吹っ飛んで地面に打ち付けられ、バラバラになった。
残ったワルキューレは体勢を立て直そうとしたが、硬い皮膚に阻まれて、オーク鬼の腹から槍を抜くことができない。
そうこうもがいているうちに、仲間のオーク鬼たちが駆け寄り、ワルキューレめがけて棍棒を振るった。あっという間に、七体の戦乙女たちは粉々に砕かれ全滅してしまった。
オーク鬼は、自分たちを襲っている人間が、まだ未熟なメイジであると当たりを付けた。
メイジとの戦いは一瞬で決まることを、オーク鬼たちは長い人間との戦いを通じて、覚えていた。負けるときは、ほんの一瞬で全滅してしまうのである。
ところが七体の青銅の人形は、自分たちになす術もなく砕かれてしまった。
オーク鬼たちは、下卑た笑みを浮かべると、ふがふがと嗅覚鋭い鼻をひくつかせ、襲撃者の隠れている場所を探り当てた。
寺院の庭の外から、うまそうな人間の臭いは漂ってくる。
オーク鬼の群れが走り出すと、門の右手の木の影から、ひう、と小さな悲鳴が上がり、一人の人間が飛び出してきた。
その、金の巻き毛をした人間は、見ればまだ子供である。薔薇の造花を突きつけて、何やら叫んでいる。
「やあやあ、我こそはかの偉大なるグラモン元帥の息子、ギーシュ・ド・グラモンである。薄汚いオーク鬼どもめ、このぼくが成敗……」
オーク鬼はギーシュの言葉を無視して突撃した。メイジは恐ろしい敵である。呪文を唱える暇を与えず、棍棒の一撃で潰してやろうというのだ。
ギーシュはあわてて、マントをばさっと広げた。裏地に縫い付けられた宝石が、きらりと光る。
「い、行け!精霊よ!」
ギーシュの叫びとともに、宝石の精霊たちが飛び出した。小鳥ほどの大きさの精霊たちは、光る尾を引いて、オーク鬼の群れに殺到する。
群れの先頭、手負いのオーク鬼は、精霊たちの強烈な体当たりをくらって吹っ飛んだ。
オーク鬼たちは一瞬ひるんだが、棍棒で飛び回る精霊たちを叩きはじめた。
棍棒の一撃を食らうと、精霊たちは風船がはじけるように、ぱちんぱちんと音を立てて消えてしまった。
「ああっ、ミック、ロニー、キース、クラプトン、ミッチー!」
ギーシュが悲鳴を上げる。
それを見て、タバサは素早く杖を振るった。十二本の氷の矢が、オーク鬼の群れに襲いかかる。
一匹につき三本、目と喉、そして心臓に正確に氷の矢を突き立てると、四匹のオーク鬼は倒れて絶命した。
しかしタバサの効果的な攻撃はここまでだった。いまだ、オーク鬼は十匹近い数が残っている。
奇襲にオーク鬼たちはひるんだが、すぐに鼻をひくつかせて、襲撃者の位置を探りはじめた。やがてタバサの隠れた場所を探り出すだろう。
そして、索敵するオーク鬼とは別に、数匹のオーク鬼がギーシュへの突撃を再開した。
タバサは小さく舌打ちし、杖を構えてふたたび詠唱を開始する……、
と、そのとき、突撃するオーク鬼の足が止まった。先頭が急に足を止めたので、後続のオーク鬼たちはぶつかって、ぶぎぃ!ぴぎぃ!と怒りの声を上げた。
見ると、オーク鬼の足に、長く伸びた草が絡み付いている。
すると、タバサの隠れた場所から離れた木の上……、キュルケとティトォが隠れている場所から、巨大な炎の玉が飛び出した。
『炎』と『炎』の二乗、キュルケの得意な攻撃呪文『フレイム・ボール』である。
しかし、どうにも炎の大きさが尋常ではない。その『フレイム・ボール』は、ふだんの三倍ほどの大きさにもなっていたのである。
巨大な炎の塊は、足を取られたオーク鬼の三匹を、一瞬で燃やし尽くした。
むんと、獣の肉が焼けるいやな臭いが辺りに充満する。
残されたオーク鬼たちは、一瞬で仲間を焼き付くしたその巨大な炎に、後じさった。
そのとき、門の脇の茂みをガサガサと揺らして、真っ赤な身体のサラマンダーが現れた。
オーク鬼たちは警戒するようにサラマンダーを見つめる。奇妙なことに、そのサラマンダーの身体には、火がついていた。
