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魔導書が使い魔-05


そこは地獄、魔界、異界、門前。
それは――鉄火の間(戦場)だった。

荒廃した地平。茜に染まる空。
大地は見渡す限り血に濡れ。
大地は見渡すまでもなく死に溢れていた。
遠く聞こえる剣戟、銃声、打撃音、破壊音、爆発音、金属音、理解できない音。
遠く響く怒号、雄叫び、悲鳴、罵倒、絶叫、狂笑、認識してはならない声。
そこは戦いの坩堝で、虐殺の輪廻で、蹂躙の回帰。
人がいる。人に似た人がいる。人を模した人がいる。
犬がいる。犬に似た犬がいる。犬とは似ても似つかぬ犬がいる。
猫がいる。猫に似た猫がいる。猫らしき猫がいる。
鼠がいる。鼠に似た鼠がいる。鼠の皮を被った鼠がいる。
鳥がいる。鳥に似た鳥がいる。鳥の範疇を超えた鳥がいる。
■がいる。■に似た▲がいる。●は■■■■■■■■■■■■がいる。
それらは争い争い争い争い争い争い争い争い――
血を、肉を、武器を、防具を、外法を、命を、屍を。
失い、欠け、落し、亡くし、使い、奪い、拾う。

ここは鉄火の間(戦場)だ。
誰もが発狂しよう、この無為で充実した長き時を過ごすことで。
誰もが無心となろう、この無駄で有益な戦いを眺めることで。
誰もが諦めよう、この無限で刹那な争いに身を投じることを。
殺し殺され殺し合うこの場所で。
目の前に広がる無数の屍。
それらは一様に苦悶を刻み、倒れ伏す。
ある者は希望を糧に身を擦り切り。
ある者は絶望を苗に押し潰され。
ある者は悲願を望み使い潰れ。
ある者は理解する間もなく摘み取られた。
それら全ては憤怒に、悲哀に、絶望に、狂気に、虚無に彩られ。
ただ1人としてまともな死を得られなかったのだろう。
そんな屍たちの只中。
散乱した武具に混じり、それが鈍く、光る。
憎悪に染まる空に照らされ、憤怒に燃える大地に突き立ち。
それは――折れ、刃こぼれし、錆びた剣だった。
途中から折れたのか柄は無く、激しい戦いを抜けたのか刃こぼれし、長くここ
にあるのか錆びついている。
それを使うぐらいなら、まだ良い剣はそこらに落ちている。
だが刃は鈍く、曇りなき輝きを放つ。
その柄無き剣を握れば己が手に食い込むだろう。
その折れし刃を振れば己が手を切り裂くだろう。
だが、その鋼を使えば――

「止めておけ」

伸ばした手が掴まれる。
なんだと振り返る先。

「お前にはまだ、鋼を纏う資格が、剣を握る意志が、刃を振るう力が、
――足りない」

そこには、黒髪褐色の男の姿が――

「…………」
開けた目に入ったのは見慣れた天井。
「あら、目が覚めたのね」
そしてなぜかこちらを覗き込むにっくき相手。
「……ふえ?」
わたしが目を覚ましたのは決闘から2日後だった。



「あはははははっ! にしても、傑作じゃない!」
「…………」
馬鹿笑いがその部屋に響き渡った。
その笑いを聞いて部屋の主は仏頂面で黙りこくる。
「貴族がどうとか、杖がどうとか言いながら……」
それを見守るは、ニコニコ顔のシエスタと。
「……結局、剣の方で勝っちゃったんだから! あははははっ!」
ケラケラ笑うキュルケと。
「そうだな、偉そうなことを垂れながら、なんだ。汝は蛮人か」
追撃を放つ使い魔――
「――って、なんであんたまで一緒になって言ってのよ!」
ルイズは耐え切れないという風に叫んだ。
「だって、ねえ?」
キュルケがアルへと顔を向ける。
主語のない同意を求められアルは。
「うむ、ここで攻めずにいつ攻めろというのだ」
ばっちり頷いた。
「あんたはわたしの使い魔でしょうがーーっ!!」
今日何度目かになる声が、女子寮に響く。
「それはそれ、これはこれだ」
それをシエスタは微笑ましそうに見守っていた。

