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マジシャン ザ ルイズ 3章 (55)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (55)英雄的な行為

 シルフィードの翼が風を切り裂き、風竜は俊敏な動きで空へと駆け上がっていく。
 目標はウェザーライトⅡから放り出された二人。モンモランシーとギーシュ。

「タバサ!?」

 吸引力によって気流が乱れ、周囲は嵐のように風が猛威をふるっている。
 そんな中を縫って現れた救いの主に、モンモランシーが驚きの声を上げた。
 他方、助けに来たタバサはこのような状況にあっても普段と変わらぬ無表情で、おおよそ何を考えているか分からない顔だ。
 そんな彼女が、口を開いた。

「……手」
「!」

 ごうごうと騒ぐ風音が邪魔で、モンモランシーには彼女が何を言ったのかをよく聞き取ることができなかった。
 だが、すっと差し出された手の意味だけははっきり理解できた。
 慌ててギーシュの方を確認すると、彼はすでにタバサの使い魔であるドラゴンに、マントの端を咥えられていた。
 残るが自分だけ。そう悟るとモンモランシーはその手を捕らえるべく、精一杯腕を伸ばしたのだった。



 主人がモンモランシーを捕まえたことを確認すると、シルフィードは一転、上昇から急降下へと移った。
「全くもうっ、なんて飛びにくい空なのねっ!」
 ギーシュを口から手に持ち替えたシルフィードが文句を言う。
 何せ昇る分には追い風だが、降る今度は向かい風なのだ。こんな空を飛ぶ経験などそうそう無い。
「我慢して」
 そう言うタバサも、先ほどから進行方向にある障害物を呪文で排除して進路を確保する作業で余裕が無い。
 風の竜と風のメイジだからではない。最高に息のあった二人だからこそ、この空を自由に飛べるのだ。

「タ、タタタタ、タバサ! あなたの使い魔、喋ってる!?」
「黙ってて。舌を噛む」
 モンモランシーの声を一言で制してタバサは早口にルーンを唱えた。
 低位の風呪文を発動させて、粉砕されたフネの破片の軌道をずらす。
 落ち着いているように見える彼女だったが、その額からは一筋汗が流れていた。
 シルフィードは吹き上がる気流を見切り飛ぶ。その姿は正に〝風の精〟の呼び名に相応しい美しさを備えていた。

 だが、この空は彼女の独壇場に非ず。

 シルフィードが一つ羽を大きく羽ばたかせ、急激にその軌道を変化させた。
 その直後、先ほどまでシルフィードが飛んでいた軌道を、強烈な稲妻が貫いていった。
「お姉さま! 何か後ろにくっついてきた!」
「振り切って」
 急降下からまた一転。今度は水平に体勢を立て直し、シルフィードは乱れに乱れた風の中をジグザグに飛翔する。
 しかしその背後にぴったりとくっついて、嬲るようにして稲妻が数度走る。
 前方に障害となるものがないのを見取ってから、タバサは敵の姿を確認するべく、背後を振り返った。
 すると、シルフィードの背後およそ五十メイルの位置で、こちらにぴったりと張り付いてきている赤い竜の姿が確認できた。

 この出鱈目な空は、シルフィードの独壇場に非ず。
 嵐の次元〝ラース〟の空を我がものとしていたその稲妻のドラゴンから見れば、この程度の空は上機嫌な天気と同じなのである。

「無理! 二人もお荷物抱えたままじゃ絶対追いつかれちゃうのね!」
「………」
 タバサは無言。
 稲妻のドラゴンから、再び雷撃が放たれる。その殆どをシルフィードは回避したが、二度ほど危うい位置を貫いていった。

『ウィンディ・アイシクル』

 機会を伺っていたタバサが、背後に向かって氷雪の呪文を放った。
 ルーンによって作り出された無数の氷錐が、弾幕と化しながら敵へと向かう。
 だが、ドラゴンはそれすらも恐ろしいほどの精密な動きで、間隙を縫うようにして難なく回避してしまった。
「~~! 本当なら早さならシルフィの方が絶対に上なのに、きゅいきゅい!」
 シルフィードが泣き言を言っている間にも、徐々に稲妻のドラゴンとの距離は縮まっている。
 先ほどから数度雷撃がシルフィードの尻尾にかすり、その度に彼女は『ひゃん!』という、オスマンに尻を撫でられた女子生徒のような声を出しているのだが、
 それはドラゴンの稲妻がいつでもこちらを撃墜可能であるということの証明のようにタバサには思えた。
 ドラゴンの知性がどれほどのものかタバサにも分からなかったが、こちらを嬲って反応を楽しんでいるように感じられるのだ。

