あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと損種実験体-11


 港町ラ・ロシェール、で一番上等な宿である『女神の杵』亭に泊まることを決めたのはワルドである。
 そのことについて文句のある者は一行の中にいなかった。
 ルイズやキュルケにとって、上等な宿に泊まるというのは、ごく当たり前のことであったし、アプトムやタバサは豪華な宿だろうと貧相な宿だろうとこだわらない。
 ただ一人、ギーシュだけが、もの珍しそうにしていただけである。
 宿を取ったワルドは、その足でルイズとアプトムと共に桟橋に乗船の交渉に出かけた。
 ワルドとしては、ルイズと二人で行きたかったらしいが、そんなことはアプトムの知ったことではない。
 この世界のことを何も知らない彼は、少しでもハルケギニアの知識を得る機会があれば積極的に動くつもりでいたし、そのおかげで、ここの桟橋が山の上にある巨大な大樹であり、そこにある船が大樹の枝にぶら下がった飛行船のような形状の代物だとも知った。

 そして交渉の結果、アルビオンへ向かう船は翌々日にならないと出ないという答えが返ってきたので、理由を聞いてみたところ、明日の夜は二つの月が重なり、その翌日の朝にアルビオンがラ・ロシェールに一番近くなるとのことで、アルビオンというのは海に浮かんでいて、常に移動しているのかと思ったものだが、実際には空に浮かんでいて常に移動しているらしい。
 そんなわけで、翌日の予定が空いてしまったことなどを、キュルケたちに伝えるワルドを尻目に明日はどうしようかとアプトムは考える。せっかく学院の外に出たのだから、この町の人間と話していろいろと情報を集めたいところではあるが、町に入る前に賊の襲撃があったことから考えられる、この町の治安状況からしてルイズを放っておくのも考え物だ。いや、ワルドがいれば大丈夫かもしれないが。
 そんなことを考えていると、ワルドが鍵束をテーブルに置いて、今日は、もう遅いから寝ようと言ってきた。

「キュルケとタバサ、ギーシュとアプトム、そして僕とルイズが同室だ」

 その言葉に、最初に反応したのはギーシュである。

「ちょっと待ってくださいよ! ぼくに、こいつと同じ部屋で寝ろって言うんですか?」
「何か問題でもあるのかい?」

 さらりと返されて言葉に詰まる。ギーシュはアプトムに対し強い敵愾心を持っている。キュルケがアプトムに対し抱いているのとは少し違い、相手に自分を認めさせたいというライバル意識に近い感情ではあるが、それでも嫌っていることに違いはない。そんな相手と同室など冗談ではないと思うのだが、そんな理由を口にするのも、はばかられる。

「男同士と女同士。そして、僕とルイズは婚約者だからな。当然だろう?」

 そう言われては、もう何も言い返せなくなる。女の子と同じ部屋にしてほしいと言うわけにはいかないし、考えてみれば、ワルドと同じ部屋というのも同じくらいぞっとしない。
 だが、今度はルイズが反論した。

「そんな、ダメよ! まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」

 ルイズの貞操観念は、婚前交渉を許すような軽いものではない。のだが、ワルドに、真剣な顔で大事な話がある。二人きりで話したい。と言われると何だろう? と思いつつも了承してしまう。
 そんな彼女の将来が、心配になるキュルケなんかがいたが、当然ルイズは気づかない。


 女神の杵亭の中でも、一番上等な一室を自分とルイズのために取ったワルドは、そこにあるテーブルの前の椅子に腰掛け、ルイズも座らせるとワインを杯に注ぐ。
 一杯やらないか? と言われたルイズは、一息でワインを飲み干すと「で、大事な話って?」と問いかける。
 ワルドとしては雰囲気作りのつもりだったのだが、基本的に二つ以上のことを同時に考えることを苦手としているルイズである。そちらの興味を満たしてやってからでなければ何を言っても無意味なのだ。
 そんなルイズに、しかし挫けることなくワルドは遠い目をして話しかける。

「覚えているかい? あの日の約束……。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」
「あの、池に浮かんだ小船?」

 唐突に何を言い出すのかと思ったが、覚えているのは確かなので話を合わせると、ワルドは思い出話に花を咲かせ始め、ルイズの興味もそちらに移る。
 そうして、ルイズの意識が完全に自分の話に向いたことを確認したワルドは、話の内容を現在に戻す。

