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"IDOLA" have the immortal servant 外伝 イザベラと猟犬 後編



「終わったようだな」
 イザベラが呼吸を整えていると、肩に男を抱えたキリークがまるで待っていたかのようなタイミングで現れた。
 いや。実際に待っていたのだろう。間が良すぎる。
 人形の戦いぶりを高みの見物するつもりが、逆にされているとは。全く予定通りにはいかないものだ。
「そっちの首尾は?」
 地下水と杖を回収しながらイザベラは問いかけた。
「知っていることは粗方喋らせた。こいつが知らないことはリーダーが知っているだろう。それよりも」
 キリークは肩に抱えていた男を捨て、暗闇の奥で様子を伺っていた者に向かって呼びかけた。
「出て来たらどうだ?」
「あん?」
 イザベラは怪訝そうな顔を浮かべたが、すぐにキリークの行動の理由が解った。
 茂みを揺らして、それが現れる。二メイル五十サントほどの背丈を持つ異形であった。
 馬鹿げたほど発達した筋肉に、捩れた角の生えた雄牛の頭が乗っている。手にはキリークの大鎌と並べても引けを取らないほど巨大な斧が握られていた。
「ミノタウロス……。ほんとにいたのかよ……」
 イザベラは呆然とそれを見上げた。
 さっきの被り物とはまるで違う。見る者を圧倒する凶悪な面構えに、腹の底から震えが来る。
 生まれて初めて見る妖魔の姿に、イザベラは恐怖した。
「物足りないと思っていたところだ」
 キリークは楽しそうに笑って大鎌を構えるが、ミノタウロスは慌てて顔の前で手を振った。
「いやいや。待ってくれないか。わたしには、君達と戦う気は無いんだ」
「……は?」
 目を丸くするイザベラ。
 ミノタウロスから飛び出したのは人間味溢れる行動と、理知的な言動だった。


 ミノタウロスはラルカスと名乗った。
 ドミニクやジジの両親が語った話の中に出てきた、十年前にエズレ村を救った騎士の名前である。
 ラルカスはさっきまでイザベラを縛っていたロープでリーダーを縛り上げると、森の洞窟に案内してくれた。
 入り口に松明が用意してあって、それを使うように渡される。
 炎で照らされた洞窟内部は、予想外に広かった。
 染み出る水が岩盤を溶かして作った鍾乳洞だと、ラルカスは説明してくれた。
「足元には気をつけてくれ。特にあの辺りは土が剥き出しになっていて滑りやすい。石英も飛び出していて肌を切るから近付かないのがよかろう」
 ラルカスが指し示すその辺りは、確かに新しく掘り返したような土が見えていた。きらきらと輝いているのは石英の結晶だろう。
「言われなくても、こんな薄気味の悪い洞窟なんざ、無闇に歩き回るのは御免だね」
「そうかね? 住めば都という奴なのだがな」
 イザベラにはとてもそうは思えない。ひんやりと湿った暗黒の世界は、ただいるだけで気が滅入ってきそうだ。
 更に奥に進むと、そこは開けた場所になっていた。
 椅子と机、寝台が置いてある所を見ると、ここで寝泊りしているのだろう。
 しかもかまどや鍋、ガラス瓶にマンドラゴラの苗床など、様々な実験機材まで置いてある。メイジの研究室そのものだった。
 イザベラが呆気に取られていると、ラルカスは自分がどうしてミノタウロスの姿をしているかの経緯まで説明してくれた。
「十年前、わたしは不治の病に侵されていてね。倒したミノタウロスを見ている内に、思ったのだよ。この肉体が欲しい、と」
「肉体が……、ってまさか!?」
 ドットとはいえ、水メイジであるイザベラには、心当たりがあった。
 暇に飽かせて読んだ書物の中に、そんな夢物語が書いてあったのを思い出したのだ。だが、それは夢は夢でも悪夢の類だ。
 その記述を読んだ時、おぞましいと感じたのを覚えている。こうして実例を目の当たりにしても、感想は変わらない。
「そう。禁忌とされる秘術、脳移植だ」
 ラルカスは頷いた。
「しかし、この肉体は素晴らしいぞ。体力も腕力も人間とは比較にもならないし、呪文を使うにも問題がないどころか、以前よりも精神力が増して魔法の強化さえされている。
以来わたしは、ここで研究に明け暮れているというわけだ」
「魔法まで使えるのか」
 ミノタウロスの能力を持つメイジ、か。これが敵でなくて本当に良かったと思う。
 イザベラが呆れていると、ラルカスが不意に、短い呻き声を上げて頭を抱えた。
「どうしたのよ?」
 イザベラがラルカスの顔を覗き込むと、ぎろりとした獣の目が彼女を捉えた。
 他者の視線や、内に秘めた感情を常日頃から気にしながら育ったイザベラは、それを読み取ることにも人一倍敏感だった。
 ラルカスの目を見た途端、言い様のない怖気が走っていくのを感じる。
 何だ? 今の目は何だ?
