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鋼の使い魔-42


 時刻1755。斜陽が射すタルブの村へトリステイン王軍が入った。
 正午を過ぎた頃戦端が開いたアルビオン地上部隊3800との戦闘は、6時間に渡る激戦の果てに終息した。
 アルビオン軍はトリステイン軍の奮戦と、謎の天変地異による旗艦『レキシントン』含む二隻の戦艦が爆沈した事で戦線が崩壊した。
地上部隊3800は最後、非傭兵による400の集団を残して降伏した。残されたアルビオン分艦隊は、逃走を試みて北東ラ・ロシェールへ進路を取り
戦場から逃走したものの、先んじて封鎖されたラ・ロシェール港を奪取できないまま、風石が尽きて降伏した。
 無論、トリステイン軍も甚大な被害を受けての勝利だった。先遣部隊として戦場に現れた傭兵団『銀狼旅団』200、タルブ領主アストン伯の私兵80、
そしてトリステイン王軍3000が戦場に投入され、今タルブに生きて入ったものはそれぞれ150、10、1100を数えるだけとなっていた。
特にメイジ兵は騎馬、下馬合せて1200の内、今いるのは三分の一にも満たない。
 捕えた捕虜達が逃げ出さぬよう監視される中、タルブ村中央広場に陣取った王軍本陣にて、即興で設えられた台にアンリエッタが登る。
 アンリエッタもまた満身創痍だった。王宮から、或いは飾られた馬車から外を見ていた時の手弱い可憐さは、身に着けた白銀の箔鎧を泥と埃、煤と返り血で汚し、
翻るマントもボロボロになっていた。
 だが、アンリエッタの眼は以前のようなただ憂うだけのそれではない。今の彼女には王族の責任を、民草と国土を守ったという確かな実感が秘められていた。
「……」
 肩で息をしながら台の上から自分を見守る兵士達を見た。労いの言葉を言わねばならないのに、声が枯れてしまって何を言えばいいのか頭が真っ白になる。
 以前なら露ほども心を砕かずにすらすらと言葉が出たはずなのに。
「…殿下」
 傍に控えたマザリーニがそっと声をかける。
 アンリエッタはぐっと唾を一呑みして息を吸い、半分だけ吐いて口を開いた。
「トリステイン王国軍並びアストン伯傘下の諸兵。及び先鋒を務めた『銀狼旅団』の各位へ。
我々はアルビオンから降りてきた侵略者を撃退する事ができました。
倍する数の敵に向かい、私の声の下戦った各位に、トリステイン王国女王マリアンヌ・ド・トリステインに成り代わり、礼を申し上げます。
と同時に、この戦いで命を落とした者達に私は祈ります。天にまします始祖の下へ還ることが出来ることを。
今ここタルブに私達が地に足をつけていられることが、彼らの犠牲の証明であり、生きた証であることを忘れてはなりません」
 台の両脇で篝火が炊かれている。炎は細く伸びて天を目指しているようだった。
「今後は最低一両日、我々はここタルブに滞在し周辺に逃走したアルビオン兵の掃討に務めます。
アストン伯には王軍より兵士を貸与しますので、避難させた住人が無事に家に戻れるように計らいなさい」
 台の下で跪いていたアストン伯が胸に杖を掲げて敬礼する。
「詳しい行程はグラモン元帥に一任します。ド・ゼッサール卿とアニエス殿には別件で話がありますので、後でアストン伯邸へお越しください。
各位、既に疲れているでしょうが、交代で休息を取らせますので、どうかそれまで堪えてください」
「トリステイン王国万歳!アンリエッタ殿下万歳!」
「トリステイン王国万歳!アンリエッタ殿下万歳!」
 広場に並ぶ兵士達から万歳の声が返ってくる。国を、そして自分を称える声が。
 声を背中に浴びながら、アンリエッタは台を降りる。そのまま台上はグラモン元帥が変わって行程の指示説明を始める中、
マザリーニを連れてアストン伯邸へとユニコーンを向けた。

