あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの花嫁-18 B


彼方に響く、剣撃の音。
ちゃんちゃんばらばらと賑やかな早朝、最近はそこに歌まで加わり大層騒々しい訓練となっている。
早朝のランニングにて山奥まで駆け、巨岩が転がる水辺にて訓練開始。
燦の英雄の詩を聞いているルイズさんの表情も、ようやく硬さが取れ、単に精神が異常高揚するだけとなっていた。
その被害でか、そこらの巨岩は半分以上粉々に砕かれていたりするのだが。
朝の訓練が一通り済んだルイズは、汗だくでべたーっとだらしなく地面に寝そべっている。
「……ちょっと、今日は無理しすぎたかも」
同じく、衣服が肌に張り付いてしまう程の汗をかきながら、近くのちょうどよい岩に座る燦。
「ルイズちゃん、新しい剣もらってから毎日それ言うてる」
「歌止めてもしばらく余波で気分盛り上がっちゃってるんだもの。やっぱその歌凶悪だわ」
しみじみと述懐するのは、岩に立てかけてあるデルフリンガーだ。
「ルイズも随分と人間離れしちまったなあ。お前さん何処までぶっちぎるつもりだよ、下手すりゃブリミルにだって負けないだろそれ」
荒い息でありながら、ルイズは表情を引き締める。
「冗談、英雄の詩に頼ってるようじゃ真の強さとは言えないわ。最強への道のりは遠く険しいのよ」
「……さいでございやすか」
今では恐くて娘っこ何てとても言えないデルフリンガーは、つっこむのも面倒なのかそれ以上何も言わない。
「何でだろうな、すんげえむかーーーーーーーーしに前の使い手と色んな所旅して回った時を思い出したよ。連中もやたらトラブルに見舞われてたっけな」
デルフの自分語りが珍しいのか、燦が興味深げに話を促すと、デルフはぽつぽつと語り出す。
「前のガンダールブが俺っちを使ってた時の話さ。今みたいに色んな事が纏まってやしない頃、騒々しいが、賑やかな時代だったな……ってそうだ! 忘れてた!」
「ん? どうしたん?」
「俺随分前に、ヘボ剣士に使われるのが嫌で体中錆だらけにしたんだっけか! そうだよ! 相棒が氷の魔法打ち返した時、何か変だなーって思ってたんだが、良く考えたら俺魔法吸収出来んじゃん!」
聞き逃せない話にルイズが口を挟む。
「前のガンダールブ? それって始祖ブリミルの使い魔の話じゃないの?」
「そうだよ。言ってなかったっけか」
「……アンタどんだけ長生きなのよ」
更なるルイズのつっこみと脅しにより、デルフは本来の輝く姿を取り戻す。
始祖ブリミルの勇姿にも興味があったルイズであったが、デルフはその頃の事をほとんど覚えていなかった。
「はっはっは、数千年分の記憶とかお前覚えてられるか?」
ふざけるなと怒りかけたルイズであったが、デルフのこの言葉には納得するしかない。
何時もの事ながら節々がびっきびきに痛むのを無視してルイズは立ち上がる。
そろそろ戻らないと授業に遅れてしまうからとそうしたのだが、立ち上がり少し遠間が見えるようになったルイズの視界に、一頭の馬の姿が映る。
「あら……あれは、シエスタ? いや、丈の長いスカートで馬に乗るのは止めた方がいいと思うんだけど……」
うまい事鞍との間で挟んでいる前側はさておき、後ろ側はスカートの裾がわっさわっさと派手にたなびいている。
そんな様子からも見て取れるように、とても焦った様子でシエスタはルイズ達の下へと辿り着く。
「申し訳ありませんでした!」
馬から飛び降りるなり、開口一番頭を下げる。
ルイズ達が学院に戻るより、随分と遅れての帰還を詫びているのだ。
主人より遅れるなどメイドのありようとして、あまり褒められたものでもないが、そもそも予定より早く戻って来たルイズが悪いといえば悪い。
母相手の大立ち回りで、ちょびっと実家に居ずらくなったせいなのは、キュルケ達にすら秘密なのである。
そのキュルケも必要な物が揃うなりとっとと戻って来てしまっているしで、シエスタもメイドとして立場が無い。
ルイズは恐縮するシエスタを笑って許しつつ、ちょうどいいからと馬に乗ってペースメイカーをやるよう命じる。