サラマンダーは普通、尻尾の先に火がついているものだが、このサラマンダーには、全身に火がついているのである。
しかもその炎は、今まで見たこともないような、白い色の炎であった。
サラマンダーは強敵だが、数でこちらが有利である。
そう考えたオーク鬼の群れは、棍棒を振り上げ、ぶぎぃ!びぎぃ!と咆哮を上げ、サラマンダーに突進した。
そしてそれが、彼らの命取りになった。
サラマンダーはかぱっと口を開けると、火竜のブレスに匹敵するほどの巨大な炎を吐き出した。
あっと言う間もなく、オーク鬼たちは消し炭になって、全滅した。


ばっさばっさと、タバサの風竜が地面に降り立った。この風竜が傷付いたら、歩いて帰るはめになるので、戦闘には参加させない取り決めであった。
木から降りてきたキュルケは、サラマンダーのフレイムと同じように、全身に白い炎を纏っていた。そして、とりあえずギーシュを小突いた。
魔法の炎でパワーアップされているので、ちょっと小突いただけなのにギーシュは派手によろけた。
「あいたぁ!なにをするんだね!」
「あんたのせいで、作戦が台無しじゃないの!」
オーク鬼の群れを、あらかじめ作った罠のエリアに誘い出し、魔法で一網打尽にする作戦だったのだ。
罠のエリアには、モグラのヴェルダンデが掘った落とし穴や、ティトォのホワイトホワイトフレアでパワーアップさせた、足に絡み付く草などが用意されていた。
「そんなに調子よく、罠にかかってくれるもんかね。戦は先手必勝。ぼくはそれを実戦しただけだ」
ギーシュはぶつぶつと文句を言った。
「あんたのモグラが掘ったんでしょ!穴を信じなさいよ!」
「まあまあ、結果オーライでいいじゃない」
ティトォがなだめるように言った。ギーシュが隠れている場所の周りには罠を設置していなかったのだが、ギーシュが先走る可能性を考えて、草に魔法をかける範囲を広くしておいたのだった。
ティトォは辺りを見回して、オーク鬼の生き残りがいないことを確認すると、キュルケと、フレイムにかけた魔法の炎を解除した。
キュルケはまじまじと、杖を持った自分の手を見つめた。
若くして『トライアングル』クラスのエリートメイジであるキュルケは、自分の炎に自信を持っていた。
『全てを燃やし尽くす』と常日頃から豪語しており、その言葉の通り、キュルケの炎は強力だった。
ところが、ティトォの魔法の強化を受けると、ただでさえ強いその炎の力が、さらに二倍にも、三倍にも威力を増すのだ。
やっぱりティトォすごい。面白い。冒険に誘って大正解。
うきうきしながらキュルケが振り向くと、ティトォは木に寄りかかって、荒い息を付いていた。
「ティトォ……、ダーリン?とうしたの?」
「大丈夫、ちょっと立ち眩み。魔法を使いすぎたせいかな」
ティトォは、なんでもないことのように言ったが、その額には汗が浮かんでいた。
どこか体調でも悪いのだろうか?キュルケは少し心配そうな顔になる。
「ところで、宝石の精霊は大丈夫?さっきいくつかやられちゃったみたいだけど」
ティトォは振り向いて、言った。ギーシュは少し困った顔になって、マントに縫い付けられた宝石を撫でる。
その宝石は、なぜかくすんだような色になってしまっていた。
「精霊は死にはしないよ。でも、こうなると宝石はしばらくの間、輝きを失ってしまうんだ。三日は使えなくなってしまうね」
ティトォは感心したような顔をしたが、これは、話題を逸らす為に振った話であった。
実のところ、ティトォはそのことは知っていたのだった。精霊使いの知り合いがいるのだ。
ティトォ・アクア・プリセラの『弟子』を自称するその男は、精霊使いの才能があった。
そういえば、最後に会ったのはもう十年も前の話だ。
元気でやってるだろうか。
したたかな男なので、きっとうまくやってるに違いない。
ひょっとしたら違う漫画のナレーションをやってるかもしれない。何を言ってるんだぼくは。