そもそもなぜこんな状況になったかと言うと。

停学3日間。
それがルイズに課せられた処罰である。
禁則である貴族間の決闘を行い。大勢の生徒を無駄に煽り、風紀を乱した。
だが周囲から伝わるギーシュの事情。ギーシュの発言。ギーシュの取った行動。
とまあ……誰が一番馬鹿であり、誰に一番非があるかは一目瞭然である。
ルイズは実技こそは失敗だらけだが。座学の成績は優秀であり、貪欲に教師に
質問する熱心な生徒でもある。
それに少し家柄を追加され。
部屋を訪れたコルベールは罰則として停学3日を告げた。
その3日間も、ルイズが寝ていた日にちを入れての計算であり。
2日間眠っていたルイズは。実質、停学1日というゆるい処罰になったのだ。
それに明日は虚無の日。
ほとんど2連休と変わらない。
そんなこともあり、処罰を受けている身とはいえ休日気分でゆっくりしようと
も思ったのだが。
なぜか目が覚めた時にいたキュルケは、ルイズが目覚めるとさっさと出て行っ
た。
しばらくするとコルベールが来て処罰を告げ、それと入れ替わるように、朝食
を持ったシエスタとアルと半固形粘液系生物――ダンセイニが入ってきて。
2日間、飲まず食わずで眠り。いつもなら残す量の朝食も、空腹が手伝ってル
イズはそれを完食した。
満腹になり、落ち着いたルイズにシエスタは庇ってもらったことに礼を言い。
それを恥ずかしそうに「べ、べつにあんたのためじゃないんだから!」とかベ
タなこと言っているうちに。
「はあい、なんだか面白そうじゃない」
キュルケが堂々と戻ってきて、今に至る。

