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鬼哭街 > Zero-7 I

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 結局のところ、濤羅に与えられた時間はそれほど長くなかった。騒ぎを聞きつけてやってき
たワルドらは二人の間に漂うただならぬ空気を察しはしたが、そこに言及することはなく、濤
羅が意識を失っている間のことを話し出した。
 そのワルドの説明からすると、濤羅が意識を失っていたのはおよそ半日程度のことらしく、
これからようやく昼過ぎになるといった頃合だ。予定では今日出立するはずだったのだから、
雑事に時間を割く余裕はない。

「さて、これからどうする?」

 事実、これまで紳士然としていたワルドの言葉にも若干の焦りのようなものが見受けられた。
その原因は間違いなく濤羅にあろう。いっそ死ぬか目覚めなければ任務に専念できただろうが、
生憎と濤羅は生き残ってしまったし目覚めてしまった。加えてフーケだ。
 意識を失っていた間の事情がわからない濤羅ではあるが、だからこそ、このあまりの状況の
変化から事態の難しさを悟った。
 しかし、不思議と焦りはなかった。奇妙な予感もあったのだ。ワルドは質問の口調こそ借り
てはいるが、実質は豪軍と同じくその答えと、事態の収束への流れを知っていると。
 だから、濤羅は何一つ答えず視線で続きを促した。相手が答えを持っているならば、わざわ
ざ自分から瑕疵を作ることもない。

「やれやれ、連れないね。まあいい。君も知っているだろう。今日が最もアルビオンとラ・ロ
ーシェル近づく日であることは。そのつもりで僕は動いていたし、昨日であっても魔法でどう
にかするつもりもあった。
 だが、まあ、昨日の襲撃でそれもご破算だ。いや、あれだけならば何とかなったのかもしれ
ないが、使い魔君は倒れ、フーケという新たな荷物も背負ってしまった。
 ああいや、君が倒れたことは別段責めるつもりはないよ。安心してくれ。昨日の襲撃での君
の活躍は並みのメイジでは不可能だったろうし、十数人の傭兵を相手取るなど死んでもおかし
くないことだ。誇ってもいい」

 しかし――と、そこで言葉を区切ってフーケを見やるワルド。

「彼女の扱いだけはどうにも困るところでね。一度捕縛した以上、恐らくは死罪だろうか殺す
わけにもいかない。かといって連れて行くことも難しい」

 大仰に肩をすくめ、帽子で視線を隠しながらワルドは頭を振る。どうにも演技過剰なところ
ではあるが、かえってその意図はわかりやすい。そこまで含んでいるであろうが。
 しかし、いったい何故そこまでするのだろうか。この中で最も集団で動くための経験を積ん
でいるのは間違いなく軍人であるワルドだ。技量そのものでは濤羅とて匹敵、あるいは凌駕す
るだろうがこの世界には明るくない。強く率いていけば、それが最善に近いだろう。門外漢の
濤羅の意見を聞くまでもない。
 と、そこまで考えて、濤羅ははたと気がついた。彼が異邦人であることはルイズ以外は、誰
も知らないのだ。
 仮に濤羅が彼の立場になったとして、まず何をすべきだろうか。相手の素性と力量。それと
どれだけ使えるかを図ることだろう。人を使うことに慣れはしなかった濤羅だが、それなりに
組織の中での立ち回りについては経験も知識もある。つまりは、これまで信じるにも疑いにも
値しなかった濤羅の価値をワルドは昨夜の戦いで認めたことになる。
 軽く嘆息し、濤羅はしばらくはやり取りに付き合うことにした。時間がもったいないことは
確かだが、それでも意固地になって無視を貫くことのほうがよほど有害だ。

「……この街の屯所に突き出すのは?」
「駄目だな。彼女はどういうわけか、厳重な王都の牢からも抜け出した。そもそも、今この街
の牢は手一杯さ。ならず者も多いし、何より昨日の騒ぎで、ね」

 濤羅からしてみれば、そんなことは知ったことではない。彼はただ己の主さえ守れれば、そ
れで満足だ。今更何もかも守ろうなど欲深いことは言うまい。
 だが、それでも職業軍人のワルドとすればそうはいかない。そして良識ある他の面々も彼に
同意のようで、逃げられようが困ろうが知ったことではない濤羅と考えが違うのは明らかだ。
 では、口封じに殺すことが不可能な以上残る選択肢はそう多くはない。

「連れて行くか、誰かがどこかに護送するしかあるまい」

 その答えを待っていたようで、ようやくワルドは満足そうな笑みを見せる。しかし同時に、
失言をしたわけでもないはずの濤羅の背筋には悪寒も走っていた。ワルドの笑みも確かに薄気
味悪かったが、その発生源はまた違うところにある。
 見れば、キュルケとタバサの二人は傍目にそれとわかるほど不平を顔に浮かべていた。

