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虚無のパズル-18


ブルドンネ街は、王都トリスタニアで一番大きな通りである。
真っすぐトリステインの宮殿まで続く白い石造りの通りには、露天や酒場が溢れ、大勢の人が行き交っている。
そんなブルドンネ街から一本入った通り、チクトンネ街の一角に、酒場『魅惑の妖精』亭があった。
一件ただの居酒屋なのだが、可愛い女の子がきわどい格好で飲み物を運んでくれることで人気のお店であった。
酒場の二階は小さな宿になっていて、その一室には、アルビオンから戻ったばかりのキュルケとタバサとギーシュ、そして眠っているルイズとティトォの姿があった。


シルフィードに乗ってアルビオンを脱出した一行は、ラ・ロシェールの町を飛び越して、そのままトリスタニアに飛んできたのだ。
シルフィードは幼生とはいえ立派なウインドドラゴンであるので、一日中飛び続けてもまだまだ元気であった。
しかし背中に乗っているタバサたちはそうもいかず、アルビオンからの長旅にすっかり疲れてしまっていた。
ティトォとルイズも眠ったままなので、一行は王宮へ報告に行く前に、宿をとって休むことにしたのである。
「なに、宿を取る?それならいいところを知ってるよ!」
そう言って『魅惑の妖精』亭を紹介したのはギーシュであった。
「いらっしゃいませ〜〜〜〜!あらあらまあまあ、これは貴族のお嬢さんがた!まあ綺麗!なんてトレビアン!店の女の子が霞んじゃうわ!」
店に入ると、背の高い、筋骨隆々の、ぴったりとした革の胴着を身に付けた男が出迎えた。『魅惑の妖精』亭店長のスカロンである。
やたらと身をくねらせるその姿は、まるでオカマであった。というか、オカマそのものであった。
タバサは無表情ながらも、若干げんなりした顔になっていた。
キュルケはというと、多少は面食らっていたが、世間慣れしているのですぐにそういう人なのだと受け入れたようだった。
「あら、お久しぶりね、貴族のおにいさん!最近来てくださらないから寂しいわ!本日はどうぞ楽しんでいってくださいましね!」
スカロンがギーシュに声をかけた。
「楽しんでいってくださいませ!」
店の女の子たちも、ギーシュに声をかけた。輝くような笑顔の女の子たちは、まるで下着姿のようなきわどいビスチェで身を包んでいる。
キュルケは、ややじとっとした目でギーシュを見る。
「あんた、こんな酒場に入り浸ってるわけ?」
「まあその。……たしなみとしまして」
ギーシュは真顔になって、優雅な仕草で言った。
「たしなみとしまして」
しかしその視線はあさっての方向を向いていた。
ギーシュはスカロンに頼んで、酒場の二階の部屋を宿として借りた。
アルビオンを脱出してからずっと眠ったままの、ルイズとティトォを寝かせる。
ティトォは頭に怪我をしていたので、タバサが『水』の魔法で治療した。
タバサは『水』の系統ではないので、あまりしっかりとした治癒の魔法は使えなかったのだが、ギーシュも宝石の精霊を使って治療を手伝った。
カルサイトとスモーキーウォークの宝石には、傷を治す精霊が宿っているのである。
二人のおかげで、ティトォの傷はすっかり消え去った。
そんなふうにして身体を休めていると、やがてルイズが目を覚ました。
「う……、ここは……」
そうだ、アルビオンから脱出して……
ルイズがむくりと身を起こした。しかし次の瞬間、
「あがごげ」
ルイズはうめいて悶絶した。身体強化の魔法で、普段使わない筋肉を酷使したので、ルイズは全身筋肉痛に襲われていたのである。
床をのたうちながら辺りを見回すと、そこは簡素な作りの部屋だった。小さなベッドが置かれ、その上にはティトォが寝かされていた。
「あら、お目覚め?」
キュルケがルイズに声をかけた。
そちらを見ると、キュルケは椅子に座って爪の手入れをしていた。すぐそばにはタバサもいて、本を読んでいた。ギーシュは机に突っ伏して、うとうといていた。
ルイズはキュルケを睨みつけた。床に寝かされていたせいで節々が痛かった。
「キュルケ!なによこれ!なんでわたしが床で、ティトォがベッドなの!使い魔とかそういう以前に、なんで女が床で男がベッドなの!ありえないでしょ!」
