あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

超力ガーヂアン-03b


「はぁ、はぁ、はぁっ……」

 息を切らせながら石段を駆け上がる。
 眼下に広がるのは、ラ・ロシェールの町並み、その夜景である。
 渓谷の底に、誘蛾灯の様な淡い光が幾つも煌き、ゆっくりと眺めて記憶に留めておきたい景色だ。
 しかし、今はそんな時ではない。今は先を急ぐのが先決だ。

「急ぐんだ、ルイズ!」

 前からワルドが急かす。その声で気を引き締め、より一層足に力をこめて走る。
 やがて、石段を抜けると、ひらけた丘の上に出た。
 丘には、巨大な、それこそ山の様な大きさの巨木が根を下ろしている。
 見上げると、巨木の枝葉は四方八方に伸び、天蓋のように空を覆っている。そして、太い枝には、フネが果実のようにぶら下がっているのが見えた。
 アルビオンとは、空に浮遊する大陸だ。何故、浮遊しているのかは正確には判明していない。一説には、大陸の中心に巨大な風石が在るのだという。
 風石とは、風の力が結晶化したものだと言われている。
 これを用いることによって、巨大なモノ、例えばフネなんかを飛ばすことが出来る。つまり、枝からぶら下がっているのは、そういった類のフネだ。
 私達は、空飛ぶフネに乗ってアルビオンを目指すのである。
 予定では、朝に出発する予定であったが、急遽、それは前倒しになった。何故なら、宿が襲撃されたである。
 おそらく、貴族派が何処からか嗅ぎつけてきて、傭兵を差し向けてきたのだろう。
 襲撃を察知したワルドの指示は早かった。
 アルビオンに赴くのを第一として、私とワルド、そしてモー・ショボーで先を急ぎ、残る3人を迎撃兼足止めとして残したのだ。
 傭兵の集団といえど、メイジ3人を相手にしてただで済むわけがない。
 それに、キュルケとタバサはトライアングルだ。気を揉む必要すらないだろう。
 ギーシュは…… まあ、大丈夫でしょ。たぶん、きっと、おそらくは、万が一がある事を期待しよう。

「ココまで来れば、あともうひと踏ん張りだ。まだ走れるかい?」
「ええ、まだ大丈夫よ」
「ねえ、人間。この木、なんの木? なんだか、すっごくきになる!」
「世界樹の枯れ木よ。これ以上は後でね」

 腕を引っ張ってくるモー・ショボーには悪いが、詳しく説明している暇はない。
 簡素な説明にとどめ、樹の根元に駆け寄る。根元に穿たれた穴から内部に入ることが出来るのだ。
 枯れた世界樹は中空になっており、見上げると、壁沿いに螺旋を描く階段が上へと続いている。
 この枯れた大樹は、空飛ぶフネを係留させておく桟橋の役割を果たしているのだ。
 先頭を走るワルドの背中を追って、階段を駆け上がっていく。
 長い長い階段も半ばまで来ただろうか、息を切らせる私の耳に背後からの足音が届いた。
 ワルドは前にいるし、モー・ショボーは浮いているので足音を出すはずがない。
 咄嗟に振り返ると、白い仮面の男の姿が目に映った。白い仮面は、嘲笑の表情を見せている。
 こんなに近づかれるまで気がつかなかったとは、相手はかなりの手練だ。
 そう驚く時間しか私には与えられず、あっという間に担ぎ上げられてしまった。

「きゃあ!」

 視界が巡るましく移り変わり、浮遊感に翻弄される。
 男は軽業師のように跳躍して、ワルドの前に降り立ったようだ。
 さしものワルドも、突然の事態に眼を剥いて驚いている。しかしそれも束の間、すぐさま気を取り直すと、腰に下げた杖をいつでも抜けるようにして構える。
 それを受けて、仮面の男も油断なく構え、両者は一触即発の膠着状態に陥った
 しかし、そんな緊迫感を無視して行動する者が1人。

「アタシのトモダチになにするのよっ!」

 ワルドの背中を抜けて、モー・ショボーが突進してくる。
 しかし、それは無謀だ。仮面の男は既にルーンを唱え切ろうとしている。
 警告しようとするが、時間は待ってはくれない。
 無情にも、仮面の男はルーンを完成させ、強力な電撃を解き放った。『ライトニング・クラウド』 雷撃を放つ風の上級スペルである。
 恐るべき雷は、刹那の瞬間だけ網膜にその軌跡を残し、モー・ショボーに直撃した。
 思わず眼をそむける。それは、モー・ショボーの死ぬ瞬間を見たくなかったのか、それとも自分の所為だという事実から目を逸らしたかったのか……