「実に見事なお言葉でございましたよ殿下。このマザリーニ、感服した次第にございます」
「心にもないことを…」
 アストン伯邸までの短い道を護衛と共にに二人は進んでいた。
「…でも、今回のことでよく分かりました。…トリステインをこのままに、私は国から出る事はできません」
「ほぅ、…では如何なされるおつもりですかな」
 門前で下馬した二人は使用人に案内されるままに屋敷の中を歩く。
「マザリーニ。敢えて言いましょう。母上…マリアンヌ女王に玉座を預けておくことは出来ません」
 はたとマザリーニの足が止まった。傍に立つ護衛の兵士も耳を疑って唖然とする中、アンリエッタは通された部屋の椅子に座ってマザリーニに正対した。
「…それは詰まる所、陛下に玉座をお降りしていただくと言う事でよろしいのですかな?」
「こうなることを貴方は以前から予見していたのではありませんか?でなければわざわざゲルマニアから傭兵団を招待して隠しておくことなどしないでしょう」
「さて…関知いたしませんな。ですが殿下がそう思われるなら、そうなのでしょうな」
 老獪な能吏と若い貴人は互いの視線を盗みあった。やがて、アンリエッタはマザリーニから視線を外した。
「…いいでしょう。その辺りについては問いません。ともかくは二人が来てから決めるとしましょう。これからのことは」

 そう、もう周りに明日を決められるのは御免だ。これからは自分で決めて行かねばならない。
 アンリエッタの目は、まだ甘さが残りながら、確実に鋭く、前を向くようになっていた。



 黄昏た空の下で、ギュスターヴは意識を失ったルイズを抱いて丘の頂上に腰掛けていた。
 FBを受け止めた左手は裂き傷を晒したままで、冷たくなり始めた風が障って沁みる。
 その格好のまま、ギュスターヴが話しかけた。
「デルフ」
「なんだい」
 デルフは拾われず捨てられたままだったが互いに気にしなかった。
「そこの卵が何だか、お前は知っているのか」
 風に燻した金髪が揺れる。
 ルイズが手にしていた妖しき卵は樹木に叩きつけられても傷一つつけず、そのまま地面に転がっているのが薄暮の中でもわずかに見えた。
「何となくは覚えてるぜ。一応6千年は剣やってるからな。…そいつはな、たしかブリミル達の想いを詰め込んだものだったと思う。
でも今日まで剣やってて、そいつを見たのは何度目かなぁ…一、二回くらいしかないような気がするね。あんまり覚えてないんだけど」

 藪に突っ込まれたままのデルフは露草に濡れていた。剣身が暮れる冷気を吸って醒めるような光沢を見せる。
「相棒」
「なんだ」
 ギュスターヴの腰下ろす場所から、遠く見下ろせるタルブの村の真ん中で篝火が炊かれているのが見える。
「お嬢ちゃんが目ェ覚ましたら、なんていうんだい」
 デルフの握りに巻かれた布がほつれて風に舞う。ギュスターヴは答えないまま時間が過ぎて、太陽が地平を沈み行く。
「ん…」
 双月は下界の出来事を嘲笑うように、昨日とまるで変わらず光を浮かべてギュスターヴ達を照らす。
 ギュスターヴに倒れ掛かったままだったルイズの瞼が、ゆっくりと開けられた。細くあけたルイズの目は夢現なのか、ぼんやりと藪を見たり、丘の下を見ていた。
「……ここは…」
「気が付いたか」
 ルイズは声を聞いて初めて自分がギュスターヴに倒れ掛かっていたのに気付いた。
「ギュ、ギュスターヴ…何してるのよ。離しなさい」
 離すというかルイズが離れればいいだけなのだが、まだルイズの頭ははっきりとしていなかった。
「立てるか?」
「当たり前でしょ。っと…とと…」
 立ち上がったルイズだが、脹脛が震えてしゃんと立っていられない。えっちらおっちらと足を踏み出して、どうにかギュスターヴの隣に座りこめた。
「ふぅ」
 二人の間を夜気の風が抜けた。

