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ゼロの花嫁-17 A


ゼロの花嫁17話「風と炎」



トリステイン入国前日。
宿の一室に陣取っていた彼らは、むさ苦しい顔を並べ最終確認を行っていた。
顔をフードで完全に覆っている指揮官は、この部屋に集まった各隊のリーダーに次々と指示を下していく。
「すんません隊長、それ合流出来なかった間抜けは死ねって事でいいんですよね」
惚けた口調で細身の男がそう言うと、隊長と呼ばれたフードの男は微かに笑ったようだ。
「そうだ。合流するまでは後ろめたい事は何も無い、それで辿り着けないような馬鹿はいらん」
1チーム三人で行動し、10個のチームが現地にて合流。目標への攻撃を開始する。
総数三十人のメイジである。目標が軍隊レベルでなければ相手にもなるまい。
小太りの男が至極尤もな疑問を口にする。
「話聞く限りじゃ、ここまで人数揃えなきゃなんねえ相手にも思えねえんですが」
隊長は部下の反論にも気を悪くした風は無い。
「手に負えねえバケモノが居るかもしれねえんだとよ。そいつは何だ、と依頼主に聞いたら何て言ったと思う?」
「さあ、何でしょ」
フードの中から含むような笑い声が聞こえる。
「エルフを相手にするつもりでやれ、だそうだ」
一同に緊張が走る。しかし隊長は笑ったままだ。
「言うに事欠いてエルフたあな。お前等、エルフに出会っちまったらどうする?」
異口同音に彼らは答えた。
『後ろも見ずに逃げまさあ』
隊長は声高らかに笑い出した。
「正解だ。んなもん相手にしてやる程の金なんざもらってねえよ。目標の女を確保したら、さっさとずらかるぜ」
リーダー達は指示を了解し、部屋を後にする。
しかし、一人の男は部屋に残ったままだ。
隊長は怪訝そうな顔をする。
「何だ?」
「一応釘刺しとこうと思いまして。隊長、お願いですから……」
男は真剣そのもの表情で言った。

「……エルフの燃える臭いが嗅ぎたいなんて言い出さないで下さいよ」

悪いが自信ねえ、そう切り替えしてきた隊長に、男は深く嘆息するのであった。



夕日も地平線に消えかかった、訪問するには遅すぎる時刻に、ベルスランは客人を迎え入れる。
この屋敷を訪れる者など決まっている。
数少ないそれが出来る人間の内、二人が顔を並べて現れた時、ベルスランは何やら嫌な予感を覚えた。
しかし一流の執事であるベルスランはそれをおくびにも出さず、にこやかに応対した。
「これはこれはオールドオスマン様にシャルロット様、ようこそおいで下さいました」
オールドオスマンは、ベルスランの嫌な予感など笑い飛ばすかのように陽気である。
「ワシもたまにはこちらに泊まらぬとな。寝室を用意してもらえるかの」
「何時でもご用意だけはさせていただいております。ご都合のよろしい時は何時でもおこし下さいませ。お食事はいかがされますか?」
「ふむ、タバサ……っとここでは違うんじゃったな。シャルロットはどうする?」
タバサがこくんと頷くのを見て、オールドオスマンは破顔する。
「ではよろしく頼む。ワシは居間で本を読んでおるから食事はそちらに頼むぞ」
「はっ」
オールドオスマンが促すと、タバサは小走りに母の部屋へと駆けて行った。
「……この屋敷に来ると本当別人じゃの」
顔一杯に幼気な笑みを浮かべるタバサを見たオールドオスマンは、そんな言葉を漏らす。
「元々シャルロット様はあのように明るい方でございました……皆様には感謝の言葉もありません」
「ワシは何もしとらん。それよりどうじゃ、変わった事とかは無いか? 足りぬ物があれば遠慮なく言うのだぞ」
ベルスランは大きく一礼する。
「いえ、足りぬ物は今の所は……ですが、今日不審な人影を見つけました。当人は隠れているつもりであったようですが……」
オールドオスマンの視線が鋭くなる。
「ふむ。で?」
「屋敷を遠巻きに見ており、半刻もせず居なくなりました。意図がわからぬので、奥様にはまだお伝えしておりません」
「正解じゃ。以後その件を口にする事は許さぬぞ」
「はっ」
不審者を見つけたその晩に、珍しい訪問者があった。
色々と気にかかる事もあるだろうに、ベルスランは余計な事は何一つ口にせず、厨房へと向かう。
その後姿にオールドオスマンは最後の指示を出す。
「奥方とシャルロットは自室で食事じゃろ。邪魔するのも何じゃて、ワシは居間で食べていると伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
やはりベルスランは何も言ってこなかった。
「こういう奴ばかりじゃと楽なんじゃがなあ。……さて、最終防衛線はこれで良しとして。ここまで辿り着けるかの、連中は」