「これでもくらっちゃえっ!」
「えっ?」

 もう聞く筈がない声が聞こえ、視線を戻す。
 すると、モー・ショボーは眼前に迫ってきていた。傷一つない。
 モー・ショボーは憤慨した様子で翼を激しくはためかし、仮面の男をしたたかに打ちすえた。私ごと。
 思いの外に強烈な打撃を受けて仮面の男はよろめき、階段の手摺の向こう側に追いやられる。私ごと。
 大樹の中は吹き抜けになっており、手摺の向こう側には何もない。
 当然、足場など無い場所に放り出された仮面の男は、自然の法則に従って落下を始める。私ごと。
 視界の端にワルドが杖を振るのが見えるが、おそらく、僅差で間に合わないだろう。
 不自然なまでにゆっくりと流れる現実を前に、不思議と私の心に焦りはなかった。それは、避け得ぬ死を前にした諦めか、それとも……
 そこまで考えた所で、落下は上昇に転じた。
 背中から体重を支えているのは、誰でもない私の使い魔。見なくたって分かる。私を支えてくれるのは、この子だけだ。
 下を見ると、どんどん小さくなっていく仮面の男が見えた。しかしそれも、闇にまぎれて見えなくなり、宙ぶらりんになった私の両足だけが見える。
 私は助かったことを喜ぶ前に、どうしても不思議で仕方ないことを訊ねた。

「ねえ、大丈夫なの?」
「あんなのゼンセンきいてないよ!」

 どういう理屈か知らないけれど、怪我はないらしい。それどころか、元気になっているとさえ感じる。
 階段に戻ってワルドと一言二言交わした後、船着き場を目指して再び階段を駆け上がり始めた。



 ◆◇◆



「よくここまで足労してくれた。礼を言おう、使者殿。
 さて、コレが姫からの手紙だ。受け取るがよい」
「……はい、確かに」

 小さな宝箱から取り出された手紙を受け取り、頭を深々と下げる。これで、当初の目的は達成した。
 場所はアルビオン大陸のニューカッスル城の一室、プリンス・ウェールズの居室だ。ワルドとモー・ショボーは控室で待機している。
 フネを徴発してからどうしたかというと、話せば長くなるので簡潔に説明しよう。
 ウェールズ皇太子が空賊をしていました。身分証明に『水のルビー』が一役買いました。以上。
 つまり、紆余曲折を経て今に至るというわけだ。

「明日の朝、マリー・ガラント号が非戦闘員を乗せて秘密の港から脱出する。
 それに同乗して、トリステインに帰るといい」

 マリー・ガラント号、それは、ラ・ロシェールで徴発した輸送船のことだ。
 そこに積んであった硫黄を狙い、ウェールズ殿下は空賊に身をやつしたのであった。その時、互いが出会えたことは、まさに幸運としか言いようがない。
 現在、ニューカッスル城はレコン・キスタに包囲されているので、正規の港は使用できない。しかし、城の地下、つまり、大陸の裏側にある巨大な縦穴に秘密の港がある。
 そこを使えば、ニューカッスル城に出入りは可能である。事実、私達が城に入る時は気づかれなかった。よっぽど下手を打たない限り、見つかりはしないだろう。
 けれど、ひとつ気になる事がある。
 それを訊いていいものか迷うけれど、結局は、躊躇いがちに訊ねる。
 それに、ここで訊いておかないと、きっと後悔するだろう。そうなれば、姫殿下に合わせる顔がない。

「あの……殿下は……
 殿下は、どうなされるおつもりなのですか?」
「私は最後まで戦うつもりだ」

 殿下はキッパリとした即答した。

「王党派に勝ち目は?」
「万が一にもないだろう。
 向こうは5万、こちらは300だ。勝ち目などあるわけがない」

 どこか諦念を感じさせる瞳で殿下は窓の外を見やる。
 窓の遥か先には、空から頭を押さえつけるような威圧感を発するレコン・キスタの軍勢が存在していた。
 それを見据えたまま淡々と続ける。

「明日の昼、奴らは総攻撃を仕掛けてくるそうだ。その時がアルビオン王家の最期になるだろう。
 だが、逃げつもりもないし、投降などあり得ない。
 ならば、せいぜい勇壮な死に様を奴らに見せつけてやるつもりだ」

 窓の外を見つめる殿下の背中には、脅えなど微塵もない。ただ強い意志があるのみ。
 それは、強がりでもやせ我慢でもない、何人たりとも揺るがすことの出来ない巌の意志であろう。
 しかし、私は問うのを止めない。止められるはずがない。何が何でも引き留めなければ……
 殿下は、きっと、姫殿下の思い人なのだから。
 嬉しげに手紙に接吻をする殿下。姫殿下が結婚すると知り、少し寂しげな様子の殿下。それらの光景を思い出す。

「ですが……
 ですが、姫殿下は貴方の無事を望んでいる筈です!」
「……もう君は気付いているようだが、私とアンリエッタの仲について話そう。
 君の思っている通り、私たち2人は恋仲だった」
「すると、この手紙は……」
「そう、恋文だ。
 彼女はこの手紙で永遠の愛を誓ってしまっている。
 もし、これがレコン・キスタの手に渡り、内容がゲルマニアに知れたならば、彼女の婚約は白紙に戻されてしまうだろう。
 そうなれば同盟も成らず、トリステインは独力でレコン・キスタに立ち向かわなくてはいけなくなる。
 だからこそ、王女は回収を君に命じたのだ」

 レコン・キスタに、トリステイン一国で立ち向かうのは容易ではないと判断した上での同盟なのだろう。
 それぐらいは私にだって分かる。悔しいが、ゲルマニアとの同盟は必要だ。
 しかし…… しかし、どうしても殿下を死なせてはいけない。
 理由や理屈などではなく、アンリエッタの友達としてウェールズ殿下を引き留めなければいけないのだ。

