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虚無と鬼-01b


虚無と鬼 第一話 (Bサイド)

そこに広がるはどこまでも続く荒野。
鳥の一羽、虫の一匹、草木一本さえない命無き道。
見渡す先は暗黒。
果て無く、際限無く、暗闇へ向かって沈む道のり。
先にあるのは底無しの絶望。
地獄(ダロマグル)。
罪人が、悪が、黒き者が落ちる最凶最悪のゴミ捨て場。
そこには数多くの悪夢と、罪人と、生贄と、罪無き者が苦悶を、絶望を喘いでいるのか。
そしてそれらを貪る不死の王(ノーライフキング)。
死そのものでありながら、死なずに死んでいるかつての神の片割れ。
どんなに信仰深く彼を崇める信者であろうとも、心に抱くは絶望だろう。
地獄へと向かうということは、不死の王が味わっている無限の苦痛を己が身に受けるということであるのだ。
それゆえに、正気を保てるわけは無く。
もし正気でいられるのならば、それはすでに正気ではない。
だから、
「ふんふふ~んっと」
鼻歌交じりにこの道を進む男は、異常であった。
「ざまあみろってんだ、大いなる神(エル・アギアス)!」
それどころか、天に向かって中指を立てると舌を出して神を罵倒する。
「てめえが愛した信者は、今地獄へ向かっていますよ~。悔しいだろう、なんかしてみろよ神様よ」
まるで子供のように1人で騒ぐ姿は他人が見れば馬鹿みたいであろうが、彼はそのことを気にすることはなく。そもそもが周囲に他の者などいない。
「ふあぁ……にしてもこりゃまた、退屈な場所で」
そして飽きたのか。欠伸をかましながら、男は手に持った得物をクルクルと回す。地獄へと向かう気負いさえも無く、無責任なことを言う。
「こう、なんて言ったらいいか。ずばばばーん! と派手なことが起こらねえかな」
無論にして、ここは地獄への道程であり。
余計な物は一切無いはずなのだが。
――カッ!
「な、なんだっ!?」
突如目の前に閃光が奔る。
咄嗟に目を庇うが、光は腕を透過し目へと直接侵入するが――
(なんだ? 眩しいのに潰れねぇ)
前の状態ならともかく。本来こんな光を浴びたのなら、とっくに目が潰れているだろう。
なのに、目の前の光は眩しいが網膜を焼かないという、不可思議な現象を起こしている。
「あー、なんだ? これも死んだ特典か?」
そうこうしているうちに、光はまるで何かの鋳型に押し込められるように集まっていき。
その焦点。光の中心に丸い鏡らしきものが現れた。
「鏡……か?」
らしきものと付けるには理由がある。それは。
「光を放つ鏡ってのは使い道があるのか?」
自ら光を放っているからである。
男はその鏡の周囲をグルグルと回り。
「こりゃいったい……、なんかの魔法ってのはわかるんだが……俺の知ってるのとは随分と術式が違うなぁ」
男は試しに得物の柄を鏡へと差し出してみる。
「手応えは……ねえな」
ずぶずぶと沈む柄。持つ手にはなにも動きは感じない。
かといって。
「柄が鏡を突き抜けることもねえのか」
鏡の後ろには何も無かった。
「こりゃ、“転移”の応用品か?」
確かにそう考えて見れば、そんな風な術式にも見える。
それを前にして男は考え込む。
「ふーむ、あからさまに怪しい鏡。そしてここは地獄の一丁目。どう考えても普通、無視だろ無視」
そう、それが当たり前なのだが。
「だが、そんなことで怯む俺様じゃない。穴があれば迷わず入れ、壁があったら壊して進め、道が無ければ空を飛べってな」
そう言うと。
「あらよっと」
あっさりと鏡へと飛び出した。
それは余りにもあっけなく、気軽で。まるで水溜りを飛び越える子供のような感じで。
「はてさて、どんな場所へ繋がっているのかな?」
そんな声だけが荒野に響き。
鏡は男を呑み込むと、自らを解くかのような光を発し消え去った。

