『アンドバリ』の指輪で蘇ったアルビオン騎士たちの数は、十人ほど。
対するこちらは総勢六名。
決して巻き返せないほどの戦力差ではなかったが、こちらの陣営と敵とでは決定的な違いが一つだけあった。
「ううっ、攻撃してもすぐ傷が塞がって……!」
「向こうも精神力を節約するみたいだから、あんまり大きな攻撃はしてこないみたいだけど……このままじゃジリ貧よ!?」
自分たちは生きているが、敵は既に死んでいるという点である。
しかも、いくら傷つけようがその傷はあっという間に再生してしまうのだ。
つまり攻撃しても意味はなく、また攻撃したとしても敵はそれに対して防御や回避を行う必要がない。
ルイズが爆発を炸裂させようが、ユーゼスが剣で斬りかかろうが、タバサが氷の矢で貫こうが、ギーシュがワルキューレで殴りつけようが、『アンドバリ』の指輪の効力によって動いているメイジたちは構わず攻撃を仕掛けてくる。
……と、そこでキュルケの放った炎弾が敵に直撃し、その相手を燃やし尽くした。
一同は『どうせまた再生するのだろう』などと思いつつその光景を眺めていたが……。
「再生……しない!?」
「ってことは、炎が効くのね! なんだ、燃やせば良いんだわ!!」
『水』系統のマジックアイテムの力によって動いている彼らに、それと相反する属性の『火』をぶつければ、その効力を相殺することが出来るということだろうか。
とにかく効果的な攻撃手段を発見した一同は、キュルケを中心とした陣形に切り替えた。
この戦法に対してルイズは微妙に、エレオノールは非常に不機嫌な様子であったが、今はいちいち家の問題を持ち込んでいる場合ではないことも分かっていたので、二人は黙って援護を行っている。
しかし、そのキュルケの炎による攻撃で敵メイジを三人ほど倒した時点で、敵は魔法の射程から一気に離れた。
どうやら体勢を立て直すつもりらしい。
「このまま、少しずつ炎で燃やしていけば……勝てるかもね」
キュルケが呟く。
そのまま両陣営はジリジリと睨み合いを続けていたが……。
「……?」
それに最初に気付いたのは、タバサだった。
ぽつぽつと、頬に水の雫が当たっている。
「!」
さすがにこの状況で『この現象』は不味い、とタバサは彼女にしては珍しく焦った表情で空を見上げる。
―――その数秒後、雨が降り出した。
雨はすぐに本降りになり、この場にいる人間たちに降り注いでいく。
「杖を捨てて! あなたたちを殺したくない!!」
「……姫さまこそ、いい加減に目を覚ましてください!! ただ盲従するだけの愛なんて、そんなのは愛でも何でもありません!!」
ルイズが叫んでアンリエッタに呼びかけるが、その訴えは降り続く雨音によって打ち消されてしまう。
「見てごらんなさい! 雨よ! 雨!! 雨の中で『水』に勝てると思っているの!? この雨のおかげで、私たちの勝利は動かなくなったわ!!」
「ぐ……」
それは確かに、その通りだった。
アンリエッタはトライアングルの水メイジである。
これだけ激しく雨が降っていれば、材料の水などほぼ無尽蔵に用意されているようなものだ。
『大量の水によるバックアップがある水メイジの優位さ』は、奇しくもラグドリアン湖の戦闘によるモンモランシーの活躍によって証明されている。
ドットのモンモランシーでさえあれだけの力を発揮出来たのだから、トライアングルのアンリエッタならば自分たちをまとめて圧倒出来てもおかしくはないだろう。
そしてこちらには、水メイジなど一人もいない。
火を使って相手を焼こうにも、雨の中では役立たずである。
「……っ、打つ手なしなの……?」
苦しそうな表情と声で呟くルイズ。
だが。
「…………いや、そうでもないだろう」
これまでほとんど『敵を観察する』ことに集中していた銀髪の使い魔の呟きによって、その顔はパッと明るくなるのだった。
ルイズは期待を込めた瞳でユーゼスを見る。
「対処法を考え付いたのね、ユーゼス?」
「対処法……と言うよりは、相変わらずの『その場しのぎ』でしかないがな。いつも通り、根本的な解決にはなっていないぞ」
「それでもいいわ、とにかく言いなさい!」
もったいぶっている暇などはない、と言わんばかりの強い口調で早急な説明を要求するルイズ。
ユーゼスはそれに頷くと、自分が考案した『対処法』についての簡単な説明を始めた。
「了解した。……それでは、ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンに働いてもらうぞ」
「え?」
「……私たちが?」
対するこちらは総勢六名。
決して巻き返せないほどの戦力差ではなかったが、こちらの陣営と敵とでは決定的な違いが一つだけあった。
「ううっ、攻撃してもすぐ傷が塞がって……!」
「向こうも精神力を節約するみたいだから、あんまり大きな攻撃はしてこないみたいだけど……このままじゃジリ貧よ!?」
自分たちは生きているが、敵は既に死んでいるという点である。
しかも、いくら傷つけようがその傷はあっという間に再生してしまうのだ。
つまり攻撃しても意味はなく、また攻撃したとしても敵はそれに対して防御や回避を行う必要がない。
ルイズが爆発を炸裂させようが、ユーゼスが剣で斬りかかろうが、タバサが氷の矢で貫こうが、ギーシュがワルキューレで殴りつけようが、『アンドバリ』の指輪の効力によって動いているメイジたちは構わず攻撃を仕掛けてくる。
……と、そこでキュルケの放った炎弾が敵に直撃し、その相手を燃やし尽くした。
一同は『どうせまた再生するのだろう』などと思いつつその光景を眺めていたが……。
「再生……しない!?」
「ってことは、炎が効くのね! なんだ、燃やせば良いんだわ!!」
『水』系統のマジックアイテムの力によって動いている彼らに、それと相反する属性の『火』をぶつければ、その効力を相殺することが出来るということだろうか。
とにかく効果的な攻撃手段を発見した一同は、キュルケを中心とした陣形に切り替えた。