「……亡命を、亡命をなさいませ!
 お願いです。トリステインに亡命しなさって下さい!
 きっと、姫殿下もそれを望まれている筈です!」
「……君から受け取った手紙には、そんな事は書かれてはいないよ。
 彼女は王女だ。個人と国とを天秤に掛けたりはしない。僕の名誉に誓ってそう断言しよう。
 これでも君は、アンリエッタが僕に亡命を勧めたと言うかい?」
「そ、それは……」

 きっと、姫殿下は亡命を勧めたはずだ。けれど、それを口に出すことは出来ない。
 なぜなら、殿下は姫殿下を庇っていらっしゃる。一国の王女とあろうものが、情に流されて国よりも個を優先するはずがない、と。
 それを無視して進言するわけにはいかない。
 やるせない思いだけが心に渦巻き、ガックリと項垂れる。

「それに、態々トリステインへ攻め入る口実を与えるわけにもいかない。
 これがアンリエッタの、いや、トリステインのために出来る唯一の事なのだ。どうか分かってほしい」
「…………」
「君が気に病む必要はない。こうなるのが運命だったのだ。
 アンリエッタには、ウェールズは最後まで勇敢に戦ったと伝えてくれ。それ以上は望まない」

 俯いて頭を振る私の肩を軽く叩き、穏やかに微笑む。
 白い歯を覗かせて笑う殿下は魅力的だ。きっと、姫殿下はこの笑顔に心惹かれたのだろう。
 しかし、姫殿下がこの笑顔を見るのはもう叶わない。それだけが口惜しい。
 私は無力だ。親友とまで言ってくれた姫殿下に、何もしてあげられない。

「君は優しい女の子だね。ラ・ヴァリエール嬢。
 アンリエッタの事を思っての行動だったのだろうが、それに応えるわけにはいかないのだよ。許しておくれ。
 ……さあ、そろそろパーティーの準備も出来ただろう。
 君たちは、我らが王国が迎える最後の賓客だ。是非とも参加してほしい」

 殿下の声は明るいが、私はそういう気にはなれなかった。だって、最後の晩餐なのだから。
 しかし、辞退するわけにもいかない。
 私に出来るのは、彼等の姿をこの目に焼き付けておくことだけなのだろうか?



 ◆◇◆



 眠れぬ夜が明け、とうとうこの日がやってきてしまった。おそらく、アルビオン王家最後の日だ。
 昨日の晩餐会の様子を思い起こす。彼等は、死ぬと分かっていながら底抜けに明るく振る舞っていた。
 死の恐怖を振り払い、団結を再確認して勇気を奮い起すためなのだろう。理屈では分かっている。
 しかし、私はその光景をただ只管に物悲しく思い、とてもではないが見ていられなかった。モー・ショボーのように、彼等の輪に入って騒ぐのは、私には無理だ。
 会場を飛び出し、城内を彷徨う。1人になれる場所を探していたのかもしれない。
 しかし、1人になっても、心はどんどん曇っていき、とうとう感情の堰は決壊してしまった。私には、何も分からない。何を信じていいのかすら分からなかった。
 そんな時、ワルドと出会い、彼の申し出を受けてしまったのだ。
 そうして、今この場所に立っている。後悔はない、と言えば嘘になるだろう。けれど、今更、反故には出来ない。
 今日この場で、私はワルドと結婚するのだ。

「では、式を始める」

 媒酌人を務めるのは、ウェールズ殿下だ。
 場所は、ニューカッスル城内にある礼拝堂。
 そこにいるのは、新郎新婦である私とワルド、媒酌人を務めるウェールズ殿下、そして、参列者としてモー・ショボーが1人いるだけだ。
 他の人々は、決戦に向けての準備に追われ、ここには居ない。
 この式も略式で行われ、その後、速やかに城を離れる予定だ。
 既に、非戦闘員を乗せたフネはラ・ロシェールを目指して出航してしまっているが、滑空するだけならばグリフォンでも事足りるのだそうだ。

「新郎、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
 汝、始祖ブリミルの名において、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 殿下が朗々と、宣誓の問いかけを読み上げる。
 ワルドはそれに重々しく頷くと、杖を握った左手を胸の前に置き、軽く目を瞑った。

「誓います」

 簡潔に、そして神妙な声が静かな聖堂に響く。
 殿下はそれを聞き届けると軽く頷き、今度は私に先程と同じ文句で問いかけてくる。

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵家三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 汝、始祖ブリミルの名において……」

 私は何処か空虚な面持ちでそれを聞いていた。耳には届いているのだが、それが自分に向いている事とはどうしても実感できない。
 純白のドレスに身を包み、こうして隣にワルドがいようとも、私には現実感というものが湧いてこなかった。
 全てが夢の中の出来事か、空想の産物とさえ思えてくる。

「新婦?」

 ハッとなって顔を上げると、訝しげな表情の殿下が視界に映った。
 何か弁明すべきなのだろうが、何も言葉が出てこない。酸欠にあえぐ金魚のように、ただ口をパクパクさせる事しか出来なかった。

「ルイズ、緊張しているのかい? ほら、深呼吸をして」

 言われるがままに深呼吸を繰り返す。
 肺の中の空気が入れ替わる毎に、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
 そして、漸く自分が結婚式の主役だという現実が受け止められたように思う。