 答えは出ない。あんな目で人から見られたことなんて、今まで無かった。
 しかしそれも一瞬だ。すぐに理知の宿る瞳に戻ったラルカスが口を開く。
「いや、済まぬ。たまに頭痛が激しくなるのだ。ちょっとした副作用さ。わかったら、もう良いだろう」
 研究を邪魔されたくないので他言無用だと言って、ラルカスはイザベラとキリークを洞窟の入り口まで送っていった。


 縛り上げたリーダーのメイジと共に、まだ息のあった男をキリークに担がせて村へ戻ると、待っていたのは村人の笑顔と歓声だった。
 無条件の尊敬と賞賛。そういったものにイザベラは慣れていない。とことん慣れていない。
 頬を赤くしてそっぽを向いているが、決して彼女が不機嫌なわけではないのを、地下水は感じ取っていた。
 人売りどもは村人から散々に罵りの言葉を受けている。
ペラペラと話をされるわけにはいかないので、表向きには明日、このままキリークが役人の所へ連行するということで、話が纏まった。
 その夜、村を上げての祝宴が催されることになった。
 酒も料理も大したものは出なかったから、イザベラは少々不満を言ったが、口に入れてみれば味はなかなかなのものだった。苦味の強いサラダだけは一口で止めてしまったが。
 酒は美味い。格別だ。多分、勝利の美酒と言う奴だからだろう。
「おい。向こうの村や街の近くでも子供の誘拐が流行ってるが、それもおめえらの仕業だな?」
 村人の一人が隅に転がされている人売り達に近付いて、そう尋ねた。
「いや、知らない。俺じゃない。俺達はつい一週間ほど前、この辺りに流れてきたんだ」
「嘘をつけ! まあいいさ。お上に散々絞ってもらうことになるんだからな」
「ほんとだ! 十年前のミノタウロスの話を聞いて、今回の計画を立てたんだ! 嘘じゃない!」
 往生際の悪い男だ。
 イザベラは意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「ここいらじゃなく、北の方では色々やってたんだったな?」
「う……、そ、それは」
 メイジは色を失った。
 何故この娘はそれを知っているのだろう。
 最初から、自分達を探していたということか。
「それ見たことか!」
 村人の罵倒の言葉が飛んだ。哀れなほど男達は縮こまっていた。
「他の男も、森で同じことを言っていた」
 キリークがメイジを見やる。
 表情も何もあったものではないので、見た目からはキリークが何を考えているのか、全く解らない。
「前もって、捕まった時のことを打ち合わせしてたんだろ」
「かもな」
 イザベラはキリークの尋問を見ていない。もし見ていたら、キリークの言葉を信用していただろう。
 しかし、言いようの無い不安が心に澱のように溜まっていくのを感じていた。
 自分が何に対して不安を感じているのか解らない。
 人売りは捕まって話は全て……、終わったはずだ。


 翌朝。
 村を出発しようとしたイザベラだったが、そういえばあのアルマという少女と、戻ってから顔を合わせていないことに気付いた。
「どうした?」
 スキルニルを引き連れて村の奥へ足を運ぶイザベラを、キリークが呼び止める。
「少し、村人に用事があるのよ」
 あんな子供、どうでもいい。どうでもいいのだが、約束を守ったことは伝えておきたかったのだ。
アルマとつまらない約束をしたばっかりに、わざわざメイジと一戦交える羽目になったとも言えるのだから。
 村人にアルマの家を聞いて、訪れて見ると、少女は不在だった。
「いないって、こんな朝早くから?」
「は、はい。わたしらが目を覚ました時には姿が見えませんでした」
 アルマの母親は、突然の訪問に恐縮しながら答える。
「どこにいったかわかる?」
 わからないが父親が探しに行った、とアルマの母親は苦笑して答えた。
 昨日までならミノタウロスにさらわれたのではないかと大騒ぎしていただろうに、事件が解決してしまえば気楽なものだとイザベラは鼻を鳴らした。
 もし、誘拐されていたらどうする気なのだ。全く、なっていない。
 誘拐――されていたら。
 嫌な想像が、イザベラの心を掠める。
 もし、人買いどもが嘘を言っていないとしたら? 子供を誘拐する犯人が、他にもいるとしたら?
