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第24話 教皇




 魔法学院襲われる!

 謎の敵による学院襲撃の報は、人質の解放と共に早馬で王宮にもたらされ、仰天した王宮側も、先行調査隊として最も足の速いグリフォン隊の精鋭を、それに続いて捕らえられた犯人護送のための部隊を学院に向けて送り出した。
 先行調査団の代表として学院を訪れたワルドは、事件を解決したのが知り合いの二人だと聞いて思わず天を仰いだ。

 「やれやれ、まさか君たちだったとはね」
 「あら婚約者さん、心配しなくてもルイズはタバサと一緒にロマリアに向かっている最中よ。この事件には最初から関わっていないわ」
 ワルドはキュルケから事のあらましを聞き、内心ほっとしたのを何とか表に出さぬよう押さえると、具体的な調書の作成に取りかかった。
 キュルケ、ギーシュ、コルベール、そしてオールド・オスマンやギトー、シュヴルーズと言った面々に事情を聞いていく。
 ある意味相手を殺しているだけに、それぞれの事情は他人の耳に入らないように聞き取りは個室で行われた。
 ここで彼はコルベールの過去を知ることととなった。

 「ミスタ……話しづらいことをお聞きしました」
 「いえ、任務ですから。犯した罪は忘れずとも、こうして生きていれば贖罪の機会は来るものですね。まあ、贖罪といえるかは微妙なところですが。自業自得でもありますし」
 「ご謙遜なさらずに。ミスタ・コルベール、あなたは立派に生徒達を救ったのですから」
 「そう言っていただけると、少しは救われた気がします」

 かなりの大部隊の襲撃という事で、後続の部隊はそれなりの規模になっていたが、そのほとんどが既に倒されていたと判って拍子抜けしたなどという事はあったが、その日の午後には生き延びた犯人の護送やコルベールに一網打尽にされた別働隊の埋葬なども終わった。
 こうして学院にはとりあえずの平和が戻ってきた。
 そう、とりあえずの。



 危機は去っていなかったのだ。現実にはともかく、学生達の脳裏からは。
 自分たちが平和をむさぼるように寝こけていたとき、ただ二人気がついたギーシュとキュルケ。
 どうやら彼らはつい先日、内戦の嵐吹き荒れるアルビオンで『何か』を体験してきたらしいと言うことが学生達の間に噂として流れた。取り調べの過程で明かされた事実がいつの間にか漏れ出たらしい。
 何しろその気になれば盗聴の手段には事欠かない。そして取り調べる側も防諜などに気を使うはずもない。好奇心の強い者がその気になればいくらでも調べることが出来た。
 流石に具体的な情報が伝わることはなかったが、キュルケとギーシュが『実戦』を経験したことは広まってしまったのだった。
 もっとも実戦と言っても、二人の体験したのは前線での殺し合いとはほど遠い『戦場の雰囲気』でしかない。
 この事はキュルケもギーシュも聞かれるたびにはっきりと断言した。
 それでも学生達にとっては十分衝撃的事実であった。
 そして思ったのだ。
 もし自分たちに経験があれば。雰囲気だけでも戦場の気配を知っていれば。
 今回のような事態で不覚を取る事はなかったのではないか、と。
 ここで二人の感じたのが『戦場の雰囲気』であって、悲惨で血なまぐさい殺し合いでなかったのが裏目に出た。
 学生達の間に、前線は無茶でも、比較的敵襲の恐れの少ない後方でなら、戦いに赴く者への手助けが出来るのではないか。そしてその雰囲気を学んでおくことは、将来のためになるのではないか。
 これらのことが、学生達の間に学生騎士隊の設立を促す機運を作っていくことになる。