「ティトォは怪我をしてたのよ。あなた、傷一つないじゃない。怪我人がベッドよ」
なるほどルイズの身体には、すり傷ひとつなかった。
しかし、アルビオンでルイズは裏切り者ワルドと激しい戦いを繰り広げたのである。
風の槌で殴られ、風の刃で肌を切られ、一度など心臓まで止まった。
それらの傷は、ティトォが魔法で跡形もなく消してくれたのだ。
で、あるので、ルイズの身体は、筋肉痛を除けば健常そのものであった。
対してティトォは、頭に怪我をしていた。ルイズが逃げる時に階段に頭をぶつけたせいである。
そのことは申し訳ないと思うけど……
「……なにかしら。ものすごく納得いかないわ」
ルイズは憮然としてこぼした。
「ていうかね、なんでこんなベッドがひとつしかないようなボロ部屋取ってんのよ。もっといい宿にしなさいよ」
「しかたないじゃない。あたしたち今手持ちがないの」
「はあ?なんでよ」
ルイズが顔をしかめて尋ねる。
するとギーシュが「うおっほん!」と、わざとらしい咳払いをした。ギーシュはなんだか目をそらしていた。
ルイズは首をかしげたが、やがて痛む身体に鞭打って立ち上がった。
「あら、どこへ行くの?ルイズ」
「姫殿下にご報告にいくのよ」
「あんたって生真面目ねえ。もう少し休んでからにしなさいよ、疲れちゃったわ」
「あんたたちは来ないでいいわよ、これはわたしが請け負った任ですもの。あんたたち勝手に着いてきただけじゃない」
「いったい、どんな任務だったのよ」
ルイズはふいと目を逸らした。キュルケが自分たちを先へ行かせる為に囮になったことを思い出して、話すべきかどうか少し迷ったが、やっぱり極秘の任務のことを教えるわけにはいかないのだった。
キュルケは眉をひそめ、それからギーシュの方を向いた。
「ねえギーシュ、あなたは最初からルイズに着いていってたわよね。アンリエッタ姫殿下が、あたしたちに取り戻せと命じた手紙の内容を知ってるんでしょ?」
ギーシュは薔薇の造花をくわえて、目をつむって言った。
「そこまではぼくも知らないよ。知ってるのはルイズだけだ」
「ゼロのルイズ!なんであたしには教えてくれないの!ねえタバサ、あなたどう思う?なんだかとってもバカにされてる気がするわ!」
キュルケは、本を読んでいるタバサを揺さぶった。タバサはされるがままに、ガクガクと首を振った。
ルイズはそんなふうに騒いでいる一同を残して、ドアの方へ向かっていった。
「じゃあね、行ってくるわ。すぐ戻るから」


隣国アルビオンを制圧した『レコン・キスタ』が、次はトリステインに侵攻してくるという噂を受け、王宮の警備は厳重になっていた。
アンリエッタにも、いつもなら簡単に拝謁できるというのに、王宮の門をくぐるまでに何度も厳重なチェックを受けた。
ディテクト・マジックで『魅了』の魔法などで何者かに操られていないか、魔法で化けていないかなど厳しい検査をいくつも通り抜けて、ようやくルイズはアンリエッタに目通りを許された。
王宮の執務室で、アンリエッタはルイズを出迎えた。
「ごめんなさいね、みんな不安なのよ」
ルイズの疲れた顔を見て、アンリエッタは苦笑する。
それからルイズに駆け寄ると、その身体をひっしと抱きしめた。
「ああ、無事に帰ってきたのね。嬉しいわ、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ……」
「いだだだ!姫さま!ごめんなさい!痛い!離し痛い!」
ルイズは全身筋肉痛の身体を抱きすくめられて、悲鳴を上げた。
「あら!ごめんなさい!まあ、いやだわルイズ。ずいぶんと大変な旅だったようね……」
アンリエッタはルイズを来客用の椅子に座らせると、得意の水魔法でルイズの身体を流れる水を操り、ルイズの疲れを癒した。
姫殿下にそんな真似をさせるなんて!とルイズは恐縮したが、「いいのです。わたしのわがままで危険な目に合わせてしまったんですもの。これくらいはしないと、罰が当たるわ」というアンリエッタの言葉に素直に従った。
治療を受けながら、ルイズはアンリエッタに事の次第を説明した。
道中、キュルケたちが合流したこと。
