あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と賢女-01


使い魔となったエレアノールを連れて部屋に戻ったルイズは、改めて彼女の格好を見直す。
身に着けてるのは青い衣服に鈍く銀色に光る鎧、ただしどちらも何があったのか妙にボロボロになってる。
自分より頭一つ分くらいは高い身長、すらりと伸びる両足、鎧の上からも分かる豊かな両む―――は関係ないことにして、
世間知らずの平民にしては整った理知的な顔立ち。さらに、どことなく気品を感じさせる物腰。

(本当は幻獣が欲しかったけど……、従者としては及第点以上……ね)

心の中で勝手に評価する。評価されてるエレアノールも、ルイズの心の中を知ってか知らずか、
室内の家具を見回している。家具の質と細工に関心を持っているようにも見える。

「ヘタに触って欠けさせたりしないようにしなさいよね。どれも平民が一生働いても弁償できないくらいの価値なんだから」

注意を言いつけつつ、自分の座る椅子を引く。エレアノールにも座るように言い、二人はテーブルを挟んで腰掛けた。

「じゃあ繰り返すけど、ここはトリステイン魔法学院。さっきまで使い魔を召喚する魔法『サモン・サーヴァント』の
儀式をしていたの」
「そして、私が召喚されたのですね?」

そういうことね、とルイズは頷く。

「次は私から質問してもいいでしょうか? まず最初に……カルス・バスティードやアスロイトという言葉に
聞き覚えはないのでしょうか?」
「ああ、さっきも言ってたわね。そんな国、聞いたこともないわ」
「……そうですか……。では魔物のことは?」

魔物と聞いてルイズは眉をひそめる。

「魔物って……オーク鬼とかのこと? 昔っから、そこらにいるじゃない」

今度はエレアノールが眉をひそめる。ルイズの言葉を一つ一つ吟味して考え込む。
ルイズは小さくため息をついた。

(聞いたこともないような田舎から召喚されて、しかもオーク鬼も知らないのね)

先ほどの評価にややマイナス点を加味する。

「ちょっといいかしら? さっき、遺跡がどうとか言ってたみたいだけど、貴女って学者か何かなの?
もっとも、その格好はせいぜい学者の護衛の冒険者ってところでしょ?」
「似たようなものですね……。友人に遺跡の事を勉強して―――」

エレアノールの表情が一瞬にして曇る。

「あの……私の他に誰か召喚されてませんでしたか? 私と同じような黒髪の青年と、茶色の髪のショートカットの
少女なのですが?」
「召喚されたのは貴女だけよ。それがどうかしたの?」
「そう……ですか」

目に見えて落ち込むエレアノールに、ルイズの良心に痛みが走る。恐らくは自分の行った『サモン・サーヴァント』で、
今言った二人と離れ離れになったのだろう、と。使い魔に迎合するわけには行かないが、主人として何かしなくてはと
考える。
しかし、エレアノールはルイズの想像とやや異なった見解を導き出しつつあった。

(話が全くかみ合わない……。『新しき世界』の結果? それとも大陸の辺境の果てで
交流もないほど離れてるからアスロイト王国も知られてなくて、魔物たちも出現しなかった?
いえ、そもそも全く違う……『物語』の世界?)

混乱してる、と思う。だが、精神世界アスラ・ファエルは人々の思い、恐怖、欲望、信仰が現実化する世界。
ならば誰かが創作した物語の世界もまたアスラ・ファエルの中で現実化して、自身もそれに飲み込まれたのだろうか。
額に手を当てて考えをまとめようとするエレアノール。それを友人と離れ離れになって辛く思ってると
勘違いしたルイズは慌てる。

「わ、私も別に二度と会うななんて言わないわよ! 休暇くらいならたまにあげるし、遠くなら旅費だって出してあげるから、
会いに行ってもいいのだからね!」

突然の言葉にエレアノールはしばし呆気に取られて見つめなおすが、ルイズの心配と善意と罪悪感の入り混じった視線を受けて、
フっと微笑みを返す。

「ええ、ありがとうございます。その時はお世話になりますね」
「その代わり、使い魔としての役目はしっかりと果たしてもらうんだから!」

ホっと胸をなでおろしそうになるのを我慢して―――少なくともルイズは我慢できたと思って、
本題だったメイジと使い魔の関係と役目を説き始める。

曰く、使い魔の見聞きしたものは主人にも見聞きできる。
曰く、使い魔は秘薬など主人の望むものを見つけてくる。
曰く、使い魔は主人を守る存在である。

「でも、貴女の見聞きしたものは私には見えないし聞こえもしないから、人間だとダメみたいね」
「申し訳ありません……。それに秘薬も種類やある場所がハッキリと分からなければ、
見つけるのは難しいかもしれません」