「落ち着いたかい? なら式を進めようか。
 なに、迷う事はない、君は一言『誓う』と言うだけでいいんだ。何も難しいことはない。
 そうだろう? だって、君と僕とは婚約者なんだ。結婚するのが当たり前なんだから、ね」

 結婚するのが当たり前…… その言葉を反芻する。
 ワルドとの婚約は、互いの父親が取り決めた事柄だ。
 幼い頃は、それがどういう事かを理解していなかったが、憧れの人と一緒にいられるのが何よりも嬉しかった。
 今でもワルドは憧れの人だ。いずれ、彼と結婚するのだと、漠然と思っていた。彼以外と結婚するなどと考えたことすらない。
 ワルドと結婚するのが当たり前で、迷う事などない筈だ。なのに、どうして心は曇ったままなのだろう?

「よろしいかな?
 これは所詮、儀式であって、当人たちの心が一番の問題であるけれど、儀礼にはそれだけで意味がある。
 では、繰り返そう。
 汝……」
「ねえねえ、人間。ちょっと、い~い?」

 突然、それまで大人しくしていたモー・ショボーが声を上げた。
 この厳かな場にはおおよそ似つかわしくない、いつもどおりの無邪気な声で割り込んでくる。
 それは、誰も予期していなかっただろう。私だってキョトンとしているのだ。他の2人が予測できたはずがない。
 ワルドも渋い顔をしている。

「……すまないが、後にしてくれないか。今は大切な儀式をしているのだ」
「ねえ、人間。アイってなぁに?」
「えっ?」
「……なに?」

 この質問は聞いた覚えがある。確か、この子を召喚した時にも訊かれた。
 しかし、何故こんな時に同じ質問をするのだろうか?
 この質問には、ワルドも意図が分からず、少し戸惑っているようだ。

「きのう、その人間にきいたんだ。アイしあってるからケッコンするんだって。
 コンヤクシャだからアイしてるの? それとも、アイしてるからコンヤクシャなの?
 ねえ、アイってなぁに?」

 愛、か。あの時訊かれて答えられなかったことが、今答えられるはずもない。
 確かにワルドに対しての憧れはある。けれど、それが愛なのか、それとも別の感情なのか、私には分からない。
 婚約者同士だから愛していると錯覚しているのだろうか?
 分からない。でも、一つ言える事は、私とワルドは釣り合っていないという事だ。
 片や魔法衛士隊の隊長で、押しも押されぬエリートであるメイジと、片や生まれてこの方、魔法が碌に成功したことのない劣等生。釣り合うはずがない。
 状況に流されて結婚したのでは、きっと、お互いが不幸になるだけだ。そうだ。きっとそうなのだ。

「新婦?」
「ルイズ?」

 2人が顔を覗き込んでくる。黙りこくっている私の態度に疑問を感じたのだろう。
 迷いはある。しかし、今この時の判断は固まった。
 顔を上げて首を横に振る。

「それは、私にも分からないわ。
 でもきっと、いつかは分かる時が来ると思う。その時に教えてあげるわ」

 これはモー・ショボーに対してだ。
 2人は怪訝な顔で私を見つめている。
 意を決して、ワルドの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
 思えば、こんな風にワルドを直視するなど、初めての事だ。何時もは、恥ずかしくてまともに顔を見れていなかった。

「ごめんなさい、ワルド。私、あなたとは結婚できません。
 少なくとも、今は……」
「新婦は結婚を望まぬというのか?」
「その通りでございます。
 この期に及んでこんな事を申し上げるのは、大変失礼だとは思いますが、私はこの結婚を望みません」
「どうしたというんだ?
 昨日は承諾してくれたじゃないか。それなのにどうして……」

 困惑を隠せないワルドを見て、良心が痛むのを感じるが、今すぐ結婚というわけにはいかない。
 分かってもらえるとは思えないけれど、自分なりの理由を伝える。

「ごめんなさい、ワルド。我儘を言っているのは百も承知よ。
 でも……」
「でも? でも、なんだというんだ?
 今更撤回すると言うのか?!」
「そこまでだ、子爵。
 彼女が結婚を望んでいないというのなら、これ以上、式を続けるわけにはいかない」

 激昂するワルドの肩に殿下の手が置かれる。
 ワルドの感情は、困惑から怒りへと変じているようで、そんな事ではおさまらないようだ。
 殿下の手を振り払い、私の両肩を乱暴に掴んでくる。痛みが走り、思わず呻く。

「痛っ……」
「何故だルイズ。何故僕を拒む!」
「子爵、無理に引き止めても恥を掻くだけだ。引き際も肝心だぞ?」

 こんな、声を荒げて取り乱すワルドを見るのは初めてだ。
 戸惑いと僅かな恐怖が湧き上がってくる。
 ワルドは止めようとする殿下の言葉にも耳を貸さず、語気を荒げたまま捲し立てる。

