あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

日替わり使い魔-05




「いっけ~! プックル!」

「ガウッ!」

「ちょ、ちょっと、もっとゆっくり……!」

 トリステイン魔法学院から、王都トリスタニアへと続く街道。その道の上を、レックスとルイズを背に乗せたキラーパンサー――プックルが、元気に駆けていた。
 プックルの出すスピードに、ルイズは振り落とされまいと必死にレックスにしがみつく。そんな二人と一匹を、後ろを行く馬車はのんびりと追いかけていた。

「プックルー。あんまり先に進みすぎるなよー」

 御者席に乗るリュカは、長年連れ添った相棒に向かって釘を刺す。そんな彼の隣では、娘のタバサが「むー」と頬を膨らませながら、不機嫌そうにレックスを睨んでいた。

「お兄ちゃんの後ろは私の席なのに……」

「ん? どうしたの、タバサ?」

「なんでもありませんっ!」

 リュカの問いかけに、タバサはぷいっとそっぽを向く。そんな娘の様子に、リュカはやれやれと肩をすくめた。
 と――

「あらあら。リボンのタバサちゃんは、お兄ちゃんにお熱なのかな?」

 彼らの後ろから、からかうような声が聞こえてきた。リュカがそちらに視線を向けると、馬車の幌の中に燃えるような赤髪の女性――キュルケがいた。
 その隣では、もう一人のタバサ――キュルケいわく、『メガネのタバサ』――が、黙々と本を読んでいる。ちなみに彼女の使い魔である風竜のシルフィードは、今は幌の上で丸くなってあくびをしていた。
 ちなみにこの馬車、リュカが用意したものである。馬車を引く白馬の名はパトリシア――だが、幼生とはいえドラゴンのような巨大生物が幌の上に乗っかってる馬車を苦もなく引っ張るその膂力は、並の馬のものではない。
 まあもっとも、馬車ごと高所から飛び降りても平然としているような馬である。初めて見るルイズたちはともかく、リュカにとってはそんなパトリシアのパワーも、言ったところで今更な話であった。

「ところで、なんで君たちまでいるの?」

「あらダーリン。私たちがいちゃ邪魔?」

「そういうわけじゃないけど……あと、そのダーリンってのはやめてほしいな」

 リュカはそう言いながら、こめかみに一筋の汗を垂らしながら、隣の娘を見る。彼女はじとりとした視線を父親に向けており、その瞳は「お母さんに言いつけるから」と如実に語っていた。
 キュルケもそんなタバサの様子に気付いたのだろう。苦笑を漏らして肩をすくめると、あっさりと矛を収めた。

「……ま、本当のこと言っちゃったら、あの子のためってところかしら」

「あの子?」

「ルイズよ。あなたが子供二人連れて来たら、ほとんど家族旅行じゃない。そこにルイズ一人だけ放り込んでみなさいな」

 その言葉に、リュカは得心がいった。つまり彼女は、リュカ親子の後ろでルイズが一人で歩くといった光景が出来上がらないよう、気を遣ったというわけだ。

「……なんだかんだで、あの子のことは気に入ってるのよ。表面上は衝突ばかりしてるけどね」

 言って最後に、「ルイズには内緒よ」と苦笑しながら付け加えた。
 いわゆる、喧嘩友達といったところか。ルイズの方がどう思ってるかはともかくとしても、彼女は良い友人に恵まれているらしい。
 そんなキュルケの気遣いを見ながら、リュカはふと昔馴染みの悪友を思い出した。やんごとない身分の彼も、一見好き勝手に振る舞っているように見えて、かなり細かいところまで自分を気遣ってくれていたものだ。
 そんな彼も、今や一国の王兄である。互いに忙しい身なので、最近はろくに会ってもいないのだが――たまには暇を作って会いに行くのもいいかもしれない。酒の席でも設ければ、互いに日頃溜まっている愚痴を言い合って盛り上がることだろう。 
 そんなことを思いながら、リュカは前を行くレックスたちに視線を向ける。「家族旅行……か」などと、先ほどのキュルケの言葉を小声で反芻した。