 一方、その頃。
 学院を襲った危機など知りもしないルイズ達一行は、一晩ゆっくり体を休めた後、あらかじめ決められた手順に従って教皇への接触を開始した。
 堂々と身分と立場を名乗ってならともかく、お忍びできている一行が正面切って教皇に会うことなど不可能である。
 当然、そのための手段はあらかじめ指示されていた。
 ルイズ達四人は、この地で巡礼が纏うローブに身を包み、指定された街外れの教会に向かう。
 そこは救貧院や孤児院を併設していると思われる教会であった。
 教会の建物は大変小さく、みすぼらしいが、敷地そのものは意外に広い。柵で仕切られた土地内部に、いくつものおんぼろな建物や粗末な畑が作られているところを見ると、ある程度の自給自足をしている、修道院を兼ねた様式なのかも知れない。
 マザリーニ枢機卿の指示は、ここの教会の司祭に、封をした手紙を渡すように命じていた。

 「すみません」
 四人を代表するように、なのはが教会の通用口の扉を叩く。
 程なく出てきたのは、ぼろぼろの、だが清潔そうな着物を着た小さな女の子であった。
 「はい、なんでしょうか」
 たどたどしいながらも、しっかりと挨拶をする少女。
 「わたしたちはアルフォンヌ司祭様に会いに来たものですけれども、司祭様はいらっしゃるでしょうか」
 腰をかがめ、目の高さを少女と同じ高さにして問い掛けるなのは。少女ははきはきとした口調で答えを返す。
 「はい、しさいさまはいませいどうでせっきょうをしています。そのまませいどうにはいっておまちください。せっきょうがおわればじかんがあくとおもいます。できればせっきょうもきいてください」
 説教というのは別に誰かを叱ることではなく、教義を判りやすく講話などで信者に教え諭すことである。
 ずいぶんしっかりした物言いの少女の様子に、なのはは少し感心した。
 「ありがとう。あなたみたいに子供を導けるって言うのは、きっと立派な司祭様なのね。説教も聞かせてもらうわ」
 そう言ってなのはは立ち上がる。
 女の子が通用口を閉めるのと同時に、なのははみんなの方に振り返った。
 「司祭様は今説教の最中らしいです。中で待ちませんか?」
 「ええ。少なくとも悪い人ではないみたいね」
 ルイズも随分としっかりした少女の様子に、なのはと同様の感想を抱いたらしい。
 「立派」
 タバサも同様のようだ。
 一人シルフィードだけは不満そうであったが、タバサの一瞥で黙らされた。
 まあ彼女の場合、人型を取っているだけで疲弊するのに、おしゃべりも封じられ、食事すら不足気味となればストレスがたまるのも無理はない。
 タバサもそのへんの事情は重々承知の上で、あえて彼女を押さえつけた。
 帰り道でのマルチタスクおしゃべり攻撃を覚悟しつつ。



 「そして聖マルコスは、人々のためにその力を持って畑を開きました。人々はそれに感謝し、収穫の時にその一部を聖マルコスに捧げました。それが『マルコス感謝祭』の始まりであり、今でも広く行われている祭りの始まりとなりました」
 改めて開かれている正門から教会に入り、入り口においてある献金箱にいくばかの金銭を投入して、四人はたくさん並べられた長椅子の末席に座った。説教を聞いている人はごくわずかであったが、今日が別に安息日でないことを考えればこんなものであろう。
 むしろ人がいるだけ立派である。
 説教はちょうど終わるところだったらしく、彼女たちが腰を下ろしてすぐに終わってしまった。
 前に座っていた人達が立ち去っていく中、席を立たない四人に司祭は不思議そうに声を掛けてきた。
 「どうかなさいましたか? もし今夜泊まるところもないならば、屋根だけはお貸しできますが」
 食事をといわないのは、居着かれることを避けるためか、それとも純粋にゆとりがないのか。
 おそらく後者だろうと思いつつ、なのはがまず答えた。
 「いいえ、私たちは司祭様に会いに来たものです」
 「私にですか?」
 そう問い掛ける司祭に、ルイズが黙って手紙を差し出す。
 「マザリーニよりの手紙です」
 枢機卿とは言わない。実はこれも指示の一つ。手紙を渡すときには必ず一言一句間違えずに言えと言われた言葉を言っているだけである。
 司祭ははっきりと顔色を変え、緊張した面持ちで手紙を受け取り、封蝋を確認する。
 「連絡先は」
 そう問う彼に今泊まっている宿の名を答えると、彼は頷いていった。
 「おそらく今日か明日には迎えのものが参ります。必ず連絡が付くようにしてください」
 「ありがとうございます。かならず」
 「あなたにブリミルの祝福を」



