悲鳴と同時に弾かれるように外に飛び出すタバサとエレアノール、一瞬遅れたキュルケは外に飛び出す前に、景気のいい音と共に小屋の屋根が吹き飛ぶのを目の当たりにした。青く広がる空と、それをバックにして立っている巨大な影。
「ゴーレム!!」
キュルケの悲鳴。それと同時にタバサが杖を振って、唱えていた魔法を解き放つ。巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムへとぶつかって行く―――が、その質量を押し切るほどの力はない。続いてキュルケも炎の魔法を放ち、ゴーレムを火達磨にするが目に見えた効果はほとんど無かった。
「無理よ、こんなの!!」
「退却」
「退却」
キュルケとタバサは一目散に逃げ出す。エレアノールはそれを横目で見ながら、ルイズの姿を探す。先にルイズに気付いたのはデルフリンガーであった。
「おいおい相棒、娘っ子が無茶してやがるぜ!」
エレアノールから見てゴーレムの向こう側で、ルイズは呪文を唱え杖を振っていた。―――爆発、ゴーレムの背中が弾けるが、その大きさから見て微々たるもの。だが、ゴーレムが背後のルイズに注意を向けるには十分であった。
「ご主人様!! 逃げてください!!」
「いやよ!」
「いやよ!」
再び杖を振って魔法を放つ―――爆発。
「ご主人様!!」
「いやよ! フーケを捕まえなきゃダメじゃない!!」
「いやよ! フーケを捕まえなきゃダメじゃない!!」
ゴーレムは逃げ出したキュルケたち、正面に立つエレアノール、そして背後で失敗魔法を放ち続けるルイズのどれから相手にしようか迷っているようにも見えた。
―――爆発。その間にもルイズの魔法はゴーレムの表皮を削り続けるが、その都度、土が盛り上がって再生する。しかし、ゴーレムは自分にダメージを与え続けるルイズから相手にすることを決めたのか、ゆっくりとした動作で後ろを向き始める。
―――爆発。その間にもルイズの魔法はゴーレムの表皮を削り続けるが、その都度、土が盛り上がって再生する。しかし、ゴーレムは自分にダメージを与え続けるルイズから相手にすることを決めたのか、ゆっくりとした動作で後ろを向き始める。
「―――!! ルイズッ!!」
エレアノールが地を蹴りルイズの元へと走る―――が、ゴーレムを迂回する分だけ出遅れる。
「私は貴族よ。魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない! 敵に後ろを見せないものを貴族と呼ぶのよ! それに―――」
―――爆発。ゴーレムの行動を僅かに遅らせる程度でしかない。だが……この局面では僅かな時間が、貴重な時間となる。
「―――それに! 私は貴女に相応しいメイジだと! 貴女の立派な主だって証明しないといけないじゃない!!」
ゴーレムが足を高く上げ、ルイズ目掛けて踏みつけるように落とす。視界一杯に広がるゴーレムの足にルイズは硬く目を閉じた。しかし、僅かの差で横から飛び込んできたエレアノールがルイズを抱きかかえ、一気に走り抜けた。同時にエレアノールはその場にアイスを数個展開し、ゴーレムが踏み込むと同時に起動させる。キィンという音と共に数メイルほどの氷塊が生まれ、ゴーレムの片足を包み込む。
その足止めが効力を発揮している間にエレアノールは十分な距離を走り、そこでルイズを降ろす。呆然とするルイズに、エレアノールはその頬を平手で叩いた。
その足止めが効力を発揮している間にエレアノールは十分な距離を走り、そこでルイズを降ろす。呆然とするルイズに、エレアノールはその頬を平手で叩いた。
「ルイズ! 何で逃げなかったのですか!!」
「え……え、だって……だって……」
「え……え、だって……だって……」
ルイズの目から涙がぼろぼろとこぼれだす。エレアノールは硬く引き締めていた表情を、フっと和らげて微笑みを浮かべる。
「誇りをもって命を賭すのと、虚栄のために無謀なことに挑むのは別物です。それに……、ご主人様は気高き誇りを既にお持ちじゃありませんか。何人にも折ることの出来なかった、決して諦めず投げ出さなかった誇りを……」
スっと立ち上がると背後に顔を向ける。エレアノールの視線の先には足を覆っていた氷塊を砕いて、体勢を立て直しつつあるゴーレムの姿があった。
「私には、それがとても眩しく思えるのですよ……お仕えするに値するほどに」
―――それは憧憬の声―――
「エレアノール……貴女……」
エレアノールの背中越しに聞こえてきたのは、かつて夢の中で聞いた昏い声。それと同じものを含んでいた。
「―――あのゴーレムは私が相手をします。ご主人様は安全な場所へ」
「エレアノールッ!!」
「エレアノールッ!!」
エレアノールはデルフリンガーを握り直すと、ゴーレムに向かって駆け出した。ルイズは悲鳴にも似た叫びを上げてその後を追おうとしたが、目の前にタバサが跨ったシルフィードが舞い降りて立ち止まる。
「乗って」
「でも、エレアノールが!」
「わかってる。でも、貴女が先」
「でも、エレアノールが!」
「わかってる。でも、貴女が先」
ルイズは渋々とタバサの手を取り、シルフィードの背中へと引っ張りあげてもらう。ルイズがしっかりと跨ったことを確認すると、タバサはシルフィードへ指示を与える。
「キュルケとエレアノールとロングビル、ゴーレムの隙があり次第順次回収」
「きゅいきゅい!!」
「きゅいきゅい!!」
シルフィードは翼を大きく広げ、空へと舞い上がった。