「ルイズ!
 君には誰にもない才能があるんだ! それさえあれば、世界だって手に入れられる!
 僕には君が必要なんだ! 君のその才能が!」
「なにを……」

 才能? 前にもそんな事を言っていたけれど、それは一体なに?
 得体の知れない何かを感じ取って後ずさる。

「一体、何を言っているの?!
 どうして、ありもしない才能に執着するのよ! 分からないわ!」
「君は気付いていないだけだ。
 君はいずれ、始祖ブリミルにさえ匹敵するメイジになる。だからこそ、僕は君が欲しい」

 憧れだったワルドの姿が崩れていく。一体、この10年間で彼に何があったのだろう?
 こんな事を言う人間ではなかったはずだ。それとも、私は彼の本性に気がついていなかっただけなのだろうか?
 ともかく、もうワルドに対する思慕はない。幼稚な憧れなのか、それとも恋心なのか、自分でも分からず悩んでいたのは全て無意味だった。
 ワルドは私を愛してなどいない事が、ハッキリと分かってしまったのだから。

「嫌よ」
「……なに?」
「嫌よ! こんな結婚、絶対に嫌よ!
 真面目に悩んでいたのが馬鹿みたい! 貴方は私のことなんかちっとも愛していないのに、あれこれ悩んでて馬鹿みたいだわ!
 ありもしない才能に固執して、私のことなんてちっとも見てやしない!
 そんな人と結婚するなんて、死んでもお断りよ!」

 激情が堰を切ったかのように溢れだしてくる。
 もう憧れだったワルドはいないのだと理解した。今、彼に感じるのは、耐え難い怒りと嫌悪感だけだ。
 近くにいるのも嫌だ。
 渾身の力を込めてワルドを突き放そうとする。だが、体格差は歴然としており、ビクともしない。
 それどころか逆に、乱暴に振り払われてしまう。転倒しそうになるが、殿下に支えられ事なきを得た。
 ともあれ、ようやくワルドから離れられた。それだけで気が軽くなる。

「君の気持ちを掴むために、かなり骨を折ったのだが、あと一歩足りなかったようだ。
 残念だが、君の事は諦めなければなるまい」
「破廉恥な! 子爵、君は彼女の事をなんだと思っているのだ。
 答えいかんによっては、我が誇りにかけて君を許してはおけぬ!」

 大仰に肩を竦め、全く悪びれたところのないワルドの態度に、殿下が杖を引き抜き怒りをあらわにする。
 ワルドの表情は、先程までとは打って変わって穏やかなものだったが、私には酷く醜いものに見えた。嘘に塗れた顔が、こんなにも嫌悪感を催すものだとは。
 静かににじり寄ってくるワルドに身を硬くする。
 その時、こんな緊迫した場面には場違いな呑気な声が上がった。
 いわずもがな、モー・ショボーだ。この子ときたら、目の前の出来事が飲み込めていないようで、一生懸命首を捻っている。

「んー? アタシのせい?」
「……そうだ。貴様が余計な事を言うからだ。
 相応の報いを受けてもらう!」

 ワルドの逆鱗に触れてしまったようだ。矛先がモー・ショボーへと向く。
 怒りで顔を歪ませたワルドは、素早く杖を引き抜くと、モー・ショボーへと踊りかかった。杖は青白い光で覆われ、十分な殺傷力を秘めている。
 ワルドの行動は素早く、妨害する暇さえ私にはない。横では、殿下が杖を構えてルーンを詠唱しているが、到底間に合わないだろう。
 私は杖を取り出すことさえできず、手を伸ばして一言叫ぶしかできない。

「やめてっ!」

 叫びは無為に響き、ワルドの杖がモー・ショボーに迫る。
 自分に危険が迫っている事に気がつかないのか、モー・ショボーはボンヤリとワルドを見つめ返している。
 あと一歩、ワルドが踏み出せば、あの子は杖に刺し貫かれるだろう。
 だが、その一歩は永遠にやってこなかった。
 何故なら、突如、ワルドの目の前の地面に穴が出現したのだ。
 突進していたワルドが急に止まれるはずもなく、叫び声すら残さず、その穴へと真っ逆さまに落っこちていった。
 それらは一瞬の出来事で、何が起こったのか理解が及ぶのには時間がかかった。
 眼をキョトンとさせたまま、穴を覗き込む。

「なんでしょうか、これ?」
「分からない……」

 その穴は、地面を掘って出来たモノではないようだ。何処へ続いているのか分からない深淵のふち、いうなれば『奈落』だろうか?
 そう表現するしかない、不可思議な穴であった。
 先ほどまでの張りつめた空気が嘘のように、ただ沈黙が落ちる。
 一体何時までその穴を見つめていただろうか? すごく長かったような気もするし、ホンの数瞬だったかもしれない。
 ともかく、突如として穴に異変が起きたのだ。ソレが現れた時のように前触れもなく、変化が起きたのだった。
 穴の縁が盛り上がったかと思うと、黒い何かが膨れ上がる。その黒い何かには、懐かしい何かが見えた気がした。
 膨れ上がった黒い何かは破裂し、中から小さな影が飛び出してきた。