「なんであんたはご主人様を庇わないのよ!」
ルイズが猛然とアルに突っかかるが。
「ふん、知るかそんなもの」
「なんですってぇ!」
興奮したルイズの肩が叩かれる。
――ポンポン。
「なによっ!」
イラつきながら振り返ると。
「てけり・り」
そこには“まあ、落ち着いて落ち着いて”と言うように触手を蠢かすジェル状
生命体がいる。
「あ……う……」
露骨に顔を引きつらせるルイズ。
そんなルイズにシエスタが微笑みを絶やさず言う。
「ルイズ様。あまり騒がれるとお体に障りますよ。病み上がりなんですから」
「そうよルイズ。あんまり興奮すると体に良くないわよ」
と、キュルケが楽しそうに添えた。
それにルイズは、誰のせいよ! と言うかのごとくキュルケを睨むが。
「~♪」
当のキュルケはわざとらしくヤスリで爪の手入れをしていた。
ルイズは何をしても無駄だと思ったのか、シエスタに向き直ると。
「あー……シエスタでいいのよね?」
「はい、ルイズ様」
ニコニコとシエスタが答える。
「あの……」
言い難そうにルイズは口篭ると。
「その、ルイズ様っていうのを止めてくれない?」
その言葉を聞いて、シエスタは首を傾げると。
「なぜですか? ルイズ様?」
そう聞き返した。
「いえ、それはね……なんというか……」
本来のルイズならそんなことは言わなかったろう。ラ・ヴァリエール領内の民
達、実家の使用人たちもみんな様付けするので慣れているはずなのに。なぜだ
かシエスタに言われると……落ち着かない。
「どうかなさいました?」
まごまごするルイズを、微笑とともに見守るシエスタ。
領内の民が敬っているのはルイズではなく、ルイズの父と母である。
実家のメイドたちが敬意を払うのは、それが仕事であるからだ。
公爵家に生まれ、幼いころから社交界に連れられ。それなりに人を見る目を養
っていたルイズから見て、シエスタの言葉はルイズ自身へと注がれている。
それだけなら、ルイズも気にしまい。貴族の心得を持つ者として、それぐらい
は受けとめられる。
だが。
「……?」
ニコニコと笑うシエスタ。
そう、それだ。
先ほどから優しさに満ちた視線が非常に気になるのだ。
その視線は、敬う平民でも、敬意を払うメイドでもなく。
年の離れた妹を見るような微笑ましさが含まれている。
それが実家にいる下の姉と被り。様付けで呼ばれるたびに、下の姉に傅かれて
いるような落ち着かない気分にさせられる。
うんうんと唸るルイズに、意外なところから助け舟が来た。
「ああ、そうね。たしかに様付けはいらないわ」
「キュルケ様?」
キュルケは額に指を当て。
「なんていうか、こう。あなたに様付けされると、落ち着かないのよ……悪い
意味じゃなくて」
「……はあ」
同じことを思っていたのか、キュルケが珍しく少し困った風に言う。
「では、ミスと――」
「もっと気楽でいいわ」
妙に堅苦しい方向へいこうとしたシエスタをキュルケが止める。
「……それでは、キュルケさん……でいいでしょうか?」
シエスタは少し考えたそぶりを見せ。
「まだ堅い気がするけど……それでいいわ。ルイズもいいわよね?」
「ええ」
キュルケの言葉にルイズも同意した。
「では、ルイズさんとキュルケさん。これからはそうお呼びしますね」
そう言い、シエスタは微笑んだ。
ふと、ルイズはキュルケに聞く。
「そういやあんた、授業はどうしたのよ」
それは先ほどから気になっていたことである。
一応、停学中かつ病み上がりであるルイズは、ベッドから降りることなく(生
理的な現象は除く)部屋にいる理由があるのだが。
「いいのいいのあんなもの。1日ぐらい構わないわよ」
ケロリと言うキュルケに、ルイズは懲りずに突っかかる。
「いいわけないでしょう! ここはあなたの休憩場じゃないのよ!」
「あーもう五月蝿いわね。そんなことでグチグチと、ほんと胸と同じで器も小
さいわね」
「な、なんですってっ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐルイズに、めんどくさげにあしらうキュルケ。
「ええい、騒がしい小娘達だ」
「てけり・り」
それを見て漫然と腕を組むアルと震えるダンセイニ。
3人を見つめ、堪え切れないようにシエスタが笑う。
「ふふ、私の部屋に寝泊りしてたアルさんは知らないでしょうけど。実はキュ
ルケさんルイズさんが寝ていた2日間ずっと――」
「そこ! なにを言ってるの!」
「え? なに? まさかキュルケ、あなた私が寝ている間にここを休憩所代わ
りに!」
「あーもう! 違うわよ!」
「五月蝿いぞ汝ら!」
「ずっと顔を眺めてたと思ったら、乱れた髪を直したり、心配そうに話し――」
「なんであなたが知ってるのよ!」
「メイドですから」
「てけり・り」
「答えになってない!」
「キュルケなにをしようとしてたのよ!」
「黙らんかぁぁああっっ!!」
この場は騒がしく、そして楽しき空気が広がる。