 だとしたら、まだ村からそう遠くへは行っていないはずだ。
 報告にあった最後の誘拐は、四日程前。その前は二週間前。いずれもエズレ村の近くの村や街で、遊んでいた小さな男の子が――。
「地下水!」
“どうなされました?”
 地下水がいることを確認するや否や、スキルニルと共にイザベラは駆け出していた。
 間違いであってくれれば、それで良いのだ。確認するだけ。確認するだけだから。
 あの男は冷静で、理知的だった。本物のミノタウロスとは違う、はずだ。だから、そんなことをする理由が、あるはずがない。
 だけど、わたしに一瞬だけ向けてきたあの目は一体何? あの新しく掘り返したような土は?
 地下水にフライを使わせて、森の洞窟まで一直線にイザベラは飛んだ。


 ひんやりとした空気が満ちている。洞窟の中は、外とは断絶された常闇の世界だった。
 昨晩は入り口に置いてあったはずの松明がない。きっとラルカスが奥にいるからだろう。
 スキルニルの杖に明かりを灯させて、イザベラは洞窟の中を歩いていく。
“姫殿下。何故このような場所に?”
 地下水の声もイザベラの耳に入らない。
 目的の場所は、すぐに見付かった。ラルカスが滑りやすいと言った、その場所。
 呼吸が荒い。鼓動が早鐘を打っている。生唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
 スキルニルに土を掘り返させる。柔らかい土だった。
 ただ剥き出しになっているのではない。何度も掘ったり埋め戻したりしなければ、こう、柔らかくはならない。
 少し掘り進めると硬い物にぶつかった。
 ああ、やはり、とイザベラは己の直感が正しかったことを悟った。
 小さな頭蓋骨がいくつも出てくる。いずれも人間の物だ。
「そこで何をしているのかな?」
 イザベラの身体が竦み上がる。洞窟の暗闇の奥底から、野太い声が聞こえてきたのである。
“姫殿下”
 地下水の声色は、何時に無く鋭い。
「こ、この骨は?」
 問いかけるその声は震えていた。しばらくの沈黙の後、ラルカスの返答が返ってくる。
「この辺りに住む、サルの骨だよ」
“何故、あの男も連れてこなかったのです!?”
 イザベラの直感は冴えていたかもしれないが、冷静ではなかった。
 アルマの顔を思い出したら、居ても立ってもいられなくなったのだ。
 ただ、確認するだけのつもりで自分はここへ来て。そうだ。アルマのことを聞かなければ。
「もっ、もう一つだけ聞きたい。ここに、子供は来なかったか?」
「……この洞窟には、わたしときみ達だけだ。今は、な」
 今は、という部分をやけに強調するラルカス。
「っ……」
 激しい怒りと恐怖が混ざり合った激情が、イザベラの胸中に渦巻いていた。
 しかし「絶対に勝てない」とイザベラの中の冷静な部分が言う。メイジの知と技を持つミノタウロスに、どうやって勝てと言うのだ。
“失礼ながら暫くの間、その身体を操らさせていただきます!”