ルイズの評価にマイナス点がさらに追加される。もっとも、見た目の良さと礼節を弁えてるあたりは評価できるし、
そもそも秘薬を本当に見つけてきてもらっても、今のルイズには大して必要でも何でもないのでマイナス点を相殺する。

「それじゃあ、貴女には3番目の護衛の役目を期待するわね。冒険者なんだし、それなりに腕は立つのでしょ?」
「レイピアなら多少は心得がありますが……使っていたのは無くしてしまったみたいです」

マイナス点をやっぱり追加。

「そう。じゃあ次の虚無の曜日に王都で手頃な武器を買ってあげるわ。
その代わり洗濯や部屋の掃除、それに私が命じた雑用をしてもらうわよ」

使い魔には最初の躾が肝心、以前聞いた心得を実践する。そして次の瞬間には少し後悔する。

(考えてみれば反抗的もでないし従順そうだし必要なかったかも。あまり変なことを言ったらダメだったかしら?)
「はい、分かりました……それで、何とお呼びすればよろしいですか?」

あっさりと承諾する。多少、拍子抜けするがルイズは少し考えて答える。

「そうね……ご主人様って呼びなさい、いいわね?」
「心得ました、ご主人様」

立ち上がって礼をするエレアノールに、ルイズは満足そうに頷いた。





話し込んでる間に日が暮れて、ルイズはエレアノールを引き連れて食堂へ入った。
豪華な飾りつけが施されてるテーブルが並び、豪勢な食事の数々とその間に明かりのローソクが立てられている。

「ここがトリステイン魔法学院の食堂、『アルヴィーズの食堂』よ。本当だったら貴女みたいな平民は一生入ることは
ないのよ」
「……とても豪華ですね」
「この魔法学院で魔法だけでなく、貴族に相応しい教養も身につけるための場所でもあるの。
だからトリステインの貴族はこの食堂でもそれを学べるようになってるのよ」
「……」

エレアノールの声には感動ではなく、もっと暗い感情が混じっていたが、得意気に説明するルイズは
それに気づかずに食堂を進む。

「―――あの壁際の並んでるのが小人のアルヴィーズ。夜中になると踊るのよ」

空いてる席の前に立ち止まると一度説明を区切り、振り返ってエレアノールをジっと見つめる。

「……? あ、失礼しました」

椅子を引くと、すぐにルイズは優雅さを備えた精練された動作で腰掛ける。
エレアノールは周囲を見回し、手近な席が空いてないことを確認する。

「ご主人様、私の食事はどうすればよろしいのでしょうか?」
「そうね……」

一瞬、床に用意させて食べさせようと考えたものの、さすがに見目麗しい年上の女性にそれは酷すぎる。

「ちょっとそこのメイド」

あっさりと考え直し、近くを通りがかった黒髪のメイドを呼び止める。

「はい、何かございましたか?」
「私の使い魔に何か食事を用意してくれないかしら? あと……、身の回りの世話をさせるのに動きやすい服があれば
都合つけてもらいたいわね」

エレアノールは鎧を脱いでおり今は下に着ていた服だけになっていたが、あちこちが解れたり破れ目が入ってたりして
ボロボロになっていた。メイドはエレアノールに戸惑いと好奇心の入り混じった視線をに向ける。

「わ、分かりました。ではミス、こちらへ……」
「それではご主人様、行ってまいります」

メイドに連れられて食堂を後にするエレアノールを見送ると、食事の前の祈りを唱和するためにルイズは両手を組み目を閉じた。





「あの……ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって噂になってましたけど、本当だったのですね」
「ええ、私がその噂の平民の使い魔で間違いないです」
「そうですか……、私はシエスタ。この学院でご奉仕をしています」
「エレアノールと申します、今後何かとお世話になるかもしれませんがよろしくお願いします」

使用人たちが寝泊りする宿舎の衣装部屋で、あれこれ木箱や洋服掛けを探りながら自己紹介を交わす。
エレアノールの名前を聞いて、シエスタの手が一瞬止まる。

「エレア……ノールさんですね? はい、こちらこそよろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくてもよろしいですよ、私も皆さんと同じ立場みたいなものですから」
「そうですか? では、そうしますね。……えーと、このあたりに古着を片付けた箱が……あ、ありました」