ぶんッ―――重々しい音と風圧がエレアノールのすぐ脇を通り抜け、一瞬後には地面を揺らす衝撃となって響きわたる。それを引き起こしたゴーレムの拳は、一メイルほどの大穴を地面に作ってめり込んでいた。それが引き上げられようとする瞬間、周囲にアイスが次々と設置されて即座に起動する。凍結し、ゴーレムの右手を地面へと縛りつける。
「えい!!」
地面から跳び、ゴーレムの左肩から胸にかけて斬りつける。残された左手を振り回してくるが、それをゴーレムの身体を蹴った反動で距離を稼いで避ける。
「やるな、相棒。でも見てみな、斬ったところがまた再生してやがるぜ」
「そのようですね」
「そのようですね」
大きく斬り裂かれていた箇所が、徐々にくっ付き元通りになる。
「向こうの再生力がどれほどかは分かりませんが、このままでは消耗戦に持ち込まれると厄介です」
「あの手のゴーレムは術者のメイジを叩けばいいんだが、隠れたまま出てこねーみたいだな」
「あの手のゴーレムは術者のメイジを叩けばいいんだが、隠れたまま出てこねーみたいだな」
ガキンっと右手の氷塊を砕いてゴーレムが立ち上がる。
「そういや相棒はさっきから氷で凍らせてるみてーだが、あれで一気に全身を凍らせるのは出来ねーのか?」
「これだけ大きいと無理です―――ね!!」
「これだけ大きいと無理です―――ね!!」
地を駆けて、立ち上がったゴーレムの足の間を一気に走り抜ける。同時に右足を斬りつけて、左足にアイスを設置する。潜り抜けると同時にアイスを起動させ左足を氷で止め、残った右足が再生しきる前に完全に両断しようと振り返って斬りつける。
―――ガキィィィンッ
―――ガキィィィンッ
「ッ!?」
「いでででででッ!?」
「いでででででッ!?」
今までの土とは違う手ごたえと衝撃に、デルフリンガーを握る手が痺れる。先ほどまで土だったゴーレムの右足が、鉄へと変わっていた。
「お、おでれーた、相棒の攻撃を読んで鉄に錬金して防いだぜ」
左足を拘束していた氷塊もあっさりと砕け散って、ゴーレムは自由を取り戻す。
「それに氷を砕くコツも掴んできたみたいですね―――!!」
ビュンという風斬り音を響かせ殴りかかってくるゴーレムの拳を、後ろに跳んで避けて距離を取る。しかし、歩幅の違いからすぐに距離は詰められる。
「相棒! 右から来るぜ!」
「分かってますッ!」
「分かってますッ!」
ゴーレムの拳を紙一重でかわし、逆に連続して斬撃を叩き込む。一瞬、ゴーレムの左腕は崩れかけるが、すぐに再生する。
ギーシュの青銅ゴーレムと違い、圧倒的な質量と再生能力を誇るフーケの土ゴーレムに、エレアノールは決め手に欠けていた。ルーンの効果による身体能力の向上もゴーレムからの致命的な一撃を回避するには有効だが、逆に致命的な一撃をゴーレムに与えるには力不足であった。
ギーシュの青銅ゴーレムと違い、圧倒的な質量と再生能力を誇るフーケの土ゴーレムに、エレアノールは決め手に欠けていた。ルーンの効果による身体能力の向上もゴーレムからの致命的な一撃を回避するには有効だが、逆に致命的な一撃をゴーレムに与えるには力不足であった。
(正直、これは攻め切れませんね……)
エレアノールの顔に焦りの色が浮かび始めた。
ゴーレムとエレアノールの戦いにロングビル―――フーケは、顔に驚きの表情を浮かべたまま見入っていた。当初の予定通り、四人をゴーレムに襲わせ『雷の宝珠』を使わせるつもりだったのだが、エレアノールの予想外の健闘にその目論見は崩れつつあった。
「―――何なんだよ、まったく。あの女は!?」
ゴーレムの足に『錬金』をかけ終えて、小声でぼやく。本当は殴りつける腕に錬金をかけるはずだったが、エレアノールの動きに反射的に足にかけて辛うじて防ぐことができた―――もし、土のままでは両断されて倒れていただろう。
「それにしても、さっきから氷漬けにされるのが厄介だねぇ」
先ほどからゴーレムの拳や足にまとわりつく氷塊に眉をひそませる。最初は空からタバサが魔法をかけてるのかと思ったが、それにしてはエレアノールの攻撃とのタイミングが合いすぎる。無論、エレアノール自身がそれを行っているのなら説明がつくが、そうだとすれば杖も呪文詠唱もなしに氷塊を生み出していることになる。
「つくづく謎の多い使い魔だね―――チッ!」
ぼやいている間に左腕の三箇所に深い斬撃を入れられ、崩れ落ちようとしていた。慌てて再生させるために精神を集中させて、それらをつなげ直し―――消耗した精神力に軽いめまいを覚える。
(このままじゃジリ貧だねぇ……)
フーケの顔にもまた、焦りの色が浮かんでいた。
上空からルイズはエレアノールとゴーレムの戦いを、ハラハラしながら見つめていた。ちょうど、木々の間から『フライ』で飛び上がって合流してきたキュルケも、落ち着きのない眼差しで眼下に視線を向けていた。
彼女たちが見守るエレアノールの戦いは、ギーシュとの決闘の時に見せた疾さでゴーレムを翻弄しているようにも見えたが、斬りつける端からゴーレムは再生し、決め手に欠けているのは一目瞭然であった。
そしてタバサは二人と違い、戦いそのものより時折ゴーレムの行動を阻害する氷塊を注意を払っていた。氷塊を生み出しているのは状況から見てエレアノールの仕業、なのに杖も持たなければも詠唱すらもしている様子がないと―――タバサの思考にそれらの信じがたい事実が深く刻まれる。
彼女たちが見守るエレアノールの戦いは、ギーシュとの決闘の時に見せた疾さでゴーレムを翻弄しているようにも見えたが、斬りつける端からゴーレムは再生し、決め手に欠けているのは一目瞭然であった。