 地下水の声と共にスキルニルが杖を構え、イザベラが地面を蹴る。
 洞窟の奥から氷の矢が無数に飛来する。スキルニルに魔法の障壁を作って遮ぎらせ、イザベラは……、いや、イザベラの肉体を掌握した地下水は、一目散に洞窟の出入り口に向かって走り出していた。
 目視できなければスキルニルをどう動かして良いか分からない。ほんの時間稼ぎにしかなるまい。
 地下水は焦っていた。まともにやっても勝ち目は低い。少なくとも、洞窟から出て戦わなければ話にならない。
 明かりを灯して洞窟を駆ける地下水の体術は驚くべきものだが、それでも土地勘のない洞窟を走り回るのは難しいらしく、時折躓いて転びそうになる。
その度に明かりの呪文を解除して、レビテーションやフライを用い、岩肌にまともにぶつかることだけは避けていたが。
 やっと、洞窟の出口が見えた。フライを唱えて、一気に加速する。
 これで、助かったとイザベラが安堵したその時。
 ぐい、と足を掴まれる。
「ひっ!」
 イザベラは悲鳴だけ残して闇の奥に引き摺りこまれた。


 すぐには殺されなかった。身体を鷲掴みにされて、洞窟の奥へと運ばれていく。
 地下水も取り上げられてはいないが、両腕も抑えられていて自由は利かない。どちらにせよ、呪文は唱えられなかった。
 この状況で下手な抵抗でもしようものなら、握りつぶされるか引き裂かれるか。いずれにせよ、面白くない結果が待っているだけだ。
 今は機を待つしか――
「その短剣は、触れるとまずいのだったな」
 イザベラの心中を見透かすかのようにラルカスが言う。
 見てやがった、とイザベラは唇を噛んだ。既に切り札を把握されている。勝ち目は無かった。
 怖い。ここで殺されるのだろうか。こんな所で、誰にも知られず。獣に食い散らかされて、自分は終わるのか。
 嫌だ。そんなのは嫌だ。気がついたら、イザベラは喚いていた。何か言わないと、気がおかしくなりそうだ。
「どうしてよ……、貴族だろ? 人間なんだろ!? 何で子供を食うのよ!!」
 イザベラの言葉に、ラルカスは牛の頭を振った。
「……発作的にな。人間が食いたくなる。空腹の時など、特にそうだ。
三年程、前だったかな? 子供を襲う夢を見た。獣のように、わたしは子供に食らいついていた。何度もそんな夢を見るようになって……、
ある日、目覚めたら子供の死体が隣に転がっていた。それを見ても、わたしは夢の続きだとばかり思っていたよ。
抑えが効かなくなる間隔も短くなっている。わたしの精神は、ミノタウロスに近付いているのだな。
それを防ごうと魔法薬の研究を続けているが、なかなか上手くはいかないものだ」
「よりにもよってそんな身体を手に入れるからだ! 捨てておけば良かったのに!」
 吐き捨てるイザベラ。
 しかしラルカスは感嘆の声を洩らしていた。
「なるほどなるほど。捨てる、か。その手は思いつかなかった。もう一度脳移植を行う。確かにシンプルで有効な答えだ」
 ラルカスの目が怪しく輝いて、イザベラの顔を覗き込んでくる。
 その二度目の脳移植とやらは……、誰の身体が使われることになるのだろう。
 イザベラの身体を怖気が走った。
「そんなこと言ってない! そういう意味じゃない!」
 イザベラは手足をジタバタさせるが、どうにも振りほどくことはできそうになかった。
「何。食われるのとは違って、然程痛くは無いはずだ」
「どっちも嫌だっ!!」
 泣き喚くイザベラ。
 もうダメだ。脳移植されるか、その前に発作が来て食われるか。
 どっちにしても口封じはするつもりでいるのだ。助からない。
 イザベラが諦めかけた、その時だ。暗黒の世界に、黄色い光が見えた。
 なんだっけ、あれ。
 その光に、見覚えがある気がした。
 考えている暇はイザベラには無かった。不意にイザベラの身体が解放され、重力に従って落下していった。
「ぐあああああっ!」
「きゃあああっ!?」
 イザベラの悲鳴と、ラルカスの苦悶の声が重なった。
 岩肌に叩きつけられる前に、ふわりと身体が浮く。何者かの腕で、身体が支えられている。
 目を開けて見上げると、そこにキリークの顔があった。
「お、お前……」
「飛んでいくのが見えた」
 短く答えると、イザベラを下ろす。
 イザベラが明かりの魔法を使って周囲を照らすと、ようやく先程何があったのかを理解することができた。