長い階段を上がる途中、コルベールはふと人の気配を感じた。
(賊か? いや、白昼堂々とこの魔法学院に忍び込むような輩はいまい)
だがこの先にあるのは宝物庫。
意表を突くために忍び込んだ賊がいないとも限らない。
最低限の注意を払いつつ、コルベールは塔の階段を上る。
いよいよ宝物庫に近づくと門が見える位置へと張り付き、そっと覗き込む。
そして門を前にして佇む人影があった。
人影は門を開けるでもなく、ただ観察するかのごとく門を見回す。
コルベールは杖を手に取り気配を消すと、その人影の背後へと回り込んだ。
「そこでなにをしている」
背に杖を突きつける。
突如現れた気配に影はぴくりと動き。
それを敏感に感じ取り、動きを制しようとしたが。
「動くな、妙な動きをすれ、ば……」
コルベールの声が小さくなる。
「妙な動きをすれば、どうするのですか? ミスタ・コルベール」
人影はため息を吐くと、コルベールに言った。
「み、ミス・ロングビル!」
慌てふためくコルベールに人影――ロングビルは疲れたような声をだす。
「ミスタ・コルベール。できれば背中の杖をどけてほしいのですが」
「は、はいっ! とんだ失礼を!」
メイジの命である杖を取り落としそうになりながらも、コルベールは杖を仕舞
う。
ようやく一息を吐き、ロングビルはコルベールに向き直る。
コルベールは最近抜けが激しい頭部をさすりながら謝った。
「も、申し訳ありませんミス・ロングビル」
「いいえ、しょうがありませんよ。ここは宝物庫、不審な者がいれば当然の行
為です」
それにロングビルは微笑む。
「それに、見かけによらず。随分とお強いようで」
微笑みに艶が入る。
「これでもメイジの端くれですが、私は反応すらできませんでした」
「ああ、いえ、その……」
その微笑みを向けられコルベールは顔を赤くしながら、気圧される。
「昔なにかおやりになっていたんですか?」
更に詰め寄るロングビルに、コルベールは慌てて話題を逸らした。
「そ、そういえばミス・ロングビルはどうして宝物庫などにっ」
あからさまな話題変更にも、ロングビルは気分を害した風も無い。
「宝物庫の目録を作ろうとオールド・オスマンから鍵を借りたのですが……」
そう言うと、ロングビルはスッと片足を前に出す。
「お、おおっ!?」
すらりとした足がスカートのスリットから覗き、コルベールはそれに釘付けに
なる。
そしてロングビルはスカートへと手をかけ、裾を上げていく。
肉付きのいい太ももまで晒され、
「お、お、お、おおおっ!!」
――太ももに巻きついたゴムベルトからその鍵を抜き出した。
「どうやら別の場所の鍵らしく、扉が開かないんです」
鍵を手に持ちながら、ロングビルはコルベールに問いかける。
「ミスタ・コルベール?」
「は、はいっ!」
未だ太ももをガン見していたコルベールは、その声で正気に戻ったのか直立不
動となる。
「今から、オールド・オスマンに鍵を交換してもらうにしても。オールド・オ
スマンは、多分今は寝ているでしょうし」
スリットから足が覗く。
「は、はい! そうですか! あのクソジジ……げふんげふん、ご老体は!」
ドンドンのぼせ上がるコルベール。
「実際、宝物庫の目録作りは急ぎではないのですが。少し興味がありまして」
ロングビルは巨大な鋼鉄の門を見上げる。
それは傍目から見ても頑丈であり、メイジが見ればその門を含み壁全体に何重
にも『固定化』が掛けられていることがわかる。
多少腕のあるコソ泥やメイジではびくともしないだろう。
「それで」
顔が際限なく赤くなるコルベールに、ロングビルは近づくと。
「ミスタは、宝物庫に入ったことはおありで?」
「あ、ありますとも!」
コルベールは急に近くなった顔にもう動悸が抑えられない。
「それではやはり価値にある物や、道具がたくさんあるんでしょうね」
煮立った頭でコルベールは応える。
「ええ! それはそうです! ここは大陸有数の魔法学院なのですから!」
彼の頭にはもう、いかにロングビルの注意を引くかでいっぱいである。
「へえ、例えばどんな物があります?」
その問いにコルベールは頭をフルに回転させ、記憶を掘り起こす。
「そ、そうですね! 色々ありますがやはり目を引くのは『破壊の杖』ですか
ね!」
「どんな物なのですか?」
更に顔が近くなる。
目の前には薄紅色に染まる小さな唇。たった一歩踏み出せばそれは容易く触れ
合うだろう。
それにコルベールは仰け反りながら、応える。
「そ、それは言葉で表せないような奇妙な形の杖でして! オールド・オスマ
ン自らが持ち込んだ曰く付きの代物です!」
「そうなんですか」
そう言うとロングビルが離れ――