闇夜の中、一人も欠ける事無く、トリステインに無事潜入を果たした三十人のメイジ達。
斥候に出ていた一人が、自身で描いた地図をテーブルに広げる。
「外から見ただけなんで確証は無いんですが、まあ大体内装はこんな感じでしょう」
隊長はチームを三つに分ける。
一つは周囲を哨戒し、外部からの介入を防ぐ。一つは屋敷内部に入り目標の奪取。一つは屋敷外部を取り囲み、内部侵入組みのサポートに回る。
全てのチームが屋敷の内装までを頭に入れ、段取りを確認する。
作戦が完璧に決まれば、侵入した事に敵が気付く頃には、こちらはトリステイン国境すら超えていられるだろう。
もちろん目撃者は全て消すのが大前提である。
隊長は当然内部侵入組み、ではなく外部を取り囲むチームだ。
今回はそこらを無作為に燃やして良いミッションではない。
むしろ火の手なんぞ上げたらそれで気付く奴が出てくるかもしれないのだ。
伝説の傭兵と謳われた「白炎のメンヌヴィル」の出番は、とりあえず作戦の段階では無しであった。
ただ、厄介な奴が居るかもしれないという雇い主の言葉をメンヌヴィルは軽視していなかった。
それ故、対処出来ぬ敵が出た時は、躊躇無く全力の魔法を放つよう全員に告げてある。
それで大騒ぎになっても逃げ切るだけの準備もしてあるのだ。
メンヌヴィルを除くメンバーは全て、そんな準備が無駄になるよう祈っていたが、彼だけは違っていた。
『エルフ……ねえ。本気で出てくれないものかね。今までで一番燃やし甲斐がありそうなんだけどよお……』
エルフの恐怖は子供ですら知っている。
ハルケギニアに住む全ての人間が忌避する存在を、エサか何かのようにしか考えていない彼は、いまだかつてエルフに出会った事はない。
自らの力への絶対の自信か、はたまた判断能力が著しく欠如しているだけか。
或いは両方かもしれない。