 さっきまでイザベラを鷲掴みにしていたラルカスの、左手首から先が切り落とされている。キリークが飛び込みざまに叩き斬ったのだろう。
 硬いとは言え、それを打ち破る速度と切れ味を以ってすれば、斬ることはできるのだ。
斬り難いことと、斬っても死なないことは違う。だから、硬いだけではキリークにとって苦ではない。
 地面にはバラバラになった人形の残骸も散乱していた。先程足止めに使ったスキルニルの末路だ。
 これがもし人間だったら、イザベラは卒倒していただろう。
「この身体を刃物で傷つけるとは……」
 ラルカスが無造作に左手首を拾う。何をするつもりなのかとイザベラが見ていると、切断面をくっつけて、呪文を唱え始めた。
「まさか……」
 ラルカスが唱えているのは治癒の呪文だ。あっという間に左手の指が動きを取り戻していく。
 やがて拳を握ったり開いたり……、どうやら完全に繋がったらしい。
「無茶苦茶だ」
 水のスクウェアが用いる治癒だって、腕をくっ付けることぐらいは可能だが、あんなにすぐに動かせるはずが無い。
 キリークはそれを見ながら、笑っていた。
 そう。そうこなくては面白くない。
「命令を」
「え?」
 キリークの言葉は何のことか、イザベラには解らなかった。
「オレには命令を下す主が必要だ」
“道具の本分ですな”
 ああ。そういうことか。
 イザベラは頷く。
「北花壇騎士団団長イザベラとして命じる。キリーク・ザ・ブラックハウンド。ラルカスを……、あのミノタウロスを殺しなさい」
「ククク……、了解した」
 キリークとラルカスが対峙する。
 イザベラには勝敗の予想は付かなかった。どちらも化物じみていて、予想の範疇を超えている。
 打ち合いにいくかと思われたが、キリークの持つ大鎌の切れ味を警戒したのか、ラルカスは後ろに飛んだ。飛びながら、ライトニング・クラウドを放ってくる。
 恐らくは、あの大斧こそがラルカスの杖なのだろう。
 電撃をその身に受けながら、キリークは怯まなかった。一瞬の澱みも迷いも見せずに、ラルカスを追う。
 踏み込んできた猟犬を迎え撃つのは、大斧の一撃。
 鍾乳洞の石筍を砕きながら猛烈な勢いで飛来したそれを、キリークは鎌の柄で受ける。
 鈍い音が響き渡り、斧が止まった。
 と思った時には、キリークの鎌が絡め取るような動きを見せて斧の柄に纏わりつき、イザベラが瞬きをした一瞬の内にラルカスの後頭部に鎌の刃がかかっていた。
 そのまま勢いに任せて引き切ろうとする。だが、キリークの腕が止まる。流石に腕力だけではラルカスの身体を断ち切ることはできないらしい。
「な……!?」
 だがお構い無しだ。キリークの上腕の筋肉が盛り上がり、そのまま無理やり引き千切ろうとする。ラルカスの首から、血がしぶいた。
 そんな強引なとイザベラが呆れた瞬間、ラルカスの左手がキリークの足首を掴んで、鍾乳洞の岩肌に力任せに放り投げる。
 キリークの体は何本もの石筍を叩き折り、もうもうと埃を巻き上げる。そこに向けて無数の氷の矢が叩き込まれた。
 それでもキリークは何事も無かったかのように立ち上がってきた。無傷というわけではなく、装甲の隙間から体液らしきものが流れ出ている。しかし、その動きからは一向痛みを感じているようには見えない。
 どっちも化物だ。全く馬鹿げていた。
「姫殿下。逃げた方がよろしいのでは?」
「あ、ああ。そうなんだけど……」
 地下水の言うことは最もだったが、目が離せなかった。
「きみは人間ではないらしいな。風の魔法もわたし同様、効果が薄いと見える」
「アンドロイドだ」
 ガーゴイルのようなものだ、とキリークは言う。
 驚いたことに金属の身体だ。分厚い装甲まで持っている。
 あの洞窟を明かりもつけずに飛び込んできたのを見ると、暗黒をも苦にしていないらしい。
 動きも早い。恐怖も痛みも感じていなさそうだ。それが無いから、余計に早く感じる。
 だがラルカスはそうではない。首の後ろがじくじくと痛む。化物の身体になって初めて、未知の敵というものに恐怖を感じた。
 なるほど。人の作ったものだからか。人も野獣も、およそ生き物であれば、あんな戦い方はしない。人の作ったものの方が悪鬼じみているというのは、何とも業が深い。
 いや、業が深いのは自分も同じか。死を逃れる為に人の身体を捨て、そしてまたどうせ殺してしまうならと、少女の肉体を奪おうなどと考えていた。
 貴族だという誇りだけが自分は獣ではないと、理性を繋ぎとめている鎖だったのに。何時の間に自分はそれすら忘れたのかと、ラルカスは自問した。
