あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無のパズル-20

魔法学院の学院長室、オスマン氏の前に立ちながら、コルベールは何度目かの深~~いため息をついた。
見ている方が憂鬱になりそうな、悲しげなため息である。
「……その、きみ。どうしたんじゃね」
オスマン氏が声をかける。
「すみません、いえね、少し悲しいことがあったもので……」
コルベールは粉々に破壊された『愉快なヘビくん』のことを思い出して、せつなそうに言った。
「して、オールド・オスマン。わたしを呼ばれたのは、何用で?」
「ああ、なに。以前きみが届け出ていた休暇届な、受理することにした」
「おお、そうですか!」
コルベールはぱっと顔を輝かせた。
コルベールの変わり身の早さに半ば呆れながら、オスマン氏は言った。
「またタルブかね?飽きんな、きみも」
「ええ、なにしろ実に興味深い!かの地に生える植物には、なにか特殊な性質があります。研究を進めれば、魔法に影響を与えるやも……」
「ああ、うん、わかったから」
話が長くなりそうだったので、オスマン氏は早めに切り上げた。この話も、もう何度も聞かされているのである。
「申請どおり、休暇は一週間じゃ。のんびり研究に励みなさい」
「ありがとうございます!それでは、オールド・オスマン。失礼しますぞ」
コルベールはぺこりと頭を下げて、学院長室を退出した。
コルベールが退出すると、オスマン氏は、王宮から届けられた手紙を取り出した。上等な羊皮紙の封筒に、トリステイン王国の百合の花押がされている。
ふむ……、と呟きながら、オスマン氏は封筒から手紙を取り出し、眺めた。
しばらくするとノックの音がした。オスマン氏は「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」と声をかけた。
秘書を雇わねばならぬな、とオスマン氏が考えていると、扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。
桃色がかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズであった。
「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」
ルイズは言った。オスマン氏は、両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎した。
「おお、ミス・ヴァリエール。よく来たな、まあ座りなさい」
オスマン氏が杖をちょいと振ると、来客用の椅子がふわりと飛んできた。
ルイズがそれに腰掛けると、オスマン氏は語りだした。
「さて、本日正午、ゲルマニア首都ヴィンドボナにてトリステイン王国と帝政ゲルマニア国の軍事同盟の締結式が行われる。今ごろは条約文への署名が行われていることじゃろう。同盟の締結を急いだのは、先日アルビオンの新政府樹立の公布が為されたためじゃ」
ルイズはそれを聞いて、緊張に身を固くした。
「しかし……、アルビオン帝国初代皇帝、クロムウェルはすぐにトリステインとゲルマニアに不可侵条約の締結を打診してきおった。両国はこれを協議中であるが、まあ、受けるじゃろう。両国の空軍力を合わせても、アルビオンの艦隊には手子摺るからの」
こうして、ハルケギニアに表面上の平和が訪れた。
「学院の生徒たちには、明日の朝礼ででもわしから正式に話すつもりじゃ。この同盟の締結は、おぬしたちの活躍の賜物じゃ。胸を張りなさい」
オスマン氏は、優しい声で言った。
「また、アンリエッタ姫と、ゲルマニア皇帝アルブレヒド三世との婚姻も正式に発表された。来月には結婚式が執り行われる」
それを聞いて、ルイズはちょっと悲しくなった。幼なじみのアンリエッタは、政治の道具として、好きでもない皇帝と結婚するのだ。
同盟のためには仕方のないこととはいえ、ルイズはアンリエッタの悲しそうな笑みを思い出すと、胸が締め付けられるような気がした。
