あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鋼の使い魔-40


 丘の中腹にへばり付くように飛翔機は墜落している。斜面を茂る林の中、腹をこすりつけて落ちた機体は木々に挟まれ止まっていた。
 身体を捻って機体と地面の隙間から、ギュスターヴは脱出する。片手には何とかデルフを掴んでいられた。
「流石に死ぬかと思ったな…」
「運が悪ければぺしゃんこだぜ?まったくよー」
 悪態の尽きないデルフを腰に挿し林から出たギュスターヴに、丘の上から見下ろせる戦場の全景が入ってくる。
「…思ったより戦況が良くないな…」
 トリステイン軍が北に位置し、アルビオン軍が南、背に村を負った形になっているのがギュスターヴには見えた。
(タルブを守る戦でタルブから切り離されてしまっている…よくないな)
 アルビオン軍はこのままタルブに入り込むことが出来てしまうのだ。それではいよいよトリステインに勝ち目がなくなってしまう。
 …だが、アルビオンの軍勢はなぜか村に下がる事無く、トリステイン軍に向かって兵を進ませていた。指揮を執る者が居ない以上、目の前の敵に向かっていくしかないのであった。
「なんだあの軍団、指揮官が居ないのか…?」
 ギュスターヴの目からすれば優勢であるはずのアルビオン軍が、まるで烏合の衆でしかないという一種の矛盾に、不可解な雑音のような感覚を受けた。
 そのままじりっと戦場を眺めていると腰元の剣が騒ぐ。
「相棒、ぼやっと見物してないで嬢ちゃん探そうぜ」
「ん、そうだな…」


 デルフに促されるまま、ギュスターヴは丘を降りた。降りた先は丁度、アルビオン軍の真後ろに当たった。
 既に四方には累々たる屍が転がり、死臭が立ち込めている。美しい葡萄畑を湛えるタルブに似つかわしくない、死の世界だった。
「ルイズがもしタルブの戦場でアニマを集めるなら、こうして死体の転がる場所のはずだ…」
 死した生物のアニマは肉体を離れて大地に還る。
 仮に生物からアニマを吸い取るというのなら、生きている者より死に掛けている者の方が容易いだろう、という程度にはアニマの学問に対する知見がギュスターヴにもあった。
 横たわる死体の中をギュスターヴは歩く。視線の遠くでは行進するアルビオンの兵隊が見えた。
「……」
 自分一人戦場に突撃しようと、それは戦況になんら影響を与えないこと位、ギュスターヴも分かっている。だが、ギュスターヴの心情はトリステインに傾く。この国に、この国の人々の恩を受けたのだから、助力する術が何かあれば…とも思うし、国を動かしていたものだからこそ、国難をこの国の力で乗り越えて欲しいものだ、とも思った。
 二つ心をどちらかに固められるほど、ギュスターヴは超然ではない。

「うぅ……」
 傍の死体からうめき声が聞こえた。振り返ってその死体に駆け寄ると、アルビオンの傭兵であった。鎖帷子に固めた身体をずたずたに切られていたが、ほんのわずかだが息を残していた。
「あぁ…メイジの旦那……」
 死に体の兵士は血を失った顔色で、ギュスターヴを見る。
「わりぃけど傷…埋めてくれねぇかい…?」
 マントをつけていた姿を見て傭兵はメイジだと思ったのだろう。ギュスターヴは声をかけるべきか逡巡したが、言葉なく首を横に降った。
「けっ……なら一思いに…殺してくれ……苦しくてかなわねぇ……」
 空ろにそう言って、傭兵は冷えた目でギュスターヴをじっと見る。戦場の喧騒を背に、ギュスターヴは少し迷ってから、デルフを抜く。
 一呼吸置いて、兵士の喉笛を一突きに貫いた。
「っ!…!!………」
 声なき叫びを上げた傭兵は、やがてその目から光を消して、ぐったりと斃れる。
「やりきれないねぇ」
「戦場だからな…」
 寂寥とした気分を催す一人と一振りだった。
 だが、そこに黒い一陣の風が吹き込んだ。ギュスターヴは埃から目を覆う。
「うっ…」
「ふふふ…あははは……ああ、だれか、誰かいないのかい?トリステインの兵士で生きているものは……」
 風に乗って、誰かの嗤い声が聞こえてくるのだった。

