あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と賢女-04


室内を満たす熱気。その源である暖炉には焼けた石詰められており、今も火傷しそうなほどの熱量を放っていた。

「サウナ風呂は初めて入りましたが……、やっぱり熱いですね」
「あはは、あまり無理すると熱さで倒れちゃうこともありますからね」

平民用の共同風呂、すなわちサウナ風呂はその時、エレアノールとシエスタの貸切状態になっていた。





事の発端は、シルフィードに連れられて優雅な空の散歩だった。最初は初めての経験に普段から想像できないくらいに興奮していたエレアノールも、次第に高空の気温の低さと風の強さに寒さを覚えるようになったのだ。きゅいきゅい、とご機嫌に空を翔るシルフィードは、自分の背中で寒さに震えるエレアノールに気付かない。
結局、エレアノールが凍える声でお願いをしてようやく空の散歩は終了した。地上に戻った後、冷え切った身体に震えているエレアノールに気付いたシエスタが、サウナ風呂を使って温まることを提案し、マルトーの許可を取って早々と使用することになったのであった。





「でも、よろしかったのですか? シエスタさんは夕食の仕事があったはずですが?」

顔を流れる汗を手ぬぐいで拭きながら、エレアノールは隣に座るシエスタに尋ねる。
普段は下ろしている黒髪を纏め上げ、大き目のタオルを身体に巻いてるだけのエレアノール。あらわになったうなじと身体の線、タオル一枚で隠しただけの形の良い豊かな胸、火照った肌と流れる汗。
もし、この場にギーシュが居たら、美しさと妖しさの競演に感涙したであろう。

「大丈夫ですよ、マルトーさんにもみんなにも許可取ってますから。それに勝手が分からないエレアノールさんがサウナ風呂を一人で使うのは難しいと思いますよ」

上気した頬が普段とは違う魅惑的な美しさを見せながら、ニコニコと笑うシエスタ。
こちらも大き目のタオルを身体に巻いており、やはり豊かな胸と火照った肢体が健康的な魅力を醸し出している。
もし、この場にギーシュが居たら、健康美を讃える即興詩を謳い上げるだろう。

「むしろ、みんなエレアノールさんのお世話したいって言い出してましたからね。マルトーさんの鶴の一声で私がすることに決まりましたけど、ちょっとした騒ぎになってましたよ」

エレアノールさんは人気者ですから、と笑いながら話すシエスタに、エレアノールは曖昧な―――困惑と照れくささが入り混じった微笑みを返した。

「……あれ? 誰か来たのかな?」

外から中に入ってくる気配にシエスタは首を傾げる。

「他の誰かが……今は皆さん夕食の準備中でしたね」

誰が来たのだろうかと二人で話しいると、ドアを開けて入ってきたのは長い深緑色の髪をエレアノールと同じようにまとめた女性。タオル一枚越しにハッキリと見て取れる成熟した身体は、艶っぽい色気を放っていた。
もし、この場にギーシュが居たら、艶やかな魅力に打ちのめされて卒倒していたであろう。

「あら……、もう先客が居られたのですね?」
「ミス・ロングビル!」

慌ててシエスタが立ち上がり頭を下げる。ロングビルはシエスタの礼を受けて、エレアノールに視線を向けてくる。

「そちらの方は、確か……ミス・ヴァリエールの使い魔でしたね?」
「はい、エレアノールと申します」

エレアノールも立ち上がって礼をする。

「わたくしはロングビル、オールド・オスマンの秘書をしております。……貴女のことはよく聞いておりますよ」

暖炉を挟んで反対側の椅子に腰掛けたロングビルは、目を閉じ少し身体を反らせて熱気を浴びる。動作の一つ一つが熟された魅惑を表現している。

「え、ええっと、ミス・ロングビルは確か、貴族用の浴場の使用許可もっておられましたよね? 今日はどうして?」
「……最近、浴場にネズミが出るようになりましてね。どうも、わたくしが入浴している時に出るみたいなのですが、頻繁にネズミが出るようでは落ち着いて温まるのは難しいので……」