「かかれっ!」

作戦の相談をしている、集合場所でもある小屋。
その中にまで聞こえる程の大声が外から聞こえてくる。
同時に小屋の壁という壁が悲鳴を上げ出した。
この場に集まった三十人全てが、幾多の戦場を経験している筋金入りの傭兵達である。
木の壁をどやす音が、魔法の攻撃である事にはすぐに気付いた。
「やべぇ隊長! 何だか知らねえがバレてるぜ! こりゃ十や二十じゃ効かねえぞ!」
メンヌヴィルは即座に判断を下す。
「作戦は失敗だ! 後先の事ぁ後で考えろ! とにかくこの場は全員逃げ延びるぞ!」
状況判断を正確に下せる程の情報を得られてはいない。
わかるのは今この小屋を包囲している連中にメイジが相当数居る事だけ。
それだけでは他の可能性も数多残っているのにも関わらず、メンヌヴィルはそれらの可能性を全て無視する。
例えこのまま強行して成功出来る道が残っていようと、その後生き残らねば意味は無いのだ。
三十人の歴戦のメイジというありえない程の戦力を所有しながらこういった判断が下せるからこそ、メンヌヴィルは伝説の傭兵と呼ばれる程になるまで生き残ってこれたのだ。
これ程の戦力が包囲の一点に絞って突破を計ったならば、一体どのようなメンバーがこれを止められるというのか。
小屋を出るなり、あっと言う間に包囲の一角を崩し突破に成功する傭兵達。
その際、敵戦力の確認も怠ってはいない。
「メイジは10人前後! 矢やら銃やらはもう数える気起きねえっすよ! くそっ! 総勢百人近く動員するたー俺達も偉くなったもんだぜ!」
それだけの包囲網を一瞬で、一人の被害も無く突破しておいてよくもまあそんな事が言えたものである。
しかし、包囲を行った者達は、彼らの想像を遙かに超えて、慎重で、執拗であった。
「クソッタレ! 隊長上です! グリフォンが来てやがる! くそっ! くそっ! トリステインのグリフォン隊っていやあ虎の子の精鋭部隊じゃねえか! 何だってそんなもんまで出張って来てやがんだよ!」
メンヌヴィルは自らの勘が正しかったと悟る。
最初の一斉攻撃の間合い、リズムから、この敵はヤバイと感じたのだが、大当たりだ。
連中は完全にこちらの戦力を把握した上で布陣してきている。
『……潜入時にドジった奴が居るか。まあいい、それは後だ。今は切り抜ける事だ』
いざ攻撃開始、そんな状態から一転して命賭けの逃亡となっても、瞬時に思考を切り替える事が出来る。
彼我の戦力差を冷静に見つめ、最適と思われる選択肢を。
自身の命がチップに乗せられていようと、何時でもドブに捨てる覚悟と共に。
その上で。

さて、面白くなってきやがったな。今回は随分と派手に燃やせそうだ。

部下達と一線を画したこの感覚。
危機の中でしか決して許されぬ行為に惹かれた壊人は、一人ほくそ笑む。
誰をどれだけ焼き尽くしても、戦場ならば許される。自らの鋭敏すぎる鼻腔を甘美に揺らす香しさを、存分に味わえる。

こんな破滅的な感覚と冷静な判断を共有出来る事が、彼を伝説と呼ばれる程の傭兵に押し上げたのかもしれない。



完全に包囲し、全てをそれだけで終わらせるつもりだったワルドは、傭兵達の見事な動きに舌を巻く。
「オールドオスマンにここまで段取りしていただいてこのザマとは」
舌打ちと共にそんな愚痴も出てしまう。
オールドオスマンより、外部、おそらくガリアからの武力行使がありうる。そんな話がもたらされた。
今の段階ではあくまで隠密裏にであろうが、学院を狙っているというオールドオスマンの情報は、最初は眉唾に感じていた。
確かにトリスタニアから離れていて、かつ重要人物を多数擁する学院は、ワルドもトリスタニア防衛の観点から注目はしていたが、真っ先に狙うのはここでは無いとも思っていた。
しかしオールドオスマンのもたらしたガリア諜報員に関する情報は正確で、的確であった。
ガリア側が現時点で動くとしたら(動くタイミングでは全くもって無いと言わざるを得ないが)現状ボロボロになった諜報員組織を頼らず、国外から直接目標地点を狙うだろう。
地理的に各国流通の中心地でもあるトリステインは、人の出入りを防ぐ事が困難である。
メイジであるのなら武器も必要としない為、発見は更なる困難を伴う。
が、それはあくまで一般的な衛士達の話だ。
ワルドの持つ犯罪組織にすら繋がっている情報網は、その程度の問題容易くクリア出来る。
ワルドは国内の犯罪組織を一部、故意に見逃している。
比較的手綱を取りやすい、そんな連中は泳がせておいた方が様々な点で都合が良いのだ。
もちろん他の貴族達にもそういった真似をしている連中が居る。
ワルドはそれを取り締まる立場にあるのだが、その過程で様々な繋がりを作る事が出来た。
組織というが、結局は人である。
利害関係が共通している人間が集団を作り、それが犯罪と呼ばれる行為を為すか否かだけの話だ。
大抵の人間は利益さえ確保されているのなら、犯罪に手を染める事もない。
ならば、彼らの利益追求行為が犯罪でないように、そうあれるように指導してやればいいのだ。
誰も好き好んでリスクを犯そうという者もおるまい。
そうして作り上げた人脈の中で、今回役に立ってくれたのは、宿場町の客引きだ。
通りすがる人間がどんな類の者達か、一目でわかるぐらいでないと客引きは務まらない。
その上彼らは人の出入りをほとんど見ている為、監視の役割を任せるには持ってこいなのだ。
ヤクザ者とカタギの見分け方、そしてそれ以外の異質な存在を、彼らは瞬時に嗅ぎ分ける。
地場のヤクザ組織にとって、他所のヤクザ者の流入は特に気を使っている部分である。
その為、客引きはヤクザ達に情報を流し、僅かな金銭を得ている場合が多い。
そんな中、カタギでもない、ヤクザでもない、そういった連中が時折流れて来る。
ヤクザより尚澱んだ空気を纏う彼らは、傭兵と呼ばれる戦争によって生業を得ている人種だ。
下手な暴力集団より余程強力な武力を誇る彼らの動向は、ヤクザ連中にとっては厄介の種である。
なればこそ常時そういった存在を監視し、街というくくりの中に置いて明らかな異分子である傭兵が下手な動きを見せるようなら、即座に対応出来るようにしているのだ。