「これでフローラもいれば、確かに家族旅行だね」

「そういえば、フローラさんはどうしてるのかしら?」

「今回は同行を見送ってもらったよ。おととい、医者に無理な運動を避けるよう言われてね」

「あら? ご病気?」

「いや、そういうわけじゃない。二ヶ月って言われて祝辞を述べられただけだよ」

「それって……」

 リュカの回りくどい言い回しが意味することに気付き、キュルケはわずかに顔を赤らめた。なるほど、確かにそれでは無理な運動を禁止されるわけだ。リュカもこの顔で、やることはきっちりやっていたということか。
 と――そこで、キュルケは思い出す。リュカが二人の子供を紹介した際に、まず最初に抱いた疑問を。

「ねえ、ところで……リボンのタバサちゃんは、何歳なの?」

「11歳よ。お兄ちゃんとは双子だから、歳は一緒」

「じゃあ……ダーリンは何歳なわけ?」

 言って、疑惑の眼差しをリュカに向ける。キュルケの見たところ、彼はどう見ても二十台前半……下手すれば20歳前後にすら見える。フローラにしたって、同じぐらいだ。
 そんな二人に11歳の子供がいるとなると、一体何歳の時の子供なのだろうかと思うのも無理はない。歳の離れた兄弟と言われた方が、まだ納得できる。
 そんなキュルケの疑問に、リュカは「だからダーリンはやめてくれって……」と苦笑しながら前置きし、答える。

「30……だね。レックスとタバサは、僕が19歳、フローラが18歳の頃の子供だから」

「にしては若いじゃないの。あなただけじゃなくて、フローラさんも。どうしてそんなに若くしていられるの? 何か秘訣があるんだったら、是非聞いておきたいわ」

「はは……ろくな手段じゃないよ。お勧めできない」

 と、リュカは苦虫を噛み潰したような顔を無理矢理笑顔に変えているようなぎこちない苦笑で、その問いに答えた。まさか、自分は八年、妻は十年、石になってました……などと言えるはずもない。
 と――

「こらー! ツェルプストー! あんたなに人の使い魔にしなだれかかってんのよ!」

 馬車の前方からそんな怒声が響き渡り、奥で本を読んでる方のタバサを除いた三人が、そちらに視線を向けた。
 声の主は、案の定ルイズだった。プックルの背にまたがり、レックスの腰にしがみついたまま、物凄い形相でこちらを睨み付けている。一方でレックスの方はといえば、そんな怒声をぶつけられている自身の父親に向けて、クスクスと失笑を漏らしていた。
 しかしそんな抗議を受けても、キュルケはどこ吹く風とばかりに平然としていた。それどころか、更にリュカに体を密着させ、ルイズに嘲笑を向ける。

「あ~ら、ヴァリエール。私が何をしようが私の勝手じゃない。あんたにいちいち口出しされる謂れはないわよ?」

「下品なあんたが誰とサカろうが別に構わないけど、それは私の使い魔なの! 今すぐ離れなさい! いえ、帰りなさい今すぐ! そもそもどーして一緒に来てるのよ!」

「それこそヴァリエールの知ったところじゃないわよ。なあに? 悔しいの? 色仕掛けができないお子様体型だから、羨ましいのね?」

「お、おおおおおおお子様体型!? いいいいいい言うに事欠いて、お、お、お子様体型ですってぇぇぇぇ!?」

 怒り狂うルイズと対照的に、キュルケは余裕綽々といった態度である。その温度差が更にルイズの神経を逆撫でし、一方でキュルケの方は、叩けば響くその反応に笑いが絶えない様子だ。
 そんな二人に挟まれ、リュカは口を挟むこともできずに頬に一筋の汗を垂らしながら、ただ成り行きに任せている。
 その隣にいるタバサはと言うと、たわわな胸を押し付けるキュルケから離れようともしない(実際は動くに動けないだけだが)父に、ただ冷たい視線を向け――