「ねぇ、ギュスターヴ」
「なんだ」
 夜は落ちた。松明らしき小さな灯火が村の隣の小さな森に移り、そして村へと戻っていくのが見えた。
「夢を…私ね、ずっと夢を見ていた。夢の中で私は、小船の上で卵を抱いて眠っているの。小船が曇天の中、小川をゆったりと流れていくの。
春先みたいに暖かくて、私は卵を抱えてとろとろまどろんでいられた…」
 話しながら、ルイズの目は伏せがちに戦場となった街道を見ていた。日の落ちて徐々に月が高く昇っていくが、遠景では街道は暗い。
 炎と堕ちた船の残骸も、今は目に映らない。
「……ルイズ。…お前は…」
「言わないでっ」
 震えた声でルイズが叫んだ。
「何となく、分かってたから…。祈祷書を開いた時に、心臓が爆発しそうなほどドキドキして、目の前が真っ暗になって…。
そのまま暖かくて真っ暗な中で、私はずっと眠って…でもずっとずっと遠いところから、自分が何をしていたのか見えていた気がする」
 一陣の風が吹きぬけた。藪から一枚の葉を浚った風が、丘を降りて地面に堕ちた船まで飛んでいく。
 自分からあふれ出る、黒い何かがたまらなかった。
「私…沢山の人を殺してしまった……っ」
 白パンのような頬を一筋の涙が伝って、夜闇に落ちた。
「…ルイズじゃない。ルイズを借りたあいつが全てやったことだ」
「でも私は全部!全部…覚えてる…。お屋敷でメイドから、学院で先生からアニマを奪って。この丘から戦場に向かって光を落として。船が沈んで。
ギュスターヴを切りつけて。全部……覚えてるのよ…」
 夜闇は二人を包んでいた。月明かりとデルフだけが、二人を見ていた。

「俺は『出来損ない』だった」
「だった?」
 冷たい。夜闇がどこまでも二人を包んでいる。
「7歳で俺は母さんと城を追い出された。そのまま家庭教師と海を越えて亡命した。19歳で母さんは亡命先で死んだ。まだ39歳だった…」
 ルイズはいつか見た、ギュスターヴらしき少年を抱いた女性が出てきた夢を思い出していた。
 どこかでみみずくが鳴いた。
「15歳で剣を打って、20歳で国を一つ奪い取った。28の時に義理の弟と戦争をして、処刑させた。術の使えない…アニマに触れられない俺が、自分の都合で殺したんだ」
 普段なら、与太事と聞き流していたかもしれない。でも今は違った。自分の中を蹂躙した何かがのせいなのか、月と夜と風のせいか。
 ルイズは今、ギュスターヴ自身の過去を、ありのままに受け止められそうな気がした。
 またみみずくが鳴き、羽ばたきの音とともに遠くなっていく。
「殺したかったわけじゃない。ただ俺は…アニマと術がなくても生きていけることを証明したかった。普通ではないと言われても、なんてことはないことを証明できたんだ」
「私は……っ!」
 吐き出すルイズの言葉で、また一羽のみみずくが飛び立った。
「私はメイジでありたかったっ!貴族でありたかったっ!勇敢で、高潔で、お父様やお母様のような立派な…立派なハルケギニアのメイジでありたかったのよ!」
 ギュスターヴはうっすらと月明かりに照らされたルイズの顔を見た。
 つぶらな相貌から零れるものが大地を濡らしている。地面に食い込む細指がかりかりと土を削っている。
「……でも。今日、分かっちゃった。…どんなに願っても、努力しても、私は普通のメイジには成れないんだって。…馬鹿よね。
人間を……あんたを使い魔にした時から、多分心のどこかでそんな気がするのを、ずっと知らない振りして」
「そんな言い方をするな…」
 ギュスターヴはどう声をかけるべきか迷ってしまった。ギュスターヴはハルケギニアでメイジと魔法が、それを持たぬ者をどのような位置に追いやるのか、
ありありと知っているわけではないのだから。

 涙を流してルイズは暫くの間、悶えるように呻いた。悔しい気持ち、諦めがたいような詰る声が漏れていた。
肩を抱いてかきむしり、体の内側から焼かれているかのように暴れて……ルイズは止まった。
「……ギュスターヴ」
 俯いたままぐしぐしと涙を拭ってルイズが聞く。目元は腫れ、眼球は充血して桜色をしていることだろう。
「私、やめるわ」
「何を…?」
 聞き返すギュスターヴに答えず、ルイズは立ち上がった。そして懐に押し込んであった、自分用の杖を抜き出す。
「……」
 長い間、手に馴染んだ杖を見ているルイズの脳裏を、さして長くもない半生が駆け抜けた。
 領地のお屋敷で、日の暮れるまで魔法の練習をした記憶。
 家庭教師から押し付けられた課題をいくらこなしても爆発しかしなかった過去。
 失敗した魔法をあざ笑った、全ての顔…。