「きみはね、ルイズ。特別なメイジだ。僕は、その事を理解しているつもりだ」
「ありえないわ」
「いや、あるんだ。例えば、そう、きみの使い魔……」
「アプトムのこと?」
「そうだ。彼は、ただものじゃない。そもそも、人間の使い魔だなんて普通はない。僕の知る限りでは、伝説にある始祖の使い魔くらいのものだ。そして、左手にルーンが刻まれているということは、『ガンダールヴ』だろう」
「ガンダールヴ?」
「誰でも持てる使い魔じゃない。きみはそれだけの力を持ったメイジなんだよ」
「……」

 確かにアプトムは凄い力を持っている使い魔だ。亜人で変化の先住魔法も使う。
 だけど、凄いのはアプトムであって自分ではない。そもそも、契約したのなら、できて当然の視覚聴覚の共有もできていないし、稀にあるという特殊能力の付加もない。いや、実際には武器を持った場合時限定でルーンによる肉体の戦闘への最適化と身体強化があるのだが、アプトムが教えていないのでルイズはその事を知らない。
 アプトムが伝説の使い魔だということはありえるのだろうが、自分が特別であるなどということがありえるのだろうか?
 だが、ワルドの言うことを否定することはできない。それを否定するということは、伝説に残るようなメイジになってみせろと言ってくれたアプトムへの裏切りになる。

「きみは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」

 ワルドが言うそれは、ルイズの目標であるが。それが果たして可能なのだろうか? もちろん諦めるつもりなどないのだが、アプトムに対しては自分を主人だと認めさせるのだという虚勢もあって言えることが、他の人間の口から出ると、否定的な考えが浮かんでしまう。
 そんな彼女にワルドは言う。

「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」
「え……?」
「ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかってる。でもルイズ、僕にはきみが必要なんだ」

 急な話に、ルイズは思い悩む。幼い頃から思慕の念を抱いているワルドに結婚を申し込まれて嬉しくない筈がない。だけど、彼女は自分が不器用な人間だと自覚している。もしも、ここで了承してしまったなら、もう彼女はワルドも言った歴史に残るようなメイジになるという目標を持ち続けることができなくなるだろう。
 だからルイズは答えられない。頷くことも首を振ることもできない彼女にできるのは、俯き黙り込むことだけである。
 そんな彼女に何を思ったか、ワルドは優しく笑いかける。


「どうやら、困らせてしまったみたいだね。いいよ。今すぐ、返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わるまでには、きみの気持ちも
決まるはずさ」

 そう言ってワルドは引き下がり、ルイズは答えの見えない悩みを抱きながら眠ることになる。


 翌朝、アプトムとギーシュにあてがわれた部屋の扉がノックされ、寝たりなさそうな顔をしたギーシュが出ると、そこにはワルドがいた。

「おはよう。使い魔くんに用があるんだけど。起こしてくれないかな?」

 そう言ったワルドに、ギーシュは「いませんよ」と答える。
 ギーシュの知る限り、アプトムは荷物を置きに来たときにしか、この部屋に足を踏み入れていない。
 では、どこに行ったのかという問いに、ギーシュは答えられない。
 アプトムは何も言わずに出て行き、その帰りを待たずに眠り今眼を覚ましたばかりのギーシュは、アプトムがどこにいるのかなど知らない。
 それは困ったな。と呟くワルドに、どうしたのかと尋ねてみると、ちょっと手合わせをしたくて来たのだという答えが返ってきた。

「アプトムと手合わせですか?」
「ああ。僕は兵に興味があってね。昨日の賊の襲撃で彼が随分と腕が立つらしいと気づいたので、ちょっと勝負をしたくなったのさ」

 気軽に言うワルドに、ギーシュは少しムッとする。
 この目の前の貴族は、自分がアプトムに負けるかもしれないなどとは欠片ほども思っていない。
 魔法衛士隊の隊長を勤めている者が、多少腕が立つといっても、魔法も使えない平民に負けることなどありえないのだということはギーシュも理解しているが、それでも腹が立つのは、何故だろう。
 いや、そうではないのだとギーシュは自分に言い聞かせる。自分が腹を立てているのは、ワルド子爵がアプトムとは手合わせをしたいなどと言っているのに、ギーシュのことは眼中にないという態度をとっているのが許せないのだ。
 だから彼は言う。