そしてタバサは二人と違い、戦いそのものより時折ゴーレムの行動を阻害する氷塊を注意を払っていた。氷塊を生み出しているのは状況から見てエレアノールの仕業、なのに杖も持たなければも詠唱すらもしている様子がないと―――タバサの思考にそれらの信じがたい事実が深く刻まれる。
「タバサ! お願い、エレアノールを助けて!!」
「近寄れない、今は注意を引くのが精一杯」
「近寄れない、今は注意を引くのが精一杯」
シルフィードは何度かゴーレムの間合いギリギリを飛んでいるが、ゴーレムの方はそれをほぼ無視してエレアノールに攻撃を加え続けていた。上空から援護するしようにも、タバサの『エア・ハンマー』程度ではゴーレムの表皮を軽く削る程度、トライアングルスペルの『エア・ストーム』は至近距離にいるエレアノールを巻き込みかねない。
それでも注意を可能な限り引くために、タバサは『エア・ハンマー』を唱えて放つ。後ろではルイズが同じように杖を振って、魔法を放つ。タバサの『エア・ハンマー』は狙い通り正確にゴーレムの頭へ、ルイズの『爆発』はゴーレムの胸に炸裂する。
それでも注意を可能な限り引くために、タバサは『エア・ハンマー』を唱えて放つ。後ろではルイズが同じように杖を振って、魔法を放つ。タバサの『エア・ハンマー』は狙い通り正確にゴーレムの頭へ、ルイズの『爆発』はゴーレムの胸に炸裂する。
「効果なし。これ以上は精神力を消費しすぎる」
「だからって、何もしないわけにはいかないでしょ!!」
「だからって、何もしないわけにはいかないでしょ!!」
ルイズの叫びにシルフィードに乗り終えたキュルケが頷いて、杖を振って火球をゴーレムへと叩きつける。
「そうね、こればかりは同意するわ」
火球を受けてもビクともしないゴーレムに、ルイズが再び杖を振って魔法を放つ。―――爆発、ゴーレムの肩が弾け飛ぶ。
先ほどまでと変わらない威力であったが、今度の攻撃に対してゴーレムは上空に顔を向けると、右手の手のひらに土の塊―――恐らくは自身の身体の一部―――を生み出し、それを三人目掛けて投げつけてきた。空中でそれらは砂礫になり、弾幕となってシルフィードへと襲い掛かる。
先ほどまでと変わらない威力であったが、今度の攻撃に対してゴーレムは上空に顔を向けると、右手の手のひらに土の塊―――恐らくは自身の身体の一部―――を生み出し、それを三人目掛けて投げつけてきた。空中でそれらは砂礫になり、弾幕となってシルフィードへと襲い掛かる。
「避けて」
「きゃあぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁ!?」
緊急回避のために大きく翼を羽ばたかせるシルフィード。しかし、砂礫は容赦なく襲い掛かった。
「きゅい~~~!?」
一際大きな塊がシルフィードの頭と翼に当たり、地面へと墜ち始める。キュルケがとっさに『レビテーション』を唱え、ルイズを抱きかかえて宙に舞う。ほぼ同時にタバサも宙に舞い、辛うじて墜落するシルフィードから飛び出し、何とか三人とも着地に成功する。
先に墜ちたシルフィードは何とか起き上がろうとしているが、墜落のダメージが大きいのかその場で悶えていた。
先に墜ちたシルフィードは何とか起き上がろうとしているが、墜落のダメージが大きいのかその場で悶えていた。
(退却の選択肢が削れた)
森の中を散開して逃げる手も残されているが、下手すれば遭難する―――『フライ』の使えないエレアノールはほぼ確実に。タバサは杖を握り締め、エレアノールとゴーレムの戦いを見つめた。
「エレアノール……」
そしてルイズは、戦いを思いつめた表情で見つめていた。
エレアノールは何度目―――二十何度目になる斬撃をゴーレムの胴体に入れ、そしてまったく同じようにしぶとく再生を続けるゴーレムにため息をつく。
「これほどとは……、厄介ですね」
「あー、でも再生にも精神力使うから、このままいけば勝てるじゃね?」
「あー、でも再生にも精神力使うから、このままいけば勝てるじゃね?」
デルフリンガーの言葉どおり、最初に比べてゴーレムの再生速度も明らかに遅くなっているが、状況は決して楽観できるものではない。フーケが次の一手を打って状況を打開しようとする前に決着をつける必要がある、とエレアノールは考えていた。ブゥン、と風切り音と共に視界に広がるゴーレムの拳をバックステップで回避―――しかし、先ほどのゴーレムの攻撃で地面に降りてきたルイズたちに攻撃の矛先が向かないように、最低限の距離に留める。
(仕方ありません。何とか両足を断って、撤退するための時間を稼ぎ―――)
「『雷の宝珠』! 私に応えて!!」
「『雷の宝珠』! 私に応えて!!」
エレアノールの思考を中断させたのはルイズの必死の叫び。振り向くといつの間にか『雷の宝珠』―――トラップカプセルを掲げていた。エレアノールのために何か出来ることを、と考えた上でタバサから強引に受け取っての行動。だが、トラップカプセルはルイズに応えない―――魔法との相性の悪さゆえに。
「お願いッ!! お願いだから!!」
「ご主人様! 早く逃げて―――あッ!!」
「ご主人様! 早く逃げて―――あッ!!」
エレアノールはルイズが掲げているトラップカプセルを見て気付く。自分が使っているアイスのトラップカプセルでは、膨大な質量のゴーレムの足止めにも使えない―――だが、攻撃力に優れたサンダーのトラップカプセルなら?