後にシエスタは語る。
「あれは生き地獄と同義です。悪意は無いのでしょうけど、お仕えする者としてこんな心苦しい話はありません」
シエスタが馬に乗り、ルイズと燦がその後を走る。
汗をだっくだくに流し、必死の形相で主が走っているのに、従者たるシエスタは楽々と馬を走らせているだけなのだ。
例えルイズがぶっ倒れようとも、決して走る速度を変えてはならない。
そんな冷酷無比な命令を受け、半泣きになりながらシエスタは馬に跨る。
そして同じく従者たる使い魔燦が又鬼なのだ。
「ペース落ちてるで! もっと膝を上げて! 腕の振りが足りん! 限界の一つや二つ、笑いながら越えたらんかい!」

サンも熱くなると、すぐこうだから……
いっそ代われと言ってくれた方が楽です。あっと言う間に倒れるだろうけど。
走りながら、言われる通り無理矢理笑顔を作るルイズ様は、もう、何というか見てられません。
私は誓いました。もう二度とルイズ様の訓練には関わるまいと。

学院に戻った所で、前後もわからぬ程に疲れ臥すルイズ様をさておき、私はサンと少しお話をしました。
実家にあった石碑に刻まれた文字をサンに見せると、サンは、ああこれはな、と事も無げに読んでしまいました。
やはり私の考えは正しかったのです。
違う世界からやって来たと言っていた曾おじいさんの話をすると、サンは驚き、あろう事か「実は私もそうなんよ」とあっさりと言ってくれます。
「あーっと、これ内緒じゃった。ごめんシエスタちゃん、内緒って事にしといて」
そんな大層な秘密をあっさりさっくり使用人に漏らさないで下さい。私にも立場ってものがですね。
「……いや、内緒にしといてじゃないでしょ。サン、貴女まさかその調子で他の事もべらべら話して無いわよね」
これが一番びっくりしました。
声も出せない程に疲労し、医者を呼ぼうとまで思っていた(サンが何時もの事と言うので諦めた)ルイズ様が、まだ息は荒いままですが、何時の間にか回復して側に立っていました。
「あ、あはは。大丈夫じゃて、私口は堅い方じゃから」
硬いとかぬかす口は、一体どの口でしょう。
ルイズ様もサンのそんな様子には慣れっこなのか、軽く嘆息すると私に問いかけます。
「その曾おじいさんの話、少し詳しく聞かせてちょうだい。もしかしたら、サンを元の世界に戻してあげるヒントがあるかもしれないわ」
問われるままに答えると、ルイズ様の目が鋭さを増しました。ちょっと、というか、凄く、恐い、かも、です。
今日は授業は休み、と一方的に宣言し、ミスタ・コルベールとキュルケ様、タバサ様を呼びに行くよう申し付けられました。
わ、私何か大きな失敗でもしたのでしょうか……。

え? 皆様の呼び方が変わっている理由ですか?
これは私のケジメみたいなものです。
私の忠義は家名にではなくあの方々個人に対するもの。だから、そう断って以後はお名前で呼ばせていただいております。
例え如何なる事があろうとも、ルイズ様、キュルケ様、タバサ様に生涯お仕えする、そう心に決めた証でございます。