 タバサは考える。
 状況は確実に悪化してきている。今すぐにでも何か手を講じなければ、最悪の未来が変えられなくなってしまう。
 時間はあまり無い。
 だというのに、上手い方策が思い浮かばない。落ち着いた顔色とは裏腹に、彼女の心はどんどんと焦った。

 そんなときだった。

「やあドラゴンくん! 今、本当なら自分の方が早いって言ったよね! それは、強がりかな!? それとも事実かな!? 余計な重りが無くなれば逃げ切れるっていう意味だと思って差し支えないのかな!?」
 叫ばれた声。
 タバサ達が騎乗するシルフィードに掴まれていたギーシュの声であった。

「違う」
 タバサは咄嗟に否定する。
「違わなく無いのね! そうよ! お荷物さえいなきゃシルフィの方が絶対に早いのね」
「黙る」
 と、シルフィードがこれ以上余計なことを言わないように、タバサが杖で頭での頭を小突いた。
 ギーシュが何を考えているのか、タバサには手に取るように分かったからだ。
 けれど、そのやりとりがますますギーシュの決意を固くした。
「いいや、黙るのは君だタバサ! ドラゴンくん、それはつまり、重りの片一方、つまり僕を放せば、タバサとモンモランシーの二人は助かるってことでいいんだね!?」

「ギーシュっ!?」
 それまで口を出すことを控えていたモンモランシーが驚きに声を上げた。
 シルフィードはそれに被せるようにしてその答えを発した。
「できる!」
「ようし分かったドラゴンくん! では僕を放してくれたまえ。それで君は彼女たちを乗せて、どこか安全なところに逃げるんだ!」
「………」
 タバサには最初にギーシュが声をかけてきたときから、彼の言わんとしていることが分かっていた。だから嘘を言ったのだ。
 シルフィードの言っていることは確かだ。この場を切り抜けるためには、誰かが犠牲にならなければならない。
 だが、それを良しとしないからこそ、彼女は嘘をついたのだ。

「やめてギーシュ! そんなことしたらあなたが死んでしまうわ!」
「いいや大丈夫だモンモランシー! 見てごらん周りを! この辺のものはみんな下へ向かって落ちて行っている! ここは あの吸い込む力の範囲外っていうことだ! 『フライ』さえ唱えられれば、どうってことはないっ!」
「でも! 下は戦場なのよ!?」
「はは、望むところだ! 君を傍で守れなくなるのは残念だが、それに見合うだけの活躍を引っ下げて君の元に帰るよ! そう、不死鳥のごとくね! さあドラゴンくん! 議論している時間はもう無いんだろう! 早く僕を捨てるんだ!」

 そのやり取りを耳にして、雷撃を必死に避けながらシルフィードはタバサを伺った。
 タバサは無表情な顔で少しの間目を閉じて考え、それからこくんと小さく頷いた。
「分かったのね!」

「待って!」
 モンモランシーが制止の声を上げた。
「止めてないでおくれモンモランシー。僕はきっと君の元に帰ってくるから……」
「分かってるわよ……。ただ、ギーシュ! 私が渡したお守りのこと、忘れないで! あれはきっとあなたの役に立つから!」
 その言葉にギーシュは、無言のまま右手を横に伸ばし、親指を上に突き上げる仕草で応えた。
 無論、シルフィードの手に吊られた状態の彼の仕草を、鞍に跨っているモンモランシーは見ることは出来ないので、要は格好つけである。

「それじゃいくのね!」
「ああっ、景気よくいってくれたまえ!」
 返事を聞いたシルフィードの、それっ! のかけ声で手を放されるギーシュ。
 自由になった彼の体から、一瞬重さが消える、ふっと浮き上がる感覚。
「う……」

 そしてギーシュは真っ逆さまに。
「うわあああああああああああああああああ!!!!」
 覚悟を決めていようと、怖いものは怖い。
 落ちるギーシュからこの日何度目の叫びが上がった。

 あるいはそれが、一人の男の英雄物語の産声だったのかも知れない。



「しっかり捕まってて」
 ギーシュが落ちていったのを確認したタバサの口から、そんな言葉を呟かれた。
 モンモランシーはその言葉が誰に向けられたものなのか、理解するのに一瞬の時間を要した。
 そしてすぐに気づく、自分以外いないではないか。
 彼女が慌ててタバサにしがみついたのと、シルフィードが急反転したのはほぼ同時だった。