つい先日、客引き等を纏めている人間達が、危険信号を発した。
それを、オールドオスマンからの話を聞いていたワルドは、見逃さぬよう備えていたのだ。
一度に多数の傭兵が入り込んで来ていると聞いた時は、二度とオールドオスマンの話を疑いはすまいとまで思ったものだ。
なる程、少人数ごとに分かれてトリステイン入りし、作戦直前に一箇所に集まる形を取れば、衛士はまず気付けまい。
傭兵に限らず、特殊任務を行う隠密部隊が時折やる作戦だ、と客引きの頭領は言った。
これが何処ぞの軍隊のやる事なら見てみぬフリをした所だが、軍隊というには連中余りに品が無さ過ぎる、だそうだ。

メイジが二十人から三十人。
そんな目測で兵を揃え布陣した。教本に載せたいぐらい美しい布陣であったのだが、あれよあれよという間にすり抜けられてしまった。
やはりいざ戦場となると様々な勝手が違うものだと自戒し、改めて兵を動かす。
森の中へと逃げ込んだのは、捜索の為に分散したこちらを各個に撃破し、突破口を開くためと思われる。
グリフォンとて木々に遮られては連中をいつまでも追いきれまい。
「……ならば、裏をかくか」
当然リスクはある。
しかし傭兵達は歴戦の兵であるからこそ、こんな抜け道を選びはすまいと、ワルドは決めてかかった。
「グリフォン隊は変わらず上空から索敵。地上の兵は二隊に別れ、森を捜索せよ。敵を見付けても手は出すなよ、遠巻きに包囲するのみで良い」
森に入った後、全速で学院に向かったならば、おそらくワルドの命じた布陣では追いつかなくなる。
だが、傭兵達はそれはすまいとワルドは読んだ。
こちらが軍である以上、絶対に守らなければならない対象が学院だ。
ならばそちらに兵を回すのは常道中の常道。そこを敢えて外し兵力を集中する。
学院には一人使者を送り、警戒に務めるよう指示だけは出しておく。
つまり見捨てる。
もちろん傭兵達は即座に学院には向かわず、森の中でワルド達を迎え撃つであろうという予測の上での話だが。