何時もの四人にシエスタ、コルベールを交えた話し合いは続く。
結論として、シエスタの曽祖父が口にしていた数々の話は、燦の居た国の過去の話であり、時間差を計算してもほぼ歴史は一致する。
曽祖父は結局元の世界には戻れずじまいであったが、召喚のゲート以外でこちらに来たという話は調査の価値がある、とコルベールは言う。
竜の羽衣の外見にしても、おそらく燦の世界にあった飛行機と呼ばれるものであろうという所まで話は進んだが、これ以上は現地での調査を要するとなる。
早速行こうと言うルイズ達であったが、これを止めたのはコルベールだ。
「君達、幾らなんでも授業出なさすぎだ。自主学習分で進度が遅れているとは言わないが、これ以上学生たる本分を蔑ろにしてはいかん」
全員一言も無いわけで。
それでもコルベールは燦の件に関し、召喚の儀での責任者であったという事を気にしてか、以降は私が調査しようと言ってきた。
流石にそこまでは、と言って断るルイズであったが、コルベールは自信満々で、私に任せたまえと言って強引に引き受ける。
オールドオスマンから問題児達の担当を外すと言われた事が、この件に影響してるか否かは当のコルベール自身にしかわからぬであろう。
常に無く自己主張するコルベールに、ならばとルイズはシエスタを預け、調査行を依頼する事にした。
ルイズは最後に、シエスタの両肩に手を置く。
「私はどうしてもサンを元の世界に帰してあげなきゃならないの。どうか、貴女の力を貸してちょうだいシエスタ」
シエスタは、例え地獄の業火に焼き尽くされようと、使命果たして御覧に入れます。と決意を口にした。
横からキュルケが笑って言った。
「地獄の業火がどんなものか知らないけど、火に燃やされるって洒落にならないぐらいキツイから止めといた方がいいわよ」
何処ぞのグリフォン隊隊長殿も、心から頷くであろう言葉であった。



「師匠! 師匠と呼ばせてくだせえ!」
賭場を出た後、鍛冶屋の男はタバサに土下座して前非を詫びる。
学生ごときに博打の何たるかがわかるもんかい、そう馬鹿にしていたのだが、いざ賭場に出てみると男の負け分を吸収しきって尚浮きがあるほどの大勝利をタバサはやって見せた。
「あれは壷振りが手加減してた」
最後まで良くわからないといった顔をしていたキュルケがタバサに聞き返す。
「手加減?」
「平民を守った英雄、そんなキュルケの連れである私に壷振りが配慮してた。最初に言ってた通り、英雄から金は取れないって事だと思う」
「……それって壷振ってる人が出目を操れるって事?」
「それが出来なきゃ壷振りはやれない。その上で壷振りは客の張りを予想して目を出す。その読みをいかに外すかが本来のサイコロ賭博」
はー、そーなんだー、的な顔をしているキュルケ。
モット伯晒し者事件の影響はこんな所にも出ていた。
モット伯が人を集めているという情報を確認する為鍛冶屋の男を頼ったのだが、なら付き合えと賭場まで付き合わされたのだ。
妙に乗り気なタバサと共に賭場に入ると、目ざとい人間がキュルケの顔を見て件のメイジだと気付いた。
おかげで賭場の責任者がわざわざ頭を下げに来るぐらい丁重に扱われたキュルケは、平民の遊びも悪くないわね、とちょっと良い気分であった。
タバサの勝ちと男の負けでトータルすると、大体豪勢な夕食を楽しめる程度に勝っている。
金額まできっちりコントロール出来るなんて、ちょっと見ない程に見事な腕だったと、壷振りを賞賛するタバサ。
一行は男の馴染みの店で祝杯を挙げる。
男は大き目のジョッキに、並々注いだ酒を一息にあおる。
「まあ事情はわかった。んでもさっき見てわかる通りだ、トリスタニアで今ルイズ様やキュルケ様にケンカ売るような罰当たりはちょっと想像つかねえな」
外れか、と落胆する二人であったが、男は続ける。
「だがまあ、何処の街でもどうしようもねえ悪党ってな居るもんでな。流石の俺様もそういった仁義もクソもねえ連中との付き合いはごめん被るって話で、つまり、そいつらの話となると俺にも解らねえ訳よ」
結局の所、実のある話を聞く事は出来なかった。
だが、男は最後に笑って言った。
「今のトリスタニアで無法行為なんぞ出来る訳ぁねえんだよ。それがわかってねえ馬鹿共がまだ居るらしいが、遠からずそいつらもみんなまとめてお縄だろうさ」
タバサが怪訝そうな顔をしている事に気付いた男が告げる。
「ワルド様率いる鬼みてえな捜査部が睨みきかせてんだ。トリスタニアの主だった連中はみんなとっくの昔に抑えられてる。今平民の間で、特に法を犯してる連中にゃ最も恐れられてるお方さ」
ただ悪党を潰すのではなく、その後の利益移動や物流、人の流れまでを考えて動く捜査部のやり方は、強引すぎる手法でありながら、平民達からは広く受け入れられていた。
「他のどんな貴族でも出来なかった事をさらっとやってのけちまうんだ。天才だぜ、ワルド様は。ははっ、トリステインの未来は明るいぜ、全くよお」