「ああぁ…どうやら戦場で迷子になってしまったようだ…詰まらない……もっと僕はトリステインの兵士を殺さなくちゃいけないんだ…殺して、殺して、殺し尽くして、僕がトリステインを手に入れる。トリステインを手にして僕は、世界を…この世の真理を手にするんだ……ははははは…あぁ……」
 聞き覚えのある声だった。しかしそれは以前にも増して狂気と死の匂いを深めている。抜剣したままのギュスターヴは声のする方に剣を向けた。
「んん?…あぁ、いるじゃないかぁ。まだ生きている兵士が…ふふはははは!」
 声の主は血に濡れた身体で杖を振った。放つ真空の刃をギュスターヴはデルフで受け止めると声の主に向かって飛び掛る。
「おぉ?!」
 声の主は曖昧だった風情から一転、杖を構えて振り下ろされるデルフを受け止めると、血走った目でギュスターヴを睨みつけた。
「何だ…?お、ま、えは…何故ここに居るんだ?…ガンダールヴ…」
「アルビオン以来…随分と様子が変わったな、ワルド…」
 キリキリと杖と剣が鳴り、二人の視線がぶつかる。瞬間、ワルドは歯をガチガチと鳴らして力任せに杖を振り切ってギュスターヴを払い飛ばした。
「ガァンダァールヴぅぅぅぅ!」
「!!」
 ギュスターヴは叩きつけていたデルフごと弾き飛ばされるが、どうにか踏みこらえて剣を構えた。
 叫びを上げたワルドが皮手袋の左手で顔を引っかきながらぶつぶつとつぶやく。血に塗れた手で触れた顔に、屠った兵士の血で化粧がされていく。
「ガンダァァルヴゥゥ…何故お前が居るんだよぉ…えぇ?お前は、瓦礫の下敷きになったんじゃあ、ないのか?ん?……お前の役目はなぁ…俺の腕と引き換えに死ぬ事だったんだ」
 徐々に狂気の波を高くするワルドの周囲に、黒い帯が広がるように風が渦巻く。風の帯は漆黒を深め、その戦端が布を広げるように『飛び掛った』
「駄目じゃあないかぁ!役目を終えた配役はぁ!」
 飛び掛る黒い帯は鋭い『爪』を振りかざし、ギュスターヴに叩き付ける。
「っ?!『ディフレクト』!」
 未知の魔法にギュスターヴは咄嗟の防御技で打ち払った。黒い帯は払われるとそのまま掻き消えた。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ?!」
 咆哮に振り向けば、驚く事にワルド自身が猿(ましら)のようにギュスターヴ目掛けて飛びかかろうとしていたのだ。
「だぁ!」
 ワルドは振りかぶっていた左腕をギュスターヴに叩き付けた。それを受けたデルフから、硬い金属同士を叩き合わせた甲高い音が響く。
「死んでなきゃあ可笑しいだろうがぁぁぁぁぁ!」
(お、重い…!)
 叩きつけるワルドの左拳はギュスターヴの知る中でも一、二を争う重さを持っていた。しかもそれは剣に正面から叩きつけても傷をまったく負わない怪異なる拳だった。
「らぁ!」
「!!」
 拳に目を奪われていたギュスターヴだが、さらにワルドが右手の杖を横なぎに叩きつけようとしていた。ギュスターヴはさっと後ろに飛んでこれをかわすと、再び剣をワルドに向けた。
「相棒!どうするんだよこいつ?!」
「知るか!だが分かるのは、こいつをどうにかしないとルイズを探しにいけないってことだ」
 瞬間、ギュスターヴは思考からルイズを追いやって目の前のワルドに集中した。
(気を散らせては負ける…今のワルドは以前とは比べ物にならない危険を秘めている…)
 睨み付けるギュスターヴに、ワルドは杖を縦横に振って再び黒い風を束ねていた。
「はははははは!…殺してやる、殺してやるぞ、ガンダールヴ!今度こそ俺の手で、お前を殺してやるぞ!」