この手は大当たりしてくれた。
敵を見付けても攻撃をせず応援を待ち、追撃より包囲を優先させた結果、傭兵達は森の中の一角に追い込まれる形となったのだ。
レビテーションの魔法で逃げようにも上にはグリフォン隊。
望みうる最良の形で決戦を迎えられそうだが、包囲に至るまでに予想以上の打撃を被っている。
どうも並の傭兵では無いようだ。
「上空、そして地上から一斉射撃後、突入せよ」
被害は覚悟の上。それでも乱戦になれば集団で逃亡を計るような真似も出来まい。
軍部のお偉方、元帥やら何やらと大仰な肩書きを持つ者達は、たかが傭兵三十人程を相手にこれ以上の兵を都合させてはくれまい。
ワルドの好みで言うのなら、数百の兵で、例え倍の数が居ようとアリの子一匹這い出ぬ程に取り囲んで完璧に殺しきる所なのだが。
ワルドは当然といった顔で突入隊の先陣を切る。
こうしなければ、兵達は巧みな魔法を操る傭兵達への突入が鈍るだろうから。それだけの理由である。
案の定士気が上がったのか、雄叫びと共に兵達は飛び込んで行く。

全く、単純な連中だ。



メンヌヴィルは後方からの気配が消えた事で、後に付いて来ている者が誰一人居ない事に気付く。
誰も彼も簡単にやられるような連中ではないが、どうにも今回の敵、いや指揮官はヤり手のようだ。
こちらがやられて一番嫌な事を、味方の被害すら考慮に入れず選んでくる。
余りの軍隊指揮官らしからぬ動きに、メンヌヴィルも動きを見誤ってしまった。
「俺もヤキが回ったか?」
そんな愚痴に、返事が返ってきた。
「何、相手が悪かっただけさ。君はさんざ私の部下を燃やしてくれたメイジ……だね」
木の陰からすっと姿を現したのは、ワルド子爵であった。
しかし彼を前にメンヌヴィルは闘志を滾らせる事もなく、怪訝そうな顔で問う。
「……貴様、人間か?」
ワルドは話に付き合う気なのか、襲い掛かる事もせず、剣も抜かず暢気に構えたままだ。
「それは私の指揮を褒めてくれてると受け取っていいのかな?」
不意に自身で納得したのか、笑い出すメンヌヴィル。
「はははっ、そうか風か。確かトリステインのグリフォン隊隊長は風のスクウェアだったな。遍在の使い手は初めて見たぞ」
ワルドの顔が驚愕に歪む。
遍在はワルドの秘中の秘。誰にも明かしていないこの術を、この男は一目見ただけで見破ったのだ。
「本体は高みの見物か。ふん、スクウェアとてその程度の男なら恐れる事も無いわ」
そう言って顔の半分を覆い隠していたフードを払いのけると、顔に刻まれた醜い焼け跡と、その瞳が色を失っている事がわかる。
「……その目……そうか! 貴様白炎のメンヌヴィルか! 盲目だとの噂があったが……よもや真実だとは」
「そうだ、俺にまやかしなど通用せん。ましてや戦場に出る事すら厭う腰抜けが俺を止めるなぞ、夢物語も甚だしいわ」
メンヌヴィルの言葉に、すらりと剣を抜くワルド。
「生憎そんな安い挑発に乗ってあげられる程こちらにも余裕は無いのでね。さあ、やろうか」