「ご主人様、それをこちらに! 『雷の宝珠』を!!」
「え? ……ええ、分かったわ!」
「え? ……ええ、分かったわ!」
ルイズから投げられたトラップカプセルをエレアノールは地を蹴って跳び―――その直後、ゴーレムの一撃が彼女の立っていた場所に叩きつけられる―――空中で受け取り握り締めた。振り返りながら着地し、ゴーレムへとトラップカプセルを向ける。
「これで―――」
左手のルーンが一際大きく光り輝き、ゴーレムの足元に八個のトラップが設置される。
「―――終わらせて頂きます!!」
そして起動。―――眩い雷光と轟く雷鳴がゴーレムを包み込み、弾けた。
「おでれーた、すっげぇ雷撃だぜ」
デルフリンガーの呆気に取られた声が、雷鳴が消え去った後の静けさの中に深く響いた。雷撃の真っ只中にあったゴーレムは全身からブスブスと焦げ臭い煙を上げており、徐々に崩れつつあった。
ルイズはその様子を呆然と見つめていたが、ゴーレムが完全にただの土の塊になると安心して放心したのかその場に崩れるように座り込んだ。タバサはゴーレムの最後を見届けると、「きゅい~~~」と痛みに耐えているシルフィードの元へと向かい、キュルケも驚きと喜びの表情を浮かべてエレアノールの元へと駆け寄る。
ルイズはその様子を呆然と見つめていたが、ゴーレムが完全にただの土の塊になると安心して放心したのかその場に崩れるように座り込んだ。タバサはゴーレムの最後を見届けると、「きゅい~~~」と痛みに耐えているシルフィードの元へと向かい、キュルケも驚きと喜びの表情を浮かべてエレアノールの元へと駆け寄る。
「お疲れ様、エレアノール! ギーシュの時もそうだったけど、貴女には本当に驚かされるわね!」
「いえ、それほどでも……。それより、ゴーレムを操っていたフーケは?」
「いえ、それほどでも……。それより、ゴーレムを操っていたフーケは?」
その言葉にキュルケは首を振る。フーケを探していたが見つからなかった、と。
「そうですか……。あと、ミス・ロングビルは見かけられませんでしたか?」
「そういえばどうしたのかしら―――あ、いたわよ。どうやら無事みたいね」
「そういえばどうしたのかしら―――あ、いたわよ。どうやら無事みたいね」
辺りを見回していたキュルケが、ある一方へと指差した先に森の中から歩いてくるロングビルの姿があった。
「皆さん! ご無事ですか!?」
「ミス・ロングビル! 今までどうしてたのかしら?」
「ミス・ロングビル! 今までどうしてたのかしら?」
キュルケの問いかけに、ロングビルは顔を伏せる。
「申し訳ありません。森の中で突然当身を入れられて、つい先ほど、気付いたばかりなのです……」
「じゃあ、そっちもフーケに襲われてたってこと?」
「恐らくは……、黒いローブも着込んでいたみたいですし」
「じゃあ、そっちもフーケに襲われてたってこと?」
「恐らくは……、黒いローブも着込んでいたみたいですし」
ロングビルはキュルケとの問答を切り上げると、エレアノールに顔を向ける。
「それにしてもミス・エレアノール、貴女は『雷の宝珠』を扱えたのですね?」
「ええ……、私も同じものを持ってますし」
「ええ……、私も同じものを持ってますし」
デルフを地面に突き刺し、空いた手で服の中から手持ちのトラップカプセルを取り出す。『雷の宝珠』と寸分違わぬ見た目のそれに、ロングビルと近くにいたキュルケ、そして放心状態から立ち直って寄ってきていたルイズが目を丸くする。
「ええええ~~~!? な、何で貴女がこれを持ってるのよ!?」
ルイズの叫び声は、静けさを取り戻しつつあった森に強く響いた。キュルケはその叫び声の大きさに顔をしかめ、ロングビルは口をパクパクさせながらエレアノールのトラップカプセルに見入っていた。
「これは知り合いの学者さんが作った魔法を応用したトラップカプセルというものです。中に決まった種類のトラップ、魔法仕掛けのカラクリが入ってまして、こういう感じに―――」
手近な地面に設置するように操作する。パシュっという軽い音と共に、なだらかな起伏をもった板状のアイスが設置された。
「望んだ場所を決めて設置して、好きなタイミングで起動させるように考えれば、それを読み取ってくれるのですよ」
キィンという音と共にアイスが起動し、先ほどのゴーレムに対して使ったときよりも小さめの氷塊を生み出す。
「では、先ほどの『雷の宝珠』も同じ方法で使えるのですか?」
「……ええ、その通りですよ」
「……ええ、その通りですよ」
ロングビルの言葉にエレアノールは頷いて同意する。
「なるほど……。あの、その正体が何であれ学院の秘宝であることは間違いありません。『雷の宝珠』をこちらに……あと、見比べてみたいので貴女のトラップカプセルもお借りしてもいいですか?」
「構いませんよ」
「構いませんよ」
手を伸ばしてきたロングビルに、『雷の宝珠』とトラップカプセルを手渡す。
「―――でも、魔法そのものとは相性が悪くて、メイジには使えないものらしいです」
「ッ!?」
「ッ!?」
エレアノールの言葉にロングビルの表情が固まった。二つのトラップカプセルを持つ手も、僅かながら震えている。
「それじゃあ、あたしたちには使えないの? ミス・ロングビルの次に試してみようと思ったのに」
キュルケがトラップカプセルを見ながら残念そうに呟く。
「作成した学者さんも言ってましたし、先ほどもご主人様が使えなかったので間違いないですね。……ミス・ロングビルも、『今までに一度くらい』は試されたことはありませんか?」
