あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

重攻の使い魔-05


第5話 『巨人達の戦場』


 赤い月の輝きによって照らされる庭園。その中を幼いルイズは必死で走り抜け、自分を追いかけてくる者達から身を隠すために植え込みの中へと逃げ込む。

「ルイズ、どこに行ったの!? まだお説教は終わっていませんよ! 早く出てきなさい、ルイズ!」

 母親の怒鳴り声が庭に響く。ルイズは母親の声を聞いて植え込みの中で身を竦ませる。なぜ自分ばかりが怒られるのだろう。二人の姉はいつも褒められて、怒られることなどないのに。ルイズが縮こまっていると、植え込みの隙間から近付いてくる二組の足を見つけた。どうやら使用人らしく、世間話が聞こえてくる。

「ルイズお嬢様は難儀ですねぇ……」
「全くだわ。エレオノールお嬢様とカトレアお嬢様はあんなにも魔法がおできになるというのに、ルイズお嬢様ときたらフライの一つも使えないんだから。おまけにいつもこうやって逃げ出して……。本当に手間ばかりかけさせて」

 すぐ近くにルイズが潜んでいるとは思ってもいない使用人達の会話を聞いてルイズは悲しくなった。この者達もやはり自分は出来損ないだと思っているのだ。みんな、自分が会う者はみんな自分の敵になる。母親、エレオノール、そして平民の使用人達までも。ルイズの幼い精神では、己の感じる悔しさや悲しさに上手く説明を付けることは出来なかった。
 使用人達はルイズの隠れている植え込みを掻き分けて探し始める。このままここにいたら見つかってしまう。そして怒り猛っている母親の元に連れ戻されてしまうに違いない。そんなことは嫌だとルイズはまだ見付からぬうちに植え込みから逃げ出した。逃げ出したルイズが向かったのは、庭師以外が立ち寄ることは余り無い、中庭にある静かな池だった。勤勉な庭師によって常に手入れされている池の周囲には季節の花々が咲き乱れ、石造りのアーチとベンチには悩みなど持っていなさそうな小鳥達が集っている。
 その池のほとりに一艘の小船が浮いていた。かつては舟遊びを楽しむために使用されていたが、二人の姉は立派に成長し、父親は近隣貴族との付き合いと趣味の狩猟に精を出すようになり、母親は娘達の教育と嫁ぎ先以外に目が入らなくなっている。結局、現在この池と小船を気にしているのはルイズと庭師の老人だけであった。その庭師も、昨日ここを手入れしたばかりであり、今日は別の場所の手入れをしているはずであった。誰も立ち寄らない静かな池に浮かぶ小船の中でルイズは丸くなって隠れていた。あらかじめ用意していた毛布にくるまり暖を取る。しばらくしゃっくりを上げながら泣いていたが、そのうち泣き疲れてルイズは次第に夢の世界へと旅立っていった。




 老人が玄関前の植え込みの手入れをしている時、ルイズの母親でありヴァリエール公爵婦人であるカリーヌが苛立ちを顔に貼り付けながら歩み寄ってきた。それに気付いた老人は鋏を地面に置き、失礼のないようカリーヌが口を開くのを待った。老人は先程から使用人達にも何度か声を掛けられおり、おそらくカリーヌも同じ要件だろうと予想していた。

「リットー、ルイズを見かけなかったかしら。あの子、また逃げ出したのよ」
「はあ、誠に申し訳ないのですが、わたくしはルイズお嬢様は見かけておりません。朝からここの手入れをしておりましたが、お嬢様らしき人影はありませんでした」

 予想通りの質問に、リットーは決まりきった返答をする。そのリットーの態度に何か感じる所があったのか、カリーヌは続けて質問する。

「よもやあの子を匿っている、なんてことはないでしょうね?」
「まさか! カリーヌ様に虚言を吐くなどという恐れ多いことなど出来ようもありません。ただわたくし、最近また一段と目が悪くなりまして、もしかしたらいたはずのお嬢様に気付かなかったのかもしれません。それについてのお叱りならば謹んでお受けいたします」