この戦法に対してルイズは微妙に、エレオノールは非常に不機嫌な様子であったが、今はいちいち家の問題を持ち込んでいる場合ではないことも分かっていたので、二人は黙って援護を行っている。
しかし、そのキュルケの炎による攻撃で敵メイジを三人ほど倒した時点で、敵は魔法の射程から一気に離れた。
どうやら体勢を立て直すつもりらしい。
「このまま、少しずつ炎で燃やしていけば……勝てるかもね」
キュルケが呟く。
そのまま両陣営はジリジリと睨み合いを続けていたが……。
「……?」
それに最初に気付いたのは、タバサだった。
ぽつぽつと、頬に水の雫が当たっている。
「!」
さすがにこの状況で『この現象』は不味い、とタバサは彼女にしては珍しく焦った表情で空を見上げる。
―――その数秒後、雨が降り出した。
雨はすぐに本降りになり、この場にいる人間たちに降り注いでいく。
「杖を捨てて! あなたたちを殺したくない!!」
「……姫さまこそ、いい加減に目を覚ましてください!! ただ盲従するだけの愛なんて、そんなのは愛でも何でもありません!!」
ルイズが叫んでアンリエッタに呼びかけるが、その訴えは降り続く雨音によって打ち消されてしまう。
「見てごらんなさい! 雨よ! 雨!! 雨の中で『水』に勝てると思っているの!? この雨のおかげで、私たちの勝利は動かなくなったわ!!」
「ぐ……」
それは確かに、その通りだった。
アンリエッタはトライアングルの水メイジである。
これだけ激しく雨が降っていれば、材料の水などほぼ無尽蔵に用意されているようなものだ。
『大量の水によるバックアップがある水メイジの優位さ』は、奇しくもラグドリアン湖の戦闘によるモンモランシーの活躍によって証明されている。
ドットのモンモランシーでさえあれだけの力を発揮出来たのだから、トライアングルのアンリエッタならば自分たちをまとめて圧倒出来てもおかしくはないだろう。
そしてこちらには、水メイジなど一人もいない。
火を使って相手を焼こうにも、雨の中では役立たずである。
「……っ、打つ手なしなの……?」
苦しそうな表情と声で呟くルイズ。
だが。
「…………いや、そうでもないだろう」
これまでほとんど『敵を観察する』ことに集中していた銀髪の使い魔の呟きによって、その顔はパッと明るくなるのだった。
ルイズは期待を込めた瞳でユーゼスを見る。
「対処法を考え付いたのね、ユーゼス?」
「対処法……と言うよりは、相変わらずの『その場しのぎ』でしかないがな。いつも通り、根本的な解決にはなっていないぞ」
「それでもいいわ、とにかく言いなさい!」
もったいぶっている暇などはない、と言わんばかりの強い口調で早急な説明を要求するルイズ。
ユーゼスはそれに頷くと、自分が考案した『対処法』についての簡単な説明を始めた。
「了解した。……それでは、ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンに働いてもらうぞ」
「え?」
「……私たちが?」
ボソボソと何かを相談し始めたルイズたちを見て、アンリエッタは不安に襲われる。
「何を話しているのかしら……?」
おそらく撤退するか、しないかの相談だと思うのだが……。
……いや、そうであってくれなくては困る。
もし彼らが、この状況にあってもなお自分たちに敵対すると言うのなら……もう、殺すしかなくなってしまうからだ。
いや、何も殺さずとも、最低でも脚か腕のどちらかは失ってもらうことになるだろう。
いずれにせよ、これ以上ルイズたちとは戦いたくない。
戦いたくはないが、立ちはだかる障害とは戦わなくてはならない。
自分の愛を貫くために。
「……………」
そして、ルイズたちは行動を起こした。
金色の巻き髪の少年と、長い金髪に眼鏡をかけた女性が、両人とも緊張した面持ちではあるが前に出る。
どうやら、彼らは撤退ではなく戦いを選んだらしい。
「っ……」
こうなったら、仕方がない。
アンリエッタは杖を振り、メイジたちに水の鎧をまとわせようとする。
だが、その直前……。
「!」
ズ、と味方のメイジの内の一人が立っている地点の土がうごめき、隆起していった。
一体何が……と確認する間もなく、隆起した土のカタマリは味方のメイジの全身をスッポリと飲み込んでいく。
「土で動きを封じた……?」
まあ、戦闘において土メイジがよく使う手ではある。
普通は動きを鈍らせたり足止めを行ったりするために、それこそ足のあたりにでも土を絡み付かせるものだが、完全に動きを封じるためにその規模を少々大きくしたのだろう。
しかしこの程度の土のカタマリなど、すぐに大量の水で洗い流すことが出来る。
不死身と化しているこのアルビオンの騎士たちならば、いちいち怪我をさせないように威力を加減する必要もなく、怒涛の勢いで一気にこの土を払うことが出来るだろう。
そう思って、アンリエッタはあらためて水魔法を唱えようとするが……。
次の瞬間。
その土のカタマリは、一つの巨大な岩に変化した。
「何を話しているのかしら……?」
おそらく撤退するか、しないかの相談だと思うのだが……。
……いや、そうであってくれなくては困る。
もし彼らが、この状況にあってもなお自分たちに敵対すると言うのなら……もう、殺すしかなくなってしまうからだ。
いや、何も殺さずとも、最低でも脚か腕のどちらかは失ってもらうことになるだろう。
いずれにせよ、これ以上ルイズたちとは戦いたくない。
戦いたくはないが、立ちはだかる障害とは戦わなくてはならない。
自分の愛を貫くために。
「……………」
そして、ルイズたちは行動を起こした。
金色の巻き髪の少年と、長い金髪に眼鏡をかけた女性が、両人とも緊張した面持ちではあるが前に出る。
どうやら、彼らは撤退ではなく戦いを選んだらしい。
「っ……」
こうなったら、仕方がない。
アンリエッタは杖を振り、メイジたちに水の鎧をまとわせようとする。
だが、その直前……。
「!」
ズ、と味方のメイジの内の一人が立っている地点の土がうごめき、隆起していった。