エレアノールは微笑みながら、自然な動作でデルフリンガーの柄に手をかけて、僅かながら重心を移動させる―――引き抜いていつでも斬りかかれるように。キュルケやルイズは気付いていないが、目の前のロングビルはそれに気付いて瞳に動揺の色を浮かべていた。
「それではミス・ロングビル、そろそろ私のトラップカプセルを返して頂けますか? 学院に戻るまで、フーケが再び襲ってこないとも限りませんし、迎え撃つにしてもトラップカプセルがある方が有利なので」
「そうね。タバサのシルフィードも回復したみたいだし、そろそろ戻るべきよね」
「そうね。タバサのシルフィードも回復したみたいだし、そろそろ戻るべきよね」
ルイズの視線の先では、タバサの回復魔法で痛みが治まったシルフィードが「きゅいきゅい♪」と元気に鳴いていた。エレアノールも横目で見ながら、ロングビルから自分のトラップカプセルを受け取り、服に仕舞い込む。
「それじゃあ帰りましょ。……でも、シルフィードもいるのに帰りも馬車なのは嫌よねぇ」
キュルケのもっともな言葉に、シルフィードの治療を終えて歩み寄ってきたタバサが口を開いた。
「上空の偵察役と地上の馬車役、二手に分かれればいい」
馬車はゴトゴトと音を立てて学院への帰路を順調に進んでいた。
馬車の上には御者のロングビルとデルフリンガーを抱えたエレアノールの二人、残りの三人はシルフィードに乗って上空を優雅に学院への帰路を辿っていた。
馬車の上には御者のロングビルとデルフリンガーを抱えたエレアノールの二人、残りの三人はシルフィードに乗って上空を優雅に学院への帰路を辿っていた。
「ねぇ……」
ロングビル―――フーケが前を見たまま、エレアノールに話しかけたのは道のりの半分を終えた辺りであった。
「あんた、いつから気付いていたんだい?」
「確信はもてませんでしたが……気付いたのは、あの廃屋の中で『雷の宝珠』を見つけた時ですね。―――違和感は、宝物庫で貴女が伝えてきた目撃情報を聞いたときからずっとありました」
「確信はもてませんでしたが……気付いたのは、あの廃屋の中で『雷の宝珠』を見つけた時ですね。―――違和感は、宝物庫で貴女が伝えてきた目撃情報を聞いたときからずっとありました」
鞘から若干刀身を覗かせているデルフリンガーが、興味深そうにカチャカチャと鍔を鳴らす。
「へぇ……? あたしが持ってきた証言のどこがおかしかったのだって?」
「どこがというより、一通り全部ですね。昼間でも暗い森の中で黒ずくめの男を目撃したという農民。そんな深夜に真っ暗な森で黒ずくめの人など見えるものじゃありませんし、目撃者が灯りを持っていたのならフーケも気付いているはずです」
「ああ、言われてみればそのとおりだね……やれやれ」
「どこがというより、一通り全部ですね。昼間でも暗い森の中で黒ずくめの男を目撃したという農民。そんな深夜に真っ暗な森で黒ずくめの人など見えるものじゃありませんし、目撃者が灯りを持っていたのならフーケも気付いているはずです」
「ああ、言われてみればそのとおりだね……やれやれ」
淡々と話すエレアノールに、フーケは苦笑しながら肩を揺らす。
「その目撃者が貴女の聞き込みに応じる―――朝から聞き込みを開始したのであれば、少なくとも学院の近くまで目撃者が来ていたことになりますけど、馬で四時間以上もかかるほどに距離が離れているのであれば、偶然にしても出来すぎてます。……もちろん、目撃者がフーケかその協力者で誤った情報を貴女に伝えた、と言い逃れできますけど」
「ははは……、言い逃れさせる気があるのかい?」
「ははは……、言い逃れさせる気があるのかい?」
苦笑を通り越した、明るい―――しかしどこか空虚な笑い声。
「農民が真実フーケの目撃情報を知らせたものと考えるにしては、不自然なほどの偶然の連続。一方で誤った情報を掴まされたとしたら、『雷の宝珠』があの場所にあること自体がありえません。……しかし、実際に置いてあった以上、フーケには何かの『目的』で置いておく必要があったのと、私たちが回収してもそれを取り戻す『手段』を持っていたということです」
一呼吸言葉を置いて、エレアノールはフーケの様子を伺う。笑い声は収まっていたが自分のミスに呆れているかのように、押し殺した含み笑いで肩を震わしている。
「―――その『手段』は、メンバーの中にフーケかその協力者がいるだけで容易に達成できますしね」
「それであたしが怪しいって……わけか」
「ええ、それにあの時、あわよくば私のトラップカプセルも盗ろうと考えたのでしょう?」
「それであたしが怪しいって……わけか」
「ええ、それにあの時、あわよくば私のトラップカプセルも盗ろうと考えたのでしょう?」
フーケは肩を竦めて聞こえるようにため息をついた。そして自嘲気味な笑い声を交えて答えてくる。
「やれやれ、欲張りすぎたって話だね……。ああ、目的は『雷の宝珠』の使い方だよ。売り払うにしろ使うにしろ、使用方法がわからなきゃ価値もつかないし意味がないだろ? ゴーレムで襲えば、使い方を知ってる奴が対抗するために使うと踏んでいたの……だけどねぇ」
ガタンゴトン、と大き目の石を車輪が轢いて、馬車が大きく揺れる。その揺れに合わせるように、フーケは肩を落とした。
「それで……あたしをどうしようって言うんだい? このまま学院に連れて帰って、オールド・オスマンのセクハラ爺に突き出す気かい?」
「……貴女は何で貴族ばかりを狙われるのです? 確かに見返りは大きいですが、危険も相応に大きいですよね?」
「……貴女は何で貴族ばかりを狙われるのです? 確かに見返りは大きいですが、危険も相応に大きいですよね?」
自分の命運をかけた問いかけ―――答え次第では全力で逃げることも想定していた―――に、問いかけで返されてフーケは肩透かしを食らった気分になる。