「十五代目葛葉ライホー、見参だホー」

 飛び出して来た小さな影は、高らかに片手を上げ、誇らしげにそう名乗りを上げた。




 ◆◇◆



 いやはや、十四代目の執念には恐れ入った。まさか、アカラナ回廊に飛び込むとは……
 ん? おっと、失礼した。挨拶もなしに愚痴を言ってしまうとは、このゴウト、不覚であった。
 我が名は業斗童子。仮の名と猫の姿で失礼するが、そこは許してほしい、こればかりは自分の意志ではどうにもならないのだから。
 そして、隣にいるのが十四代目葛葉ライドウとその仲魔。
 我らが此処に立っているのは、合体事故により1体の仲魔が行方不明になった事に端を発する。
 それは、仲魔が消えるという前例のない事故であった。
 仲魔が消滅したのは残念に思うが、我は嘆いていても仕方がない、と考え、当然ライドウもそう判断すると思っていた。
 思っていたのだが、ライドウはそう受け止めはしなかった。
 その結果がこれだ。
 ライドウはヤタガラスが保管する秘宝『天津金木』を借り受け(如何なる手段を用いたのかは、とても我の口からは言えぬ)、アカラナ回廊に飛び込んだのであった。
 何処をどう通ってきたのかよく覚えていないが、とにかく、どうにかして此処まで辿り着いたのである。
 無理を通せば道理が引っ込むとは、この事か。
 さて、アカラナ回廊を出た先は、どうやら教会のようだ。晴海町にある天主協会と趣がよく似ている。
 その教会には、金髪の青年と桃色の髪の少女(異国の人間には、髪が桃色の者までいるとは知らなかった)、そしてお目当ての仲魔、モー・ショボーがいた。
 ライドウはモー・ショボーの姿を認めるやいなや、脇目も振らずに話しかける。
 その様子に溜息を吐いてから、改めて辺りを見回すと、青年と少女が呆気にとられた表情をしていた。
 無理もない、彼等にしてみれば、何もない所からいきなり人が現れたように見えたのだろう。驚くなと言うのがどだい無茶な話だ。
 ライドウがあんな様子では埒が明かない。と、なると、我が代わりに事情を説明したいところなのだが、あいにくと、我の声は普通の人間には聞こえぬのだ。
 さて、どうしたものか……

「ヒーホー! オイラ、銀氷属ライホーくんだホー。
 こんごともよろぴー」

 こら、悪戯はよせ。
 アクマの姿は通常、一般人には見えない。だからといって、悪戯をしていいわけがない。
 お前もライドウを目指しているのであれば、不用意な行動は慎むのだ。

「ヒホホー、ピンクの髪なんて初めて見るホー」

 まったく、しょうのない。
 少女に話しかけたり、手を振ったりしているのは、ライホーというアクマだ。
 自由気ままな雪の精ジャックフロストの亜種である。ライドウの真似をして、学生服と黒い外套を着こみ、ついでに学帽まで被っている。
 こ奴はライドウに憧れ、そして、追い抜こうとしている野心あふれるアクマだ。ライドウの仲魔になっているのも、力を得るための手段なのだそうだ。

「なにコレ? 雪だるま?
 な、なんで雪だるまが喋ってるのよ??」

 む? もしや、ライホーの姿が見えているのか?
 隣の青年も、少女と同じように驚いた表情を見せている。どうやら、両者共にライホーの姿が見えているようだ。
 ふむ? 此処はひとつ、挨拶をしておこうか。

「お初にお目にかかる。我が名は業斗童子。その雪だるまはライホー。ついでに、あの男はライドウ。
 さて、こちらの挨拶は終わりだ。もし良ければ、貴殿たちの名前を教えてもらえると有難い」
「猫まで喋った!」
「落ち着くんだ、ヴァリエール嬢。敵意はないようだ。
 私の名前はウェールズ・テューダー。彼女はルイズ・フランソワーズ嬢だ。
 これで宜しいかな、猫君?」
「これは丁寧痛み入る」

 この事態に取り乱すことなく、更にこの物腰の柔らかさ、恐らくこの青年は由緒正しい出に違いない。
 此方としても、冷静な者がいるのはありがたい。
 本来ならば、ライドウがせねばならぬ事柄なのだが、あの調子では多くは望めまい。我が掻い摘んで説明しておこう。



 ・
 ・
 ・



「……と、いうわけなのだ」
「じゃあアンタたちは、あの子、モー・ショボーを追ってここまで来たってわけ?」
「そういう事になるな」

 簡単な説明で、少女は此方の事情を飲み込んでくれたようだ。
 勿論、アカラナ回廊などの込み入った事情の説明はしていない。単純に、遠方よりやってきたと説明した。
 なにはともあれ、飲み込みが早いのは助かる。

「でも駄目よ。あの子は私の使い魔なんだから。
 今更、アンタたちに返すなんて出来ないわ。犬猫じゃないのよ」
「まあ待て。当人の意見も聞いてみなければなるまい」

 当人、つまりモー・ショボーの事だ。
 ライドウの仲魔に戻るのか、現状のまま、この少女を主人と仰ぐのか、本人の意見も聞いてみない事には始まるまい。
 それに、ちょうどあちらの話も終わりそうだ。

「訊くまでもないと思うけどね……」

 桃色の髪の少女が我を抱き上げる。
 情けない…… これでは、本当に猫のようではないか。
 文句の一つも言いたいが、無駄に時間を消費するわけにもいかぬ。
 ライドウとモー・ショボーの会話に耳を傾ける。どうやら、決着がつきそうだ。