アルビオンへと向かう道中、空賊に扮したウェールズと会ったこと。
ウェールズ皇太子に亡命をすすめたが、断られたこと。
そして……、ワルドと結婚式を挙げるために、脱出艇に乗らなかったこと。
結婚式の最中、ワルドが豹変し……、ウェールズに襲いかかり、ルイズが預かった手紙を奪い取ろうとしたこと……。
「あの子爵が裏切り者だったなんて……。まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……」
アンリエッタは青い顔で話を聞いていた。ルイズはポケットから手紙を取り出すと、恭しく差し出した。
「しかし、このように手紙は守り通しました。ワルドを退け、皇太子の御身も守り抜きました。『レコン・キスタ』の野望……、ハルケギニアを統一し、エルフから『聖地』を取り戻すという、大それた野望はつまずいたのです」
無事、トリステインの命綱であるゲルマニアとの同盟は守られたのだ。
しかし、命を救われたウェールズが、最後まで父王に殉じたのだと聞くと、アンリエッタは悲嘆にくれた。
「あの方は、わたしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら。ねえ、ルイズ」
ルイズは頷いて、短く肯定した。
「ならば、ウェールズ様はわたくしを愛してはおられなかったのね」
アンリエッタは、寂しげに首を振った。
「ではやはり……、皇太子に亡命をお勧めになったのですね」
ウェールズは頑に「アンリエッタはわたしに亡命を薦めてなどいない」と否定していたが、やはりあれは嘘だったのだ。
「ええ。死んでほしくなかったんですもの。愛していたのよ、わたくし」
アンリエッタは水の魔法の治療を終えると、呆けた様子で椅子に座り込んだ。
「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら。みっともなく落ち延びるより、誇り高い死を望んだのかしら。ねえ、ルイズ」
「わかりませんわ」
ルイズは別れ際の、ウェールズの言葉を思い出していた。「アンリエッタに伝えてくれないか。ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと」そう笑顔で言った王子様のことを、思い出していた。
「わたしには、殿方の理屈はわかりませんわ」
ルイズは目を伏せて言った。
しばらくの間、沈黙が部屋を包んだが、やがてアンリエッタがルイズに声をかけた。
「……ごめんなさいね、困らせてしまって。どうかそんな顔をするのはやめてちょうだい、ルイズ。あなたは立派にお役目通り、手紙を取り戻してきてくれたのです。誇りに思ってほしいわ」
「でも……、わたしがもっと強く、皇太子を説得していれば……」
「わたくしは亡命を薦めてほしいなんて、あなたに言ったわけではないのです。あなたが気にすることなんてないのよ」
それからアンリエッタは、にっこりと笑った。
「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。我が国はゲルマニアと無事同盟を結ぶことができるでしょう。そうすれば、簡単にアルビオンも攻めてくるわけにはいきません。危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」
アンリエッタは努めて明るい声で言った。
ルイズはポケットから、アンリエッタにもらった水のルビーを取り出した。
「姫さま、これ、お返しします」
アンリエッタは首を振った。
「それはあなたが持ってなさいな。せめてものお礼です」
「こんな高価なもの、いただけませんわ」
「いいから取っておきなさいな。今回の任は密命ゆえ、表立って褒章を与えるわけにいきません。そんなものくらいしか授けられるものがないのよ、どうか許してちょうだい」
「そんなもの」とは言っても、売れば立派な庭付きの家が買えるであろう宝石だ。ルイズは恐縮し、受け取った。
それから、ウェールズから預けられた指輪のことを思い出し、反対のポケットからそれを取り出した。
「姫さま。これ、ウェールズ様から預かったものです」
アンリエッタは、その指輪を受け取ると、目を大きく見開いた。