「……あたしは貴族が嫌いなんだよ。偉そうに振舞っているくせに、自分の欲望に忠実な自制心のないケダモノじゃないか。それに、見返りの大きいというのも大切なんだよ。倉に貯めこまれているより、もっと有益に使われるべきなんだし」
「そうですか……」
「そうですか……」
エレアノールは相槌をうつと、そのまま黙り込む。ゴトゴトという馬車の車輪の音が大きく響いた。その沈黙にフーケは最初は我慢していたが、すぐに気になるように後ろを振り向く。
「……黙ってられたら気になるじゃないか、何とか言って欲しいもんだね」
「いえ、ちょっと知り合いを思い出していたもので……失礼しました」
「いえ、ちょっと知り合いを思い出していたもので……失礼しました」
どこか慈しむような微笑みを浮かべてエレアノールは頭を下げる。
「念のために聞きますが、『雷の宝珠』や私のトラップカプセルはまだ狙っておられるのですか?」
「メイジには使えないのだろ? その手の盗品を裏で買い取ってくれそうな貴族様はメイジばかり。でも、使えもしなければ、平民の反抗するための牙になりそうな厄介な秘宝を、欲しがるわけがないじゃないか。安く買い叩かれるのがオチだね」
「メイジには使えないのだろ? その手の盗品を裏で買い取ってくれそうな貴族様はメイジばかり。でも、使えもしなければ、平民の反抗するための牙になりそうな厄介な秘宝を、欲しがるわけがないじゃないか。安く買い叩かれるのがオチだね」
言葉の最後に、貴族に恨みを持つ平民に渡すのも一興かもね、と愉快そうに付け加える。
「……じゃあ、もう私たちに手出ししないというのであれば、何も言いませんよ。私たちは『土くれ』のフーケを追撃して取り逃がしたが、辛うじて『雷の宝珠』を取り戻した。それだけのことです」
「気前がいいねぇ―――で、何が望みだい? それだけ羽振りがいいこと言うからには、交換条件で何かあるんだろ?」
「察しがいいですね。……貴女がもつ情報網で調べて欲しいことがあります」
「調べて欲しいこと?」
「気前がいいねぇ―――で、何が望みだい? それだけ羽振りがいいこと言うからには、交換条件で何かあるんだろ?」
「察しがいいですね。……貴女がもつ情報網で調べて欲しいことがあります」
「調べて欲しいこと?」
フーケの声色に好奇心が混じる。エレアノールは一息深呼吸すると、トラップカプセルを手にとって見つめる。
「このトラップカプセルは私の世界―――遠い故郷の産物です。『雷の宝珠』に関してはオールド・オスマンに後でお聞きしますが、それ以外にも帰るための手がかりが必要なのです。貴女には、変わった噂や事件……そういったことを調べて教えてもらいたいのです」
「へぇ……、てっきりヴァリエールのお嬢ちゃんに仕え続けるのかと思っていたけど、里心でもわいたのかい?」
「それをお答えする必要はありますか?」
「へぇ……、てっきりヴァリエールのお嬢ちゃんに仕え続けるのかと思っていたけど、里心でもわいたのかい?」
「それをお答えする必要はありますか?」
フーケはエレアノールの答えに、呆れたように肩をすくめる。
「つれないねぇ……。ま、いきなり拉致紛いの召喚で使い魔にされたら、普通なら激怒するだろ? それなのに、あんたは嫌な顔を一つせずに忠実に従ってる。はっきり言って信じられないよ―――あんたみたいな名家、しかもかなりの上級貴族の出自の者だとね。正直、今さらって感じはあるね」
「私が上級貴族と? その根拠は?」
「雰囲気に物腰。……メイジじゃないのが不思議だけど、言い換えればメイジじゃないこと以外は、貴族としての教養をまともに受けてるように見えるねぇ」
「私が上級貴族と? その根拠は?」
「雰囲気に物腰。……メイジじゃないのが不思議だけど、言い換えればメイジじゃないこと以外は、貴族としての教養をまともに受けてるように見えるねぇ」
エレアノールはその言葉を聞いて深く考え込む。しばしの間、馬車の音が再び大きく響いたが、今度はフーケも急かすことは
しなかった。
しなかった。
「……別に私は強引に連れてこられたとは思っておりませんよ。気がついたら使い魔になっていたというのは少々呆れましたが、ご主人様も良い方ですから不満はありません―――正直なところ、帰れたとしてもまたお仕えするために戻ってくるかもしれませんし、ね」
言葉を区切り、感慨深げにふぅ、と息をつく。
「……それに、私も貴族としての名を剥奪された、みたいなものです」
「へぇ……」
「へぇ……」
フーケはどこか親近感―――同じ境遇の者へ向ける好意の感情―――を秘めた視線をエレアノールに向ける。
「―――話は飛びましたが、今言ったことを調べていただけますか?」
ゴトゴトと馬車は順調に学院への帰路を進んでいた―――
「いいさ、その条件を飲んでやるよ! 正体を知られた以上、あんたに命を握られているに等しいからね。投獄されて処刑されるのに比べれば、その条件なら天国みたいなものさね!」
「よろしくお願いします、ミス・ロングビル―――いえ、フーケとお呼びするべきですか?」
「人前じゃロングビルって呼んでもらいたいね。本名も別にあるが……教える気はないよ」
「よろしくお願いします、ミス・ロングビル―――いえ、フーケとお呼びするべきですか?」
「人前じゃロングビルって呼んでもらいたいね。本名も別にあるが……教える気はないよ」
―――その馬車の上で大貴族の令嬢に仕える使い魔と、貴族専門の大盗賊との間に紳士協定に等しい盟約がその時、結ばれた。
「やれやれ、相棒はお優しいねぇ」
「このことは秘密ですよ、デルフ」
「わかってら! おれっちだって空気くらい読める!」