 カリーヌはリットーの頭からつま先まで眺め、ふうと溜息をついた。

「疑って悪かったわね。とにかくあの子を見かけたら知らせて頂戴」
「承知いたしました」

 そう言うとカリーヌはまた同じように肩で風を切りながら立ち去っていった。カリーヌの後姿を眺めながら、リットーはルイズの隠れているだろう場所を思い浮かべる。おそらくルイズは中庭の池に浮かぶ小船の中に隠れているのだろう。リットーはルイズがカリーヌに叱られた時、いつもそこに隠れていることを知っていた。
 ルイズは誰も知らない自分だけの世界だと思っていたのだが、所詮は子供のすることであった。中庭に人影がないのは事実であったが、保守作業を行っているリットーにはルイズが中庭でしばしば遊び、また小船を隠れ家にしていることは明白だった。保守作業の中には小船の整備も含まれており、いざ作業をしようとした時に毛布が持ち込まれているのを見れば誰でも気付くというものだ。
 屋敷にいるものは皆、ルイズが母親から頻繁に叱られていることを知っている。だが叱られる度に小船に隠れて泣いているのを知っているのはリットーだけだった。余りに不憫なルイズの姿に、リットーは今回のように叱られている最中に逃げ出した時は黙って知らぬ振りをするようにしていた。小船の中で少しでも気が晴れるのならそれでいい。

「お嬢様もお可哀相になぁ……」

 そう呟くと、リットーは再び植え込みの手入れを始めた。




 赤く赤く燃え上がる大地、夢の中のルイズは力なくへたり込んでいた。いつもあるはずのヴァリエール家の屋敷は見渡す限りどこにも無く、あるのは恐ろしく巨大なゴーレムの残骸だけだった。奇妙に体を捻らせ、大地に倒れ伏す巨人の目が幼いルイズを凝視している。その虚無を湛えた目に、ルイズは震え上がってしまう。

「お母様、お父様ぁ! どこにいるのー!? エレオノール姉様ぁ、カトレア姉様ぁ、怖いよぅ!」

 ルイズはそう叫ぶも、答える声はない。響くのは炎の上がる音と乾いた大地を駆け抜ける砂嵐の音だけだった。ここには命といえるものは何も無い。理由などなかったが、ルイズはただそう確信した。自分は本当に一人ぼっち。そう考えただけでルイズの瞳からはぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。

「やだぁっ、おうちに帰りたいよぅ!」

 ルイズが泣き喚いていると、それまでの炎と風の音に耳をつんざくような甲高い音が混じり始める。しばらくすると遠くに影が現れる。一つ二つと影は数を増やし、次第にルイズが座り込んでいる場所へと近付いてくる。そしてまた、反対方向からも同じように複数の影が現れる。影は近付くにつれ巨大になり、次の瞬間ルイズの目の前で15メイルはあるかと思われる鋼鉄の巨人が激突した。

「きゃあぁぁっ!!」

 激突と同時に周囲から巨大な爆煙があがる。大地は削れ大量の砂埃が舞い上がる。小さなルイズの体もまた枯葉のように吹き飛ばされ、25メイルほどの距離を置いてきりもみしながら大地に叩きつけられた。ルイズが呻きながら顔を上げると、すぐ傍で50は下らない数の巨人が光の剣や炎の出る棍棒を手に戦いの狂宴を演じていた。ある巨人が敵を切り倒すと、その巨人はまた別の巨人が振り下ろした輝く棍棒で叩き潰される。
 その時、上半身を切り飛ばされた巨人がルイズの2メイルほど隣に吹き飛ばされてきた。ルイズは己に向かってくる巨人から目を離すことも、逃げ出すこともできなかった。完全に腰が抜けてしまい、もはや這いずることすらできない。

