あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鬼哭街 > Zero-6



 間違った未来、誰かが選択を誤った世界。そこには一人の男がいた。
 仁に優れ、義に篤く、礼を忘れず、智に欠けず、信に溢れ――男は一言で表すなら侠で
あった。侠とは言葉で説明できるようなものではない。万言費やそうと、いや、労すれば
労するほど、その本質からはかけ離れていく。
 故に男をして侠。男が所属する幇の主をして、真の功夫と呼ばしめるほど。
 男には幇があった。友があった。義兄があった。剣があった。何より、妹があった。
 しかし、幇は彼を裏切り、友はその手で殺し、義兄はそもそも義兄ですらなかった。
 なぜ。
 なぜ、功夫とも呼ばれるべき男にはこのような未来しか残されなかったのか。
 さもありなん。
 誰かが、誰もが選択を誤った世界の中、ひたすらに正しくあろうとすれば、劣悪な未来
しか与えられない。男が正しければ正しいほど、その矛盾は周りを歪めてしまう。
 暗がりに慣れた瞳では眩い光を見据えることなどできず、道を踏み外すのだ。
 誰もが選択を誤った世界、誰もが選択を誤らなかった世界。もしその中で過ちがあると
すれば、どこまでも実直であろうとした男の在り方そのものだった。

I/

 意識の覚醒は、どこまでも緩やかだった。とはいえ、水から浮かび上がるような優しい
ものではなく、むしろその逆、最悪にも等しい。粘性の泥を体中に纏わり付かせ、もがき
ながら立ち上がるようなものだ。呼吸は乱れ、視界も昏く、そして体はどこまでも重い。
 自然と、目が覚めたあともその汚濁は濤羅を捉えて離さず。だから、濤羅は自分が生き
恥を未だ晒していることに気が付くには、呼吸二つ分ほどの時間が必要だった。
 戴天流免許皆伝と思えぬほどの無様である。意識を失っていた時間はどれほどだろうか、
その張本人たる濤羅にはわからぬが、だからこそ未だ体は戦いの中に置いておくべきだ。
 だというのに、ほんの一時ではあるが濤羅は戦いを忘れたのだ。生死がかかった一瞬に
調息を乱したのも自明の理だ。
 己のを嘲笑い、そしてすぐさま顔の下に押し込める。もはや己には自重すら許されない、
そう思ってのことだった。
 だが、いったい誰が許さないというのだろう――
 一瞬の煩悶を振り払い、濤羅は横にしていた体を半分ほど起き上がらせる。それよりも
今はするべきことがあった。ならば、我が事に思い悩む必要などどこにもない。

「なぜ、お前がここにいる」

 眦を鋭く尖らせ、濤羅は部屋の片隅に腕を組みながらたっているフーケに問いかけた。
 襲い掛からなかったことには理由がある。濤羅が眠っていたベッドに、うつぶせるよう
頭を預けているルイズが、濤羅にわずかな冷静さを与えていた。
 殺せるならば、ルイズごといつでも殺せたはずなのだから。
 しかし、先程まで――あくまで濤羅の主観だが――殺しあった相手に警戒を解けるはず
もなく、いつでも跳ね起きられるよう意識は戦闘へと持っていく。
 その警戒を見て取ったのだろう。フーケは組んでいた腕を崩すと、空手を振ってのけた。
杖を持っていない。つまり敵意がないという証のつもりなのだろう。
 先程まで殺しあっていたのだ。その程度で信用できるはずもない。本当に杖を持ってい
ないとも限らないし、そもそも杖がなくとも人を殺す手段は他にいくらでもある。
 だが、それでも濤羅は警戒をわずかに緩めた。たとえフーケを信用できなくとも、この
状況自体は信用できる。
 濤羅が意識を失う前に見た一瞬の光景。捕らえたはずの彼女をこの場で自由にさせてい
るのには、何かしら理由があるのだろう。
 もっとも、それでも完全に気が抜けるものでもないが。

「もう一度聞く。なぜ、お前がここにいる」

 フーケは皮肉気にその顔を歪めた。元からつりあがっていた瞳が一層釣りあがる。そこ
には友好の色は見て取れない。だがどうしてだろうか。同時に敵意の気配もなかったのだ。
 聴勁を鍛えた濤羅が己が身に向けられる敵意を見逃すはずもない。それこそ、相対した
のならばなおさらだ。
 無論、心の動き全てを感じ取れるわけではない。資質に恵まれ、鍛錬を繰り返せばその
境地にも至れるのだろうが、どちらも濤羅には欠けていた。
 あくまで濤羅に許されたのは剣のみである。
 だからこそ、フーケがなぜ敵意を見せないのかわからず、濤羅は困惑した。
 彼女が浮かべたのは、間違いなく自嘲の笑みだった。