帰り道、タバサの使い魔シルフィードに二人で乗りながら、素直にルイズ経由でワルド子爵を頼ろうという事で話は纏まった。
そして残った時間はというと……
「ようやく話せるようになったのね! キュルケはきっとおしゃべり大好きだから、話すの楽しみにしてたの!」
きゅいきゅい騒ぐシルフィードの相手で全てを費やしてしまう。
タバサからシルフィードは実は風韻竜であると打ち明けられた。
超貴重な種であり、騒ぎになるのが嫌だったからと秘密にしていたのだが、これ以上欠片も秘密を持ちたくないというタバサの意向により、キュルケ、ルイズ、燦はこれを知る事となった。
「……相当我慢してたみたいね」
「……うん」
何を言おうと全然聞く耳持たず、いつまでも騒ぎ続けるシルフィードに閉口しながらも、二人は風情のある夜空の散歩を楽しんでいた。



ルイズからもたらされた情報が決定打であった。
ワルドはモット伯周辺の動きを探らせると、あっと言う間にならず者達の流れを捉える事に成功した。
あれだけの騒ぎの後だ、モット伯も大人しくしているかと思いきや、こんな思い切った手を打ってくるのは捜査部の人間にも予想外であった。
ヴァリエール公によるモット伯包囲網により、既に幾つかの利権を手放すハメになっていたモット伯は、捨て身で財産を放出し、ルイズ達に恨みの一撃をくれてやらんと狙っていたのだ。
ワルドは人の悪そうな笑みでアニエスに問う。
「ツテはヴァリエール公により封じられた。ならば金のみで動かせるものを全て活用しようという腹だろうな」
アニエスは、一目見ただけで二度とアニエスには逆らうまいと人に思わせる程の、冷酷無慈悲な表情で答える。
「金のみで動く。トリスタニアで明快にそれが為せる相手が動く、そういう事ですね」
「現場を押さえる。この件は君が特に志願していた件だ、君に任せようと思うがどうかね」
深々と頭を下げるアニエス。
「ご配慮痛み入ります。我が身を捨ててでも高等法院への切り込み、成し遂げて御覧に入れましょう」
「アニエス」
「はっ」
ワルドは悪夢から飛び出してきたような、鬼気迫るアニエスの表情にも怯む様子は無い。
「この程度の件で君を失うなどあってはならない損失だ。リッシュモンを追い詰め、なおかつ当然のごとく無傷で戻って来たまえ。君になら出来るはずだ」
君になら、君達になら出来るというのはワルドの殺し文句である。
ワルドがこれを口にする時は、同時に物凄い無理難題を押し付ける時でもあるので、捜査部ではある意味禁断の魔法並の扱いを受けている言葉だ。
しかし、アニエスは更に深く頭を下げ、心からの感謝の意を述べ退室していった。

半月後、謁見の間にて高等法院長リッシュモンの進退が取り沙汰される。
数多の味方を持つはずの彼の弁護をしてくれるものは、誰一人として居なかった。
特に女王アンリエッタの失望は甚だしく、長年仕えて来た功により爵位剥奪こそ無かったものの、公職追放という重い罰を科される事となった。
これは良い機会とばかりにマザリーニの仕掛けた策略により、財産の全てをも没収された彼は、失意のまま都を落ちていく。
彼が蓄財した全てをかき集めると、何とトリステインの国家予算一年分にも相当する額であり、王家は高等法院長の失脚という重大事を埋めて余りある利益を得ていた。
この件で大きな利益を得たマザリーニ、ワルド、そして後任の高等法院長は、裁決が下った夜、自室で同時に祝杯を挙げる。
トリステインの権力図を塗り替える、これが最初の一撃であった。