 稲妻のドラゴンは、獲物がヒトを落としたのに気がついて、単純な思考でまずはそちらを餌食にしようと考えた。
 翼を調整し、降下の姿勢を取ろうとする。
 だが、それを見越したように、目標にしていた仔竜が翼をうって上昇軌道に入った。
 それを見たドラゴンは、そう高くはない知能ながらこう思った
〝小癪な〟
 自分が今落ちていったヒトを食おうと追いかければ、一端上昇してそれから輪を描くように急降下してくるであろう仔竜に、背後を取られることになる。
 理論的な思考では無いながらも、『狩るもの』『狩られるもの』だけで構築された世界で生きてきたドラゴンは、本能的にそう察知して降下を取りやめ、自らもまた、上昇するべく力強く羽ばたいたのだった。


「……案外頭が良い」
「ちょっとタバサ! あのドラゴン、ままま、まだこっちを追って来てるわよっ!?」
「問題無い」
 本調子とは言わないが、ギーシュという重しが無くなったことで、シルフィードの動きは格段にキレを取り戻していた。
 逃げるにしても戦うにしても、これでやっと舞台に上がれたということである。
 反撃開始。
 そう思ってタバサがシルフィードに更なる反転軌道を指示して、正面からその脳天めがけて必殺の氷錐をたたき込もうとした矢先だった。

 ヒュゴッという音と共に、突如として横から割り込んできた赤と青の光に貫かれ、稲妻のドラゴンが撃墜されたのである。

 そして、呆気にとられているタバサ達に投げかけられたのは、タバサには聞き覚えのある声だった。
「ようやっと見つけたぞ。かの娘にえにし深きニンゲンよ」
 輝く軌跡を残し――信じられないが、突如としてその場に現れたのだ――その場に現れたのは、全身を赤にも青にも見える鱗で覆った、一匹のドラゴンだった。
「……ふむ、見知らぬ顔もある。ならば再び自己紹介をしよう」
 人語を発するドラゴンは、尊大に言った。
「(Z-->)90°-- (E--N2W)90°t = 1」
 そう、その姿を、その声を忘れるはずがない。
 タバサ達の前に姿を現したのは、サン・マロンの実験農場から脱出しようとしたシルフィード達を追いかけてきたあの竜だった。

「ワルドからおまえを見つけた場合、必ず始末し、その亡骸を彼女に見せつけろという指示を受けている。まあ、極力綺麗な形で死んで貰わねばならないのが至極面倒ではあるが……。過程は兎も角、結果に関しては我も知的好奇心をそそられる。
 そういう訳であるからして、我が知識欲の為に、お前達にはここで死んで貰わねばならない」

「………」
 無意識にタバサの奥歯が噛み締められる。
 逃げることはできない。
 サン・マロンでこの竜に追いかけられたとき、シルフィードは万全の体勢だった。だというのにこの竜はなんら苦にする様子を見せずに、自分達に追いついて見せた。
 モンモランシーを乗せた今、逃げを打って、逃げ切れる可能性は万に一つもない。
 ならば戦う他、道はないのである。
 それに、タバサにしてもこの竜には用があったのだ。

「ふむ、まだ名前を聞いていなかった。これから我に殺されるニンゲンよ。その名を述べよ」
 竜が言葉を放ったその顎の隙間からは、ちろちろと火の粉が舞っている。

 無論、そのような問いかけに答える必要は無い。
 しかし、それでもタバサは口を開いた。
「〝ガリア北花壇騎士団長〟シャルロット・エレーヌ・オルレアン……または、タバサ」
 あえて口にすることで、戦いに対して気持ちを固める、そんな意志が込められた言葉であった。
 敵の目的が自分達の死をルイズに見せつけることならば、最悪彼女の助けを借りることは逆効果になりかねない。
 自分とシルフィードだけで、目の前の強大な敵に立ち向かう、そんな覚悟を決めた言葉だった。

 そして、
「〝ただの学生〟モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。お手柔らかに、お願いしますわ。ドラゴンさん」
 予想していなかった声が聞こえたのは、タバサの後ろからだった。
 その声に心中だけで驚いたタバサが、微かに首を右に動かした。
 敵を前にして振り返るほどの余裕は見せられない。
 微妙な仕草で疑問のニュアンスを受け取ったのか、モンモランシーは応えて言った。
「どうせ空の上では一心同体。あなたとこの子に命を預けているんだもの、だったら一緒に戦ってもいいでしょう?」
 その言葉は、まあ、事実である。

 振り返れないタバサにはモンモランシーの表情までは読み取れない。
 けれど、言葉に込められた真剣味だけは汲み取れた。モンモランシーは生半可な気持ちで言っているわけではない。
「それに……ここでガタガタ震えていたら、私がここにいる理由、それも嘘になってしまいそうだもの」
 そこまで聞くと、タバサは再びドラゴンに向き直った。
 そうして再び模索する。