「これは、風のルビーではありませんか」
「はい。別れ際、姫さまに渡してほしいと託されたものです」
「そうですか……」
アンリエッタは愛しそうに、そして少し寂しそうに、その指輪を撫でた。
アンリエッタがルビーを左手に通し、呪文を呟くと、リングの部分がすぼまって、アンリエッタの薬指にぴったりになった。
「ありがとうね、ルイズ。ウェールズ様の形見をわたくしに届けてくれて。これがあれば、わたしもう何も怖くはないわ」
アンリエッタは微笑んで言った。
「あの人は勇敢なる死を選んだけれど……、わたしは生きるわ。困難があっても、きっと勇敢に生きてみせる。わたしは女ですもの、生き急ぐ殿方の理屈はわかりません。でもそうすれば、ウェールズ様の魂に、わたしなりに近付くことができると思うの」


ルイズが『魅惑の妖精』亭に戻ると、ティトォが目を覚ましていた。
疲れていたキュルケたちも、ティトォの魔法ですっかり回復していたので、一行はそのままシルフィードに乗って魔法学院へと飛んだ。
「それにしてもすごいね、きみの魔法は」
ギーシュが肩をぐるぐる回しながら言った。長旅の疲れがすっかり抜けていた。
「ほんとに。こんなに便利だと、なにか副作用があるんじゃないかって疑っちゃうわ」
キュルケも感心したように呟く。
「副作用かあ、そういえば、そんな感じのものもちょっとだけあるなあ」
「ええ!こ、怖がらせないでくれよ!一体どんな副作用があるって言うんだい?」
「あはは。心配しなくても、命に関わるものじゃないよ。ほんのちょっとした……」
「んもう!じらすのがお上手なのね、ダーリンてば!ねえ、いい加減教えてくださらない?あなたたちが取り戻した手紙のこと」
ギーシュとティトォの間に、キュルケが割り込んできた。
手紙の内容に関して、ルイズがだんまりを決め込んでいるので、キュルケは今度はティトォに標的を変えたようだった。
ティトォがなにか言うより先に、ルイズがティトォの襟首を引っ掴んで引き寄せた。
ルイズはキュルケをじろりと見て「ご・く・ひ・に・ん・む・よ!」と一言ずつ区切って言った。
つまんないつまんなーい、と騒ぐキュルケを放って、ルイズはティトォを睨みつけた。
「そんなに睨まないでも、しゃべったりしないってば」
ティトォがルイズに気圧されて言った。
「違うわよ。睨んでないわよ。……睨んでた?」
「うん」
「そんなつもりじゃないのよ、ただね、あんたに言っておきたいことがあって」
そう言ってルイズはティトォを睨みつけた。本人は睨んでるつもりはないのだが、慣れないことを言うつもりなので、ついこんな顔になってしまうのだった。
「……その、ごめんね。あんたの頭のこと」
ルイズはもごもごと謝った。
ティトォは、何のことだろう?ときょとんとしたが、すぐにルイズが自分の頭を階段にさんざんぶつけたことを言っているのだと気が付いた。
「気にしてないよ」
ティトォはにっこり笑って言った。
ルイズはそんなティトォの顔を見て、言葉を続けた。
「ねえ、あんた。どうしてわたしを助けてくれたの?」
ルイズは、結婚式の前の日の夜、ティトォと喧嘩をしたことを思い出していた。
「ワルドに襲われたとき……、どうしてわたしを助けてくれたの?わたし、あんたにひどいこと言ったじゃない。でも助けにきてくれた。どうして?」
「どうしてって、あれはぼくも悪かったし。それに……」
ティトォは頬を掻いて、少し照れくさそうに言った。
「ルイズは友達だと思うから」
ルイズは目をぱちくりさせた。
「友達?」
「うん。アクアもあんな風だけど、結構きみのこと気に入ってるんだよ」
ルイズは急に照れくさくなって、頬を染めてそっぽを向いた。
「はん!ととと、友達ですって?貴族相手に気安いったらないわ!そうよね、考えてみれば、あんた使い魔だもの。主人を助けるなんて当たり前なのよ。それを友達だからなんて、もう、ほんとに。ふんとに」
ルイズはぶつぶつと文句を言ったが、本気で嫌がっているようすではなかった。
ティトォに『友達』と言われたとき、ルイズはなんだか胸があったかくなった。
考えてみれば、ルイズは友達が少なかった。『ゼロのルイズ』と馬鹿にされ、そのたびツンケンと周りに噛み付いていたルイズの周りには、あまり人が集まらないのだった。