「お父さん……不潔」

「うぐ」

 最愛の娘の言葉のナイフが、リュカの臓腑を抉った。





 やがて一行は、首都トリスタニアへと到着した。

 街に入る前に、馬車、プックル、シルフィードを街の外で待機させる。リュカがプックルに「じゃあ、頼むよ」と言うと、プックルは心得たとばかりに「がう」と一声鳴いて応え、街へと入るリュカたちを見送った。
 ルイズたちの級友の方のタバサも、彼に倣ってシルフィードに「お留守番」とだけ告げると、シルフィードは「きゅい……」と寂しそうに鳴いた。だが、いちいち構ってもいられないので、彼女は取り合わずにリュカたちの後を追う。

「で、どこ行くの?」

「とりあえず、適当に見て回りましょうか」

 先を行くリュカとルイズは、そんな会話を交わす。更にその先では、リュカの子供二人が物珍しそうに周囲を見回していた。まんまおのぼりさんである。
 そんな子供たち、そしてリュカを見て――タバサは思う。彼らはいったい何者なのだろうか、と。

(……怪しい……)

 彼女がリュカたちを気にかけるのは、興味などではない。危機感である。今回同行したのだって、友人であるキュルケの付き添いという意味以上に、彼らの正体を探るという目的が大部分を占めていた。
 つい先日までは、彼らに対して危機感など欠片も感じていなかったタバサである。リュカ本人や彼が連れてくる幻獣たちは、奇妙奇天烈ではあるものの、基本的に悪意のない存在たちであった。それをいちいち警戒するほど、タバサも酔狂ではない。
 にもかかわらず、今日になって唐突に危機感を抱き始めた理由――それは、今現在先頭を行く双子の片割れにあった。そう、自分と同じ名前の少女である。

 ――タバサという名前。そして青い髪。

 このハルケギニアにおいて、青い髪を持つということは、それだけでガリア王家の血を引いているということを主張する材料になる。それが可能になるほど、青い髪というのは珍しいものであるのだ。
 そしてそんな青い髪を持つ双子。しかもその片方は、タバサと名乗っている。自分が今現在名乗っている、偽りの名前と同じ名前。その青い髪が示す通り、ガリア王家の血を引く彼女は、とある事情によって本名を捨てていた。
 こんな偶然、あるのだろうか? タバサの思考は、疑心暗鬼に囚われる。彼らは実は『敵』の間者で、あの娘は「お前のことは全部知っている」という脅迫じみたメッセージなのではないか、と。

(……でも、そんな必要、ない)

 そこまで考え、しかし彼女は即座に自身の疑念を否定した。
 あえて自ら『敵』の手駒となっている自分である。そして、『敵』はそれを承知の上で、自分を手元に置いている。ゆえに、自分の全てが向こう側に筒抜けであることは、こんなメッセージを送られるまでもなく、最初からわかりきっていることであった。
 ならば、本当にただの偶然なのか? それとも、何らかの思惑があって自分に近付いたのか? 疑念は晴れず、尽きず……ならば、それを見極めなくてはならない。

 ――タバサは視線を鋭くし、前を行く双子を見る。

 彼らの身なりは、貴族と言っても通用するほどに整ったものだ。のみならず、有事の際にあの服のままで戦闘行為に及んだとしても、おそらく動きを阻害されることはないだろう。その程度の機能性があの服にあることは、一目で見て取れた。
 さらに、兄が背負った剣、そして妹の持つ杖――どちらも共に、飾りなどではないどころか、ただ優秀な武具なだけですらない。
 あれらの武器――とりわけ兄の方の剣は、ただ事ではない。そう思わざるを得ない雰囲気を、タバサは感じた。
 武具そのものからオーラじみた圧力を感じることなど、彼女にとっては初めての経験である。しかもあの二人は、それを平然と受け止め、当たり前のように所持している。
 まあそれらの話を総合し、つまりどういうことかと言うと―― 一言で言ってしまえば、あの双子は只者ではないということである。幼いからと言って、油断できるような相手ではない。

 そんな警戒心を内に秘めたポーカーフェイスで、タバサは彼らを観察するが――



「だーかーらっ! あんたがちゃんと使い魔やればいいだけの話でしょーがっ!」

「おぐぅっ!?」

「「お、お父さーんっ!」」



 いったいどんな話の流れからか、股間を蹴り上げられて悶絶するリュカと、慌ててそれに駆け寄る双子を見ながら。
 ……タバサは胸中に秘めた緊張感が、駄々漏れになって抜け落ちるのを感じていた。