『おやおや、それだけでは少々物足りませんね』

それは“人知の闇”。
人が人であるがゆえにある闇。“人だからこそ覗かぬ場所”から声を上げた。
その声は、聞こえず、響かず、発せられることはない。
『ここは一肌、私が脱ごうじゃありませんか。なあに、喜劇は楽しいほうが良
い、悲劇は悲しいほうが良い、惨劇は悲惨なほうが良い』
無形であるそれは、決まった個がないからこそ、ありとあらゆる姿を持つ。
善人にも悪人にも狂人にも凡人にも個を変質させるそれの本質は変わらない。

           『さあ、人類には刺激が必要だ。
     人生にはスパイスが必要だ。
         刺激のない人類には進退なんぞありもしない。
             スパイスのない人生なんて退屈退廃極まりない』

その本質は無限にして唯一無二、空虚にして絶対、それは純然たる悪意。
凡人にして純悪、狂人にして純悪、悪人にして純悪、善人にして純悪。

                  『刺激を与えるにはどうすればいい?
                       不幸に事故に挫折に障害!
スパイスを与えるにはどうすればいい?
塩に胡椒に山椒に辛子!』

それは闇の中から腕を生やし伸ばす。
人では収めきれないその存在を、人として押し込めた“彼女”はグルグルとそ
の腕を回す。

          『刺激を見つけたらかき回そう。
            スパイスを入れたらかき混ぜよう。
                         廻れ廻れ不幸よ廻れ!
回れ回れバターになぁれ!』

回る→腕。回る→空気。回る→空間。廻る→因果。
全てが回転しかき混ぜかき乱されていく。

『さあ仕掛けはできた!
     さあ仕込みはできた!
   それでは待とう計ろうその時を!
        捻じれた時計のそのままにっ!
   狂った時間の意のままにっ!』