 『タルブ戦役・七―再戦、狂気のワルド―』



 ワルドの血に染まった軍杖が、楽団の指揮棒のように軽く振るわれた。
 たったそれだけで、跳ね上げるどす黒い風が空飛刃【エア・カッター】となって飛び掛る。
「『剣風閃』!」
 デルフを目にも止まらぬ速さで振り抜くギュスターヴ。払われた剣戟が風を伝って迫る刃をかき消した。
 だが、霧散する風の背後から、杖先が吶喊する槍先のように伸びてギュスターヴの脳天を目指して迫った。
「『ディフレクト』!」
 空かさず防御技を降るい、杖先はデルフに遮られて止まった。杖を握るワルドの姿は、ない。
 ワルドは真空鋲【エア・ニードル】を纏った杖を投げつけたのだ。
「ハァっ!」
「っ!?」
 自分の背後から迫る影と気配にギュスターヴの体は反射的に右方向へと逃げる。一瞥すれば一拍前まで自分の居た場所に、ワルドは左手で握った短い杖に作った真空鋲を地面に突き刺していた。
「ふはははは……どうしたぁ?ガンダールヴゥ…手も足もぉ…出ないかね…?」
 距離をとって立つギュスターヴに向かって、投げつけた杖を拾いながらワルドが喋る。
「あぁ、参ったね。偏在【ユビキタス】を使わぬとは恐れ入ったよ」
 軽口を吐きながらも、ギュスターヴは内心焦りも感じていた。以前のワルドは優秀な戦士ではあったが、もっとスマートな戦闘を行うタイプだった。教科書的な、正統な訓練を積んだ、詭計のない…。
(今のワルドはまるで獣(けだもの)だ…動きが読みづらい。それでいて以前と同じか、それ以上に速い…)
 一瞬で立ち位置を変える、まさに『閃光』の速さであった。

 にやにやと嗤うワルドが、短杖をしまって軍杖を振るう。雷雲のような黒い雲気を撒き散らしながら、狂気の男は語るのだった。
「偏在など所詮人の業だ…そうだろう?トリステインを戴く僕が使うべき、始祖の真理を得る資格のある者が使うべき、魔法の御業があるのだよぉ、えぇ?…分かるまい。ただ剣を振るうしか能のないお前にはなぁ」
 かくかくと身体を揺らして、ワルドは嗤う。
「どうやら片輪になって頭が壊れたらしいな。…お前のような狂人には何も出来やしない」
 話しながらギュスターヴも、じりじりとワルドとの間合いを詰めようとしていた。ワルドはどろりとした目で片手に握る軍杖を縦横に振った。
「切って捨てる…か…?」
 おどけ芸人のように、ワルドはゆらゆらと身体を振るった。振りまく雲気が濃く、深く……ワルドとギュスターヴを包み込んでいく。
「なら切ってみろ…突いてみろ…お前のたった一つの刃で…」
 徐々に視界は、ただ黒い霧の中へと落ち込んでいった。根深い、まるで闇のような霧だ。三歩先も見えやしない、血と殺意を染み込ませた邪な心でその場が満たされた。たった一人の手によって。
「………」
 一滴の冷や汗を背に、ギュスターヴは半歩下がった。だが、あくまでもデルフの切っ先はワルドを向いて鋭く輝いた。
 ワルドは杖を振り上げて仰ぐような姿勢で固まる。
「狗のぉ…餌になって…死ねェ!」
 一陣、突風がギュスターヴに吹き付けられる。わずかに視界を遮られたギュスターヴが再び正面を見た時、視界全域はワルドの生んだ黒い霧の中だった。
(まずい!)
 ギュスターヴが危機を感じた際に、地面を踏み切る音と風を切る音が聞こえた。
「ッシャアァ!」
 『ディフレクト』を仕掛けることも出来なかった。暗い霧の中から飛び出た『何か』がギュスターヴの腕を薙ぎ、また霧の中に戻っていく。
「っ!…」
「相棒?!」
「いや、大丈夫…。布を持ってかれただけだ」
 腕自体はかすり傷を残しただけだったが、その上の革布が千切り取ったように破けていた。
 安堵したのも束の間、再び風切り音と共に霧の中から『何か』が飛び出してギュスターヴに迫る。
「…『ディフレクト』!」
 硬い金属音が響いて『何か』を弾き返した。
「…くくく……おぉしかったなぁ?ガンダールヴ」
 霧の中よりワルドの声がまるで四方八方より聞こえるような錯覚を起こさせる。
(気後れするな…気後れなど…)
 こんなところで足止めを食っている場合ではないのだ。ルイズを見つけなければならないのだから。
 呼吸を整え、構えを変える。左手のルーンに光が篭り、霧の奥を駆ける足音と呼吸音が鮮明に聞こえた。
 ワルドの踏み切り音を聞いて、ギュスターヴは聞こえる方向に向かってデルフを打ち込んだ。
「『払い抜け』!」
 飛び込んだ先で、霧の中で鮮明に見えない人影とすれ違う。その刹那、左の頬を冷たい『何か』が掠め、剣先にも金属を切りつける感触が伝わった。
「んー。惜しかった…今のはとても、惜しかったぞ…」
 着地して振り返ると置き土産のようにワルドの声が聞こえた。手ごたえはあったが、負傷は与えられなかったようだ。
 ワルドの次の攻撃、特に背後を警戒しながら、ギュスターヴは問いかけた。
「…デルフ。生きてるか」
「…生きてるぜー。っていうか生きてるのか俺様?ま、いいや…で、なんだいこんな時に」
「さっき切りつけた時、何か判ったか」
「当たったのは左腕だ。でも前みてーにスパッと行けなかったぜ。わりぃ」
 話している中、再度霧の中から『何か』が飛んでくる。それを今度は横飛びに避ける。
「…気にするな。防具の類じゃなさそうだな」
「おつむも普通じゃなくなってるしなー」
 遠くから兵士達の喧騒が聞こえる中、一人と一太刀は変わり果てた男の嘆きを聞いた。
「あぁ!残念だガンダールヴ…やっとお前と戦えたのに。今の僕とお前じゃ話にならないじゃないか」
「好き勝手な事を言う…」
 飽いた玩具を投げ棄てるように、ワルドから芝居がかった嘆きの声が聞こえてくる。
「もういい!残念だ。残念でならないよ!お前を豚の挽肉のようにバラバラにしてこの倦んだ気分を雪ぎたいんだ!だからさっさと死ぬんだ。抵抗できず、恥知らずに喚いて死んでみせろ」
 霧の奥から聞こえる音がギュスターヴに飛び掛ろうと迫り来る。ギュスターヴは自身の間合いにやってくる、拳大の『何か』をじっくりと見た。集中する意識が時間を引き延ばしていく…。
(霧の中から飛び掛る物体…踏み込んでも切り倒せず…素早く逃げられる…)
 平手に伸びきった左手が、ゆっくりとギュスターヴの頭を狙って飛んでくる。
(切る…たった一つの剣で…一つ…一方から…)
 引き伸ばされた意識の中が、ワルドの攻撃の正体を発見させ、ギュスターヴの脳裏に煌く。