 そのまま一行は少し街の様子を眺めながら宿へと戻った。途中不満げなシルフィードをなだめるために平民向けの市場で売っていた串焼きを数本買い込み、あちこちをさまよう。
 判ったことはこの街がほぼ明確に二層に分かれていると言うことだった。
 元からの住民と思われるものは平民であってもそれなりに豊かであり、わりと不自由のない生活を送っている。対して目を覆うほどに貧しいのは、大半が流れ者……難民や流入者らしい。
 「どうやらこの街では、生活の基盤を得るのが難しいみたいね」
 「同意」
 ルイズはそう分析し、タバサもそれを支持した。
 「見た目よりこの街には仕事がない……というか、人手が足りて安定しちゃっているみたいね。発展するわけでも無し、戦争するわけでも無し。なのに名前に釣られて人だけは集まってくる」
 「安定しすぎて新しいものを受け入れる余地があまりない」
 「みたいですね」
 なのはもそう答える。
 「うーん。何となく原因っぽいものは見えたけど、どうすればいいのかしら」
 戻った宿の部屋で紅茶を飲みながらそんなことを考えるルイズ。彼女にしてみればそれは一種の義侠心、こう不幸そうな人を放ってはおきたくないという、優越心と同情心も含んだちょっと上から目線の心理だ。
 だがそれはそれで悪いことでもない。言い換えればそれはルイズに余裕があることの表れでもあるのだから。
 恋愛感情や劣等感にとらわれていないルイズには、それくらい周りを見るゆとりがあった。
 それがなのはという、包容力のある年上の女性を使い魔に持ったルイズのあり方だったのだろう。
 そしてそのことが、また少し世界に影響を与えることになる。



 だがその前に、現実は来客の形を取って、ルイズ達の前に現れた。
 「ジュリオ・チェザーレ、と申します」
 そう名乗ったのは、貴族を思わせる優雅な物腰の少年であった。見た目も美形であったが、それ以上に目を引くのが、左右で色の違う目--この地では月目と呼ばれる目であった。
 「あなたが迎え?」
 油断なくそう問うルイズに、ジュリオは小さく頷く。
 そして小声でルイズ達に向かってその用向きを伝えた。
 「夕べの鐘の鳴った後、くだんの教会にお越しください。お待ちになっている人がいます」
 「判ったわ」
 多くを問わずにルイズは頷く。
 そこに教皇聖下と直に会ってもおかしくない身分の人物がいるのであろう。
 そう考えたルイズは一つだけ確認する。
 「服装とかはどうするべきかしら」
 「お気になさらずに。どちらかというと目立たない格好の方がよろしいかと」
 どうやら相手は、身なりをあまり気にしないか、あるいはそれなりのものを整えられる人物らしい。
 これで公務を果たすには問題ない、そう判断したルイズは、最後に一つだけ彼に聞いた。
 「後、これは別に答えなくてもいいけど……その名前、本名? それとも偽名?」
 それを聞くと、彼は何とも困った表情をしていった。
 「聞きたくなりますよね……ちなみに本名です。僕もどうかとは思うんですけど。あ、ちなみに歴史上の彼との繋がりはなんにもありませんので」
 「……失礼かも知れないけど、同情するわ」
 ため息をつくルイズに、ジュリオは微笑みながら言った。
 「よく言われますので気にせずに。もう慣れていますから。では後ほど」
 そう言って彼が去った後、なのはがルイズに聞いた。
 「彼の名前、何か曰くが?」
 「かつてロマリアを大発展させた大王の名前よ、ジュリオ・チェザーレって」
 なのはは納得した。日本で言うなら、織田という名字の家の子に信長と名付けるようなものだろう。
 「大変ですね、彼」
 しみじみとなのはも頷くのであった。