トリスタニアを離れる馬車がある。
夕暮れ時の茜色に染まった空と、がらがらと揺れる下級貴族の使うような古ぼけた馬車が、栄枯盛衰の儚さをリッシュモンに思い知らせてくる。
共の者も御者と小姓が一人づつのみ。
引き止める者も見送る者もおらず、無念さに涙しながら都を落ちる。
「止まれ」
フードを目深に被った者が道に立ち塞がり、すらりと剣を抜くと御者と小姓は我先にと逃げ出していく。
馬車の窓からその様子を見たリッシュモンも悲鳴をあげながら馬車から飛び降りるが、運動に慣れていない体は言う事を聞かず。
転倒し、地面をしこたま嘗めるハメになった。
「司法取引だ。タングルテールの虐殺での生き残りを探している。知っている限りの情報を教えろ」
女の声、しかし地面に倒れるリッシュモンは、そんな事より己の浅慮を大きく悔やむ。
転倒していたせいで、懐の杖を取り出す間も無く剣を突きつけられてしまったのだ。
人数が一人とわかっていれば、馬車の中からの魔法で蹴散らせたかもしれなかった。
「司法だと? 貴様官憲の類か? そ、それに取引材料も出さぬ取引なぞ成立するものか」
「この先に待ち構えて居るだろう、お前に恨みを持つ者達からその身を守り、無事に領地まで送り届けてやる。不服か?」
リッシュモンは虚勢を張って言い返す。
「ふん、平民の助けなど借りずとも我が魔法で……」
「では好きにしろ。何処に何が待ち構えているかも知らず、追撃を逃れる抜け道も知らぬお前がどうこの窮地を切り抜けるのか、お手並み拝見だ」
フード女は剣を引き、身を翻す。
慌てて追いすがるリッシュモン。
「ま、待て! お前捜査部の人間だな! な、ならば部下も何処かに隠れているのだろう!? 私に恨みを持つ者が居るのか!? そんな情報を得たのだな!」
「取引だ」
「な、ならば私を無事に送り届けた後……」
「お前がそうしてくれるなら我々は効率良く作業を進められる、それだけだ。お前が居なくともいずれ同じ成果は挙げられよう」
二、三人付け、抜け道を潜って領地までに辿り着く間のみの労務で済むのなら、調査に関する手間をかけるよりは効率的だろう。
それ以上を望む、もしくは時間を大切だと考えぬというのであれば、そんな手間のかかる情報は不要だ。
勝手に何処でなりとのたれ死ねというフード女の言葉に、リッシュモンは項垂れる。
「我々は情報を得、貴様は命を得る。信用が必要ならば貴様も随分見慣れただろう身分証を幾らでも見せてやろう」
そう言って捜査部所属である事を示す、紋章入りの指輪をリッシュモンに見せると、彼はようやく折れた。

それが重要な情報でなければ、見捨てられるやもしれぬ。
そんな不安がリッシュモンを掻き立てる。
自身がいかに重要なポジションでタングルテールの件を処理したか、立案から実行に至るまでの経緯を事細かに説明する。
尤もらしくロマリアとの友好云々と言っている部分は、まあリップサービスのようなものだ。
ここで動いた金云々と言った所で誰も得はすまい。
以上、部下からの報告からも生存者が居る可能性はゼロであるとリッシュモンは結論づける。
それこそ特務部隊の精鋭である隊員達が裏切りでもせぬ限り、生存の可能性などありえぬと言い切った。
フードの女は、目深に被っていたフードを掻き上げる。
思っていた以上に若い。
鋭い視線が、まるで敵を見るようである。
「……いいや、生存者は居た」
「だからありえぬと言っている。あのジャンという若い隊長は一欠けらの躊躇も無く全てを焼き払ったと他の隊員全てから報告が上がっているんだ」
女は、泣いていた。

「私が……唯一の生存者だ!」

いきなり斬りつけられた。
全身をなますのようにめった斬りにされる中、私は、どうやら選択を誤ったらしい事に漸く気付けた。
何の事はない、こいつが、捜査部に所属しているこいつこそが、私に恨みを持つ賊であったのだ。
「……う、うそつきいぃ……」
子供の様なそんな言葉が、私の今生最後の呟きであった。