 その時、電撃が身体を駆け巡った。

 瞬間、ギュスターヴは身体をよじってワルドの『どこからか飛び出した』左手を避ける。
「…デルフ」
「あによ」
 柄を握り直し、ギュスターヴは笑った。
「閃いた。あの逝かれた若造を…殺る。壊れずにいろ」
「ちょーっと自信が無いけど、いいぜ」
 不可思議であった。屍の転がる場所で、狂人と戦っているのに。
 ギュスターヴは何故か晴れやかに笑ったのだ。

 霧の中で対峙していたワルドは自身の生み出した死角越しに、澱みきった目でそれをまざまざと見た。そして相に浮かべる狂気の無表情をぐずぐずと崩す。ぎりぎりと歯を鳴らし、眉を震わせると…大きな声で叫んだ。
「あぁぁぁぁああぁああぁあぁああぁあぁアアァアアアァアアアァアアァァァァァ!!!!」
「わ?!なんだ??」
 デルフが突然の叫びに驚く。だがギュスターヴは逆に冷静な目で声のする方に構えなおす。
「ふっざけるなよガンダールブなぜ嗤うんだお前は今から殺されるんだ僕の手で魔法に負けて体中を切り刻まれて狗でも食わぬゴミに変わるんだそうだあの目立つ鎧が気に食わないなんだあればお前のような狗が身に着けるに値しない過分なものだそうだろうなんだなぜ嗤う僕を嗤うのか?僕の何処を嗤う僕はこれからトリステインを手に入れて世界を手に入れるんだお前が嗤える筈がないんだお前がおまえがオマエガオマエガオマエガオマエガオマエガオマエガァ!!」
 ぶつぶつとつぶやき、激昂に叫ぶワルド。
 ギュスターヴはそれを見て、さらに笑う。何処までも晴れやかに。
「ワルド。お前も笑ってみせろ。目の前をよく見てな」
「ガァァァァァァンダァァァァルヴゥゥゥゥ!!!」
 極まるワルドの狂気が風に乗って集まる。黒い、余りにどす黒い意思が風の魔法に込められて渦巻いていた。
「デルフ。まずは…あいつを捕まえるぞ」
「おう、ばっちりやんな」
 霧が風に乗って吹き付けてくる。視界を取られ、姿勢を崩されるような強烈な風。
 その強烈な風を縫うようにワルドの左拳がギュスターヴの左胸に突き刺さった。
「ぐっ!…ぅ…」
 鋼の鎧を変形させて肋骨に食い込んだ拳を、意識が一瞬飛びかけたギュスターヴは右手で抜けないように押さえつけた。
「鎧を着けていて…助かったな…」
 食い込んだ拳の、手首から先を手繰り寄せた。細い鎖が霧の先まで伸びているのが分かった。
 ギュスターヴはそれを、一気に手元まで引っ張った。
「うぉぉぉ!」
 引き寄せるワルドの体目掛けて、デルフの切っ先を突き出す。
 引き寄せられたワルドは右手の杖を逆手に握り、魔法で黒い霧を生み出していたが、力任せに引き寄せられた姿勢で杖を叩きつけようと振りかぶった。
 兵隊服と鎖帷子を絶つ感触と、肩を何か硬いものが突き刺さっていく感覚を覚えて、ギュスターヴの視界から濃霧の遮りが消えた。