「ゴメンネ、人間。
 アタシ、この人間といるほうがたのしいから、いっしょにはいけないの。
 ばいば~い」

 むう、アクマとはいえ、子供とはなんとも残酷なものよ。
 あれだけ熱く語ったというのに、一蹴とは。
 衝撃の余り、ライドウは手と膝をついて項垂れている。確か若者の言葉でオー、アール、ゼットと言ったか?
 我にはよく分からぬが、そういった体勢で落ち込んでいるというのは確かだ。

「ふふん、当然の結果よね。これからもよろしくね、モー・ショボー」
「うん、人間。コンゴトモヨロシク!
 コレあげる。アタシのとっておきだよ!」

 少女は我を投げ出し、モー・ショボーと手を取り合ってクルクルと踊る。
 どうやら、少女はモー・ショボーから従属の証を受け取ったようだ。やれやれ、残念だったなライドウ。
 此処まで来てこんな結果に終わるとは、正に骨折り損のくたびれ儲けというものだ。
 ……何時まで惚けておるのだ、ライドウ。これ以上、ここに留まるのは好ましくない。さっさと引き揚げるぞ。
 ええい、しゃんとせぬか! お前は十四代目ライドウだろう! これ以上、我に恥をかかすでない!

「ライドウ、オイラがついてるから元気出すホー」

 モー・ショボーがあの少女に懐いておるように、お前を慕う仲魔もまたいるのだ。
 気持ちを切り替えて未来へ邁進しようではないか。
 暫くすると、フラフラとライドウは立ちあがった。うむ、それでこそ、だ。
 腰に力が入っておらず、まるでグールのようだが、いずれ立ち直るであろう。我はそう信じておるぞ、ライドウ。
 ライドウは弱々しく頭を振った後、両手を外套の中に突っ込んだ。口元には不敵な笑い。
 嫌な予感が頭を掠め、我は身を低くして身構える。
 外套を大仰に翻し、ライドウの両手に握られたのはイネ科の一年草。それが両手に計8本。
 ライドウのMAGの輝きを帯びた植物が左右に、そして上下に揺れる様は、まさしく変幻自在である。
 その魔性の魅力が、この体に備わった忌々しい本性を呼び覚ます。

「ニャー!! わかった! 降参だ! 我のとっておきをやるから許せ!!」



 ◆◇◆



 一体何だったのかしら? あの奇妙な3人?組は。
 あいつらはあの後、ひとしきり猫とじゃれあってから、現れた時とは正反対の慌ただしさで去って行った。
 現実なのかどうか、いまひとつ確信できなかったけれど、頬を抓ると確かな痛みが奔った。どうやら、白昼夢ではなかったらしい。
 全ては現実だった。ワルドが私を騙していたのも、全ては現実だった。
 失ったモノもあるけれど、得たモノもある。それは、何よりも替えがたいモノ。モー・ショボーから貰った金属片を握りしめる。
 今日、モー・ショボーと本当の意味での絆が結べた様な気がする。これからは、この絆を大切に育てていこう。まだ生まれたばかりなのだ。
 そういえば、穴に落ちたワルドがどうなったのかを訊くのを忘れていたけれど、まあいいか。もう会う事はないだろう。あの穴は、そういうモノのように思えた。
 そんな感慨に耽っていると、突如として轟音が響き、重たく激しい震動が襲ってきた。

「……攻撃が始まったか」
「攻撃って…… レコン・キスタが?」
「そのようだ。
 まだ予定時間には程遠い筈だが、どうやら痺れを切らしたらしいな。
 君は早く脱出しなさい」

 殿下はその場に紫の僧衣を脱ぎ棄て聖堂の入口へと向かう。
 ダメだ! いかせてはいけない!
 私は形振り構わず、殿下の背に縋り付いて引き留める。

「お止め下さい!
 どうか生き延びて、姫殿下と再会してください。後生です、殿下!」
「……君は残酷だね。
 私に残された最後の名誉を奪おうというのだから」
「そんな……」

 でも、でも、みすみす見殺しになんて出来ない。
 我儘なのは分かっている。無い物ねだりだという事も分かっている。貴族の義務や責任も理解できる。
 分かるけれども、分かりたくない。ただ、駄々っ子のように殿下の背に追い縋る。
 だがその縛めも、一際大きな振動に襲われたことで外れてしまった。

「キャアッ!」
「早くお逃げなさい。今ならまだ間に合う」

 殿下は倒れ伏した私に優しく、だが手は差し伸べずにそう言った。
 けれど、こんな事では諦められない。死地に行かせまいとして、懸命に手を伸ばす。
 そんな私を見て、殿下は目を伏せて悲しげに首を振った。

「残念だが、君の頼みはきけない。
 誰にでも譲れない時がある。私にとって、今がその時なのだ」
「だったら……!」
「だったらなんだというのかね?
 最後まで食い下がるでも言う気かい? 今、脱出しなければ、君は確実に死ぬだろう。
 その子を残して、その子を道連れにして死ぬ気かい?」
「…………」
「人間、どーしたの?」