「もうやだぁ……。お父様……お母様……、姉様ぁ……助けてよう」

 喉がかすれ、ルイズは叫ぶこともできない。ただただぐすぐすと泣きながらここにはいない家族に助けを求める以外にルイズに選択肢は無かった。そしてその選択肢も、全く意味の無いものでしかない。
 ある時、一体の巨人がすすり泣くルイズを目に留めた。ルイズが視線を感じて顔を上げると、光の棍棒を腕に取り付けた巨人が光り輝く瞳を向けていた。その巨人は軽く跳躍すると、ルイズのまさに眼前へと砂埃を巻き上げながら着地した。ルイズは自分に向けられる明確な殺意に身を震わせる。巨人が腕を振り上げると、ルイズは思わず目を瞑った。次の瞬間には恐ろしい速度で振り下ろされ、自分はあっけなく死ぬのだ。誰にも歓迎されない自分。短い人生が走馬灯のように流れ、もう諦めたその時、けたたましい音が響き渡った。ルイズがそっと目を開けると今しがた自分を殺そうとしていた巨人はずっと遠くに吹き飛ばされ、体から赤い炎を吹き出していた。背後から
ずしんずしんと足音が聞こえ、ルイズが振り返るとそこには真紅の鎧を纏った巨人が立っていた。

「ら、いでん……?」

 ルイズは思わずそう呟く。ライデンとは何か、何故自分はそのような言葉を発したのか。なにもかもがルイズの理解の範疇を超えていた。
 巨人はルイズを殺そうとするでもなく、静かにルイズを巨大な手のひらに乗せると、甲高い音を上げて後退し始める。それまで大地を赤く染め上げていた戦火は徐々に鎮まりつつあり、ルイズは巨人の手のひらから同じように後退していく巨人達を呆然と眺めていた。




 魔法学院自室で一晩中うなされていたルイズは目を開くと、がばりと勢いよく身を起こした。

「はぁっ、はぁっ……はぁ……」

 ルイズは起き上がると同時にごくりと唾を飲み込んだ。寝巻きが汗でぐっしょりと濡れている。何かとてつもなく恐ろしい夢を見ていた気がする。ルイズはしばらく深呼吸を繰り返し、何とか呼吸を落ち着かせた。丁度いい時間に起きれたことは良いのだが、なにぶん目覚めが最悪だった。起きた瞬間に夢の内容のほとんどを忘れてしまったが、今の自分の姿を見る限りろくでもない夢だったのだろう。

(何か懐かしい夢を見たような気もするけど……、一体どんな夢を見たのかしら。思い出せない)

 とにかく体に張り付いて気持ち悪いことこの上ない寝巻きを脱いで体を拭かなければならない。つい先日の学院宝物庫のフーケ襲撃で精神が参っているのかもしれない。弱音を吐くまいと生きてきたルイズであったが、このような突発的かつ衝撃的な事態になると心の弱さが露呈してしまうのか、とルイズは溜息をつく。とはいえ、今回の事件では生徒どころか多くの教師もうろたえきっていた以上、ルイズの嘆きは必要以上に自分を卑下するものだった。
 そそくさと体を拭き、普段着に着替え終えたルイズはいつも通り洗濯物を籠に放り込み、朝食を取るため食堂へと向かう。

「さ、行くわよライデン」

 何気なくルイズは己の使い魔をそう呼んだ。そして自分が言った言葉をルイズは自覚していなかった。




 朝食を終え、ルイズは他の生徒よりも一足早く教室に向かう。昨日の夜は予習どころではなかったので、少しでも授業前に予習しておきたかったのだ。
 ルイズは教科書を開き、予習に集中しているとキュルケが大勢の取り巻きを引き連れて入ってきた。取り巻きは全て男子生徒であり、みなキュルケを振り向かせようと美辞麗句を並べ立てる。キュルケはそのような男子達を手元に置いておくためのリップサービスは忘れない。キュルケの艶のある唇が動かされる度に男子生徒たちの顔が明るくなる。
 そして、取り巻きにちょっとごめんなさいと断ると、キュルケは優雅な足取りでルイズの傍へとやってきた。