一体何が……と確認する間もなく、隆起した土のカタマリは味方のメイジの全身をスッポリと飲み込んでいく。
「土で動きを封じた……?」
まあ、戦闘において土メイジがよく使う手ではある。
普通は動きを鈍らせたり足止めを行ったりするために、それこそ足のあたりにでも土を絡み付かせるものだが、完全に動きを封じるためにその規模を少々大きくしたのだろう。
しかしこの程度の土のカタマリなど、すぐに大量の水で洗い流すことが出来る。
不死身と化しているこのアルビオンの騎士たちならば、いちいち怪我をさせないように威力を加減する必要もなく、怒涛の勢いで一気にこの土を払うことが出来るだろう。
そう思って、アンリエッタはあらためて水魔法を唱えようとするが……。
次の瞬間。
その土のカタマリは、一つの巨大な岩に変化した。
「……ラグドリアン湖の時にも思ったんだけど、どうしてこうアンタは非人道的って言うか、えげつないって言うか、情け容赦のない魔法の使い方を考え付くのよ?」
「私に言わせれば、今までこのような魔法の使われ方が成されていなかったことの方が疑問だがな」
「貴族の戦いは、誇りを持って行われるべきなのよ。だからこういう……まあ、邪道な戦い方は、普通しないわ」
「そういうものか」
反撃として飛んで来る魔法をデルフリンガーで吸収しつつ、ユーゼスはルイズと会話を行う。
ルイズが使える魔法は取りあえず『エクスプロージョン』だけで防御に転用出来るものがないので、こうしてユーゼスがガードしているのである。
『エクスプロージョン』もやりようによっては防御に転用が出来るのではないか……とユーゼスは考えているのだが、それを考案している暇も、その防御方法を練習させる暇も、今はない。
「それにしても、まさか『倒さない』ことを選ぶなんて……」
「あのような敵とは、マトモに戦おうとするだけ無駄だ」
ユーゼスが一同に説明した『対処法』は、割と単純である。
まず土メイジのギーシュが、敵メイジを大量の土で包む。
続いて、同じく土メイジのエレオノールが、その大量の土に『錬金』をかけて石(と言うか、岩)に変える。
他のメンバーは敵メイジを封じた岩を壊されないように、また敵の動きを止めるべく援護と牽制を行う。
これだけだ。
「『あのような敵』? ああいうのと戦ったことがあるの?」
「実際に戦ったことはないが、自己再生を行うモノならば心当たりがあってな。それへの対処法を元に考え付いた」
自己再生を行うモノへの対処法は、大きく分けて四つである。
一つ目は、再生速度を上回る圧倒的な大火力で、破壊し尽くす。
二つ目は、エネルギー源……コアを破壊、もしくは抜き出す。
三つ目は、動きを封じて、身動きを取れなくする。
そして最後に、どこか手の届かない遠くに放り出す。
ユーゼスはこの中で、最も現実的な方法を選択したに過ぎない。
「まあ、今更いちいちアンタの過去を詮索するつもりはないけど……」
―――この男は自分に召喚される以前には、一体どこで何をしていたというのだろうか。
もう何度目になるのか分からない問いを、ルイズは心の中で呟く。
(コイツがたまに言う『経験』とか『心当たり』とかって、少なくともハルケギニアでのことじゃないのよね……)
知りたい、という思いはある。
だが、そう軽々しく聞いてしまって良いものか、というためらいがある。
そして……あの夢が脳裏をよぎる。
もしアレが、自分の予想通りのものならば……。
「……む、予想より対応が早いな」
「えっ?」
ルイズが思考に没頭し始めた時点で、横からユーゼスの声が聞こえて正気に戻る。
見れば、敵メイジたちの周囲には分厚い水の壁が展開されていた。
どうやらアンリエッタが行ったらしい。
「これで『土で包む』ことは困難になったな。『単なる土』ならばともかく、水の混じった『泥』に対しては石に錬金することは難しい」
せっかく確立した敵への対抗手段が打ち破られつつあるというのに、ユーゼスは冷静だった。
「……それでは次善の策を打ち出すとするか。御主人様、任せた」
「…………普通は、主人が使い魔に指示を出すものなんだけど…………」
ぶつぶつと不満を言いつつ、ルイズは展開された水の壁に向かって『適当な魔法』を唱える。
『エクスプロージョン』をきちんと使おうとすると爆発自体は発生するのだが、術者であるルイズ自身が詠唱の途中で気絶してしまうため、いつもの『失敗魔法』による爆発を使った方が効率が良いのだ。
それに、何も水の壁を消滅させる必要はない。
ただ吹き飛ばすだけで十分だ。
「っ!!」
いつも通りのルイズの失敗魔法の結果として、爆発が発生する。
その爆発はアンリエッタが敵メイジに対して張った水の壁をバラバラに砕き、単なる水飛沫に変えてしまう。
「そんなことで……!」
アンリエッタは再び水の壁を展開しようとするが、それよりもユーゼスがタバサに指示を出す方が速かった。
「ミス・タバサ、打ち合わせ通りに」
「分かった」
すかさずタバサが前に出て、呪文の詠唱を始める。
次の瞬間、水の壁を吹き飛ばされた敵メイジの周囲の空気が動き始めた。
それを敵メイジが怪訝に思う間もなく、魔法の効果は現れる。
その効果とは……。
「!? 凍った!!?」
アンリエッタが驚きの声を上げた。
そして彼女が泡を食っている間に、次々と敵メイジたちに張った水の壁は爆散し、飛び散った飛沫は氷の棺となってアルビオンの騎士を閉じ込めていく。
「な、な……!?」
こんな戦い方、アンリエッタは見たことも聞いたこともない。
いや、これもそうだが、『土で包んでから石に錬金して閉じ込める』というのも、前代未聞な……少なくとも自分は知らない戦い方だ。
いったい、誰が考えたのだろうか。
……いくら何でも、魔法学院の学生がこれを考案した、とは考えにくい。
ルイズの使い魔である平民。これもないだろう。平民が魔法の使い方について考えても意味がない。
ということは、消去法で残りの一人に絞られる。
(ルイズの姉君の……エレオノール殿が……?)