いつの間にか手に握られた懐中時計。
曲がり捻じれた奇妙な時を刻む4つの針が、きりりと逆回転し。

時→捻じれ≒歪み→破壊≠回転>再生=逆転

“純粋たる穢れた悪意”の意思と共に、時空は捻じれ巻き戻る。

…………………………………………………←
………………………………………←
……………………………←
…………………←
………←

「あ、ありますとも!」
コルベールは急に近くなった顔にもう動悸が抑えられない。
「それではやはり価値にある物や、道具がたくさんあるんでしょうね」
煮立った頭でコルベールは応える。
「ええ! それはそうです! 巷で有名な泥棒『土くれのフーケ』も狙うよう
な物が多数あります!」
彼の頭にはもう、いかにロングビルの注意を引くかでいっぱいである。
「へえ、例えばどんな物があります?」
その問いにコルベールは頭をフルに回転させ、記憶を掘り起こす。
「そ、そうですね! 色々ありますがやはり目を引くのは『破壊の杖』ですか
ね!」
「どんな物なのですか?」
更に顔が近くなる。
目の前には薄紅色に染まる小さな唇。たった一歩踏み出せばそれは容易く触れ
合うだろう。
それにコルベールは仰け反りながら、応える。
「そ、それは言葉で表せないような奇妙な形の杖でして! オールド・オスマ
ン自らが持ち込んだ曰く付きの代物です!」
「そうなんですか」
そう言うとロングビルが離れ――る前に、コルベールは被せるように言う。
「――それともう1つ」
ロングビルが動きを止めた。
「もう1つ?」
少し間を置き、もったいぶると。
「――『異端の書』と呼ばれる書物があるんです」
「異端の……書? それは王家が指定した禁書のことでしょうか?」
――禁書。内容が政権に対しあまりにも異端、あるいは侮辱的な物であるから
出版どころか所有することさえ禁止された書物。
ロングビルは首を傾げた。
それを見ると、コルベールは首を振る。
「いいえ、そんなものとは違います」
「では?」
詰め寄るロングビルにコルベールは得意気に応えた。
「オールド・オスマンでさえ使えこなせなかったという――強力なマジックア
イテムらしいのです」
「それは……」
ロングビルの目が妖しく光る。
「どのような書物なのですか?」
その問いにコルベールは首を振る。
「さすがに厳重な封印がされているらしく。僕も見たことはありません。ただ
――」
コルベールはおどけて笑う。
「それを見たならば、一目でわかるそうです」
「それは、とても奇抜な外見なのでしょうね」
「ええ、そうでしょう」
ロングビルは口元に手を当て、コルベールは顔を赤くして。なにが可笑しいの
か笑い合う。
「…………」
話が途切れ、空いた間にコルベールは頭を回転させた。
「あ、あのミス・ロングビル、今度ユルの曜日の『フリッグ舞踏会』に――」
意を決した言葉は。
「すいませんミスタ・コルベール。そろそろ溜まった仕事を片付けないといけ
ないので」
あっさりと受け流された。
「あ、は、はい……」
微笑を浮かべ、ロングビルは言う。
「興味深いお話、ありがとうございます」
「いえいえ! あれぐらいならいつでもお話いたしますよ!」
もう一度ロングビルは微笑むと早々に背を向け、階段を下りていった。
それを見送るとコルベールはため息を吐く。
「はあ…………ん?」
ふと、なにか違和感があった。
部屋の小物が1つだけ動かされているような、取るに足らない違い。
グルリと周囲を見渡す。
堅牢な鉄の門、しっかりと組まれた石造りの壁。
どこにも異状はない。だが先ほどと比べ、色がくすんでいるような……。
首を傾げていたが。先ほどの断りが頭によみがえりコルベールは肩を落す。
「まあいい……調べ物はまた今度にしておこう……」
そしてトボトボと階段を下りながら。
「……はて。そういえば、私はあの書のことをいつ聞いたのだったか」

その背後。パラリと、鉄の門から石の継ぎ目から、錆と砂が落ちた。



カツカツと響く足音。
足音の主は長い階段を下りながら微笑をもらす。
「ふふ」
それは餓虎か、賢狼か。
つり上がる口元は牙のように鋭く。
「さあて、決行は明日。だけど、問題は突破する方法……」
羊の皮を被り、潜む猛獣はその知恵を絞り。
「ようし……連中の度肝を抜いてやろうか」
細められる目は剣呑な光を放った。



「まったく……何しに来たのよあいつは」
ため息を吐きながらルイズは枕へ頭を乗せた。
日が傾き始め。散々居座り騒いだキュルケは、大きな欠伸をすると早々に帰っ
ていった。
程なくずっと付き添っていたシエスタも、さすがに晩は忙しいのか。食事を後
で持ってくると言い残し部屋を出た。
「ふん、文句を言う割には寂しそうだな」
「違うわよ」
ルイズは頭を枕に乗せたままアルをにらみつけた。
ここに残るはルイズとアルだけ。
なぜかダンセイニはシエスタに付いて行ってしまった。
「…………」
「…………」
奇妙な沈黙が流れる。
それは張り詰めた絃のように強く。蜘蛛の糸のごとく細められ。
「――ねえアル」
どれが切欠だったのか。
「なんだ?」
「あの時の“力”は……あなたの魔法なの?」
今まで避けてきたことを、避けざる得なかったことへルイズは切り込んだ。
先ほどまではキュルケがいたシエスタがいた。
キュルケは何でもないように振舞っていたが内心では聞きたかったであろう。
だが、自分の中でも整理のつかないことを話す気にはならない。
そしてシエスタはメイジではない。こんな話をしても場の空気が緩んでしまう
可能性がある。
その2人がいない今が、ルイズにようやく許された時間である。
左手を目の前に翳す。
力が入らず、それはふらふらと頼りなく揺れる。
だだ目を閉じると思い出すのは、溢れんばかりの熱。
炎の如く熱き力が全身を駆け回る感覚。
「そうだな……」
閉ざされた暗闇に、アルの声が染みる。
未だ消え去らぬ熱を、燻りを胸に。静かに響く声を傾け。