「この…使い魔…無勢がぁ…!」
 呻くワルドが今、はっきりとギュスターヴの視界には映っていた。
 以前断ち切ったはずの左腕、それを細工仕込みの義手に変えたワルドの手管も、腹に深々とデルフが食い込んだ今、使うことは出来なかった。
 暴れ紛れにワルドはデルフを腹から抜き、間合いを取って構えた。
「……まだ、やるかい?」
 ギュスターヴもまた深手を受けた。鎧越しに胸を打たれたし、肩には今も杖先が刺さっている。
 しかし血を多く流しているはずのワルドは短杖を抜き、真空鋲を纏わせてこちらを睨む。
 死闘まだ終わらず。ギュスターヴも肩に刺さる物を抜き棄て、構える。
 にらみ合う二人の間がじり、じりっ、と詰る。集中する意識が視界を陽炎のように歪ませる。ただ、ギュスターヴの鎧の擦れ音とワルドの杖先を渦巻く風の音が、互いの耳に聞こえていた。
 数呼吸、先に動いた狂人がまさに『閃光』の二つ名に相応しいスピードで、ギュスターヴの額を貫いた。
 手に残る感触が、軽い。目の前のギュスターヴが消えた。
「…ぁ?」
 ワルドは背中に違和感を感じた。何か硬いものが押し付けられるような感覚に振り返ると、霧散するギュスターヴの残像を見る。
「な、に…っ?!」
 さらに違和感、今度は左脛を何かが打ち付ける。さらに右肩、右腰、右脛、左脇腹…
「ぇ…ぁ…?」
 それは徐々に違和感では無く、痛覚となってワルドに認識された。幾何級数的に増え続けてワルドの全身を覆う。
 周囲を囲むギュスターヴの残像が同時複数的に切りつけることによる不可避の攻撃だった。残像が全体ではなく、たった一人に向けて無数の方向より攻撃することに遣われたのだ。
 残像がワルドを切り続ける中で、実体のギュスターヴが大上段にデルフを構えて飛び込む。
「『全方位剣』(マルチウェイ)!」
 右肩から縦に身体を割る一刀両断の一撃がワルドに滑り込んだ。デルフリンガーの耀く剣先が皮を裂き、肉を切り、肺腑まで達してようやく、その勢いを止めた。
 血の花が大地に咲き乱れる。鋼の大帝の髪も、肌も、鎧も、男の血飛沫を逃れられなかった。