 夕餉のワインも控えめにしたルイズ達は、気合いを入れて先の教会へと向かった。
 再び通用口に向かうと、そこには見覚えのある人物がいた。
 「どうぞ、こちらへ」
 月目の人物、ジュリオ・チェザーレは、ルイズ達に気がつくと、通用口の扉を開き、先導するようにそこをくぐった。
 ルイズ達が後をついて行くと、彼はそのまま教会の裏側へと回っていく。
 そこには司祭が居住していると思われる家があった。
 「お上がりください。彼の方は中でお待ちです」
 まるで自分の家であるかのように、ジュリオは振る舞っていた。
 いぶかしみながらも、ルイズ達も彼に続いて家の中へと入る。すると昼にあった司祭が、ジュリオに頭を下げていた。
 「ここ、司祭様の家ですよね」
 さすがに不思議に思ったルイズがジュリオに聞く。ジュリオは苦笑気味の微笑みを浮かべながら、ルイズに答えた。
 「彼は緊張しているだけですよ。理由はすぐにわかります」
 そう言いながら、彼は立ち止まり、そこにあった扉をノックした。
 「聖下、お客様をお連れいたしました」
 「ご苦労様ジュリオ。すぐにお通しなさい」
 だがルイズ達は--正確にはルイズとタバサは硬直してしまった。
 今彼は、何といった?
 聖下?
 つまりそれは……。
 「お姉様、どうしたのですか?」
 意味がまるで判っていないシルフィードの声のおかげで、二人は何とか再起動を果たした。
 タバサはシルフィードに「しばらくおしゃべり禁止」と厳命する。
 ルイズもなのはの方を見たが、こちらは明らかに理解していたようだったので、なにも言わずに前に向き直った。
 そうこうしている間に、ジュリオは扉を開いて、一行を中へと促した。
 一人をのぞいて緊張したまま、応接室と思われる部屋に入る。
 中にいた人物を見て、ルイズ達は予想とは別の意味でびっくりすることとなった。
 それは予想とはかけ離れた人物であった。
 もちろんルイズ達には、中にいるのが誰かという予測はついていた。この世に『聖下』と呼ばれる人物は一人しかいない。
 だから彼女たちは、その地位にふさわしい、威厳ある老人の姿を思い浮かべていた。
 だがそこにいたのは。
 どう見てもまだかなり年若い--せいぜい二十代前半にしか見えない--美しい男性の姿であった。
 それも尋常ではないレベルの。
 そこに駄目押しするように、ジュリオの声が重なった。
 「こちらのお方が現教皇聖下、聖エイジス三十二世・ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下にございます」