          ◆

ティファニア。
それが今現在の名乗るべき名であり、それ以外は公開されるわけには行かない名である。
ティファニア――ここではテファと呼ぼう――はとある“特殊な出自と特殊な事情”により、現在ここウエストウッドの孤児院を営んでいる。
営むといっても、どこからか援助を受けているわけでもなく。時折帰ってくる姉から受け取る金銭によってなんとかやっているだけであった。
それに最近はこのウエストウッドのある島では、アルビオン王国と反勢力による戦争が繰り返されている。
そしてここには、戦争で親を失った孤児しかおらず。大人といえる存在は、まだ成人というには若い彼女しかいない。
日々迫りくる戦火への恐怖。
戦争により長くなりがちの姉の帰り。
女一人で孤児たちを護らなければならない心細さ。
それぞれが混ざり合い。だが子供達に打ち明けることもできず、不安は濃縮し沈み彼女の心の奥底へと溜まっていく。
日々溜まる不安は彼女の心を重くし、真綿で首を締め付けるようにゆっくりと心も締め付ける。
それでも笑顔を絶やさない彼女は十分なほど頑張った。
だからこそ、不意に一人になった時。胸を突く寂しさがあった。
テファは椅子に腰掛け窓から外を窺う。
子供達は外を走り回り、楽しそうな顔で遊んでいる。
その笑顔を見て、彼女の顔にも笑みが浮かぶが。それもやがて憂鬱な顔に歪む。
下げた視線の先にあるのは汚れの染み付いた木目の床。
誰かにこの胸の苦しみを打ち明けたい。立ち込める不安を晴らしてほしい。
そんな思いがモヤモヤと胸を曇らせる。
ふと、テファは姉の言葉を思い出す。
メイジには、使い魔というパートナーがいるらしい。
使い魔はメイジの目であり、耳であり、鼻であり、半身であり、半生である、と。
メイジである姉は、目立つのを嫌い使い魔は持っていないらしいが。大低のメイジは自身の使い魔を持っているものらしい。
彼女は想像する。
自身が使い魔を持つことを。鳥や猫、犬や蜥蜴。もしかしたら竜を召喚し。それを自身の友として、誰にも明かせぬ思いを、言葉を共有することを。
その反面、自分にはそれは叶わないとわかっていた。
自分は“メイジだが、少し違う”と。
だから、その行為は軽い気持ちだった。
実際のやり方も教わっていない、どうせ成功するはずもないと。

ここで話を断ち切るようだが、少し解説をさせて欲しい。
それは〈コモン〉マジックと言われる魔法についてである。
〈コモン〉マジックは全てのメイジが使える、低位の魔法である。
“アン・ロック”“固定化”“ディティクト・マジック”“レビテーション”“ライト”“ブレイド”等々と数と種類こそ多彩なれど、驚くようなものは存在しない。
火の攻撃力を誇るわけでもなく、水の回復力を有するでもなく、土の応用性を持つわけでもなく、風の汎用性があるわけでもない。
メイジなら誰もが使え、誰もが気にしない。精々が生活や行動範囲内の補助ぐらいにしか使われないものである。
だが、ここで考えて欲しい。
〈コモン〉マジックは誰でも使える。そう、火の使い手でも、水の使い手でも、土の使い手でも、風の使い手でも。
自身の得意属性を把握していれば、たとえライン、ドット“それ以下の者でさえ”使える魔法なのだ。
そして〈コモン〉マジックは、他の魔法は多少なりとも必要とされる詠唱がない。
属性に括られず、詠唱も必要としない。
この〈コモン〉マジックは様々な謎を抱えた魔法でありながら、そのことにほとんどの者が疑問を持たない魔法なのだ。
もちろんこれに疑問を持ち、さらに探求をした者は数少ないがいる。
それは少数派であり、異端扱いされる。
だが確かにいるのだ。
その者たちの論はこうである。
「〈コモン〉マジックは詠唱が無い。それゆえに発動の根源は想像力、または強い思いである。
そして四元素の魔法が確立されている現在、属性が無いということは、ある意味最も“虚無”に近き魔法であると考えられるのだ。」
この論は多くのメイジたちに嘲笑され、相手にされることはなかった。
それではまるで、虚無が現在も存在しているといっているのではないか、と。