「っが!…あぁっ…はぁっ……」
 膨らまない肺腑が呼吸を奪いながら、常人ならショックで絶命する一撃を、ワルドの意識は偶然にも、その脳裏にこびりついて残っていた。
 剣を自分に振込み、肩で息をする血染めの『使い魔』を見て、クロムウェルから貰い受けた左腕を突き出し、喉輪に手をかけた。
「ぐっ…」
 ギリギリと締め付けてやると顔を顰めるギュスターヴ。それを見て、ワルドは嗤った。
「ククク…殺して…やるぞ…ガンダールヴ」
 最早ワルドには己が死につつある事すら、分からなくなっているのだった。何故苦しいのか、なぜ戦場にいるのか、なぜ戦っていたのか。ただ、戦っていればかつて、自分が欲したものを手に入れられるのだと、漠然と思っていたから。
 銀の指先が頸の肉に食い込んでいくが、徐々にワルドの息も細くなっていく。
「お前を殺し…て…トリステインを…」
 そこまで言って、ワルドの表情にわずかにだが、理性の光が蘇ったように、ギュスターヴは思った。
「…ズ…みに……くの……」
 二、三語繰り返し、最期に知らぬ女性の名前をつぶやくと、デルフで身体を割られ、ギュスターヴに指を食い込ませた男は、険しい表情のまま、逝った。

 デルフを引き抜き、指を外す。ワルドの身体が人形のように固まったまま地面に倒れた。
「……若造が才走りやがって」
「やりきれねぇな…相棒」
 肩で息を整えながら、斃れたワルドの開ききった目を、じっと見た。
「死に際に、微笑まぬ者は…」
「ん?どうした、相棒」
「……いや」
 デルフを拭いて鞘に収め、ギュスターヴはその場を後にする。その目には言いがたい、戦士の悲しみが滲んだ。



 ギュスターヴはデルフと共に東の丘を目指して歩く。西の丘から見た戦場が今、どうなってるのか、既に分からなくなっていた。見えるのはアルビオンの兵隊の後姿ばかりだからだ。
 さらにギュスターヴ自身、疲労に身体の自由を取られていた。膝が笑い、息が上がる。
「無駄に時間と体力を使ってしまったな…」
「加えて相棒、『ガンダールブ』の力、あんまり使えてなかったしな」
 話しながらも周囲を見渡す。遠くから喧騒、そして砲撃音が聞こえる。
「本来ガンダールヴは主人の盾なんだ。主人の危機に対してガンダールヴの力が発揮される。さっきみてーに手前一人のピンチじゃ殆ど、ガンダールヴの力はでねぇから」
「つまり年相応の体力とパワーしか出せてなかったってことか…」
「おう。ま、相棒もともと剣の達人みたいだし、あんまり大事にならねーですんだけど、体力の方はどうにもなんねーな。相棒、いい年だし」
「一言多いんだよ…」
 話しながらギュスターヴは東の丘の中腹に立ち、改めて戦場を鳥瞰した。上を向けば船が漂い、下に向けて砲を撃っている。地面はそのせいか、炎の壁があちこちに立ち上がっているように見えた。
「このままだとトリステインが負けるぞ…」
「でもお嬢ちゃんも見つかんねーしなぁ……おおぅ?」
「どうした、デルフ」
 カタカタとデルフが騒ぐ。
「なんか、ものすげーよくないものがくる…感じがする」
「良くない物?………っ?」
 デルフが鳴る、というより震えているのを抑えると、急に視界が暗くなるのに気付く。
 空浮かぶ船の間から空を見ると、厚い雲が掛かり始めているのだとわかった。
「雨…か?良くない物って」
「いや、ちげー。もっと上からくる」
「もっと、上…??」
 曇天が雷雲のように呻り、タルブ北面街道が震えた。木板を引き裂くような轟音が劈くほどに鳴り響くに至って眼下の戦場でも、にらみ合う両軍が異変を察知して俄に矛を止め始めた。
 ギュスターヴは切れ間に見える天上の暗さに、ふと変貌したルイズが携えていた怪しげな卵を脳裏に蘇らせていた。
 経年が養った直感が、この空をルイズと結び付けさせた。
「………来るぜ」
「何?」
 両軍が立ち止まっても尚、空は割れんばかりに鳴り響いて止まない。さらに曇天は濃くなり太陽の光は薄く、暗く……。

 そして。天上の雲を切り裂いて落ちる一筋の光が、不吉な戦場の真上に零れた…と思った瞬間。

 光が空に浮くアルビオン軍艦の一つを貫いた。

 爆音、熱波、閃光が高度約400メイル上空から戦場全域に向かって放射した。戦場に居る者はギュスターヴを含め、知らぬ間に悉く目を覆い身を屈めさせるほどの音と光と熱が、一瞬であらゆる者に叩きつけられた。
「「「っ?!」」」
 そして目を見開いた時、ギュスターヴの視界には火達磨になった船が地面に落ちようとする姿があった。

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