 「どうぞ、おかけください。姫様方」
 ヴィットーリオにそう話しかけられるまで、ルイズはその場に立ち竦んだままであった。
 声を掛けられて、ようやくおずおずと椅子に座る。なのはは一人、ルイズの背後に立ったままであった。
 ちなみにシルフィードも本来はタバサの背後に立つべき立場なのだが、彼女はそんなことは気にもせずタバサの隣に座っている。結果として椅子の真ん中にタバサが座ることになり、彼女は実に居心地の悪い思いをすることになった。
 だがヴィットーリオはそんなシルフィードの無礼を気にした様子もなかった。ただ幼子を見るような目で見つめるだけである。
 そしてそのままスルーして、ヴィットーリオはルイズに話しかけた。
 「マザリーニ様からの手紙は読ませていただきました、ミス・ヴァリエール、『虚無の担い手』よ」
 「あ、はい」
 緊張したままルイズは答える。そんな様子に、ヴィットーリオは優しく微笑みながら言葉を掛ける。
 「これはまたアルビオンの大軍を前に奇跡を起こした聖女らしからぬごようすですね。何か驚くようなことでもありましたか?」
 「いえ、その……まさか教皇聖下がこのような場所に現れるとは思っていませんでしたし、その、あの、こんなにお若い方だとも思っていませんでしたので……」
 最後の方が支離滅裂になる。だがヴィットーリオはあくまでも優しくルイズを見つめながら言った。
 「疑問に思うのも当然でしょうね。教皇は原則終身制。普通私のような若輩者が付く位ではありません。こう言う言い方はなんですが、私が就任した時点で、私より年上の方にはまず次の教皇の座は巡ってこないでしょうからね」
 「不思議と言えば不思議」
 タバサが相づちを打つように言う。ヴィットーリオも頷いて言葉を続けた。
 「ええ、その通りです。三年前、本来ならあなたたちもよく知るマザリーニ枢機卿がこの地位を継ぐはずでした。ですが彼の辞退により、一時期教皇選出会議は荒れに荒れました」
 三年前、理由は不明だが、マザリーニはロマリアからの帰国要請を断っている。
 帰国していればまず次期教皇は確実と言われていただけに、彼はトリステインの玉座を狙っているなどという噂も流れた。
 だがそれは今となってはどうでもいいことである。
 「その荒れ様はひどいもので、一時期はロマリアが内乱を起こしそうなほどでした。そもそもいくらマザリーニが優秀であっても、外国で宰相位にあるものを呼び戻そうとしたという事自体が、人材の不足を意味しています」
 「言われてみれば……」
 ルイズも頷いた。そもそも手元に推挙に値する人物がいれば、要請などかかるはずもない。
 「その頃私は既に枢機卿の一人として選定の候補に挙がるだけの力はつけていました。ですが教皇の地位というものには経験も重視されます。次代を担うと目されていたという自負はありますが、いきなり教皇の座に座れるほどものではありません」
 ヴィットーリオは、その頃を思い出すかのような遠い目をしながら言葉を続けた。
 「ですが当時のロマリアはそんな私にある決断を要求するほど荒れていたのです」
 ルイズ達は思わず唾を飲み込んだ。穏やかな言葉であったが、そこには並々ならぬ気迫が込められていた。
 「それは私にとって秘密であり、そして切り札でした。この状況をひっくり返せる、まさに切り札……もっとも、今となっては、少し早まったかという思いもあります。ですがあのときの私は、今よりもっと若かったのです」
 一瞬、ルイズの目に、若く美しい教皇が、まるで老人になってしまったかのように映った。
 だがそれは、続く彼の言葉の前に消し飛んでしまった。
 「これより我が知りし真理をこの像に記録す」
 それはルイズが知るものとほんの少しだけ違う言葉。だがルイズはそれを知っていた。『像』ではなく、『楽器』と『書』、その二つを。
 そしてルイズは浮かされるようにその続きを言った。
 「この世のすべての物質は、すべて小さき粒より為る。四の系統は、その粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり」
 そうルイズが言った瞬間、彼の顔にはまがう事なき歓喜が満ちあふれた。
 「やはりあなたは、まがう事なき『虚無の担い手』なのですね」
 「聖下……」
 対してルイズは驚きのあまり、声もろくに出ない。タバサも、二人の様子から、何故彼がこの若さで教皇となれたのかを理解した。彼の切り札、それは……
 「聖下、あなたも」
 タバサの問い掛けに、ヴィットーリオは黙って頷くことで言葉を返した。