ワルドは木にもたれかかり、その更に奥に居るはずの人物に対する評価を下す。
『鬼か悪魔……だな』
詠唱を終えると、風を纏って木々の間をすり抜けるように飛ぶ。
盾にしていた木はその巨体を紅蓮の炎で包み込み、断末魔に身をくねらせる。
森の木々を遮蔽にと考えていたワルドの狙いは簡単に覆される。
メンヌヴィルから放たれる炎は、森の樹木を薪か何かのように容易く燃やし尽くし尚、留まる事を知らない。
炎が触れただけで、樹液溢れる瑞々しい木々は、禿山に刺さる乾燥し皮すら食いつくされた不毛の枯れ木と成り果てる。
余りの異常さに、駆けつけた兵達も数多居たが、彼らはワルドの指示でこの場から下がらせた。
この尋常ならざる相手に、有象無象は居るだけ邪魔だ。
奴が真後ろに張り付いているかのように、何処に居ても正確に、確実にワルドへと伸びてくる炎の舌。
これをフライの魔法により纏った風の力と、自らのフットワークで華麗にかわす。
中空を飛ぶなどと、とてもではないが出来たものではない。
両の足が大地を蹴る力と姿勢を保つ風の力の双方が合わさって、始めて死神の鎌から逃れ得るのだ。
最速と自負するこのフットワークを持ってしても、奴へと踏み込めぬには訳がある。
まるでそれ自体が生き物のように、メンヌヴィルの炎は変幻自在に変化する。
時に火球へ、時にしなやかに伸び来る鞭へ、轟音響く巨大な剣へ、天まで覆わんばかりの絶壁へ。
一条の流れが二つに別れ、三叉の矛となりて四方を封じる。
これ程見事な炎を、ワルドは見た事も、いや想像すらした事が無かった。
炎の魔法は派手ではあるが、外気の影響を受けやすい。
温度が低い地域や湿度の高い場所では、乾燥した大気の中に比べて炎が弱まるのは当然である。
そこまで極端でなくとも、周囲の状況や天気や時間帯によって温度湿度が異なる以上、操る炎も勢いや発火速度が異なってしまう。
だからこそ、そういった外的因子を無視する程の巨大な炎を作り上げる事が、炎のメイジが目指す高みの姿である。
だが、メンヌヴィルの操る炎はそんな大雑把で乱雑な炎ではない。
外気の全てを熟知しており、それぞれの環境に合わせて微細な調整を行い、大気中を思うがままに駆け巡る。
こんな真似、訓練などで到底出来るような事じゃない。
理屈などで理解出来る精度を遙かに超えた、最早超常現象と言っても過言ではない炎。
彼が炎を知るのに費やした、時間は、労苦は、情熱は、一体どれ程のものであろう。
誇りの為、生きのびる為、自らが寄って立つ全てであるから、そんなありきたりな動機付けでは納得出来ない。
それは無償の愛にも似ている。
心の内から沸き起こる衝動に身を任せ、ただひたすらに炎へと祈りを捧げる真紅の神官。
それこそが白炎のメンヌヴィルの正体なのではないだろうか。

頭を一つ振って、無益な思考から逃れる。
そろそろ盾、といってもほんの数瞬しか持たぬ薄氷のようなものだが、代わりにしてきた木々も少なくなってきた。
こちらも覚悟を決めねばならない。
これまでで得た情報。
奴は視覚によらぬ何か別の情報収集手段を手にしている。
嗅覚か聴覚か、あるいは双方か。
炎のメイジであるのなら温度変化にも敏感であろう。炎が飛びまわりそこら中が焼け焦げたこの場所で、どれ程効果的かは疑問だが。
背後からの奇襲は無意味。

魔法の火力で押し切る。
速射性能はこちらが上だが持続時間と精度に差がありすぎて、勝負にならない。

速度を更に上げて踏み込み直接攻撃。
近接までに一度はあの炎に飛び込むハメになる。あっと言う間に行動不能だ。

風を纏って鎧とする。
それを感じ取った奴により延焼ではなく温度で殺す炎を放たれる。

炎の隙間を縫うように風で切り裂く。
こちらの詠唱のタイミングに合わせて奴は炎を操れる。縫う隙間など一瞬で埋められてしまう。

「ならば、やはり物量だな」
メンヌヴィルがその気配に気付き炎を一度下がらせる。
ようやく、残る遍在がこの場へと辿り着いたのだ。
自らも含めその数四体。
ちょうどメンヌヴィルの四方を取り囲むように配置する。
上空に舞い上がるなど、そんな間抜けたワルドは一人も居ないのだ。