 二人と一匹、それだけの戦力で、この難敵に立ち向かう方策を。



 アルビオン内部。
 隊員の数を一人減らしたキュルケ達決死隊は、中枢へと向けてひた走っていた。
 呼吸を大きく乱すほどではないが、それでも焦った様子で一同は駆ける。
 先ほどから、大陸全体を揺るがしているような低音を伴った振動が、中枢に近づいているはずのキュルケ達にまで伝わってきているのだ。
 外で何が起きているかを確かめる術はないが、事態が自分達に有利なように好転しているという保証はない。
 ならば一刻も早く使命を果たすことこそ、今彼らがとるべき行動であった。

「! ついた!」
 マチルダの鋭い言葉に、全員の足が止まる。
 ごつごつとした岩肌が露出した通路を抜けて、彼らはぽっかりと広がる開けた場所に出ていた。
 微かに赤く発光している岩肌によって、周囲を見渡す程度の光源はとれている。
 一同が到達したそこは、巨大な空洞。
 広さはかなりあるようだ。
 端の方まではよく見えないが、そこまでの距離は数リーグはあるのではなかろうか。

「あれが、アルビオンを浮かせている風石だよ」
 そう言った彼女が指さしたのは、この大空洞の中央に鎮座している巨大な立方体。
 薄く光を放つそれは、キュルケがそれまで見てきた風石とは比べられないほど大きかった。
 高さにして一〇〇メイル以上はあるのではなかろうか。
「あれさえ破壊すれば、このアルビオンは――」

「――墜ちるだろうな」

 マチルダの声を途中から続けたのは、低い男の声だった。
 その声に、マチルダがぎくりと体を震わせる。

 背後から聞こえた声に、全員が振り向いた。
 そして、退路をふさいでいる存在に絶句した。
 そこにいたのは、巨大な炎の固まりだった。
 いや、より正確には、あるものの形をした炎。
 大きさは雄牛ほど。四肢で地面を踏みしめ、尾があり胴があり頭がある。目と思われる場所はらんらんと白い炎が輝いている。
 その姿は、まるで猫科の動物のようであった。

 一方声の主は、怪物の背の上にいた。
「ただのネズミとタカをくくっていたが、随分と素早いネズミだったようだ」
 炎の獣に跨ったその男も大きかった。
 騎乗した姿では正確なところはわからないが、長身のカステルモールよりも更に身長がありそうだ。
 それに何より、細身であるカステルモールよりもずっと体格が良い。
 両手両足を問わず、引き締まった体に鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏っている。
 そして何よりも目を引くのは、メイジであることを示すマントと、片目を覆う眼帯。
 騎士の一部が、その姿を見て、うっと呻きを漏らした。
 その者達は知っていたのだ。その風体が、かの〝伝説の傭兵〟の特徴と一致することを。
 カステルモールも目の前に現れた男が生ける伝説メンヌヴィルだと気付いた一人だったが、それでも彼の対処は迅速であった。
 敵は所詮一人、開けた場所で戦えば、所詮は多勢に無勢。
 騎士道には反するが、今は任務最優先。始祖ブリミルとてお許しになるだろう。
「総員! 散――」
 次の瞬間、カステルモールの叫びをかき消して、ごうと何かが彼の真横を駆け抜けていった。
 「―――」
 声ならぬ声が、カステルモールの口から漏れる。
 もうそこに、メンヌヴィルの姿は無かった。

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 その代わり、彼の耳に飛び込んできたのは、耳を覆いたくなる悲鳴だった。
 慌ててカステルモール達が振り返ると、そこには例の真っ赤に燃え上がる炎獣がいた。
 猫に咥えられたネズミのような格好で体を持ち上げられている騎士は、苦痛に叫び声を上げて、やたらめったら杖を振り回している。
 咥えられた腹部からは、黒い煙が上がっている。肉の焼ける臭いが周囲に漂った。
 生きながら焼かれる苦しみ、それは想像を絶するものに違いない。
「くそっ!」
 カステルモールが止める間も無く、そう叫んだ騎士達の数名が、仲間を助けるべく杖を手にして前に出た。