さて、ここで話を少し戻そう。テファは少々……とはいかないほど“特殊なメイジ”である。
使える魔法はたったの一つ。それにしても原理を理解しているわけでもなく、そんな彼女が〈コモン〉マジックの少数派の論を知っているわけは無い。
だからこそ、手にした細い杖は気持ちを軽くするための遊びであり、紡いだ言葉は戯れ。
だが、溜まりきった不安はその想いを強くしていた。
「どこかにいる誰かさん……どうかわたしのところへ来てください」
目を瞑る。想像するのは様々な動物、その中で遠い昔に母に読んでもらった物語を思い出す。
『イーヴァルディの勇者』様々な悪い竜や悪の魔法使いを倒していく“英雄”を。
(そんな人が来てくれたら、いいな……)
そう、彼女は“英雄の存在を望んだ”のだ。
「えいっ……なんちゃって」
杖を振る。
先ほども言ったように、〈コモン〉マジックの発動の根源は想像力、または強い思い。
だからこそ、
「――え」
閃光と共にそこに“道”が開かれた。
突如広がった光、それは網膜を焼くことは無く、だが視界を占領し白以外は写さない。
そして光が収まった時に。
「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃーん」
妙なことを口走りながら立つ男がそこにいた。
「…………」
「…………」
寒々しい空気が流れる。
男は滑ったかと思ったのか、ボリボリと顎鬚を掻く。
「あー、あーなんだ? もしかして面白くなかったか?」
顔を向けられて、テファはぼんやりと目の前の人物を見た。
見たことも無い黒いボサボサの長髪、無精髭というには伸びた顎鬚、派手な服の上に赤いロングコートを羽織り、その手には身の丈を超す大鎌が握られている。
十人が見れば十人が不審者と答えるその容貌。
「んー? どうしたのかな可愛らしいエルフのお嬢さん?」
そう言って顔を近づけられたとき、ようやくテファの停止していた思考が回復した。
「っひ!?」
怯えて後ろに下がろうとして、そこで自分が椅子に座っていることを失念しており。
「――あ」
ぐらりと大きく体が傾く。
背後には何も無いが、床に叩きつけられるだろうと目を瞑るが。
「おいおい、そりゃあ驚きすぎだ」
フワリと背が支えられた。
目を開くとそこには先ほどの男が間近におり、その体を抱き止めるように支えている。
その手には大鎌はなく、すぐ脇に立てかけられている。
「――っ!?」
必死に体を捩り逃げようとすると、男は困った顔になった。
「そんなに怯えられちゃあ。こちらとしては傷つくぜ」
その言葉で、自分は助けられている立場だと気が付く。
失礼なことをしたとテファの顔にサッと赤みが差した。
「いやあ、やっぱり乙女の顔は恐怖よりも恥じらいの方がいいねぇ」
それを見た男はオヤジ臭い台詞と共にうんうんと頷く。
よく見れば、見た目が過剰に派手だったり髭や髪が伸ばし放題になっているから気づきにくいが。元の顔は整っており、美青年……には年を取りすぎだがカッコいいおじさんと言える。
「どうした? 俺の顔になにか面白い物でもくっ付いているか? 目と鼻と口と髭ぐらいしか思いつかねえが?」
そしてまじまじ顔を見入っていたことに気が付き、恥ずかしくなって顔を手で覆った。
「初々しいのはいいが」
覆った手を優しく掴まれ、外される。
一度意識したら元々男に免疫のないテファは混乱の極みに至り、混乱も度を過ぎると硬直状態へと移行し。ガチガチになったテファに囁くように男が顔を更に近づけ。
「お嬢さん、あなたが俺を――」
「テファおねえちゃんになにをするー!」
ぱこーん、とその横っ面をフライパンが殴打した。
「ぐおっ!?」
「きゃっ!?」
痛そうな音と共に男が視界から消え、傾いていた体も元に戻る。
そして視線の先に、先ほどの光で異変を感じたのだろう子供達が廊下に集まっていた。
「いてー」
横を向くと頬を押さえた男が起き上がっているところだった。
「いったいなんだ――」
子供達はそれを見ると。
「テファおねえちゃんを守れー!」
「「「わーーー!」」」
一斉に男へ向かって飛びかかる。
「いてぇ! なにしやがるお前ら! スネっ!? 地味にスネ蹴るな! お前今噛んだろ! いたたたたっ!」
揉みくちゃにされる男と、噛り付き蹴り続け引っ掻き髪を引っ張る子供達。
「っぷ」
そんな様子を見てテファは耐え切れなかった。
「あはは、あはははははっ」
さっきまではどこの野党かと思っていた男が、子供に翻弄される様子はどこか奇妙で、なぜか沸いてくる可笑しさにテファは笑いが止まらない。
「あはははははははは、ご、ごめんなさいっ。うふふ、うふふふふふ」
それを目の当たりにした男と子供達は、目を合わせ。
「なんだありゃ?」
「ぼくは知らないよ」
「どこに笑う要素が……って、いてぇ! まだやんのかよ!」
衣服をボロボロにされ首を傾げる男に、子供達がまた攻撃を再開する。
「うふふ、あはははは」
それを見てテファは久々に心の底から笑う。
そして男が子供達から解放されるのに十分ほど時間が必要だった。