鋭い洞察力を持つわりに、人の心の機微にはわりと疎かったりするティトォだが、ルイズの態度は非常にわかりやすかったので、その文句が本心でないことは簡単にわかった。
「はいはい、ご主人様」
ティトォは笑って、ルイズの頭をぽんぽんと撫でた。
「そういうのが気安いって言ってんのよお〜〜!」
むきー!とルイズが食ってかかる。
そんな二人の様子を見て、キュルケは「なんだかあの二人、兄妹みたいねえ」と言った。
タバサはいつも通り、興味なさそうに本を読んでいた。
そしてギーシュはというと、言い合っている二人に近付くと、ルイズに声をかけた。
「ルイズ。その、なんだ。聞きたいことがあるんだが……」
「あによ」
ギーシュは薔薇の造花をいじりながらルイズに尋ねた。
「姫殿下は、その、ぼくのことをなにか噂しなかったかね?頼もしいとか、やるではないですかとか、追って恩賞の沙汰があるとか、その、密会の約束をしたためた手紙をきみに預けたとか……」
ルイズはちょっとだけギーシュが気の毒になった。アンリエッタはギーシュの『ギ』の字も話題に上らせなかったからだ。
「その、なにか噂しなかったかね?」
突然突風が吹いて、シルフィードは身体を揺らした。
とと、とギーシュがバランスを崩したのを見逃さず、ルイズはそっとギーシュの身体を押した。
ギーシュは風竜の身体から落っこちて、ぎぃやぁああああああ、と絶叫した。途中でギーシュは杖を振り、『レビテーション』で浮かぶことができたので、危うく命を落とすことは免れた。
「ひどくない?」
ティトォが突っ込んだ。
「いいのよ、ギーシュだし。半日も歩けば学院に付くでしょ」


ニューカッスルの王城は、惨状を呈していた。城壁は度重なる砲撃と魔法攻撃で、瓦礫の山となり、無惨に焼けこげた死体が転がっている。
攻城に要した時間はわずかであったが、反乱軍……、いや、新政府『レコン・キスタ」の損害は想像の範疇を超えていた。
三百の王軍に対して、損害は三千。怪我人を会わせれば五千。
戦死者の数だけ見れば、どっちが勝ったかわからないくらいであった。
浮遊大陸の突端に位置した城は、一方向からしか攻めることができない。密集して押し寄せたレコン・キスタの大軍は、魔法と大砲の斉射を何度もくらい、大損害を受けたのである。
どうしようもない戦力差であるにもかかわらず、王軍の士気は高かった。ウェールズ皇太子が自ら先陣切って、王軍を導いたことが大きい。
対してレコン・キスタの士気は低かった。人間、勝ちの見えている戦となると、死にものぐるいで戦うよりも、生き伸びることを優先して考えてしまうものである。
しかし、所詮は多勢に無勢。一旦城壁の内側に侵入されると、王軍はもろかった。
なにせ王軍のほとんどはメイジであり、詠唱の時間を稼ぐ護衛の兵を持たなかったのである。
王軍のメイジたちは、群がるアリのような名もなき『レコン・キスタ』の兵士たちに一人、また一人と打ち取られ、散っていった。
敵に与えた損害は大きかったが……、その代償として、王軍は全滅した。文字通りの全滅であった。最後の一兵に至るまで、王軍は戦い、斃れた。
かくして、アルビオン革命戦争の最終決戦、ニューカッスルの攻城戦は、百倍以上の敵軍に対して、自軍の十倍以上の損害を与えた戦いとして、伝説となったのであった。


戦が終わった二日後、ニューカッスルの城。死体と瓦礫が散らばる中、死体から金目のものを奪い取る金貨探しの一団に混じって、戦跡を検分する長身の貴族がいた。
それは誰あろう、ワルドであった。水の治癒魔法で、全身に負ったひどい火傷の跡はほとんどが消されていたが、完全に治すことは難しく、今でも肌がちりちりと痛んだ。
「随分と手ひどくやられたみたいだね」
彼の隣に経つ女のメイジが、そういって薄く笑った。ワルドと合流した、土くれのフーケであった。
「言ったろ?あの小僧を甘く見るなってさ。なにしろあいつは、不思議な魔法を使う。攻撃力はないけど、あの魔法にわたしのゴーレムは倒されたんだ」
「ふん……、さすがは『ミョズニトニルン』と言ったところか」
ワルドは感情を抑えた声で嘯いた。