 「聖下、お茶が入りました」
 緊迫した雰囲気を打ち破るかのように、ジュリオの声が響いた。
 いつの間にか部屋を出て、お茶の用意をしていたらしい。
 「ちょうど良かった。少し喉をしめらせたかったからね。ああ、使い魔の方もおかけなさい。ジュリオ、君もこちらに」
 そう声を掛けられて、なのははルイズの隣に腰を下ろした。
 彼女の前に、ジュリオがティーカップを置く。紅茶を注ぎながら、ジュリオはなのはに言った。
 「これからもよろしく、ご同輩」
 「えっ?」
 思わずそう言ってしまったなのはであったが、ジュリオはそれに答えることはせず、最後に自分のカップに紅茶を注ぐと、教皇の脇の椅子に腰を下ろした。
 「そう。もう判ったと思いますけれども、実は私も『虚無の担い手』の一人です。私は幼い頃、母が所持していた『火のルビー』と、『始祖の彫像』に触れて、虚無に目覚めたのです。これに関してはいろいろあったのですが、そこは省きましょう」
 言外にあまり語りたくない様子を含ませるヴィットーリオ。ルイズ達ももちろん追求はしなかった。
 「始祖の秘宝は四つ……祈祷書、彫像、オルゴール、そして香炉……始祖は用心深く、秘宝を偽装したようです」
 「と、いいますと?」
 ルイズの疑問に、ヴィットーリオは優しく微笑んで答える。
 「視覚、聴覚、嗅覚、触覚……始祖は後の世で虚無に目覚めるものが、盲目や難聴であってもそれを受け取れるようにしていたと思われるのですよ。もっともそれを開封するための口伝が、いつの間にか失われてしまったようですが」
 「たしかに」
 ルイズも虚無に目覚めるためのキーワードがその内部に隠されていたという、まるで宝箱の中に鍵をしまってしまったような始祖のドジさ加減には、大いに思うところがあった。
 だが別口でそれが伝わっていたというのなら、まだわからない話ではない。
 「幸いと言いますか、ロマリアに伝わっていた秘宝は、『始祖の彫像』。名前とは裏腹な、よく判らない形をした抽象芸術のような変な像なのですが、『触れること』がその扉を開くことだったのが、私に味方しました。
 幼い私は、遊びで指輪をはめ、彫像をおもちゃ代わりにいじっていたのです。そうしたら始祖の声が聞こえたのですから、心底驚きました。
 その時は訳が判らなかったのですが、後にある程度知識が付いた後、心を落ちつけて像に触れる事により、私は虚無に目覚めたのです」
 ルイズ達も納得していた。読めない本や音の鳴らないオルゴールと違い、意味不明のデザインの彫像なら触れることは十分あり得る。偶然であったとしても、そのハードルは他の秘宝より格段に低い。
 「残念なのは、その秘宝が二十年前、とある事件に巻き込まれて失われてしまったと言うことでしょうか。幸い『始祖の彫像』は呆れるほど丈夫で、火にくべようが崖から落とそうが傷一つつかないものなので、壊れたとは思いませんが」
 「そんな……」
 ルイズも秘宝が失われたという言葉に衝撃を受けていた。
 「過ぎたことを悔やんでもしかたがありません」
 ヴィットーリオは、そんなルイズを慰めるように言った。
 「ですが今こうしてここに、虚無の担い手が顔を合わせることが出来ました。これは歴史的に見てもまれなことなのですよ」
 「そうなのですか?」
 ルイズの疑問に、ヴィットーリオは返答する。
 「虚無の担い手は、同時期に四人存在するはずです。ロマリアの伝承にもあり、また始祖の伝承にも、四の四という言葉がよく使われます」
 「四の四、ですか?」
 「ええ。これは四人の担い手、四人の使い魔、四つの指輪、四つの秘宝を意味します。これらすべてをそろえることが出来れば、聖地の扉が開く、といわれています」
 「聖地の!」
 ルイズもさすがに驚いた。虚無にそんな意味があるなどとは思いもしなかったのだ。
 「ミス・ヴァリエール」
 そしてヴィットーリオは、力のこもった目でルイズをじっと見つめた。
 「私は教皇として三年間、いろいろ手を尽くしてきました。新教徒教皇などと揶揄されるくらい、いろいろな改革にも挑んできました。ですが現状は、あなたがその目で見たとおりです」
 「聖下……」
 先ほどまでの自信にあふれた様子から一点、頭を落としてしまった教皇をルイズは心配そうに見つめる。
 「その経験は、私に幾つかのことを悟らせてくれました。私の手は、教皇という地位は、それだけで人を救えるものではない、と。そして……」
 「そして?」
 「博愛だけでは、人は救えないのだと……そのためには、『力』が必要なのだと」
 そう言うと、ヴィットーリオは、真正面からルイズの瞳を見つめた。
 それは、狂信と言ってもいいほどの力のこもった瞳であった。