口調こそ丁寧であったが、言葉の節々に苛立ちまじりの声色が現れる。ああ、なるほどと納得して頷くシエスタ。

「どういうことなのです?」
「ああ、オールド・オスマンは女好きで有名なんです。私たち使用人の中にもすれ違いざまにお尻触れた人いますよ。ネズミというのは、確かオールド・オスマンの使い魔だったはずです」

ぼそぼそと小声で話し合う。狭いサウナ室なのでロングビルにも聞こえているのだろうが、特に気にせずにいた。

「ミス・エレアノール、貴女も注意してくださいね。あの方は……呼吸をするのと同じ感覚でセクハラをしてきますから」
「え? ええ……心得ておきます」

流れる汗を拭きながらシエスタの方を見ると、目でドアの方を示していた。どうやらシエスタにとってあまり居心地が良くないらしい。

「じゃあ、そろそろ行きますか」
「そうですね、それではミス・ロングビル。お先に失礼します」

先にシエスタが、続いてエレアノールが相次いでドアを開けて出て行く。





「やれやれ……本当にどこのお貴族様なんだろうね?」

ロングビルは、普段からは想像のつかない―――はすっぱな声で、彼女がエレアノールに対して抱いた印象を呟く。
ルイズが召喚した使い魔である平民の剣士。ドットメイジをあっさりと圧倒する力量、恐らくは……いや下手すれば熟練のトライアングルメイジすら敵わないだろう。しかし、雰囲気は上流階層の教育と躾を受けた者だけが纏うもの。学院の生徒たちよりもよほど貴族らしいと感じた。

「メイジじゃないなら、ゲルマニアあたりの成り上がり? いや、それにしちゃあ―――?」

しばらく考えてみるが、全てをあっさりと説明できそうにないと、考えるのを止める。

「ま、わたしには関係のない話……ヴァリエールのお嬢ちゃんが大当たり引いたのは、祝福してやってもいいけどね」

やれやれっと首を振って、ルイズの顔を思い浮かべる。
ロングビルはルイズのことを嫌ってなかった。魔法の練習のたびに爆発を起こすのは問題だが―――被害状況の把握と損害の算出、そして修復にかかる費用の決算は例外なく彼女の仕事になる―――、周囲の見下げた嘲笑に屈することのなく誇りを持ち続けようとする姿に親近感すら覚える。プライドだけが突出している傲慢な他のガキどもに比べれば、よほど貴族らしい貴族。

「……チ、嫌なこと思い出したよ」

かつて貴族の名を剥奪され、例えようのない汚辱を被った時、周りにいた貴族―――親友と言ってくれた者すら、一様に嘲笑を投げかけてきた。今の自分の原点となる記憶―――そして『土くれ』のフーケの行動原理の一つ。
『土くれ』のフーケ、大胆さと繊細さを使い分けるメイジの盗賊、トリステイン中の貴族たちから財宝を盗み出す神出鬼没の大怪盗、それがロングビルの正体であった。彼女はトリステイン魔法学院の宝物庫に秘蔵されている秘宝を求めて、学院長秘書として学院に潜り込んでいた。

(ふふふ……学院秘蔵の『雷の宝珠』、それを盗んだ時の連中の慌てる顔が目に浮かぶよ)

まだ見ぬ秘宝を思い浮かべ、フーケは美しくも凄惨な含み笑みを浮かべた……。





水をかぶり汗を流した後、残った水気をタオルで拭きながらエレアノールはサウナ小屋を振り返る。

「エレアノールさん、どうかしました?」

隣で同じようにタオルで身体を拭いていたシエスタが不思議そうに尋ねてくる。

「いえ……、ロングビルさんはどういった方なのかと気になりまして」
「ミス・ロングビルですか? 私たちも詳しいことは……土系統のメイジであると聞いたことありますけど。家名をもっておられないみたいですから、没落貴族なのかもしれないですね」

シエスタの言葉に、納得しきれない表情を浮かべつつ頷く。

「そうですね……。それに、あまり立ち入ったことを詮索をするのは失礼ですね」

会話を切り上げながらも、でも……と胸中で続ける。

(あの人は……何を装っているのでしょうか?)