ホコリのかぶった木箱をあけて、中からやや古いメイド服を取り出す。シエスタの着てるものと若干デザインが異なっていた。

「他のみんなと見分けがつきやすいように前の服になりますけど、大丈夫です?」
「無理をお願いしてますし、大丈夫ですよ。……しっかりとした生地を使っているのですね?」

手に取り、メイド服の状態を確かめる。古いが縫い目も服の縁もしっかりしていた。

「貴族に奉仕するもの身なりを整えるべし、と私たちにも相応の給金と身の回りの品を頂いていますし。
それでは外で待っているので、着替えが終わったら声をかけてくださいね」

ペコリと礼をしてシエスタは部屋から出て行く。扉が閉まったことを確認すると、エレアノールは深くため息をついた。

「……『貴族』、『平民』、『ご奉仕』。ここも同じような世界なのでしょうか……?」

自分たちの『世界』と同じように腐敗と退廃が蔓延し、享楽と欲望が渦巻く貴族社会。そのしわ寄せを受けて、
困窮と搾取に苦しむ農民と民衆。かつて自分が変えようとして果たせず、父殺しの大罪を犯すこととなった世界……。
先ほどルイズに案内されたアルヴィーズの食堂の光景がそれと重なる。豪勢な食事の数々は言い換えれば、
それだけの搾取によって成り立っているということを。
もう一度、深くため息をつくと、着ている服の裾に手をかけた。





着替えの終わったエレアノールは、そのままアルヴィーズの食堂の隣にある厨房へと通された。
中ではデザートの配膳も終えて、片付けまでのわずかな間を利用して料理人たちが賄い食を食べ始めていたことであった。

「おうシエスタじゃないか。ん? そっちの娘さんはどちらさんで?」
「マルトーさん、こちらはミス・ヴァリエールの……」

一際恰幅のいい四十過ぎの男性は、ああ、とすぐに察して頷いた。

「噂の平民の使い魔の娘さんか。か~、メイジってヤツはこんな綺麗な娘さんを使い魔にしやがって。
俺がこの厨房のコック長してるマルトーだ、何か困ったことがあったらいつでも相談しな」
「エレアノールと申します。厨房の皆さんも、これからもお世話になると思いますのでよろしくお願いします」

厨房のあちこちでコックや、ちょうど空いた食器を下げに来ていたメイドたちから好感を持った反応が返ってくる。

エレアノール本人はあまり意識してないものの、その整った美貌と上級貴族の令嬢として躾けられた気品は人目を引き、
丁寧な物腰は概ね好印象を与えやすい。よって、エレアノールがトリステイン魔法学院の使用人たちから
好感を得るのにさほど時間はかからなかった。





厨房の外でずっと待ちぼうけを喰らっていたルイズは、出てきたエレアノールを見るや否や駆け寄ってくる。

「遅かったじゃない! 主人を待たせるなんて使い魔失格よ!」
「あ……、申し訳ございません」
「ふ、ふん……今回は特別に許してあげるわ! でも、次に同じことしたらご飯抜きだからね!!」

あくまで主人であることを前面に出して威厳を演出している―――つもりのルイズに、エレアノールはもう一度
頭を下げて礼を言う。それに満足したのか、ルイズは部屋に戻るわよと歩きだした。その一歩後に続いて
エレアノールも歩きだす。

―――なお、厨房の中から聞こえてくる歓談に、不安と羨望交じりの表情でこっそりドアの影から覗き込んでいた
ルイズの姿はたまたま外に出ていたメイドたちと、厨房の中の一部のコックたち、そしてシエスタに気づかれており、
普段と違う寂しそうで儚げなルイズの姿に、彼らの間での評価に好印象で修正が入ったのであった―――





ベッドですやすやと眠るルイズの姿にエレアノールは、クスっと微笑みながらテーブルに並べた持ち物を並べなおす。
召喚されるときに武器を無くしてしまったが、鎧の内側に収まっていた道具袋とトラップカプセルは無事であった。
カーテンの隙間から差し込む月明かり―――二つの月の存在こそ、ここが遺跡の外の世界以外の『世界』の証拠と思う―――
に照らされてキラキラと輝く。