「あれ?」

 トリスタニア一の大通り、ブルドンネ街――所狭しと並んでいる露天商を見ながら唐突にそんな声を上げたのは、先頭を行くレックスであった。彼は串焼きの串を行儀悪く咥えたまま、通りの脇に視線を固定していた。

「お兄ちゃん、どうしたの……って、ちょっと!?」

 その様子に、妹のタバサが訝しげに尋ねたが、彼はその問いが聞こえた様子もなく唐突に走り出す。
 慌てて兄の後を追う妹。後ろを付いてきていたリュカたちも、頭上に『?』マークを浮かべながら互いに顔を見合わせ、とりあえず二人の後を追うことにした。
 ブルドンネ街を外れ、狭い路地を行くこと数十秒――ブルドンネ街ほどではないがそこそこ広い通りに出た彼らは、そこでようやっとレックスたちに追いつく。
 どうしたのか、とリュカが問おうとした、まさにその時――

「ターク!」

 レックスが声を上げ、その先にいた小さな人影が「ん?」と振り向いた。
 ほとんど二頭身に近い、冗談のような体型。一見して鎧とも見える、硬質の皮膚。頭から生えた二本の角。お気楽に半開きになっている口に、そこから覗く二本の牙。更には、額に開いている第三の目。
 どこからどう見ても亜人としか形容できない彼の背には、一本の槍が背負われている。レックスの後ろにいたリュカとタバサは、その姿に「あ」と声を上げた。
 そう――それはまさしく、かつてリュカたちと共に旅をした自称エスタークの息子、タークであった。その両隣には、おそらく神官か何かであろうと思われる服装をした二人の男がいる。

「おや、誰かと思えばレックスじゃないか。それにリュカとタバサまで。奇遇だねー」

 タークはいまいち感情の掴めない4ドットの瞳をこちらに向け、問いかけてきた。その軽い調子に、レックスは一瞬言葉を失う。

「奇遇って……それで済ませられるの? なんでタークがここにいるのさ」

「それはこっちの台詞だよ。ここはオイラたちの世界とは違うんじゃなかったのかな? どーやってこっちに来たのさ」

「僕がサモン・サーヴァントで呼び出されて、レックスたちをルーラで連れてきたんだよ」

 問い返してきたタークに答えたのは、レックスではなくその後ろにいたリュカだった。タークはその返答に、「なるほどー」といまいち何も考えてなさそうな様子で頷く。

「ってことは、オイラと一緒かー」

「タークも?」

「そーそー。ロマリアってところの、なんか偉そーな人間に召喚されちゃった」

「ロマリアっていうと確か……大臣や通りすがりの勇者に軽々しく王位を譲って、自分はモンスター闘技場で遊び呆けてる人が王様やってる、あのロマリア?」

「そーそー……って、何言ってるんだい、キミは」

 妙な電波を受信したリュカに、タークのノリツッコミが綺麗に決まる。
 と――

「ねえ、リュカ……知り合い?」

 彼の背後から、ルイズがおずおずと問いかけてきた。リュカが振り向いてみると、キュルケも同じような顔をしている。その後ろにいる自分の娘じゃない方のタバサは、相変わらずのポーカーフェイスだが。
 そんな彼女たちに、リュカは苦笑を一つこぼし、軽くタークを紹介する。かつて旅を共にした仲間で、実力は折り紙つきである――と。

「へぇ……とても強そうには見えないけど」

 などとつぶやきながら、ルイズはタークの両隣にいる二人の神官に視線を向けた。
 彼が召喚されたと言っているロマリアは、ブリミル教の総本山である。ならば神官が傍にいるのも、不思議な話ではない。
 ルイズは最初、この神官たちのどちらかが主人かとも思ったが、どうも違うような気がする。無駄な口を開かずに佇むその姿は、むしろ従者のような雰囲気だった。
 使い魔とはいえ、たかが亜人に二人も従者を付けるとなると、なるほど彼の言う通り、その主人は偉い――位の高い人間なのだろう。だがそうなると、疑問が浮かぶ。ガリアを挟んで向こう側にあるロマリアから、わざわざトリステインに一体何の用事なのか――と。