オスマン氏は、しばらく黙ってルイズを見つめていたが、やがて神妙な声で言った。
「トリステイン王家の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならぬ。そして姫は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」
「姫さまが?」
「そうじゃ。これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立ち会う巫女を務めるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
アンリエッタは、幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。ルイズはきっと顔を上げた。
「わかりました。謹んで拝命します」
それを聞いて、オスマン氏は目を細めた。
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった、姫も喜ぶじゃろうて。さて、それではミス・ヴァリエール。おぬしは明日の授業は免除じゃ。わしと一緒に、朝一番で王宮へ向かう」
「王宮へ?」
「さよう、『始祖の祈祷書』を王宮より借り受けるためじゃ」
「始祖の祈祷書……、王家の秘宝ではありませんか」
始祖の祈祷書。六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げる祭に読み上げた呪文が記されているという、伝説の書物である。
「王族の式で選ばれた巫女は、『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」
「は、はあ」
「巫女は、式の前より『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」
「えええ!詔をわたしが考えるんですか!」
初耳だった。ルイズは、そこまで宮中の作法に詳しくはないのである。
そういう大事なことは、最初に説明しておいてほしかった。
「そうじゃ、まあ、どうせ草稿は宮中の連中が推敲するんじゃ。そんなに気負わんでもええ。引き受けてくれるな?」
ルイズはためらったが、きゅっと唇を結んで「……謹んで拝命します」と言った。
オスマン氏はにっこり笑ってうんうんと頷いた。


夕食のあと、ルイズは自分の部屋に戻ると、ぼすんとベッドに身体を投げ出した。
うーあー、とうなりながら、じたばたとベッドの上を転がる。
「もー、もぉぉぉ……、聞いてないわよ、詔を作るなんてぇぇ……」
ルイズは枕に頭をぐりぐり押し付けた。
「始祖への感謝と、四大系統への感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげる……、だったかしら」
ルイズはしばらく視線を宙にさまよわせて思考に没頭したが、やがて顔をしかめてうなりだした。
「なんも思いつかない。詩的なんて言われても、困っちゃうわ。わたし、詩人じゃないし」
魔法が使えない分、座学では優秀な成績をおさめているルイズだったが、詩才というか、文才というものはまるでないのだった。
そしてそれは本人も自覚しているのである。
ルイズはごろんと寝返りを打つと、ちらりと部屋の肩隅に置かれた藁束に目をやった。
いつもだったらそこで寝息を立てているはずの彼女の使い魔……、ティトォは、まだ部屋に戻っていなかった。
というか、午後の授業にも顔を出さなかった。
この分だと、朝まで戻ってこないかもしれない。実際そんなことが時々あった。
まったく、どうしてあそこまで奔放でいられるのかしら。ルイズは呆れてため息をつく。
ま、いいわ。詔を作るのは、あいつに手伝ってもらおう。あの、青髪のタバサほどじゃないけど、いっつも本を読んでるんだもの。それくらい簡単でしょ。
そうと決めると、明日は早いので、ルイズは毛布をかぶってすやすやと寝息を立てはじめた。


翌朝……、
学院の談話室。窓から差し込む光で、ティトォは夜が明けたのだということに気が付いた。