          ◆

なんとか立ち直ったテファに子供達を宥めさせ、追い出した後。
男とテファは向かい合って。
「おい、お前さんからお話があるとか言ってきたんだろ。せめて棚の影から出てきてくれ」
よれよれになったコートも直さず、男は椅子に座りながら棚の影へと話しかける。
「う、す、すいません」
そこからモジモジとテファが出てくる。
先ほどの大笑いか、それともその前の抱き止められたことか、元々の男への免疫の無さか。顔を真っ赤にしていた。
「そうオドオドしなさんな。別にとって食おうってわけじゃないんだ」
その言葉にビクリと震え、テファが上目使いで男を恐る恐ると窺う。
「まあ、可愛い兎ちゃんを前にして。俺が狼にならない保障は――」
「じー」
視線を感じて男は窓を見た。
そこにはこちらを睨む子供がいる。
「なに覗いてんだ坊主」
「テファおねえちゃんを守るためだ!」
その言葉に男はうんざりとした溜息を吐くと、シッシと手を振る。
「あー、行った行った。これからお姉ちゃんとおじさんは大事な話があるんだよ」
「髭面は信用できない!」
きっぱりと言う子供に、男は立ち上がり。
「てめぇら、お尻ペンペンと頭グリグリどっちがいいかぁ!」
がばーっと腕を振り上げた。
「わー! にげろー!」
それに窓の外にいた子供達は一斉に散っていく。
「ったく」
椅子に座りなおすと、こちらを見てクスクスとテファが笑っていた。
「お前さんもいつまでも立ってないで、座れ。ここはお前さんの家なんだ、遠慮なんかする必要ねえんだよ」
「は、はいっ」
慌ててテファは男向かいの椅子に座ると、男へ話しかける。
「子供に好かれやすいんですね」
照れながら先ほどのことを思い出したのか笑顔で言うテファに男は呆れた風に返す。
「おいおい、あれは遊ばれてるっていうんだよ」
それに、と男は呟き。
「俺は極悪人かもしれないぜ?」
「で、でも子供達が怖がらないってことは、少なくとも悪い人ではありません」
「……まるでヘルを相手しているようだ……」
どこか自身ありげに言うテファに男は決まり悪げに顔を逸らす。
また妙な空気になりそうなのを予感したのか男はガリガリと頭を掻くと、テファに向き直る。
「それで、一体なんだってんだ?」
その言葉でテファの顔に緊張が走る。
「あ、あ、あのっ!」
それを横目で見ていた男は。
「ご、ごめんなさいっ!!」
いきなり食卓に額を叩きつけるような謝罪に。
ゴン――
「あうっ」
いや、思いっきり食卓へ額をぶつけた謝罪に、驚き思わず目を見開いた。
「はあ?」
額をぶつけ恥ずかしさの余り額と顔を赤く染めたテファを前にして。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
「おいおいおい、いきなりなんなんだよ。こちとらさっぱりとわからねえんだが」
「え、ええっと……」
モジモジとしながらテファは語りだす。
自分が男を“召喚”したという事実を。
話を聞き終え、男からすれば驚愕の一言しかない。
「ってことはなんだ? お前さんが一人で、なんの準備も無く、俺を召喚したってのか?」
「ええ……はい……多分……そうなります……ごめんなさい……」
申し訳なさそうに謝るテファに、男は手を振る。
「いや、別そこはかまわないんだが」
そう言いながら男の思考は目まぐるしく回転していた。
(“サモン・サーヴァント”だぁ? いや、俺は死んでいるから“サモン・アンデット”か? というか、それにしても召喚対象の詳細や複雑な術式なんかもあるしなぁ。しかもよく考えると、俺って今生身なのか?)
ベタベタと体をまさぐってみる。
たしかに生前と変わらぬ肉の体である。
もしかしてと、胸元を開いて覗いてみたが。忌々しい痣はなく、綺麗な……とは言わないが普通の肌があるだけだ。
それに安堵しつつ、再び思考へ陥る。
(地獄行きの魂を呼び出して、同時に受肉させる……どう考えても召喚の一括りでは説明できないものだよな)
ある意味『ネイムレス(名も無き従者)』の“神の降臨(サモン・ゴッド)”と同等かそれ以上の高位の術である。
それを目の前の少女が、気軽にやってしまったことに呆れていいのか、驚けばいいのか判断が付かない。
「はぁ……」
思わず出た溜息を、彼女はどう取ったのかまた頭を下げる。
「本当にごめんなさい! あ、あなたにも住むべき故郷とか友人とか家族とかいるはずなのに……」
次第に目に涙を溜めていく彼女に、男は酷く気楽に返した。