「ああ、そうだ! リュカ、レックス、面白いもの見つけたんだ!」

 が――ルイズのその疑問は、口にするより前にターク自身の口から語られることとなる。

「面白いもの?」

「せっかく見たこともない場所に来たんだから、どんな武器があるのかって探してたんだけどさー……なかなかオイラの眼鏡に適うやつが見つからなくって、とうとう国一つまたいでこんなところまで来ちゃったよ。
 でも来た甲斐があってね――ほらこれ!」

 どうやら彼は、武器を探してはるばるここまで来たらしい。たったそれだけでここまで来る使い魔もたいがい酔狂だが、その酔狂を許す主人も主人である。ルイズもその後ろにいるキュルケも、一度その主人の顔が見てみたいと本気で思った。
 ともあれ、タークがそう言って取り出したもの。それは――

「おいおい、俺は見せ物じゃねーぜ? 今回の『使い手』は、随分お気楽な奴だなぁ……」

「わっ、剣が喋った」

 ――人語を話す、錆だらけの片刃剣であった。それを見るなり、レックスが軽く驚嘆の声を上げる。

「インテリジェンス・ソードじゃないの、珍しいわね。すっごいボロっちいけど」

「このデルフリンガー様を捕まえてボロとは何だ!」

「事実じゃないの」

 レックスとは違ってさしたる驚きも見せず、ルイズが遠慮なしの厳しいコメントを口にした。剣――デルフリンガーは激昂するが、ルイズはその抗議をさらりと流した。
 そんなルイズに、リュカとその子供達は、「インテリジェンス・ソード?」と尋ねた。持ち主を選ぶ天空の剣のように、意思らしきものを持つだけの武具ならばいくつか見たことはある。だが、人語を喋るまでに至っているものは、彼らの世界にはなかった。
 そんな三人に、ルイズは「しかたないわね」と言って、インテリジェンス・ソードの成り立ちを簡単に説明する。いわく、誰が何のために始めたのか知らないが、この世界にはメイジの作った『意思を持ち人語を解する武器』がいくつかあるという話だ。
 もっとも、ルイズ自身も知識としては知っていたが、見るのは初めてだそうだ。中には特殊な能力を秘めているインテリジェンス・ソードがあるとかいう噂もあるが、真偽の程は定かではない。
 ともあれ、目の前にあるデルフリンガーも、そんなインテリジェンス・ソードのうちの一振りなのだろう。

「ふーん……ま、確かに珍しいと言えば珍しいけど」

 そんな会話の中に、キュルケが入ってきた。彼女はタークの持つデルフリンガーを見て、次いで彼の背にある槍を見る。

「私としては、喋るだけの錆びた剣よりは、あなたの背中にある槍の方がよっぽど凄い業物に見えるけど」

「あ、わかるー?」

「……まー、そりゃ俺はこんなんだし、コイツの槍は即死の魔力がかかってるよーなとんでもない槍だけどよ」

「即っ……!?」

 デルフリンガーの「とほほ」というため息が聞こえてきそうなぼやきに、しかし聞いていたキュルケはその物騒な内容に思わず絶句する。
 その槍の名は、デーモンスピア。かつてタークがリュカと共にいた頃、愛用していた槍である。もっともこの槍は、そんな物騒な特殊能力に頼るまでもなく、それ自体が相当な威力を秘めているのだが。
 と――

「ターク様……」

 その段になって、それまで黙っていた神官たちが、唐突に口を開いた。彼らはたしなめるような視線をタークに送っている。
 その視線を受け、タークは頭上に『?』マークを浮かべて小首を傾げ――ややあって、「ああ」と何かに思い当たった。