同じように本心を装って見せようとしなかった仲間の一人を思い返す。結局、彼が何で軽薄な男を装っていたのだろうか、と物思いにふけりかけたが、隣でメイド服を着始めたシエスタが声をかけてきたので思考を中断する。

「そういえば、エレアノールさん。明日は虚無の曜日ですけど、何か予定を立てられていますか?」
「虚無の曜日? ああ、お休みの日でしたね」
「ええ、もっとも私たちは半日ほど働きますけどね」

それでも半日は休めるのが嬉しいのか、明らかに声も朗らかになっていた。

「私はご主人様のお供で王都まで行くことになってます。色々と買い物されるつもりみたいですよ」
「そうですか……、ちょっと残念です」

みんなでピクニックに行こうと思ってたのですけど、とシエスタは残念そうに笑う。

「ええ、次に機会があればお付き合いしますね」

着替えなれているシエスタが、続いてエレアノールがメイド服を着終える。空を見上げると、群青色の中に二つの月が浮かんで静かな輝きを放っていた。

「では、エレアノールさん。また賄いの時に」
「マルトーさんたちにお邪魔にならないように行きます、とお伝えください」

手を振りながら、二人はそれぞれの方向へと歩き出した。





―――ルイズは唐突に夢を見ていると気付いた。

古びた部屋、手入れがほとんどされてない机と椅子、汚れたベッド、そして窓から見える―――トリスタニアの貧民街を思わせるこじんまりとした町並み。それが夢の中の彼女が認識できる世界だった。そして、もう一人、お人よしそうな黒髪の青年が、彼女のすぐ後ろに立っている。様子から見ると、彼女を訪ねてきたらしい。

「財宝、名声、永遠の命……。この地には人々の夢と希望と欲望が眠っていて、人々は危険を承知で、自ら進んで魔物の棲む地下遺跡へと足を踏み入れる……」

―――それは憧憬の声―――

「使命感のため、命を懸けるに値する自分だけの夢のため、自分を信じて待つ愛する人のため……今の私にここの人たちは眩しすぎる……」

―――それは諦観の声―――

「でも、これだけは忘れないで下さい。命を犠牲にしてまで得るべきものものなど、この世に何もないということを……」

―――それは苦悩の声―――

「どんな高価な財宝よりも、どんな崇高な使命よりも、人ひとりの命の方がはるかに重たい……」

―――それは悲哀の声―――

「貴方が何のためにこの町に来たのかは知りません。ですが、命を粗末に扱うのはやめて下さい。自分の命も、他者の命も……」

―――それは罪責の声―――

「でないと、私のように後悔し続けることになる……」

―――それは絶望の声―――

そして、ルイズは唐突に気付いた。夢の中の自分はエレアノールなのだ、と―――





「―――ッ?」

ルイズはベッドの上で目を覚ました。見慣れた天井、ベッドと布団の感触、見回せばルイズにとって―――普段は意識することもないほどに見慣れた家具と、そして椅子に腰掛けて毛布に包まって寝息を立てているエレアノール。
周囲の暗さと窓から差し込む月明かりの角度を見て、ルイズは今が夜中と朝の中間あたりだと察しをつける。

「変な……夢だったわね……」

再び天上を見上げながらポツリと呟く。今、自分が見ていた夢をゆっくりと思い返す。―――確かに夢の中の自分が発していたのはエレアノールの声だったと、改めて気付く。

「でも、本当に……?」

夢の中のエレアノールの声は、後悔に身を引き裂かれそうな声色だった。今の自分を支えてくれる、優しくて他人思いで思慮深い彼女と同じ声とは思えないほどに、絶望しきった昏い声……。
しばし、布団の中で考えてみるが、徐々に眠気が思考を覆い始める。

(ん……、ただの夢なんだから、気にしてても仕方ないわよ、ね……)

小さく欠伸をすると、ルイズは目を閉じて睡魔に身を委ねた。夜が明けたら虚無の曜日、王都トリスタニアで自分に忠実な使い魔のために色々買ってあげるのだから、しっかり寝ておかないと……と考えたところでルイズの意識は再び眠りの中に沈んでいった。