「このことは秘密ですよ、デルフ」
「わかってら! おれっちだって空気くらい読める!」
一人、会話に入れなかったデルフリンガーは、少々寂しそうに鍔を鳴らしていた。
タバサは二人の会話を聞いていた。正確には、風の魔法を使ってシルフィードに二人の声が届くようにして、聴覚を同調させることで聞いていた。ロングビルの正体とその目的、そしてエレアノールがそれを見逃すことも全て。しかし、タバサはそれ以上に重要なことを聞き逃さなかった。
(『私の世界』……言い直していたけど、確かにそう言った)
その言葉がもつ意味を考える。後ろで軽い口喧嘩を始めているルイズとキュルケの声が、雑音として響くが思考を妨げるほどでもない。
(つまり彼女はここを『別の世界』として考えている)
思考を一つ一つ進めて解を求める。聖地の向こう―――ロバ・アル・カリイエのことを最初に考えるが、それはあくまで『東の世界』であって『別の世界』ではない。次いで思い浮かべたのは、文字通りの『異世界』、子供向けの寓話や小説でまれに出てくる概念だった。
(ありえない……、本当に『ありえない』ことばかり)
眼下に広がる草原、その中で学園への帰路を順調に進む馬車を視界に捉える。エレアノールとフーケの会話は歓談へと変わりつつあったが、タバサはそれらの言葉も逃さないように一言一言を脳裏に刻みはじめた。
学院に帰還した五人の報告にオスマンは顔を綻ばせてそれを讃えて、エレアノールとフーケを除く三人に爵位と勲章の授与申請を、フーケに金一封の進呈を約束する。エレアノールにも金一封を渡そうとしたが、それを丁重に断って話したいことがあると申し出て学院長室に残った。ルイズは残ろうとしたが、エレアノールの申し訳なさそうな顔とオスマンの退室を進める言葉に、他の三人と一緒に渋々と部屋から出て行った。
「さて、話したいこととは何じゃね? もしやわしの側に仕えたいと申されるのかのぉ? それならば、次席秘書としてミス・ロングビルと共に―――」
「いえ、そのようなことではなくて、『雷の宝珠』についてお伺いしたいことがあります」
「いえ、そのようなことではなくて、『雷の宝珠』についてお伺いしたいことがあります」
エレアノールに一言であっさりと否定され、オスマンは明らかに残念そうな顔をする。しかし、一瞬後には元の表情へと取り繕い直す。
「あの『雷の宝珠』は私が居た世界の道具―――トラップカプセルという道具です。私も同じものを持っています」
「ふむ……、確かに『雷の宝珠』と同じものじゃの」
「ふむ……、確かに『雷の宝珠』と同じものじゃの」
エレアノールの差し出したトラップカプセルに、目を細めて頷く。
「それで『雷の宝珠』をどこで入手されたのでしょうか? 少なくとも、こちらの世界では手に入らないはずです」
「『私の居た世界』に『こちらの世界』か……、なるほどのぉ」
「『私の居た世界』に『こちらの世界』か……、なるほどのぉ」
エレアノールの『世界』を故意に使った推し量るための言い回しに、オスマンは何やら納得するように頷く。
「いや、ミス・エレアノールの言葉で合点がいった。それの持ち主も同じようなことを言っておった」
オスマンは懐かしさと、そして軽い後悔が混じった表情を浮かべて、三十年前に『雷の宝珠』を入手した経緯を話し出した。
―――森でワイバーンに襲われたときに一人の男性に『雷の宝珠』で救ってもらったこと、そして瀕死の重傷を負っていた男性は看護の甲斐なく亡くなったこと、そして形見として『雷の宝珠』と彼が所持していた幾つかの物品を持っていることを。
―――森でワイバーンに襲われたときに一人の男性に『雷の宝珠』で救ってもらったこと、そして瀕死の重傷を負っていた男性は看護の甲斐なく亡くなったこと、そして形見として『雷の宝珠』と彼が所持していた幾つかの物品を持っていることを。
「彼はベッドの上でうわごとを死ぬまで繰り返しておったの。『ここはどこだ? 何故、時の航路図が使えない?』とな。……『時の航路図』とやらは、これのことかの?」
机の引き出しから取り出された金色に鈍く光る、一見すると幾つかの時計が組み合わさったようなアイテムに、エレアノールは息を呑む。
「……ええ、それは確かに『時の航路図』です。私たちの間では移動用のアイテムとして使っていました。もちろん、制限はありますが。少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」
時の航路図。遺跡と地上を瞬時に移動でき、また既に入ったことのある遺跡ならば自由に移動できる冒険者の必須アイテム。
震える手で時の航路図を受け取り、移動したいと思うだけで起動するその機能を試す。
―――しかし、何も起こらない。
震える手で時の航路図を受け取り、移動したいと思うだけで起動するその機能を試す。
―――しかし、何も起こらない。
「どうじゃの?」
「……やはり、壊れてるみたいですね」
「……やはり、壊れてるみたいですね」
元の持ち主の言葉から薄々予想はついていたが、期待が打ち砕かれてエレアノールはため息をつく。遺跡の中では時の航路図が使えない場所もあるため、本当に壊れているかどうかは分からなかったが、少なくとも役に立たないことには変わりなかった。時の航路図をオスマンへと返し、自分と同じ異邦人の詳細を知るための疑問を投げかける。
「それでその男性はこちらにどのようにして来たとか、何か言っておりませんでしたか?」
「ふぅむ……、意識が朦朧としておったからのぉ。わしも聞いてみたのじゃが、あまり要領を得なかった。他に言っておったことと言えば『俺は早くバルデスさんの仇を取るんだ』とか言っておったが」