「だ、そうだ。二人とも」

 そうしてワルドが振り返ったところで、遅まきながら濤羅は気がついた。これまでワルドは
一度としてキュルケとタバサに語りかけず、二人もまたワルドに視線すら向けていなかったこ
とに。
 事情をこの中で知らないのは濤羅だけだから意識が集中するのも当然と思い込んではいたが、
それにしても迂闊が過ぎた。護送をするのであれば、人を割くのは当然ではないか。
 恐らくはワルドは前もって二人にその旨を告げていたに違いない。答えを誘導した節はある
が、その上で濤羅の口からも同じ選択肢を引き出したのだ。

「それで、使い魔君。体の調子はどうだい?」

 濤羅の表情の変化から理解を察したのだろう。ワルドが言葉を重ねる。
 確かに、ワルドは答えを持って問いかけていた。さして意味を持たないはずの濤羅の答えに
すら、力を持たせる程度に。そして、濤羅にはそれを跳ね除ける意志はない。

「……昨日と同じ程度には動けるだろう」
「それは重畳。君がいるといないとではそれこそ戦力に雲泥の差が出る。可愛いルイズを守る
ためにも、ぜひ来てくれなくては」

 軽く失望の色を見せる二人から、濤羅は素知らぬふりで視線を外した。その先にいるのは、
恐らくは濤羅と同じく事情を知らないはずの主の顔だ。わけがわからないといった風に疑問を
顔中に浮かべている。
 彼女を守るため、とワルドは言った。確かにそうだ。そのためならば、濤羅は今一度剣鬼と
なる。かつてほどの鋭さも純度もないだろう鈍(なまくら)でしかないが、それでも遠く濤羅
が知らぬ場所で彼女が傷つくことを思えば、胸を突く鈍痛も涼風のようなものだ。
 親しげに伸びでくるワルドの手を見るまでもなく避けると、ルイズに語りかける。

「剣と、服を」

 時間はあまりないのだろう?――と、残りの半分はルイズに語りかけるつもりでワルドへ。
 硬い濤羅の反応にワルドは苦笑し、キュルケとタバサは不思議そうに眉を顰め、ギーシュは
ただおろおろとしていた。何の反応も見せていないのはフーケぐらいだろう。このままではま
たも断頭台送りだろうに豪胆なことだ。
 とはいえ、やはりそれも些事である。二、三言葉を交わしただけの女。それも敵のことなど
思い悩むことはない。むしろ、積極的に忘れるべきである。濤羅は見知らぬ誰かにまで心を掛
けられるほど強くはない。

「嫌な、仕事を頼む」

 その気まずさを誤魔化すように、キュルケとタバサと別れる段になって濤羅は謝罪した。

「まあ、仕方ないわよ。二人のミスタが口をそろえて同じ答えを出したのだもの。その結果に
は従うわ」
「……合理的であることは、否定しない」

 それで濤羅の心が晴れることはなかったのだけれど。
 普通の学生が死罪になるであろう犯罪人の護送をするというのはいかにも重たいのは、濤羅
ならずともわかることである。ルイズもわずかではあるが、ばつの悪そうな顔をしていた。
 いや、それを言うのであれば、昨晩の争いそのものも同じだ。あの時死んだ人間の数は両手
では足りない。ほとんどが濤羅の手によるものだとしても、その責任の一端を感じていないは
ずもない。
 事実、この中で顔色を悪くしていないのは――濤羅はまた理由が違うが――ワルドぐらいの
ものだった。あれだけ啖呵を切ったルイズも派手に騒いでいたキュルケもどこか精彩を欠いて
いる。鉄面皮のタバサとて表面上は平静に見えるが、その内心がどうかなどわかるはずもない。
 そう考えてしまえば、これから更なる騒乱の只中に飛び込むのだ。戦力は少しでも欲しいと
ころだが、彼女らを送り返すのは道理でもある。そもそも女王陛下からの密命とは無関係なの
だから余計にだ。
 いっそ自分とワルドだけで――そう考えたところで、濤羅はかぶりを振った。
 何を考えているのか。濤羅が凶手として数々の任務を果たしてこれたのはサイバネ全盛期の
時代に生身であるという相手の油断があってこそ。無論、彼自身の高い技量がなければいつ命
を落としてもおかしくはなかったが、その油断に自らが肩まで浸かってどうするのか。
 まして、ここは異世界である。濤羅の常識など何一つ通用しない。
 時限爆弾を抱えている濤羅が驕れば、即座に果てることとなるだろう。
 頼りない自分を頼る小さな少女がいる。その自戒がなければ、恐らく濤羅は己が望むままに
死に向かって突き進んでいただろう。その誘惑は決して彼の中から消えはしないが、それでも
わずかなりとも濤羅が人として正常に判断できるのは、ルイズの存在があってこそだった。

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