虚無の曜日のキュルケは、ゆっくりと朝の二度寝を満喫していた。休みの日のみに許される至高の時間、半分覚醒した意識が心地よい感触を感じ取るため、熟睡している時よりも多くの幸福感を味わえる。フレイムもベッドの下で大人しくしており、彼女の二度寝を遮るものは―――

「ん……?」

廊下から人の話し声が聞こえてくる。半分寝ている頭で昨夜は『サイレンス』をかけ忘れていたことを思い出し、その声に耳を傾ける。

「―――行くわよ。貴女は馬は―――」
「ええ、大丈夫―――時間はどれくらい―――」
「大体―――くらいね」

聞き覚えのある声。

(ルイズと……エレアノール、ね? もう、朝から何を話してるのかしら……?)

半ば無意識のうちに耳を済ませる。

「でも、こんな朝早く―――」
「―――貴女の武器と身の回りを買う―――行くわよ」
「はい―――」

会話と足音が徐々に遠ざかっていく。数分ほどして、キュルケはムクっとベッドから身を起こす。

「……あー、もう。目が冴えちゃったじゃないのよ」

ベッドの下のフレイムが「キュルル……」と同意するように小さく鳴いた。





タバサにとって虚無の曜日は、自分の世界に好きなだけ浸っていられる日である。今日もベッドに腰掛けて本を開いて没頭していたが、その表情は一心不乱に論文を読み続ける研究者のようであった。手にとって開いているのは、様々な使い魔に関する書物。
足元やベッドにも何冊もの使い魔やルーン文字、各地の伝承に関する書物が積んであった。一通りペラペラとページをめくり、最後のページに目を通した後、タバサは小さくため息をつきながら本を閉じる。

(……この本にも無い)

今まで読んでいた本を足元に置き、続いてベッドに積んである本を取ろうとして―――うっかり崩す。

「……」

図書館から借りてきた本ばかりなので乱雑に放置するわけにも行かず、ベッドから立ち上がって一冊ずつ拾い上げ―――、一冊の開いた本のページに目が留まる。

【タルブの悪魔、その真相とは?】

ページの見開きに大きく書かれたタイトル。興味を惹かれて拾い上げて読み進める。どうやら去年出版された、過去数十年の事件の中から伝奇的なものを取り扱った本のようである。

【―――『タルブの悪魔』と呼ばれる正体不明の人間、もしくは亜人の存在は長く軍関係者の間で噂になっていた。だが今回の記録を著すに当たり、当時のラ・ロシェール駐留の軍人やタルブ伯、そして実際に対峙して壊滅した反乱貴族の残党の老兵士や事件の舞台となったタルブ村の住人から聴取したが、要領の得ない話しか聞けなかった。

その『タルブの悪魔』の存在がまことしやかに語られるようになったのは、今より約四十年前に起こったボード子爵の反乱時に、敗れた子爵軍がラ・ロシェールからアルビオンに亡命しようとして果たせず、タルブ村へと敗走した時に起こった事件が始まりである。タルブ村に敗走した時のボード子爵の兵力はメイジ四十人ないし五十人、兵士六百人ないし七百人ほどで既に規律は乱れて逃亡が相次いでいたと推測される。そしてタルブ村を占拠すると、物資の略奪を行い始めた。

偶然、その時は王都に滞在していたタルブ伯がラ・ロシェール駐留軍の援軍と共に、占拠から三日後に兵を率いて到着した時には反乱軍は文字通り壊滅していた。ボード子爵とメイジ全員は戦死し、生き残った反乱軍兵士は一様に『たった一人にみんなやられた!! あれは悪魔だ!!』と半狂乱になって叫んでいたという―――】

ページの末尾まで読み進めて、タバサは疑問に感じる。規律が乱れ、士気が落ちてたとはいえ、たった一人でこれだけの規模の部隊を壊滅させるなどできるはずがなかった。聖地に居座る最強最悪の亜人エルフとて、一人に対して熟練のメイジ十人以上で挑めば征することは可能なのだ。『質と量』は、こと戦争においては数の暴力で『量』が優位に立つ。
ありえそうな他の要因を幾つか思い浮かべて次のページをめくり、記された文章を読み進める。