ただ魔力が高いだけではない。
厳しい訓練を自らに課してきたのだろう、さもなくばあの若さでこれ程の技量はありえぬ。
貴族は、それが高い魔力を誇る者であればあるほど、戦士ではなく研究者と成り果てる。
学問としての魔法を否定するつもりはないが、いざ戦場でそんな連中を相手にすると、嘲笑と共に僅かな失望を感じるのだ。
しかるに、この生まれも育ちも貴族然とした若造は、これ程の高い魔力を誇りながら、それを戦闘術として昇華する努力を怠らなかった。
フライの魔法を身に纏いながら、大地を駆けて炎を右に左にかわす姿の何と美しい事か。
並の相手ならば百回は捉えているはず。
そんな死の抱擁を、恐怖に惑わされる事も無く、危なげなく回避していく身体能力、判断能力、反射能力、胆力、魔法への深い理解……
全てが高い次元で纏まっており、隙らしい隙も見当たらない。
部下達では相手にもならぬ。
そして極めつけはこの「遍在」だ。
一人でさえ仕留めきれぬというのに、一気に四人にも増えてくれた。
感じる温度から人間ではなくそれ以外であると気付き、遍在の魔法に思い至ったのだが、だからといってそれで問題が解決してくれるわけではない。
長い詠唱の間を与えぬ事で、大きな魔法の使用を封じて来たが、それも四人に増えられては難しかろう。
奴等が動き出すより早く、自身の周囲を炎で覆う。
周囲数メイルを丸々覆い尽くす程の巨大な炎の天蓋だ。
これをやってしまうと、その奥の温度が感じ難くなってしまうので極力避けたかったが、致し方ない。
炎で視界を遮ってしまえば、連中の攻撃精度も落ちざるを得まい。
精神を研ぎ澄まし、常のそれより深い集中を。
炎を操りながら、更にその奥の動きを見抜け。
炎の天蓋をかなり大きめに取ってあるのは、中で動き回る為だ。
これだけの炎すら突き抜ける、奴等必殺の魔法を、メンヌヴィルは長年戦場に身を置く事で身につけた直感のみで回避しようとしていた。
紫電が二筋、炎を突き抜けてメンヌヴィルに迫る。
伏せる事でこれをかわしたメンヌヴィルは、次なる攻撃に備える。
四人のワルド全てに対し、これまで同様の攻撃精度を維持しつつ、自身の回避にも気を回す。
天蓋より伸びた四つ又の炎の竜は、各々対象を定め、張り付くように攻撃を仕掛け続ける。
メンヌヴィルは同時に複数の行動を行っているように思えるが、攻撃をする事と、攻撃をかわす事は表裏一体。
四人全員の動きを察し、見切り、流れるように次、更に次の手を打っていく。
一対一などクソ喰らえ、常に複数同士の戦闘を行い続けていたメンヌヴィルだからこその神業である。
連中の動揺が手に取るようにわかる。
最早トランスと言っていい程の集中力を発揮し、四人のワルドを圧倒し追い詰めて行くメンヌヴィルだが、追い詰められているのはメンヌヴィルも同様である。
こんなレベルの集中が、何時までも続けられるはずなどないのだから。
精神が限界を迎え、ぷっつりと糸が切れるように意識を保てなくなる前に、メンヌヴィルはただの一体でもいいからワルドを倒さねばならないのだ。
攻撃を誰かに集中させる事も出来ぬ。
残る三人を抑えたままで、誰を狙っているか悟られぬようにし、一体でも消してやれれば勝機はある。



何という魔力の強大さよ。
四体のワルドを相手取りながら、汲めど尽きぬ泉の様に、メンヌヴィルの魔力は湧き出てくる。
四対一を苦ともせず、先以上の攻撃でワルドの行動を縛る。
翻ってみるにワルドは苦しい。
特に最初から戦い続けているワルドは、魔力自体が尽きかけている。
我慢比べならばこちらが上と考えていたワルドの予想は、大幅な修正を余儀なくされる。

―――引くか?
馬鹿な。

―――この場は引き上げ、圧倒的な包囲網を持って封殺すべし。
逃げ切られぬ保証は無い。

―――既に傭兵達は散り散りだ、連中の目論見も打ち砕いた事だし、無理は禁物。
見逃すのか?

―――ここで命を賭ける意義が見出せない。
意義ならある。


この程度で引く男に! 野心などと口にする資格は無い!



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