「そろそろ時間?」

「せ……『あの方』がお待ちになっております」

 何かを言いかけ、曖昧な呼び方で言い直す。その態度から、彼らの言う『あの方』とやらが相応に身分の高い者であり、ここに訪れているのもお忍びか何かの内密な行動であることが伺える。
 それにしても――と、ルイズもキュルケも思う。いくら身分の高いメイジの使い魔だからとはいえ、神官が亜人に頭を垂れている姿は、一種異様な光景に見えた。

「そっかー。久しぶりに会ったんだから、もう少し話していたかったけど」

「これ以上わがままをお言いになられますな」

「それもそーだね。じゃーリュカ、レックス、タバサ。名残惜しいけど、またねー」

 言って、タークは手を振ってリュカたちに別れを告げた。リュカたちもそれに応え、「またなー」と気軽な様子で手を振り返している。タークはそのままリュカたちに背を向け、神官たちを伴って去って行った。
 そんなタークを見送り――

「じゃ、僕たちも行こうか」

「そうね」

 促したリュカの言葉にルイズが頷き、ブルドンネ街へと戻ろうとする。
 レックスも、彼らと一緒に行こうと一歩踏み出し――ふと、その足が止まった。

「…………?」

 何か違和感を覚え、レックスは振り向く。振り向いた視界が一瞬、路地裏に消えるローブの裾を捉えた。
 あのローブ――いや、その持ち主が、どうにも気になった。
 レックスはそれを確かめようと引き返そうとしたが、それより先に「お兄ちゃん、行くよー」と妹の声が聞こえ、彼はそのわずかな違和感を頭から振り払う。そして彼は、「待ってよー」と声を上げながら、父と妹の後を追った。

 ――その時、鞘に収めた天空の剣が、カチリ、とわずかに音を鳴らした――





 そして、彼らが去った後のその路地で――

「……あれが今代の天空の勇者、か。まさか、このような異世界で会うことになろうとはな……」

 ――レックスの見かけたローブの持ち主が、ぽつりとこぼした。





 ――チクトンネ街、『魅惑の妖精亭』――

 その店内の端の席に、一組の男女が向かい合って座っていた。
 一方は緑の髪が特徴的な眼鏡の美女――トリステイン魔法学院で学院長秘書をやっているミス・ロングビル。そしてその向かいに座るのは、先ほどレックスを見ていたローブの男。
 しかしその男はフードで顔をすっぽりと覆っており、口元とフードからわずかにこぼれる銀髪以外に、その容姿を確認できない。

「はいよ。これが今回の仕送りだ」

 ロングビルは、普段の丁寧な物腰を捨て、素の口調でテーブルの上に小さな巾着袋を置いた。その袋からはチャリチャリと音が聞こえ、中に詰まっているものの正体を容易に教えてくれる。
 ローブの男は袋を手元に引き寄せようとし――その手が、唐突に誰かによって掴まれる。男が視線を上げると、彼の手を掴んでいたのはロングビルであった。

「……どうした?」

「それを渡す前に、私の質問に答えちゃくれないかねぇ?」

「また、か?」

「また、だよ。私はまだ、あんたを信用しちゃいない」

 ロングビルの物言いに、男は小さくため息をついた。彼女とは、会うたびに同じようなやり取りをしている気がする。

「……私がエルフではないことは、前にも話したと思うが」

「でもあんたの長い耳は、エルフの特徴と一致する。フードで顔を隠してるのも、その自覚があるからだろう?」

「無駄に騒ぎになっても鬱陶しいだけだからな」

 その言葉通り、フードに隠された男の耳は、エルフのように長く尖っている。
 だが彼は、エルフではない。彼はそう主張するが、だからと言って何であるかなど、それこそ言えるはずもなかった。彼はある意味、エルフよりも余程危険な存在なのだから。
 そしてそんな彼の態度が、余計にロングビルの警戒を買っているようであった。無理もない――いくらサモン・サーヴァントで召喚された使い魔とはいえ、自分のような得体の知れない男が、故あって世間の目から隠れて暮らす『妹』の傍にいるのだから。
 そう――彼はロングビルの『妹』によって召喚された、使い魔であった。契約のルーンは、胸に刻まれている。

