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タバサと不死者 第二章

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 ガリア北西部、西の大海に面したアルジャンタン地方には、恐怖が潜み棲んでいた。
 恐怖は曲がりくねった谷間や鬱蒼とした森を霧のように流れ、疫病のように町や村に滲み入り、夜毎に犠牲者を増やしていった。
 王都リュティスへと通じる街道の宿場町メルドープにも、恐怖ははびこっており、町民たちはそれに対抗する手段を見出せずにいた。
 その恐怖がこの地方に到来してからもう一月近くになるが、最初の惨劇は、このメルドープで起きたものだった。
 ある朝、一人の行商人が変わり果てた姿となって見つかったのだ。
 内側から鍵のかけられた宿の部屋から、全身の血を失い干物同然に成り果てた人間の残骸が見つかり、その首筋には、鋭い牙による咬み跡が
残されていた。
 このハルケギニアの地に、人間を襲ってその血肉を喰らう猛獣や幻獣、亜人は数多いが、このような屍を残す存在はひとつだけだ
――もっとも恐るべき妖魔、『吸血鬼』をおいて他にない。

 吸血鬼は並外れた生命力と怪力の持ち主であるだけでなく、メイジの操る≪四大系統≫とはまったく異なった≪先住の魔法≫の使い手でもあるが、
それらは決して圧倒的な強みではない。
 彼らが最悪の存在と呼ばれるのは、その姿が普通の人間とまったく見分けがつかないためなのだ。
 吸血鬼は人間の集落に紛れ込み、なにくわぬ顔で日々の暮らしを営んでいるように見せかけながら、夜にはその本性を現して(吸血鬼は日光を苦手とする)、
歯の奥に隠された鋭い牙で人間に咬みつき、生き血をすする。
 さらに、血を吸った人間をひとりだけ≪屍人鬼(グール)≫と呼ばれる下僕に変えることができ、その≪屍人鬼≫もまた、首筋に牙の跡が
あることを除けば、普通の人間とまったく区別がつかないのだ。
 狡知にたけた吸血鬼は滅多なことでは馬脚を現さないため、疑心暗鬼に陥った者たちは互いを吸血鬼だ、≪屍人鬼≫だと決め付けあい、
その結果、流血の惨事が引き起こされることも珍しくはない。
 本物の吸血鬼は醜い争いに巻き込まれないようそっと姿を消し、人々の愚かさを内心で嘲笑しながら、次の狩場へと向かうのだ。

 最初の犠牲者が出てから一週間ほどのうちに、さらに二人の町民が吸血鬼の牙にかかって果てたが、吸血鬼の正体は誰にもつかめなかった。
 町の門は日没とともに閉ざされるため、町民の誰かが吸血鬼に違いないと噂され、何人かの者が疑われもしたが、証拠はなにひとつ
見つからなかったのだ。
 やがて四人目の犠牲者が出たが、それは、メルドープから十マイルも離れたサン・ヴィトという名の村の農道で見つかった。
 サン・ヴィトからの報せを耳にしたメルドープの人々は、驚愕しつつも内心では安堵した――村の連中にはかわいそうだが、吸血鬼は
この町から出て行った、メルドープは救われた!
 だが、それは、より恐るべき事態の幕開けにすぎなかった。
 サン・ヴィト村の事件の二日後、吸血鬼はメルドープに舞い戻り、女をひとり血祭りにあげたのだ。
 次の晩には、マルメディの街路を巡廻していた夜警が襲われたが、このとき、吸血鬼――あるいはその手下の≪屍人鬼≫――の姿を目にした者が
現れた。
 目撃者はふたり連れの職工であり、ほろ酔い加減で酒場を出たしばらく後に、薄暗い路地で凶行の現場に出くわしたのだ。
 目撃者たちの戦慄したことに、長身の怪物は夜警の両肩に力強い指を喰いこませ、鋭い牙で夜警の喉笛に荒々しく咬みつき生き血をすすったのち、
悲鳴を上げて助けを呼ぶふたりには目もくれず、その場を悠々と歩み去ったのだという。
 アルジャンタン地方全域が驚愕と恐怖、そして憶測にざわめいた。
 しかし、今や吸血鬼の面相が割れ、執行長官が大がかりな捜索を始めたこともあり、いずれこの妖魔も捕らえられるか、殺されるか、さもなくば
遠くへ逃げ去るに違いない、と人々は信じていた。
 この判断が誤っていたことは、数日のうちに明らかになった。
 アルジャンタンのすべての町や村で、徹底した聞き込みが行われたが、マルメディでの目撃情報と一致する姿を目にした者は、誰ひとり現れなかった。
 執行官とその部下たちや、有志によって臨時に結成された自警団は、吸血鬼の潜んでいそうな廃屋、地下室や屋根裏、果ては山中の洞窟までもを
調べたが、無駄に終わった。
 人々の努力をあざ笑うかのように、吸血鬼は夜毎に襲撃をくり返した。
 吸血鬼の手口はさまざまで、密室に音もなく現れ、誰にも気づかれることなく凶行を成し遂げることもあれば、力任せに窓を突き破り、犠牲者の
断末魔の叫びを周辺一帯に響かせることもあった。
 すさまじい悲鳴に眠りを破られた人々が、手に手に雑多な武器を握りしめ、息せき切って現場に駆けつけたときには、妖魔は煙のように姿を
消していたのだ。
 その行動範囲は異様なほど広く、まる一日のうちに四十マイル近く離れた場所に現れたことさえあった。
 その神出鬼没かつ気まぐれな動きからは、何の法則性も見出されず、まるで、目の前に並んだいくつもの皿から、少しずつ料理を
つまんでいるかのようだった――この場合、町や村が皿で、料理はそこの住民たちということになる。
 途方に暮れた執行長官が王宮に泣きついたため、ついにはひとりの騎士が派遣された。
 その騎士は優れた魔法の使い手であり、幾多の功績を誇る歴戦の勇士でもあったが、アルジャンタン地方にやって来てからわずか三日で、
任務に失敗することとなった。
 ジャンディエヌイルという村で調査を行っていた騎士は、そこで目指す獲物と遭遇したらしい――後に残されたのは、五体をばらばらに引き裂かれた
騎士の死体だけだった。
 騎士の敗北を知った人々は絶望に沈み、日没を恐れた。
 暴虐をほしいままにする吸血鬼の噂は、旅人たちの口を通じて近隣の各地に広まり、そのため、アルジャンタン地方を訪れる者はめっきり
少なくなった。
 商人や巡礼たちはこの地を避けるようになり、街道を行き来するのは、馬車に家財道具を積み上げた『難民』たちばかりだった――彼らは恐怖に
耐え切れず、故郷を捨てどこか遠くへと逃げることに決めたのだ。
 深夜に訪れる死の恐怖は、アルジャンタンに未曾有の不景気と荒廃を招いた。
 人々の心は絶望に塗り潰され、子供さえもが笑顔を忘れた陰鬱の地――タバサが訪れたアルジャンタン地方は、そのような場所だった。