既に退院したワルドは、執務室で任務の報告を受ける。
憔悴しきった顔でワルドに報告事項を告げるアニエス。
一通りの捜査資料を整理し終えたと伝えた後、思い出したようにリッシュモンが賊に殺された旨を付け加える。
「……おそらく、彼に恨みを持つ何者かの犯行かと」
リッシュモンの末路にはさして興味も無いのか、ワルドは特に返事もせず書類を見渡し判を押す。
「復讐か……誰がやったかは知らんしどうでもいい事だが、殺して終わり、では意味が無いと私は思う」
内心、心臓が飛び出しそうになっているアニエスを他所に、ワルドはぺらっと紙をめくる。
「誰かを殺したい程に憎む、そんな気持ちも理解出来ないでもないが、怒りも悲しみも、力に変えられぬようではどの道そいつに先は無いさ」
誰に語るというのでもないだろう。独り言のように呟く。
「全ての想いを、自らの信念を支える糧とし突き進む。そう出来てこそ、自身を想い倒れていった者の無念は晴らされる。私は、そう思っているよ……」
判を押し終えると、ワルドが最近良くやる苦笑を見せる。
「っと、済まない。どうもここの所愚痴っぽくていけないよ。ご苦労様アニエス、君は期待以上の働きをしてくれた。皆もそれを認めているだろう。良くやってくれた」
陰鬱な表情を貼り付けたまま、アニエスは頭を下げ退室した。
何時もは反応がとても素直なアニエスらしからぬ行動に、ワルドは顎鬚を撫でながら考える。
「流石に無理をさせ過ぎたか。疲れも溜まっているようだし、休暇でも与えてゆっくりさせてやらんとマズイ……か」
激務が常になってきている捜査部においても、アニエスのここ最近の働きは目を見張るようであった。
それだけに無理を重ねて来たのだろう。素晴らしい功績を挙げた事でもあるし、他の連中もアニエスならば納得するだろう。
休む暇など与えない事で有名になりつつあったワルドは、必要書類を書き上げアニエスに二日間の特別休暇を与えた。
ちょっとアニエス優遇しすぎかな、などと考えていたワルドの思考は捜査部外からの反応がかき消してくれた。
事情を聞いたグリフォン隊の副長は、しみじみとワルドに語ったものだ。
「……隊長、捜査部あれ働かせすぎですって。あれだけの勲功挙げた子に休み二日だけとか、鬼ですか貴方は」
「そ、そうか……いやしかしだな」
「しかしも何もありませんって。幾らなんでも他所との差がありすぎです、労務管理部良くあれで文句言ってきませんね。少しは自重して下さい」
文句言ってくるような奴はそもそも捜査部に入れてないのだから当然の結果であるが、他所と比べて労働時間が倍近くあると言われてはさしものワルドも抗弁しずらい。
気になって調べてみた所、実労働時間は人によっては三倍近くになってる人間まで居て、ワルドは慌てて全職員に休暇を取るよう命じた。
こんな仕事の仕方をさせていたら遠からず、当人はともかく、職員の一族や近しい者達から抗議が殺到するのは目に見えている。
しかし、命じるは命じたが、嫌な予感がして抜き打ちで調べると、誰一人、そうアニエスですら休暇を取っていない事が判明する。
捜査部を立ち上げて以来、一番背筋が冷えた瞬間だ、と後にワルドは述懐する。
本気で怒鳴りつけ、ようやく連中休暇を取ってくれたが、昼休みなどに何となく聞き耳を立ててみた所、誰もが家に書類を持ち帰ってやっぱり仕事してたらしい。
「モチベーションが高すぎるのも考え物だな……」
結局、当分の間ワルドは、他所の部署では考えられぬ贅沢な悩みに悩まされる事になる。