 大鎌を大きく後ろに振りかぶり、横に薙ぎ払うような構えを見せるキリーク。
 ラルカスもそれを受けようと斧を腰溜めに構えた。
 大技は使えない。悠長に呪文を唱え終わるのを待っていてはくれまい。動きは向こうの方が早く、接近戦の技巧も上だ。
 しかし魔法抜きでは、対等に戦えまい。どうしても打ち合いをしながら魔法を完成させる必要があった。
 キリークの一撃を受け止め、至近からエア・ハンマーを叩き込む算段だ。
 一応ダメージは与えているのだ。吹っ飛ばしてから魔法をありったけ叩き込んで、決める。
 正面からキリークが突っ込んでくる。
 大鎌を受けようと、それが振り抜かれるタイミングを伺う。
 が、その時は来なかった。キリークの狙いは大鎌の一振りではない。見誤ったラルカスが斧を振るが、迷った分だけ一瞬遅れる。
 キリークはそのまま、お互いの得物が役に立たない間合いまで踏み込んできた。
「なっ!?」
 鎌の刃の逆端――。槍の穂先のように尖った石突の先端が跳ね上がる。それは正確に、ラルカスの右目を捉えていた。
「がっ!! あああああああ!」
 右目を奪われて激昂したラルカスが、無茶苦茶に斧を振り回す。だが、そこにキリークはいない。
右目を貫いた次の瞬間には死角となった方向へと離脱し、ラルカスを中心に反時計周りの軌道で走った。
 両手で大鎌をしかと握り、両足で地面を踏みしめて大きくスタンスを開く。今度こそ。影すら留めない速度で、大鎌が振り抜かれた。
 ラルカスの胸板から、刃が生えていた。ミノタウロスの巨体が浮いて振り回される。
「ぐっ、ふっ」
 胸を引き裂かれて吹っ飛んだラルカスが転がって、口から鮮血を吐いた。


「ぐ、ふふぅぷぶ……」
 ラルカスは血の泡を吐きながら、口の端を歪ませる。笑っているらしかった。
「お前……」
 イザベラが恐る恐る近くにやってくる。
「わたしは……、笑い方さえ、忘れていた。恐怖も、痛みも、忘れていた。そんなものが、人間で、あるはずがない。
わたしが、わたしでなくなっていくのは、当たり前のことだったのかもしれない。だから、これで良かったのだ。礼を、言う」
「今更死ぬのを受け入れるぐらいなら、最初の一人目で何で……!」
 イザベラは搾り出すように言った。死ななかったんだ、とは言えなかった。
 わたしだったら、どうしていただろう。諦めるのか? やっぱり最後までもがくんじゃないのか?
 死ねば良かったなんて言えないけれど、そうしていたら沢山の子供達だって、死ななくて済んだだろうに。
 どうにも、やり切れない気分だった。
「そうだな。勇気が、無かったのだ。全く、生き汚い。言う通りだ。民を守るはずの貴族が、この有様では……」
 ラルカスが咳き込む。大量の血が混じっていた。
「最後に……、どうか名前を、教えてはくれないか」
「イザベラ」
「キリークだ」
 二人が名乗ると、ラルカスは静かに目を閉じた。
「良い名だ」
 上下していた胸板が痙攣して、その動きが不規則に、しかし小さくなっていく。
「ああ、自分が自分でなくなるというのは、イヤなものだな。実にイヤなものだ」
 血の塊を吐き出して、ラルカスの呼吸が止まる。
 それきり、彼が口を開くことは無かった。


 イザベラとキリークは、ラルカスの遺体ごと、彼の研究室を焼き払って村へと戻った。
 憂鬱だった。足取りが重い。
 アルマはついに洞窟から見付からず。もしあの犠牲者の中にいるなら何と村人に説明すればいいのか解らなかった。
 最悪の予感が当たっていたら……、彼らは自分の無能を責めるだろうか。それは仕方ない。人間なんてそんなものだ。
 暗鬱な気持ちのまま、見送りに出てきていた村人の所へ歩いていく。
「今度こそお帰りですかな」
 村長が笑顔で出迎えてくれた。その笑顔をイザベラはまともに見れない。
「……いや、実は」
 イザベラが沈黙の後に意を決して切り出そうとしたその時だ。
「おねえちゃーん!」
「は? え?」
 村の奥から、アルマが何事も無かったかのように駆け寄ってきた。
「はいこれ」
 そのアルマが無邪気に笑いながら、何かをイザベラに手渡してきた。
「お前……、これ作ってたのか?」
「うん!」
 イザベラにこれを手渡したくて、朝から姿を消していたということか。
 そんな、だったらわたしは、何の為にあんな怖い思いしてまで?