「おはようルイズ。朝から勉強に精が出るわね」
「……なんか用? わたしは今予習で忙しいんだけど」

 キュルケはあからさまに挑発する姿勢を見せたが、やはりルイズは真剣に取り合おうとはしなかった。キュルケは多少むっとした表情を作ったが、ここ数日間のルイズとのやり取りを思い出し、あまり生産的ではないと判断したのか早々に矛を収める。そして先日の事件について新たに知った話を始める。
 実の所キュルケは本気でルイズを嫌っているわけではなかった。どちらかといえば好意に近い感情を持っているのだが、ツェルプストーの血のためか、ついルイズをからかってしまうのだ。そして今まではキュルケのからかいにルイズが必死になって言い返していたのだが、ここ数日は反応も極めて薄いものになり、正直からかう意味が無くなってしまった。意味が無いと判断すれば、キュルケの切り替えは早かった。

「昨日殺された先生ってミスタ・メレガニーだったって話聞いた?」
「ミスタ・メレガニー? あの『鬼火』のメレガニーが殺されたの?」
「そうよ。仮に『鬼火』が油断してたのだとしても、歴戦のメイジをフーケはいとも簡単に殺して宝を盗み出した。恐ろしい話よ。まあもうこのあたりにはいないとは思うけど」

 キュルケから聞いた話はまた意外なものだった。今しがた話しに上ったメレガニーの二つ名は『鬼火』。ゆらゆらと空中に浮いた鬼火を自在に操り、確実に標的を倒していくという戦い方をするということで勇名を馳せた者がメレガニーだった。以前は魔法衛士隊に所属し、数々の戦場で恐れられていたメレガニーは、齢50を過ぎた所で後は若い者に任せる、と言って一線を退いた。その後は魔法学院の教師として教鞭を振るっていたのだが。そのような者すら簡単に手玉にとってしまうフーケに、ルイズは軽く身震いしてしまう。

「そんな深刻な顔しなくてもいいじゃない。後は王宮に任せるしかないんだから。わざわざ大したお宝を持ってない生徒をフーケが狙うなんてありえないから安心なさいな」
「……む、そんなこと分かってるわよ」

 何かキュルケに年上面をされたような気がしてルイズはむっとした表情になる。そっぽを向いてしまったルイズを見て、キュルケはくすくすと笑った。

「そういえばルイズ、あなたあのゴーレムに名前付けてあげたの? いつまでも名無しじゃ可哀相じゃない?」
「……そうね。ライデンにぴったりな名前が中々思い付かないのよ」
「え? ライデン?」

 ルイズがさらりと言った言葉にキュルケは目を丸くする。ぴったりな名前も何も今自分で言ったではないか。しかし当のルイズはそのことに気付いていないらしい。

「何よ、その顔。わたし何か変なこと言った?」
「ルイズ、あなた今あのゴーレムのことをライデンって呼んだじゃない。気付かなかったの?」

 キュルケの指摘にルイズはぽかんとした表情を浮かべ、先程の自分の言葉を思い返す。確かにライデン、と言っていた気がする。何故気付かなかったのだろうか。ルイズはつい自分の記憶力を疑ってしまう。しかし自分はどこでライデンという名前を思い付いたのか。無意識のうちに名前を決めていたのか。
 思い悩み始めたルイズを見て、キュルケはあまり上手いとはいえないフォローをする。

「まあ、いい名前なんじゃない? 他に思いつかないならライデンでいいと思うけど」
「……そうね。この際ライデンでいっか。うん、そうするわ」

 召喚されて一週間以上経ったこの日、ゴーレムは名前を与えられた。ルイズは知る由も無かったが、奇しくもゴーレム本来の名を言い当てていた。




 ルイズ達が『疾風』のギトーによる講義を受けていたその時、突然教室の扉が勢いよく開かれた。大きなロールの金髪のかつらをかぶり、レースの飾りや豪奢な刺繍が施されたローブを纏うという珍妙な格好で現れたのはコルベールだった。何やら酷く慌てている様子である。