「別に。殺されない代わりにあんたを助けてやるって取引をしただけさ。幸い杖は壊され
てなかったからね。もっとも、今はまた取り上げられてるけどね」

 それは答えのようで、答えではない。
 どうして己が生きているのかは知りたいことではあったが、濤羅の質問はあくまでなぜ
この部屋にフーケがいるかである。
 そしてあくまでも濤羅の推測でしかないが、フーケはわかっていながらも、あえてその
質問の答えをはぐらかしたのだ。恐らく、濤羅に気づかれることも含めて。
 沈黙が重く二人の肩にのしかかる。フーケが自ら答えを口にすることはない。そうでな
ければ、韜晦とも呼べぬ誤魔化しなどするはずもない。
 かといって、重ねて問うことは濤羅には憚られた。知ってどうにかなるものだろうか。
 彼女が敵だというのなら、昨夜言ったように打ち倒せばいいだけだ。この距離ならば、
懐から何を出そうとすれば濤羅なら一瞬で詰められる。
 いくら彼女が魔法を誇ろうと無手で濤羅に敵うはずもない。彼が専心するは主の安全を
守ることのみ。なら、この部屋にフーケがいたところで何の問題もないではないか。
 いや、そうではない。知りたくないのだ。彼女が自嘲の笑みを浮かべたその理由を。
 己の無様さを突きつけられるような錯覚にとらわれ、濤羅はフーケから視線を逸らした。
それこそ自嘲の笑みを浮かべないように必死で自制しながら、眠るルイズの髪を撫でる。
 逃げた、という自覚はあった。己の至らなさからではない。そこから生み出された悲劇、
妹の悲哀、豪軍の絶望。そしてそれに巻き込まれた無辜の人々の命。
 それらに向き合うことから濤羅は逃げたのだ。
 仁義。義侠。幇会。朋友。刀術。大切なものはいくらでもあった。だが、濤羅にとって
瑞麗こそが全てだった。他の全てを投げ打ってでも守りたいものは瑞麗だった。
 事実、全てを、己の命すらも瑞麗のために投げ出した。
 なら、今ここにいる濤羅に、何の意味があるのだろう。何の価値があるのだろう、何が
残されているのだろう。
 いや、瑞麗のために捧げたと思っていたものですら、その真意に気付かなかったのでは
そこに価値はない。
 つまりは、濤羅の人生は全てが等しく無価値である。

「……いいのかい、もう聞かなくて」

「ああ。考えてみれば些事でしかない」

 髪を梳きながら濤羅は答えた。フーケの声がどこか重々しかったことに気付きはしたが、
別段どうでもいいことだと切り捨てる。敵意がないならばそれでいい。フーケとて内心を
暴かれるような真似は好みはすまい。
 だが、濤羅の予想に反してフーケは苛立たしげに舌打ちをした。驚いて顔を向ければ、
フーケはただでさえ悪い目つきを一層凶悪にしていた。
 それでも、そこには敵意はない。似てはいるが、決して違う。
 あるのは純粋な怒りである。

「じゃあ、何でその子がこの場にいるかも聞かないんだね。私なんかがこの場にいるって
のにさ」

 濤羅の心に、電撃が走った。
 そうだ。ルイズの安全を思うならば、まずそこから考えるべきだったのだ。
 彼女がこの場にいるのが、自分を心配して一緒にいるのは当然のことだと、濤羅は無意
識の内にそう思っていたのだ。

「まったく、いい根性してるよ。さっきまで殺しあってたってのに、あんたが死にそうに
なると私に掴みかかって助けてくれって頼むんだ。泣きそうな表情浮かべながらさ、他の
ヤツの水じゃ間に合わない、って。水を湛える「土」でもないと助からない、って。
 信じられなかったね。それはつまりアタシにもう一度杖を持たせるってことだ。捨て身
になれば、一人や二人道連れにできるかもしれない。秘薬さえあれば、もしかしたら生き
伸びることだってできるかもしれない。第一、真剣に治療するとも限らない。
 だっていうのにさ、あの子は周りの奴の文句なんか聞かないで私に杖を秘薬を差し出し
たんだ」