「それなら、ぼくと手合わせをしてくれませんか?」

 勝てるなどとは思わない。だけど、勝ち目がないからとあきらめる心の弱さを彼は許せない。許してしまえば、アプトムに挑む資格をなくしてしまうと信じるがゆえに。


 その朝ルイズは、違和感と共に眼を覚ました。
 何がおかしいのだろうと周りを見回して、そこが見慣れた魔法学院の女子寮ではないことに気づく。そして、いつも自分を起こしてくれるアプトムの姿がないことにも気づいたところで、港町ラ・ロシェールの宿に泊まったんだっけと思い出す。
 そんな彼女に対して、同じ部屋に泊まったワルドはある場所に来るようにと言い残して部屋を出て行き、なんの用だろう? と、いつも通りの寝起きの回らぬ頭で考えた後、行けば分かるかと結論を出すと、手早く着替えて部屋を出たところで、別の部屋に泊まっていたキュルケとタバサに出くわした。

「あー、おはよう。キュルケにタバサ」
「おはよう、ルイズ。って、なんて格好してるのよ!」


 挨拶と同時の問いかけに、? とルイズは自分の服装を確認する。
 いつもの、学院の制服のブラウスにスカート。マントも忘れてないしうっかり制服の下に寝巻きを着たままということもない。何がおかしいのかと首を傾げるルイズに、キュルケは頭を抱える。
 確かにルイズの考えに間違いはないのだが、別のところが間違っている。
 ブラウスはボタンが一段ずつ留め違っているし、スカートはたくし上がってパンツが丸見えになっていて、ついでに髪も寝癖でバサバサである。
 ここが学院なら知らないふりをして笑いものにしてやってもいいのだが、ならず者もいるこんな町で、その格好で外を出歩かせれば、そのまま物陰に連れ込まれても文句が言えない。
 まったく世話の焼ける。とルイズの身支度を整えてやるキュルケに、ルイズは何を言うでもなくされるがままになる。寝起きの彼女には誰かに逆らうという発想がない。
 それが終わると、三人は一階に下りて行き、そこにある酒場で朝食を摂り。ルイズの眼も覚めた頃、出かけていたらしいアプトムが帰ってきた。ちなみに、この時点でルイズの頭にワルドに呼び出された記憶は薄れ消えかかっている。

「朝からどこに行ってたのよ」

 そんなルイズの問いに、アプトムはちょっと情報集めに行っていたと答える。朝からではなく、夜中から出かけていたのだが、その事を教えるつもりもない。
 それで何か分かったのかと問いを重ねるルイズにアプトムは、自分の得た情報を伝える。その情報は、『金の酒樽亭』という酒場にいた、フードで顔を隠した顔見知りの眼鏡の女性に教えてもらったもの。


 彼が、その夜に、酒場に足を踏み入れた時、フードで顔を隠した女が手招きしている事に気がついた。
 この地に知り合いのいないはずの彼は、首を傾げて女の隣に座り、それが何者かを知った。

「学院長秘書のミス・ロングビルは休暇を取っていると聞いたが?」
「休暇中さ。休暇を取ってアルバイトに励んでいるってわけだ。」
「ほう。報酬のいいバイトでも見つかったのか」
「そうさ。なんてったって、報酬は私の命だからね」

 親指で自分の首をかき斬るような仕草を見せる彼女に、彼はなるほどと納得する。
 殺されたくなければ、言うことを聞け。そんな、官憲にでも知らせれば解決してしまう馬鹿げた脅迫も、犯罪者である彼女には有効である。

「大変だな」
「身から出た錆ってヤツだけどね。それでまあ、ここであったのも何かの縁だ。頼みごとを聞いちゃくれないかい? そのうち借りは返すよ」
「頼みごと?」
「ああ、実は私には、この町の傭兵を雇って、あんたらを襲撃しろって命令が出ててね。ま、私には、直接あんたと戦おうなんて自殺願望はないし襲撃は傭兵に任せて、後ろで見てるだけのつもりなんだど、なんかの間違いで顔を合わせても私を殺さないでくれるかい?」

 ふむ。と考えて、彼はこちらの質問に答えたらな。と、その頼みを受け入れる。

「あんたらを襲撃する命令をしてきた奴が何者かかい?」
「それは、どうでもいい。そちらとしても、話せないことだろう?」

 まあね。と答えてくる女に彼が尋ねたのは、アルビオンの状況。ようするに、安全にウェールズ王子に会うための情報であった。


「アルビオンの王党派は追い詰められ、最後の砦である王城ニューカッスルは五万の兵士に包囲されている。ウェールズ王子に会いたければ、その包囲を突破しなくてはならないらしい」
「それって無理なんじゃないの?」