「ミスタ・コルベール、何事ですか。今は授業中ですよ」

 ギトーの非難の込められた言葉にコルベールはこほんと咳払いをすると軽い謝罪の言葉を述べ、生徒全員に聞こえるよう話し始める。

「申し訳ないミスタ・ギトー。ですが急を要する連絡なのです。……えー皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって素晴らしき日となりました。始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、とてもめでたい日です。突然のことですが本日の授業は全て中止となりました」

 一体何事かと教室にいる生徒達がひそひそと話し合っている。降って湧いた授業中止の知らせに喜ぶ者も少なからずいた。コルベールの後ろでギトーが何か言いたげな表情を作るが、コルベールは気づかずに話を続ける。

「恐れ多くも先の陛下の忘れ形見であり、我がトリステインがハルケギニアに誇る美しき姫君、アンリエッタ姫殿下が本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 コルベールの口から出た予想外の言葉に教室のざわめきが一層大きくなる。貴族の子弟といえども王族を間近に見ることは稀である。精々パレードの際に平民と同じように遠くから眺めるしかないのだ。運がよければ近くから眺めることもできなくはないが、そのような場所の競争率は非常に激しく、貴族だからといって割り込めるようなものではなかった。そのためか見るからに興奮している者も多く、一瞬にして教室が浮き足立ってしまっていた。そしてそれはギトーにとっても同じであった。
 コルベールが静まるよう大声で注意すると、熱狂は少しばかり落ち着いた。

「したがって間違っても粗相があってはいけません。誠に急な話ですが、只今より学院の総力を挙げて歓迎式典の準備を行います。授業の中止はそのためです。生徒諸君は正装して正門に集合した後、整列すること。以上です」

 生徒達は緊張した面持ちとなり、神妙に返事をした。生徒達の正確に状況を理解している様子を見て、コルベールはよろしいと重々しく頷いた。そして一際力のこもった口調で告げた。

「昨日、フーケがこの学院を襲うという嘆かわしい事件が起き、我々はミスタ・メレガニーという素晴らしい方を亡くしました。姫殿下は大層悲しんでおられているようです。二度とこのような悲劇を起こさないためにも、再び姫殿下を悲しませるようなことを無くすためにも、我々は姫殿下に弱き姿を見せるわけにはいかないのです。分かりましたか?」

 生徒達は一斉にはいと返事をする。コルベールは後はよろしくお願いしますとギトーに言うと、入ってきた時と同じように急いで出て行った。教室に残された生徒達はギトーの指示に従い、姫殿下を迎えるために急いで準備を始める。
 ルイズは突然の王女の来訪に幼い頃の記憶を刺激され、郷愁なのか寂しさなのか、自分でもよく分からない思いに囚われていた。




 民衆の間を走る馬車の中で、本日13回目の溜息をついている少女がいた。その少女の名はアンリエッタ・ド・トリステイン。ここトリステイン王国の王女であった。すらりとした細く美しい顔、そして薄い青色の瞳には憂いが湛えられている。先程民衆に見せていた笑顔はどこにもなく、ただただ憂鬱な表情を貼り付けていた。傍にいるマザリーニ枢機卿が今後の予定を説明するも、アンリエッタは心ここにあらずといった様子で返事をするでもなく聞き流していた。マザリーニは内心溜息を付くと、いい加減要領を得ないアンリエッタに苦言を呈する。

「殿下、王族たるもの無闇に臣下の前で溜息などつくものではありませぬ。弱き姿を見せぬのもまた王族の勤めなのです。そのような態度ではいらぬ不安を煽ることになりかねませんぞ」