 それなのに、聞かなくてもいいってのかい――最後にそう言って、フーケはもう一度舌
打ちをした。まるで濤羅だけでなく、自分自身にも怒っているように。
 そこでようやく、濤羅はフーケの自嘲の意味を悟った。
 情に流された自分が許せないのだ。ただ命惜しさに取引に応じたことが情けないのなら、
濤羅にまで怒る理由はない。
 彼女はルイズの思いにそれだけの価値を見出したのだ。それを踏みにじっている濤羅を
許せなくなるほどに。

「そうか……」

 逃げるのではなく、ルイズの思いに答えるように向きなおりながら濤羅は言った。

「……そうか」

 短く、もう一度だけ言って濤羅は黙ってルイズの髪を梳いた。
 その指先が震えていることに、フーケは気付いただろうか。気付いているに違いない。
さもなければ、濤羅に食って掛かっても不思議はないのだから。
 奇妙な沈黙が流れる。動いているのは、壊れ物を扱うかのように優しくルイズの髪を撫
でる濤羅の指先だけ。
 その一撫でに、どれだけの想いが込められているのか。濤羅にすらわからない。
 ただかつて妹にしたように、それでいて妹と重ねないように、細心の注意を払ってただ
濤羅は手を動かせる。指の間を流れる髪を見つめる瞳は、ハルケギニアにきてから見せた
ことがないほど優しさに満ちていた。
「ん、う……ん」

 身じろぎをして、ルイズが幼子がむずがるような声を漏らす。目覚めが近いのだ。
 どこか後ろ髪を引かれつつも――そしてそれに気付かぬ振りをしながら――濤羅は手の
平をすっと戻す。と、それを証明するかのようにルイズの瞼がひくひくと動いた。
 うっすらと、瞳が開かれる。未だ意識ははっきりとしていないのだろう。もたげた頭を
重そうに廻らせながら焦点の合わぬ瞳で辺りを伺うその様は、どこか子犬を連想させる。
 もっとも、彼女の気分屋な性分からすれば猫のほうが正しいのだろうが。

「おはよう」

 未だ胡乱から抜け出せないルイズに濤羅は極力優しく、かといって親しさを感じさせな
い、そんな固さを残した声で目覚めを告げた。
 一秒、二秒、三秒。部屋に沈黙が満ちる。五秒ほど数えた頃だろうか。途端、ルイズの
瞳に理解が宿った。

「あああああ、アンタ、いいいいいいいいつから」

 とはいえ、お世辞にも冷静とは言い難い。濤羅が意識を取り戻したことを理解したが故
ではあるが、これでは寝ぼけていたほうがよほど落ち着いていたのではないか。先までの
かわいらしい少女の面影はどこにもない。
 濤羅をしてそう思わせるほど狼狽振りであった。
 胸といわず腹や脇、顔にまで遠慮なく伸びてくる小さな手をそっと押しやって、濤羅は
軽く息を吐く。それでも、わずかに口元は歪んでいるのだけれども。

「目覚めたのは今さっきだ」

 それにしても――と、息をついて、軽く瞳を細める。

「敵の前で眠るのは感心しない」

 濤羅は部屋の片隅で笑みをかみ締めていフーケを見やりながら、ルイズに言った。もし
彼女に敵意が無ければ濤羅共々寝首をかかれていたに違いない。
 フーケが更に苦笑を深くする。濤羅の過保護を笑ったのだろう。考えればわかることだ。
真実フーケが濤羅らを殺せるというのなら、その状況自体を他の皆が許すはずがない。
 そしてフーケほどの手練れの対抗出来るとすれば、濤羅の目から見て、この中でおよそ
二人。ワルドとタバサだろう。
 底の見えぬ男と、感情の見えぬ少女。ただ腕が立つだけではないだろう二人が、たかが
濤羅一人の命のために力を貸す。どうにも腑に落ちない話だった。
 濤羅を見捨て、あるいはルイズの翻意を促して先に進む方がよほど筋のような気もする。
 そこまで考え、濤羅は胸中で憐憫の笑みを漏らした。人を疑うことに慣れすぎた。いや、
裏切られることに慣れすぎた。
 疑おうと思えばいくらでも疑える。そのための理由など、吐いて捨てるほどあるだろう。
その気になれば、信用するための理由すら片手で余るほど思い浮かぶ。
 要は濤羅の心一つなのだ。
 何を思って彼らがルイズ一人で居ることを許したのか。聞くまでは始まらない。聞いた
としても、それが真実とは限らない。聞いても聞かなくても同じならどうでもいい。
 濤羅のすべきことは、ただ一つ。
 この目の前の小さな――体ではなく、心がだ――少女を、力の及ぶ限り守るだけである。