歩いていくと、ワルドの爪先が転がる死体を蹴飛ばした。足下を見ると、それは右半身が焼けこげたウェールズの死体であった。右の腕と足は完全に炭化していて、ワルドが蹴飛ばしたときの衝撃で、ばさりと崩れた。
フーケはその凄惨な死体に、思わず目を背けた。
「どうした?土くれよ。アルビオンの王家は貴様の仇だろうが。王家の名の下に、貴様の家名は辱められたのではなかったか?」
「そうね。そうなんだけどね」
フーケは冷たい声で言った。
「王様……、王子様って言っても、死ぬ時はあっけないもんだね」
やがて二人は、城の隠し階段を下り、ニューカッスルの秘密の港を発見した。その地面に開けられた大穴を見て、ワルドは思わず舌打ちをした。
戦跡にルイズとその使い魔の少年の死体はなかった。つまり、この穴を掘って、二人は逃げ仰せたのだろう。
ワルドの顔が怒りに歪む。ルイズを手に入れることと、ウェールズの命を奪う……ウェールズをあのとき確実に始末できていれば、レコン・キスタの損害がここまで大きくなることもなかったろう……こと。
この二つの目的を果たせなかった今、せめてルイズの死体からアンリエッタの手紙を奪おうと、戦跡検分に来たと言うのに……。
遠くから、そんなワルドに声がかけられた。
「子爵!ワルド君!件の手紙は見つかったかね?その、なんだ。アンリエッタがウェールズにしたためたと言うラヴレターは……、ゲルマニアとトリステインの婚姻を阻む救世主は見つかったかね?」
そういってやってきた男は、歳のころ三十代の半ば。高い鷲鼻を持ち、丸い球帽を被った、一見聖職者のように見える男。帽子の裾から、カールした金髪が覗いている。
「閣下。どうやら手紙は、穴からすり抜けたようです。私のミスです、申し訳ありません。何なりと罰をお与え下さい」
ワルドは跪き、頭を垂れた。
「なに!そうか……」
閣下と呼ばれた男は、あからさまに失望した表情を浮かべたが、すぐに人なつっこそうな笑みを浮かべて、ワルドの肩をぽんと叩いた。
「顔を上げたまえ、子爵。きみはこれまで、目覚ましい働きをしてくれたのだ。手紙の件は残念ではあるが、なに、きみのような優秀なメイジを、たった一度の失敗で罰することなどできはしないよ」
ワルドはかしこまった態度を見せ、謝罪を繰り返した。
「なに、同盟は結ばれてもかまわん。どのみちトリステインは裸だ。余の計画に変更はない」
ワルドは立ち上がり、会釈した。フーケはそんなワルドに身を寄せ、小声で尋ねた。
「ワルド、この人……、いえ、この方は」
「紹介していなかったな」
ワルドが恭しい態度で、球帽の男を指し示した。
「貴族議会の投票により、『レコン・キスタ』総司令官に着任された、オリヴァー・クロムウェル総司令……、つまりは、アルビオン新皇帝その人だ」


トリスタニアから学院に戻った次の日は、虚無の曜日であった。
ティトォはうきうきと図書館に向かっていった。久々に魔法学院の蔵書を堪能できるのが嬉しいのだろう。その足取りは今にもスキップしそうなくらい、浮かれていた。
ルイズは相変わらず好き勝手な使い魔にため息をついたが、アルビオンへの旅ではずいぶんとティトォに助けられたので、大目に見ることにした。
ルイズはというと、久々に厨房に顔を出すことにした。今度こそおいしいクックベリーパイを作りたかったし、それになんだか、シエスタの顔を見たかったのだ。
ルイズはトリスタニアからの帰り道、ティトォに言われた言葉を思い出していた。
「ルイズは友達だと思うから」
友達。
わたし、シエスタのことを友達だと思ってるのかしら。
シエスタはわたしによくしてくれるし、わたしの趣味のお菓子作りに付き合ってもくれる。おしゃべりの相手にもなってくれるわ。
でもでも、それはシエスタが使用人だから。メイドだから、わたしに従ってるのよね。
平民と貴族の友情なんて、おかしいことよね。
そう、恩義。わたしが感じているのは、わたしによくしてくれる、つまりシエスタの忠誠に対する、恩義なのよ。
忠誠には報いるところが必要だものね。
そんなふうに、誰にともなくルイズは言い訳した。
厨房に行くと、シエスタは快くルイズを迎えた。
それから二人は、パイ作りを始めた。ルイズはパイを作るのはまだ二度目だが、その前にクッキーやスコーンを何度か作っていたので、慣れた手つきだった。