 マザリーニの言葉に、アンリエッタの憂鬱は更に深まっていった。諦観と苛立ちの込められた声で返事をする。

「王家、王族、そして王女……。ただ臣下の言うままにしか動けない者が果たして王族なのでしょうか?」
「……ゲルマニアとの同盟の件ですかな」
「私だって分かっています。あの礼儀知らずの裏切り者達に対抗するためにもゲルマニアとの同盟が必要なことは。それでも、私は……」

 アンリエッタの憂鬱は正にそれであった。まだうら若き乙女が、壮年に差し掛かりつつある丸々と太った男と結婚せねばならない。トリステインとゲルマニアの現在までの関係を顧みてもこれ以上の屈辱はなかった。そんなアンリエッタの内心を知ってか知らずか、マザリーニは抑揚の無い低い声で答える。

「それが王族というものです。この小国トリステインを守り、民草を守る、それが王族たる者の義務なのですぞ」

 マザリーニの決まりきった回答にアンリエッタはまたしても溜息をついた。自らの手に余ると判断したマザリーニは馬車のカーテンをずらし、馬車に随行する三つの魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長に手招きをした。すると羽帽子をかぶり長い髭を生やした、精悍な顔立ちの若い貴族が馬車へと自らのまたがるグリフォンを寄せた。

「お呼びでございますか、猊下」
「ワルド君、陛下のご機嫌がどうにも麗しくない。何かお気晴らしになるものを見つけてきてくれたまえ」

 ワルドと呼ばれた貴族はマザリーニに了解の意を伝えると、さっと周囲を見回し、目ざとく街道に咲く花を見つけると、腰に差された杖を引き抜き短く呪文を唱える。小さなつむじ風が発生し、小さな花はいとも簡単に空中へと舞い上がる。ワルドは風を操り、花を手元まで持ってくる。
 ワルドは花を手に馬車の窓を叩きマザリーニへ手渡そうとしたが、直接王女が受け取ると伝えられたのでマザリーニに一礼すると馬車の反対側に回った。するすると窓が開かれ、アンリエッタが花を受け取ると左手を差し出した。ワルドは王女の厚意を無碍にするようなことはせず、アンリエッタの手を取ると優雅に口づけをした。
 アンリエッタは自らの左手に口付けをする貴族に名を問うた。

「殿下をお守りする魔法衛士隊が一つ、グリフォン隊隊長のワルド子爵でございます」

 恭しい態度で答えるワルドの姿に、アンリエッタも相応しい態度で応対する。

「あなたは立派でございますね。まるで貴族の鑑のよう……」
「私は陛下の卑しき下僕に過ぎませぬ」
「ああ、祖父が生きていた頃には、貴族は押しなべてそのような態度を示したというのに……。最近はあなたのような貴族はほんの一握り……。子爵、あなたの忠誠に期待してよいのですか? わたくしが困った時には力を貸していただけますか?」

 アンリエッタの深刻な声音に、ワルドは重々しい態度で答える。

「殿下のご要望とあらば、たとえ戦の最中だろうと空の上だろうと、何を置いても即座に駆けつける所存であります」

 アンリエッタが優雅に頷くと、ワルドは一礼をして馬車から離れていった。その姿を眺めながらアンリエッタはまたしても溜息をついてしまう。

「なぜわたくしは王族に生まれてしまったのでしょう……。一介の貴族として生まれていればもっと自由な人生を送れたでしょうに……」
「滅多なことを言うものではありませんぞ。私以外の者が聞いていたらどうなさるおつもりですか」