談話室のテーブルの上には、図書館から借りてきた本がうずたかく積まれている。
燭台のろうそくは、すっかり短くなっていた。
ティトォは結局一晩中ルイズの部屋に戻らず、ここで調べものをしていた。
タバサの読んでいた『イーヴァルディの勇者と大魔王デュデュマ』の物語のベースになったという、始祖の伝説について、ハルケギニアの歴史・神話について調べていた。
そしてその結果、分かったことがある。
始祖ブリミルの伝説については諸説あるが、もっともポピュラーなものはこうだ。


6000年前……、かつてハルケギニアの大地が滅びようとしたことがあった。
いかなる文明の力を持ってしても滅びを食い止めることはできず、人々はあきらめ、滅びを受け入れはじめていた。
そんな中、一人の男が、何処よりこのハルケギニアへと降臨した。
異なる世界より現れ、ハルケギニアの大地に降り立った……、始祖ブリミルである。
ブリミルの力により、大地は潤いを取り戻しはじめたが……、
突如として、大地の底より大魔王デュデュマが現れた。
ハルケギニアに滅びをもたらしたのは、この恐るべき大魔王であったのだ。
ブリミルは、果敢に大魔王に立ち向かった。
ブリミルは、デュデュマと似た力を持っていた。
唯一デュデュマに対抗できる力──
それが、奇跡の技『魔法』
ブリミルと、ブリミルの使い魔たちによってデュデュマは倒された。
ブリミルの力により、人類は生きながらえた。
そして大地を救ったブリミルは、ハルケギニアを離れ、自らの世界に帰還すべく、『聖地』を目指した。
しかしそれはかなわなかった。
ブリミルの降臨せし『聖地』を、エルフたちが占拠したのだ。
ブリミルは『聖地』を取り戻すべく、エルフたちと長い長い戦いを続けたが、ついに『聖地』への帰還は果たせず、志半ばで力尽きることとなった──


始祖の伝説。
ハルケギニアの人間なら、誰でも知っている昔話。
しかし、それにしては……
「似すぎている」
ティトォは重々しく呟き、指でこめかみをトントンと叩いた。
『始祖ブリミルの伝説』は、ぼくらの大地に伝わる『女神と大魔王の伝説』に、あまりにも似すぎている。
なぜ?ぼくらの大地……、ぼくらの『星』に伝わる昔話が、この異世界の大地にも伝わっているのだろうか。
ハルケギニアの生命循環システムが、たまたまぼくらの大地と似通ったものだったのだろうか。
だとすれば、この始祖ブリミルの伝説は……、『大魔王デュデュマ』の真実は……
しばらくティトォは、無言のままこめかみを叩き続けていたが、やがて手を止め、ふう、と息をついた。
「……考えすぎか」
仮に、ぼくの想像したことが真実だったとしても、だからって何が起こるってわけでもない。
これは、気の遠くなるほどの、遠い昔の物語でしかない。
「神経質になりすぎたかな。この大地には、奴は……、グリ・ムリ・アは、いないんだ」
忌まわしいその名を呟き、ティトォの表情が引き締まる。
やはり、いつまでもハルケギニアに隠れているわけにはいかない。やがては、決着を付けなくてはいけない。
しかし、それにはまだ力が足りない。100年かけて魔法を高めてきたが、まだ十分ではない。
かねてより考案していた『実験』を、そろそろ始めるべきだろうか……、とティトォは思った。
「……協力者がほしいな。誰か、いないかなあ……」
うーん、とティトォは伸びをする。徹夜明けの目に、朝日が眩しかった。
結局、またルイズの部屋に帰らなかった。
やばいなあ、怒られるかなあ、とか思いながら、山のような本を抱えて、ティトォは談話室を後にした。


ティトォは調べものに夢中になっていて気付かなかったが、もうとっくに朝食の時間を過ぎているらしい。
生徒たちが談笑しながら、廊下を歩いている。
夕べから何も食べていないことに気が付いて、ティトォは胃袋がせつなくなった。
厨房に行けば、残り物でも分けてもらえるかな、などと思っていると、突然後ろから声をかけられた。
「おや、ティトォ!ティトォじゃないか!」
やたらと芝居がかった、気障なしゃべり。魔法学院でこんな物言いをするのは、一人しかいない。