道具袋の中身は、モンスターの核である緑色の水晶や古代太陽帝国の通過である金貨がそれぞれ数個ずつ、
そして身に着けた者の精神力を向上させる太陽の首飾り―――価値のあるものは以上。
あとは衝撃で砕けたポーションの瓶などで、大したものはほとんど残っていなかった。

(それでも換金すればそれなりの金額になるでしょうね)

一通り確認を終え結論付けると、続いて手のひらに収まる程度の青い球―――トラップカプセルを手に取る。
遺跡に潜る者にとって、剣や魔法と並ぶ三番目の『武器』。内部に人の背丈ほどの大きさのトラップも内臓できる、
現在技術と太陽帝国の魔法技術の結晶。

「え? ルーンが……?」

トラップカプセルを持つと同時に左手の甲のルーンが淡い光を放ち出した。同時に使い慣れたトラップカプセルの使用方法が、
脳裏に浮かび上がる。設置場所の選択と設置数によるタイムラグ、起動のためのアクション、それらを最も効率よく行う手順が
頭に流れ込んでくる。

「……トラップカプセルは遺跡―――精神世界から離れると効果が落ちるのでしたね」

大切な友人―――ノエルの説明を思い出し、手近な床にトラップを頭に流れ込んできた方法で込めて設置してみる。
それと同時に左手から何かが抜ける感覚を覚え、左手に目を向けるとルーンが一瞬明度を増したように見えた。
小さな閃光と共にトラップ―――起動させると周囲を氷付けにする『アイス』が、部屋の出入り口手前の床に設置された。
一度に設置できる最大数の八個をほぼ同時に。

「……!!」

続いてトラップを一つずつ起動させる。キィンというかん高い音と共に次々と氷塊と化して、周囲にあった家具を巻き込み
凍結させる。

「効果は変化なし、ですが……設置の方は一体?」

自分の足元へならともかく、離れた場所に同時に複数のトラップを設置するのは不可能に近い。せいぜい一個ずつ設置するのが
関の山である。同時に複数設置できるタイプのトラップもあるにはあるが、それも任意の場所に自在に設置することは出来ない。

「このルーンが輝いたことと関係あるのでしょうか?」

ルーンの謎とトラップの同時複数展開の可能性―――瞬時に離れたところに設置できることの戦闘アドバンテージ。
それらをしばらく考え込むが、彼女の推理はすぐに中断させられることとなった。

「……くちんッ!」

小さな可愛らしいクシャミが静かな室内に響き、そのクシャミの主のルイズは肌寒そうに布団に包まっていた。
エレアノールも室内の肌寒さに気づき、同時にその原因も瞬時に察した。
数分と経たずに雲散する文字通り足止め程度の氷塊だが、その際に周囲の熱を奪い去っていた。しかも八個のトラップを
同時に使用したため、室内の温度は凍えそうな寒さに冷え込んでいる。

「これは、軽率でしたね……」

その呟きは思量深い彼女のものとは思えないほどに、途方にくれた声色であった……。





カーテンの端から差し込む陽の光を感じエレアノールは目覚めた。最初に天上を、そして首を横に向けて
まだ夢の中で安住してるルイズの姿を確認する。結局、昨夜は寒さをしのぐためと震えるルイズを暖めるため、
添い寝する形でベッドに潜り込むことにした。

(……こんなにグッスリと眠れたのは久しぶりですね)

カルス・バスティードの居た頃―――『父殺し』の大罪により多額の賞金をかけられていたエレアノールは、
常に周囲を警戒する癖がついていたため誰かが近づいただけで目覚めてしまうこともあったし、
ベッドで横になって眠ることもほとんど無かった。
もっとも、魔物の徘徊する遺跡の中で仮眠するときには、魔物の接近を察知できるこの癖を
重宝することになったのだが……。

安眠できたもこのベッド―――国を出奔する前に自身が使ってたのと遜色ない高級品だ―――のおかげと考え、
スヤスヤと寝息を立てるルイズを起こさないように静かにベッドから抜け出る。
部屋の温度もすっかり元通りになっていることを確認し、椅子にかけていたメイド服を手に取る。
ついで、昨夜渡された洗濯物を思い出す。

(今のうちに洗っておきましょうか)

洗濯籠を手に取ると音を立てないように廊下へと出る。寮の外では既に使用人たちが働き始めているのか、
何人かの物音を立てぬように動く気配もある。どこで洗濯すればいいのか誰かに聞けばいいわね、と考えを決めて
エレアノールも足音を立てぬように廊下を歩き出した。