 全身からヘナヘナと力が抜けていく。
 それは花で作られた王冠だった。イザベラも子供の頃、従妹に作ってやったことがある。
 確かに勘違いしたのはわたしだけど。無駄骨じゃないか。
 いや、しかし。あいつがいたら、この子もやっぱり危なかったしな。でもなあ。
この子が村にいるって分かってたら、最初からキリークに行かせたって。助かるかどうかの瀬戸際かもって思ったから急いで洞窟に……、ああ、もういいや。
みんな無事だったんだからさ。全く、これだから子供は嫌いなんだよ。くっそ。冠ならもっと上等な奴を持ってるっての。
 イザベラは心の中で悪態をつきながら、自分の頭にそれを乗せた。
「にあってるよ」
「ありがとな」
 イザベラは少しはにかんだように笑う。
「ううん! ジジおねえちゃんをたすけてくれて、ありがとね!」
 別れは、あっさりとしていた。
 何度か振り返って手を振って、アルマや見送りに来た村人達と別れた。
「……何笑ってんだよ、地下水」
“いえ。姫殿下にお仕えしていて良かったな、と”
「ああ、そうかよ」
 イザベラは不貞腐れた。
 しばらく馬車の座席に揺られていたイザベラだったが、ふと気になって地下水に問う。
「なんで、あいつは化物になっちまったんだろうね」
 化物の身体を手に入れたから、心もそうなってしまうなんて。
 洞穴で、ずっと一人でいたからか? だとしても人間らしい感情も忘れていってしまうなんて。どうしてそんなことになってしまうのだろう。
「わたしが思うに、領分や役割って物があると思うんですよ。わたしが道具なのと同じように。
わたしは人間を操れますが、ずっと人間のふりをしていたいとは思いません。できっこないって解ってるからです」
 ラルカスはそれを踏み越えたから、化物との境界が曖昧になっていってしまったのかも知れない。そして彼は、実にミノタウロスらしい役割を果たしてしまったというわけだ。
 分かったような、分からないような、地下水流の人生哲学であった。
 領分と役割、か。
 キリークはどうなんだろう。命令を受けて人を殺すのを目的としているから……、あいつは人斬りを目的に作られたんだろうな。
 少し、地下水やキリークの見方をイザベラは改めていた。
 多分こいつらは「絶対裏切らない便利な道具」ではない。
 人と違うロジックで動いているから、人の嫌らしさを持たないのは当然だ。自分はそこに魅かれたのだろう。
 だけれど、彼らは彼らの目的を達成する為にしか動かない。その辺を履き違えると痛い目を見るかもしれない。肝に銘じておこう。
 ではシャルロットは……、父親を殺されて、王族の権利を剥奪された娘は……、どこに向かっているのだろう。
 イザベラは窓の外を流れる景色を眺めながら溜息をついた。
 自分は彼女の目的も役割も、良く知っているはずなのに。今更彼女の心の内を考えて、どうするというのか。
 決してもう、昔のように交差することはない。馴れ合う日も来やしないさ。
 帰ろう、プチ・トロワへ。
 地下水は黙って、イザベラを見ていた。
 イザベラは自覚していないが、彼女は今日、自分の役割をしかと果たしたのだ。
 今でこそ色々とややこしいことになってはいるが、元々の貴族や王族の役割なんてシンプルなものだ。決まりきっている。
 青い髪に乗せられた花の冠は、彼女が幾人かの民草を救った、確かな証だった。



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