「――知るかそんなもの」

寝ている状態なのにスッ転ぶという貴重な体験をした。
一気にずり落ちた布団を掴みプルプルとルイズは震える。
「し、知るかって……なんでわかんないのよ! 状況的にどう考えてもあんた
の仕業でしょう!」
「知らんものは知らん」
「知らないじゃないわよ!」
「妾の管轄外だ」
思わず詰め寄りそうになったルイズは、上半身を起こし。
そのまま後ろに倒れた。
「――じゃあ、どうしてわたしはこんなに衰弱しているのよ。“自称”最強の
魔導書さん」
そう、目が覚めてからルイズは1度たりとも、1人ではベッドから起き上がって
いない。
起きるときもシエスタの助けを借りなければ今のように上半身を維持するのも
難しい。
なんとかキュルケがいる間は虚勢を張っていたが。キュルケが席を外すたびに
幾度か倒れこんだ。
好奇心旺盛なキュルケがルイズの部屋にいたのに。決闘での疑問を追及しなか
った理由の1つは、ルイズの衰弱を看破したからだろう。
「ふむ」
アルは腕を組んだ。
「まあ、いくつかの仮説は立てられるが……」
「なんなのよ」
憮然とするルイズにアルは“それ”を指差した。
「このルーンが問題なのだろう」
指差した先にあるのは掲げられたルイズの左手の甲。その手の甲に刻まれたル
ーン。
「ルーンが?」
疑わしげに聞き返すルイズにアルは同意する。
「うむ。まず、妾と汝は完全なる契約を結んでおらん非常に中途半端な状態だ」
「…………」
その言葉にルイズから少し落ち込むような気配がしたがアルは続ける。
「半端といえど仮にも契約を結んでおるからには、妾と汝の間にはパスが通っ
ておる」
「パス?」
「共感呪術とも言われるものだ」
首を傾げたルイズに説明をする。
「触れ合ったもの同士は影響を与え合う、何かしらの絆。契約とはその強化さ
れたものと考えろ。汝が前に言っていた使い魔との視界の共有などは、この契
約のパスを経由しているのだろう」
「へー」
「まあ、汝の使い魔の契約の場合は。汝から来たパスは妾へと繋がるのではな
く、妾を経由して汝自身へと帰っておるがな」
酷く判りづらい言い方であった。
「それは……普通の繋がりとどう違うのよ」
「一番の違いを言うならば。汝の契約の影響は妾にはほとんどないということ
だ」
「なによそれ!」
アルはヒステリックに叫ぶルイズにめんどくさそうに手を振る。
「ええい騒がしい、話を戻すぞ」
仕方なくという風にルイズは黙った。
再びアルは続ける。
「それでだ。そのパスは妾を経由しておるがゆえに、汝の変化も多少なりとも
感じられる」
「…………」
「あの時、汝が剣を握った瞬間。パスを通じて大きな力が妾を通過した」
「大きな……力?」
呟くルイズ。
「そうだ、そしてそれは汝の左手」
ルイズは自身の左手にあるルーンを覗き込んだ。
「そのルーンから流れ込んできたものだ」
「この……ルーンから」
そこにあるのは、今まで習ったどんなルーンにも類似しない形。
「おそらくそれは、ルーンの持ち主を強化する効果があるのだろう」
使い魔と契約した場合、契約した対象が主人の言うことがわかるぐらいに知能
が上がる事はある。
もしかしたら効果こそ違えど、似たようなことが自分に起きているのかもしれ
ない。
「汝が衰弱しているのは前日から続く疲れと、慣れない力を急に使った負荷だ
ろう」
召喚の儀式前夜から徹夜、当日は長時間の召喚、人外の使い魔との邂逅、返さ
れた契約、翌日の恐怖生物との接触、失敗した魔法の後片付け、ギーシュとの
決闘、そしてとどめにルーンの急激な負荷。
なるほど……確かに倒れても仕方ない。
ルイズは力ない左の拳を握り、そのまま力を込める。
「…………」
拳を握る。
「……………………」