【―――村人たちの証言も『突然、正体不明の男が現れて、あっという間に村を略奪しようとした反乱軍を壊滅させたらしい』と、反乱兵士の証言と同様のものであり、その後の数度の調査でも『タルブの悪魔』の正体に関して有益な情報は得られなかったとされている。
よって、軍の報告書では『追い詰められた反乱軍で内輪もめが発生してボード子爵は味方に討たれて戦死、生き残った平民層の兵士が、王権に反逆していたとはいえ貴族に手をかけた大罪を隠すために口裏を合わせ、住人たちにも誤った認識を与えるように広めた』とされた。
しかし、このことを元反乱兵士の老人に確認してみたが『確かにたった一人にやられた』と証言しており、その様子は嘘を言っているようには聞こえなかった―――】

内輪もめ……が一番状況から考えられる妥当な結論と、タバサも思う。しかし、『妥当な結論』で未知の恐怖―――エルフを凌駕する戦闘力をもった一個人が存在してるなど、軍人からは悪夢としか言いようがないはずだ―――を誤魔化そうとしているとも考えられる。

【―――さらに『タルブの悪魔』が実在している傍証として、興味深い日記をタルブ伯の書庫で拝見する機会に恵まれた。
今より五十年ほど前、当時のトリステインを荒らしていたオーク鬼の群れがタルブ村近郊に現れたという。当時のタルブ伯が国王にも討伐の軍を派遣するように上申したが、それをすぐに撤回したことが日記に記されていた。それには、王都へ使者を送り出した直後、村人よりオーク鬼の群れが全滅していると報告があり、確認してみると確かに百体以上のオーク鬼の死体が付近の森の中で発見されたという記述があった。
王宮の公文書館でも、タルブ伯からの上申書と撤回書がそれぞれ保管されていることは確認できた―――】

オーク鬼。一体で訓練を受けた手馴れの戦士五人分に匹敵する亜人。その数の多さから、ハルケギニアで最も人間の脅威になっている。何度か戦ったことがあるが、決して油断できる相手ではない。

【―――以上のことから、『タルブの悪魔』は今より五十年前にオーク鬼の群れを全滅させ、四十年前に反乱軍を壊滅させたと、考えてもよいだろう。しかしながら、その正体については今なお謎のままである。ただ一つ、タルブ村を荒らそうとしたオーク鬼の群れと反乱軍は間違いなく壊滅しており、それらの事実に付属する根強い噂となって語り継がれていることは、紛れも無い事実である―――】

支離滅裂―――としか言いようの無い―――な内容にタバサは本を閉じる。

(ありえない……、荒唐無稽)

時間を浪費したと思い本を足元へ置きかけて、ハっと気付く。『タルブの悪魔』とエレアノール、どちらも『ありえない』。ありえない戦闘力をもつ『タルブの悪魔』、常人ではありえない身体能力のエレアノール。常識でも論理でもない、直感がその二つを結びつける―――

「きゅいきゅいきゅい!」

思考を邪魔する鳴き声、直感はあっという間に霧散した。窓を見ると使い魔のシルフィード、仕方なく窓を開ける。

「きゅいきゅい~!」
「……?」

鳴きながら首を学園の外へ向けている。釣られて視線を向けると、そこには馬に乗っているルイズとエレアノール。

「……シルフィード」
「きゅい♪」

窓から飛び出し、シルフィードの背に乗ると追いかけるように指示を―――

「あら? 虚無の曜日にお出かけなんて珍しいわね?」

声の方向を見るとキュルケが彼女の部屋の窓から覗いていた。

「……野暮用」
「ふぅん……、あたしも一緒に行ってもいいかしら?」

キュルケの言葉にしばし迷う。しかし、友達のキュルケならいいか、と思い頷く。シルフィードにキュルケの部屋の前まで迎えに行かせ、「そうこなくっちゃ」とキュルケが飛び乗ったのを確認してから改めて指示を出す。