「それで、聞くけど……あんたがテファに近付いた目的はなんだい?」

「そんなものはない……あえて言うなら、召喚されたからとしか言いようがない」

 こんな問答も、いつも通り。何度も繰り返された質問に、何度も繰り返した答えを返す。

「なぜお前は、私をそんなにも警戒する?」

「あんたは危険だからだ」

 短く答えたロングビルの頬からは、一筋の汗が伝い落ちている。
 それを見て、男は「なるほど……」と苦笑した。自分と相対してそう感じられる彼女は、おそらく戦闘者としては優秀な部類に入るのだろう。そんな彼女であるならば、こうして話しているだけでも結構なプレッシャーなはずだが……なかなかどうして気丈なものである。
 しかし――と彼は思う。自分がどういう存在かを思えば危険を感じるのは仕方ないが、自分としては何をするつもりもないのだ。そういう野心は、何百年も前に枯れ果てている。そんな自分に警戒をしてもらっても、対応に困るのだ。

「私にはわかる。あんたはメイジの使い魔程度で収まるような生易しいもんじゃない。なのに、おとなしくテファの使い魔をやっている……一体何の思惑があってのことか、勘ぐるのは当然じゃないか?」

「別に、何かの打算があるわけでもない。私があの娘に協力するのは……そうだな」

 その理由を言いかけ――男は一旦、口を閉じる。
 確かにロングビルの言う通り、自分はメイジの使い魔で収まって良いものではない。かつての部下たちが聞けば、おそらく彼の自由を取り戻そうと、全力でテファを殺しにかかるだろう。
 しかし彼は、勿論そんなことはするつもりもないし、させるつもりもない。なぜならば――

「……あの娘が……彼女の持つ雰囲気、とでも言うべきか。それが、かつて私が愛したエルフの娘に似ているから――という答えでは、満足できんか?」

「愛……?」

 彼の返答に、ロングビルはきょとんと目を丸くした。
 虚を突かれたようなその様子に、彼は少々愉快な気持ちにもなったが――反面、「そんなに私が『愛』と言ったことが意外か」と不機嫌にもなる。
 そのまま二人、しばし視線を交わし――

「……わかったよ。とりあえず今日のところは、引いておいてやる」

「助かる」

 渋々、といった様子で引き下がったロングビルに、彼は苦笑してテーブルの上の袋を手元に引き寄せた。袋を開いて中身を見る――その中に詰まった硬貨を確認すると、袋を閉じて懐の中に収めた。
 と――

「かつて、と言ったね。今は?」

 唐突に、ロングビルがそんなことを尋ねてきた。彼は、少し逡巡したが――

「……しばらく前、天寿を全うした。幸せだった、と残して息を引き取ったよ」

「……そうかい」

 小さく返したその答えに、ロングビルは気まずそうに頷き、ワインを一口あおった。男もそれに倣い、ワインを口に含む。しばらく、がどの程度の年月を指すかは――まあ、知る必要はないだろう。
 しばし無言で、食事をする音だけが続く。出された料理が全てなくなるまで――いや、全てなくなってもなお、どちらも口を開かない。やがてナプキンで口元を拭いたロングビルが、おもむろに立ち上がった。

「用事も済んだ。私は帰るよ」

「そうか」

 男は頷き、同じように立ち上がる。二人連れ立って会計を済ませ、外へと出た。西の空は茜色に染まり、もうすぐ夜の帳が落ちる頃合であった。
 ロングビルはそこで男に背を向け、別れようとし――ふと振り返り、男の方を見た。

「そうだ――」

「?」

「そのエルフの娘、名前はなんていうんだい?」

「…………」

 その問いに、男は口を噤んだ。その様子に、ロングビルは軽く後悔を覚える。さすがに踏み込みすぎたか、と。
 返答は期待するべきでないか。そう判断し、再び背を向けて去ろうとする――その時。



「……ロザリー」



 背後から聞こえてきた小さな声に、彼女はハッとして振り向いた。
 が―― 一体どんな移動手段を使ったのか、既にその姿は霞のように消えていた。彼がつい先ほどまでいた空間。そこを凝視しながら、ロングビルはぽつりとこぼす。

「ロザリー……」

 その名前は、どことなく寂しい印象を受けた。




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