 濤羅は気付いていない。自分がそのように決意していることを。そして、その根底には
かつて妹と、義兄になるであろう男の真意に気付けなかった後悔があることに。
 皮肉な話だ。濤羅がルイズの傍にいられるのは、ひとえに妹の幻影を重ねているからに
他ならない。でなければ、折れるほどに擦り切れた濤羅の心は耐えられない。
 だというのに、その過去自身が最も濤羅を苛むのはその過去自身なのだ。

 胸の鈍痛は内傷のせいだと己に言い聞かして、濤羅は数秒ほど瞳を閉じた。こひゅう、
こひゅうと調息に混じる掠れた音は、崩れた肺腑から漏れる呼気だろう。
 二度と戻れぬはずの奈落の底から舞い戻れた対価としては、破格といってもいいだろう。
秘薬や魔法であっても、死者を舞い戻すことは出来ないのだから。

 息を整えると、濤羅はベッドから降りた。素足に冷たい石造りの感触が冷たいが、靴が
見当たらぬのだから仕方ない。流石にベッドの上で仁王立ちというのもばつが悪い。

「剣と、服を」

 剣呑な光を瞳に宿した従者を見て、ルイズもまたただの少女ではなく、貴族として、濤
羅の主としての思考に移り変わったらしい。気恥ずかしげに赤らんでいた頬はきっと食い
しばったことで鋭くしまり、眦もそれ相応に険しい。
 いや――少女としての側面もたぶんに残しているようだ。濤羅は即座に訂正した。その
拳は何らかの理由で小刻みに震えていた。
 考え直してみてみれば、ルイズの表情は真剣と言うよりは怒りに耐えかねて、といった
風が近いように思える。
 これに近いものを、妹ではなく彼女との付き合いの中で見たことがある。妙に焦る心を
押し隠し、濤羅は過去に思いを馳せた。ルイズとの付き合いはそれほど長いものではなく、
激昂させたとなれば更に少ない。
 そこまで考えて、ようやく濤羅ははたと思い当たった。これは濤羅の記憶が確かならば、
濤羅の余命が幾ばくもないと彼女が知った時だ。
 しかし、この場面で何故彼女が怒るのか。濤羅にはその理由が計り知れない。ルイズが
深く慕っていると傍目にも分かるほどの姫殿下からの任を全うせんとすれば、濤羅は何も
間違っていないはずだ。
 今の今まで寝込んでいたことを別とすれば、だが。

「ああ、そうか――」

 そうして、濤羅はわずかに顎を引いた。

「すまない。俺が倒れたせいで、無駄な時間をかけさせた」

 ルイズの震えがとまった。
 ああ、やはり自分の推測は正しかったのだと濤羅は胸を撫で下ろし、それが勘違いだと
気付くまでには、そう長い時間は必要なかった。

「……こ」

「こ?」

「こんんのぉっ、馬鹿犬ぅぅうぅぅううううう!!!!!!!」

 ルイズが懐から鞭を引き抜くのを見た瞬間、即座に身を翻し、彼女らしからぬ素早さで
振るわれたそれを見事に回避せしめたのは、戴天流、免許皆伝の面目躍如だろう。わずか
でも遅ければ、羽毛を撒き散らしている枕と似たような運命を辿ったに違いない。
 ルイズが真実濤羅を傷付けようとしたわけではなかろうが、

「何避けてるのよ! 犬の分際でご主人様の折檻から逃げるなんて!!」

 やろうと思えば、濤羅ならばルイズが次に鞭を振るう前はおろか、口を開く前ですら、
その手から鞭を、あるいは意識を奪うことも可能だったろう。
 だが、怒りとも悲しみとも取れる光に潤んだ瞳が、濤羅の心だけでなく、肉体までをも
縛っていた。それこそ、鞭などよりもよほど素早い。
 それを、ルイズは理解しているのだろうか。していないに違いない。素直な感情のまま
ぶつかる彼女だからこそ、濤羅をこうまで揺さぶるのだ。

「なんで、なんでアンタはっ!!」

 そうして振り上げられた鞭はついぞ振り下ろされることはなく。死刑判決を待つ囚人の
心持で、濤羅は木偶のように立ち尽くしていた。
 一歩、ルイズが濤羅に歩み寄る。そのまま力なく濤羅の胸に額をこつんと預けた。

「馬鹿、馬鹿……ばか」

 その声はその小さな体以上に震えていて。肩に手をかけることも、跳ね除けることも出
来ず、濤羅はその痛い沈黙に耐えるしかできなかった。
 ひとまずは収まっていた胸の痛みは、いつの間にか無視できないほど強くなっていた。




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