 きゅ、と口角を上げたルイズは、杖を振りかぶって、何もない闇に向かって杖を投げ捨てた。

 月明かりを何度か反射して、すぐに杖は見えなくなる。夜闇に杖の放物線だけが、残像のように残った。 

「私。皆と同じことができようなんて、思うのやめるわ。たとえあの悪魔の力が使えなくても、私が私らしく生きていけるって、証明してみせる」
 つたない宣言だった。
 だが、ルイズは心に決めた。祈祷書から流れ込んだ意思が自分を通して使った力は、系統魔法とはまったく別の力だった。
それが伝説の虚無そのものなのか、それともまったく別の忌むべき悪魔の力なのかは分からない。
 祈祷書は語りかけた。自分には世界を統べる資格があると。だがそんなものが今まで欲しかったわけではないし、
そんなもののための力に振り回されるなんてもう、真っ平御免だ。
 ギュスターヴは呆然とルイズが杖を棄てるところを見ていた。そしてルイズが言い放った言葉を頭で追いながら、ルイズ自身をよく、視た。
「出来ると思っているのか?」
「出来るじゃなくてやるのよ。私はルイズよ。ラ・ヴァリエールなのよ。でもそれとメイジであることが全て一体であらねばならないなんて、
振り返ってみれば、誰が決めたのよ?」
 おそらくハルケギニアの貴族が聞けば、とんでもない世迷言を言い始めたと聞き流す事だろう。
 だが、聞いたのはアニマも魔法も縁の無い、異界の王だった男だ。
「……いいんじゃないか?自分をどう決めるかは結局、自分にしかできないことだ。回りの条件なんて所詮、後から付いてきたりするものだからな」
 よっ、とギュスターヴは立ち上がり、傍に投げ捨てたままのFBとデルフを拾い上げ、FBの柄をルイズに向けた。
「何?」
「これを使ってみるか?」
 びくり、と言われた言葉にFBとギュスターヴを見比べる。おぼろげに思い出せる、ギュスターヴを切りつけたり炎を浴びせたりした光景に恐怖を覚える。
「ファイアブランドは使い手を選ぶ。曲がりなりにもお前はこれを使った。なら、これはルイズが使うべきものだ」
 熱を失った白いFBがルイズに映る。
「……」
 どうしても、怖い。祈祷書の時のように、飲み込まれるのではないかという恐怖に駆られる。
 はっとして、ギュスターヴを見上げた。徐々に昇り始めた月の光を受けた顔は、まっすぐな目でルイズを見ている。
(覚悟を試されている…)
 人とは異なる道を行く。それは険しいものだ。だからこそ一層の強い意志が求められる。
 ギュスターヴはそれを試しているのだ。既存のメイジという枠を打ち捨てるというルイズの覚悟を。
 …ふと、ルイズは目の前の男の目線が自分よりもずっと上にあるということが、少し気になった。身長差がずっとあるのだから当然なのだが、
ルイズはそれが少し、憎たらしく思えた。
(えっらそうに…あんたは私の使い魔…なんだから!)
 そうだ。覚悟も決意もまず一つ。だがそれと同じくらい。

 この男を見返してやりたい。

 『水のルビー』が光る。澄んだウォーターブルーの光がルイズの左手から溢れていく。
「見てなさい。私は…」
 FBの柄がルイズに握られる。

「私だけの明日を手に入れて見せるわ」



 …タルブ北面会戦が終結した後、トリステイン王軍1250名は総指揮を務めた王女アンリエッタの命によって3日後、王都トリスタニア王城を軍事占領し、
アンリエッタは女王マリアンヌへ退位を迫った。
 マリアンヌはこれを受け入れ、退位宣言書を交付。戴冠までの代理権限をアンリエッタに移譲した。
 国主としての権限を掌握したアンリエッタはマリアンヌを王宮の端にあった塔へ封じ、またタルブ会戦前においてアルビオン融和を唱えた一派に対し、
蟄居や退官を命じるなど様々な政策を断行した。
 後にアンリエッタはマリアンヌに承認されトリステイン王国女王として戴冠し、続けて様々な革新的政策を進めていくこととなるが、タルブ会戦終結後から戴冠式まで、
半月に及ぶ空位期間を『アンリエッタ僭政』、その後を『アンリエッタ親政』と称す。
   (新トリステイン史61巻2章より抜粋)



 『ルイズの夜』



 第一部『覚醒篇』 了



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