「……シルフィード、あの二人。馬は食べちゃダメ」
「きゅいきゅい♪」

バサっと翼を羽ばたかせ、シルフィードは大空に舞い上がった。キュルケは風に波打つ髪を片手で押さえながら、感嘆の声をもらす。

「貴女のシルフィードはいつ見ても惚れ惚れするわねぇ。……ところで、あの二人ってルイズとエレアノールのことでしょ?」
「……」

黙って頷く。それを見て、キュルケが―――悪戯小僧っぽい―――ニンマリとした笑みを浮かべる。

「タバサもファンクラブの一員? 貴女が人に興味持つなんて、明日は一日中雷雨かしら? あぁ、あたしは嬉しいわよ♪ 貴女が『エレアノールお姉さま』と挨拶して、『おはようタバサ、タイが曲がっていてよ』と―――」

……やっぱり断るべきだったと、タバサは胸中でため息をついた。





トリスタニアの城下町をルイズとエレアノールの二人連れが歩いていた。

「賑やかな街ですね」
「当たり前でしょ、王都が寂れるなんてありえないじゃない」

一見して貴族の子女に見えるルイズと、お付のメイドに見えるエレアノール。仲良く歩く様子は周囲に違和感なく溶け込んでいた。

「それで、まずはどこから行かれるのです?」
「まずは身の回りの品でしょ。ベッドにチェスト、後は衣装棚かしら? とりあえず家具を見に行くわよ」

自分に確認するように頷いて、そのまましっかりとした足取りで歩き出す。その後をエレアノールは、時折周囲の露店や建物に視線を向けつつ続いた。
最初に訪れた貴族向け用の家具屋で商品を選び―――エレアノールはもっと質素なものでもと思っていたが、

「私の従者なんだから、最低限の見栄えは必要よ!」

ルイズの一声で下級貴族並の家具が選ばれ、学院に運送するように手配された。続いて訪れたのはやはり貴族向けの衣装と装飾品を取り扱う店。ここでもエレアノールは新しい下着が買えれば、今のメイド服でも問題ないと思っていたが、

「今度の『フリッグの舞踏祭』は貴女にも従者として参加してもらうのよ! ドレスと装飾品をそろえないとダメじゃない!」

こちらでは中級貴族並の青を基調としたドレスと、髪飾りやイヤリングなどの装飾品が選ばれた。ドレスはサイズを直してから、その舞踏祭に間に合うように学院へ送られてくるらしい。
こうして買い物が一段落する頃には、太陽は天頂を少し過ぎていた。

「ふう……剣はお昼を食べてからにするわね」
「ええ、賛成でございます」

二人の意見は一致し、貴族向けのレストランへ。





「はぁい、ヴァリエール。奇遇ね?」
「ななな、何で居るのよ、ツェルプストーぉ!?」

レストランの外に並んだ幾つかのテーブルに腰掛けていたキュルケを見て、ルイズは絶叫する。他の客が何事かと怪訝そうに視線を向けてくるが、ルイズはキュルケに集中したまま気付いていない。

「……あの、こんにちは」

周囲の視線に頬を少し染めながら頭を下げるエレアノール。

「……(むしゃむしゃ」

一心不乱にサラダを食べ続けるタバサ。
非常に目立つ四人組に周囲の視線は中々離れなかった。

「今日は虚無の曜日、ショッピングに楽んでいることに疑問点はあるかしら?」
「そういう問題じゃないわよ! 何でここに居るのよ!?」
「だから奇遇よ、ただの偶然。……とりあえず座ったら? エレアノールもどうぞ、あたしもタバサも気にしないから」

無論、真相はこっそりと後を付け回して、レストランに先回りしたのだが、それを全く表に出さない。

「人の使い魔を勝手に指示しないでよ!!」
「あら、あたしは善意で言ったのよ。受けるか受けないかは使い魔である前に一人の人間である彼女の意志の問題、あなたに決定権はないでしょ?」

二人の口喧嘩は収まる気配を全く見せない。エレアノールはどうしたものかと思い、この場で助け舟を出してくれそうなタバサに視線を向けるが、我関せずとサラダを食べ続けているだけであった。





トリスタニアの武器屋は裏路地の中、下町の中でも清掃が行き届いていない一角にあった。ゴミや汚物が道端に転がり、浮浪者や酔っ払いが家の壁に寄りかかって座り込んでる。白い石造りの建造物が目立つ美しい表通りとは正反対であった。