 他人事のように言うキュルケをルイズは睨みつける。ゲルマニアの人間であり、任務の内容を知らないキュルケがそう言うのを責めるのは筋違いではあるが、ルイズとしては、そんな気楽な態度に腹立ちを覚える。
 何とかならないだろうかと頭を働かせるルイズであるが、実は簡単な解決策がある。アプトム単独であれば、五万の包囲を抜けることは不可能ではないのだ。
 しかし、その方法には一つの問題がある。ルイズの動向である。
 今アプトムが最優先にしているのはルイズの身を守ることである。そのルイズに、任務は一人でやるからワルドと一緒に帰れと言って、素直に帰るだろうかというと無理だなと思わざるを得ない。
 言って聞くようなら、そもそも剣を届ける為だなどと言って追いかけて来たりはしないだろう。
 では、どうするかと考え、ふとここにいない二人のことを思い出す。

「そういえば、ワルド子爵とギーシュはどうした?」

 その問いに、キュルケとタバサはそういえば朝から見てないと答え、ルイズは、あっ!! という顔になる。


 彼らが宿泊する宿は、かつてはアルビオンからの侵攻に備えて建てられた砦であったのだという。
 それゆえに、今では物置き場になってしまっているが、中庭には練兵場がある。
 そこに、ギーシュとワルドの二人は向かい合っている。

「昔、かのフィリップ三世の治下には、ここでよく貴族が決闘したものさ」
「はぁ……」
「古きよき時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……」
「あの……、子爵」
「なにかね?」
「その話、三回目です」
「……」

 彼らがこの場にやって来たのは、手合わせのためであるが、最初アプトムと手合わせをするつもりだったワルドは、ルイズが妙に信頼しているあの男を倒して自分の頼りになる所を見せつけてやろうと、介添え人という名目でルイズを呼んでいた。
 ギーシュが相手では、ルイズに見せつける意味がないのだが、何の説明もなく戦っているところ見られては無用な誤解を抱かせることになるだろうと、彼女を待つことにした。
 そして、二人は待った。待ち続けた。待ち疲れて、その場にしゃがみこんだりもした。決闘の邪魔になりそうな樽や空箱を片付けたりもした。地面に井を描いて○と×をどちらが三つ並べられるかの勝負もした。
 ルイズと他三人が、ようやくやってきたのは、二人が地面に、なにやらいかがわしい絵を描いて興奮していた頃である。

「あんたら、なにやってるの?」

 ルイズの問いかけに、二人はあわてて立ち上がり、地に描いた絵を足で消す。

「いっ、いや、彼が腕試しをしたいと言うのでね」
「そうそう。ぼくの実力が魔法衛士隊にどれだけ通じるのか試してみたくてね」
「ふーん」


 では、それを見せるために自分を呼んだのかと問うルイズに、そうではないとワルドは答える。
 ワルドの目的は、アプトムとの決闘である。そこには、『ガンダールヴ』の実力を測りたいとか、ルイズにいいところを見せたいとか、ある目的の邪魔になりそうなアプトムの心を折っておきたいとか、いろいろな理由があったが、それは話さない。
 ギーシュとの決闘は、その準備運動のようなもので、もちろん本気を出すつもりなどない。
 そんなことを、はっきりと口に出して言われて、屈辱にギーシュが怒りに顔を歪めるが、ワルドは気づかない。あるいは気づいているのかもしれないが、彼に実戦経験もない学生などに気を使ってやる義理はない。

「では、介添え人も来たことだし、始めましょうか」

 怒りを押し隠した声で宣言すると、ギーシュは薔薇の造花を掲げる。それこそが彼の杖であると気づいているワルドは杖を抜くものの構えるだけで、そのギーシュの行動を黙って見守る。
 それが、何をやろうとも対応できるという余裕であると悟り、ギーシュは頭に血を上らせながら造花を振る。
 振られた造花から七枚の花びらが散り、それは槍を持った七体の女性像になる。ギーシュが特意とする青銅のゴーレム『ワルキューレ』である。

 アプトムに幾度となく決闘を挑み、それなりに経験を積んだ彼であるが、それでいきなりメイジとしてのランクが上がるわけもなく、その限界は今まで同様七体のワルキューレを作ることである。かつてアプトムと戦った時との大きな違いは心構え。
 ギーシュは、七体のワルキューレ全てにワルドを攻撃するよう命令する。守りは置かない。一対一の決闘であれば、守りを置く必要はない。先制攻撃で一気に沈めてしまえばいいのだ。それに、自力に差がありすぎる相手との決闘で、守りなど考えていては勝つどころか一矢報いることもできない。