一方、タバサは激しい戦いの後にも関わらず、けろっとしたいつもの無表情だった。地図を眺めると、廃墟となった寺院に向かって歩いていく。
「ブリーシンガメル」
「あら!そうだったわ!早く行きましょ」
キュルケはぽんと手を叩くと、タバサと一緒に寺院へ向かって歩き出した。ティトォとギーシュもそれに続く。
「ブリーシンガメルってなに?」
ティトォが尋ねると、タバサは地図に付けられた注釈を詠みあげる。
「『炎の黄金』で作られているという首飾り。それを身に付けたものは、あらゆる災厄から身を守るという言い伝えがある」
「聞いただけでわくわくする名前じゃないか、きみ!なんでも、ここの司祭が、寺院を放棄して逃げ出す際に、その『ブリーシンガメル』を祭壇の下のチェストに隠したらしい。それだけじゃないぞ!チェストの中には、『ブリーシンガメル』の他にも寺院の金銀財宝が……」


その夜……、一行は寺院の中庭で、焚き火を取り囲んでいた。誰も彼も、疲れた顔をしている。
ギーシュは、地面に乱雑に散らばった、色あせた装飾品の中から、真鍮でできた安物のネックレスをつまみ上げた。
そして、深いため息をつく。
「まさかこれが『ブリーシンガメル』というわけじゃあるまいね」
キュルケは答えない。ただ、つまらなさそうに爪の手入れをしていた。タバサは相変わらず本を読んでいる。ティトォは寺院のスケッチを描いていた。
寺院の祭壇には、なるほどチェストはあった。しかし、中から出てきたのは、色あせた装飾品と、汚れた銅貨が数枚、あとは持ち帰る気にもならないガラクタばかりであった。
「これでインチキ地図は七件目!いくらなんでもひどすぎる!廃墟や洞窟は魔物のすみかになってるし、そいつらを苦労して倒しても、得られる報酬がこれじゃあ、割にあわんこと甚だしい」
「そりゃあそうよ。化け物を退治したくらいで、ホイホイお宝が手に入ったら、誰も苦労しないわ」
「だいたいね、ぼくは最初っから宝探しなんてやくざな方法だと思ってたんだ!きみの口車に乗せられて、宝の地図を買いあさって、苦労してお宝が眠るという場所に行ってみても、見つかるのはせいぜい銅貨が数枚じゃないか!秘宝なんてカケラもないじゃないか!」
ギーシュとキュルケの間に険悪な雰囲気が流れたが、ここでキュルケは必殺のカードを切った。
「うるさいわね。じゃああんた、他に何か借金を返すあてがあるっての?」
むぐ、とうなって、ギーシュは黙り込んでしまった。借金のことを持ち出されると、弱い。
小さく鼻を鳴らすと、つまらなさそうに敷いた毛布の上に寝転がった。荷物袋の中から保存食のパンを取り出し、かじる。
ギーシュもキュルケも貴族なので、普通ならこんなまずい食事には耐えられない。
しかし一行に料理のできる人間は一人もいないので、こうしてボソボソのパンと、干し肉、瓶詰の豆で我慢するしかないのである。
学院の食堂の、暖かいスープが懐かしかった。
食事のあと、キュルケはふたたび地図を広げた。まだ宝探しを諦めるつもりはないようだ。
ギーシュはため息をついて、「もう諦めて学院に帰ろう」と促した。
「何言ってんのよ。お宝が見つからなかったら、あんたどうやってお金を返すつもりなの」
「こんなインチキ地図を頼りにしたって、時間の無駄だよ。お金はどうにか、別の方法で作るさ」
ギーシュはもう、実りのない宝探しにすっかり情熱を失ってしまったようだった。
ティトォとタバサも、うんうんと頷く。二人とも、これ以上探しても無駄だろうな、と、そんな気分になっていたのだ。
三対一で、キュルケは不利な立場に追い込まれたが、諦めずに食い下がった。
「あと一件だけ。一件だけよ」
キュルケは、何かに取り付かれたように、目を輝かせて地図を覗き込んでいる。
そして、一枚の地図を選んで、地面に叩き付けた。
「これ!これよ!これでダメだったら学院に帰ろうじゃないの!」
ティトォは地図を覗き込む。