 ふたりの女が、メルドープへ向かう道を歩いていた。
 ひとりは眼鏡をかけた小柄な少女――タバサだ。
 もうひとりは、青い髪と瞳――タバサのそれと同じ色合いだ――をもつ、二十歳前後と思われる若く美しい女だった。
 女は、胸元が大きく開いた紺色のチュニックを身にまとっており、その裾からはすらりとした白い両脚が伸びていた。
 この北部ガリアでは貴族であれ平民であれ、女性には謙虚さと慎ましさが求めらる風潮があるため(隣国トリステインほどではないが)、
彼女の服装は非常識なほどに挑発的で、はしたないものだといえた。
 しかし、当の本人はそれを恥ずかしがる様子もなければ、自慢する風でもなかった。
 一見、姉妹のように思える容姿をしたこのふたり連れだが、年長の女の口から出た言葉は、意外なものだった。
「う~、お姉さまの嘘つき! 今回は化けなくていいって言ったのに~!」
 女が恨みがましい口調でそう言うと頭を左右に振ったので、振り乱された青く輝く長髪が、陽の光を受けてきらきらと輝いた。
 女は青く大きな瞳が目立つ整った顔をタバサに向け、まくしたてた。
「これじゃあ、この前と同じなのね! また、こんなごわごわの服を着せて! お姉さま、ひどすぎる! シルフィをだますなんて!」
 そう言ってチュニックの胸元を引っ張ると、豊かな二つのふくらみがはみ出しそうになった。
 黙って女の抗議の言葉に耳を傾けていた――あるいは、聞き流していた――タバサが口を開いた。
「だましていない」
「うそ! 言った、言いました!」
 女は食い下がった。
「お姉さまはシルフィに、今回は化けなくてもいいって言ったのね!」
「騎士になる必要はない、と言った。あなたの服は平民のもの。杖もマントも持たせていない」
 タバサにそう言われて、女は言葉に詰まった。
「あなたは従者。騎士じゃない」
「きゅ、きゅい……そ、そんなの詭弁なの。ペテンなの。またごわごわの服を着せられて……」
 女は、チュニックの袖や裾をしきりに引っ張っていた。
「ああもう、むずむずするの! これだから人間の姿に化けるのはいやなのね。ね、お姉さま。町に行くのはお姉さまおひとりだけにして、
シルフィは空で待機というのはどう?」
「却下」
 タバサと言い争うこの女は、その口ぶりから察しのつくとおり、人間ではなかった。
 その正体は≪韻竜≫のシルフィードであり、彼女は≪先住の魔法≫を使うことによって、竜から人間へと姿を変えることができるのだ。