 一斉に襲い掛かるワルキューレの槍を、ワルドは細身の杖で軽やかに受け流す。
 ワルドに勝つには、魔法を使う暇を与えない攻撃で一気に打ち倒すしかないとギーシュは考えていた。ワルキューレには、スクウェアメイジの魔法に耐えられるだけの耐久力がないのだから。
 だが、ワルドは魔法を使えないのではなく使わない。ギーシュなどには魔法を使うまでもないとでもいうように、素早い動きで槍の攻撃を防ぎ。また、後ろに下がり横に移動してと、囲まれないように移動し、攻撃のための範囲を広げられないワルキューレは互いが邪魔になって上手くワルドを攻撃できない。

「魔法衛士隊のメイジは、ただ強力な魔法が唱えられるだけじゃないんだよ」

 余裕を持って語られる言葉に、ギーシュは唇を噛む。ワルドは、その気になれば今すぐにでも魔法を使うことなく七体のワルキューレを撃破できるだろうに、それをしない。この男は、本当に準備運動のつもりで自分と向かい合っているのだ。
 格が違う。その事をギーシュは理解し、それでも、あきらめることをしない。ここで、心を折ってしまえば、もう二度とアプトムに挑むことができなくなるから。
 そんなギーシュの姿に何を思ったのか、ワルドは槍を防ぎながら帽子を被りなおし、言葉を続ける。

「詠唱さえ、戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作……、杖を剣のように扱いながら詠唱を完成させる。それが軍人の基本中の基本なのさ」

 そうして、彼は詠唱を完成させる。それは、『ウィンド・ブレイク』。突風で相手を吹き飛ばす風の魔法。その魔法だけで、七体のワルキューレは弾き飛ばされ、知らずその延長線上にいたギーシュもまた、吹き飛ばされた。

「さて、準備運動も終わったことだし。次は、使い魔くんに手合わせを願いたい」

 風に飛ばされ、壁にまで転がったギーシュに眼もくれずワルドは言う。彼にとってギーシュの存在は、まさに炉辺の小石に等しい。そのことに対して、ギーシュから文句の言葉は出ない。何故ならその一撃で気絶しているから。
 そして、アプトムはと言うと。

「いたーい。眼にゴミが入ったー。とってー」
「ええい。お前は、どうしてそう手間ばかりかけさせる」


 などと、ルイズと話をしててワルドの言葉を聞いてなかった。
 ワルドの魔法の風で巻き上げられたゴミがルイズの眼に入ったのだから、彼が文句を言う筋合いはないのだが。


「では、改めて腕試しと行こうか」

 そう言って杖を構えるワルドを、アプトムは無言で見返す。
 ワルドが本命であるアプトムに決闘を申し込んだ時。ルイズは、それを止めなかった。
 学院でアプトムが生徒と幾度も決闘を繰り返したのを見ていた彼女は、いつしか決闘と言うものを軽く見るようになっていた。
 アプトムは、常に無傷で決闘に勝利し、相手に怪我を負わせたこともない。そして、先のワルドとギーシュの決闘においても、吹き飛ばされたギーシュは気絶はしたが、怪我はと言うとあちこち擦りむいた程度であり、彼女の思考の中では、決闘で負けたものが大怪我をするかもしれないという可能性は削除されていたのだ。

「きみは、随分と強いらしいじゃないか。貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」

 そんなことを言ってくるワルドに、アプトムは何も答えない。ワルドの語る言葉に興味を惹かれないからだ。
 今、アプトムの興味が向けられているのは、スクウェアメイジの実力である。この決闘は、トライアングルまでのメイジとしか戦ったことのない彼にとって、ちょうどいい機会であると言えるが、同時に困った事態とも言える。
 ラインまでのメイジであれば問題なく倒せる彼であるが、一度だけ戦ったことのあるトライアングルメイジである土くれのフーケは、倒すために獣化の必要があった相手であった。

 それは、トライアングルメイジという存在の実力を測るために、彼女の作るゴーレムのみを攻撃の対象としていたからではあるが、スクウェアメイジの相手がそれよりも簡単だという保障もない。
 ルイズとタバサになら、獣化を見られても問題はないだろう。というか、今更だ。だが、キュルケとギーシュとワルドには見られるのは問題だ。というか、キュルケがまずすぎる。自分を心底嫌っている彼女に知られれば、面倒なことになるだろう。
 まったく困ったものだと一人ごちる彼には、適当に負ければいいという発想がない。何気に負けず嫌いだから。