拳を握る。強く。
「………………………………」
拳を握る。強く強く。
「………………………………………………」
拳を握る。強く強く強く。
「……………………………………………………………………………………」
拳を――
「何も起こらないじゃない!」
「知るか!」
「知るかじゃない! なんとかしなさいよ!」
「ええいっ五月蝿い! なにかしらの発動条件があるのだろうな」
その言葉にルイズは考えた。
発動条件……確かに、今ここで左手に力を込めても。あの時の熱は欠片さえ感
じられない。では、なにがあの時の熱を呼び起こすのか。
思い出されるは決闘の時、アルから渡された剣を握った直後のこと。
そこから熱は体を駆け巡っていた。
「……剣」
ルイズがポツリと呟いた。
「そうだな。確かに偃月刀を握ってから汝のパスから力が流れ、そして汝自身
の動きが変わった」
「剣か……」
「うむ」
頷くアルにルイズが問う。
「そういえば、あの偃月刀だっけ? あれってあなたが『錬金』したのよね?」
「厳密には『鍛造』だがな」
「……? まあどっちでもいいわ。あれを作ってみて」
手に青銅をバターのごとく切り裂く感触が甦った。
ルイズの言葉にアルは腕を組み。
「無理だ」
偉く自信満々に胸を張る。
「……っ」
我慢した。ルイズは我慢した。それはもう我慢した。
「そ、それはなんで?」
酷くつまらなそうなアル。
「今の妾は1から作り出すには力が足りない」
「力が足りない? どうしてよ」
「どこぞの小娘が無茶苦茶な召喚をしたおかげで、妾は完全ではないのだ」
ルイズは我慢――
「く、っく」
――しきった。
「じゃあ、どうするのよ」
ふむと呟き。
「1から作ることは難しくとも、何か媒体となる物があればよい」
「媒体?」
「そうだ。そうだな、剣あるいは火に属する棒などがよい」
「剣……または火に属する棒……ね」
剣を作るのに剣が必要とは本末転倒のような気がするが、あの金属を断つほど
の剣に勝るものは早々無いだろう。
そして、媒体として脳裏に火掻き棒が思いついたが。そんな物で作った剣を持
つのは嫌だったので却下。
「そうね……探しておきましょう」
そう言い、窓を見た。
窓の外。まだ地平の果てには太陽の残り灯があり。溶け切らぬ赤は濃い青へと
侵蝕され蹂躙されて、その本質を染め上げる。
塗り潰す濃い青は黒へと本質を変え、朝には朱へ蹂躙される。
その中で、白く、地面に突き立つように――穢れぬ姿がある。
それは気高く、誇り高く――酷く孤独な巨人。
「アルそういえば、まだ聞いてなかったわね」
なぜかその姿が、夢の中の剣と重なり、心を震わせる。
その震えは大きくなり。
「あのゴーレムは――」

「アルさん、ルイズさん晩御飯を持ってきましたよ」
「てけり・り」

開いた扉から入ってきた2人の存在に消し飛ばされた。
「ふふん! ようやくきたか! 妾は待ちくたびれておったぞ!」
「はいはい、待ってくださいね。今並べますから」
「てけり・り~」
急に駄々をこね始めるアル。それを優しくいなしながら料理を運ぶシエスタに
ダンセイニ。
「…………」
「ルイズさんどうしました?」
「……いいえ、なんでもないわ」
崩れ去った空気の残滓を感じながら、ルイズはため息を吐いた。
「ふむ、これも中々……」
「って! わたしより先に食べるんじゃないわよ!」
「ひゃにをひゅひぇほる……むぐむぐ……ほおのわひゃくにくひょうひょく」
「食べながら喋るなぁっ!!」
「ふふ、慌てなくてもたくさんありますから」
「てけり・り!」
なにごともない一日が終わる。


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