ありえる話だ。
そもそも彼女は魔法の研究機関であるアカデミーの主席研究員である。
アカデミーは基本的に、そのような『効果的な魔法の使い方』だとか『魔法の応用方法』の研究はしないものなのだが……。
(独断で研究を始めたと言うの……?)
そこまで考えて、しかし今はそんなことを考えている場合ではないと気付く。
アンリエッタにとっての味方のメイジたちは一人、また一人と氷付けにされていっているのだ。
「…………!!」
呪文の詠唱を開始する。
自分の精神力を総動員して、彼らを打ち倒すために。
と、その詠唱に重なるものがあった。
ウェールズの詠唱だ。
アンリエッタは思わずウェールズの方を向き、そしてウェールズもまたアンリエッタを見る。
二人は見つめ合い……アンリエッタの心は、その視線のやり取りだけで熱く潤み始めた。
間もなく、水で出来た竜巻がアンリエッタとウェールズの周囲に発生していく。
『水』、『水』、『水』。『風』、『風』、『風』。
水が三つと、風が三つ。
合計六乗の力は結集し、絡み合い、一つになっていく。
……王家にのみ許された、ヘクサゴン・スペル。
直撃すれば人間どころか城壁ですら吹き飛ばすことが出来るだろうその攻撃を、アンリエッタは友と呼んでいたはずの少女に向かって放とうとしている。
「私に言わせれば、今までこのような魔法の使われ方が成されていなかったことの方が疑問だがな」
「貴族の戦いは、誇りを持って行われるべきなのよ。だからこういう……まあ、邪道な戦い方は、普通しないわ」
「そういうものか」
反撃として飛んで来る魔法をデルフリンガーで吸収しつつ、ユーゼスはルイズと会話を行う。
ルイズが使える魔法は取りあえず『エクスプロージョン』だけで防御に転用出来るものがないので、こうしてユーゼスがガードしているのである。
『エクスプロージョン』もやりようによっては防御に転用が出来るのではないか……とユーゼスは考えているのだが、それを考案している暇も、その防御方法を練習させる暇も、今はない。
「それにしても、まさか『倒さない』ことを選ぶなんて……」
「あのような敵とは、マトモに戦おうとするだけ無駄だ」
ユーゼスが一同に説明した『対処法』は、割と単純である。
まず土メイジのギーシュが、敵メイジを大量の土で包む。
続いて、同じく土メイジのエレオノールが、その大量の土に『錬金』をかけて石(と言うか、岩)に変える。
他のメンバーは敵メイジを封じた岩を壊されないように、また敵の動きを止めるべく援護と牽制を行う。
これだけだ。
「『あのような敵』? ああいうのと戦ったことがあるの?」
「実際に戦ったことはないが、自己再生を行うモノならば心当たりがあってな。それへの対処法を元に考え付いた」
自己再生を行うモノへの対処法は、大きく分けて四つである。
一つ目は、再生速度を上回る圧倒的な大火力で、破壊し尽くす。
二つ目は、エネルギー源……コアを破壊、もしくは抜き出す。
三つ目は、動きを封じて、身動きを取れなくする。
そして最後に、どこか手の届かない遠くに放り出す。
ユーゼスはこの中で、最も現実的な方法を選択したに過ぎない。
「まあ、今更いちいちアンタの過去を詮索するつもりはないけど……」
―――この男は自分に召喚される以前には、一体どこで何をしていたというのだろうか。
もう何度目になるのか分からない問いを、ルイズは心の中で呟く。
(コイツがたまに言う『経験』とか『心当たり』とかって、少なくともハルケギニアでのことじゃないのよね……)
知りたい、という思いはある。
だが、そう軽々しく聞いてしまって良いものか、というためらいがある。
そして……あの夢が脳裏をよぎる。
もしアレが、自分の予想通りのものならば……。
「……む、予想より対応が早いな」
「えっ?」
ルイズが思考に没頭し始めた時点で、横からユーゼスの声が聞こえて正気に戻る。
見れば、敵メイジたちの周囲には分厚い水の壁が展開されていた。
どうやらアンリエッタが行ったらしい。
「これで『土で包む』ことは困難になったな。『単なる土』ならばともかく、水の混じった『泥』に対しては石に錬金することは難しい」
せっかく確立した敵への対抗手段が打ち破られつつあるというのに、ユーゼスは冷静だった。
「……それでは次善の策を打ち出すとするか。御主人様、任せた」
「…………普通は、主人が使い魔に指示を出すものなんだけど…………」
ぶつぶつと不満を言いつつ、ルイズは展開された水の壁に向かって『適当な魔法』を唱える。
『エクスプロージョン』をきちんと使おうとすると爆発自体は発生するのだが、術者であるルイズ自身が詠唱の途中で気絶してしまうため、いつもの『失敗魔法』による爆発を使った方が効率が良いのだ。
それに、何も水の壁を消滅させる必要はない。
ただ吹き飛ばすだけで十分だ。
「っ!!」
いつも通りのルイズの失敗魔法の結果として、爆発が発生する。
その爆発はアンリエッタが敵メイジに対して張った水の壁をバラバラに砕き、単なる水飛沫に変えてしまう。
「そんなことで……!」
アンリエッタは再び水の壁を展開しようとするが、それよりもユーゼスがタバサに指示を出す方が速かった。
「ミス・タバサ、打ち合わせ通りに」
「分かった」
すかさずタバサが前に出て、呪文の詠唱を始める。
次の瞬間、水の壁を吹き飛ばされた敵メイジの周囲の空気が動き始めた。
それを敵メイジが怪訝に思う間もなく、魔法の効果は現れる。
その効果とは……。
「!? 凍った!!?」
アンリエッタが驚きの声を上げた。
そして彼女が泡を食っている間に、次々と敵メイジたちに張った水の壁は爆散し、飛び散った飛沫は氷の棺となってアルビオンの騎士を閉じ込めていく。
「な、な……!?」
こんな戦い方、アンリエッタは見たことも聞いたこともない。
いや、これもそうだが、『土で包んでから石に錬金して閉じ込める』というのも、前代未聞な……少なくとも自分は知らない戦い方だ。
いったい、誰が考えたのだろうか。
……いくら何でも、魔法学院の学生がこれを考案した、とは考えにくい。
ルイズの使い魔である平民。これもないだろう。平民が魔法の使い方について考えても意味がない。
ということは、消去法で残りの一人に絞られる。
(ルイズの姉君の……エレオノール殿が……?)