「汚いところねー……」
「私だってあまり来たくないわよ。ツェルプストー、嫌なら帰ってもいいのよ?」
「……」

顔をしかめて歩くルイズとキュルケ。タバサは本から視線を離さないまま、しっかりとした足取りでその後ろに続いている。最後尾を歩くエレアノールは、周囲を憂いを秘めた目で見回していた。

「それで武器屋ってどこなのよ、ヴァリエール?」
「この辺のはずよ……。えーと、あ、あった」

ルイズが指差した先に、剣の形をした看板を下げた店があった。





店の中は薄暗く、昼間なのにランプが灯っていた。壁や棚に所狭しと剣や槍が並べられ、金属の立派な甲冑や革の胸当てが飾られており、カウンターには砥石や小ぶりのナイフが置かれていた。四人が店に入ってくるとすぐに奥から主人が出てきて、ルイズたちのマントを見て恭しく頭を下げる。

「これはこれは若奥様、うちは真っ当な商いが自慢、貴族様に目を付けられるようなことは何もしてませ―――」
「客よ、剣を見せなさい」

ルイズは腕を組んで言って、主人の挨拶を遮る。

「こりゃおったまげた! 貴族様が剣を! おったまげた!」
「どうして?」
「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」
「ふーん……、でも剣を使うのは私じゃないわ。使うのは私の従者よ」

後ろに控えていたエレアノールを指差し、主人も釣られて視線を向ける。

「へぇ、昨今はメイドも剣を振るうようで」
「私は剣のことなんかわからないから……、エレアノールで適当に決めちゃって」

ルイズの言葉に頷いたエレアノールは、前に進み出て主人と対面する。主人はジロジロとエレアノールを―――どういう剣なら振るえるのかを見定めるように―――見ていた。

「あの、私はレイピアの心得がありますので、何本か見せていただけませんか。あとマインゴーシュもあれば、そちらもお願いします」
「へぇ、ちょっとお待ちくだせえ」

主人はいそいそと店の奥に入っていき、すぐに数本のレイピアを持ってきた。どれもきらびやかな模様がついており、実用性より装飾を重視している。手持ち無沙汰に壁の剣を見ていたキュルケが、横から覗き込んでくる。

「ふーん……、どんなものが出るかと思ったけど綺麗なレイピアじゃない」
「へぇ、最近は貴族様の間で下僕に帯剣させるのが流行っておりまして、このようなレイピアが人気が高いでさあ」
「流行ってるの?」

エレアノールを挟んでキュルケの反対側からレイピアを見ていたルイズが、主人の言葉に眉を不思議そうに動かす。

「そうでさ、何でも最近、このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして。『土くれ』のフーケというメイジの盗賊がお宝を散々盗みまくって噂で、貴族様の方々は恐れて下僕にまで剣を持たせる始末でして、へえ」

主人は説明し終えると、再び店の奥へと戻り、今度はハンドガードのついた小剣を何本か持ってきた。こちらも、貴族用の装飾を施してある。

「うちの貴族様向けの在庫はこれくらいでさあ。後は傭兵や警備兵向けの地味のしか残っておりませんぜ」
「ええ、では拝見させて頂きます」

主人の言葉に頷いて、エレアノールはレイピアを一本手に取る。同時に左手のルーンがほのかに光を発し始める。主人はそれを見て、少々驚いたように凝視したがすぐに視線を外す。ルイズとキュルケは既に決闘騒ぎの時に見ていたので、特に気にもしていなかった。ただ一人、タバサはジーッとそのルーンを見つめ続けていた。

エレアノールがレイピアの品定めを始めてから数分後、五本目のレイピアを手に取ろうとした時、店の外から一人の男がドスドスと足音を激しく立てながら入ってきた。身に着けている使い込まれた鎧や態度から、傭兵か何かなのだろう。