数刻後、見事なクックベリーパイが焼き上がると、二人はお茶会を開いた。
切り分けられたパイを、パイくずが散らからないように、気をつけてかじる。パイ皮の、さっくりとした歯触りが心地良い。
前回は失敗しちゃったけど、今回は大成功ね。ルイズは満足げに、紅茶をすすった。
ふとシエスタを見ると、シエスタは真顔になって、手にした自分の分のクックベリーパイを見つめていた。
「……パイ皮はパリパリとして香ばしく、ふわっと軽い食感……、甘さもバターも控えめ、だからこそクックベリーの自然なおいしさが生きてくる。素朴でいて、なんて奥ゆかしい味わい……!」
シエスタの肩は、小さく震えていた。尋常ではないシエスタの様子に、「どうしたの?」とルイズが声をかけようとすると、シエスタが熱っぽい目でルイズを見つめてきた。
「……素晴らしいです、ミス・ヴァリエール。たったの二回で、ここまで素晴らしいパイを作り上げてしまうとは……」
「そ、そう?ありがと」
「このまま上達を続ければ、料理長のマルトーさんにも匹敵する職人に……、いえ、すでにマルトーさんを超えているやも知れません。ミス・ヴァリエール。あなたは天才、まさに天才です!」
誉められるのは悪い気分ではなかったが、シエスタの態度はいくらなんでも大げさに見えた。
ひょっとしておべっか使われてるのかしら?と疑念が浮かんだが、シエスタの顔は真剣そのものであった。
「ああ、許されるならずっとここに残って、厨房を支えてほしい……、いえ!むしろわたしの故郷にいらして!わたしの嫁になっていただきたいわ!」
「ちょ、ちょっとシエスタ。落ち着きなさい」
シエスタのあまりの剣幕に、ルイズは後じさった。そんなルイズを見て、シエスタは我に返る。
「……すみません、取り乱しました。不敬をお許しになって……」
しゅんとシエスタは肩をすくめた。いいわよ別に、とルイズが言うと、シエスタは嬉しそうにぺこりと頭を下げた。
「しかし、ミス・ヴァリエール」
シエスタは、また真顔になって言った。
「どんなパイの職人でも、越えられない壁があるのをご存知ですか?どんな天才でも、達することのできない域があることを」
シエスタの真剣な様子に、ルイズは思わずごくりと唾を飲んだ。
「越えられない壁?それは一体……」
「それは……」
シエスタは一拍置いて、厳かにその言葉を口にした。
「パイ神様です」
「パイ神様!?」
「そう……、パイ職人に突然降りてくる神のことです。神が降りてきた時に作られたパイは、すべてを超えた究極の芸術品!パイを超えたパイ、『スーパーパイ』です」
「スーパーパイ……」
「かく言うわたしにも、パイ神が降りてきたことがあります。そのとき作ったパイをわたしはまた作ろうとしました。しかし、無理でした」
シエスタは遠い目をして言った。
「気まぐれな神です。いつ降りてくるかもわからない。しかし、心の底からパイを愛し、パイ神に認められた者ならば、その力を手に入れることができるはずです」
す、とシエスタはルイズの手を握った。
「ミス・ヴァリエール。あなたならできるはずです。パイ神の力を自分の物とすることが……!」
どこまでも真剣なシエスタの瞳に見つめられ、ルイズは高揚にどくんと胸が高鳴るのを感じた。
「……わかったわ。できるかどうかわからないけど……、いえ、必ずできるわ!やってやる!」
「そうですか!パイ神を目指しますか!」
きゃあきゃあと嬉しそうにシエスタは跳ねた。
「ええ!もちろんよ!」
「まあ、まあ!それでは……」
シエスタはどこからか、羊皮紙に印字されたパンフレットを取り出した。
「このパイ神教に入会しましょう!」
「ええ!」
「月に一回この会報が発行されます!年に二回はパイの祭壇にて集会も開かれます!」
「ええ!」
「入会金は40エキュー!年会費は200エキューです!」
「ええ!」
「入信者にはもれなくパイ神ピンバッヂが付いてきます!」
「ええ!」
残念ながら、彼女たちを止めてくれるツッコミ役は、この場にはいなかった。


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