ありえる話だ。
そもそも彼女は魔法の研究機関であるアカデミーの主席研究員である。
アカデミーは基本的に、そのような『効果的な魔法の使い方』だとか『魔法の応用方法』の研究はしないものなのだが……。
(独断で研究を始めたと言うの……?)
そこまで考えて、しかし今はそんなことを考えている場合ではないと気付く。
アンリエッタにとっての味方のメイジたちは一人、また一人と氷付けにされていっているのだ。
「…………!!」
呪文の詠唱を開始する。
自分の精神力を総動員して、彼らを打ち倒すために。
と、その詠唱に重なるものがあった。
ウェールズの詠唱だ。
アンリエッタは思わずウェールズの方を向き、そしてウェールズもまたアンリエッタを見る。
二人は見つめ合い……アンリエッタの心は、その視線のやり取りだけで熱く潤み始めた。
間もなく、水で出来た竜巻がアンリエッタとウェールズの周囲に発生していく。
『水』、『水』、『水』。『風』、『風』、『風』。
水が三つと、風が三つ。
合計六乗の力は結集し、絡み合い、一つになっていく。
……王家にのみ許された、ヘクサゴン・スペル。
直撃すれば人間どころか城壁ですら吹き飛ばすことが出来るだろうその攻撃を、アンリエッタは友と呼んでいたはずの少女に向かって放とうとしている。
時間は少々巻き戻る。
エレオノールは、不機嫌だった。
自分の魔法が、邪道的な使われ方をした……ということに対する不満は、もちろんある。
よりによって『錬金』で人間を固めるなど、まともな貴族は思いつかない。いや、思いついたとしても実行しようとはしない。
これが野に下った下賤な傭兵風情ならまだしも、由緒正しい貴族であるならば、正道かつ真っ当な使い方で魔法を行使するのが筋というものだろう。
アカデミーならば、こんな魔法の使い方は即座に『異端』のレッテルを貼られるはずだ。
(……でも、それはこの際、やむを得ないこととして……)
しかし、今は生きるか死ぬかの瀬戸際でもあるのだから、この程度は大目に見よう。
発表など絶対に出来はしないだろうが、それでも『生き残るための手段』としてならば許容が出来ないこともない。
人間を氷で閉じ込めることについても同様だ。
ルイズの魔法で水の壁を吹き飛ばし、その飛び散った飛沫や振り続く雨粒を、タバサのラインスペルかトライアングルスペルの応用で氷に固める。
わざわざ水の壁を一度吹き飛ばしたのは、『まとまった形』で存在している水のカタマリよりも、バラバラに四散している状態の方が氷にしやすいためだ。
風メイジが水蒸気などを氷にするのと、それほど違いはない。
理屈としては、こんなところである。
いくら傷付けてもすぐに再生してしまうのでは、もう動きを止めるしかないのだから、こうするしかあるまい。
『雨が降っていて水が豊富にあるのだから、初めから土や石ではなくて氷で固めていれば』……とも思いはしたが、そうも行かない理由があった。
タバサにかかる負担が大き過ぎるのだ。
遠隔魔法……距離が離れている対象に向けて放つ魔法は、至近距離にある対象へのそれよりも精神力の消費が大きい。
最初に行った『土で包んで石に錬金する』の場合、『ギーシュが土で包んでエレオノールが石に錬金する』という役割分担が成されていたため、精神力の負担も分けることが出来ていた。
これはこの場に土メイジが二人いることで出来る分担だった。
しかし、一同の中では風メイジはタバサ一人しかおらず、補助としての水メイジも一人もいない。
その結果として、貴重な戦力であるトライアングルメイジのタバサを酷使することになってしまうのだ。
これでもし不測の事態が発生した場合、最悪タバサを欠いた状態で対応しなければならなくなる。
これは痛い。
(まあ、作戦って言うか、戦いの成り行きからすれば、仕方がないんだろうけど……)
この場では最年長である自分が特に何もせず、学生に任せっきりという今の状態は、エレオノールとしては決して好ましくはない。
(それに……)
トリステインの女王であるアンリエッタの乱心に対する、苛立ちもある。
同じ女としてその気持ちは分からないでも……いや、誰かを本気で好きになったことがないので実はあまりよく分からないが、とにかく全く分からないということはない。
だが、よりにもよって自分をさらって行ったはずの連中に協力して、救出に来たはずの自分たちに敵対することを選ぶとはどういうことだろうか。
そしてこの件とは直接関係がないが、降り続く雨によって全身がずぶ濡れになっている。
今の状況でこのことに対して文句を言う程に空気が読めないわけではないが、不満なことは不満なのだ。
(それとかは、取りあえず我慢が出来るんだけど……)
…………そして、何より。
「前に出過ぎだ。少し下がれ、御主人様」
「これだけ暗いんだから、前に出ないと位置がよく分かんないでしょ!」
「そう動かれては守れんぞ」
「そこを何とか守り切るのが、本来のアンタの仕事でしょうが!」
(…………っ)
『ユーゼスがルイズを守っている』、ということが不機嫌の最大の理由であった。
いや、別にそのことが問題であるというわけではない。
むしろ理屈の上では正しい。
使い魔が主人のことを守るのは当然であり、ごく自然なことだ。
何の不都合も不自然な点もないし、違和感なども感じない。
妹とその使い魔は、当たり前のことを当たり前に行っているだけである。
……だが、だからこそ面白くない。
その『当たり前である』ということ自体が、不愉快なのである。
って言うか、何なのよ?