 「ミス・ヴァリエール。あなたは私に、自分が『虚無』であることの証明を求めているのですね」
 「あ、はい。そうです」
 いきなり話が本題に戻ったために、ルイズは思わず慌ててしまった。
 「レコン・キスタを率いるクロムウェル司教は、自らを『虚無』と名乗っている。死者蘇生という、それにふさわしい力も見せている、とのことですね。あなたの報告の抜粋が、マザリーニからの手紙に記されていました」
 「はい、その通りです」
 話を肯定するルイズ。
 「断言しましょう。彼の『虚無』は偽りです」
 「やはり……ですが聖下、それを証明できるのでしょうか」
 ルイズの疑問に、ヴィットーリオは朗らかに笑いながら答えた。
 「彼が司祭である以上、まず間違いはないでしょうね。『虚無』は選ばれし者……具体的には、始祖の三王家、トリステイン、アルビオン、ガリアの王家の血を引くものか、ロマリア初代教皇聖フォルサテの血を引くものからしか現れないのです」
 「そういえば、そうでした」
 大后妃マリアンヌ様もそう言っていたことを、ルイズは思い出した。自分がいずれ玉座に座ることになるというのも、その話の流れだった。
 「ロマリアにおいては教皇は選考会議によって決まるものであり、王家のように一貫した血を引いているものではないですが、聖フォルサテの血族はかなり厳密に調査されています。
 クロムウェル司教がその血族である可能性は、皆無ではありませんがほぼ無いと見て良いでしょう」
 歴代の血族の中に、自覚なき跡継ぎを作っていた人物がいないとは限らないのだ。
 出奔して行方の判らないものだってゼロではない。
 「もっとも、『レコン・キスタ』に対して証明するとなると、さすがに生半可の証拠では足りませんね。私が一筆書いたくらいでは、偽造扱いされて終わりでしょう」
 「そんな! 教皇聖下の書を偽造扱いなんて!」
 思わず声が荒くなるルイズ。だがヴィットーリオは、力なくいった。
 「良くあることなのですよ。私の名前を勝手に使うなどということは」
 ルイズは押し黙るしかなかった。タバサも沈黙を守っていた。
 「ですが教会としては、神聖なる始祖の力である『虚無』を偽る者を放置できません。その点において、私はミス・ヴァリエール、あなたの味方です」
 「ありがとうございます」
 「ですがそうなると、偽りの虚無を打ち倒し、教えを正す手段は一つしかないですね。というか他の方法ではレコンキスタを崩せないでしよう。ミス・ヴァリエール」
 そこで再びルイズのことを真正面から見据えるヴィットーリオ。
 思わず緊張するルイズに対して、彼はその言葉を口にした。



 「私もあなたと共にアルビオンへ向かいましょう。あなたの虚無を証明し、偽りの虚無を打破するには、それしかありません」

 「えええええっ!!」



 さしものルイズも、その場で叫び声を上げてしまうのであった。


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