 そこから先に起こったことは、虐殺としか表現できなかった。

 一人目。
 恐るべき俊敏さで突進してきた炎の固まりに巻き込まれて、一人がまず火だるまになった。
 二人目、三人目。
 火猫の大きく割けた口に噛み付かれ、最初に襲われた騎士と一緒に、炎にまかれながら食い殺された。
 四人目。
 杖にブレイドを纏わせ立ち向かったが、たちまち炎の爪に切り裂かれて絶命した。
 五人目。
 ブレイドを叩き付けるのに成功したものの、血の代わりに吹き出した炎をまともに浴びて、瞬時に炭化して果てた
 六人目。
 傷つけられて怒り狂った炎獣が吠え、カステルモール達に向かって火を吐き出し、逃げ遅れた一人が直撃を浴びた。
 七人目。
 背後から攻撃しようと飛びかかり、接近するところまでは成功した。
 だが、振り返りつつ放たれた、遠心力が乗ったメイスの一撃が頭部に直撃、血と脳漿を周囲にまき散らした。
 八人目。
 賢明にも距離をとって、風の呪文で攻撃を仕掛けたが、メイスから放たれた炎がその風ごと騎士を巻き込み、結果、自分の魔法を利用される形で炎の竜巻に焼き殺された。
 以上、全てがほんの十秒やほんのそこらで行われた虐殺である。

 犠牲になったのは計八人。
 ガリアが誇る精鋭の花壇騎士が八人。
 カステルモール以外の全員が、殆ど何の抵抗をすることもできずに、一瞬で命を奪われたのである。
 これを悪夢と言わずなんと呼ぼう。
 幾多となく敵と戦い、ヒデゥンスペクターとの不利な戦いにも果敢に立ち向かったカステルモール。
 その彼が恐怖した。
 八人のうち六人を殺したのは、男が騎乗していたモンスターだ。だが、それを優々と乗りこなし、最適な舵取りをしたのはメンヌヴィルだ。
 付け加えて言うなら、最後の二人の攻撃は掛け値無しに最適だった。
 最高のタイミング、最上の攻撃選択、最強の一撃であったはずだ。もし仮に自分が同じ局面に立ったとしたら、同様の攻撃を行ったことは想像に難くない。
 だが、それをあの男は、何でもないことのように一蹴して見せた。
 まるで飛び込んでくることが分かっているかのように背後へ攻撃を行い、そこから攻撃してくるのが分かっているように風の呪文に合わせて炎を放った。
 それは、炎の怪物の脅威などよりも、ずっと恐ろしいことのようにカステルモールには思えたのだ。

(本当に恐ろしいのは、炎の怪物よりも、極限の戦闘技術を、息を吸うように駆使したあの男だ)
 カステルモールは氷のような冷たい目をしたその男を、大義もない、名誉も無い、栄光もない、ただ純粋な死と炎に彩られた魔人を、心の底から恐怖した。
「どいて頂戴」
 気圧されたカステルモールの体を、そんな言葉と共に横へ押しやる者がいた。
 前に出たのは、残り三人となってしまった決死隊の、名目上のリーダーであるキュルケだった。
「ミス・ツェルプストー、ここは一度引いて対策を練ってから出直すべきだ……」
 カステルモールはカラカラに乾いてしまった口で、かろうじてその言葉が捻り出した。
「そいつの言うとおりだよ……あれは正真正銘の化け物だ。地力が違いすぎる。正面から戦って、どうにかなるような相手じゃない」
 マチルダもカステルモールの言葉に同意した。
 だが、キュルケは二人の言葉に薄く笑って返した。
「ミスタ・カステルモール、ミス・マチルダ、どうもありがとう。……でもね、私はあいつに出会ってしまった以上、もう後に退くことはできないの」
 静かだが凛としてよく通る声で、キュルケは言った。
 そのやりとりに興味を覚えたのか、メンヌヴィルもキュルケの方を見た。
 その場にいる誰もが、自分の一挙一頭足に注目した。
 そのことがキュルケには心地よかった。

 ――キュルケは深く大きく息を吸う。
 種火を大きくするときに、風を起こして煽るよう、体の隅々にまで空気を運ぶ。
 すると心の中に燻っていた熱が、かっと一気に呼びさまされた。
 熱い熱い、身を焦がすような熱だ。
 そしてその熱に逆らうことなく、彼女は吠えた。

「メェェェェェェェンヌヴィルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」

 大空洞に反響する叫び。
 キュルケは吠えた。
「父と母を殺した男! やっと見つけた! ついに見つけた! このときを、どれだけどれだけどれだけどれだけ待ち望んだか! 」
 心の赴くままに、怒りと憎しみに身を焦がし、キュルケは吠え狂う。
「絶対に、許さないっ!」


 タバサが赤青のドラゴンと対決する意志を固めた同時刻。
 アルビオン内大空洞においても、一つの戦いの幕が上がった。


                自分を捨てて他人のために命を投げ出すことができるものこそ英雄だ。
                      ――モット伯からギーシュへ

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