キスしたってのに、その素っ気なさは何よ?
まあ、アレは厳密に言うとキスとは少し違うけど、それでも、こう……何て言うか、もう少し気恥ずかしさとかを感じてくれても良いんじゃないの?
お……おまけに……仮にも、い、い、い、一緒のベッドで寝たくせに。
何でそんなに平然としてるのよ?
(これじゃ、意識してる私が馬鹿みたいじゃ……)
と、そこまで考えた時点で、ふと気付く。
プラーナの口移しにせよ、一緒に寝たことにせよ。
…………よくよく思い返してみれば、どっちもこの自分からやったことではないか。
「そ、そんな……!!?」
カア、と顔から首にかけてが一瞬で熱くなっていく。
ここ数日はどうも色々とあり過ぎて、駆け足で過ぎ去ったようなものだったので、あらためてその出来事を振り返る暇もなかった。
しかし落ち着いて過去を回想してみれば、自分はかなりとんでもないことをやらかしている。
いや、どちらもそうせざるを得ない状況ではあったのだが、しかし……。
(それにしたって……もうちょっと、こう、あるでしょ? 普通なら!?)
ふとした拍子に目と目が合って、お互いに『あっ……』となるとか。
お互いに対応がぎこちなくなって、妙に気まずくなるとか。
その……『行為』を思い出して、ボーっとするとか。
せめて、少しくらいは照れるとか。
まともに恋愛した経験などないのでほとんど想像の域を出ないのだが、エレオノールとしてはそういうのを少しは期待……ではなく、予想していたと言うのに。
(……何だか私、ないがしろにされてる気がするわ)
実際にはユーゼスはエレオノールだけではなく、主人であるルイズを含めた全ての人間に対して一線を引いた態度を取っているのだが、『不機嫌』というフィルターを通してユーゼスの行動を見ているエレオノールには、そう映らない。
何だか、自分とルイズの扱いに差があるように感じるのである。
「…………うぅ~」
小さく唸ったところで、この状況が変わるわけでも、ユーゼスの注意がこちらに向くわけでも、自分の機嫌が直るわけでもない。
しかし、どうしてもこう考えてしまう。
(もし、何かの歯車が一つか二つくらいズレてたら……)
今、ユーゼスに守られているのは自分だったかも知れない。
それを思うと、やはりエレオノールの不機嫌度はどんどん増していくのだった。
エレオノールは、不機嫌だった。
自分の魔法が、邪道的な使われ方をした……ということに対する不満は、もちろんある。
よりによって『錬金』で人間を固めるなど、まともな貴族は思いつかない。いや、思いついたとしても実行しようとはしない。
これが野に下った下賤な傭兵風情ならまだしも、由緒正しい貴族であるならば、正道かつ真っ当な使い方で魔法を行使するのが筋というものだろう。
アカデミーならば、こんな魔法の使い方は即座に『異端』のレッテルを貼られるはずだ。
(……でも、それはこの際、やむを得ないこととして……)
しかし、今は生きるか死ぬかの瀬戸際でもあるのだから、この程度は大目に見よう。
発表など絶対に出来はしないだろうが、それでも『生き残るための手段』としてならば許容が出来ないこともない。
人間を氷で閉じ込めることについても同様だ。
ルイズの魔法で水の壁を吹き飛ばし、その飛び散った飛沫や振り続く雨粒を、タバサのラインスペルかトライアングルスペルの応用で氷に固める。
わざわざ水の壁を一度吹き飛ばしたのは、『まとまった形』で存在している水のカタマリよりも、バラバラに四散している状態の方が氷にしやすいためだ。
風メイジが水蒸気などを氷にするのと、それほど違いはない。
理屈としては、こんなところである。
いくら傷付けてもすぐに再生してしまうのでは、もう動きを止めるしかないのだから、こうするしかあるまい。
『雨が降っていて水が豊富にあるのだから、初めから土や石ではなくて氷で固めていれば』……とも思いはしたが、そうも行かない理由があった。
タバサにかかる負担が大き過ぎるのだ。
遠隔魔法……距離が離れている対象に向けて放つ魔法は、至近距離にある対象へのそれよりも精神力の消費が大きい。
最初に行った『土で包んで石に錬金する』の場合、『ギーシュが土で包んでエレオノールが石に錬金する』という役割分担が成されていたため、精神力の負担も分けることが出来ていた。
これはこの場に土メイジが二人いることで出来る分担だった。
しかし、一同の中では風メイジはタバサ一人しかおらず、補助としての水メイジも一人もいない。
その結果として、貴重な戦力であるトライアングルメイジのタバサを酷使することになってしまうのだ。
これでもし不測の事態が発生した場合、最悪タバサを欠いた状態で対応しなければならなくなる。
これは痛い。
(まあ、作戦って言うか、戦いの成り行きからすれば、仕方がないんだろうけど……)
この場では最年長である自分が特に何もせず、学生に任せっきりという今の状態は、エレオノールとしては決して好ましくはない。
(それに……)
トリステインの女王であるアンリエッタの乱心に対する、苛立ちもある。
同じ女としてその気持ちは分からないでも……いや、誰かを本気で好きになったことがないので実はあまりよく分からないが、とにかく全く分からないということはない。
だが、よりにもよって自分をさらって行ったはずの連中に協力して、救出に来たはずの自分たちに敵対することを選ぶとはどういうことだろうか。
そしてこの件とは直接関係がないが、降り続く雨によって全身がずぶ濡れになっている。
今の状況でこのことに対して文句を言う程に空気が読めないわけではないが、不満なことは不満なのだ。
(それとかは、取りあえず我慢が出来るんだけど……)
…………そして、何より。
「前に出過ぎだ。少し下がれ、御主人様」
「これだけ暗いんだから、前に出ないと位置がよく分かんないでしょ!」
「そう動かれては守れんぞ」
「そこを何とか守り切るのが、本来のアンタの仕事でしょうが!」
(…………っ)
『ユーゼスがルイズを守っている』、ということが不機嫌の最大の理由であった。
いや、別にそのことが問題であるというわけではない。
むしろ理屈の上では正しい。
使い魔が主人のことを守るのは当然であり、ごく自然なことだ。
何の不都合も不自然な点もないし、違和感なども感じない。
妹とその使い魔は、当たり前のことを当たり前に行っているだけである。
……だが、だからこそ面白くない。
その『当たり前である』ということ自体が、不愉快なのである。
って言うか、何なのよ?