 メルドープに着いたタバサとシルフィードはさっそく聞き込みを開始した。
 ある者には、王宮から派遣された騎士の権威をもって問い詰め、またある者には、シルフィードの色仕掛け――彼女自身はなにもしていないのだが、
その美しい容姿と肌の露出が多い服装は、男の目を惹きつけてやまない――で話を聞き出そうとした。
 上は町長から下は物乞いにいたるまで、数十人に話を聞いて回ったが、執行長官が王宮にあてた報告書に加えるべき情報は、なにひとつ
得られなかった。
 タバサと話をした者たちのうち何名かは、途方もない推測を口にした。
 第一の犠牲者を発見した宿屋の主人は、複数の吸血鬼が同盟を結び、人間に対する新戦術を試しているのではないかとほのめかした。
 また、ある老人は、くだんの吸血鬼は≪先住の魔法≫で自由に姿を変えられるに違いないと主張し、コウモリに化けて町に忍び込んでいるのだと断言した
(吸血鬼が≪変化≫の魔法を使うという説は広く知られているが、学識豊かな者たちによって――自身が≪変化≫の使い手であるシルフィードにも――
迷信だと否定されている)。

タバサとシルフィードは肩を並べて、町外れに向かって歩いていた。
 三時間以上にわたる調査は空振りに終わったが、タバサは苛立ちや落胆の色は見せず、いつも通りの無表情を保っていた。
 そんなタバサに、シルフィードがすり寄って囁いた。
「ねえ、お姉さま。ふたりともよく働いたんだから、そろそろ、ちょっと早い晩ごはんにするといいと思うの。向こうのほうから、焼いたお肉の
いい匂いがするわ! 生もいいけど、人間の姿で食べる、味付けしたお肉もおいしいのね、きゅい!」
「次はサン・ヴィト村」
 シルフィードの提案を、タバサは冷ややかにはねつけた。
「ええ~、もうよそへ行くの? ごはんを食べてからでも遅くはないでしょうに~」
 シルフィードは不満を漏らした。
「服を脱いで、元の姿に戻って、村まで飛んでからまた化けて、また服を着て……おなかぺこぺこのかわいそうなシルフィをさんざんこき使うなんて、
ひどいお姉さまなのね! もっと使い魔をいたわるべきだと思うのね!」
「次はサン・ヴィト村」
 タバサは行き先を繰り返す。
「うう~、村に着いたら、ちゃんとごはん貰えるんでしょうね?」
「調査が終わってから」とタバサは答えて、ぱっと振り返った。
「きゅい?」
 タバサの視線を追ったシルフィードは、何者かが建物の陰に身を隠すところを目にした。
「誰? 誰なの?」
「出てきて」
 タバサたち主従の呼びかけに応じて、相手は姿を現した。
 それは、すらりとした肢体と、美しく整ってはいるが病人のように青ざめた顔が目立つ、若い女だった。
 汚れとつぎはぎだらけの着古された旅装束をまとい、黒みがかった赤い髪は後ろに束ねられていた。
 ほっそりとした首には、薄汚れた服とは不似合いなほど鮮やかな赤いスカーフを巻きつけていた。
 そのいでたちと、手にした三弦のレベックを見るに、彼女は旅芸人のようだった。
 女の表情からは、不安と困惑がありありとうかがえた。
「どちらさま? 何かご用?」
 興味津々のシルフィードに促されて、女はためらいがちに口を開いた。
「あ、あの……町の者たちが噂していたのですが、あなたがたが、吸血鬼を退治に来られた騎士様なのですか?」
 女の声は透き通った美しいものだったが、わずかにゲルマニアなまりの響きがあった。
「いかにもその通りなのね。こちらにおわすお方こそガリアのシュヴァリエ、とっても強くてかわいくて、シルフィのご主人さまであらせられる、
≪雪風のタバサ≫さまなのね!」
 小さくうなずくだけで何も言わない主人に代わって、芝居がかった口調でタバサを紹介したのはシルフィードだ。
 自慢げに胸を張るシルフィードに構わず、タバサは一歩進み出た。
「用件は」
 タバサに無愛想な口調で問いかけられ、女はおどおどした様子を見せた。
 魔法という強大な力の使い手であるハルケギニアの貴族たちは、大半の平民にとって畏敬と畏怖――まれに軽蔑と憎悪――の対象だ。
 気まぐれに平民を傷つける貴族などそう多くは居ないが、それでも、平民たちは貴族の機嫌を損ねることをなにより恐れるのだ。
「こわがることないの」
 シルフィードは、おびえる女を安心させようと言葉をかけた。
「お姉さまはいつもこうだから、気にしないで。本ばかり読んで、まともな会話のやりかたを学ぼうとしないからぶっきらぼうだけど、
怒っているわけじゃないのね。お姉さまがもっと普通にお話しできるようにシルフィも日々頑張ってるんだけど、これがなかなか……」
「用件は」
 内容が脱線しはじめたシルフィードの言葉をさえぎって、タバサは問いを繰り返した。
 女は不安げな表情でうつむいていたが、やがて意を決したようにタバサに向き直ると、
「騎士様、お話の前に見ていただきたいものがあるのです」と言った。
 女はきょろきょろと周囲を見回し、自分たち以外に誰も居ないことを確かめると、首に巻きつけた赤いスカーフをほどき、首筋をあらわにした。
 それを目にしたシルフィードは
「きゅっ!?」と息を呑み、
タバサはわずかに眉を吊り上げると、己の身の丈よりも長大な杖を構えた。
 女の首には、二つの赤く小さな傷があった――それは、吸血鬼の牙の跡だった。


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