「では、『閃光』のワルド、参る」

 宣言と共に、振ってくる杖の打撃を、アプトムは特に注意を払いもせずに、簡単に回避する。体を鍛えていないギーシュなどから見れば、二つ名の通り閃光のように素早く見えるワルドの動きも、人外の体力を誇るアプトムの目には、さしたる脅威に映らない。そもそも魔法なしでは、どれほど体を鍛えようと、人間では獣化なしのアプトムにも、とうてい届きようがないのだ。
 杖を受け止めてへし折ってやろうかとも思ったが、こんな腕試しで旅の仲間の戦力を低下させるのもバカらしいなと、杖をかわすと同時に蹴りを放つと、避け切れなかったワルドは、その一撃を横腹に喰らい吹き飛ばされる。

「なるほど。さすがは、ガンダールヴ。魔法なしでは、僕の敵う相手ではないか」

 立ち上がりながらの言葉に、キュルケとタバサは何の話かと頭上に疑問符を浮かべるが、空気を呼んで何も言わない。

「だけど、僕の本領は魔法にある。その力を、きみに見せてあげよう」

 その言葉の後に唱えられた詠唱は、先ほどギーシュを吹き飛ばしたウィンド・ブレイク。それに、吹き飛ばされたアプトムは、クルリと後転し体勢を整えるが距離を離されたそこに、ワルドは更なる詠唱を唱える。
 それは、『エア・ハンマー』。対象を殴りつける空気の槌。眼には見えないそれを、アプトムは跳んで回避する。学院で決闘したことのあるメイジの中には風系統の魔法を使う者もいた。見えない攻撃を回避するのにも慣れている。慣れたところで、アプトム以外なら二メイルもの高さの跳躍をして回避することなど不可能だろうが。


 更に連続して唱てくる魔法をアプトムは縦横無尽に走り回り回避する。だけど、反撃に回る隙が見つからず、ワルドの方も決定打を与える隙を見つけられない。
 近づけないでいるアプトムは、途中、落ちている小石を拾い投擲してみるが、それは風の盾で防がれる。
 そんな攻防が何度か続いた後、「ここまでか」とワルドは杖を収め、アプトムも足を止める。
 このまま戦闘を続けても、ワルドの精神力とアプトムの体力のどちらが先に尽きるかというものにしかならず、それは明日からのアルビオンに向かう任務に差し支えるからだ。

「えーと。つまりどういうこと?」

 ワルドが一方的に攻撃を加えていたように見えたのに、何故決着がつかないままに、終わってしまうのかと疑問を覚えるルイズに、タバサが「引き分け」と小さな声で答える。

「そうなの?」
「そう」

 ふーん。とルイズは納得のいかない顔をする。彼女にとって決闘とは、眼に見える形で、はっきりとした決着がつくものなので、お互いに攻撃を当てることもなく終わるというのは、なんだか理解できない。

「まいったな。きみに本気を出させることもできなかったよ」

 笑顔で言うワルドに、アプトムは「お互いにな」と返す。
 獣化を封じたアプトムは、もちろん本気ではなかったが、ワルドが全力でなかったのも顔を見れば分かる。その顔は、自分の優位を信じて疑わないものだったのだから。

 そして、そんな二人を、彼らから離れた場所から見ている二対の眼があった。


「確かに腕は立つようだが、お前の言うほどの者には見えんな」

 そんな仮面の男の言葉に、黒いフードを被った女は唇の端を曲げて笑う。

「そりゃ、あいつは全然本気を出してないからね。子爵さまも本気じゃなかったんだろうけど、隠してる実力には大きな差があるよ」
「それほどのものか?」
「そうさ。アイツを何とかしたきゃ、本気を出させないように上手く立ち回るのをお勧めするね。ま、私なら上手く立ち回れる自信があっても、アイツと敵対するのはゴメンだけどね」

 そんな忠告に、男は、ふむ。と呟いて考え込む。そこまで言われても、本気で戦えば、自分なら勝てるだろうという自信は揺らがない。だが、わざわざ危険を冒す必要もないかと彼は思う。


 それはそれとして、決闘が終わりルイズ、アプトム、ワルド、キュルケ、タバサが立ち去った後。気絶して中庭の端に置かれ、そのまま皆に忘れられたギーシュを介抱する大モグラの姿があったという。


新着情報

取得中です。