ワルドよりの使者から聞くべき事を聞いたラ・ヴァリエール公爵は、手勢にアジトへの強襲を指示する。
大貴族らしい典雅なやり方を好む公爵であったが、武力を行使すべきタイミングは決して外さない。
それが必要と判断したのなら、僅かな躊躇も無く配下の軍を動かす。
圧倒的な数で包囲し、一部の漏れも許さず徹底的に殲滅する。
公が王都の屋敷で処理すべき幾つかの案件を同時に見ていた所、執務室に首謀者たるモット伯が引きずられて来た。
伯はそこら中痣だらけにしながら、ぐったりと項垂れていた。
手勢の隊長を任せていた男が報告する。
「集まったならず者達全員の死亡を確認しました。こちらの被害は四名、いずれも平民です」
「遺体の処理は?」
「万事滞り無く。戦闘の音に気付き近寄ってきた者達も、全て我等が張った検問で追い返しております」
「ご苦労」
公は書類から目を上げ、モット伯を見る。
重要度の低い案件をとりあえずで処理するような口調で、ヴァリエール公爵は言った。
「ヴァリエール家に逆らうという事がどういう事か。理解したかね?」
隠れ家から執務室に引きずられてくる間にどんな事があったのか、モット伯は貴族の矜持も失って地面に這い蹲る。
「は、はいっ! 二度と! 二度とこのような愚かな真似はいたしませぬ!」
小さく嘆息する公。
「何だ、まだ理解しておらんか」
「い、いえっ! 存分に思い知りましてございます! 以後はヴァリエール家に絶対の忠誠と協力を誓わせていただきます!」
「二度とだの、以後だの、そんなものはありえぬ。そこを理解しておらぬと言ったのだ。連れていけ」
必死に哀願する伯は兵に引きずられて執務室を後にする。
公は無情な人間ではない。そんな様を哀れに思う心も持ち合わせている。
しかし、下した命令を撤回するような事も無かった。
「運の無い男だ。……まあ、今まで皆が認めていた事を突然許さぬと言われ、乱暴狼藉を働かれた挙句、大恥をかかされ、その上犯人はお咎めなしでは腹が立つも道理だがな」
使い魔に毒を盛るぐらいならば見逃してやらん事も無かったが、ルイズを殺すと兵まで集められては、こちらも相応の対処をするしか無い。
「法に乗っ取っていようと、理屈が正しかろうと、そんなものは我がヴァリエールの一族を傷つけて良い理由になぞならぬというのに。若すぎたなモット伯よ」
処刑完了の報告を、やはり先程と同じどうでもいい事のように聞き流し、ヴァリエール公はすぐにこの件を忘れた。



こうしてそれぞれの日々を過ごす彼等に、多大な影響を与える事件が遠きアルビオンの地で起こっていた。



アルビオン皇太子ウェールズ・テューダーは、残った親衛隊をかき集め、包囲網の突破を図る。
貴族派を名乗る反乱軍との二度の大きな戦、その全てが突然の配下の裏切りにより敗北を喫している。
王家への忠誠心篤き勇士であったはずの諸侯が次々と裏切って行く様、そしてそれが原因で勝てる戦を悉く逃している悔しさは筆舌に尽くしがたい。
それでも残った者達への猜疑心を表に出さぬウェールズの器の大きさは、王たるに相応しい物であったろう。
現に、老齢により身動き取れぬ王の代わりとなり前線に出るウェールズ指揮の下、細かな勝利は幾度と無く積み重ねて来ているのだ。
そんな勝利達も、二度の大会戦での敗北で全て帳消しとなった。
満を持し、これが最後と挑んだこの戦においても、やはり裏切り者は居た。
敵陣深くまで何度も斬り込み、ウェールズの窮地を救って来たその貴族は、勇ましさをそのままにウェールズへと杖を向けたのだ。
三度目の敗北。
万全の布陣で臨もうと、裏切りすら考慮に入れた策を練ろうと、有能で忠実な者から寝返っていく現状で、どうやって勝利せよというのか。
最早兵も尽き、反撃の余力も残っていない。
それでも、ウェールズは最後の瞬間までアルビオンを諦めてなるものかと皆を叱咤激励する。
抗する術など何一つ残っていないのに、王家の矜持を胸に秘め、ただひたすらに勝利の道を探し続ける。
それが指揮をするものの責務であり、例えこの身が朽ち果てようと、この信念だけは、決して折られてなるものかと。



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