 その後もマザリーニの小言が延々と続いたが、アンリエッタの耳にはほとんど入らなかった。ワルドから受け取った小花を弄びながらアンリエッタは幼かった記憶を思い返していた。あの頃は王族だとか身分の違いだとか気にしたことはなかった。親友の少女と毎日走り回り、花を摘み、泥だらけになって遊び回ったものだ。そして何度か取っ組み合って大喧嘩をしたこともあった。しかしいまや自らを取り囲むのは卑しい心を持った貴族達だ。毎日が色褪せてしまい、しかも心に重くのしかかる悩みを告白できる相手はいない。それはマザリーニとて例外ではなかった。
 ワルドにこの胸の内の悩みを相談してみようか。先程ワルドが見せた曇りのない忠誠の誓いと、誉あるグリフォン隊隊長という肩書きが、アンリエッタの心を揺さぶる。聡明なワルドならば自身の悩みに答えをくれるかもしれない。学院に向かう馬車に揺られながらアンリエッタの思考は深みにはまっていく。
 そういえばかつての親友もこの学院に通っているのではないだろうか。もしかしたら会えるかもしれない。昔のような関係を持つことは最早不可能だろうが、旧友に会えるかもしれないと思うと、アンリエッタの心は少しだけ軽くなった。




 王女の学院訪問はつつがなく行われたが、ルイズの気分は更に複雑なものになっていた。優雅に手を振りながら笑顔を見せる王女と、その傍につき従うグリフォン隊隊長の子爵を見てしまったからだ。自らの過去と多かれ少なかれ結び付く者達。ここのところルイズの心が休まる時は少なく、そこに追い討ちをかけるかのように王女訪問とくる。ただただ早く部屋に戻り、シエスタと紅茶を飲みたいとルイズは考えていた。ルイズはどうでもいい話をすることで、心の重圧から逃れたかった。
 キュルケがルイズに話しかけるも、ぼんやりとして話を聞いているのかいないのかよく分からず、やれやれと肩をすくめると、キュルケはしばらく放っておいた方がよさそうだと、ルイズに話し掛けるのをやめた。

「はぁ、もう疲れたわ……。昨日はあんな事件が起きて、今日は王女が訪問して……」
「お疲れ様です、ミス・ヴァリエール。私たちも今日はてんてこ舞いでした」

 その日の夜、ルイズとシエスタはこれまで通り紅茶を飲みながら雑談していた。王女は綺麗だった、魔法衛士隊はやはり格好いい。どうしても話題は今日のことになってしまう。ルイズにしてもシエスタにしても、フーケを話題にする気には到底ならなかったのだ。
 一息ついて、シエスタがそろそろ帰ります、と言ったその時、扉が規則正しく叩かれた。始めに長く2回、続いて短く3回。その叩き方をルイズは覚えていた。はっとした表情となり、急いで扉を開けるとそこには真っ黒なローブを頭から被った少女が立っていた。少女はさっと周りを見渡すと、そそくさと部屋の中に入ってきた。

「ミス・ヴァリエール、どちら様ですか?」

 突然の来訪者を不思議に思ったシエスタがルイズに尋ねる。後ろ手に扉を閉めた少女は、杖を取り出すと短く呪文を唱えた。すると光の粉が部屋中を舞った。
 フードに隠れ、少女の顔を窺うことはできなかったが、ルイズにはこの少女が何者なのか分かっていた。

「どこで聞き耳を立てられているか分かりませんからね」

 少女はそう言うと、体を覆うローブを脱いだ。現れた顔を見て、ルイズはやはりと思うと同時に何故この人がここにいるのかという疑問と驚きが同時にやってきた。ルイズの部屋を訪問した少女は、昼間学院へ訪れたアンリエッタ王女その人であったのだ。

「ひ、姫殿下!」

 ルイズが慌ててアンリエッタの前に膝をつく。それまで想像の埒外の展開に呆然と椅子に座ったままだったシエスタは、真っ青になると、椅子から転げ落ちるように頭を伏せた。貴族どころではなく王族。その御前で顔を上げるなど恐れ多いも甚だしい。シエスタは床に額を押し付けんばかりであった。
 アンリエッタは涼しげな表情で二人を見渡すと、透き通った心地良い声で告げた。

「お久し振りね、ルイズ・フランソワーズ」


新着情報

取得中です。