ティトォが振り返ると、そこにいたのは果たしてギーシュであった。
ギーシュの姿を見て、ティトォは目をぱちくりさせた。金の巻き毛に、薔薇をくわえたその姿は、いつも通りのギーシュであったが、以前のギーシュと違っているところがあった。
それは服だ。
魔法学院のシャツには、カフスボタンやら、ブローチやら、タイピンやらでそこらじゅうに宝石が散りばめられている。
両手の指には宝石をあしらったリングがいくつもはまり、貴族の象徴たるマントの裏地にも、無数の宝石が縫い付けられている。
以前から、ひらひらした襟のシャツなど、あまりいい趣味とは言えなかったギーシュの服装が、はっきりとした悪趣味に塗り固められていた。
「……どうしたの、その服」
ティトォはぼけっとした声で、言った。
ギーシュはそれには答えず、「よかった、きみを捜していたんだ」と言った。
そして、手に持った羊皮紙の束を、ティトォに見せた。
「なにそれ?」
ティトォは本の山を床に置くと、その束を見つめた。地図らしきものが書いてある。
「宝の地図さ」
「宝ぁ?」
ティトォがきょとんとした声を上げる。
「そうとも!これからぼくらは、宝探しに行くんだ。忘れ去られた遺跡!魔物が跋扈する森や洞窟!危険とロマンあふれる冒険の旅!ぜひきみにも一緒に来てほしい。きみの回復魔法があれば心強いからね」
ギーシュは熱っぽく語ったが、ティトォの反応は冷めていた。
「なんで宝探しなんてするのさ。学校は?授業があるじゃないか」
「確かに学業は学生の本分だ。しかしね、きみ。ぼくにも事情ってものがあるんだよ」
「事情?」
「話せば長くなるが……」
ギーシュは、先日のアルビオンへの冒険旅行、ラ・ロシェールでティトォたちと別れた後のことを話した。
傭兵の一団の中に、あの『土くれ』のフーケがいたこと。
フーケがゴーレムをつくり出し、絶体絶命のピンチに陥ったこと。
そのとき、宿に泊まっていた宝石商から、ありったけの宝石を買い集めたこと。
宝石の精霊の力を借り、フーケを見事撃退したこと(この段になると、ギーシュは派手に身振り手振りをくわえて、自分がいかに大活躍をしたのかを熱弁した)。
そして、その宝石を買うために、キュルケとタバサに借金を作ってしまったこと。
「なにせ実家からもらってる年金もほとんど使ってしまったからねえ。返すあてがなくて、困ってるんだ」
ギーシュはため息をつき、かぶりを振った。
ティトォはぼけっとした顔で、ギーシュの服を眺めた。
そして、シャツやマントにつけられている宝石を指差しながら、言った。
「宝石を売ればいいじゃないか。そりゃあ、全額は戻ってこないだろうけど、どれも本物みたいだし、うまくやれば7~8割は帰ってくるでしょ」
「売るだって!宝石を!」
ギーシュはビックリしたように、目を見開いて叫んだ。
その声に反応するように、胸元のブローチにはめられた石から、小さな精霊が現れた。
くるくる巻いた前髪と、まん丸のほっぺたの可愛らしい精霊。ソフトクリソコラの精霊である。
「売るだなんてとんでもない!そんな残酷なこと、ぼくにァとてもできないよ!」
ギーシュは大げさに叫んで、精霊にほおずりした。精霊はニコニコ笑って、小さな手をぱたぱた動かしている。
どうやらギーシュは、宝石の精霊たちに情が移ってしまったらしい。愛おしげに、身体中に散りばめられた宝石をなでている。
「……はあ、それで、借金を返すために宝探しを?」
「そうだ」
「その地図の束は、どこで?」
「魔法屋、情報屋、雑貨屋、露天商……、いろいろ回ってかき集めてきたんだよ」
「買ったの?わざわざ?」
「うむ。まあちょっと値の張るものもあったけど、それだけ信頼のおける地図ということなんだろう」
ティトォは目を細めて、微妙な笑顔を作ってギーシュを見つめた。
「きみは、あれだな……、ダメな人だな……。二股はかけるし、借金は作る。おまけに金を返すどころか、こんな胡散臭い宝の地図を買い込んで……、本当にダメだなァ……、なんていうか……、ダメダメだなァ……」
「……そんなにダメダメ言わないでくれたまえ」
ギーシュが憮然として言った。