それは、ここから南に8リーグほど行った、タルブの村の近くを示していた。
「で、そこにあるのはなんというお宝だね?」
ギーシュの問いに、キュルケは腕を組んで答えた。
「『魔王の骨』」


さて一方、こちらは魔法学院。
ルイズはここ2~3日ほど授業を休んで、結婚式の詔を考えていた。
図書館に行って、めったに手に取らない詩集やら歌集やらと格闘し、部屋に閉じこもって唸っているのだが、さっぱりはかどらなかった。
詩才もないのに理想だけは高いルイズは、最高の詔を作らなければと気負って、まだ最初の一語も書き出せていないのだった。
読書家の使い魔に手伝わせようと思ったのに、いつまで経っても戻ってこない。
さすがに二日も戻らないのは変だと思って、廊下を通りすがったモンモランシーに尋ねたら、ギーシュやキュルケ、タバサと一緒に授業をサボって宝探しに出かけたという。
先生たちはカンカンで、帰ってきたらキュルケたちに講堂の掃除を命じるつもりらしい。
なんだ楽しそうじゃないの、と思ったら、ふつふつと怒りが込み上がってきた。
ご主人様がこんなに苦しんでるっていうのに、あの使い魔ってば、なにを遊び回ってるのかしら。
自分で言うのもなんだけど、わたし、かなり寛大なほうだと思うの。
図書館に引きこもってても、ふらりとどっか行っちゃって帰ってこなくても、これまでずっと許してきたわ。
ティトォもアクアも人間だし。用のないときまでそばに控えさせておこうってのは、ちょっと横暴だと思うからね。
わたし、えらい。太っ腹。
でも、ご主人様が必要としてる時にまでいないっていうのは、どうかしら。
それはちょっと許せないなあー。
普段好き勝手させてるんだから、用があるときくらいはわたしの力になるべきじゃないかしら?
使い魔とか関係なく、それが人の道ってものよね?
それなのに、あのアホ使い魔ってば。
どうしてやろうかしら。
どどど、どうしてやろうかしら。
ルイズはなんだかどんどん腹が立ってきた。
ルイズの頭は湯沸かしのポットようなもので、感情的になるとすぐに沸騰してしまうのだった。
こんな気分で祝福の詔を書くことはできないので、ルイズは乱暴に部屋のドアを開け放つと、ずんずんと厨房へ向かった。
夕食の仕込みをしていたマルトー親父に話を付け、厨房の一画を借りると、気分転換にパイを作りはじめた。
小麦粉を振るい、角切りのバターを混ぜる。
フォンティーヌ(土手)を作り、水とビネガーを入れ、カードで切りながら一つにまとめる。
ルイズの頭は沸騰していたが、手つきは繊細だ。
生地にバターを練り込んでしまったり、バターが溶けてしまったりすると、パイ生地はうまく膨らまないのである。
黙々と作業をしていると、だんだんと頭が冷えて、ルイズの心は落ち着きを取り戻していった。
冷たい大理石の板の上でしばらく生地を寝かせると、生地を伸ばして三つ折りにし、さらに三つ折りにして、また休ませる。
フィユタージュ・ラピド……、速成折りパイと呼ばれる生地である。
夕食の仕込みをしながら、横目でルイズの様子を見ていたマルトー親父は、パイ作りの手際に感心し、ほう、と感嘆の声を上げた。
やがて、ルイズのパイが焼き上がって、調理台の上に並べられた。なんだか興が乗って、四枚も焼いてしまったのだった。
フィリングはもちろん、ルイズの大好物のクックベリージャムである。
こんがりときつね色に焼き上がったパイは、食べるまでもなく絶品だということが分かった。
ルイズは満足そうにニッコリと笑う。お茶が必要ね、これは。
「シエスタ……」
声をかけようとして、ルイズは気付いた。シエスタは、故郷に帰省している最中だったのだ。
ティトォもいないし、シエスタもいない。ルイズが気安く接することのできる数少ない二人が、揃って学院にいないのだ。
ルイズは目の前に並んだ四皿のパイを見て、一緒にお茶をする相手がいないことが、急に寂しくなってきた。