 とても、そんな事は出来はしない。本当の絆をこの子と結べた気がしたのだから。
 私と死を覚悟した殿下とでは、覚悟が違うというのか?
 私が間違っていて、殿下が正しいというのか?
 認められない。認めたくない……
 その時、すぐ間近で岩の崩れる音が聞こえた。
 弾かれるように背後を見やると、床に大穴が開いていた。先程のものとは違い、正真正銘の穴だ。
 まさか、レコン・キスタが地下から攻めてきたのか?
 そう思い身硬くするが、穴から顔を出したのは茶色の塊、ジャイアントモールであった。
 そして、次いで顔を出してきたのは……

「ぷはー!
 ヴァルダンデ、君はいったいどこまで穴を掘れば気が済むんだい?」
「ギーシュ……」
「ん? おおっ! こんな所にいたのかね!」

 穴の中には、キュルケとタバサの姿も見える。
 どうやって追いかけてきたのだろうか? ここにいる事は、ギーシュ達は知らないはずなのに。
 断続的に砲撃の振動が伝わってくる。攻撃が本格化してきたようだ。

「なんだか剣呑な雰囲気だね? まるで戦争でもしてるかのような……」
「そのまさか、よ」
「なんだってー! なら早く逃げないと!」

 呆れた。状況の把握もせずにこんなところまで来るなんて。
 ……あっ ギーシュに気を取られていて殿下の事を忘れていた。逃げられていたらどうしよう。
 焦燥に駆られて咄嗟に振り返ると、殿下は先程の位置で微笑みながら佇んでいた。穏やかな声で告げてくる。

「どうやら迎えが来たようだね。ここでサヨナラだ、ラ・ヴァリエール嬢。
 君は友達を悲しませるような女の子ではない筈だ」
「…………」
「さあ、生きなさい。君にはその権利がある」

 もう、これ以上引き留めるのは無理だ。
 殿下の言う通り、私は生に執着している。
 モー・ショボーやギーシュ達の手を振り払ってまで殿下に追い縋る事は出来ない。
 悔しさの涙を堪える。最後にひとつだけ悪足掻きをしよう。

「ひとつだけ。最後にひとつだけ、お許し下さい」
「何かね?」
「何か、何か姫殿下に伝えることは?」
「……私の事は忘れろと伝えてくれ。他の誰かを愛するようになっても、私は恨まない。とも」

 涙を堪えて無言で頷くと、殿下は満足そうに頷き走り去っていった。
 砲撃の音は激しさを増し、城全体を震わせる。

「ルイズ、早くするんだ!」

 殿下とは正反対の方向に向かって、私は駆け出した。



 ◆◇◆



 あれから1月以上が経った。
 トリステインは今、ウェールズ殿下の願いも虚しく、レコン・キスタ、いやアルビオン帝国に脅かされている。
 奴らは、旧アルビオン政府を下した後『神聖アルビオン帝国』と名乗りをあげ、新政府の座にすっぽりと収まった。
 そして、不可侵条約が結ばれたのだが、奴らは姫殿下の結婚式に招待された際、自作自演の工作を行ってトリステイン側からの攻撃を受けたと主張し、戦争の火蓋は切って落とされたのであった。
 何とかタルブ戦役を切り抜けたとはいえ、気を抜きのにはまだ早い。奴らの力が衰えたわけではないのだから。次の戦いに向けて、力を蓄えているのだろう。
 あとトリステインにも変化があった。姫殿下が戴冠したのだ。つまり、今は姫殿下ではなく、アンリエッタ女王陛下なのだ。
 これにより、ゲルマニアとの婚約は解消された。
 ウェールズ殿下の死を報告した後は、悲しみに暮れていたが、今では立ち直ったように見える。本当に立ち直ったのか、ただの強がりかは分からないがただ悲しんでいるよりはましだろう。
 そんな姫殿下の為にも、私はこの『力』を使いたい。私の本当の『力』を。

「人間、あそんであそんでー」
「はいはい、今は旅の準備してるんだから、邪魔しないでね」

 抱きついてくるモー・ショボーの頭を撫でてやる。
 これらの出来事の間、当然、私とモー・ショボーの絆がより深くなったのは言うまでもない。
 だが、今の状況は以上だ。
 必要以上にベタベタと寄り添ってくる。身の危険を感じるほどに。
 これでは、気が休まる暇がない。
 と、いうのも、とあるアクシデントで強力な惚れ薬を飲んでしまったからだ。あの縦ロールめ、痴話喧嘩なら他人に迷惑がかからないようにしろ!
 そんなこんなで、惚れ薬の解除薬がいるのだが、それをつくるのには、ある秘薬が足りないというのだ。
 その秘薬とは、水精霊の涙というものである。しかし、その秘薬はどこもかしこも品薄状態が続いており、入荷は絶望的なのだそうだ。
 だが、座して待つほど私は呑気ではない。入荷が望めないというのなら、直接出向いて水精霊と交渉するまでだ。
 目指すは、ガリアとの国境にあるラグドリアン湖、そこに水の精霊が住まっている。

「人間っておいしそうねぇ」

 痛い、後頭部が!
 早くラグドリアン湖に行かないと、私の体がもたないわね。
 さあ、行くわよモー・ショボー!



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 ルイズは仲魔から更なる忠誠を得て、称号が『アヴァンギャルド少女メイジ』から『グロテスクを統べるモガ』に変化し、『グロテスク統べるモガのルイズ』と呼ばれるようになった。



 -完-


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