「だいたいね、二股もなにも、ぼかァモンモランシーにだって、あのケティにだってなにもしてないんだ。ケティは手を握っただけだし、モンモランシーだって、軽くキスしただけさ!それなのに……、それなのに……」
ギーシュはうなだれた。そんなギーシュにかまわず、ティトォはギーシュの持ってきた地図を広げて、眺め回した。
「ねえ、ギーシュ。こんなの、どうせまがい物に決まってるよ。『宝の地図』と称して適当な地図を売りつけるなんて話、珍しくもないだろ?騙されて破産したなんて話も聞くよ」
「あら。そりゃ、ほとんどはクズかもしれないけれど、中には本物が混じってるかもしれないじゃないの!」
後ろから声をかけられて、ティトォが振り向くと、そこにいたのはキュルケであった。ギーシュと同じく、羊皮紙の束を持っている。
隣には、彼女の親友であるところのタバサもいて、いつものように本を読んでいた。
「ハイ、ダーリン」
キュルケはいたずらっぽく笑って、手を振った。
「キュルケ。きみも宝探しに?」
「ええ。学院でじっとしててもお宝は手に入らないわ。困難を乗り越えたその時こそ、ありえない何かを手にすることができるのよ!」
キュルケは少し興奮したように言った。キュルケは情熱の人なので、冒険やロマンが大好きなのだった。
「ねえ、ダーリンも行きましょうよ。あなたの回復魔法、当てにしてるのよ?分け前はあたしが3、タバサが3、ダーリンが4でかまわないわ!」
「……そのう。ぼくの分は?」
ギーシュがおずおずと申し出る。しかしキュルケは冷たく言い放った。
「あたしたちが貸してるぶんのお金を取り戻すまで、あんたの取り分はなし」
ギーシュはがっくりと肩を落とした。
どうやら、金策に困っているギーシュに宝探しをそそのかしたのはキュルケのようだった。
金を借りているギーシュは、キュルケに頭が上がらないのだった。
「ねえ、行きましょ。冒険があたしたちを待ってるわ」
「うーん……」
ティトォは悩んだ。
本音を言えば、別に行きたくなかった。まだ調べたいこともあるし、考えたいこともある。
しかし、怪物や魔物がわんさかいるという廃墟や遺跡に宝探しに行くキュルケやタバサやギーシュのことは、心配だった。
ティトォの回復魔法があれば、危険は格段に減るだろう。
それに、ここ最近ずっと篭りっぱなしだったし、外にくり出すのも、いい気分転換になる気がした。
「よし、わかった。ぼくも行くよ」
「そうこなくっちゃ!」
キュルケが嬉しそうに飛び跳ねた。
ティトォは床に置いていた本の山を持ち上げると、言った。
「ちょっと待ってて、準備するから。それと、ルイズに許可をもらってくる」
「ルイズに?別にいいじゃない」
キュルケが小さく鼻を鳴らす。
「だめだよ。ただでさえぼくは、ルイズの言いつけをあんまり守ってないんだから。これ以上勝手なことしたら、ルイズに殺されちゃうよ」
そういって、ティトォはルイズの部屋に向かった。
キュルケは「待ってるからねえ」と、手を振っていた。


ティトォが本を抱えてルイズの部屋に戻ってくると、果たしてそこにルイズの姿はなかった。
「ルイズ?」
食堂にでも行ったんだろうか、と思ったが、朝食の時間はとっくに終わっている。
そろそろ午前の授業が始まる時間だ。
そこで、ティトォはルイズが取っているはずの授業の教室に行ってみた。
しかしそこにも、やはりルイズの姿はなかった。
「おかしいな、どこ行ったんだろ?」
ルイズを探して石造りの渡り廊下を歩いていると、正門の方からギーシュが声をかけてきた。
「おおい、なにをやってるんだね。そろそろ出発するぞ!」
見ると、ギーシュとキュルケとタバサ、それにサラマンダーのフレイム、ウィンドドラゴンのシルフィード、巨大モグラのヴェルダンデがそろってティトォを待っている。
すっかり準備も整って、もうあとは、出発するだけのようだ。
「ああ、うん。わかった」
ティトォはルイズの部屋に戻り、手早く荷物をまとめると、ギーシュたちの待つ正門へ向かった。
まあ、いっか。ルイズにはあとで事情を話せば。


さて、ルイズはどこに行ってしまったのだろうか?