「おい!! 親父!! 何なんだこのボロ剣は!!」

男は主人を見つけると怒り心頭な怒鳴り声を上げて詰め寄ってくる。その剣幕にエレアノールは慌てて道を譲る。

「こ、これは旦那。その剣がどうかしたので?」
「どうかしたもない! こんな生意気なボロ剣なんか使っていられるか! 金を返せ!!」

男は手にもっていた剣を思いっきり床へと叩きつける。ガシャーンという荒々しい激突音と共に、

「いてぇ!?」

剣が、地面に叩きつけられた剣そのものが悲鳴を上げた。

「……け、剣が喋った、のです?」

エレアノールは足元に転がってきた長剣に驚きの声を上げる。ルイズの身長と同じくらいの長さの長剣は、叩きつけられた衝撃で鞘から片刃の刀身が飛び出しており、錆が浮かんでボロボロになっているのが見える。

「あぁん? 剣が喋ったらおかしいのか娘っ子」

聞こえたのか、悪態交じりで答えてくるボロ剣(仮称)。いつの間にか、エレアノールの隣にチョコンと陣取ったタバサが床に転がったボロ剣を覗き込んでくる。

「……インテリジェンスソード」
「インテリジェンスソード?」
「意思を持つ魔剣。……でも、こんなにボロボロなのは珍しい」

続いて、ルイズとキュルケも興味深そうに覗き込んでくる。

「本当ね。普通なら固定化の魔法かかっているから、こんなに錆びたりしないわよね」
「いい加減な固定化じゃないの? あちらの口喧嘩を聞く限りじゃ、口と性格も悪いみたいじゃない」

段々とエスカレートする主人と男の口論に、キュルケは苦笑する。男曰く「てめーみたいな三流に使われてたまるか」「その辺の棒っきれでも振り回しておけ」などなど。

「おめーら、言いたい放題だな」

床に転がったままのボロ剣は呆れたように呟く。エレアノールは床に転がしたままにするのもと思い、深く考えずにボロ剣を拾い上げた。同時にそれまでのレイピアではほのかな輝きだけだったルーンが、はっきりと見て取れるほどに光を発しだす。ボロ剣も顔色―――もとい雰囲気を一変させて、急に静かになる。

「……おでれーた。てめ、『使い手』か?」
「『使い手』?」

また知らない単語が飛び出した、とエレアノールはタバサに視線を向ける。しかし、タバサも知らないらしく首を横に振るだけであった。ルイズとキュルケも同じように首を振る。

「それに外見と違って、かなり鍛えこんでるじゃねーか。正直、見損なってたぜ」

エレアノールの手の中で何やらブツブツと納得するように呟いてたボロ剣は、「よし!」と威勢のいい声を上げた。

「てめ、俺を引き取れ!」

突然のボロ剣の売り込みにエレアノールは呆気に取られる。ルイズはそんなボロ剣なんかと渋い顔をし、キュルケは好奇心が刺激されたのか面白そうな笑みを浮かべ、タバサは相変わらず無表情のまま。

「引き取れと言われましても……」

とりあえず気を取り直して、ボロ剣を鞘から完全に抜いて状態確かめてみる。錆は刀身全体に浮いており、お世辞にも褒められたものではない。

(でも……柄の拵えはしっかりしてますし、剣としての重量配分も理想的ですね)

カルス・バスティードで、武器としての実用性だけを追い求めていた鍛冶師の作品を思い出す。心の中で比べてみて、それと遜色ない出来であると判断を下す。……気になる錆は砥いで落とせばどうとでもなる、とその判断に付け加える。

「……ご主人様、こちらの剣でよろしいでしょうか?」
「え~~~。そんなのにするの? あっちのレイピアの方がいいじゃない」
「でも、外見はボロボロですけど、剣としてはしっかりしてますよ」

不満げに「う~~~」と唸っていたが、エレアノールに決めさせるという先ほどの自分の言葉を思い出して渋々と納得する。

「おれっちの名前はデルフリンガー様だ! よろしくな相棒!」
「私はエレアノールです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

エレアノールはボロ剣改めデルフリンガーを納刀し、殴り合い寸前にまでヒートアップした主人と男の方へと振り返る。

「あの?」
「ああん!? 何だッ!?」
「この剣、私たちが買値分の代金を支払いますので、引き取ってもよろしいでしょうか?」
「「え?」」

エレアノールの提案に、主人と男は呆気に取られて聞き直した。




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