洗濯は水汲み場、と薪を運んでいた使用人に教えられ、場所はすぐに分かったもののたどり着いてからしばし呆然とする。

「洗濯は……どうすればいいのでしょう」

上級貴族の令嬢として、蝶よ花よと育てられたエレアノールには洗濯の経験は全く無い。逃亡中も着の身着のまま、
カルス・バスティードにたどり着いてみれば、同時に入城した一人の少女が掃除や洗濯を気軽に請け負ってくれるので、
やはり自分で洗濯する機会は無かった。

「あれ? エレアノールさん、おはようございます」

途方にくれて困り果てていたエレアノールに救いの天使―――ならぬ、救いのメイド。

「おはようございます」

後ろから声をかけられて振り返ると、そこには十個近い洗濯籠を重ねて抱えているシエスタの姿があった。
器用にバランスを取りながら洗濯籠を地面に置いたシエスタは、エレアノールの手にある洗濯籠に気付く。

「エレアノールさんも洗濯ですか?」
「ええ、でも勝手が分からなくて少々……」

少々どころではなく完全無欠に分からないのだが、気恥ずかしいので言葉を濁す。

「じゃあ一緒に洗いましょうか? 貴族の着ている服って、慣れた人じゃないとうっかり破ったりしますよ」

洗濯籠の中身―――ルイズのキャミソールとパンティを覗き見て、多少苦笑混じりに微笑む。毎年、それで給金を減らされる
新人が居ますから、と。

「それではお言葉に甘えることにします」
「じゃあ、夕方に受け取りに来てくださいね。それと―――」

シエスタは受け取りながら、朝食の時間を伝える。

「ミス・ヴァリエールは……その、寝過ごされることもあるみたいですから」

あはは、と乾いた笑いに、エレアノールはルイズが朝に弱いと察する。かなりの頻度で朝食に遅れているのだと。
ペコリっと頭を下げて寮へ戻る。恐らく、まだ夢の世界の住人であるルイズを起こすために。





「―――ください、ご主人様」
「んん……」

ゆさゆさと身体を揺らされて、うっすらと目を開ける。ぼやけた視界に人影が飛び込む。

「ふぁ……ぁ~、ん~……」

背伸びをしながら上半身を起こし、目を擦ってぼやけた視界を直す。ベッドの脇には黒髪のメイドが立っていた。
見覚えの無い顔だったが、寝起きでボーとする頭が辛うじて誰であったかを思い出す。

「ああ、……昨日召喚したのよね。おはよう、エレアノール」
「おはようございます」

ベッドから降りると、クローゼットと衣装棚から服と下着を持ってくるように指示を出してネグリジェを脱ぎ始める。

「着せて」
「え? あ、はい」

エレアノールは少し慌てつつも、知識はあるけど経験がないような手付きで着替えを手伝う。
着替えが終わった後、ルイズは服の裾をつついたり点検をして満足そうに頷く。

「ちょっと要領悪かったけど、まぁまぁね」

冒険者にしては―――ルイズはそう思い込んでる―――、上手よねと考える。もし、召喚できたのが犬や猫だったら
着替えを手伝わせたりするのもできないだろう。

「そろそろ朝食の時間ね、食堂に行くわよ」

杖を手に取ると部屋を出て一歩踏み出し、途端に不機嫌そうに立ち止まる。エレアノールが廊下を覗くと、
そこには褐色の肌のスタイルの良い赤い髪の少女が立っていた。向こうもルイズに気付いたのか、
にやっとした笑顔を浮かべる。

「おはよう、ルイズ。珍しく今日は寝坊してないのね?」
「おはよう、キュルケ……って珍しくって何よ、珍しくって!?」
「何って……言葉どおりじゃない」

色気と挑発を混ぜた声の調子に、ルイズはあっという間に顔を怒りに染める。何か言い返そうと口を開くが―――、

「ところで、その後ろの方が噂の貴女の使い魔なのかしら?」
「―――ええ、そうよ」

タイミングを外されて言い返し損ねる。

「へぇ~……」

ジロジロと不躾な視線を向けられ、エレアノールは居心地の悪さを覚える。カルス・バスティードに
同じように気まぐれな色気を振りまく女性が居たが、まるで彼女みたいと感じる。