キスしたってのに、その素っ気なさは何よ?
まあ、アレは厳密に言うとキスとは少し違うけど、それでも、こう……何て言うか、もう少し気恥ずかしさとかを感じてくれても良いんじゃないの?
お……おまけに……仮にも、い、い、い、一緒のベッドで寝たくせに。
何でそんなに平然としてるのよ?
(これじゃ、意識してる私が馬鹿みたいじゃ……)
と、そこまで考えた時点で、ふと気付く。
プラーナの口移しにせよ、一緒に寝たことにせよ。
…………よくよく思い返してみれば、どっちもこの自分からやったことではないか。
「そ、そんな……!!?」
カア、と顔から首にかけてが一瞬で熱くなっていく。
ここ数日はどうも色々とあり過ぎて、駆け足で過ぎ去ったようなものだったので、あらためてその出来事を振り返る暇もなかった。
しかし落ち着いて過去を回想してみれば、自分はかなりとんでもないことをやらかしている。
いや、どちらもそうせざるを得ない状況ではあったのだが、しかし……。
(それにしたって……もうちょっと、こう、あるでしょ? 普通なら!?)
ふとした拍子に目と目が合って、お互いに『あっ……』となるとか。
お互いに対応がぎこちなくなって、妙に気まずくなるとか。
その……『行為』を思い出して、ボーっとするとか。
せめて、少しくらいは照れるとか。
まともに恋愛した経験などないのでほとんど想像の域を出ないのだが、エレオノールとしてはそういうのを少しは期待……ではなく、予想していたと言うのに。
(……何だか私、ないがしろにされてる気がするわ)
実際にはユーゼスはエレオノールだけではなく、主人であるルイズを含めた全ての人間に対して一線を引いた態度を取っているのだが、『不機嫌』というフィルターを通してユーゼスの行動を見ているエレオノールには、そう映らない。
何だか、自分とルイズの扱いに差があるように感じるのである。
「…………うぅ~」
小さく唸ったところで、この状況が変わるわけでも、ユーゼスの注意がこちらに向くわけでも、自分の機嫌が直るわけでもない。
しかし、どうしてもこう考えてしまう。
(もし、何かの歯車が一つか二つくらいズレてたら……)
今、ユーゼスに守られているのは自分だったかも知れない。
それを思うと、やはりエレオノールの不機嫌度はどんどん増していくのだった。
……と、『敵への対抗手段』効果を上げたために生じた精神的余裕をエレオノールが最大限に活用していると、いきなり巨大な水の渦が発生し始めた。
さすがにこんな天災規模の攻撃を繰り出されては、優勢だった一同も慌てざるを得ない。
「さ、さすがに反則だろう、アレは!?」
「よし、逃げましょう!!」
「……多分、逃げ切れない。それにわたしたちが逃げ出したら、身動きの出来ないヒポグリフ隊の生き残りがアレに巻き込まれる」
「じゃ、じゃあ、こっちも魔法を使って、相殺して打ち消すってのはどうかね!?」
「あんなメチャクチャなのと互角の威力を持った魔法なんて、あるワケないでしょうが!」
ギーシュとキュルケとタバサがうろたえながら対抗策を模索するが、あのような規格外の攻撃に対してそう簡単に有効な対抗策を考え付くことは出来なかった。
「「「……………」」」
ならば、と三人は『有効な対抗策』を考え付いてくれそうなユーゼスに視線を向けるが……。
「……デルフリンガー、アレを吸収出来るか?」
「出来なくはねーが、厳しいな。俺にも一応は吸い込んだ魔法の許容範囲っつーか、耐久限界ってのがあるし。一応その魔法の力を消費することも出来るんだけど」
「その『溜め込んだ魔法を吐き出しながら、同時に吸収する』ということは可能か?」
「んー、やったことないから、分かんね」
「…………使えん防御装備だな」
「いやいや、俺は防御じゃなくって攻撃のための『武器』だよ!?」
どうやら、そうそう虫の良い話はないらしい。
はあ、と溜息を吐きながら、どんどん接近してくる水の竜巻を見るユーゼス。
もうこうなったら、空間転移を使って自分とエレオノールとルイズだけで逃げるというのも一つの手段なような気がしてきた。
他の三人は……まあ惜しい人材ではあるが、唯一無二の逸材というほどでもない。
後はエレオノールとルイズに対する言い訳だが、これは……アレだ、『無我夢中になってたら、自分の秘められた力が開花した』とでも言おう。
ドモン・カッシュが死の淵に立たされて、ようやく明鏡止水の境地に目覚めたようなものである。
そうと決まれば、行動開始だ。
ルイズは隣にいるので、早くエレオノールと合流しなければならない。
では御主人様の身体を抱えて、ミス・ヴァリエールのいる場所に向かおう……と思った瞬間、デルフリンガーが間の抜けた声を上げた。
「あー」
「む?」
「思い出した。アイツら、随分懐かしい魔法で動いてやがんなぁ……」
「どういう意味だ?」
いきなり意味深なことを言い出したデルフリンガーに向かって、ユーゼスは訝しげに問いかける。
「水の精霊を見た時、こう、なんか……背中のあたりがムズムズしたが……。いやユーゼス、忘れっぽくてごめん。でも安心しな、俺が思い出した」
「…………言ってみろ」
「アイツらと俺は、根っこは同じ魔法で動いてんのさ。とにかくお前らの四大系統とは根本から違う、『先住』の魔法さ。ブリミルもアレにゃあ苦労したもんだ」
「……………」
出来ればラグドリアン湖で水の精霊を見た瞬間に言って欲しいことだったが、とにかくユーゼスは黙ってデルフリンガーの言葉を聞く。