いつもならいなくてせいせいするはずのキュルケの姿がないことさえ、なんだか寂しく感じてしまう。
気分が沈んでしまったルイズは、エプロンを脱ぐと、マルトー親父に声をかけた。
「へえ、なんですか」
ルイズは調理台のパイを指し示す。
「作りすぎちゃったの。晩のデザートに出すなり、あなたたちで食べるなり、好きにしてちょうだい」
そういってルイズは厨房を出て行った。ちなみに、しっかりと自分の分のクックベリーパイを一皿持って行った。
ルイズが出て行くと、厨房のコックたちが、パイを見てざわざわ言い出した。
「デザートに出すってもなあ、どうするよ?三皿だけじゃあ、とっても足りねえよ」
「なら、俺たちで食っちまえばいい」
マルトーがそう言うと、コックたちは笑い出した。
「旦那!俺たちゃプロの料理人ですぜ!」
「貴族様が道楽で作った菓子なんて、食えたもんじゃないんじゃないですかい」
マルトーは黙って、パイを切り分けた。三皿のパイは、厨房で働くコックたちにちょうど行き渡るくらいの量だった。
「ま、せっかくだから食ってみろって」
すると、厨房で働く、がっしりとした体つきのコックが進み出てきた。筋骨隆々の見習いコック、ロベールである。
「旦那。俺はちょっとばかし甘いものにはうるさいですよ。なにせ俺の実家は菓子職人の家系ですからね、すっかり舌が肥えちまった!そんな俺にうまいと言わせたら……」
サクッ、とロベールはパイをかじった。
「うまっ!」
ロベールは一言叫ぶと、ブワアアアッ、と後ろに吹っ飛び、派手に転がって、厨房の壁にぶつかった。ロベールは死んだ。
「うまい……、うますぎる!完敗だッ……!このパイには、親父もおふくろも太刀打ちできない!」
パイを食べた料理人たちも、次々と騒ぎだした。
「なんだこりゃ!うめえ!」
「これをほんとにあの娘が?」
マルトー親父は、ニヤッと笑って、言った。
「貴族の連中はどうにも虫が好かないが、なるほど、腕前は認めざるを得ないな、こりゃあ。シエスタが惚れ込むのも分かるってもんだ」


翌朝、キュルケたち一行は空飛ぶ風竜の背中に乗って、タルブの村へと飛んだ。
「それでその『魔王の骨』とやらは、どんなお宝なんだね?」
ギーシュの問いに、キュルケは肩をすくめた。
「わかんない。『魔王の骨』については、地図に注釈がないのよ」
「おいおい、そんな得体の知れないものを探しにいくっていうのかい?」
ギーシュは、地図の束の中でも特に薄汚い『魔王の骨』の地図を、胡散臭げに眺めた。
「大仰な触れ込みの付いた宝の地図は、全部インチキだったじゃないの。こういう飾り気のないボロ地図のほうが本物の臭いがするわ」
キュルケは髪をかきあげて、言った。
「だいたい、骨って。とてもお宝のイメージじゃないがなあ」
「あら、プラド卿ご自慢の『水晶の頭蓋骨』があるじゃないの。ああいうお宝にちがいないわ、きっと。それに『魔王』っていったら、あんたなにを想像する?」
ギーシュははっとした顔になる。
「そうよ、大魔王デュデュマ。始祖の伝説よ!ひょっとしてひょっとすると、『始祖の秘宝』かもしれないわ!」
「『始祖の秘宝』は、ブリミルの血統を継ぐ三の王家と、第一の三十指・聖フォルサテが興したロマリアがそれぞれ管理しているはず」
「あらん、そんな意地悪をいうのはこのお口?ロマリアの『秘宝』は、二十年前にどこかへ消えてしまったって話じゃないの。知らないわけじゃないでしょ、タバサ」
「でもねえ、市場に地図が出回るようなお宝が、そんな王家の秘宝だとは思えないんだけどなあ」
「まあ、ひどいわダーリン!あなたまでそんな意地悪をおっしゃるの?」
「わわわ、キュルケ、暴れないでくれ!また竜から落っこちるのはごめんだよ、ぼかァ!」
きゃあきゃあと騒ぐ一行を乗せて、風竜は一路タルブの村へと羽ばたいた。


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