「あー、なんか罪悪感ばりばりのところ悪いが、家族とか俺にはとうの昔にいねぇから。友達もいねぇし」
殺し合い、利用し合ったやつも友人に入るなら一人心当たりはあったが。
「そ、そうなんですか……ごめんなさい、そんなこと思い出させて……」
ずーんと今度は別の意味で沈む彼女。
男はそれに困ったようにバリバリと頭を掻き、強引に話を変える。
「ああもう、それは置いておけ。それで、ここは一体どこなんだ?」
そして何気なく聞いたことにまたもや頭を抱えることになった。
「あ、はい……アルビオンのウエストウッド村です……」
「アルビオン? 聞いたことねえな。アーク・メリア連邦を基準とすると、どこにあるんだ?」
「アーク……メリア、連邦? そこは知りませんが。ここは浮島ですから、今は……ガリア王国の領内を飛んでいると思いますが」
「……おい、ちょっと待て。アーク・メリア連邦がわからないだと? あれほど世界に知れ渡った国も無いと思うが」
そうして、改めて彼女から話を聞きだし、男はある結論に達するほか無かった。
「ここは……ゴルトロックじゃあないのか」
「は、はい」
驚きの連続にさすがの男も眩暈がしてくる。
(俺の人生はそりゃ波乱に満ちてたが、ここまでぶっ飛んだことは早々なかったぜ)
ふいに目の前の彼女を見た。
どこか頬を赤く染め、そわそわとこちらを覗き見ては顔を逸らすことを繰り返している。
己がその少女に召喚された。
たとえどんな信じがたいことであっても、事実は事実であり。曲げられることでもない。
そしてこれからの身の振り方を考えた。
――自由。
かつて圧倒的な神の愛で、雁字搦めに縛り付けられていた己に与えられた解放。
だが、完全な自由は男にとって戸惑うものでもある。
産声を上げた瞬間から絡め取られた人生。
男は常になにかしらの縛りと戦ってきたのだから。
ここで思い出す。
己はどうやって喚ばれたのかを。
“サモン・サーヴァント”
糸を切られた凧は考える。目の前にある可能性に。
己がどうしたいのかを。
さいわい、ここは自分のいた大神の作りし大地ではない。ゆえに、己を知る者はいない。
“英雄”であり“英雄殺し”であり“殺し屋”である男を知る者はいないのだ。
だが、と男は考える。
自分がここにいていいのか。血塗れ血まみれた自分が。
そしてその思考を読んだ様に。
「あ、あの!」
「ん?」
「こ、ここで暮らしませんか!」
苦笑した。
「おいおい、これは熱烈なプロポーズだな。いくつか工程を飛ばしてないかい?」
彼女は顔を真っ赤にする。
「え、ええっ!? ち、違いますっ。そ、その……」
彼女は戸惑いかけたが気を取り直すと、その芯の強さを持ってこちらを真剣に窺う。
「あ、あなたはわたしが呼んでしまったんです。だ、だからっ、い、嫌じゃなければ、ここにいても……っ」
「あー、いやまあ、そうなんだが――」
反論の言葉を浮かべようとして。
「……その、やっぱり……嫌なんですか?」
小動物のごとくこちらを窺う目に、涙が溜まっているのに閉口した。
「わかった、わかったよ。ここにいりゃいいんだろ」
不貞腐れたような言葉テファは顔を輝かせ。
「あー……なんでこう、俺にはめんどくさい女ばっかり絡みやがる」
無性に懐く女とか、猿みたいに身軽で攻撃的な女とか、嗜虐趣味全開の女とか。
前者はともかく、後者二つは完全に自業自得なのだが。
ぶつぶつとどこかへと愚痴を漏らす男へテファが話しかける。
「あ、あのっ」
「今度は何だ?」
パタパタと手を振ると、テファはまたもモジモジとして言った。
「その、名前……聞かせてもらえませんか?」
そう言われて、まだ名乗っていないことに気が付いた。
「ふぅむ……」
考える。
己を現す名前は三つある。
だが、どれが一番相応しいか。
元の名は己で殺した。一族の名はあの時殺された。
そもそもキールという青年は、すでにいないのだ。
それなら、名乗るべき名は一つだった。

「――レイス。ただのレイスだ」

もう、その名しか元英雄であった自分にはない。
「お嬢さんは?」
「あ、はいっ。ティファニア……です。テファと呼んでください」
「ああ、わかった。テファ」
「はい」
かつて悲しみの憎悪の元に死を運びし“末裔たる者(ミスティック・ワン)”。
滅んだはずの英雄“スカイウォーカー”。
英雄殺しの殺し屋“道化屍(クラウングール)”。
その男が、新たなる世界の大地を踏んだ。


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