「―――ッ!? それは、確かに言っておられたのですか?」
「ああ、そうじゃ。間違いなく言っておったのじゃが……それがどうかしたのかの?」
「いえ……、何でもありません」
「ふぅむ……、意識が朦朧としておったからのぉ。わしも聞いてみたのじゃが、あまり要領を得なかった。他に言っておったことと言えば『俺は早くバルデスさんの仇を取るんだ』とか言っておったが」
「―――ッ!? それは、確かに言っておられたのですか?」
「ああ、そうじゃ。間違いなく言っておったのじゃが……それがどうかしたのかの?」
「いえ……、何でもありません」
震える声を隠し切れないエレアノールに、オスマンは怪訝な顔をする。
(私と同時期の誰かが、『三十年前』のこちらの世界迷い込んだということになるのでしょうけど……)
遺跡―――精神世界アスラ・ファエルの時空が乱れているのは、冒険者の間では周知の事実であった。ある遺跡の階層では、一日を過ごしても地上では一瞬のことであったり、逆に地上での一ヶ月が僅か十数分で過ぎ去る階層もある。同時に同じ階層に多くの冒険者が入っても、並列する別の時間軸に分かれてお互いに会うこともなかった事例。そして、数日前に行方不明になった冒険者が死後数ヶ月を経過した状態で発見されて、その後に遺跡に入った者が行方不明になる前の『生きていたときの冒険者』と出会っていた事例すらあった。
「何やら考え込んでいるようじゃが、話は以上かの?」
「え? はい、色々とありがとうございました」
「え? はい、色々とありがとうございました」
エレアノールは礼を述べると、学院長室を後にしようとし―――
「ところで、ミス・エレアノール。その左手のルーンについて知りたいことはないのじゃろうか?」
老練さと威厳さ、そしてどこか愛嬌を感じさせるオスマンの声色に、エレアノールは目を瞬かせた。
ルイズは学院の着付け部屋の前で、まだ終わってないエレアノールを待っていた。先ほどまでにぎわっていた生徒と教師は既に舞踏会会場へと立ち去っており、着付けを手伝っていたメイドたちもほとんどが会場での他の仕事のためにこの場を後にしていた。
辛抱強く待っていたルイズであったが、我慢の限界が近づいたのか着付け室を覗こうと思い出したとき、ちょうどそれを見計らったようにドアが開いた。
辛抱強く待っていたルイズであったが、我慢の限界が近づいたのか着付け室を覗こうと思い出したとき、ちょうどそれを見計らったようにドアが開いた。
「お待たせしました、ご主人様」
「遅かったじゃないのよ!」
「遅かったじゃないのよ!」
口では文句を言いつつも、ルイズはエレアノールの美しさに目を見張っていた。長い黒髪をフィッシュボーンにまとめ上げて銀細工の髪飾りのアクセント、青いドレスは引き締まった身体のラインを美しく見せ、麗しい雰囲気を引き立てていた。自分の見立ての正しさを誇りつつ、ルイズは表情を取り繕い腕組みをする。
「なかなか似合ってるじゃない。私の従者として合格よ」
「ありがとうございます、ご主人様も似合っておられますよ」
「ありがとうございます、ご主人様も似合っておられますよ」
ルイズの可憐な高貴さを引き立てる衣装へのエレアノールの褒め言葉にに、「当然じゃない」と言い、顔を背ける。それは照れ隠しの動作だと見え見えであった。
「……あ、あと、もう『ご主人様』って言わなくていいからね! 特別に、『ルイズ』って名前で呼ぶことを許してあげるんだから!」
「よろしいのですか?」
「貴女は態度もいいし、それくらい構わないわよ。それに……『雷の宝珠』奪還の立役者に、せめて私から報奨を与えないと不公平じゃない!」
「よろしいのですか?」
「貴女は態度もいいし、それくらい構わないわよ。それに……『雷の宝珠』奪還の立役者に、せめて私から報奨を与えないと不公平じゃない!」
ルイズの態度にエレアノールは微笑みを浮かべて頷く。
「では、ルイズ様。そのようにいたします」
「じゃあ、早く行くわよ。 『フリッグの舞踏会』はもう始まってるのよ」
「じゃあ、早く行くわよ。 『フリッグの舞踏会』はもう始まってるのよ」
照れた表情を見せまいと先を歩き出すルイズの背中を見ながら、エレアノールは胸中で呟く。
(その真っ直ぐな心があるのなら大丈夫でしょうね。……いつかは貴女も気付くでしょう)
かしずかれ傲慢に他を見下して腐敗する貴族と、それに苦しめられている平民。魔法の使えないと嘲笑されているルイズは、皮肉なことに見下される苦しみを知っている稀有な貴族であった。それゆえに、貴族社会に一石を投じる存在になりえる可能性を秘めているとエレアノールは感じていた。
(貴女ならきっと大丈夫です……、そのことを祈ります)
「ちょっと! 早くついてきなさいよ!」
「はい、ただいま行きます!」
「ちょっと! 早くついてきなさいよ!」
「はい、ただいま行きます!」
廊下の端から呼びかけるルイズに、エレアノールはドレスの裾を摘んで小走りで追いかけた。
同時刻、女子寮のルイズの部屋。
「そりゃあ、おれっちは錆が浮いてて見栄え悪いけどよぉ。置いていくなんて酷すぎじゃね?」
まったく人気のない寮の静けさが、デルフリンガーの孤独感を一層かき立てていた。静けさゆえに、遠くから聞こえてくるパーティの歓談が、孤独感をかき立てるように室内に響いてくる。
「せめて会場の外に置いておくとか気を利かせてくれよ、相棒ぅ」
―――それは悲哀の声
間違いなく、確かに、一点の曇りも、誰もが疑う道理の全くない悲哀の声ではあったのだが、窓から差し込む月光と室内の家具だけがそれを聞いていた。無論、聞いていたが何か特別な変わったことがあるわけでもなかった。