(キュルケさんでしたね。ルイズとは仲が悪そう……いえ、一方的にルイズが苦手としてるのでしょうね)

「なかなかの美人じゃない。良かったわねルイズ、貴女の魅力が引き立つ使い魔で」
「え? な、何よ?」

突然の褒め言葉に目に見えて混乱するルイズ。

「そうよね、貴女の身長とか貴女の胸とか貴女の感情的なところとか、並んで立ってるだけで効果倍増よ♪」
「ななななな、なんですってぇ~~~!!」

噛み付かんばかりの絶叫。しかし、キュルケは笑いながら軽く受け流す。

「ところで、そろそろお名前をお聞きしたいのだけど?」
「……エレアノールと申します」
「エレ『ア』ノール? ……いい名前ね」

ルイズと同じようにアクセントを『ア』に合わせて聞きなおしてくる。隣では教えなくてもいいじゃない、と呟くルイズ。

「あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケって呼んでもいいわよ。
それにしても、本当に人間なのね……。でもね、使い魔ならこういうのがいいわよね? フレイム!」

キュルケの呼びかけに、熱気とともに巨大な真紅のトカゲ―――サラマンダーが廊下に出てくる。エレアノールは
一瞬身構えるが、自然体のままのルイズを見て構えを解く。

「……そのサラマンダーがあんたの使い魔?」
「ええそうよ。特にほら、この尻尾! ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー。
幻獣好きの好事家に見せたら値段なんかつかないほどのブランドものよ! まさに微熱のキュルケにぴったりよね」

ルイズの声に悔しさを感じたのか、ここぞとばかりに勝ち誇る。

「それに誰かさんと違って、フレイムは一発で召喚に応じてくれたのよ! 誰かさんとは違って、ね……、ねぇゼロのルイズ」
「……!!」

再び顔を怒りで真っ赤にする。言い返そうとするが、上手く言葉にならないのか口をパクパクとさせる。

「じゃあ、お先に失礼。また教室でね」

颯爽と立ち去るキュルケ。その後をサラマンダーがちょこちょこと付いていく。
その姿を見送り、ふとルイズに視線を向けると未だに怒りで震えていた、まるで噴火直前の火山。

「ご、ご主人様……?」
「く……」
「く?」
「くやし~~~! 何なのあの女! 自分がサラマンダーを召喚できたからって! ああもうッ!!」

地団駄を踏んで怒声を張り上げる。今のルイズは燃え上がる炎のようなものだが、エレアノールは意を決して
宥めようと火中に踏み入る。

「確かにすごい使い魔だとは思いますが、あまり気にされても……」
「気にするわよ!! メイジの実力を知りたければ使い魔を見よって言われてるくらいなのよ!! サラマンダーと
平民じゃいくらなんでも格が違いすぎるわよ!!」

一気に言い切り、ようやく怒気が落ち着く。それと同時に……言い過ぎた、失敗したと思う。

(でも……、そんなのエレアノールの責任じゃないわよね、どうしよう……)

ルイズがおずおずと顔を見上げてみると、特に気にしてないような表情を向けていた。ホっと胸をなでおろす。

「落ち着かれましたか?」
「……うん」
「では、ご主人様も早く食堂へ参りましょう」

促されて歩き出すルイズ。その後ろについて歩きながら、エレアノールは先ほどのサラマンダーを思い返した。

(遺跡の中では見たことがありませんでしたね……、もっとも知らないだけなのかもしれませんが)

遺跡の中に広がる広大な灼熱の溶岩地帯、煉獄に存在する炎の魔物の話をいくつか思い返すが
先ほどのサラマンダーに該当する魔物は聞いたことがない。
もっとも皆が煉獄を探索してた頃、彼女は生死の境を彷徨っていたため、実際に訪れたこともなく知識も伝聞程度である。
本当は普通に生息しているのかもしれない。
ひょっとすると、他の使い魔というのも未知の魔物―――幻獣がこの『世界』にはたくさん居るのかもしれない。

(そういえば……『微熱』とか『ゼロ』とはどういう意味なのでしょう?)

目の前を歩くルイズに聞いてみようと思うが、先ほどの会話を聞く限り『ゼロ』はいい意味ではないらしいと考え直す。

(いずれ、知ることもあるでしょうね)

すぐに知る必要もないし、知らなくても当面は問題はないと結論付ける。





皮肉なことに、エレアノールがゼロの意味を知る機会がすぐそこにまで迫ってたのであった。


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