少し時間は戻って、朝の早く。まだ日も上りきらない時間。
ルイズは使用人に言って、自分の部屋にパンとスープを運ばせた。
簡単な朝食を済ませると、身支度を整えオスマン氏の待つ学院長室に向かう。
「準備はよいかの?ミス・ヴァリエール」
「はい」
「よろしい、では出発じゃ」
オスマン氏に連れられて、学院の正門を出ると、ルイズは首をかしげた。
「オールド・オスマン?馬車は来ていないのですか」
辺りを見渡しても、朝もやの中にそれらしい姿は見えない。
「待ちなさい、じきにやって来よるよ」
オスマン氏は髭を撫でながら答える。
すると、どこからか、ばっさばっさと羽音が聞こえてきた。
ルイズは空を見上げて、驚いた顔になる。
「竜籠じゃないですか!」
竜籠とは、その名の通り、竜に籠を持ち上げさせて空を飛ぶ乗り物である。
平民は当然のこと、下級貴族でさえなかなか乗ることのできない高級ハイヤーである。
竜籠が正門前に降りると、籠を持った竜の背中から、一人の貴族が飛び降りた。
太っちょのその男は、男というよりは、まだ少年という歳に見えた。ルイズといくらも変わらないだろう。
皮の帽子をかぶり、青の上衣をまとっている。杖は軍人が好む、腰に差すレイピアタイプのものである。
「王宮よりお迎えに上がりました。ルネ・フォンクであります」
太っちょの少年は帽子を取ると、かしこまった調子で言った。
オスマン氏が、ひげを撫でながら声をかけた。
「ふむ。きみは竜騎士見習いかね」
「はっ!あと一年も修行すれば、正式に部隊に配備されることになります。と、思われます」
「うむ、うむ。精進したまえよ」
ホッホッホ、とオスマン氏は笑った。
「恐縮であります!」
ルネは、背筋をびっと伸ばして叫ぶと、さっと籠の扉を開いた。
ルネに促され、二人が籠に乗り込もうとすると……、
突然、背中の方からかん高い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあ!ド、ド、ドラゴン!ドーラーゴーンー!」
どこかで聞いたことのある声にルイズが振り向くと、そこにいたのはメイドのシエスタであった。
シエスタは地面にへたり込んで、竜籠のドラゴンを見上げて目を白黒させている。
「シエスタ!」
ルイズが驚いたような声を出す。いったい、こんな朝早くに何をしているのだろう?
「あ、ミ、ミス・ヴァリエール?」
「落ち着きなさい、あの竜はあんたを取って食ったりしないから」
ルイズはシエスタを落ち着かせるように、肩をぽんぽんと叩いてやった。
「すす、すみません……、わたしったら、いやだわ。もう」
「そんなに驚くこともないでしょう?風竜を使い魔にしている子だって、いるじゃない」
ルイズはタバサの顔を思い浮かべる。
「でもわたし、こんなに近くで竜を見るのははじめてなんですもの。わあ。わあわあ」
さっきまで怯えていたシエスタは、危険がないと分かると、今度ははしゃぎだした。
見ると、シエスタはいつものメイド服ではなく、茶色のスカートに草色の木綿のシャツといった格好だった。
横には、麻で作ったトランクが転がっている。
「シエスタ、あなた帰省するの?」
ルイズはシエスタの格好を見て、言った。
「あ、はい。休暇をいただいたんです。だから、タルブの村に帰ろうかと……、わたしの故郷なんです」
「タルブ?ラ・ロシェールの向こうじゃない。まさか歩いて行くつもり?」
「いえ、ラ・ロシェールに行く途中の村で、乗り合い馬車を拾うつもりです」
「ふうん。そんなものがあるのね」
そんなふうに話し込んでいると、オスマン氏がルイズを呼んだので、二人はおしゃべりをやめて、別れた。
ルイズが軽く手を振って「じゃあね」と言うと、シエスタはぺこりと頭を下げた。
ルイズとオスマン氏が籠に乗りこむと、ルネが竜を操って、籠は空へと浮かび上がる。
シエスタはしばらく、遠ざかってゆく竜籠を感心したように見つめていた。
竜籠を見上げているシエスタの姿を、ルイズは窓から見ていた。
目をまんまるにしているシエスタの姿がなんだかおかしくて、ルイズはくすくすと笑った。
そんなルイズを見て、オスマン氏は「友達かね?」と言った。
「と、友達なんかじゃありませんわ。彼女、平民ですし。そんな」
ルイズはなんだか照れくさくなって、頬を染めた。
オスマン氏はそんなルイズを見て、目を細める。
「なに、友というものは、身分で決めるものではないよ。気安く接することのできる相手というものは、何よりも貴重なもんじゃ」
そう言って、オスマン氏は優しく笑った。
シエスタはしばらく、遠ざかってゆく竜籠を感心したように見つめていたが、やがてトランクを手に歩き出した。
かくしてルイズとオスマン氏は王宮へ、シエスタはタルブの村へと向かって出発したのだった。


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