しかしその回りくどい言い回しに、横で話を聞いていたルイズが怒り始めた。
「何よ、伝説の剣! 言いたいことがあるんなら、さっさと言いなさいよ! 役立たずね!!」
まったくだ、とユーゼスは内心で主人の言葉に頷く。
デルフリンガーはそんな自分の持ち主の酷評にも気付かず、ルイズと会話を行う。
「役立たずはお前さんだ。……せっかくの『虚無』の担い手なのに、見てりゃあ馬鹿の一つ覚えみてえに『エクスプロージョン』の連発じゃねえか。
確かにそいつは強力だが、知っての通り精神力を激しく消耗する。今のお前さんじゃ、この前みてえにデッカイのは一年に一度撃てるか撃てねえかだ。今のまんまじゃ、花火と変わんねえよ」
(……そういうことは、もっと早く言え……)
チッ、とユーゼスが舌打ちするが、雨音に掻き消されたのでデルフリンガーには聞こえていない。
「じゃあ、どーすんのよ!?」
「祈祷書のページをめくりな。ブリミルはいやはや、大したヤツだぜ。きちんと対策は練ってるはずさ」
言われた通り、ルイズは『始祖の祈祷書』のページを次々にめくっていく。
そして見つけた。
『ディスペル・マジック』という、ある意味では無敵の魔法を。
さすがにこんな天災規模の攻撃を繰り出されては、優勢だった一同も慌てざるを得ない。
「さ、さすがに反則だろう、アレは!?」
「よし、逃げましょう!!」
「……多分、逃げ切れない。それにわたしたちが逃げ出したら、身動きの出来ないヒポグリフ隊の生き残りがアレに巻き込まれる」
「じゃ、じゃあ、こっちも魔法を使って、相殺して打ち消すってのはどうかね!?」
「あんなメチャクチャなのと互角の威力を持った魔法なんて、あるワケないでしょうが!」
ギーシュとキュルケとタバサがうろたえながら対抗策を模索するが、あのような規格外の攻撃に対してそう簡単に有効な対抗策を考え付くことは出来なかった。
「「「……………」」」
ならば、と三人は『有効な対抗策』を考え付いてくれそうなユーゼスに視線を向けるが……。
「……デルフリンガー、アレを吸収出来るか?」
「出来なくはねーが、厳しいな。俺にも一応は吸い込んだ魔法の許容範囲っつーか、耐久限界ってのがあるし。一応その魔法の力を消費することも出来るんだけど」
「その『溜め込んだ魔法を吐き出しながら、同時に吸収する』ということは可能か?」
「んー、やったことないから、分かんね」
「…………使えん防御装備だな」
「いやいや、俺は防御じゃなくって攻撃のための『武器』だよ!?」
どうやら、そうそう虫の良い話はないらしい。
はあ、と溜息を吐きながら、どんどん接近してくる水の竜巻を見るユーゼス。
もうこうなったら、空間転移を使って自分とエレオノールとルイズだけで逃げるというのも一つの手段なような気がしてきた。
他の三人は……まあ惜しい人材ではあるが、唯一無二の逸材というほどでもない。
後はエレオノールとルイズに対する言い訳だが、これは……アレだ、『無我夢中になってたら、自分の秘められた力が開花した』とでも言おう。
ドモン・カッシュが死の淵に立たされて、ようやく明鏡止水の境地に目覚めたようなものである。
そうと決まれば、行動開始だ。
ルイズは隣にいるので、早くエレオノールと合流しなければならない。
では御主人様の身体を抱えて、ミス・ヴァリエールのいる場所に向かおう……と思った瞬間、デルフリンガーが間の抜けた声を上げた。
「あー」
「む?」
「思い出した。アイツら、随分懐かしい魔法で動いてやがんなぁ……」
「どういう意味だ?」
いきなり意味深なことを言い出したデルフリンガーに向かって、ユーゼスは訝しげに問いかける。
「水の精霊を見た時、こう、なんか……背中のあたりがムズムズしたが……。いやユーゼス、忘れっぽくてごめん。でも安心しな、俺が思い出した」
「…………言ってみろ」
「アイツらと俺は、根っこは同じ魔法で動いてんのさ。とにかくお前らの四大系統とは根本から違う、『先住』の魔法さ。ブリミルもアレにゃあ苦労したもんだ」
「……………」
出来ればラグドリアン湖で水の精霊を見た瞬間に言って欲しいことだったが、とにかくユーゼスは黙ってデルフリンガーの言葉を聞く。
しかしその回りくどい言い回しに、横で話を聞いていたルイズが怒り始めた。
「何よ、伝説の剣! 言いたいことがあるんなら、さっさと言いなさいよ! 役立たずね!!」
まったくだ、とユーゼスは内心で主人の言葉に頷く。
デルフリンガーはそんな自分の持ち主の酷評にも気付かず、ルイズと会話を行う。
「役立たずはお前さんだ。……せっかくの『虚無』の担い手なのに、見てりゃあ馬鹿の一つ覚えみてえに『エクスプロージョン』の連発じゃねえか。
確かにそいつは強力だが、知っての通り精神力を激しく消耗する。今のお前さんじゃ、この前みてえにデッカイのは一年に一度撃てるか撃てねえかだ。今のまんまじゃ、花火と変わんねえよ」
(……そういうことは、もっと早く言え……)
チッ、とユーゼスが舌打ちするが、雨音に掻き消されたのでデルフリンガーには聞こえていない。
「じゃあ、どーすんのよ!?」
「祈祷書のページをめくりな。ブリミルはいやはや、大したヤツだぜ。きちんと対策は練ってるはずさ」
言われた通り、ルイズは『始祖の祈祷書』のページを次々にめくっていく。
そして見つけた。
『ディスペル・マジック』という、ある意味では無敵の魔法を。